火魅子別伝 続・甘い生活  〜貴方に捧ぐ愛〜 後編 (H:? M:九峪、清瑞などなど J:シリアスっぽい)
日時: 02/03 11:25
著者: 青樹

※この物語は完璧にフィクションです。よって、名称等は実在する団体とはなんら一切関係御座いません。
※登場人物が一部、別な方になっている場合がございますが、どうか広い心でご了承のほどヨロシク御願い申し上げます。








火魅子別伝 続・甘い生活

  〜貴方に捧ぐ愛〜 後編



 俺は銃をしまうと、マンションを飛び出した。
 エレベーターを待つのももどかしく、階段を駆け下りるとマンションの裏手にある駐車場へと向かった。そこに通勤には使っていないが、もしもの時のために装備を満載した車が置いてあるのだ。
 停めてあったフィアットが見えてきたところで、俺はポケットからキーを取り出した。素早くドアを開けると運転席に滑り込む。
 イグニッションキーを回してクールからホットへ。俺はその間に携帯で、彼女へと連絡を取る。待つのも鬱陶しい何回かのコールの後、やっと応答があった。

『もしもし、九峪君? どうかして?』

「天目さん、やられた。奴ら、清瑞を拉致りやがった!」

 俺は彼女に状況を説明しながら、車に積んである電子機器類を急いで立ち上げる。レーダー、GPS、ロードナビ。全てがすぐさま立ち上がった。

『九峪君!? 今どこ?』

「『自宅』だ。家具は荒らされてなかったが、証拠を残さないようにしたんだろうが随分と間抜けだな。床に靴跡がクッキリだ」

 俺は逐次送られてくる情報を見ながら、彼女の質問に受け答えする。どこだ・・・・・・。どこにいやがる。
 そして、すぐさまレーダーが一つの反応を感知した。

 BINGOだ!

「天目さん、緊急配備を頼む。俺の車の場所は常に発信しておく、フル装備で奴らをよこしてくれ」

『了解よ。でも、RV現着は早くて今から一時間後』

「くっ、役所仕事ってのは面倒くさいよな。全く」

『文句言わない! 動かせるだけでもありがたいと思って? 突入はこちらでタイミングを図るから!』

 携帯の耳元で、幾分怒ったような声がする。解かってないねぇ・・・・・・。

「そんなんだから、桜田門は市民の信頼失うんだっての」

「しょうがないでしょ? ウチは、お役所なの! ところで掃除(スイープ)はしてくれるんでしょ?」

 俺はアクセルを踏み込んで、急発進する。ほかに停まっている車輌を軽くパスして道路へ出た。

「高くつきますよ? お支払いはきっちりよろしく」

『あっ! ちょっと、ねえ・・・・・・』

 携帯を切って助手席に放ると、ナビを見つつ反応への最短距離をとる。
 こいつは、また・・・・・・。悪の定番、倉庫街行きか。ぶっ放しても問題無えな。

「そんじゃま、騎兵隊の到着まで遊んでもらうかね」

 一気に加速して他の車をごぼう抜きにすると、首都高に乗る。

 待ってろ子猫ちゃん。しっかり助けてやっかんな。










 急にドタドタと足音がしたところまでは覚えている。そのとき私は、丁度夕飯の献立で悩んでいたときであった。
 確かに彼の正体が気にはなるが、敵ではないという事は解かった。それで今は良いかなと思う。
 それにどうやら、私を守ってくれているらしい。
 
 正直言って、嬉しかった。

 私が彼を利用しようとしていたことは、紛れも無い事実だ。だけど、実質彼に全てを知られていた。私は真実を知った時、混乱した頭でどうしようかと本当に思った。
 利用していたはずの彼と日々を暮らすうちに、私は彼に惹かれていた・・・・・・。
 心の何所かに響く鈍痛が、真実と嘘の狭間で揺れる私を苛んでいた。打ち明けてしまおうかと思ったこともある。
 だが、彼に嫌われるのが怖くて、あの時間が無くなってしまう事が寂しくて、私は嘘を演じ続けた。家族を救うという言葉を建前にして。
 
 そして彼に見つかり、私は冗談だったとはいえ殺されかけた。私を見下ろす冷たい瞳、何も感じていない人形のような彼の姿に私は恐怖と後悔を覚えた。
 私を見つめていた温かい瞳は氷の刃のようになり、優しく包んでくれた彼の微笑みは鉄の鎖として私の四肢を縛った。
 そしてあのとき、撃たれたと勘違いして意識を失う瞬間に溢れたものは彼への謝罪と自責の念だった気がする・・・・・・。
 その後、目を覚ました私が最初に見たのは、いつものように静かに眠る彼の姿だった。私の指先が彼の顔をなぞり、やはりあれは悪夢だったのかと思ったが、起きた彼は紛れもなく昨夜の彼だった。
 真実を知り、以前の関係はもう遥か彼方にいってしまったように感じられたが、その朝はいたって普通だった。全くいつもと同じように過ぎていく時間と空間。
 穏やかなひと時は、なぜか微塵も崩れていなかった。彼のおどけた様な言葉に、私の心はどれほど救われたことか。
 無くしたと思ったものが揺るぎもせずに存在していたことが、ただ、嬉しかった・・・・・・。




「・・・だ、起き・い・・・!? どんな・を使ったんだい!」

 私は、その大きな声で意識を取り戻した。

「ここは・・・・・・?」

 私の声に、体の大きな男が反応した。

「姐さん、目ぇ覚ましましたぜ!」

 その言葉に、チャイナドレスを着た、冷たい目の女が私の前に現れた。

「ようやくお目覚めか。おはよう? お姫様」

「貴様っ・・・・・・!」

 私が身を乗り出そうとすると、私の頭の上でガチャリと鎖の音がする。私は両手を縛られて足がつくぐらいの高さに吊るされていたのだ。

「元気がいいじゃないか。それぐらいでなくちゃあ、面白くないねぇ」

 女は、実に楽しいといわんばかりの冷たい笑みを浮かべて私を舐めるように見た。
 女が周りにいた男達の目配せをして、おい、と声をかけるや男たちが私の周りに群がった。

「さあて、お姫様には先ず、自分の立場って奴を理解してもらおうかねぇ? やれ!」

 ニヤニヤと笑みを浮かべた男達の手が私の体に伸びて、私の服に手を掛ける。

「なっ!? 私に触るなっ!」

 私は体をよじって必死に逃れようとするが、周りの男達がガシッと私の体を掴んで、それを止める。

「へぇ、やっぱりいい乳してんじゃん?」

「ああ、タマンねえな。姐さんがいなきゃあ姦っちまってんだけどなぁ?」

 下卑た笑いを漏らしながら、私の体をまさぐり、Tシャツとジーパンを破り取る。

「くっ! 貴様らあっ!!」

 私の顔は羞恥と怒りで真っ赤になっている。だが、抵抗しようにも脚を抑えられ、全く身動きが取れない。私は、男達のなすがままになっているだけだった。
 しばしの間、男達の荒い鼻息と布を裂く音が辺りを支配していた。ブラとショーツだけの下着姿になり、破れた服が私の腕や足に引っかかっているだけの状態になって、やっとこさ解放された。

「やっぱり、いい肌をしてるねぇ?」

 男達を遠ざけた後、女の指が私の首筋から胸の谷間までをなぞる。少しの間肌を触った後、いきなり私の胸を鷲掴みにした。
 若干の痛みに顔をしかめた私を、この女は笑みを浮かべて見つめていた。

「胸も大きいし? やっぱり、お嬢様は違うわねぇ〜」

 私の顎を掴んで無理矢理自分のほうへと向かせる。私だってやられっ放しのままで居てやる気など無い。思い切り蔑んだ視線と、唾の洗礼をくれてやった。

「くっ、ククククッ、舐めた真似をしてくれるじゃあないか?」

 ドスッ、と腹に一撃が入れられる。

「グッ!!」

「立場ってものをわきまえなっ!」

 さらにガツと顔を殴りつけられたが私は奴から視線を離しはしなかった。

「ああ、見ろ? こんなに綺麗なお前の肌を傷つけてしまったじゃないか。もったいない、やはりコチラにしよう」

 奴が後ろに手を差し出すと、男達のうち一人が鞭を差し出した。

「いいツヤだろ? こいつにはね、こういう特典も付いているのさっ!!」

 奴が私に向かって振るった鞭が、私に当たる瞬間に白く光ったのが微かに見えた。

「ああああっ!!」

 今のは一体・・・・・・? 体が言うことを聞かない。小指一本動かすのもままならない。

「く・・・・・・っ。なにを・・・・・・」

「いい〜声で鳴くじゃないか? ほら、もっと聞かせるん・・・だよっ!!」

 再び白く光る鞭が私に振るわれる。私はかわすことも出来ずに堪える事しか出来なかった。

「ああっ! くうっ、ひあああっ!! くう・・・・・・」

 一振りごとに全身の力をを吸われる様な感覚が私を襲った。そして、朦朧とする意識の中あの女が、カツカツとヒールをならして私に近寄ってくるのが見えた。白い手で私の前髪を掴んで顔を上げさせられる。

「気持ちいいだろう? もっと私を感じさせてみせろ。そうすれば私の玩具として飼ってやるぞ?」

「フ・・・ン、ゴメンだっ・・・・・・!」

 渾身の力を籠めて、奴の顔に頭突きを入れてやった。

「ガッ! ・・・・・・このアマっ!!」

 バチィイッ!

「うああああああっ!!」

 先ほどよりも強い電流がわたしの身を焦がす・・・・・・。わたしは完全に意識を失う直前に、彼の一言を思い出した・・・・・・。

『もし、俺のいないときに危ない目にあったら、俺の名前を呼べよ? 必ず助けに行ってやるからさ』

 雅比古・・・・・・、遅い・・・・・・じゃないか・・・・・・。










 キキッ、とスキール音を鳴らして車を停める。

「ここか・・・・・・。なんかもう、定番の倉庫街だな・・・・・・」

 清瑞の反応があるのは、ここから2ブロック先の第七倉庫。弾は二十発か・・・・・・。うし、時間稼ぎだけなら何とかなりそうだ。
 おっと、車を降りる前に天目に目的地を知らせておこう。秘匿回線のチャンネルを開く。

「あー、あー。こちらホワイトナイト、子猫は七番目の扉の向こうで鳴いている。以上だ」

 しばしのノイズの後、天目の声で返答があった。

『了解、近衛騎士団は間もなく出撃する模様。健闘を祈る』

「さあて、そんじゃ行きますかぁ」

 俺がエンジンを切ろうとしたとき、清瑞の反応が消える。

「!? やべえ!」

 助手席に丸めてあった黒いコートを掴んで車を降り、倉庫街を走って目的地へと向かった。
 五分ばかり走っていくと倉庫の入り口が見える。荷物用のでかい入り口横の通用口に男が二人。何気ない風を装って立っていた。

 胡散くせえ〜。アレじゃあ「何かしてます」って言ってる様なモンだろうが?
 周囲に隠れている気配もないし、なんっつうか杜撰なんだよなあ・・・・・・。
 ま、いいや。とりあえず、正面から行ってみるか・・・・・・。


 俺は敢えて足音を響かせながら、その二人組みに近づいていった。

[是你、什么人?(貴様、何者だ?)]

[别接近!(近づくんじゃねえ!!)]

 あ〜、中国系か。情報どおり、ってわけね。
 俺はそいつらに向かってニヤリと笑い、こう言ってやった。

[对你们,没有自报姓名的名字之类(てめーらに、名乗る名前なんぞ無えよ)]

 左の奴の腹に一撃くれてやると同時に、右の奴の顎を狙う。狙うはそれぞれ水月と頸中。
 俺の拳が狙いを過たずに人体急所へと突き刺さった。二人の男は声を出す暇も無く夢の中へ。

「お休み、坊や。よい夢を・・・・・・」

 俺は、そいつらを放置して通用口から中に入った。ちっ、まごついてる暇はねえな。
 懐に手を入れ、油断無く辺りを見廻しながら奥へと進む。と、向こうから聞こえてくる話し声に、俺は直ぐ横の木箱の陰に一旦身を隠した。

「・・・・・・っかし、姐さんもひでえゼ。あんな上玉を俺達にゃ、指一本触らそうとしねえ」

「しょうがねえさ、あのアマぁ俺達の雇い主だからな。金貰ってる以上、手出しは出来ねえよ」

 二人か・・・・・・、しかも今度は日本人。全く、その女ってのは節操無いのかね?
 だが、日中両方に顔が利く女となると・・・・・・。この間から国際指名手配中の「深川玲藍(ふかわ・れいらん)」か? そうだとすれば、思わぬところで収穫だなこりゃ。

 ククッ、コレで天目にゃ貸し二つだな。俺は二人が通り過ぎるのを見計らって飛び出す。
 ガスッと一人の後頭部を銃床で殴りつけて昏倒させる。

「なんだ! てめぇ、ムグ・・・・・・ガッ!」

「黙れ、チンピラ」

 振り返って掴みかかってきたもう一人を、口を塞いで黙らせると同時に壁に叩きつける。

「おい、貴様らが攫った女はどこだ? 吐け」

 男の襟首を掴んで持ち上げる。

「けっ、てめえなんぞに、誰が言うかよ!」

「よく言った」

 俺は全力で男の顔を殴りつけた。
 
 べキッ! と何かが折れる音がして、男がくずおれる。その髪を引っつかんで、顔を俺のほうへ向けさせると、そいつの口からはだらだらと血が流れていた。
 歯が二、三本はイカレたか? だが、まあ喋るのに支障は無いだろう。

「吐く気になったか?」

 笑顔でそいつに問いかけた。

「ち、チクヒョウ。てめえ、一体何なんら? あの女とどんな関係がぁゲヒョッ!」

 俺の膝がそいつの顔にめり込む。馬鹿が、さっさと必要なことを吐きやがれってんだ。

「おい、何関係ないことをさえずってやがる? 貴様は俺の質問に答えてりゃそれでいい・・・・・・」

 血まみれの顔を上げさせて前後に揺さぶる。いい加減、吐けよなぁ。

「ググッ、お、女はそこの階段の下だ・・・・・・。そこでSMショーをやってるぜ。ヒェヒェヘヘヘ」

 箱の間に作られた通路の奥に見える階段を指差して笑う男。

「お疲れ」

 とりあえず容赦ない当て身を食らわせて、気絶させる。SMショーだぁ? おもしれぇ。ヤロウ生きて帰れっと思うなよ。

 俺は階段の前で深呼吸してからコツコツと、殊更ゆっくりと歩いて階段を下りていく。とりあえず、冷静に物事を把握しなければ、この仕事は勤まらない。
 落ち着いて、確実に、そして必ず彼女を助ける。焦りを感じ、走れと命じる自身の心を落ち着かせるための儀式みたいなものも兼ねて、ゆっくりと歩く。
 俺が音を立てずに扉を開けて中に入った時、眼下に広がったのはだだっ広い倉庫の真ん中。山と詰まれた箱をバックに下着姿の清瑞に鞭を、しかも電磁式のやつを打ちつける女の姿だった。
 その周りの箱に乗って男達がにやけた面でその様を食い入るように見つめている。ざっと二十人ってとこか、全員がこっちに気付かねえ程に夢中になっていやがる。
 度し難い変態共が・・・・・・。清瑞は最早声も出せなくなってぐったりしている。時折近くの奴が気付けにバケツの水を浴びせている。はい、お前は地獄ゆき決定だ。
 ずいぶんと、フザけた真似をしてくれている。こいつら全員、五体満足でかえすのはやめだ。先ずは・・・あの女か。
 
 俺は懐からマグナムを取り出して女の手に狙いを定める。手に当てると手が飛び散るからなるべく鞭の柄を・・・・・・。今だ!!


 ドオオオン!!


 辺りにデカイ銃声が響き渡る。ちっ、指一本吹き飛ばしたか、やっぱ難しーわ。しっかし、どいつもこいつも汚えツラしてんな?

「おい、カス共。うちのお姫様に随分な事してくれたじゃねーか? 生きて、帰れると思うなよ」

 そこまで言い切って視界の端に、機関銃を取ろうとしたやつが映った。すぐさま銃口だけを向けて発砲。


 ガアン!


「ぐあっ! てめえっ・・・なんで」

 右肩を打ち抜かれたヤツがのた打ち回る。

「馬鹿か。お前ら能無しのすること何ざ、大体解かるだろうが?」

 そう言って下に群がる奴らを見下ろす。野郎どもは隙あらば襲い掛かろうと窺っているが、清瑞の近くにうずくまった女は肩を震わせて俺を睨んでやがる。
 俺は視線を合わせるとニヤリと笑みを浮かべて話しかけた。

「あんた、国際手配中の深川玲藍だろ。こんなところで逢えるとはなあ?」

「貴様・・・・・・警察関係者か!」

「さあてなあ、俺はしがないSweeper(掃除人)さ」

 俺の言葉に凄まじい顔で笑い出す深川。

「フッ、あははははっ! フン成る程な、よく解かった。お前たち! 殺っちまって構わないよ!」

 おうおう、怪我してる身で、そんだけ言えたら十分だわ。
 深川の言葉に男達が一斉に銃を構えて半数がこっちへ向かってくる。さすがに遮蔽物が無いとなっ、と!
 俺の足元を跳弾が掠める。

「下手糞! 銃ってのはこう使うんだっ!」

 俺の手の中にあるじゃじゃ馬を躍らせて、先頭を走ってきた奴の脚を打ち抜く。
 その弾は見事に貫通して後ろの奴の手にめり込む。一粒で二度美味しいってのはいいことだよな。うん。

 とりあえず遮蔽物に隠れながら、一匹一匹ツブしてやろう。
 俺は倉庫をぐるりと囲んでいるキャットウォークの左へと走りこむ。鉛の雨に俺の後ろにあった手すりがキィンと甲高い悲鳴を何度も上げる。
 俺の足元では、汚いツラしたケダモノ共がダンゴになった状態で発砲しながら追いかけてくる。馬鹿か? 散らばって撃つぐらいの能は無いのかよ。

 全く、見境無しに集めるからこんな事になるんだよ。

 格好の的と化した奴らを、端から狙い撃ちにする。挙句蜘蛛の子を散らすように散り散りに逃げやがった。七面鳥か何かか、おのれらは・・・・・・。面倒だが抵抗できないように肩や腕、ついでに足を狙う。
 三人ぐらい撃ったところでキャットウォークから飛び降り、手近な柱と荷物の影へ。弾を補充して遮蔽物の向こうを窺う。

 あ〜、隠れ方が甘いねぇ〜。遮蔽物の陰を伝って、敵さんの背後に移動する。

「正にTurkey shot(七面鳥撃ち)ってヤツか?」

 後はお気に召すまま、狙い撃ちにしてやる。ガアン、という銃声が響き渡るたびに一人、また一人と数を減らしていく。


 後2、3人って所ぐらいで敵の姿が見えなくなった。シリンダーに残っているのはあと四発。
 そう思いながら辺りを窺う。箱のわずかな隙間から清瑞の様子を見てみると、今正にチンピラが一人。その肌に触れようとしていた。
 野郎〜、それはルール違反でしょ? とりあえず寝てもらうか・・・・・・。
 残りの四発を立て続けに発砲して地面を舐めさせてやった。辺りに気配が無いのを確認して、箱の林を抜け出るや清瑞に駆け寄った。

「おら、邪魔だ。清瑞、無事か?」

 足元の男をどけて彼女の頬にそっと手をやると、彼女がうっすらと目を開ける。

「お・・・そい・・・・・・。来るな・・・・・・ら、もっと、早く・・・・・・っ」

「はぁ、憎まれ口が叩けるんなら十分か。今、はずす」

 再び気を失った清瑞にそう言って、俺が鎖の上の方に視線を向けると後頭部から金属の感触を感じた。

「残念。そうはいかん」

「てめぇ・・・・・・」

 俺は、振り向こうとはせずに両手を挙げる。

「いい対応だ。自分の命を盾に取られた時の対応を知っているようだな?」

「まぁな。それで? そちらさんはドコ出身で」

 ガツッと後頭部を殴りつけられた。さすがの俺も堪らずに膝をつく。

「貴様が知る必要は無い。掃除屋」

「そうかよ、そいつは残念・・・・・・だっ!」

 スッと前に体を倒して左足を跳ね上げる。ねらうは向こうさんの銃。踵が銃に触れたことを感じた。プラスチック製の物が遠くへと転がるカラカラという音が前転でよける俺の耳に届く。

「シッ!」

 転がったそのままの勢いで低空の回し蹴りをカマしてやる。

「くっ・・・ぬん!」

 ジャンプ中は人間無防備になるモンだよなあ。

「らあっ!」

 さらに一歩踏み込んで寸頸を放つ。大体こいつを喰らうと当分はオネンネしてくれるんだが?

「ぐっ・・・・・・! 中々やる。寸頸か、面白い技を知っているな。ならばこちらも本気でやるか」

 オールバックにどこぞの州知事みたいなガタイの敵が交差していた腕をはずしてこちらを睨む。無傷だよ・・・・・・。結構ヤバイかも、っぐぁっ!

 ドガシャッ! という音の後に自分が木箱の中に倒れているのに気が付いた。マジですか? 香港映画以外で人が吹っ飛ぶのなんて見たこと無いっての!
 まさか実体験する破目になるとは・・・・・・そう思う内にも敵の踵が俺を襲う。

「うおっと!」

 一瞬で木箱が粉々に・・・・・・、洒落にならんぞ!?

「ちっ、随分と洒落にならない相手だな。ま、負けるわけにはいかないけど?」

 着ていたコートとスーツの上着を脱ぎ捨ててネクタイを緩める。ワイシャツの袖をまくって相手に向き直る。
 向こうさんは、首をコキコキ鳴らせながらこっちを見ている。口元にかすかに笑みが浮かんでいるのを見ると世に言うバトルフリークってヤツみたいだ。

「ま、俺も嫌いじゃないがな」

 言い終わる前にお互い飛び込む。

「おらぁあっ!」

「はああっ!」

 互いの拳で拳を弾きあう。ドガッと鈍い音がするがお構い無しだ、そんなことに気を取られていればこっちがやられる。

 俺の肩を狙う手刀をからめとって、逆に関節を極めようとする。だがそれは力で振り払われた。ならば、とガードの薄い腹を狙えばかわされて俺の後頭部に遠心力の加味された肘が飛んでくる。
 敵の鋭い肘鉄をかわし、逆に肘をがら空きの横腹に叩き込む。

 まるでカンフー映画みたいなアクションを続けること数十分。手数で俺が押し始める。このまま押し切ってやる!
 もし、見ているやつがいたら確実にバッバッって感じの、服の風切り音が聞こえていたはずだ。
 
 当たった所からは、なんか砂埃みたいなのも上がっていたし?

 だが意外にアツかった攻防は、これまた意外な一撃で終止符を打たれた。

 パン!

「ぐっ!」

 急に感覚を無くした俺の体が傾く。

「ぬっ!? フンハッ!」

 ドガッと恐ろしく重い掌底が俺の鳩尾に突き刺さった。俺はその勢いのまま、丁度清瑞の足元に転がる。

「ぐっ、ゴッホ、ガハッ!」

 不味い、血の味ってヤツはどうしてこうも不味いのか。そんなことを考えながら立とうとするが、何故か脚に力が入らない。原因を探ろうとした俺の手にぬるりとした感触を感じて目を向ける。飛び込んできたのは黒く床を染める液体だった。


 ――――撃たれた。その事実に気付くまで少しの時を要したがそれも一分くらいだったと思う。だが、相手側には十分だった様だ。俺が再び立ち上がろうとするまでも無く、その場に蹴り倒された。

「んん・・・・・・、まさひ・・・こ? 雅比古!?」

 鎖の擦れる音がする。ちっ、お姫様が起きちまったぜ。あんま、無様な姿は見せたくないんだけどなぁ・・・・・・。

「ちっ、余計な真似を・・・・・・、運が無かったな。あのままだったら、俺が押し切られていたかもしれん」

「くそっ! 雅比古、雅比古ぉっ! 貴様、その足を除けろ!」

 さっきまでの相手の声が清瑞の声に混じって、徐々に近寄ってくる。じゃあ、俺を蹴り倒してくれたヤツは誰だ?
 視線だけを動かすとそこには「壮絶な」とでも形容すればいいのか、そんな笑みを浮かべた深川の顔があった。

「さっきはよくもやってくれたじゃないか? この糞野郎が!? ナイト気取りがこの様だ!」

 意外に固いヒールのつま先で俺の腹をガツガツと蹴り続ける。

「ぐっ、ぐっ。くっ・・・くっくっくっ」

 俺は痛みの中にも堪えきれずに笑みを漏らした。

「何が可笑しい!?」

「俺の女に、てめえのチーズ臭い○○○の臭いが染み付いた指で触れられたくなかったんだよ? しかし臭くてかなわねぇな」

 俺の言葉に深川が赤を通り越して青く顔色を換える。

「余程死にたいようだな? いいだろう、その望み叶えてやろうじゃないか」

 深川が俺の腹を踏みつけて、太腿から小銃を取り出し銃口を向ける。ゆっくりと撃鉄を挙げる様は俺に死の瞬間までの恐怖を味わえとでも? くくくっ、それが、お前の命取りだ!
 
 カシャン、と窓ガラスが割られていくつもの缶が投げ込まれる。
 シュウウウウと白い煙を吐き出す缶が次々に天井近くから降ってくる。

「何事だ!? 何が起きた?」

「催涙ガスか? くそっ、ボス! 退くべきだ!」

「くっそおおお!!」

パン!

深川が発砲してもう一人と出口へ向かって駆け出した。もうおせえ・・・・・・騎兵隊のお出ましだ・・・・・・。







私が目を覚ましたとき、雅比古は大量の血を流して私の足元に倒れていた。だが、どんなにもがこうとも私を縛る鎖は外れず、ただ彼があの女に殺されようとするのを黙ってみているしかないと思ったときだった。
ガスが漏れるような音と共に辺りを白い煙が満たしていく。

「なに! 何なの? グッ、ごほっ。雅比古! 雅比古っ、くそっ外れない!」

手を縛る鎖は緩んではいなかった。私の足元の近くにいたはずの彼を必死で、手探りというより足探りで探そうとするがどこにもいない。

ガシャァアアアン!

 けたたましい音が私の耳を打つ。それに続いて分厚い革靴の足音が辺りを支配する。そのとき誰かが私の肩を掴んだ。
 
 バッと振り向くとそこには「警視庁」の文字と黒い特殊な服に身を包み、サングラスをかけた一人の女性が立っていた。

「貴方が清瑞さんね? 安心して。間もなく被疑者は確保されるから。ああ、待って、今外すわ」

 その人が私を吊るす鎖を、私が知っている数倍の大きさのペンチで切ってくれる。

「貴方は・・・・・・?」

 ペンチを腰のポーチに収めている彼女に向かって私が放った言葉は、今考えても間抜けだったと思う。でも彼女は、ニコッとしただけで直ぐに敬礼と共に答えてくれた。

「初めまして警視庁機動捜査隊第九課、課長の天目紗雪。階級は警視正です」

「えっ・・・・・・貴方が、天目・・・さん?」

 ポカンとしている私に敬礼をといた天目さんがコートを羽織らせてくれる。黒い、長い丈のそれは彼のコートだった。そうだ! 彼は、彼はどうなったんだろう。

「あ、あの! 彼は、九峪さんはどうなったんですか!?」

 天目さんは首を傾げながら私を見た。

「あら、随分と他人行儀なのねぇ。まあ、私には関係ないか。ああ! ごめんなさい彼のことね」

 私の少し非難のこもった視線に気付いたのか、彼女はあわてて取り繕う。けれど、彼女の口から出てきたのは思いもよらぬ言葉だった。

「悪いけど、機密事項なの。うちの人間が急いで搬出したから心配はしないで?」

「そんな・・・・・・。いやだ! 納得できない」

 こんな馬鹿なことがあってたまるか。私は、これでも彼の妻なんだ。騙していたとしても、籍もきちんと入れた。そ、その、毎晩とは行かなかったけど、そういうことも・・・していたんだ!私には聞く権利があるはずだ!
 そう考えて再び口を開こうとした私の前に、信じられない言葉が続けられる。

「そういえば、貴方、実質彼の奥さんじゃないのよねぇ」

 はあ? この人は一体何を言っているのか。私はきちんと籍も入れた。そのときはキチンと二人で区役所に提出にいった。そりゃ確かに式は挙げられなかったけど、それも彼と話し合って決めたことだ。

「何言ってるんですか? 私たちはちゃんと―――」

「でも、貴方の戸籍は綺麗なままよ? あ、コレ写しね」

 そんな馬鹿な。そう思いながら手渡された写しを見てみると、彼女の言うとおり私の戸籍は『耶麻台清瑞』のまま、全く綺麗なままだった。彼と結婚した記録はどこにもない・・・・・・。

「そんな・・・・・・」

 呆然とする私に彼女はさらに続ける。

「九峪君らしいやり方ね。彼、内閣官房調査室の人間なのよ。主な仕事は内部監査なんだけど、任務が終了次第対象とかにバレないようにあの手この手で自分の痕跡を消すの」

 内閣・・・・・・官房? 私・・・・・・結局何だったの・・・・・・、わからない、わか・・・ら・・・ない・・・・・・。


『被疑者確保!』


「課長、被疑者確保しました! 撤収を開始します!」

「よし、所轄到着まで最低限の人員を残して撤収しろ!」

「はっ!」

 全ての音が遠い、景色が色を失っていく。何も感じ取れない・・・・・・さっきまであれ程感じていた血の臭いも、金属を擦り合わせた時のような臭いも、辺りに渦巻くはずの空気さえ――――。
 私は結局、全てを失った。彼と一緒にすごした時間、あの穏やかなひと時、そして何より彼自身を私は失ったのだ。







「―――りは彼らと一緒に行動、組織がどう動くか解からん。気を抜くな!」

『了解!』

 屈強な男達が立ち並ぶ中で、ひときわ細身の女性が指示を飛ばす。誰あろう天目であった。彼女は踵を鳴らして、どこかから調達したパイプ椅子に座る女性へと近づく。

「清瑞さん、ごめんなさい。最後まで一緒に居てあげることが出来ないの。うちの課から専任を一人残しておくから彼らに護衛してもらって?」

「いえ、ありがとう御座います」

 清瑞は力ない声で答えた。この反応に天目は若干眉根を寄せたが、溜息を一つついて後ろを振り向いた。

「瀬戸!」

 天目の声に屈強な男達の中でも抜きん出て異彩を放っている男が姿を現した。

「俺ですかい?」

「他の者は所轄や一課との応対で忙しい。それに、力量的にも単独で作戦遂行できるのはお前ぐらいだ」

「了解」

 そう答えて瀬戸重然は渋々と特殊装備の取り外しにかかった。それを見た天目は再び清瑞へと向き直り、踵をそろえて敬礼する。

「では清瑞さん、我々はこれで。・・・・・・後は頼んだわよ」

 そう言って重然に目配せして、残りの課員と共に天目は立ち去った。外でヘリの爆音が響いているがそれも数分と立たないうちに小さくなり、辺りを静寂が支配する。

 重然以外で九課の人間は、倉庫の入り口近くで逮捕した犯人を見張っているらしく、此処には彼ら以外はいなかった。

 そして、箱の上で所在無げに座っていた重然に近づく影があった。左足に力があまり入らないのか、引き摺るような形で箱に手を付いて近寄っていく。
 清瑞は瀬戸の同僚が来たのだと思い、背を向けたままだった。

「悪い、少し外してくれ・・・・・・」

「やっと起きたか。んじゃ、また後でな」

 男の言葉に重然はニヤリとしただけで、入り口へと続く通路に消えていった。


 再び静寂――――。

 いや、ズリズリと何かを引き摺る音だけがあたりに響いている。それは椅子に腰掛けて窓の外を見つめる清瑞の後ろで止まった。

「私に、なにか?」

 清瑞の肩に泥で少しだけ汚れた手が置かれる。そして一拍の間の後、それを強く自分の方へ引き寄せ、清瑞を自分の体ですっぽりと包み込んだ。

「ただいま、清瑞」

 ただ、一言。だが、その一言は凍りつきかけた彼女を溶かすには十分だった。彼女の肩に置かれた手が、彼がそこにいるという実感を与える。その感触が、その温もりが――――。

「まさひこ・・・・・・?」

 彼が見下ろし、彼女が見上げた。お互いの目に映るは自分。彼は、頭に包帯という痛々しい姿ではあったが、清瑞の記憶のままの優しい瞳で彼女を見つめていた。

「なんで・・・・・・? 貴方はもう私の前から消えたんじゃ―――」

 言葉をさらに続けようとする清瑞の唇を九峪は自分のそれで塞いだ。

「清瑞は、俺に消えて欲しかった?」

 九峪の言葉に清瑞が椅子を倒して立ち上がった。

「そんな・・・そんなわけ無いだろう!? 貴方が、私の前から消えたんだと思ったとき、どんな思いがしたか!! どれだけ・・・寂しかったかっ・・・・・・」

 最後の方は声が震えて上手く発音されなかった。俯く彼女を九峪は優しく抱きとめた。

「すまん、俺が悪かった。でも、元から消えるつもりは無かったんだがなあ」

「じゃあ、何で私との結婚が無かったことになっているんだ! 任務が終われば、あなた達内閣の調査員は跡形も無く消えるんだろう!?」

 清瑞が九峪のシャツを掴んで涙ながらに詰め寄る。

「そ、それは・・・・・・」

「どうなんだ!? やっぱり言えないじゃないかぁっ!」

 顔を覆ってさめざめと泣き出そうとする清瑞にさしもの九峪も慌てた。

「いや、だから、ああもうっ! わかったよ、言う。言うから、泣かないでくれ」

 九峪がもう一度優しく清瑞を抱きしめる。清瑞は鼻をすすりあげて九峪のシャツをキュッと掴み、上目遣いで九峪を見つめる。

「(うっ、なんか罪悪感が・・・)実は、今回の任務は枇杷島総理から直々に来たものなんだ」

「枇杷島の叔父様から?」

 清瑞は父と談笑している豪快な男性を思い出していた。父・耶麻台伊雅の無二の親友であるという枇杷島平八郎(びわじま・へいはちろう)は現在この国の総理大臣を務めている。
 そんな人が、たまに自分の家で父と談笑しているのを見て「うちって結構すごいんだ」位にしか考えていなかった清瑞であった。

「ああ。で、総理からは親友の娘を救って欲しいって頼まれてさ。それに今回は証拠隠滅の必要性は無いとか言ってたしね」

(それに、な〜んかウラが有りそうだったしな・・・・・・)

「それで? 今のじゃ理由になってない!」

 清瑞が掴んでいる九峪のシャツをグイグイ引っ張る。

「いや、だっ、か、ら、さぁ、って、引っ張るなよ。喋れないだろう?」

「ごめん・・・・・・」

 清瑞がシュンと下をいて謝った。九峪は清瑞の手を握ってもう一度話し始める。

「で、君は大会社の御令嬢、俺はしがない公務員。同棲なんて事実位なら、もみ消すのも簡単だろうと思ってさ。裏から手を回して、受理一歩手前でおじゃんにしたんだ」

「余計に解からない。なんで揉み消さなくちゃいけないんだ? 別にいいじゃないか」

 清瑞が首を傾げる。証拠隠滅の必要は無いといわれたんだろう、と彼女の目が語っていた。

「さっきも言ったろう? 君と俺とじゃ世界が違う。それに、君のお父上は任務上の結婚なんて許さないだろうし」

「君、なんて他人行儀な呼び方は嫌だ。やっぱり雅比古は、私の前から姿を消す気だったんだ。じゃなきゃあ婚姻届差し止めなんかしないだろう!?」

 清瑞が、九峪の腕を振りほどいて背中を向ける。微かに震えるその背中に、九峪は意を決して声をかけた。

「違う! 違うんだ。俺はただ・・・・・・」

「何が違うんだ!」

 清瑞が再び、泣き声交じりで声を張り上げる。

「俺は! 俺は任務じゃなくて、一人の男として君に正式に結婚を申し込みたくて・・・・・・、だから、清瑞には綺麗なままでいて欲しくて、だな・・・・・・」

 清瑞は驚きを交えて九峪を見た。いつにないほど赤い顔をして、自分を見ているその彼は清瑞自身初めて見る姿だった。

「雅比古は馬鹿だな」

「なっ、おい!」

 清瑞がゆっくりと九峪に近づき、優しく抱きしめた。

「そういうのは、もう少しムードを考えて言って欲しいかな」

「すまん」

 バッと顔を上げて清瑞が九峪を睨む。

「セリフが違うんじゃないのか? 私はそんなこと言って欲しくない」

「ごめ・・・いや、わかった。改めて、耶麻台清瑞さん、俺と結婚してください」

「・・・・・・ばか・・・・・・」


 とうの昔に夜の帳は下りていた。二人を、割れた窓から差し込んだ月光が照らし出す。彼女の唇を優しい温もりが塞ぎ、そして彼の胸元を、彼女の心が濡らした。
 
 都会では見えないはずの星が一つ、夜空に瞬いていた。



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