それぞれの望み(19) 〜無記名の戦い〜 (H:小説? M:九峪・他オールメンバー J:コメディ)
日時: 03/27 18:23
著者: Ken

「人はみんな、異なる環境、異なる文化で育ち、異なる価値観を持っている」

 夕食後、リビングでくつろぐ女性陣を前に、九峪が唐突に口を開いた。

「いきなり何いってんの?」

 ソファーに寝転がっていた日魅子が、身体を起こす。他の者も、みな不思議そうな視線
を九峪に集めている。

 構図としては、伊万里と志野、それから清瑞、忌瀬がテーブルで食後のお茶を飲み、衣
緒と羽江が洗い場で食器を洗い、他の者はテレビや雑誌を見て、のんびりしている、とい
った感じだ。

 九峪は気にせず、

「数ヶ月、一緒に暮らしてみて、そういった相違点から、不愉快な思いを抱くこともあっ
たはずだ」

 この言葉に、みんな互いの顔を見ながら、曖昧に頷いた。

「でも、一緒に暮らす以上、和の乱れとか考えて、意見を控えがちだ。……ま、一部を除
き……」

 九峪が苦笑交じりに、一部の者を見て流すと、不快な声が上がる。

「あら、九峪様? どうしてわたくしの方を見るのです?」

 声の主は星華である。となると、反応するのは当然、

「あんたが、我侭でずけずけとモノを言う失礼な女だってことでしょ」

 いやらしく声を震わせたのは、日魅子だ。

「言ってくれるわね。大体、九峪様は、あなたも見たでしょう?」

「それでも、あんたほどじゃないわよ」

 恒例の星華と日魅子の口喧嘩に、辺りから失笑が洩れる。

「またやってるよ。正直、態度の悪さは五十歩百歩よね〜?」

「悪いのは態度じゃなくて、脳みそ」

「あはは! 馬鹿祭りだ〜!」

 上乃が煽り、珠洲が焚きつけ、羽江が騒ぎ立てると、みごとなコンビネーションだ。

「お前らもだ! ったく……」

 九峪は騒ぐばかりの外野を叱りつけて、テーブルの方に顎をしゃくった。

「ちょっとは伊万里や志野、衣緒の慎ましさを見習えよ」

 九峪家の中でも優等生とも言える三人は、呆れつつも、露骨に態度には出さず、落ち着
いていた。

「九峪様? なんで、あたしの名前を外すんですか?」

「そうですよ。わたしだって、十分慎ましいですよ?」

 クレームをつけたのは、同じくテーブルでお茶組の、忌瀬と清瑞だが……。

 九峪はあっさりと無視して、話を進める。

「ま、自覚のない奴はさておき、だ。やっぱり、面と向かって言えない不満点なんかは、
誰でもあると思う。今回は、家庭環境をより円滑にするために、そういった泥やしこり
を全部取り払おうと思う」

「どうやってです?」

 伊万里の適切な相槌を受け、九峪はニカっと笑ってみせる。

「簡単なことさ。誰が言ったかわからないようにすればいいんだよ」

「匿名……。つまり、無記名の紙に、現状の不満点を書き、それを集めるということです
ね?」

 さすが志野。瞬時に理解し、わかりやすく言い換えてくれた。

「そういうこと。ご飯食べるとき、誰々のマナーが悪くて気になる、とか……。玄関の靴
を脱ぎ散らかすな、とか……。些細なことでも何でも良い。けど――」

 九峪は一部の要注意人物を半眼で見やる。

「わかってると思うが、誰々死ね! とか、出て行け! とか……。ただの罵詈雑言は良
くないぞ」

「だから、どうしてわたくしの方を見るのです?」

「それは、あんたが――」

「だー! もうパターンなんだからやめろってば!」

 九峪の叱責が、星華と日魅子の不毛な戦いを止めるに至った。

 九峪は呆れつつも、咳を払い、仕切りなおす。

「とにかく。話し合いで改善できそうなことを書いてくれ。もちろん、必ず改善されるわ
けではないけど、善処はするってことで」

 やっぱり家族なんだから――部外者が一人いるが――遠慮せずに、言いたいことを言う
のが普通だ。でなければ、円滑な家庭生活とは言い難い。

 こうして、一時間の熟考時間を設けて、今企画は幕を上げた。







          それぞれの望み(19)〜無記名の戦い〜





「さて……」

 集めた投票用紙の入った透明袋を片手に、九峪が第一声を発する。

 リビングでは、全員がテーブルに座って、何やら緊張した面持ちで九峪を窺っていた。

 ちなみに、端から、上乃・伊万里・日魅子・九峪・清瑞・忌瀬。

 テーブルを挟んで、羽江・衣緒・星華・志野・珠洲、の順番である。

「まずは伊万里から行こうか」

 二つ折りの紙を取り出しながら、九峪が言うと、

「ええ。よろしくお願いします」

 さすが伊万里というべきか。若干緊張した声ではあるが、顔には微かな笑みが窺える。

「一つ目……。え〜『生真面目すぎる』……」

 紙に書かれたことを九峪が読み上げると、一同が同意の声を上げた。

「「あ〜」」

 ただ一人、伊万里だけは、腑に落ちなさそうな顔で、首をかしげている。

「そう、かな……?」

「みたいだな。次のも似たような感じで『硬く考えすぎ』だそうだ」

「う〜ん……」

 伊万里の唸り声を聞きながら、九峪は次々と読み上げる。

「現に他にも、『もう少し柔和な対応を』『ユーモアが足りない』『もう少しアバウトに』
『肩の力を抜けばいいと思う』とあるぞ」

「そういわれても……」

 伊万里にしては、珍しく眉が頼りなく下がっている。悲しんでいるというより、困って
いるのだろう。

 九峪はサラっとフォローを入れてみる。

「これは伊万里の長所でもあるしな。難しい問題か」

 多分『良い所を書け』にすれば、『几帳面』とか『礼儀正しい』とか、似たような答え
になるに違いない。

「でもまぁ、ちょっと考えておいてくれ」

「はい」

 本人にも笑顔が見れる。気まずい雰囲気はなく、これはいい企画だったかも、と九峪は
思っていたのだが……。

「…………」

「どうしたました、九峪様?」

 九峪の無言に、伊万里が不信そうな顔を見せる。

 読まないわけにもいかず、九峪はやや声のトーンを落とした。

「……えっとだな……。『色気が足りない』」

 伊万里が口を閉ざした。さらに、九峪はもう一枚読む。

「『女らしくない』」

 伊万里は何も喋らずに、ただ固まっていた。

 他の者も、笑ったりなどせず、ただ様子を窺っている――というより、九峪を見ている。

「ま、まぁまぁ! これは言い換えれば、カッコイイとか、凛々しいって意味だからな」

 九峪は詰まりながらも、持ち前の機転の良さで切り抜けた。さらには、目配せで衣緒に
パスを送る。

「そ、そうですよね。伊万里さんは、強くて、女性にモテそうですし」

 衣緒も必死にフォローしたのだが――

「それ、男にはモテないって意味――むぐぐ」

 珠洲が余計な一言を挟もうとして、とっさに志野に口を押さえつけられていた。

「あは、あはは……。まぁ、わかってたしな……。わたしは山人の出だから、ちょっと雑
なところあるし……」

 伊万里は気にするなと、苦笑して見せた。その笑顔に無理はない。

 だからだろうか。こんな軽口を許してしまう。

「でも、同じ山人でも上乃は、女の子って感じよね〜」

「日魅子! 黙ってろ」

「はは……。大丈夫ですよ、九峪様」

 九峪の咎めすら、伊万里は微笑で受け流す。

「わたしも、もう山人ではありませんし、少しくらいは、上乃を見習って、女を勉強した
方がいいのかもしれませんし」

 最後はちょっぴり照れくさそうであった。九峪からすれば、今のは十分女の子っぽいの
だが。

「……そっか。うん、素の伊万里も十分綺麗だけど、化粧とかしたところも見て見たいし
な」

「そんな……」

 九峪の言葉に、伊万里も満更ではなさそうで、赤くした顔を俯かせている。

「うおっほん! 九峪様。続きはッ?」

 星華の咳払いに、九峪が慌てる。

「あ、ああ。そうだったそうだった。え〜っと…………」

 九峪は、残る二枚に目を通して、息を飲み込んだ。

「……?」

 伊万里が眉をあげている。

 黙っているわけにも行かず、九峪は仕方なく、呟くように一言。

「『影が薄い』」

「――!」

 伊万里の顔にヒビが入った。

 愕然とした様子の伊万里をチラチラと窺いながら、九峪は最後の一枚を読む。

「『目立たない』」

「…………」

 伊万里は何も言わない。九峪も何もいえない。

「ふ……。だ、大丈夫ですよ……」

 伊万里は自分で復活してみせる。ただ――

「ええ、わたしは所詮、影が薄いですから。ええ、わたしが悪いんですとも。あはははは
……」

 虚ろな笑いというか。自暴自棄になっているようだ。

「伊万里が壊れた……」

 空恐ろしいものを感じた九峪は、上体をグっと反らした。

「九峪様、次に進めた方が……」

 清瑞の言葉を受け、九峪はコクコクと頷いた。


 ◇


「え〜っと……次は上乃だな」

「どんとこ〜い」

 陰気な雰囲気を飛ばすように、上乃が豊満な胸を叩いて見せた。

 それを受け、九峪も気持ちを切り替える。

「よっしゃ。いくぞ。……『悪ふざけが過ぎる』『不謹慎なことが多々』」

「うんうん、わかるわかる」

 上乃はまったく堪えておらず、腕組みをして大げさに頷いていた。

「開き直るな、ばか」

 立ち直った伊万里が、さっそく嗜めの言葉を挟んだ。

「ま、そういう明るいところが、あんたの持ち味よね」

 それに対してフォローを入れたのが、意外にも日魅子だった。

 上乃がパチン、と指を鳴らす。

「さっすが日魅子! よくわかってるじゃ〜ん」

「ま、ときたまについていけないけどね」

 友人のお調子振りを、日魅子は苦笑まじりに受け止めた。

「あはは」

 上乃は笑って誤魔化しているが、まぁ、この位の方が、九峪もやりやすい。

「ったく……。次は……『金銭感覚(無駄遣いやタカリ癖など)』」

 全員が無言で二度、三度と頷いた。日魅子も、これには同意する。

「さすがに、それはあたしも同感だわ」

「だって、新鮮なものばっかりだも〜ん。お金、全然足りないよ〜」

 上乃がわざとっぽく頬を膨らませた。

「けど、少しは控えろ、ほんとに……」

「だな」

 伊万里の注意に相槌を打ってから、九峪は続ける。

「次は『もう少しおしとやかに』。お、もう一つも『落ち着きがない』だな」

「それをなくしちゃ、上乃様じゃなくなっちゃうね!」

 上乃は不敵に笑って、大きく胸を反らした。

「いや、ちょっとは考えろよ……」

 目を閉じた伊万里が、深いため息をついている。

「二人を足して割ったら、ちょうどいいんじゃないかな〜」

「あら。それもそうね」

 忌瀬の軽口に、星華が笑みをこぼした。他の者もそれにつられた。

「勘弁してくれ……」

 伊万里は冗談じゃないとばかりに、眉間に皺を寄せた。

 伊万里も大変だな、と思いつつ、九峪は次の二つを読む。

「『だらしない』。『もう少し真面目に』」

「それ書いてる奴が、真面目すぎるだけなんじゃない? 面白くないくらいに」

 じぃぃ、と上乃が細い目で隣の伊万里を見据えた。

 逃げるように、伊万里が顔を引かせる。

「な、なんでわたしを見るんだ?」

「だって、こんなの書くの、伊万里くらいだもん」

「でも、俺も同意見だぞ」

 九峪が賛同を示すと、上乃はふて腐れたように、手を翻した。

「はいは〜い。考えておきますぅ。で、次は?」

「『ちょっとバカ』」

「…………ま、まぁ、確かに、頭は良くないかもねぇ。あはは」

 上乃にしては反応が遅く、笑顔も少しぎこちない。

 そんな様子を横目に見ながら、九峪はさらにもう一枚を声に出す。

「『超バカ』」

「誰が超をつけろって言ったのよぉ!」

 上乃がテーブルを叩いて立ち上がる。もちろん、笑顔などあるわけもない。

「大体、そんなの言われて、どう改善しろっていうのよ!」

「お、俺に言うなよ……」

 指を突きつけられた九峪が困り果てていると、

「どうせ直す気ないくせにね〜」

 頬杖をついた忌瀬が、声を笑わせた。

 それに反応し、振り返った上乃が叫ぶ。

「そうだけど!」

「「認めるなよ」」

 九峪と伊万里の声が見事に重なった。

「ったく。最後行くぞ……」

「もうなんでもくれば?」

 上乃が半ば本気で拗ねたように言い捨てる。

 だから、九峪も容赦なく、最後の一枚を声に出した。

「『モテるようでモテてない』」

「…………」

 上乃が黙り、一同も黙る。

 しばしの静寂のあと、みんなが互いの顔を見合わせ、

「「……確かに」」

「確かにって何よ!?」

 上乃が叫ぶと、みな一斉に顔をそらした。

「……く、屈辱……!」

 上乃は拳を握り締めて、着席する。

 容姿に自信を持っているだけに、今の一言はプライドに触ったようだ。

「ま、気持ちはわかるけど……。というか、これは悪意を感じるなぁ。できれば、控えて
欲しかったが――」

 九峪は辺りを見回し、ため息をついた。

「ま、この面子じゃ、無理な話か……」

 気を取り直して次にいく。

「次は星華だな」

「え、ええ……」

 星華はこの時点で、笑顔がぎこちなかった。

「どうしたんです、星華様?」

「いつもの、偉そうな星華様らしくないねぇ」

 親しい友二人・衣緒と羽江の言葉に、星華に彼女らしさが戻る。

「偉そうは余計ですっ」

「ふん。いつもは踏ん反り返ってるくせに、自信ないんだ?」

「だから――」

 珠洲の毒舌にいち早く動いたのは、当然志野だ。

「そういうこと言っちゃ駄目って、なんど言えばわかるのっ」

「い、イタイイタイイタイ」

 頬をつねられた珠洲の涙声が、本当に痛々しい。

「自信ないなら、逃げれば〜?」

 日魅子の歪んだ声が、星華の闘志に火をつける。

「べ、別にそんなこと! どうぞ、九峪様。わたくしに欠点なんて、そうありませんもの」

「また、そうやって見得を切って……」

 はぁ、と衣緒のため息がこぼれた。

 そんな様を苦笑しながら、九峪は一枚目を読む。

「『胸を気にしすぎ』」

「へ?」

 星華が目を丸くして、呆気に取られている。

「『胸ばっかり』『胸を自慢しすぎ』『おっぱい星人』『胸の誇張を抑えて欲しい』」

「あらあら。そんなものなの? ただの僻みじゃない。むしろ長所よ」

 欠点の指摘に、星華はむしろ、気持ち良さそうに笑っていた。

「そういうことを言うのを、直して欲しいって思ってるんですよ」

「そうよ。バカじゃない? それしか取り得ないって言われてるのよ」

 衣緒の忠告と、日魅子の中傷も、今の星華にもは効かない。

「なんとでもいいなさい」

「く……」

 悔しそうに下唇を噛む日魅子を横目に、九峪は先を進める。

「え〜っと、他には……。『誘惑が多い』『風紀を乱す』『淫乱』」

 誘惑が多い、は九峪である。嬉しくもあるが、皆の手前、控えて欲しいところだ。

「い、淫乱……? ま、まぁ、いいわ……」

 これはちょっと引っかかったみたいだが、星華は耐え抜いた。

「『脳みそがちょっと足りない』」

「うぐぐ……」

 だんだんと、星華の顔が崩れつつある。そして――

「『王族?w(笑)』」

「(笑)って何よ!?」

 あっさりと、星華は怒りを爆発させた。それを煽るのは、もちろん日魅子。

「まぁ、気持ちはわからないでもないわね〜」

「庶民の分際で!」

「ふん! 王族(笑)のくせに!」

 さっそく、日魅子と星華が喧嘩を始めた。

「ほら! 次行くぞ、次!」

 九峪は声を大にして、強引にその場を収めた。


 ◇


「次は衣緒。え〜っと……『内気なところ』」

「あ……。そうですね……わかってはいるのですが……」

 衣緒が楚々として頷くと、

「え〜。そうかな〜」

 羽江が声を濁らせて、意義を挟んだ。星華もそれに続く。

「実際は結構、違うわよね」

「うんうん。すぐに殴る人は、内気なんかじゃないよ〜」

「羽江! 星華様も……」

「はいはい……」

 衣緒の怒りを、星華はおざなりに受け流していた。

 三人らしいやりとりに、九峪も笑みを浮かべ、

「ははは……。他のも似たようなもんだよ。『内向的なところ』『一人で考えすぎなとこ
ろ』『背負い込みすぎるところ』『気を使いすぎなところ』」

 ちなみに、最後のは九峪のものである。

「そうですね……。いわれて見ると、そうかもしれません」

 衣緒は真摯に受け止めているようだが、

「だから、それはない――いたぁい!」

 羽江の声を止めたのは、姉のきついゲンコツだった。

 気を取り直して、九峪が次の紙を取り出す。

「え〜っと……『口喧しい』」

「羽江!?」

 反射的に、衣緒が妹を睨みつけた。

「え〜!? 違うよぉ!」

 羽江が唇を尖らせる横で、不自然なまでに星華が目を反らした。

「星華様!?」

「だって……実際そうじゃない」

 悪びれた様子もなく、星華は認めた。

 これには意義ありと、衣緒も席を立つ。

「口うるさくさせるのは誰ですかっ」

「なによ。それじゃ、わたしはだらしないみたいじゃないっ」

 星華も熱くなり、立ち上がる横で、羽江が一言。

「よくわかってるね〜」

 直後、振り下ろされた星華の手刀が、羽江を黙らせた。

「け、喧嘩はやめようぜ。誰が書いたかはナシだ……」

 九峪は宥めるように言いつつ、先を勧める。

「えっと……『潔癖すぎる』」

「……あ、そうかもしれませんね……」

 思い当たることがあるのか、席に座りなおした衣緒も、反論はしなかった。

 これで少々、落ち着けるかな、と思った九峪だったが――甘かった。 

「……『カマトト』……」

「……! 星華様〜……羽江〜……?」

 衣緒が獰猛な唸り声を上げて、二人を睨む。

「な、なんでもかんでも、わたしのせいにしないでよ」

「あたしじゃないよ〜」

 星華は心外そうに、羽江は痛めた頭を撫でながら、否定を示した。

 納得いかなさそうではあるが、嘘はついていないと判断したのか、衣緒がそれ以上追及
せず、

「……九峪様。次を」

「………………『貧乳』」

 九峪が呟いた瞬間、羽江が逃げ出した。

「羽江ぇぇぇぇ!」

 勢い良く立ち上がった衣緒が、猛然と羽江を追いかけていった。

「だから、これは悪口書くものじゃないっていうのに……」

 いなくなった二人を目で追いながら、九峪は髪をかき乱す。

「次は羽江だったんだが……。ま、やる意味もないかな」

 九峪が十枚の紙をさっと流し見て、飛ばそうとすると、伊万里が疑問を示した。

「どうしてです?」

「全部『うるさい』」

 実際に何枚かテーブルの上に散らばらせてみると、全員から失笑が洩れた。


 ◇


「次は志野だな」

「はい。皆さんの貴重なご意見、聞かせていただきます」

 伊万里と同じように、志野は悠然とした態度で受け止めようとしている。

 逆に――

「……。いきなりきたな」

 ためらいがあるのは、読むほうの九峪だった。 

 まぁ、自分もこれを書いたのだが……。

 何枚か先に見てみると、やはり同じ意見が過半数を占めていた。

「いや、志野って、基本的に欠点が少ないからな。うん、こういう方向から攻められるの
はしかたがないっていうか」

「なんでしょうか? 気になさらずに、いってください」

 九峪のぎこちないフォローを、良く思わなかったらしく、志野は幾分眉を顰めていた。

 九峪はふぅ、と一度深く呼吸をして、

「『酒癖が悪い』×6」

「…………」

 志野の返事はない。顔に変動もない。笑顔のままだ。

 だが――志野の場合、それが返って怖かったりもする。

 九峪の不安を察してか、志野は涼やかに笑う。

「いえ。怒ってはいませんよ? ただ、これは記憶になく……。どうしても言いがかりの
ような印象が強くて」

「「それはない」」

「…………」

 ほぼ全員の否定に、さすがに志野も不機嫌そうに押し黙った。

 となれば、当然気まずくなりかけた空気を処理するのは九峪である。

「ま、まぁ、これは体質的なものだしなぁ。どうしたらいいものか……」

「いえ……。これからも、そういう場に遭遇することはあるはずです。場の雰囲気を壊さ
ないためにも、これは治さなくてはいけません」

 内心はともかく、志野は謙虚に受け入れてくれた。

 確かに、社会に出ればお酒というのは避けて通れない。

 その辺を、志野もわかっているのだろう。

「さすが志野だな。じゃあ、次……」

 気を取り直して、というわけには行かず、九峪は内心ため息をついた。それでも、読ま
ないといけない。

「……『何考えているのかわからない』。『考えが読めない』。『よくわかんない人』」

「……そ、そういわれましても……」

 さすがに、志野もまぶたを下げて、助けを求めている。

 仕方なく、九峪は思いつく限りのことを言ってみる。

「ま、まぁ、冷静というか、ポーカーフェイスってことだしな。そう悪いことじゃないん
だろ。最初に言ったとおり、もともと欠点が少ないんだしさ」

「何、気使ってるの〜?」

 忌瀬が茶々をいれた。

「煩いな。次…………『露出狂』?」

 言っている九峪ですら、疑問詞がついてしまう。

「「…………」」

 しばらく無言が続く。

「九峪様?」

 思い戒めを破ったのは、志野の静かな――不気味なまでに静かな、そんな声だった。

「な、なに?」

 何も後ろめたいことなんてないのに、なぜか九峪が緊張してしまう。

「紙、見せていただけますか?」

「な、なんで?」

「筆質を見させていただきます」

「だ、駄目!」

 音を鳴らして立ち上がったのは、珠洲だった。

「「…………」」

 妙な間。志野の目が、つい、と横に寄ると、目に見てわかるほどに、珠洲の顔が青冷め
て行く。

「珠洲……。どうしてあなたが、止めるのかしら?」

「あ、う、いや、その……公平じゃないなぁ、って……」

 珠洲は決して志野を見ようとはせず、怯えた瞳は、ほぼ真下に向けられていた、

「珠洲……」

「な、なに?」

「わたし、嘘つきは嫌いだわ」

「へ?」

 恐々と、珠洲が面を上げて、志野の顔を盗み見る。

 最愛の妹分に、志野は清清しく微笑んだ。

「正直に言えば、まだ罰も軽くて済むのよ?」

「……結局するんだ」

 忌瀬がボソっと呟いた。

「わたしも、罰を与えた方がいいのかな」

「げ。勘弁してよ」

 伊万里と上乃が、そんなやり取りをしている横で、珠洲が慌て始める。

「ち、違うの! 悪口なんかじゃなくて! こ、ここには、ほら!」

 珠洲の指先が、九峪の顔を捉えた。

「あいつみたいな、スケベな野獣がいるから!」

「おい……」

 九峪の唸り声に、珠洲は反応を見せず、ただ怯えた瞳を志野に向けている。

「大事な志野が目で汚されるのがイヤで……。で、でも、志野は見せたがり――じゃなく
て、踊り子だから、その職業病というか、しかたないところもあるけど、ちょっと大胆だ
から控えて欲しいってことで――」

「なら、そう書けばいいでしょう」

 思いつく限りを吐き出すような、そんな珠洲の早口を、志野はぴしゃりと斬り捨てた。

「なぜ『露出狂』なんて言い方するの?」

「べ、別に日頃の恨みとか、そういうんじゃ――はッ!」

 珠洲が慌てて口元を抑えるも、もう遅い。

「ふふ……。あとでゆっくり、お話しましょうね……」

「あうぅぅぅ……」

 妖艶な笑みの下で、珠洲は怯えた小動物のような目をしていた。


 ◇


「えっと……。気を取り直して、じゃあ、次は珠洲」

「もう、どうでもいい……」

 珠洲は背もたれに体重を預けて、身体を弛緩させている。

 死刑宣告をくらった囚人に、怖い物などないということか。

 まぁ、もともと、珠洲がこの程度で動じるわけもないが。

「え〜っと。『素直さがたりない』」

「余計なお世話」

 言った瞬間、志野の拳が、珠洲の頭に落とされた。

「はい。ありがたいお言葉、謹んでお受けし、善処します……」

 珠洲は両手で頭頂部を抑えながら、くぐもった声で前言を撤した。

 ちょっと可哀想だな、などと思いつつ、九峪は似たようなコメントを述べる。

「『可愛くない』『ぶっきら棒なところ』『ひねくれてるところ』『意見をきかないとこ
ろ』『謙虚さが足りない』『ノリが悪い』『ちょっと生意気』だそうだ」

「わかった珠洲?」

 念を押すように、志野が顔を近づけると、珠洲は唇を小さく突き出しつつ、頷いた。

「わかりました……」

「でも、意見が一致してるってことは、それくらいってことだ。そこさえ、ちょこっと治
せば、みんなに好かれる可能性大ってことだぞ?」

 九峪の言葉に、志野が大きく頷く。

「そうよ。やることが絞られて楽じゃない」

「……ふん。どうせ、まだあるんでしょ?」

 ふて腐れた様子は直っていないが、珠洲もまんざらではなさそうだ。

 しょうがない奴、と思いながら、九峪は残る二枚の内、一つを取り出し、

「……『もう少し年上を敬まえ。生意気なクソガキが!」』

「……殺す」

 いきなり、珠洲が糸を取り出した。しかも、九峪を睨みながら。

「ちょ!? 俺に向かってきてどうするのよ!?」

 実際書かれているのだからしょうがないだろ、と九峪は紙を開けて見せた。

 しかし、珠洲の怒りは収まらない。

「そのわりには、感情籠もってた。ノリノリだった」

 図星なだけに、九峪も一瞬躊躇する。同感だったからだ。

「け、けど、俺は関係ないぞ。本当のことを言えば、さっきすでに俺のは出てる。大体、
俺がこんなこと書くかよ」

「そう?」

 疑わしそうな珠洲に、九峪はキッパリといってやる。

「無駄なことはしない主義だからな」

「……やっぱり殺す」

「こら珠洲っ。やめなさい」

 九峪に食って掛かろうとしたところを、志野が宥める。

「自分が悪いのよ? 日頃の行いがよければ、何も言われないわ」

 志野には逆らえず、黙り込む珠洲を見はからってから、九峪はもう一つの紙を取り出す。

「まぁ、落ち着け。もう一個あるから――…………あ、いや……気のせいだった」

 乾いた声をあげながら、紙を袋に戻す九峪だったが、

「……なに?」

 不機嫌そうな珠洲によって、なかったことにはできなかった。

「いや、その……」

 言ってしまえばオチが読めるだけに、九峪としては気が進まない。

「いいから言え」

「言ってください、でしょう!」

 志野にギロっと睨まれた珠洲が、八つ当たり気味に九峪を睨んでいる。

 そこまで言うならと、九峪は息を吸って、

「『ぺちゃぱい』」

「絶対に殺す!」

 案の定、珠洲がテーブル越しに九峪につかみかかろうとしてきた。

「だから、俺に当たるなよ!」

「あんたの口から出るから、余計に腹立つ!」

「知るかよ、そんなの! 次、行くぞ、次!」

 もうやめたほうがいいかも、と思いながらも、九峪は最後まで仕事を全うすることにし
た。


 ◇


「次。清瑞だ」

 九峪が隣の清瑞を窺うと、彼女はなんでもない事のように言ってのけた。

「人に非難されるようなことはなにもありませんよ」

「自覚症状のない大人って、始末悪いよね〜」

 日魅子が明後日の方を見ながら、間延びした声を上げた。もちろん、丸聞こえである。

「……その言葉、そっくりおかえししますが」

「なによ」

 九峪を挟んで、清瑞と日魅子が睨みあう。やっぱり、この二人、仲が悪い。

「喧嘩は止めようよ……」

 伊万里が停戦を呼びかけるも、

「この面子では、難しい要求かもしれませんね」

 珍しく志野が、諦めの言葉を挟んだ。

 内心同意しながら、九峪は紙を手に取り、

「……『九峪様に近づきすぎ』×4」

 四枚とも、似たような内容だった。

「ふ。何を言うかと思えば」

 清瑞が勝ち誇ったように微笑する。

「いいですか? わたしのは仕事なのです。近づかない護衛など、仕事放棄も同じであり、
あくまでわたしは仕事上、やむおえず――」

「『素直じゃないところ』『言い訳が多いところ』」

 九峪が読み上げた二枚の紙が、饒舌な清瑞の動きを止めた。

「あとこんなのもあるぞ。『もう少し落ち着きのある行動を』」

「……わたし、落ち着きありませんか?」

 意外そうな清瑞に、九峪はきっぱりといってやる。

「よくからかわれて動転したり、人に襲い掛かろうとしてるだろうが」

「う……」

 反論を失った清瑞を横目に、九峪はもう一枚読む。

「他にも。『家事を少し覚えて欲しい』」

 これは恐らく――いや、丁寧な中にも、どこか可愛らしさのある字面からして、間違い
なく衣緒だろう。

「ま、実際そうだしな。ちょっとは覚えておけよ」

 持っていた紙で、軽く清瑞の頭をこついでやる。

「わかりましたよ……」

 清瑞は根負けしたように、顔を伏せた。

「最後の二枚は……『忍者バカ』『思考回路』」

「――!」

 清瑞がキっと鋭い眼差しを日魅子に向けた。

「な、なんであたしを見るのよ!」

 怯みながらも、喧嘩腰なのは、さすが日魅子というべきか……。

「あなたくらいでしょう。こんなこというのは」

「でも、実際そうじゃない。時代錯誤にもほどがあるわよ」

「忍者ではありません! 乱波です!」

「似たようなもんでしょうが。護衛〜? いつまでもそんなことやってるから、『思考回
路』なんていわれるのよ」

「……九峪様」

 日魅子と罵り合っていた清瑞が、急にテンションを下げ、相手を変えた。

「あん?」

「先に謝っておきます」

「何が?」

「血を見るのはお嫌いでしょう?」

 意味を解した九峪が、小さく息を吹き出す。

「や、やめろ! お前が言うと、冗談にならないんだよ!」

「冗談じゃありませんから」

 清瑞は平然とした顔で言ってのけた。

「そのへんが、おかしいっていわれてるんだよ! ったく……次だ次。忌瀬!」

「はいは〜い。お待ちしておりました〜」

 待ちくたびれたように、テーブルに突っ伏している忌瀬が、ヒラヒラと手だけを動かし
た。

 まず、一つ目を九峪が読む。

「『悪ふざけが過ぎる』」

「あたしと一緒じゃん」

 上乃の言葉に、忌瀬が面を上げ、

「似てるってことかな〜?」

「う〜ん……。微妙な気持ち」

「ひ、酷い……」

 忌瀬は力尽きたように、またテーブルに突っ伏した。

 その辺は特にフォローすることなく、九峪は続ける。

「似たようなのが多いな。『お調子者なところ』『すぐにからかうところ』『無駄に明る
いところ』『落ち着きがないところ』『不謹慎なところ』」

「でも、それをなくしちゃ、忌瀬様じゃないのよね〜」

 急に起き上がった忌瀬が、ムンと上体を反らし上げた。

「あ、あたしのパクッた!」

 言われて見れば、上乃も似たようなことをやっていた。

「そういうところが不謹慎だっつうの。あと、『変な実験』『変な趣味』」

「それこそ、止められないよね〜」

 忌瀬は飄々と、受け流しているが――

「『いい年してお色気路線なところ』」

「……!」

 この言葉には、さすがの忌瀬も凍りつく。

 志野が忌瀬の様子を伺い、やや感嘆とした声を上げる。

「これは少し効いてるようですね、本当に……」

「珍しいわね」

「確かに」

「でも、本当のこと」

 星華と伊万里が不思議そうに、そして最後は珠洲が容赦なく肯定の意を見せた。

「年のことはいわないでよ〜……。ていうか、みんなとかわらないでしょ?」

 忌瀬の細い眼差しに、日魅子と珠洲を除いた――羽江はいないので――アダルト組が、
一斉に目を背ける。

「皆二十歳くらいなんでしょ? 二十歳なんてオバンよ、オバン」

「「――!」」

 日魅子の軽口に、アダルト組が打って変わって鋭い視線を投げつける。

「……ご、ごめん。今のはわるかった」

 さすがの日魅子も、これには身体を怯ませた。

「はぅぅ……。で、最後のはなんなんです〜?」

 嘆くような忌瀬の質問に、九峪はあっさりと、

「『引き篭もり』」

 忌瀬は盛大に前のめりにこけた。がばっと顔を起こし、

「そ、それは違うでしょう!?」

「まぁ、年中部屋に籠もって、本読んでるからなぁ〜。違うとは言い切れないか」

 九峪が後ろ頭をかきながら、返事に窮していると、

「ニート予備軍?」

 いつもの調子を取り戻してきた珠洲が、嘲笑をいれた。

「珠洲に言われたくはないよ。社会不適合候補のくせに」

「む……」

 忌瀬と珠洲が睨みあう。

「……先に進むぞ」

 もうすぐ終わりだからと、九峪は自分に言い聞かせながら、次に進んだ。


 ◇


「日魅子。お前だ」

「ふん。なんとでもいいなさいよ。そんなの、全然こたえないから」

 答えながらも、なぜか日魅子は星華と清瑞を睨んでいた。

「趣旨を間違えるなよ……。これは、己を見つめなおし、改善するって言う……」

「わかってるってばっ」

 早くしろといいたげな日魅子の視線を受け、九峪はおざなりに読み上げて行く。

「……『嫉妬深い』『血の気が多い』『落ち着きがない』『喧嘩が多い』」

「うるさいなぁ。誰かさんと誰かさん以外には、比較的大人しいわよ。それより九峪?
最初の嫉妬のやつ、あんたじゃないの?」

 日魅子の冷たい視線に、九峪は肩をすくめて、

「さぁね。誰か聞くのは、ルール違反だ」

「白々しい……」

「はいはい。次は……『九峪様に馴れ馴れしい』×2」

「あっそ。はい、次」

「ちょっと……」

 星華が不満げな声を挟んだ。出迎えるのは、挑戦的な日魅子の声。

「なによ? 自己申告でもしてくれるわけ?」

「む……。そうではなく、意見がでたからには、改善してもらわないと」

 星華に同意見だと、清瑞も無言で頷いている。

「あ〜。考えとく考えとく」

 小バカにしたように、日魅子は薄目でゆったりと頷いて見せた。

「むか〜。なによ、その態度」

「馴れ馴れしいも何も、あたしと九峪は幼馴染なの。兄妹みたいなもんなの。それをなん
で、居候如きに指摘されてやめなきゃいけないわけ?」

「いわせておけば……」

「だ〜か〜ら〜。それを直せっつうの……」

 星華と日魅子の言い合いを、疲れた声で制しながら、九峪は次の紙を取り出す。

「次。『特になし』」

「……なによそれ……。眼中ないって……?」

 日魅子が眉根を寄せて、九峪の持つ紙を覗き込む。

「さぁ? でも、いいじゃねぇか。意見がないなら」

「これはこれで、釈然としないわね」

 日魅子は怒りを抜くように、息を吐き出して、背もたれに背を戻した。

「自分が欠点だらけって知ってるから?」

 奸悪に声を歪ませる珠洲だったが、

「……ごめんなさい」

 直後、頭を下げた。隣で睨みを利かせる保護者がいたからだ。

 日魅子に目で続きを促され、九峪はサラっと告げる。

「『ケチ』」

「あんたかぁぁぁ!」

 日魅子が勢い良く、伊万里の前を通過して上乃の首を絞めにかかった。

「ぐぇぇぇ!」

「誰がケチだって、誰がぁ! 何べん奢ってやったと思ってんのよ、えぇ!?」

 日魅子は首を掴んだまま、ブンブンと上乃を振りまくっている。

 まぁ、九峪も気持ちがわからないでもない。

「ご、ごめん。ぎ、ギブギブ」

 上乃がパシパシと、腕を叩くのを見て、日魅子が手を離す。

「まったく……」

 ぼやきながらも、日魅子だってそんなに怒ってはなさそうだ。

 本当、この二人は仲がいいと思う。上乃だって、本気で『ケチ』といったわけではある
まい。ちょっとした冗談だろう。

 …………多分。

「え〜。最後だが……」

 一度見て、目が点なる九峪だったが、咳払いして、原作通りに声を張る。

『劇的ビフォー○フター! 部外者が出入りする家!』」

「な、なによそれ!?」

 日魅子が怒ったような、驚いてるような、微妙な顔をしている。

「お願いしてるんでしょ? どうにかして欲しいって」

 結構受けたのか、上乃が声を笑わせている。

「んなことどうでもいいのよ! この部外者ってあたしのことでしょ!? 家に来るなっ
て!? 誰よ!? あんたでしょ、どうせ!?」

 日魅子が憤然と、向かい側の星華に食って掛かる。

「失礼ね! あたしじゃないわよ!」

 本気で心外そうな星華を見て、日魅子が対象を変える。

「じゃあ、あんたね!?」

「しりませんよ」

 清瑞はぶっきら棒に答えた。嘘をついた様子はない。というより、清瑞は嘘をついて隠
しとおせるほど、器用ではない。

「あ、あんたら以外誰がいるのよ……!」

 納得できないと、日魅子は興奮した面持ちで、何度も全員を見比べている。

「落ち着け、日魅子。誰が書いたかはナシだ」

「ノリ的には、お前が書きそうな文だが……」

「だね。けど、あたしじゃないよ。日魅子を鬱陶しいなんて思ったことないし」

 伊万里と上乃が、そんな会話をしている中、九峪はある人物を盗み見た。

 忌瀬だ。

 半分は清瑞の援護、残り半分はからかってる遊んでるのだろう。

 その証拠に、忌瀬は日魅子の目を盗んで、九峪に向かって小さく舌を出していた。


 ◇


「ラストは俺だな……。ま、予想はつくが……」

 十枚の紙が入った袋を前に、九峪が唸る。

 取り出すと、予想通りだった。

「『ドスケベ』『八方美人』『女性にだらしない』『手が早い』『浮気者』×3……」

 さらっと七枚を読み上げて、九峪はクールに笑ってみせる。 

「ふ。この程度、もはや言われなれたぜ」

「慣れてる時点でどうかと……」

 戻ってきた衣緒がポツリと呟いた。脇には、グッタリとした羽江が抱きかかえられてい
た。意識はあるようだが……。

 なにをしたんだ、と気になりながらも、さっさと終わらせようと、九峪は紙を読む。

「次。『誘惑にのってこない』。どうしろっていうんだよ……」

「贅沢な悩みじゃないですかぁ」

 他人事だと思って、忌瀬はケラケラと笑っていた。

「……はぁ。次『ロリコン!』って、違うわぁぁぁ!」

 九峪は紙を握りつぶして、珠洲を睨みつけた。

「……なんで、わたし見るの?」

「違うってのか、えぇ!?」

「知らない」

 ぷい、と珠洲が顔を背ける。嘘は言っていなさそうだが――

 急に蘇生した羽江が、衣緒の脇を器用に抜け、走り去って行く。

「……う、羽江の奴……。楽しんでやがるな……!」

「でもさぁ。怒るってことは、内心実は――」

「あるかぁ!」

 忌瀬に吼えてから、九峪は最後の一枚を掴む。

「『お小遣いをくれない』って、またお前か! お前は、もうバイトしてるだろうが!」

「くれなくなったのは事実でしょ? ケチ」

 上乃はあっさりと肯定した。というより、開き直っている。

「ケ、ケチだぁ!? お前、あんだけ俺にたかっておいて!」

「昔のことじゃ〜ん。それにさ。前、一緒にご飯食べたときも、驕りじゃなかったし。普
通、女の子とのデートは、男が支払うものでしょ? ケチ」

「ケチって言うな! そりゃ、俺だってデートのときくらい、支払うさ。けど、お前と飯
食うのが、どうしてデートになるんだよ!」

「ちょっとお待ちになって……」

 九峪と上乃の間に割り込んできたのは、星華だった。胡乱な視線で、二人を見比べ、

「いつ、上乃さんとご一緒に? わたくし、そんな話聞いていません」

「わたしも聞いていませんね」

 やや不快の籠もった声で、清瑞が同意する。

「あ、いや、それは、たまたま……」

 他のみんなの視線も、どこか痛々しく、九峪の士気がどんどん下降を辿って行く。

「やっぱり、八方美人じゃん」

 珠洲がそう言うと、

「そうですね。九峪様は家主ですから、人の見本にならないと」

「確かに。一番に、欠点を改善して欲しいかな」

「自覚があるなら、なおさらですよね」

 志野と伊万里、それから衣緒まで、チクチクと攻撃してくる。

 いつもは味方してくれる三人が、こんなこというとは……。

 よほど不機嫌と見える。まぁ、無理もないが……。

「自分ができないのに、人にやれなんていいませんよね?」

「やっぱり、発案者から実践しないとね〜」

 さらには、清瑞と忌瀬にまで言われる始末。

「……善処いたします、はい」

 九峪は肩を狭めて、がっくりと頭を下げた。

 そして思う。本当にやってよかったのだろうか、と……。

 なんだか、墓穴を掘ったというか、泥沼にはまっただけのような気がする。

 結局、我の強い者達の集まり。

 企画倒れになるのは、必然だったかもしれない……。



                <それぞれの望み(19)終わり (20)に続く>

2006/03/26 by Ken


あとがきはこちら
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(おまけ それぞれの日記)


九峪  「俺としたことが……。失敗してしまった……。
     今日は、何も言う気になれない。おやすみ……」

伊万里 「わたしって、そんなに影薄いのかな……?
     誰が書いたのかはどうでもいいけど……。
     う〜ん……。自分らしく、無理せずにって心がけてたけど、少しは考えた方が
     いいのかな……」

上乃  「九峪様も無駄なことするね〜。
     こんなこと言われて、素直に聞く人なんて、ほとんどいないって
     もちろん、わたしもねっ」

星華  「まったく! 誰なのかしら、最後のは……!
     王族の誇りを忘れたわけでも、こだわってるわけでもないけど……。
     さすがに(笑)は許せないわ。
     ひょっとして……威厳がなくなってきてるのかしら……」

衣緒  「『一人で背負い込みすぎ』か……。
     でも、それならもっと、みんなしっかりしてくれないかしら?
     頼るにも、あれじゃあ、ね……」

羽江  「楽しかったねぇ! 九峪様、次もまたやろうね!」

志野  「お酒は、ちょっと深刻な問題かしらね。でも、どうすればいいのかしら?
     お酒に強くなるには、やっぱりお酒を飲むのが一番よね……。
     でも……誰か付き合ってくれるのかしら……?」

珠洲  「また志野に怒られた……。これも、あいつが変なこと考えるからだ。
     絶対に、いうことなんて聞いてやらない!」

清瑞  「思考回路……。時代錯誤って意味なんだろうか……。
     う〜ん……。でも、こればっかりは……。でも……。
     困った……」

忌瀬  「さすが九峪様。面白いことやらせたら、右に出る者はいないよね〜。
     あ、そうそう。わたしは改善する気なんてないからw」

日魅子 「ま、予想通りって言うか……。別に、年中友達からも言われてるし、どうって
     ことないよね。
     ……言われてるのに、直してないのが問題なのかもしれないけど。
     ま、いいや」