火魅子伝〜霊狩人〜第20話(火魅子伝×魂響)
日時: 07/14 01:40
著者: ADONIS
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翌日、刈田の街に復興軍が入ったのを聞いて、近隣の村や里から、続々と志願兵が集まってきた。

勿論、刈田の街の九洲兵や住民からも志願者は集まり、復興軍はその対応に追われていた。

「久根国兵が二千五百ですか?」

日魅子は、先行させていた物見隊からの報告を受けていた。

「はい、それと都督府から後続部隊が一千と、遅れて千五百が出ています。だだ、この千五百は火後方面に南下しているようです」

「川辺城の千を加えると六千ですね。でも、おかしいわ」

普通に考えるなら、五千を纏めて投入するはずだ。

こんな、バラバラに投入するなど各個撃破の的になるような者だ。

私達など、それでも蹴散らせると判断するとは思えない。

常慶将軍の四千を撃破した後なのだ。

あるいは、それこそが狙いだとしたら・・・

確か情報によると、現在九洲を治めているのは天目という人物らしい。

天目は服装のセンスは、異常なもののかなり優秀な人物らしい。

なら、こんな失敗をする者ではないだろう。

彩花紫や雲母とも話をしてみたが、やはりわざと各個撃破されるのを狙っているとしか思えないと判断された。

「清瑞、兎華乃さんを呼んできて」

「分かりました」

私の考えが正しければ・・・

しばらくして、兎華乃が来た。

「何かしら、日魅子さん」

「確認しておきたいことがあってね。貴女達に、私の護衛をするように頼んだのは、都督府の天目じゃないかしら?」

日魅子の言葉に兎華乃が驚く。

「何故その事を」

「いろいろと情報を分析してみたら、そうじゃないかと推測したのよ」

日魅子はそう答えた。

兎華乃は知られた以上は、黙っていても仕方がないと、それを認めた。

それは、伊雅や亜衣などは驚愕していた。

何しろ敵の大将が密かに復興軍に支援していたなど予想だにしなかったのだ。

彩花紫や雲母などは、特に驚いたりはしてはいなかった。

あの天目なら、ある意味やりかねないと思っていたのだ。

つまり、天目は何らかの目的のために、復興軍に久根国兵を撃破させようとしているのだろう。

その為に、復興軍に有利になるように、いろいろと仕掛けているのだ。

その目的は、恐らく久根国への謀反であろう。

日魅子はこの件には、箝口令を出しておいた。

これは、復興軍に余計な動揺を与えたくないからだ。

日魅子は、この際それを利用するつもりだった。

そして、久根国兵を撃破すべく策を考えていた。



日魅子は、久根国兵は川辺城に籠城せずに、復興軍を殲滅するため攻撃してくると主張して、野戦で久根国と決着を付けることを説明した。

本当に、天目が復興軍を利用して、久根国軍を始末させようと考えているなら、そうするはずだ。

これには、疑問を紅玉などは疑問に思っていたが、日魅子の作戦で、刈田の街を奪取した後だけに、日魅子の意見に従っていた。



刈田の街を出た耶麻台国復興軍四千五百は、玉が瀬川を越えて、その川を背に陣を構えていた。

日魅子は此処で、敵を向かい討つつもりだった。

それは、背水の陣であり、下手をすると敵に包囲させて川に落とされてしまうのだ。

兵法では、川を手前に陣を構えるというのが常識であるため、日魅子のこの陣は異常に見えたのだ。

しかも日魅子は、此処で簡単な陣を張るだけで、一切の防御施設の建設を禁じていたのだ。

流石に、これには幹部達も不安に思ったようだ。

その頃には、二千五百の久根国軍が川辺城の守備隊千と合流して、合計三千五百で、こちらに向かっているのを物見が確認していた。

日魅子は中隊長以上の者を集め作戦会議を始めた。

「こちらに向かっている敵は三千五百だけど、それだけじゃ無いわ。後方に千、別方向に千五百いるわ。これらを各個撃破するには、速やかにこの三千五百を始末したいのよ。それに、あまり時間をかけすぎると、久根国本国からの増援部隊が九洲に来かねないわ。そうなる前に、九洲にいる久根国兵を一掃しておきたいのよ」

日魅子の言葉に皆が頷く。

「だから、野戦でこの三千五百を一気に撃破するわ。でも、私達は数では勝っているけど、兵の練度では劣っているわ。まともに戦えばかなりの被害がでると思うの。そこで、奇策を使うわ」

「奇策ですか?」

「川を背に戦うのが不利なのは常識ね。そして、防御施設も作っていないとなると、久根国は復興軍を侮り油断するわ。私達は敵の接近に合わせて川を背に、凸陣形をとるわ。すると敵は右翼と左翼を広げ、凹陣形で此方を半包囲して川に叩き落とそうとするでしょうね。そうでしょう?」

日魅子が尋ねると、皆が頷く。

確かに久根国軍はそう動くだろう。

皆もそれを心配していたのだ。

「でも、そうすると敵の中央部は薄くなるのよね。つまり中央突破が容易になるの」

日魅子の中央突破と言う言葉に、皆が驚く。

「全軍で中央突破をして、背面展開をすれば、立場を入れ替えることができるのよ。その時、防御施設があると却って邪魔になるのよね」

「つまり、日魅子様は・・・」

「そう、あえて不利な陣形を取ることで、敵を誘う。中央突破で敵に指揮系統を混乱させて、敵の勢いを殺すの。そして、一気に久根国兵を川に叩き落とす」

皆が日魅子の、恐ろしく大胆な作戦に驚いた。

「しかし、うまくいくのでしょうか?」

亜衣が不安そうにいう。

確かに兵法上は合理的だが、下手をするとこちらが全滅しかねない作戦だ。

「では、他に作戦はありますか?私達の被害か最小で済みそうなもので」

日魅子の言葉に亜衣が沈黙した。

確かにこれ以上の作戦は無いだろう。

他に異論が無いようなので日魅子は早速作戦を決定した。

日魅子は此処で、味方のやる気を煽る事にした。

「そういえば、久根国はどうも水がお好きなようね。あの耶牟原城も水に沈めたもの」

日魅子の言葉に、復興軍の者達が反応する。

耶麻台国の都であった耶牟原城が水に沈められたのは、水を象徴とする久根国が、耶麻台国を滅ぼした証として行った事であった。

当然ながら、これは九洲の民にとって、かなり屈辱的な事であったのだ。

「この際だから、久根国軍には、耶牟原城を水で沈めてくれたお返しとして、存分に彼らのお好きな水に漬かって貰おうと思うんだけど、皆はどうかしら?」

耶牟原城の報復をしようという日魅子の言葉に、皆のやる気が出てきた。

皆が口々に久根国兵を川に叩き落としてやると張り切ってくれた。

特に伊雅などはやる気満々になっていた。

やはり、ある程度は煽って、皆にやる気を出して貰う方が良い。

一方、日魅子が巧みに味方を煽ったことに、亜衣や彩花紫等は感心していた。

日魅子は、復興軍の戦意を煽り、敵に備えたのだった。



斗善拍将軍率いる久根国軍三千五百は、天目の命を受け反乱軍を捕捉撃滅する任務についていた。

斗善拍は、常慶将軍の四千が反乱軍に壊滅させられた事から、三千五百という兵力に一抹の不安を感じていたが、あの敗北は常慶が無能だったからだろうと考えていた。

それに、いざとなれば、刈田の街の部隊と合流すれば良いと考えていた。

反乱軍も当麻や美禰などの街に、兵力を分散させているのだろうから問題ない。

斗善拍は、反乱軍を侮っていたので、楽観していた。

こちらの物見が反乱軍の部隊を発見したとの知らせを受けた。

反乱軍四千五百は、玉が瀬川を背に陣を張っているらしい。

しかし、防御施設は一切建設していないらしい。

斗善拍は、反乱軍が四千五百もの部隊を一度に投入したことに驚きつつも、敵の用兵が無理がありすぎることに気付いた。

川を背にしているため逃げ道が無い上に、防御施設がないから、攻撃を満足に防ぐことはできないのだ。

所詮は、寄せ集めの連中でしかないわ。

ならば、一気に叩き伏せるまでだ。

復興軍を侮った、斗善拍はここで一気に反乱軍を蹴散らそうと考えていた。



玉が瀬川

久根国軍の接近を受けて日魅子は、凸陣形を取った。

敵軍は、予想通りに左翼と右翼を広げ、凹陣形で此方を半包囲するつもりの様だ。

そして、久根国軍が突撃を開始した。

日魅子は、予め防御を固め、タイミングを計っていた。

敵軍は更に左翼右翼を広げて、復興軍を半包囲した。

その時、上空から第1空艇隊五十が、高度を落として、久根国軍に爆撃を開始した。

「今よ、突撃開始!」

第1空艇隊の一斉爆撃で、久根国軍が浮き足だった瞬間に、日魅子はすかさず中央突破を開始した。

まず、藤那の騎馬隊を先頭に突撃させた。

藤那の騎馬隊が機動力にものをいわせて、一気に中央突破をした。

先頭の部隊が敵の中央を突破をすると、中央の部隊、右翼部隊、左翼部隊と次々と中央突破を開始した。

そして、中央突破をした復興軍が背面展開すると、形勢が完全に入れ替わってしまった。

形勢を逆転された久根国兵は指揮系統が乱れて混乱してしまい、久根国軍を半包囲した復興軍の猛攻で、次々と川に押し出されていた。

川に押し出されて溺れる者、それを見て急いで鎧を脱ごうとして討たれる者、ばらばらに敵に突撃して虚しく討たれる者。

それは、もはや虐殺となっていた。

久根国兵は一方的に討たれていた。

斗善拍将軍は、けして無能ではなかったが、敵の空爆と中央突破で混乱した指揮系統を回復させることは無理だった。

こうして、三千五百の久根国軍は、降伏した百名あまりを除き全滅した。

斗善拍将軍も、この戦いで討ち死にしていた。

辺りには、久根国兵の死体が死屍累々と転がっている。

そして、玉が瀬川にも、沢山の久根国兵の溺死体が沈んでいた。

対して、復興軍の死者は二百名で、負傷者が三百名であった。

日魅子はこの被害は、想定範囲内であったので、特に問題はなかった。

この圧勝により、復興軍の将兵達は皆、日魅子を讃えた。

こうして、後に”玉が瀬川の合戦”と言われる戦いは、復興軍の圧倒的な勝利に終わった。