火魅子伝 遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣 第029話 (H:小説&オリジナル M:九峪・志野・藤那・閑谷・忌瀬・土岐・??? J:シリアス)
日時: 03/04 10:16
著者: Zero

交わりし三つの光

そのうちの二つはさらに輝き

一つはそこを離れんとす

しかし簡単に離れることあたわず

それを止めんとせしは…





         火魅子伝 遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣 第029話





翌早朝―――。
誰かが身体を揺すってるのに気づいて、藤那は目を覚ました。まぶたが異様に重く、全身に力をこめてようやく藤那は目を開いた。目を開けるのにこれほど苦労した記憶はなかった。

(やっぱり、疲れているんだな)

半分ほど目を開けると、上から覗き込んでいる人物がいるのに気が付いた。忌瀬だ。その背後に、天幕の白っぽい布がぼんやりと見えている。それで藤那は今、自分がいるところを思い出した。
ゆっくりと身を起こす、酒の代わりに鉛でも飲んだかのように身体が重かった。

「ねえ、昨夜、どうしたのさ?」

忌瀬が迫った。

「ああ…」

気のない返事をして、藤那は立ち上がる。閑谷はもう起きているようで隣にはいなかった。いや、閑谷だけではない。一座の人間も皆起きて、すでに働いているようだ。天幕の中はもぬけの殻だった。立ち上がると、藤那はゆっくりとした足取りで天幕を出た。

「あ、ちょっと、どこ行くの?」

忌瀬がぱたぱたと追いかけてくる。

「顔、洗う」

ぼそっと藤那が答えた。

「あ、そ。じゃ、あたしも付き合う」

二人は寝起きのままの格好で近くの公共の井戸まで歩くと、水を汲み上げて顔を洗った。冷たい水が半分眠ったままの藤那の意識を覚醒させた。ぴしゃぴしゃと頬を叩いた後、藤那が忌瀬に呼びかけた。

「おい、ちょっと歩きながら話そう」

二人は並んで大通りを歩く。

「いいの? あんまり働かないでいると、また珠洲にしかられるよ?」
「あんな小娘、無視無視」

忌瀬の言葉に、藤那は鼻で笑った。

「まあいいけどさ。で、昨日の晩はどうしたの?」
「ああ、それだがな」

藤那はいったん足を止めて左右を見渡した後、角を曲がって路地に入った。忌瀬が付いてくる。路地の両側には建物が建ち並んでいる。まだ太陽が低いせいもあり、あたりは薄暗かった。藤那は適当なところまで歩を進めると、昨日のことをゆっくりと語り始めた。志野と珠洲の後をつけ、二人が宮殿に忍び込んでいくのを目撃したことを話すと、忌瀬は目を丸くした。

「へえぇ〜、そりゃそりゃ大したもんだねえ」
「あの身のこなしは、どう見たってただの旅芸人なんかじゃない」
「まあ、それはいいけどさ。で、どうするわけ?」

忌瀬が簡潔に聞いてきた。つまり、この城をのっとる計画を実行するのかどうかということだ。

「やるよ」
「ふぅん」

忌瀬は意外そうな顔をした。

「あいつらの正体がわからないと、動きにくいんじゃない?」
「その通りだ」
「じゃあ…」

忌瀬が重ねて尋ねるのを押さえて、藤那が言った。

「志野に直接尋いてみようと思う」
「え?」

忌瀬がきょとんとした顔になった。

「何…を?」
「だからさ」

言葉を区切り、藤那が笑った。

「お前らの正体は何だ? ってさ」
「はあぁぁ〜?」

いつも飄々としている忌瀬が、珍しく驚いた顔で藤那を見つめた。

「復興軍が送り込んだ乱破か、ただの盗賊か、あるいはもっと別な目的があるのか…それはわからない。わからないが、いずれにせよ狗根国に対して何か企んでいるのは間違いなさそうだ。うまくすれば、こちらを手伝ってもらえるかもしれない」
「う〜ん、そううまくいくかなあ?」

忌瀬は半信半疑の顔だ。

「まあ、当たって砕けろってな」
「砕け散ったら拾ってやるから、まあ頑張ってね。お手並み拝見」

忌瀬はいつもの顔に戻って、他人事のように言った。藤那は不敵に笑うと、大通りに向かって歩き出した。
天幕の前まで戻ってきた藤那に閑谷が気づいて寄ってきた。

「ねえねえ、どこへ行ってたの?」
「ああ、ちょっとな。こいつと話を」

藤那が後ろにいる忌瀬を指差した。

「ふうん」
「それより、今から志野と話をしたいんだ。あいつ、どこにいる?」
「志野さんなら、天幕の中だと思うけど」
「そうか」

閑谷の頭を軽く叩くと、藤那は天幕の入り口へ向かった。その後を閑谷と忌瀬がついてくる。藤那が天幕を覗き込むと、志野は一番奥にいた。彼女は昨日までに集めた食料やら衣服やら布帛やら銭やらを積み上げて勘定していた。

(座長ともなれば、こういうこともしなくてはならないわけか)

感心しながら藤那が近寄っていく。志野が、ふと顔を上げた。

「やあ、座長」

志野がにこりと微笑んだ。いつもながら、彼女の笑みは見るものを魅了する。自分もこんな風にやさしく素敵に笑えたら、と思わないでもない。しかし、人間には持って生まれた気質、性格というものがある。

(おそらく、私は一生こんなやさしい笑い方は出来ないだろうな)

そう思いながら藤那が志野を見つめる。

「何か? 藤那さん」

藤那は一つ空咳をくれると、小声で志野に話しかけた。

「ちょっと話があるんだけど…」
「何かしら?」
「いや、大事な話なんで…」

藤那はわざとらしく天幕の中を見渡した。

「人払いしてもらえないかな」
「…いいですけど」

志野が中にいた座員に声をかけ、少しの間天幕から出ててもらえないかと言う。座員たちは特に質問もせず、無言で外へ出て行った。

「で、何かしら」

志野が正面から藤那を見つめる。藤那は彼女の瞳を見つめ返したまま、どっかと正面に座った。その藤那の両脇に、閑谷と忌瀬がそっと立つ。

「昨日の夜、見たんだ」
「何をです?」
「いやなに、あんたと珠洲が宮殿へ忍び込むところを、さ」

一瞬、志野の眉がぴくりと跳ね上がる。が、それも束の間、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。

「何かの間違いではありません?」
「間違いなもんか。私とこいつは…」

藤那は正面を向いたまま、横の閑谷を指差す。

「宮殿の城壁までついていって、あんたらが中へ入るところをこの目で見てきたんだ」
「そうですか」

志野は妖艶な笑みを浮かべた。

「あんた、何が目的なんだ? 聞かせてはくれないか?」

「そうですか、見られてしまったんですね。全然、気づかなかったわ。藤那さんも閑谷君も、思ったよりもお出来になるんですね。油断大敵とはまさにこのことだわ」

藤那の質問を完全に無視して志野はくすくすと笑い続ける。それを見て、藤那がむっとした顔をした。

「おい、こら、人の話を聞けよ」

不意に、志野が笑い止んだ。今までに見たことがないような真顔になる。

「目的を聞いても仕方ありませんよ」
「なんだと?」

志野が傍らに置いてあった愛用の剣にそっと右手を伸ばした。

「お、おい、まさか…」

藤那が引きつった顔で笑う。横に立っている閑谷と忌瀬が思わず腰を引いた。志野は上下の刃の部分に巻いてある布を左手で抜き取って投げ捨てると、間髪入れずに右手の剣の切っ先で左手に持った剣の刃を覆っている布を突き刺し、空中に放り投げた。剣舞のときに使っている葉をつぶしたものとは違って真剣だった。4つの刃先が鈍くきらりと光る。

「そう、目的を聞いても意味はありません。あなたたちには死んでいただきますから」

志野がついっと立ち上がった。

「ま、待て待て待て、おい、こら。どうして、いきなりそういう態度に出る?」

立ち上がった藤那が、志野を制するように右手を前に出して手の平を広げる。閑谷と忌瀬がこそこそと藤那の背中に隠れた。

「ちょっとちょっとぉ、やばいんじゃないのぉ?」
「いやまさか、いきなり強硬手段に訴えてくるとは…」

志野が特殊な形状の剣をくるくると回しながら、一歩前に出る。三人は押されるようにじりじりと後ずさった。

「逃げられませんよ」

冷徹な声で志野が言った。三人がはっと振り返る。天幕の入り口から、数人の座員たちが中へ入ってくるところだった。全員、手に何某かの得物を持っている。そろいもそろって殺気立った顔つきだ。彼ら、彼女らは、藤那たちの退路を断つように出入り口を塞ぎつつ横へ広がって並んだ。
藤那の首筋を冷や汗が流れ落ちた。閑谷が、がくがくと足を震わせている。忌瀬は逃げ場を探すようにきょろきょろと周囲を見渡した。藤那は本気で困っていた。志野がいきなり自分たちを殺そうとするとは予想もしていなかったのだ。相手の出方を読み違えていた。

(このままでは殺られる。方術を使うしかないか…)

追い詰められた藤那は最後の手段を考えた。方術を使えば、この囲みを破ることは出来るだろう。だが、狗根国兵がすぐに駆けつけてくることだけは間違いない。たとえここから逃げ出せたとしても、今度は狗根国兵に追いかけられる羽目になる。それでは街に潜り込んだ意味がない。

(くっそう、前門の虎、後門の狼か…)

藤那は血走った目で前から迫りつつある志野を見つめ、ちらっと後ろを振り返った。一座の人間は一様に無表情のまま、得物を手に包囲の輪を狭めてくる。

(やはりこいつら、素人じゃない。この街で狗根国に対して何かを企んでいるのは間違いないようだ。だったら…)

藤那はいきなりその場に腰を下ろし、胡坐をかいて座り込んだ。

「ふっ、藤那、どうしたの?」

閑谷がうろたえた声で言った。志野の動きが止まり、背後の座員たちも足を止めた。志野が目を細めて藤那を見やる。

「覚悟を決めましたか」

志野が小声で呼びかけた。

「覚悟は決めたからさ、その前に、少しだけ話を聞いてくれないか?」

胡坐を書いて腕組みをした藤那は、志野の目を正面から見つめたまま答えた。志野が、ふっと構えを解いた。

「では、聞くだけ聞きましょう」

背後に並んだ座員たちも得物を下ろした。ふ〜っと、忌瀬が大きなため息をついた。忌瀬は志野たちが斬りかかってきたら、腰にぶら下げた鉄瓶の中身をぶちまけて逃げるつもりだったのだ。中には笑い茸から抽出した笑い薬の粉末が入っていた。全員が大笑いしている隙に逃げる。そう考えていた忌瀬は右手をそっと鉄瓶のふたにかけていた。ただし、全員が大笑いして転げ回っていれば、そのうち異変を察知した狗根国兵が駆けつけてくるだろう。

(そんなことになれば、ここにいる奴らはみな身柄を抑えられる。藤那と閑谷も例外じゃない。せっかく耶麻台国復興軍に関係のある奴らに渡りをつけたのに、その努力が台無しになってしまう。それでは、天目様の命令を守れない…)

そう、命令なのだ。天目は「頼みがある」なんて言ったが、実質的には頼みなんかではなく命令なのだ。その証拠に、自分は決して天目の「頼み」を断れないではないか。忌瀬は自分に「頼み」という名の命令を下すときの天目の真剣な顔を思い出して身震いした。任務の遂行に失敗した天目の部下については、いくつかの例を見聞きしている。涙なくては語れない、悲惨な末路を辿った者もいるらしい。

(くわばら、くわばら)

ここでこいつらに斬り殺されるのと、天目にいびり殺されるののどっちが幸せだろう。忌瀬は一瞬、そんな妄想を抱いてしまった。
だが、まだ油断は出来ない。志野が藤那の話を聞いたとしても、どういう態度に出るかは読めない。やはり殺そうというかもしれない。忌瀬は鉄瓶に手を置いたまま、じっと志野を見つめた。

「では、どうぞ」

志野が冷たく言い放った。

「おほん」

と、また一つ咳払いをくれて、藤那がおもむろに言葉を発した。

「この街をのっとろうと思う。手を貸してくれないか」

志野が口をぽかんと開けた。目が点になっている。志野が初めて見せる間抜けな表情だった。それが見られただけでも、藤那は満足な気がした。
藤那に見つめられて、慌てて志野が口を閉じた。志野は先程聞いた言葉がまだ信じられなかった。

(当麻の街をのっとる!? 誰が!? どうやって!?)

自分の耳がおかしくなったのか、それとも剣を突きつけられて藤那の気がおかしくなったのか…そのどちらかだろう。
もちろん、藤那の気がふれたのに違いない。志野はそう自分に言い聞かせつつ、もう一度尋いた。

「今、なんて言いました?」
「この街をのっとりたい。手を貸してくれ」

まるで、お茶をいっぱいくれないかという淡々とした口調だった。それが、かえって藤那の本気を表していた。志野はごくりとつばを飲み込んだ。

「あんたらも、狗根国には何か含むものがあるんだろう?」

藤那が意味ありげな表情を志野に向けた。

「……」

志野は無言で藤那を見つめている。驚きや不審の表情は消えていた。じっと藤那を見つめたまま、忙しく何かを考える。…やがて、時折見せる冷たく美しい笑みを浮かべながら志野が言った。

「もう少し、詳しいお話をうかがいましょうか」
「そうこなくっちゃな」

藤那が立ち上がった。彼女の後ろで青銅製になったように全身をこわばらせていた閑谷と忌瀬が、ほ〜っというため息とともに緊張を解いた。忌瀬は、そっと鉄瓶のふたから手を離して、心の中でほくそ笑んだ。

(いやいや、なんか、ちょっとは面白くなってきたかな)





「……」

薄布一枚隔てた天幕の外で、天幕内での一騒動が片付いたのを悟ってその場を後にする人影が一つあった。

(面白い話を聞かせてもらったな)

口元を歪めると、足早にその場から離れる。

「さて…それじゃあそろそろ退かせてもらうか」

その瞬間だった。背中に何か鋭利なものを押し当てられた感触を感じたのは。

「!」
「動くな」

確認するより早く背後から声がかかる。それが自分に向けられてのものであることは明白であった。

「死にたくなければ言う通りにしてもらおうか」

また背後から声がかけられる。ただし、今度はさっきの声とは違った声だった。

(少なくとも、二人か)

とりあえずそれだけの情報を得たものの、現時点ではこれ以上どうすることも出来ない。出来るのは、

「わかった」

と、その言葉に同意することであった。三人は連れ立ち、どこへともなく歩いていった。



「街からずいぶん離れたな…こんなところまで人を引っ張ってきて、どういうつもりだ?」

尋ねる。

「答える必要はない」
「そりゃ、自分勝手ってもんじゃねえのか? なあ、御埜茂、妓里胡」
『!』

一瞬、背後の二人に動揺が走った。九峪はその隙を逃さなかった。電光石化の早業で自分の背中に押し当てられている腕を取ると、勢いよく捻りあげて投げ飛ばす。そして180度回転すると、自分をここまで連れてきた二人と相対した。見るとそこには、短剣を抜いて九峪と対峙しながら牽制している妓里胡と地面に叩きつけられながらも立ち上がろうしている御埜茂の姿があった。御埜茂は程なく立ち上がると、妓里胡と同じように短剣を構えて九峪と対峙する。

「ずいぶん手荒な真似してくれるな」

口元で笑みを作りながら尋ねる九峪。だが、御埜茂と妓里胡はくすりともせずにじっと九峪をにらみつけていた。

「何故…あたしたちだってわかったの?」
「声」

ぶっきらぼうに九峪が答えた。

「いくら芸人といえども、声ってのはある程度は自分の力で変えられても自在に変えることは出来ない。お前たちは自分で声色を作ってるつもりだったかもしれないが、覆面とかもせず、薬を使ってるわけでもなく、自分の力でやる程度の変声だったらそう変わるものでもない。さっきまでの声は、俺があの一座で聞いたことのある中で一番似通ってたのがお前たちだったんだよ、御埜茂、妓里胡」
『……』

二人は黙って九峪の言葉を聴いている。

「…それに、お前たちも俺が気づいてるのを半ばわかってたんじゃねえか?」
「まあ…ね」
「それじゃ、今度はこっちから聞こうか。何だってこんな真似をしたんだ?」
「座長の命令よ」
「そ」

二人が答える。

「ふ、やっぱりな」
「あら、知っててあたしたちに聞いたの?」
「まあ、な。予想はしてたけど、もしかしたら外れてるかもしれないと思ったからな」
「そう。でも、あなたの思ってた通りよ」
「の、ようだな。…で、志野はお前たちに俺をどうしろって言ってるんだ?」
「あなたの正体を探りなさいって」
「ま、順当だな」
「そして、もしそれがかなわなかった場合は…」

二人の殺気が膨れ上がった。

「あなたを始末しろと言われてるの」
「それも…順当な答えだな」

九峪が答えた。

「悪いが、俺もこんなところで死ぬわけにはいかないんでね。せいぜい抵抗させてもらうぜ」
「ふふふ、別にこういう物騒な真似しなくてもいいんだけどね」

御埜茂が唇の端を歪めた。

「そそ、あんたが何者かを教えてくれればね。…でも、そんな気ないでしょ?」
「わかってるじゃねえか」
「なら、実力行使しかないじゃない」
「…そうだな」

九峪も構えた。お互いにじりじりと間合いを詰める。先に仕掛けたのは御埜茂と妓里胡だった。二人は同時に踏み込むと、左右から九峪の胸板に向かって短剣を突きたてようと襲い掛かる。

「はっ!」
「しっ!」
「っと!」

二人の攻撃をバックステップでかわした九峪。だが、無論その一撃で終わるわけはなかった。それはあくまでも口火に過ぎない。交わされたと見るや即座に間合いを詰め、御埜茂と妓里胡は左右から次々と刺突や薙ぎ、斬撃を繰り出してきた。

「ふん! はっ! やっ!」
「おりゃ! そりゃ! はいっ!」
「よっ、とっ、ほっ」

九峪は体術の限りを尽くし、なんとか捌いてはいるものの、二人の鋭い腕前に文字通り捌くことしか出来なかった。

(っ! 攻撃に回れねえじゃねえか。やばいな…)

表情こそ無表情で涼しい顔をしているが、その実九峪は内心で舌を巻いていた。演目を見ていて、決して一座の座員たちの戦闘能力を甘く見ていたわけではなかった。だがこの状況を考える限り、九峪は自分の甘さを理解せざるを得なかった。

(このままじゃジリ貧だぜ。何か…なんでもいいからこいつらの連携を崩すには…)

攻撃を受け、避けながら、九峪は頭をフル回転させた。

(…贅沢は言ってられねえか。仕方ねえ)

ある覚悟を決めると、九峪は意図的に動きの精度を落とした。



((ん?))

相も変らぬ鋭い攻撃を続けながら、二人は九峪の動きに違和感を感じ始めていた。今までは完璧にかわされていた自分たちの攻撃が、少しずつ九峪を捉え始めていたのだ。余裕でかわされていた攻撃は鼻先でかわされるようになり、鼻先でかわされていた攻撃は肉体を掠めるようになり、そして肉体を掠めていた攻撃はそれなりの手ごたえを彼女たちの腕に残していた。顔を見ると、覆面で隠されていて表情こそわからないものの、汗が滲み、息が上がってきたのがわかった。

(妓里胡)
(ええ)

アイコンタクトで会話をすると、二人はさらに攻め続ける。攻防を続けること数分、ついに二人によって九峪の左半身のガードがこじ開けられた。

「もらった!」

短くそう言うと、妓里胡が九峪の胸板めがけて短刀を突き出した。そして

ズッ

と、短刀が確かに肉体を捕らえた。ただしそれは胸ではなく、九峪の左腕だった。

「なっ!」
「かかったな!」
「っ! 御埜茂!」

妓里胡の言葉に御埜茂が瞬時に反応し、九峪の右側から襲い掛かる。だが、九峪は瞬時に妓里胡の懐に入ってそれをかわした。

「がっ!」

その場に崩れ落ちる妓里胡。九峪は妓里胡の懐に入ると同時に、その鳩尾を左の肘で打ち抜いたのだ。腕を刺されているとはいえ、体重の乗った男の一撃を急所に喰らっては一たまりもない。白目をむき、妓里胡は地面へと崩れ落ちていった。

「っ! 妓里胡!」
「油断は…」

妓里胡に気をとられた御埜茂の一瞬の隙を突き、九峪はその右腕を取る。そして自分の胸元に引っ張り込んだ。

「禁物だぜ!」

その細い首に左手を絡め、右手で締め上げる。俗に言う、スリーパーホールドの体勢だ。

「がっ! ぐっ!」

九峪の腕に手をかけ、もがく御埜茂。だが、綺麗に首を決められ、抵抗する力など出てこない。急速に目の前が暗くなり、そして一分もしないうちに御埜茂は自分の意識を手放した。

(ごめん、座長。へましちゃったよ)

オチる前に浮かんできた、それが最後の意識だった。



「ふう…」

意識を失ったのを確認すると、九峪は御埜茂の首からその両手を離した。重力に従い、御埜茂の身体が地面に落ちた。

「……」

二人が完全に気を失ってるのを確認すると、九峪は始めて大きく息をはいた。

「はあっ…はあっ…はあっ……あー、しんどかった」

中腰になって膝に両手を乗せ、うなだれながら一息つく九峪。乱れた呼吸を整えようと大きく呼吸を繰り返す。と、どこからともなく拍手が聞こえてきた。

「! 誰だ!」

顔を上げると音の発信源の方に耳を向ける。そこには、大きな木が一本立っていた。そしてその木の影から、一人の人物が音もなく現れた。

「お見事」
「土岐…」

そこにいたのは、自分より少し早く一座に入った楽士の土岐だった。無論、九峪は彼がただの楽士だなどとは思っていなかったが。

「見ていたのか?」
「ええ。一部始終」
「そうか。…で、どうするつもりだ? お前さんも俺とやりあうつもりか?」

そう言うと、九峪は汗を拭って構える。

「そのつもりなら、相手になるが?」
「いえ、私にはそんな気はありません。誤解しないで下さい」

いつものように淡々と、そして飄々と答える土岐。その様子から、恐らく本当に何もやる気がないだろうと思った九峪は構えをといた。

「ならどうして、こんなところにいる?」
「街を出て行くお三方の姿を見ましてね。それも、そろいもそろって不自然な表情で。だから、気になってつけてきたのですよ」

淀みなく答える。

「そうかい。…だったら一つ頼んでいいか?」
「何でしょう?」
「この二人を、一座まで運んでくれないか?」

地面に横たわっている御埜茂と妓里胡を九峪は指差した。

「構いませんよ。…しかしその言い方ですと、どうやらあなたは当麻の街に戻るつもりはないようですね、仁拓」
「ま、当然だな。のこのこ戻ったら、今度は座員全員を相手にすることになるだろうからな。それに、もう当麻の街にいる必要もなくなったしな」
「…いいでしょう。この二人は私が責任を持って一座につれて帰ります」
「すまねえ、恩に切るぜ」
「その代わり、私も一つ頼みがあります」

変わらぬ態度で土岐が話しかける。

「なんだ?」
「あなたの素顔を見せてほしい」

一瞬、あたりに静寂が走った。

「…いつから、気づいてた?」
「最初から」

土岐が変わらぬ口調で答える。

「…いや、気づいていたのとは少し違いますね。疑っていた…と言った方がいいでしょう。こんな時代です。何につけても、信じるより疑うことが先に立つのは仕方のないこと」
「そう…か。…ま、そうだよな。それに、お前さんは舞台での相棒になってくれたからな。わかった」

うなずくと、九峪は覆面に手をかけた。そして、ゆっくりとその顔を包んでいる覆面を解いていく。程なく、覆面に隠された九峪の素顔が白日の下にその姿を現した。

「これが、俺の素顔だ」

土岐と目を合わせる。

「何の変哲もないだろう?」
「確かに(ですが、それゆえに恐ろしくもありますがね)。では、名は?」
「俺は九峪。九峪雅比古。お前らとは必ずまた逢うことになる。心の隅にでも留めておけ」
「わかりました」
「じゃ、またな」

九峪は振り返ると、走ってその場を後にした。

「九峪…」

土岐は名前をつぶやきながら、小さくなっていく影を目で追っていた。




















          後書き

みなさんこんばんは、Zeroです。
『遥か悠久の地に舞い降りた抜き身の剣』 第029話お送りいたしました。いかがだったでしょうか?

今回は前半部は小説準拠、後半部はオリジナルのストーリーで書かせていただきました。どうだったでしょうか?
藤那と志野が協力体制を作るのと平行して、九峪は彼女たちと離れます。再びあったときどんな展開が待っているのか、色々考えています。そのときを楽しみにお待ちください。
さて、今回はあまり書くこともないので(汗)、この辺で次話の展望を。といっても、もう少し藤那サイドを追いかけるか、それとも本来の復興軍サイドに戻るかも決めてません。それは次話が出たときに皆様御自身で確かめてみてください。
次話はなんとか3月中には。無理でも4月いっぱいまでにはなんとかあげたいと思います。3月中にあがれば一話掲載になるでしょうし、4月までずれ込めば二連投稿になると思います。お待ちいただける方は楽しみに。

では、今回はこの辺で。
ご意見、ご感想、リクエストも引き続きお待ちしております。
相変わらずの乱筆乱文、失礼いたしました。
では。