火魅子伝 遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣 第027話 (H:小説&オリジナル M:九峪・志野・珠洲・織部・御埜茂・妓里胡・藤那・閑谷・土岐 J:シリアス)
日時: 03/06 00:45
著者: Zero

それぞれの利害

絡み合う思惑

しかし今はまだ誰も動かず

誰も動けず

まるで嵐の前の静けさの如く





          火魅子伝 遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣 第027話





藤那一行と仁拓…九峪を新たに一座に受け入れ、志野たちは今日の興行を始めた。一同が全員二日酔いだったため体調を整えるのに少し時間がかかり、昨日の興行より少し遅れての開始となった。
藤那たちの猿回しや九峪の奇術…手品を含めて昨日の演目がどんどん消化されていく。特に九峪の手品は観客から大いに賞賛を浴び、普通の座員の倍以上のおひねりを稼ぎ出した。ちなみに、そのとき藤那と忌瀬が面白くなさそうな顔をしていたのは秘密である。
だが、やはり一番人気は志野の剣舞だった。終わると同時に嵐のような歓声と拍手が巻き起こる。天幕の中からのぞいていた藤那も改めて感心していた。

「やはり凄いな。あれはもう、剣舞なんてものじゃない。斬り合いそのものじゃないか。あの女、実際に人と斬り合っても恐ろしく強いに違いない」

そんな女がどうして旅芸人一座の座長をしているのか、藤那には不思議でならなかった。だがそれも、志野の出自…養親が耶麻台国の宮廷雅楽団にいたこととか、戦災孤児になった後、仕込まれた踊りを生かして暮らしてきたことなど…を知らない藤那には無理もない話しだった。
だがさらに藤那の目を引いたのが、一座の座員の誰も彼もが一癖もふた癖もありそうな出し物を行っていたことだった。志野の相手を務める6人の男女。彼らの剣の腕も生半可なものではなかった。

(それにあの小生意気な餓鬼…)

藤那は、つい先程出し物を終えて戻ってきたばかりの珠洲を見やった。彼女は体にぴたりと密着した黒い衣装に身を包み、大きな人形を二体抱えていた。

(一体何者だ? あの人形操作術は耶麻台国の総社の里に伝わる秘伝ではないか)

藤那は小さいころ父や祖父から聞かされた、人形を操って闘うという特殊な技能を持つ一族の話を思い出していた。あれだけ見事に人形を操るなど、総社の里の者以外に出来るはずがない。

(あの餓鬼が総社の里の出だとでもいうのか…)

それに、織部とかいう相撲取り。あいつも良くわからない。あの身のこなし、抜群の反射神経。どうしてこんな一座で男相手の相撲なんぞををとっているのか。

(まさか…)

藤那の頭にある一つの考えが浮かんだ。

(こいつら、耶麻台国復興軍が送り込んだ乱破の一団ではあるまいな)

あり得る話だった。この当麻の街を攪乱するために反乱軍が送り込んだ乱破どもだとすれば、これだけ手練れ揃いなのも納得がいく。

(もしそうなら厄介だな。…いや、むしろ好都合なのか。難しいところだ。…とにかくこいつらの動き、少し注意して見た方がいいな)

藤那は鋭い目で座長である志野を見つめた。



「よ、お疲れ」

声をかけられて振り返ると、そこにはにっこりと笑った美女の姿があった。

「ああ。え…と」
「織部だよ」
「ああ、そうだったね。どうもまだ顔と名前が一致しなくって。すまない」

覆面の男…仁拓こと九峪はそう言って頭を下げた。

「いや、気にすんな。すぐにわかるさ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。…で?」
「ん?」
「いや、何か用?」
「ああ、大型新人に初舞台の感想を聞こうと思ってね」
「大型新人って、そんな大げさな…」
「何言ってやがるんだよ」

パシーンと九峪の背中を叩くと、織部は九峪の隣に腰を下ろした。

「凄かったじゃねえか。初日にあんなおひねり稼ぎ出したのはお前が始めてだぜ」
「はは、そいつは光栄だな。でもまあ、一応大陸仕込みの奇術だからね。それなりにウケてもらわないと」
「いやいや、大したもんだよ。俺だって安定して稼げるようになったのは、ここに入ってしばらく経ってからだったからね。それを考えれば、仁拓は十分すぎるほど十分さ」
「ありがとう。でも、織部さん「織部でいいよ」」
「え…でも…」
「いいから。本人の俺がいいって言ってるんだから」
「じゃあ遠慮なく…織部の演目だって凄い人気だったじゃないか」
「まあ、俺のは男のすけべ心煽ってるってこともあるからね」
「それでも大したもんだよ。ちゃんと芸として成立するように手心を加えてるんだから」
「へへ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
「いや、お世辞抜きで凄かった。俺も挑戦したいぐらいだったよ」
「へえ…」

織部が楽しそうに微笑む。

「仁拓は腕に自信があるのかい?」
「さてね。織部はどう思う?」
「さあな。実際にやってみないことにはなんとも…な」
「なら、今度試してみるかい?」
「いいぜ。だったら賭けをしないか?」
「賭け?」
「ああ。俺が勝ったら、お前にその覆面をとってもらいたい」

織部は九峪の覆面を指差してそう言った。

「いや…さっきも言ったけど、人様の前に晒せるような素顔じゃ…」
「それは俺が判断することだろう? その代わり、お前が勝ったら俺を好きにしていいぜ」

九峪が目を丸くした。

「いや、そういうことは軽々しく言わない方が…」
「へっ、満更でもねえだろ? それとも…」

ずずいと九峪に近寄ると、織部はその身体にしなだれかかった。

「俺、魅力ないか?」

熱っぽい吐息をはきながら、潤んだ眼差しで織部が九峪を見つめた。

「いや、そんなことはないよ」

九峪が否定する。覆面をしているのでその表情はわからないが。

「でも、ま…」

九峪が織部を引き剥がした。

「そういうことが言えるってことは、絶対の自信があるってことだろ?」
「へへへ…」

『バレたか』といった感じでいたずらっぽい笑みを浮かべながら織部が鼻の頭をこすった。ふ、と笑みをもらす九峪。

「それじゃあ、俺にも勝算が出てきたと思ったら挑戦させてもらうよ」
「ああ、楽しみにしてるぜ」

九峪と織部はパンと互いに手の平を合わせた。

「何、織部姉さん」
「もう新人君に手を出してるの?」

二人の横からまた違った声が割り込んできた。

「な、な、何言ってやがる!」

冷やかされたことが恥ずかしかったのか、真っ赤になって怒鳴る織部。先程の色っぽさが嘘のような見事な変わり身であった。

「そんなんじゃねえ!」
「またまた、嘘ばっかり」
「ええ。あたしたちさっきから見てたのよ。織部姉さん、色っぽくしなだれかかってたじゃない」
「あ、あれは…!」

言葉が続かない織部。

「あれは?」
「なあに?」
「う、うう…も、もういい!」

ぷいっと顔を背けると、織部はぷりぷりしながらその場を立ち去った。

「…ちょっと冷やかしすぎなんじゃないか? 御埜茂、妓里胡」

苦笑いを浮かべていた九峪が二人に向かって振り返った。二人は名を御埜茂と妓里胡といい、ともに志野の一座で活躍する若くて美人の女性である。

「う〜ん、まあそうかもしれないけど」
「まあ、たまには…ね?」

御埜茂と妓里胡は互いににっこり微笑むと、その場に腰を下ろした。

「ま、俺は別にいいけどな。…で、あんたたちは何の用だい?」
「いや、別に用はないよ」
「そそ。強いて言うなら初舞台を踏んだ新人君を労いに来たってところかな」
「はは、それじゃ織部と同じだな」
「何だ、そうなの?」
「ああ。じゃあ聞くけど、さっきのは何だと思ったんだ?」
「ん〜? 織部姉さんが仁拓を口説いてるのかなぁって思って」
「はは、そんなわけないだろ」

九峪が楽しそうに笑った。

「でも、不思議な術だよねぇ」

御埜茂が好奇心旺盛な眼差しで九峪の前身に視線を這わせた。

「ほんと、どうなっているのかしら」

妓里胡が値踏みをするように九峪を見ながらしきりに何度もうなずいた。

「悪いが、タネは教えられねえぜ」
「わかってるよ」
「大事な商売方法だもの、当然ね」
「物分りが良くて助かるよ」
「ふふ〜ん、でもその代わり…」

御埜茂の眼差しが半目になる。いかにも、『私、何か企んでます』と言いたげな目つきだ。

「な、なんだよ」
「夕食が終わってからでいいんで、もう一度見せてくれないかな?」
「あ、あたしも。何せ、いろんなところ回ってるあたしたちでも見たことがないようなことを次々にやられたんだ、いやでも興味そそられちゃうからね」
「な、なんだ、そんなことか。いいぜ別に。見られて減るもんでもねえしな」
「ほんと!? 約束だよ!?」
「ああ。そのくらいだったらいくらでも構わねえさ」
「じゃ、お願いね。観客はあたしと御埜茂の二人だけだけど」
「わかった」

九峪の返事を聞くと、二人は満足そうな顔でその場を立ち去った。

「ふう…」

思わず大きく息をはく。

「お疲れのようですね」
「ん?」

声をかけられて振り向くと、そこには一人の男が立っていた。

「あ、ああ。…あんたは確か…」
「土岐です。以後お見知りおきを、仁拓殿」
「ああ。よろしく」

自己紹介すると、土岐はその場に腰を下ろした。持っていた徳利からお椀にその中身を注ぐと、九峪に差し出す。

「どうぞ。お疲れでしょう?」
「いいのかい?」
「ええ」
「すまんな。じゃあ、ありがたく頂戴する」

お椀を受け取ると九峪は口をつけ、九峪はその中身を胃の中に流し込んだ。

「! ぐっ、ぐふっ、ごほっ!!!」

大きくむせる九峪。

「こ、これ、酒じゃねえか!」
「ええ、そうですよ。…おや、酒は飲めませんか?」
「い、いや、いきなりだったんでビックリしただけだ。…しかしいいのか、まだ働いている連中がいるのに、酒なんか仰って」
「構いませんよ。私たちの出番は終わったんですから」
「そうか。まあ、そう言うならいただくとしようか」

九峪は酒の入ったお椀をゆっくりと仰いだ。

「ほう、いい飲みっぷりですね」
「お褒めの言葉ありがとうよ。さて、それじゃご返杯といこうか」

土岐から徳利をむしりとると、九峪はその中身を土岐のお椀に注いだ。

「いただきます」

軽く会釈すると、くいっと盃を仰ぐ。

「ふーっ…美味い…」
「何だ、あんたも結構イケる口なのか」
「ええ。さあ、もう一杯」
「ああ。ありがとよ」

そうしてしばらく九峪と土岐は盃を重ねた。

「時に」

何度か盃を重ねた後、九峪が口を開く。

「はい?」
「あんたは俺に何か用があって来たのかい?」
「いえいえ。ただ新参者同士、ゆっくりと飲み合いたいと思いましてね。ご迷惑でしたか?」
「いや」

首を横に振ると、九峪は再びお椀に口をつけた。と、そのとき、天幕の入り口から黒ずくめの麻の服を着た男が顔をのぞかせた。胸の下に小さな鼠の文様が入っている。狗根国の兵士だ。
瞬間、部屋の中に緊張が走った。

「おい、座長はいるか?」

横柄な口のきき方で、兵士が手近の座員に声をかけた。

「座長〜、兵隊さんがお呼び〜」

座員が志野を呼ぶと、彼女は急ぎ足で天幕の入り口へと向かった。

「はいはい、私が座長格の志野でございます」

丁寧に頭を下げる。

「どんな御用でしょう?」

兵士がじろりと志野を一瞥した。

「お前が座長だと?」
「はい、志野と申します。で、どのような御用件でございましょう?」

志野がにっこりと微笑んで兵士を見つめた。

「ああ、それがだな」

兵士が懐から竹簡と割り符を取り出した。

「場内での興行の許可が下りた。これが留守様のご許可証だ。早速、場内へ入る準備をするがいい」

志野が大きく目を見開いた。

「それから、明日は留守様の御前で芸を披露してもらうからな。そのつもりで、粗相のないように、しっかりと準備を整えるように」

それだけ言うと、兵士はそそくさと小屋から出て行った。

「いよいよ城内での興行ですか」

座員の一人が志野に声をかけた。その声に楽しそうな様子はどこにもなく、むしろ緊張を含んだものであることに藤那は気がついた。見ると、志野は身じろぎもせずに立ち尽くしている。
そっと珠洲がよってきて、志野の肩掛けの端を握った。志野が珠洲の顔を見た。珠洲が小さくうなずく。二人は顔を上げ、兵士の出て行った天幕の入り口を見つめた。小屋の中にはしわぶき声一つなく、危うい緊張をはらんだ静寂が支配している。いよいよ、敵討ちのときが近づいてきたという緊張だ。
無論、それは藤那にはわからない。わからないが、この一座がただの旅芸人の集まりではないことはもはや明白だった。どうやら一波乱ありそうだ。

(面白くなってきたじゃないか)

藤那はにやりと笑った。



一座の雰囲気の急激な変化を、九峪もまた当然のように感じ取っていた。

(ま、この一座が何を目的にしていようがかまわないがな。俺は俺の目的のために、せいぜい利用させてもらうだけさ)

お椀で口元を隠しながら、九峪はにやりと笑った。その笑みを、ただ一人土岐だけは見逃していなかった。

「……」

他人に気づかれないようにほんのわずかながら口元を吊り上げると、土岐は無言で盃を仰いだ。





二日酔いによって死屍累々の座員たちに多くは望めず、志野の一座は結局その日の午後を丸々使って場内へと移動した。
明けて翌日、まずは午前の演目を行うため、座員たちは忙しく働いていた。

「ねえねえ、藤那」

忙しく働く座員たちに混じって資材を運んでいた閑谷が、地面に腰を下ろして休んで(サボって?)いる藤那に声をかけた。

「なんだ?」
「耶麻台国復興軍と戦をしてるっていうのに、街の人はのんきだね」

閑谷が集まってきている人々を見渡しながら言った。水が入った竹筒を―――さすがに、働いている座員の手前、酒を飲むわけにはいかなかった―――傾け、水を喉に流し込むと、藤那は顔を上げた。

「まあ、街の人間にとっては、戦が直接自分たちに降りかかってこなければ、狗根国が勝とうが復興軍が勝とうがどちらでもいいってことさ」
「どちらでもいいの?」

閑谷が少し不安そうな表情を見せた。どちらでもいいのでは、藤那が考えた「街をのっとる」作戦が成功する可能性は低いのではないかと心配になったからだ。

「ま、なんとかなるだろ」

藤那はあくまで楽観的だ。

「心情的には、耶麻台国復興軍を応援しているはずだし」
「そ、そうかなぁ」

興行の準備をしている一座の人間に住民が注いでいる期待に満ちた目を見て、閑谷の不安は高まった。

「ほんとに立ち上がってくれるのかなぁ…」

などと閑谷がぶつぶつとつぶやいていると、

「休んでないで、ちゃんと働いて」

と、声がかかった。顔を上げると、珠洲が睨んでいる。閑谷はあわてて仕事を再開した。珠洲の視線が藤那へと移動する。

「どぉれ」

掛け声をかけながら藤那も立ち上がった。

「なあ、珠洲ちゃんよ」
「『ちゃん』はいらない」
「あ、そう」

相変わらず可愛げのない餓鬼だなと思いながらも、藤那は愛想笑いを浮かべて話しかけた。

「お前のあの人形操作法、総社の里の秘伝じゃないのか?」

珠洲の顔に驚きの表情が浮かんだ。が、それも一瞬のことで、すぐにもとの無表情な顔に戻った珠洲は、

「知らない」

とだけ言い残すと、すたすたとその場を離れていった。その様子で、藤那は自分の推量が当たっていることを確信した。しかし…

(ううん、よくわからないな)

藤那は軽く頭を振った。最初は復興軍が送り込んだ乱破の集団かとも思ったが、どうもそういう雰囲気ではない。この一座の人間は、みな本物の芸人だ。志野を見てもわかる。まず、間違いない。それでも、この一座が当麻の街に来たのがただの興行が目的だとは藤那は思えなかった。街の住民は大して気にしていないようだが、耶麻台国復興軍が迫っているのは事実なのだ。いつ、興行の中止と街からの退去を命じられるかわからない。それどころか、この街が戦場になる可能性だってある。興行を打つにふさわしい場所と時期とは思えなかった。藤那はぽりぽりと頭をかきながら歩き出した。

(まあ、いいか。こっちはこっちでやらなければいけないことがあるしな)

藤那は忙しく働く座員を横目で見ながら通りの反対側へ移動すると、珠洲の姿を目で探す。彼女の姿が見えないことを確認すると、藤那はまたもや地面に腰を下ろしてぼんやりとした顔で何事かを考え始めた。と、その時だった。

「藤那」

自分の死角から声をかけられ、びくっと身体を震わせた。そして、恐る恐る声のした方に振り返る。

「…なんだ、仁拓か」

声の主を確認し、ほっと一息ついた。

「誰だと思ったんだ?」
「い、いや、別に。それで、何の用だ?」
「ああ。土岐を探しているんだが、知らないか?」
「土岐殿?」

藤那がたずねた。

「ああ」
「土岐殿に何か用があるのか?」
「まあな。で、どこにいるかわかるか?」
「さて…」

藤那が首を横に振った。

「悪いが私にはわからんな」
「そうか。それじゃ仕方ねえな」
「忌瀬にでも聞いてみたらどうだ?」

その言葉を聞くと、何故だか九峪はため息をついた。

「? どうした?」
「あいつとはさっきまで一緒にいたんだ」
「そうか。それじゃ意味がないか」
「ああ。…というか、あいつどうにかしてくれよぉ」

九峪が泣きを入れる。

「ん? どうした?」
「朝からずっと付き纏ってきて大変だったんだぜ。やれ俺の奇術はどういう仕組みだの、やれもっと色々見せてくれだの。撒くのに大変だったんだから。お前あいつの保護者だろ? きっちり教育してくれよ」
「はは、わかったわかった。言っておくよ」
「頼むぜ、ホントに…」

泣きを入れるように念を押すと、九峪はその場を後にした。竹筒の中身を仰ぎながら、藤那は考えをめぐらせる。

(忌瀬の奴、どうやらちゃんと探りを入れてるようだな)

九峪のことを思い出す藤那。そう、この一座についても謎だらけだが、それは九峪についても同じだった。一座についてはそれなりに推察できる情報があるのだが、何せ九峪にはまったくそういった情報がないのだ。ある意味一座以上の難敵だった。そういう意味では忌瀬が色々探りを入れているらしいのは藤那にしてみれば意外ではあるが有り難かった。昨日、探りを入れてみるといってはいたが、忌瀬の性格上、真面目にそれをやるとは思えなかったのだ。

(…まあ、半分以上は自分の興味を満たすためなんだろうがな)

それでもちゃんとやっているのだから、藤那にとっては願ったり叶ったりだった。

(悪く思うなよ)

不敵な笑みを浮かべ、再び藤那は竹筒を仰いだ。





午前の興行はつつがなく終わり、昼休み。九峪は志野を探していた。

「座長、ちょっといいか?」
「あら仁拓さん。なにかしら?」

いつものようにきれいな笑顔でにっこりと微笑む志野。だがこれが営業用のものだということを骨身に沁みてわかっている九峪にはその笑顔に心を動かされることもなかった。

(芸人としてはいいことなんだろうけどな。ただ、人としてとなると…な)

余計なお世話であることは重々承知しているが、九峪はそう思わずにはいられなかった。だが、もちろんそんなことは表情には出さずに志野のところへ歩み寄る。

「いや、許可をもらいたいことがあって探してたんだけど、午前中はどこにもいなかったもんだから」
「ああ、すみません。少し用があったので一座を空けていたものでしたから」
「まあ、座長も忙しい身だし、仕方ないよな。それに、きっちり自分の演目はやったんだから」
「ふふふ、有り難うございます」
「それで、何の用なの?」

志野のいるところには当然のようにいる珠洲が不機嫌な表情で話した。志野と二人の時間を邪魔されたのだから知っている人間には当然のことだった。だが、そういった事情(珠洲の志野に対する異常なまでの愛情というか執着心)をまったく知らない九峪には、その理由がわからなかった。

「なんだ珠洲、ずいぶん不機嫌だな」
「別に」

可愛げの欠片もない表情でばっさりと会話をぶった切る珠洲。さすがに九峪も

(可愛くねえガキ)

と、思わざるを得なかった。

「こら珠洲。そんな口の聞き方しないの」
「でも志野…」
「あー、いいっていいって。別に気にしやしねえから」
「すみません」

志野はぺこりと頭を下げた。

「それで、御用の方は?」
「ああ。午後の演目で新しいことをやりたいんで、それの許可をもらおうと」
「まあ、一体何をやるんですの?」
「歌だよ。藤那たちから土岐を借りて、笛の伴奏に合わせて何曲かやろうと思ってるんだ」
「出来るの?」

珠洲が小ばかにした顔で九峪を見上げた。

「簡単に言うけど、歌って難しいんだよ」
「わかってるさ。だから、座長に聞いて判断してもらいたいんだ。大陸の歌だから、誰も聞いたことはないはずだ。後は俺の歌唱力さえまともなら、物珍しさも手伝って、絶対に損はさせねえと思うんだがな」
「わかりました」

志野が立ち上がる。当然のように、珠洲も一緒に立ち上がった。

「では、聞かせていただきましょう」
「ああ。じゃあ、こっちに来てくれ」

九峪は志野と珠洲を伴い、天幕の外へと歩き出した。





「お、座長、お帰り」

織部の言葉で、天幕の中にいた座員たちが全員振り返る。

「ええ、ただいま」
「で、収穫のほうはどうだったんだい?」

志野は黙って道を開けた。程なく、志野とともに宮殿へと向かっていった座員たちが天幕の中に入ってくる。全員、その手や背にはたくさんの荷物を持っていた。

「ひゅう♪」

それを見れば、大成功だったのは一目でわかる。織部は目を丸くして軽く口笛を吹いた。案の定、帰ってきた座員に聞くと、留守は最初から最後まで上機嫌で、一座の芸を堪能していたという。
留守が上機嫌だったのは、他の理由があった。今日の昼、駐留している狗根国軍が反乱軍を討伐に街から出て行ったのだ。住民の注意を引かないように南の大門からではなく、北の宮殿側の門を使ったために藤那や志野は気づかなかったのだが、ちょうど一座が興行の準備に追われているころ、入れ替わるように狗根国軍が場外へと出撃して行った。
わずか400ばかりの反乱軍を蹴散らすことなど造作もない。うまくいけば火魅子候補を捕まえることが出来るかもしれない。留守は戦勝と火魅子捕獲の報告を待つだけといった浮かれた気分になっていたのだ。上機嫌な留守は志野たちの芸に感心し、褒め言葉を連発した。お披露目が終わった後には数多くの褒美の品々を下賜してくれた。
だがそれにしては、戻ってきた志野が浮かない顔をしている。藤那はそのことが大いに気になった。志野は珠洲と二人で天幕の隅に陣取り、何事かひそひそと話し始めた。二人の態度には、どこか思いつめたような様子が見て取れる。

(どうも、気になるな)

藤那はそんな二人から目を離さないようにしようと決意した。



「みんなお疲れさん。何か食うかい?」
「私はいいわ。みんなは?」

志野が振り返ると、宮殿に言った座員たちはみんな首を左右に振った。

「…だ、そうよ」
「そうかい」
「あ、ねえねえ、それなら!」

御埜茂がいきなり声を上げた。

「ん?」
「あたし、仁拓の歌が聞きたいな!」
『ブホッ!』

いきなりのご指名を受けた九峪は、飲んでいた酒をはき出した。

「ゲホッ…ゲホッ…お、俺?」
「そ」

御埜茂がにっこりうなずいた。

「もう緊張しちゃって、あたしたちを慰労してほしいな〜って」
「い、いや…」

むせて乱れた呼吸を整え、九峪は向き直った。

「歌なら、座長に歌ってもらえよ」
「あらあら、私も宮殿に行ってたんですけどね?」

例の威圧感のある笑顔を九峪に向ける志野。

「い、いや、だけどよ、こういうときは野太い男の声より、綺麗な女の声の方がいいだろ?」
「それを決めるのはあたしたちだよ。ねえ、みんな」

妓里胡が振り返ると、宮殿に行っていた座員たちは一斉にうなずき、口々に『やれ、やれ』と囃し立て始めた。

「わ、わかったよ」

ことここにいたってはどうすることも出来ず、しぶしぶ了承する九峪。とたん、天幕の中は歓声に包まれた。

「でもせめて、天幕の外でやらせてくれないか? 中だと声が反射してやりにくいんだよ」
「その程度なら、別にいいよね?」

御埜茂が振り返ると、全員肯定の返事をした。

「なら外へ」

九峪の呼びかけに座員たちが出て行く。

「仁拓殿、伴奏は要りますか?」

土岐が出て行きしなに声をかけてきた。

「いや、土岐に教えた曲をやらないから、いいよ」
「そうですか。では私は今回は観客として楽しませていただきますよ」
「ま、期待しないでくれ」

微笑むと、土岐は天幕を出て行った。全員が出て行ったのを確認すると、九峪は一つふうっと息をはき、自身も天幕から出た。とたん、拍手や口笛が巻き起こる。居心地悪そうに全員の前に出てくると、九峪は一つ深々とお辞儀をした。拍手や口笛、歓声が大きくなった。

「もししくじっても、文句はうけつけねえからな」

それだけ言うと、九峪はすっと目を閉じた。





※管理者により一時削除





九峪の歌声は雲ひとつない夜空へと、吸い込むように消えていった。




















          後書き

みなさんこんばんは、Zeroです。
『遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣』 第027話お送りいたしました。いかがだったでしょうか?

気分が乗ったので、前話の後書きで書いたとおりの時期に載せることができました。人間のやる気って凄いな…。ただ、逆に言えば今までの私がいかにやる気がなかったかということでもあるんですけどね(汗)。
さて、今回のお話は当麻の街での興行のお話です。原作半分オリジナル半分といったところでしょうか。九峪がいる分、色々と原作にはない場面がありますが、楽しんでいただけましたでしょうか?
次話は、志野と珠洲による夜間の攻防ですね。ここはほぼ原作準拠でいきますので、あまり楽しめないかと思いますが少々お待ちください。三連投稿ですので、程なくあがってくると思います。

では、今回はこの辺で。
ご意見、ご感想、リクエストも引き続きお待ちしております。
相変わらずの乱筆乱文、失礼いたしました。
では。



(*文中引用歌   ○ee-○aw 『あんなに一○だったのに』(〔機動戦士ガンダム○EEDエンディング・テーマ〕)