火魅子伝 遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣 第026話 (H:小説&オリジナル M:志野・珠洲・織部・藤那・閑谷・土岐・忌瀬・??? J:シリアス) |
- 日時: 02/25 23:50
- 著者: Zero
- 必然の出逢い
六条の光の一つ
炎の舞姫
それがもたらすものは
それがもたらすものは
火魅子伝 遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣 第026話
「は?」
突然の申し出に今一つ言葉の意味を飲み込めなかったのだろう、志野が聞き返す。が、すぐに自分を取り戻すと、
「ええと…何故ですか?」
と、たずねた。
「いや、あんたたちの演目に感動してねぇ…って言ったら、信じるかい?」
「まさか」
即座に否定する志野。
「もう少し演技力を身につけないと、私は騙せませんよ」
「おいおい、ご挨拶だな」
目を合わせると、二人はニコッと笑みを浮かべた。が、それが形だけの空々しいものであることは、二人が形作っている雰囲気が如実に表れていた。志野は目の前の怪しい覆面の男の正体を探ろうと、恐るべき速さで全身に視線を這わせてその明晰な頭脳で分析にかけている。対して男もそんな志野の視線に気づきながら、あえて気づかないふりをして志野という人物の品定めをしていた。
「…それで、御用向きは?」
見えない戦いを終えた志野がたずねた。
「用向きはさっき言ったが?」
「え? さっきの、『この一座に入れてほしい』っていうことですか?」
「ああ」
「本気だったんですか?」
「無論」
そう言われ、志野はとりあえずもう一度理由を問いただしてみることにした。
「理由は?」
「この街の狗根国の動向を探りたい」
「!」
あっさりそう言った男に志野は絶句した。初めて会った人物に、そんな大それたことを言えるこの男の神経が信じられなかったのだ。風の噂で耶麻台国復興軍の噂を聞いていたから、この男はその関係者であることは間違いないだろう。それを考えれば、もし志野がその気になればこの場でこの男を拘束して狗根国に引き渡すことだって十分可能だ。無論、男もその程度のことは頭にあるだろう。にもかかわらず、包み隠さずに男は正直に答えた。確かに、この言葉が嘘だということもありうるが、この男が誰であれそんな嘘をつく意味がない。狗根国の人間はもちろんだが、耶麻台国の関係者であっても、わざわざこんなことを言って危険を増やすような真似をすることはないだろう。にもかかわらず、目の前の男は本当のこととしか思えないことを言った。それも初めて会ったばかりでよく人となりを知らない自分相手に。普段理知的で聡明な志野は…いや、理知的で聡明だからこそ、自分の予想していた答え以外の…しかもとんでもないところから出てきた答えに驚き、対処が出来なかった。
(え…あ…う…?)
要領を得ない疑問符が頭の中を飛び回っていた志野を不審に思い、男がゆっくりとその目の前に両手を持ってくると、勢い良くパーンと両手を鳴らした。
「うひゃっ!」
突然の破裂音に現実に引き戻された志野が、普段では絶対に耳にしないような可愛い悲鳴を上げる。
「気ぃ付いたか?」
「え…あ、ああ…ええ…」
「そいつは何より。んで?」
「は?」
「だから、否か応か答えを聞きたいんだが…」
男の言ってることは、もちろんさっきの質問に対する返答だろう。つまり、自分を一座に入れてくれるのかどうかということだ。
「正気…ですか?」
志野の口から出てきたのはそんな言葉だった。
「あん? どういう意味だ?」
「『この街の狗根国の動向を探りたい』ということです」
「無論、正気だが」
「では何故、私にそれを正直に教えたのです? 今現在、九洲で狗根国に表立って対抗しようという人間はいませんよ。私たちだってそうです。極論ですが、そんなことを聞いた以上、このままあなたを捕縛してこの街の狗根国の連中に引き渡しても文句は言えませんよ?」
「そうするつもりかい?」
「さて…どうですかね?」
再び視線を絡めた。
「あんたに正直に話した理由は二つある。まず一つは、逆立ちしたところで俺じゃあんたに腹芸で勝てそうにないと思ったからだ」
「何故、そんな風に思ったんですの?」
「簡単さ、あんたがその若年でありながら組織の長をやってるからさ。無能には組織の長は務まらない。すぐ瓦解しちまうからな。その若年でありながら組織の長を務め、なおかつ組織を維持してるとなれば、有能ということに他ならないだろう?」
「あら、嬉しいことを言って下さいますね。でも、私一人でうちの一座が成り立ってるわけではありませんから。もしかしたら、私は本当は御輿に乗ってるだけの無能で、周りの人物が優れてるだけかもしれませんよ?」
「そういう言い方をする奴に無能がいた例は、少なくとも俺の知ってる限りではねえな」
「そうですか? ただ単に、人生経験が少ないだけじゃないかしら?」
「かもな。だからこそ、人生経験豊富そうなあんたに腹芸で太刀打ちできないと思ったから、こうやって話してるんだよ。それに…」
「それに?」
「これはもう一つの理由なんだが、あんたたち、『普通』じゃねえだろ」
男の言葉に、笑っていながらも極々僅かながら志野の柳眉が動いた。しかし、次の瞬間には先程と変わらぬ笑顔に戻っていた。
「まあまあ、それは何故かしら?」
「昨日、あんたたちの演目を見させてもらった。すばらしい芸だったな」
「あら、ありがとうございます」
「特にあんたの芸はすごかったよ。そう、まるで実戦を…本当の戦場を駆っているかのようにな」
二人の間に静寂が流れる。志野は黙って、男の次の言葉を待った。
「あそこまで鬼気迫る演舞、芸として見せるだけのためには演じられんだろう?」
「そんなことはありませんわ。より良いものを追求していけば、演技が演技という枠を超えることはままあることです」
「かもな。だが、あんただけではなく、あんた以外の人間たちを見てても皆同じ匂いがしたんだ。体捌き、息遣い、間合いの取り方、体の鍛え具合…出てくる人間が皆一流の戦士と重なったんだがな」
「それはそちらの思い過ごしですよ」
「…まあ、それならそれでもいいさ。とにかく、俺はあんたたちから普通じゃない匂いみたいなのを嗅ぎ取ったんだ」
「…それも、そちらの思い過ごしです」
そして、志野はパンパンと軽く手を叩いた。
「残念ですけど、今新しい座員を入れる余裕はありませんから。さ、お帰り下さい」
「そうは言われてもな。子供のお遣いじゃないんだし、『はいそうですか』と首を縦に振るわけにもいかねえんだな、こちらとしても」
食い下がる男。そんな男に、志野は相対して初めて不快そうな顔をした。
「いいからお引き取り下さい。あまりしつこいと、先程言ったように捕縛してこの街の狗根国の連中に引き渡しますよ?」
「そいつも困る。あんたにはなんとしても、首を縦に振ってもらわねえとな」
「あ…あなたねえ…」
志野はいい加減、自分のこめかみがヒクヒクしてきていたのに気がついた。いい具合に青筋も出てきている。
「まあ、待ってくれ。俺だって何も手ぶらで入れてくれなんて図々しいことを言うつもりはねえ。否か応かは俺の芸を見てから判断してくれてもいいだろう?」
「……わかりました。ですがその代わり、座員皆の前で芸を披露していただきます。それで全員の了承が得られなければ、大人しく帰って下さい」
「いいだろう、了解した」
「では、こちらへ」
志野に連れられ、男は天幕へと歩みを進めた。
「誰だったんだい、座長?」
天幕に戻ってきた志野を見て、すぐさま織部が声をかけた。
「ええ、実はまた入団希望の方がいらっしゃいまして」
「へえ、重なるときには重なるもんだね。で、どこにいるんだい?」
「すぐそこにいますよ」
志野は天幕の入り口を開けると、外に向かって『どうぞ』と声をかけた。程なく、一人の男が天幕の中に入ってきた。
「こちらの方です」
「失礼する。早朝から騒がせてすまない」
男は天幕の中に入ると軽く一礼をした。顔を上げたが、なぜか反応がない。
「? どうかされたか?」
「い、いや…なんだい、その覆面は?」
織部の言葉に、ああ、と男がつぶやいた。
「…まあ、色々あってな。人様に晒せるような素顔でないと思ってくれ」
「そ…か」
織部の一言に座員のみんなが得心いったような顔をした。
「志野」
今度は珠洲が発言する。
「なあに、珠洲?」
「それで、こいつどんな芸をするの?」
「どんなって…どんなかしら?」
志野の答えに珠洲の眼差しが厳しくなった。
「…聞いてないの?」
「ごめんなさい。ちょっとあってね」
「ふうん」
珠洲と志野の視線が絡み合う。まるで無言の会話をしているかのように。程なく珠洲が志野から視線を外すと、男にその視線を移した。
「あんた、何が出来るの? 言っとくけど、うちの一座は皆水準高いから生半可な芸じゃ入座は認められないから」
「まあ、見ていてくれよ」
そう言うと、男は懐から一枚の布を取り出した。それを小さく丸めたかと思うと、右手に置いて握りしめる。その上に左手を置き、トントンと叩く。そして右手を開くとそこには丸めてあったはずの布がなかった。
「ええっ!」
閑谷が驚きの声を上げる。だが、それは藤那たちも他の座員たちも同じことだった。ただ声に出さないだけで。そんな中、志野・珠洲・土岐の三人だけは驚きながらも男の一挙手一投足を一瞬たりとも見逃さないようにジッと観察していた。
「さて、先程の布だが…」
演技は続く。
「どこに行ったかと言うと…だ」
男はもう一度右手を握り締め、そして先程と同じようにトントンと叩く。そしてその握り拳を開くと、そこには最初握る前と同じように丸められた布が置いてあった。
『!!!』
観客となっている座員が一様に驚いた顔をする。男はその反応を見てニッと微笑むとそれを開き、空中で一回バサッとあおった。と、次の瞬間、どこにも火の気がないのに火が点いてその布を侵略し、一瞬で布が灰になった。
「うわあっ!」
驚きの声を上げる閑谷。しかし、本当の驚きはそこからだった。燃え尽きて灰になったはずの布が一瞬で鮮やかな違う色の布に変わったからだ。これには一座の人間も本当に度肝を抜かれたみたいで、あちこちから感嘆とも賞賛とも驚異ともとれる言葉が男に浴びせられた。
「大陸仕込みの奇術だ」
男のその言葉に、騒がしかった天幕がピタッと静かになる。男は志野の方に振り返るとさらに言葉を続けた。
「無論、これで全てと言うわけじゃない。出来るのは奇術だけだが色々と幅はある。…で、正直なところどうかな?」
志野は軽くうなずくと、一歩前に出て座員たちに呼びかけた。
「どうかしら。この方を迎え入れてもいいというなら、挙手してくれる?」
とたん、天幕の中に手の林が出現した。
「わかりました。では逆に、いないと思うけど、迎え入れなくてもいいという人がいたら同じように挙手してくれる?」
そう言って見渡したが、今度は腕の一本すら上がらなかった。
「決まりね」
志野は男の方に振り返った。
「では、あなたにも今日から一座の一員として働いていただこうかしら」
「感謝する」
「じゃあ、まずは自己紹介をしてちょうだい」
「わかった」
志野が一歩引いた後、男が一歩前に出てきた。
「というわけで、今日からこの一座にお世話になることになった。よろしく頼む」
軽く頭を下げる。
「名前」
どこからか声がした。
「ん?」
「名前は?」
男が声の発信源を見つける。そこにはまだ年端も行かない女の子の姿があった。
(確か…珠洲とかいったか…)
先程のやり取りを思い出し、少女の名を思い出す男。
「言ってなかったか?」
「聞いてない」
その言葉に、天幕にいる人間が次々にうなずいた。
「そうか、それは失礼したな。俺の名は仁拓だ。よろしく頼む」
男…仁拓は再び頭を下げた。
「さ、それでは今日の興行の準備にかかりますよ」
その宣告に、座員たちの死人のような声がそこかしこから上がった。
「珠洲、ここにいたの」
「志野、どうしたの?」
「少し話があるの」
「あの男のこと?」
「! …ええ、そうよ」
志野は珠洲のそばまで近寄ると、地面に腰を下ろした。
「わかってたでしょ?」
「うん。志野があの男に対していい感情を持ってないのはね」
「じゃあ、何故?」
「深い理由はないよ。ただ、あの芸なら稼げると思ったから。それだけ」
「稼ぎなら今のままでも十分じゃない。それに…」
「わかってる。いよいよあいつを追い詰めたから、なるべく不確定要素は排除したいんでしょ?」
「それがわかってて、どうして…」
「さっきのおかしな連中入れただけで、十分不確定要素は増えてるじゃない。それを考えれば、今更一つ二つ不確定要素が増えたところで、大した問題じゃないでしょ?」
「それはそうだけど…」
「それに…」
珠洲の表情が普段より一層硬くなる。
「…それに、何?」
「この不確定要素がどう転ぶかわからないでしょ? 悪いほうに転ぶかもしれないけど、良いほうに転ぶかもしれないし」
「…確かに…そうね」
(あの男の言葉を信じるんだったら、あの男のやろうとしていることは狗根国に不利になることになる。なら、私たちにとって困ることでもないしね)
志野は仁拓の言葉を思い出し、一人うなずいた。
「わかったわ。しばらく泳がせておきましょう」
「そうした方が良いよ。気になるんだったら、誰かをそれとなく付けておけばいい」
「そうね」
「もし邪魔になるようだったら…」
「ええ…そうね」
二人の目つきが鋭くなった。
「それまでは、向こうがこっちを利用している以上にこっちが向こうを利用してやればいい」
「わかったわ」
うなずくと志野は立ち上がり、その場を後にした。
「さっきのすごかったねぇ、藤那」
「ああ、そうだな」
興奮しながら話しかけてくる閑谷におざなりな返事を返すと、藤名は忌瀬に向き直った。
「…どう思う?」
声を潜め、たずねる。
「さっきの男のこと?」
「それ以外に何かあるか?」
「ないよねぇ~」
あっはっはと笑い出す忌瀬。そんな忌瀬を藤名が軽く小突いた。
「い~た~い~!」
「真面目に考えろ」
「考えてるよぅ、もお…」
「どーだか…」
藤那は怪訝な口調でため息をつく。
「大陸に、あんな芸はあるのか?」
「う~ん、私の知る限りじゃないけど?」
「そうか」
考え込む。
「なんにせよ、情報が少なすぎるな。今は下手に動かないほうがいいだろう。だが、あいつが言ったことが嘘か本当かはわからないが、気に留めておいた方がいいな」
「そうだね。私らの敵になるかもしれないんだから」
「ああ。まあ、それとなく探りは入れてみよう」
「あ、私も手伝うよ。なんとなく興味を惹かれるんだよねぇ、あの男」
「構わんが、下手を打つなよ?」
「任せなさいって!」
忌瀬はとん、と軽く自分の胸を叩いた。そんないつもの忌瀬の調子に藤那は呆れとも諦めともとれるため息を一つついた。
「……」
土岐がある方向をじっと見ている。それは、先程の男…仁拓が去っていった方向だった。
「ふう…」
泉のほとりで仁拓は一息ついた。
「第一段階は成功だな。とどのつまり行き当たりばったりだったんだが…ま、上手くいったんでよしとしておくか」
首を捻り、肩を回して全身の筋肉を解す。
「…だが、勝負はこれからだ」
覆面に手をかけると、仁拓はそれをゆっくりと解いていった。程なくその素顔がさらされる。泉をのぞき込み、水面に映ったその顔は…。
「九峪雅比古、行くぜ」
気合を入れると、再び覆面を締め直した。
後書き
みなさんこんばんは、Zeroです。
『遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣』 第026話お送りいたしました。いかがだったでしょうか?
またもや半年近く間が空き、もう待ってる読者さんもいないかもしれませんけど、懲りずに投稿させていただきます。ここで一句
『パソコンが 壊れてデータが 吹っ飛んだ』
と、いうことです(汗)。おまけに、バックアップを取っておかなかったものですから、それまでの苦労が水の泡。おお…もう…(泣)。
結局しばらくやる気がおきず、ようやくやる気になっての投稿が今日までずれ込みました。(もういないだろうけど)お待ちしていた読者の皆様にはこの場を借りて謝罪いたします。本当に申し訳ありませんでした。
さて、今回はオリジナルストーリーですね。前話で出たマスクマンの志野の一座への入団の経緯を書きました。
で、マスクマンの正体ですが、大方の方々の予想通り(?)九峪でした。ま、バレバレでしたでしょうね(笑)。
復興軍が当麻の街攻略の準備をしているとき、キョウを使って九峪は幹部連中を自身から遠ざけさせ、その攻略目標である当麻の街に潜入していたんです。このあたり、少し時間軸にズレというか、物語の話数が前後していますが、そこはあまり深く考えずにお願いします(汗)。
これからしばらくは、志野と九峪を中心にした当麻の街での話しになります。
次話は大麻の街での興行のお話になると思います。ここで九峪と何人かを絡める予定です。アイディアが出て気分がノってくれば来週末には次のお話があげられると思います。がどうなるかはわかりませんので、できたら気長にお待ち下さい。
では、今回はこの辺で。
ご感想、リクエストも引き続きお待ちしております。
相変わらずの乱筆乱文、失礼いたしました。
では。
P.S
九峪の偽名は『にたく』と読みます。特に深い意味はなく、『くたに』を引っくり返しただけです。完全にやっつけですが、そこはあまり気にしないで下さい。
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