火魅子伝 遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣 第028話 (H:小説&オリジナル M:九峪・志野・珠洲・藤那・閑谷・??? J:シリアス)
日時: 03/03 23:51
著者: Zero

夜の闇に変わる舞姫

影となり闇となり

舞う舞姫

其が目的は?

炎の舞姫





          火魅子伝 遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣 第028話





その夜、みんなが寝静まったころ。
ひそかに天幕を抜け出していく影があるのに藤那は気がついた。志野と珠洲だ。藤那もそっと起き上がる。隣に寝ていた閑谷がそれに気づいた。閑谷が声を出そうとするのを藤那はそっと押しとどめる。黙ってついてこいと態度で示すと、彼女は静かに天幕から出た。閑谷も音を立てないように注意しながら付いてくる。

「ど、どうしたのさ、藤那」

外へ出たところで、閑谷が小声で聞いてきた。よく晴れていて、月明かりが場内を煌々と照らしている。ここのところ、しばらく雨が降っていない。空気は乾いていて、さわやかな夜だった。
藤那は無言で周囲に気を配る。先に天幕を出た志野と珠洲が、通りに面して立っている建物の影に溶け込むように、ひっそりと移動していくのが見えた。

「後をつけるぞ」

藤那が閑谷にささやいた。びっくりした顔で閑谷が藤那を見つめる。それにかまわず、藤那は志野と珠洲が向った方へ足を踏み出した。

(あちらは宮殿がある方だな。まさか、あの二人…)

通りに人の姿はない。農民は日の出とともに起き、夜は早々に寝てしまうという生活を送っている。こんな時間まで起きてる者はいないだろう。時折、街の中を巡回する警備の兵の姿が見えるだけだった。
志野と珠洲は見事に気配を消し、闇に紛れて警備の兵をやり過ごしていた。藤那と閑谷も同じように気配を絶って警備の兵をやり過ごす。

「見事だね」
「ああ。やはりあの二人、ただの旅芸人ではないな」

狭い裏通りを巧みに辿り、志野と珠洲は宮殿に近づいていく。藤那と閑谷も、二人を追って宮殿の前までやってきた。宮殿は当麻の街の北端に位置し、ぐるりと周囲を壁に囲まれている。街の城壁の中にもう一つ城壁に囲まれている一画があり、そこに宮殿が建てられていた。壁の高さは二間(約3.6メートル)ほど。土を突き固めた壁は足がかりがない。壁越しに宮殿の華麗な建物や尖塔などがのぞけた。住民の粗末な小屋とは対照的な立派な建物だった。宮殿の正門には兵士が詰めている。それを避けるように志野と珠洲は宮殿の横手へと回っていった。藤那と閑谷も、警備の兵や志野、珠洲に気づかれないようにそっと移動していく。
志野と珠洲はある地点で立ち止まり、しきりに周囲をうかがう。周囲に誰もいないのを確認すると、志野が両手を前に回す。そこに珠洲がひょいと飛び乗った。志野はそのまま両手を上へ持ち上げ、珠洲を放り投げるような仕種を見せた。珠洲の身体が空中でくるりと一回転する。次の瞬間、珠洲は音もなく城壁の上に立っていた。珠洲は懐から細い縄を取り出すと、身体に巻きつけ城壁の下へ垂らした。志野がそれを掴む。珠洲が足を踏ん張る。志野がひょいと跳んで壁に足をついた。志野は身軽な様子で縄を辿りながら、そのままするすると壁を登っていく。まるで体重がなくなってしまったかのような見事な身のこなしだった。珠洲も、子供とは思えない力強さで縄を支えている。志野が城壁の上に立つと、ふっと珠洲が力を抜き、縄を回収して懐にしまった。
鮮やかな手際だった。いや、鮮やかすぎる。藤那や閑谷でもああまで簡単には忍び込めやしない。二人がこの手の仕事に慣れているのは一目瞭然だ。というよりも、こちらが本職なのではないのどあろうか。藤那や閑谷がそう思うほど、二人の動きは際立っていた。

「なんなんだろ、あの二人」

閑谷が独り言のようにつぶやいた。

「わからない…ひょっとして、盗賊かもしれんな」
「ああ!」

閑谷ははたとひざを打った。それはあり得ることだったからだ。反乱軍が迫り、駐留部隊が出払った今、宮廷の警備は普段より手薄になっているはずだ。そこを狙った盗賊…それならば、わざわざこんな最前線の街に来て興行を打つ理由もわかるというものだ。
閑谷と藤那は顔を見合わせている。

(どうするの?)

閑谷が目で問いただすと、藤那は顔を近づけてささやいた。

「戻ろう。後で、帰ってきた志野に直接尋いてやる。あいつらの正体がはっきりしないことには、こちらも迂闊に動けないからな」

閑谷がこくりとうなずくと、二人はその場を離れた。



「……」

物陰から、志野たちと藤那たちの様子を伺っていた影が一つあった。影は何も言わず、藤那たちのようにその場も去らず、ただじっと志野たちが消えた宮殿のあたりを見つめていた。





宮殿に忍び込んだ志野と珠洲は、庭の隅に潜んで身じろぎもせずに一点を注視していた。身体にぴたりと密着した黒装束に身を包んだ二人は、完全に夜の闇に溶け込んでいる。見張りの数は思ったより多くない。というより、ほとんど無警戒といってもいいぐらいだった。これなら宮殿に忍び込むことも造作ないと思ったとき、二人は自分たち以外に庭に潜んでいる者がいることに気づいた。最初は警備の者かと思ったが、それにしては見事に気配を消している。志野や珠洲のような手練れでなければ見過ごしてしまうところだ。自分たちと同じように、宮殿に忍び込んで何かを探ろうとしている者のようだった。

{どうする?}

珠洲がたずねる。二人とも読唇術が使えるので声を出す必要はない。唇の動きだけで何を言ってるのかわかるのだ。

{もう少し、様子を見ましょう}

珠洲は小さくうなずいた。
どれほどの時間が経ってからであろうか。庭に潜んでいる者が動いた。志野と珠洲に緊張が走る。影は闇に紛れて宮殿の建物の陰まで移動すると、しきりに周囲をうかがった。やがて、誰も近くにいないことを確認すると、影は建物の向こう側に消えた。

{追う?}

珠洲が尋くと、志野が微かに首を横に振った。

{止めましょう}
{何者だろ?}
{それが気になるの。しばらくここで待って、もし戻ってきたら捕まえない?}
{いいけど…}

珠洲は少しだけ考える仕種を見せた。

{反乱軍の乱破かな?}
{そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないわ}
{でも、結構できるよね}
{ええ、そうね}
{どこでやる?}
{ここでは、さすがにまずいわね。戻ってきたらそのまま宮殿を出るでしょうから、後をつけてどこか適当なところで}

珠洲がこくりとうなずいた。
それから小一時間が経ったころ、忍び込んでいた影が再び姿を現した。影は素早く庭を横切り、宮殿を囲んでいる壁際まで移動した。

{追いかけるわよ}
{わかった}

影が壁に取り付き、よじ登っていく。壁を登りきり向こうへ身を躍らせるのと同時に、二人は庭を疾走った。先にたどり着いた志野が壁の少し手前で腰を折り、背中を上に向けて待つ。走ってきた珠洲が勢いを弱めずに飛び上がると、志野の背中を踏み台にして大きく跳躍した。
宙を飛んだ珠洲が音もなく壁の上に立つと、消えた影を探した。いた。影は闇に紛れて宮殿から遠ざかっていく。それほど急いでいる様子もないのは、誰にも見つからずに逃げ切れるという自信があるからだろう。それは、二人にとっては好都合だった。

{あっち}

珠洲が先導して、二人は去っていった影を追いかけ始めた。程なく、影を視界に捉える。物陰に身を潜めて

{どうやる?}

と珠洲が尋くと、志野は先程から考えていた作戦を披露した。

{わかった}

そう答えると、珠洲はその場から離れていった。少し待って、志野が動き出した。影は路地を辿り、警備の兵に出会わないように巧みに城壁の方へ移動していく。追っている志野が首を捻った。

(変ね。まるで警備の兵がどこをどう巡回しているか、知っているような動きだわ)

影が路地を曲がった。

(よし!)

志野が完全に絶っていた気配を少しだけ表に出す。

(これで、あいつは私の存在に気がつくはず)

志野はわずかに気配を漏らしたまま、影を追って路地を歩いていった。影が曲がったところで、志野も路地を曲がる。影は相変わらず50メートルほど先を歩いていたが、明らかに先程とは気配が違っていた。こちらへ注意を払っているのが良くわかる。志野の存在に気がついたのだ。
不意に影が横に動き、並んでいる建物の間に消えた。志野は早足になり、影が消えた場所へ急ぐ…振りをした。影が消えた地点まで来ると、建物の間を覗き込む。そのとき、唐突に足元で殺気が膨れ上がった。はっとした志野が足元に目を落としたときには、もう遅かった。

「動くな、死にたくなければな」

短刀を咽喉に突きつけられる。その担当には独特の意匠が施されていた。志野は驚いた。その意匠には見覚えがあったからだ。

(あれは…狗根国の左道士の。まさか、左道士が!?)

志野は自分と同じような黒装束に身を包んだ目の前の男を見つめた。

「何者だ、貴様?」

男がささやくような小声で尋いてきた。志野がくすりと笑う。と、男の気配が変化した。不振と怒りが男の身体から発せられる。

「何が可笑しい?」
「宮殿に忍び込んで何をしていたの? あなたが何者か知りたいのは、こちらのほうだわ」
「な、に?」

男の顔が驚愕に歪んだ。

(この女、どうして俺が宮殿にいたことを知っている!? まさか、こいつも宮殿に忍び込んでいたとでもいうのか!?)

男の思考が一瞬混乱したその瞬間、

「動くな。声を出すな。死にたくなかったら」

いつの間にか、男の背後に珠洲が立っていた。男の混乱は絶頂に達した。

(どうして!? いつの間に!? こいつらは一体、何者なんだ!?)

混乱した男は、しかし背後の人物が武器を手にしていないのを見て取ると、警告を無視して動いた。大きく飛び退った男は、短い呪文を紡ごうとする。

「馬〜鹿」

珠洲が小さく手を動かした。と、男の顔が歪み、呪文の詠唱が途切れた。見ると、男の咽喉には細くて強靭な糸が巻き付いている。それは珠洲が人形を操るときに使う、特殊な糸だった。糸はきりきりと咽喉に食い込んでいく。男は手にした短刀で糸を切ろうともがくが、糸は短刀を受け付けなかった。程なく、男の目が見開かれ、口が開き、舌がだらんと伸びた。

「殺さないで。こいつには尋きたいことがあるから」

志野が小さく叫ぶ。珠洲の手が動き、糸が少しだけ緩んだ。それによって気絶寸前だった男の意識が少しだけ回復し、男は最後の気力を振り絞って、短刀を自分の咽喉に突き刺した。

『あっ!』

志野と珠洲が同時に叫んだ。男の咽喉から血が噴き出し、あわてて志野が後ずさる。男の身体からは力が抜け、ずるずると崩れ落ちていった。その様子を見ながら、志野も珠洲も呆然と立ち尽くしていた。
二人はすぐに我に返った。いつまでもこんなところでこんなことをしているわけにはいかない。

「死体の始末、しなくちゃ」

珠洲がポツリとつぶやいた。

「そうね」

志野が男の身体に手をかけ、身につけているものを探る。男は短刀以外には、わずかばかりの兵糧と何かの薬しか持っていなかった。

「手伝って、珠洲」
「うん」

珠洲が手を貸して、志野に死体を背負わせる。

「とりあえず、見つかりにくいところに埋めておくしかないわね」

志野は死体を背負ったまま歩いていく。細身の身体のどこに、そんな力があるのだろうというほどしっかりした足取りだ。その後に珠洲が続いた。少し行ったところに高床式の倉庫を見つけた二人は、その床下に潜り込む。道具がないので、仕方なく短刀で地面を掘った。だいぶ苦労したが、ようやく人が一人入るぐらいの穴を掘ると、そこに男を横たえ、土をかけて埋めた。

『ふ〜っ』

さすがの志野と珠洲も、少し息が上がっていた。二人は呼吸を整えると、床下から出てきた。

「なんなんだろ、あいつ」

歩きながら珠洲が尋く。

「狗根国の左道士じゃないかと思うの。しかも、狩人部隊の」
「左道士!? 狩人部隊!?」

珠洲が大きく目を見開いた。普段無表情の珠洲がめったに見せない驚いた表情だった。狩人部隊とは、表向きは魔獣狩りを任務とした左道士たちの部隊のことだ。ただし、裏では狗根国に逆らう人間も狩る。耶麻台国の残党など、その筆頭だった。

「持っていた短刀がね、ちょっと記憶にある物と似ているから」
「でも、狩人部隊の左道士が、なんで自分たちの宮殿を探っているわけ?」
「そこまでは、私にも…」

志野が困ったように口を濁した。

「でも、このことは頭にとどめておく必要がありそうね」
「そう…だね」

しばらく二人は無言で歩く。

「結局、あいつはいないみたいだね」

ぽつりと珠洲が言うと、志野は小さくため息をついた。

「情報どおりというわけね。一縷の望みをかけていたのだけれど…。…まあ、街に駐留している狗根国部隊が出撃したのだから、いなくて当然よね」
「どうする?」
「どうしましょう。まだ、いい考えが浮かんでこないの」
「戦で討ち死にでもされたら困る」
「そうよね。そんなことだけにはならないでほしいわ。あいつは…あの男だけは私のこの手で殺さないと気が済まないもの」
「うん」

二人は、一座の天幕の前まで戻ってきた。

「戦に勝てば、凱旋してくるでしょう。そのときは、きっと殺す機会があるはずだわ。負けたときは…困るのよね。ここへ逃げ戻ってきてくれればいいのだけれど、どこかへ逃げ去ってしまう可能性もあるし。そうでなくても反乱軍が迫れば、私たちは街から追い出されるでしょうし…」

志野は思案気に宙を見上げた。

「とにかく、もう少し考えてみるわ」
「任せたから」

二人は音もなく天幕の中に滑り込んだ。すでに午前二時を回っていた。二人は座員たちを起こさないように静かに歩き、自分たちの寝場所まで戻ると、そっと着替えを済ませて薄っぺらい布団に包まった。寝たふりをしている藤那が二人をうかがっていたのには気が付かない。いや、藤那だけではない。閑谷も、そして藤那が戻ってきたときに感づいて起きた忌瀬も、じっと様子をうかがっていたのだ。志野と珠洲が布団に入ったのを確認すると、ようやく藤那は目を閉じた。
里を出てからわずか一週間ほどだというのに、色々なことがあった。険しい山を踏破し、火向の国に来て魔人と闘い、さらに強行軍でこの当麻の街まで駆けてきた。藤那は心身ともに疲れ果てていた。
寝返りを打ちながら、藤那は魔人について考えていた。この火向の国に魔人がいたのには驚きだった。狗根国の左道士は、十数年前の戦争のときのように、またも魔人を喚んだのか。魔人は人間離れした戦闘力と生命力を有している。中村の砦で闘った、あの魔人…。自分を飲み込みそうなほど間近に迫った大きな顎と鋭い牙を思い出し、藤那は冷たい汗が脇の下を流れるのを感じた。

(あんな化け物が、あと何人喚ばれたのやら…)

あの魔人は、魔界の者としては下級のほうだろう。それでもあれだけの力を持っている。もっと上位の魔人が現れたら、到底太刀打ちできないのではないか。それが今の藤那の一番大きな懸念だった。

(どうすればいい、どうすれば…)

考えても考えても、名案は浮かばなかった。それに忌瀬という女。藤那は自分の後ろで寝ている正体不明の女のことを思った。
魔人に止めを刺した忌瀬。彼女が使ったのは、藤那が聞いたこともない猛毒だった。仙人の末裔である彼女の里では、毒や薬草に詳しい古老が何人もいた。その彼らですら知らないような猛毒を使う女。

(この女もわからない…)

加えて、この旅芸人一座だ。

(一体、あの志野という女は何者なんだ。どんな目的でこの街で興行を打ち、何を狙っている…)

他にも、あの覆面の仁拓のことなど、考えるべきことは後から後から涌いてきた。とりとめもなく考え続けているうちに、藤那はいつしか眠りに落ちていた。





志野と珠洲が天幕に戻った直後、不意に天幕から少し離れた建物で人影が動いた。

「気配を辿って追ってみれば…大変なものを見ちまったな」

やがて、その建物の陰に月明かりが射す。そこには、九峪の姿があった。

「気配を消して様子をうかがっていたから会話は聞こえなかった。が、それでもこの一座がただの旅芸人一座じゃないことは確かだな」

腕組みをして考え込む九峪。

「何を探っていた…? それは、俺たちにとって関係のあることなのかないことなのか…? そして関係あるとすれば、それは俺たちにとってはどう転ぶ…?」

自問自答するようにゆっくりとつぶやきながら考える九峪。だが、この場で判断をするにはあまりにも情報が少なすぎた。

「まあ、いい。とりあえず、当座の目的であるこの街とこの街の狗根国の情報は手に入れた。後はここから離脱する前に志野たちの狙いがわかればよし。わからなければ仕方がない。楽しみにするとしよう」

九峪はふっと緊張を解くと再び気配を消した。そして、自分の天幕へと戻っていった。



「……」

しかしさすがの九峪も、自分をまた見ている者がいるとは予想もしなかった。




















          後書き

みなさんこんばんは、Zeroです。
『遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣』 第028話お送りいたしました。いかがだったでしょうか?

前話の後書きで書いたとおり、今回のお話は闇に紛れて暗躍する志野と藤那、そしてオリジナルの九峪ということになります。最後の九峪のところをオリジナル要素として絡めましたが、基本的に小説版準拠なのでそう楽しめないかもしれませんが、なにとぞご理解のほうをよろしくお願いします。
さて次話ですが、志野に探りを入れた藤那のピーンチ(笑)の場面ですね。ここも基本的には小説準拠ということになりそうです。ただ、最後のほうにオリジナルの要素を入れますので、楽しみにお待ちください。
三連投稿ですので、次話も程なくあがってきます。楽しみにしていて下さい。

では、今回はこの辺で。
ご意見、ご感想、リクエストも引き続きお待ちしております。
相変わらずの乱筆乱文、失礼いたしました。
では。