それはきっと、終わりなく続く物語 (H:小説 M:久峪、伊万里 J:シリアス&ほのぼの)
日時: 12/25 08:43
著者: SIG   <sig1748@hotmail.co.jp>
URL : http://www.geocities.jp/sigalabama/index.html

 凛、と空気が張り詰めた深夜の森。
 復興のために躍起になっていた時分にも幾度か訪れた、なじみと言えばそんなところである場所。
 久峪はそんな場所にある丁度いい大きさの岩に腰を下ろし、なにをするでもなくほお杖を突いていた。
 辺りの様子は一寸先闇といったようで、ある程度”此方”で長い暮らしをしてきたものの多少の恐怖感は否めない。
 しかしまあコレも慣れた事である。
 事情により著しい生活レベルの低下を体験した久峪は、文明の利器の恩恵とはかくも素晴らしいものだったのだな、と当初は寂寞を感じたものだが、こういう風に夜歩きする程度なら月明かり程度の明かりさえあれば不都合は感じない。
 この時代の空は元いた時代のようなくすんだ色を見せず、十分な光源を月が提供するためだ。
 その鮮やかな月の光源は非常に趣がある。
 電力を媒体としたかつての街灯ではこうはいかないだろうなぁ。
 そんなことを考えて、
 
(つまりの所、かなり愛着がわいちまってるってことだよな)

 はぁ、と溜息がでた。

―――ただひたすらに復興を求めた時期は終わった。
 幾たびも傷つきながら、それでもなお進み、ようやくにこぎつけた到達点。
 ようやく先日、九洲の民は故郷を取り戻したのだ。
 そして長かった自分の役目はここまで。
 
 
「後は帰還するだけ……なんだがねぇ」
 
 
 しかし、これがなかなかに難題である。

 思い起こされるのは『神の遣い』として躍起になってこの地を駆け抜けた日々。
 耶麻台国復興の名目を掲げたスリルとサスペンス……そしてほんのちょっとのラブロマンス。
 
 
「まあ、サスペンスっていうよりホラーだったけどな、ははっ」
 
 
 なにしろ元居た時代ではお目にかかれない術という代物。
 そしてこの時代には魔人なんていうものが跋扈するのである。
 比喩なき死と隣り合わせ。
 一つ間違えれば本当に命を落としていた。
 しかしそれでもなお――後に振り返り、輝く思い出が確かにあった。

 
「あ〜くそっ」


 楽しかった。
 痛みや悲しみもあったけど、確かにそれは暖かく、充実した日々であったと断言できる。
 それらとお別れともなると……
 
 
「……はぁ、未練だぜ」
「そう思うのなら、ここに残ればいいって言ってるじゃないですか」
「おわっ!」
 

 突然背後からかけられる声。 
 恐る恐る振り返ると、
 
 
「い、伊万里?」
「はい」
 
 
 そこには腕を組み、さも面白くなさげにたっている伊万里が居た。
 なにやら非常に不機嫌な様子である。
 
 
「探しましたよ」
「ぐっ……」
「気付いたら居ないんですから……探しました」
「わ、悪ぃ」
「その、ああいうことの、後なのに……目が覚めたら、っていうのちょっと……」
「……あ〜……」

 
 伊万里の非難の目を受けながら、久峪は頬をかく。
 久峪がここへ訪れたのは、ほんの少し前だ。
 そしてその前には伊万里の部屋を訪れており、そこからここへ直接向かった形である。
 今の時間は深夜。
 伊万里の部屋へ訪れたのは夕方で、ここに訪れるまでの間、部屋からは出る事はなかった。
 部屋には伊万里と久峪の二人しかおらず、そして二人は異性。
 そんな状況下ではなるようにしかならないわけで。
 ……まあ、なるようにしかならなかった事は今までにも何回かあるわけだが。
 
 
「明日、もう今日ですか……そんな時にこういうことっていうのは、いやに暗示的といいますか……」
「いや、ホント悪かったって」
「反省していますか?」
「……ああ、すまなかった」
「ふふ、なら許してあげます」
 
 
 伊万里はその言葉に笑みを浮かべると、先ほどまで纏っていた不機嫌さを消した。
 そして今度は悲しげに表情を写す。
 
 
「……それで、やっぱり考えは」
「ああ、変わらない」


 先ほど伊万里の部屋でも散々に話し合った事柄。
 何度も何度も、繰り返し話し合った。
 
 
「俺はこの世界には居られない……だから帰るよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 天魔鏡の精であるキョウに、元居た時代へ帰還するための門は明日開くと告げられたのは3日ほど前。
 それを告げられる少し前に、耶麻台国を復興すれば帰れる、とキョウに担がれていた事を知ったときには憤慨したが、逆に安堵した気持ちがあった。
 
(ここに残る理由が出来た)

 帰れないなら仕方ないという免罪符。
 決してこの時代が嫌いなわけじゃない。
 気の合う仲間も居る。 
 それでも久峪にこの時代に残る事を逡巡させるものは、酷く政治的なものだった。
 ―――耶麻台国の求心力。
 それは火魅子に捧げられるもので、国を纏めるにはそれが分散されるのは回避されなければならない。
 『神の遣い』久峪は活躍しすぎた。
 本来復興された耶麻台国は火魅子の下で統治されるべきもののはずが、この『神の遣い』の存在により唯一無二の求心力ではなくなってしまっていたのだ。
 それは今は問題ではないかもしれない。
 しかし必ず、いつか久峪という名を担ぎ権力を分散させるものが出てくる。
 そういう危惧を抱くほどに、久峪は民の求心力を集めてしまっていたのだ。
 それがわかっていても帰還の方法がないのなら仕方ない、そういう安堵を久峪はキョウの言葉で覚えた。
 
 しかし三日前、キョウは帰れるといった。
 前言の撤回ともなるこの言葉。
 その言葉を聞いた時久峪は思った。
 ―――やはり自分はここに居るべきではない。
 ここにきての選択肢の追加。
 あやふやな言い方ではあるが、世界の意思みたいなものを久峪はこのとき感じた。
 ……やはり、物事はなるようになるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……と、まあだな俺は『世界の意思』なるものを……」
「ちゃかさないでください!」


 久峪の言葉を遮るように伊万里が叱責する。
 
 
「はは、まあ……とにかくなるようになるものだと思ったんだよ、そのとき」
「そんな……」
「よ、っと」


 伊万里の言葉を聞く前に久峪は腰掛けた岩から腰を離す。
 そして2、3歩、今居るこの大地を踏みしめるかのように歩き、空を見上げる。
 
 
「ホント……綺麗な……嫌味なくらい綺麗な月だぜ」
 
 
 その言葉は何を意味しているのか。
 伊万里は咄嗟に、声をかけなければという気持ちに狩られ声を上げる。
 
 
「久峪さ――」
 
 
 その言葉をさえぎるように久峪は振り返った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……この耶麻台国に、もう『神の遣い』は必要ない。

―――――コレが答えなのさ、伊万里」


































「世話になったな、藤那……いや、もう火魅子様とよぶべきか?」
「馬鹿、藤那でいい。それにそれはこちらが言うべき台詞だぞ、久峪」

 
 嫌味なほど太陽の恩恵を受ける大地。
 そして火魅子へと選ばれた藤那の下行われる儀式の最中、少ないながらも、多少の食料と必要な道具……そしてわずかな思い出の品をつめた袋を肩にかけ、久峪は今最後の別れを告げていた。
 周りを囲むように見送る顔は見知った顔ぶれで、復興期を共に駆け抜けたかけがえのない友人たちである。
 そのだれもが悲しげな表情を浮かべ、中には目に涙を浮かべるものも居た。


「……本当にありがとう、久峪。お前が居なければ今この耶麻台国はなかった」
「ははっ、そんなことはないと思うけどな」


 照れる様に頬をかく久峪。
 その様子に笑みを浮かべる藤那。


「ふぅ……未練だとは思うんだが、それでももう一度だけ聞かせてくれ」
「ん?」
「……ここに残ってくれないか? ここにいる皆、全員がそれを望んでいるんだ」
「…………」


 久峪はその言葉を返さずに視線を周りへとむける。
 向けられるのは懇願。
 会う視線会う視線が、ここにいてほしいと望んでいる……そんなことが伺える懇願の視線。
 しかし一人だけ、うつむき久峪と目を合わせない女性が居る。

(伊万里……)

 久峪にとって、一番の未練になるだろう女性。


「……決心が揺らぐ事を言わないでくれよ」
「それだけお前は必要とされているんだと考えろ」
「そうか……それはありがたいな……でも」


 一通り周りを眺め見た久峪は、また藤那へと視線を戻す。
 
  
「悪い―――それでもやっぱり……駄目だ」
「久峪……」 
「『神の遣い』は役目を終え、本来居るべき世界へと帰還する。それが一番自然なんだよ、藤那」
「だが…………いやすまない。無理を、言った」
「いや、嬉しかったよ、ありがとな」


 何かを堪えるように震える声。
 藤那は久峪からそれを感じ、これ以上は酷か、と思い懇願を取り下げた。
 久峪は迷った末に答えを出した。
 ならば決心は変わらない、これ以上は困らせるだけになるという事を感じたのだろう。


「あ〜くそっ、お前が変なこというから足が重くなっちまったじゃねえか」
「……じゃあ、残ればいいんじゃないか? 望むところだぞ」
「うるせぇっ」


 口元に笑みを浮かべ、からかうような藤那の言葉に背を向け、久峪は歩き出す。
 いよいよ天界の門へと歩き出した久峪。
 
(これで、この世界ともお別れだな)

 未練を感じないはずはない。
 でも、今はそれを考えないようにしよう―――

(じゃあな、伊万里)
























 

「ね、ねえ、伊万里。ほんとに帰っちゃうよ久峪様……! いいの? ねえ!?」
「…………」

 
 上乃の必死の言葉。
 しかしそれは伊万里の耳には入ってはいなかった。
 背を向け歩き出した久峪の背中をじっと伊万里は眺め続けている。
 
 
「私は嫌だよ! 伊万里だって嫌でしょ!? まだ止められるよ、早くしないと……!」
「…………」
 
 
 上乃はなおも必死に伊万里へと声をかけ続ける。
 だがやはり声は届かない。
 伊万里はただ久峪の背を眺め続けている。
 
  
「伊万里!? ねえ…………伊万――」
「上乃」
 
 
 今まで反応を示さなかった伊万里から突然かけられる声。
 
 
「―――私は後悔したくない」
「……伊万里?」

 
 そういって伊万里はその場から一歩足を踏み出し、上乃へと振り返る。
 
 
「昨日一晩、悩んだ。久峪様がここにいられないと言うのなら――私があの人を追いかけるよ」
「伊万里っ!」
「お別れだ、上乃」
「あ、待って!」
 
 
 駆け出そうとする伊万里を呼び止め、上乃は足元に置いてあった袋を持ち上げ、
 
 
「こんな事もあろうかと……ってね!」
 
 
 それを伊万里へと投げる。
 バランスを崩しながらも伊万里はそれをうまくキャッチした。
 
 
「……これは」
「伊万里の荷物、私がちゃんとまとめといたから」
「おまえ……」
「私が伊万里の考えてる事が分からないと思ってるの? ほら、早く! 久峪様いっちゃうよ!?」
「あ、ああ……!」
 
 
 駆け出した伊万里は一度だけ振り返り、
 
 
「ありがとう」
 
 
 最後にそう口にした後、もう振り返ることはなかった。
 そんな伊万里の姿に、少しだけの寂しさと、幸せを願う気持ちを込め、上乃は精一杯声を張り上げた。
 
 
「幸せにならなきゃ、許さないからね〜っ!」






















 天界の門まで後わずかといった場所で、久峪は少しだけ足を止める。
 そしていつもズボンに忍ばせていた、この世界へと誘った鈴をとりだした。
 
(思えば、この鈴が原因だったんだよな…)

 だがそれ以上に自分を守ってくれていたこの『討魔の鈴』
 死の危険などそれこそ数え切れないほどあった。
 平和な時代をぬくぬくとすごしていた自分がここまでやってこれたのは、単にこの鈴のおかげだったといえるだろう。
 しかしこの鈴がなければ自分がこの世界に来なかったかもしれないと考えれば、当然のアフターフォローであるとも言える。
 
(ったく、感謝していいのか恨んでいいのかわかんねえよな)

 とりあえず帰ったら、この鈴を本来の持ち主へと返し、いくらかの恨み言でも言わせて貰おう…。
 そう考え、天界の門へと足を踏み出そうとしたが――
 
 
「―――久峪様っ!」


 突然、かけられる声。
 何事かと後ろを振り返ってみると、
 
 
「…い、伊万里?」
「…はぁ…ま、間に合った…」
「ど、どうしたんだ?」


 全力で走ってきたのか、髪はほつれ、息は上がっている。
 いくらかの間をおき、呼吸を整えた伊万里は顔を上げ久峪を見る。
 そして、言葉を紡ぎ始めた。
 
 
「あの……久峪様はこの世界にはいられないって……」
「……あ、ああ…」
「だから…私は…その……」
「どうしたん…………あ」

 
 問いかけの言葉をかけようとしていた久峪は、そこであるものに気付く。
 それは、伊万里の手に握られている荷物。
 自分の荷物は久峪自身が持っている。
 なら、伊万里の持つ荷物の意味は―――
 
 
 久峪はそれを理解すると、顔に笑みを浮かべた。
 そして考える。
 その後に起こるだろう問題やそれに伴う苦労。
 きっとそれは自分の頭を悩ませる事だろう。
 
 だが久峪は想像する事が出来る。

 その問題に向き合ったとき、なんだかんだと頭を抱えながらも、
 
 
―――きっと自分は楽しそうに笑っているんだろう、と。



「くく……」
「……え?」


 突然楽しそうに笑い出した久峪。
 その笑顔を見て訝しげに目を丸くする伊万里。
 そうやって目を丸くする伊万里に背を向けるかのように踵を返し、なおも笑いながら天界の門へと久峪は歩き出した。


「え……あ、あの……!」


 わけが分からない伊万里は慌てて久峪に声をかける。
 まさか置いていかれるのでは、と考え、不安に表情を変えようとするも、
 
 
「なにやってんだ?」
「……え?」

  
 振り返る久峪。


「―――おいてくぞ」
「あ……!」


 その言葉を聞いて、伊万里は先ほどまで抱えていた不安は嘘のように晴れてしまった。
 そして、自分を受け入れてくれたのだと気付いた伊万里は、
 
 

「――――はいっ!」
 
 
 
 最高の笑顔を浮かべ、久峪へと駆け寄って行き――隣に寄り添いながら天界の門へと姿を消してくのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「……それで、その二人はどうなったの?」
「ん?」
「だからぁ! 神の遣いとその伊万里っていう女の人のことよ!」
「ああ…」


 そういって曖昧に笑う一人の壮年の男性。
 感情豊かに抗議の表情を見せる、小さな女の子。


「まあ、神の遣いの方はそれなりに苦労しながらも楽しくやったんじゃないかなぁ……」
「なによそれ〜! 神の遣いの方はって…伊万里は幸せじゃなかったっていうの!? まさか別れたとかいうんじゃないでしょうね!」
「いや、御伽噺にそこまで感情移入しなくても……」
「だって気になるんだもん! なんでか人事のような気がしなくて……」
「…………はは……」
「あ、疑ってる……お父さんひどいっ!」
「いや、そういうわけじゃなくて……まあ、そんなに気になるんだったら母さんにでも聞いてみたらどうだ? 同じ女性って事で」
「――え!? わ、私ですか!?」
「……お母さん?」
「え…あ、うん……そ、そうだなあ……」
 
 
 困ったように考え込む妙齢の女性。
 
 
「いやまあ…彼女も幸せに暮らしたんじゃ…ない、かな?」
「……………何で疑問系なんだよ」
「そうだよね! やっぱり幸せに暮らしたに違いないよねっ!」
「そ、そうだな…………多分」
「……………おいコラ」
「そっかそっかぁ〜、伊万里も幸せに……って、そういえばお母さんの名前も『伊万里』……」
「あ、『上乃』……! そろそろ寝ないと明日起きれないんじゃ」 
「え〜」
「ほら、いいこだから……な?」
「ぶ〜……わかった……寝る」
「…………ほっ」
「………………伊万里、明日覚えとけよ?」
「あぅ……」
「ふああ〜、おやすみなさ〜い」
 
 
 
――これは、とある家庭で交された父と母と娘の寝物語…… 
 
 
 
 
 
 
あとがき

どうもはじめましてSIGです。
初めて書く火魅子伝SSだったのですが、以外にキャラが動かしやすくてサクサクとすすめられました。
ここらへんが多くのSSが存在し愛される由縁なのだろうな〜と書いていて思ったり。
この拙作、すこしでも楽しんでいただければ幸いです。
では、失礼致します。

追記
起きて読んでみたら、ちょっと引っかかった部分があったので修正。