火魅子伝・奇縁良縁 第一話 ようこそ九州へ (H:小説 M:九峪×キョウ J:シリアス?)
日時: 02/06 17:29
著者: 青色


 鬱蒼と茂る木々の下で、二人(?)は向かい合っていた。

「…………」

 学生服の少年は目の前にふわふわと浮いている不思議生物を、

「…………」

 その不思議生物は容赦のない少年の視線に居心地が悪そうに、

「…………」

「…………」

 互いに値踏みするように、観察するように、理解しようとするように、もう五分以上も黙って見詰め合っている。

 が、

 いつまでもそうしていたところで、まったく持って、全然確実に埒が明かない。

なので、

「おい」

 学生服の少年が

「もう一度言ってみろ」

 鬱蒼と茂っている周りの木々を、首をぐるりと回して見回しながら、先手を打って微妙に重い沈黙を打ち破る。

「もう一度?」

 不思議生物はその声に、内心ではホッと胸を撫で下ろしたが、キョトンとして、首と思われる箇所を左に傾けた。

「さっき言ってたろ?」

「うん?」

「女王がどうだとか?」

「ああ。火魅子のことだね」

「それだ」

「うん。さっき言ったとおり、狗根国をこの九洲から追い払って、耶麻台国を復活させ、火魅子を即位させないと、
きみは残念ながら元の世界には帰れないんだ」

 言い終わってから不思議生物は、えっへんと、何故だかはわからないが胸を張る。

「ほ〜〜、そうかそうか。なるほどね」

 返ってくるのは静かな声。

「あれ?」

 ここまで言ってから不思議生物は、今度は首を右にと、ちまちましてる腕を組んで傾げた。

(予想と違うなぁ)

 こんなことを突然言われれば、普通は怒るか泣くか最後の手段として笑うか、とにかく取り乱すはずなのだが。

「あれ?」

「うん? どうした?」

「あ、いや、……なんでもないけど」

「そうか」

 いまだキョロキョロはしているものの、少年は落ち着いた動きで、自分のポケットなどをゆっくり探ってる。

「俺は九峪雅比古っていうんだけど、どう考えてもファンタジーな生き物のおまえの名前は?」

「……引っかかる訊き方だけど、まあいいや、オイラはキョウっていうんだ。耶麻台国三大神器の天魔鏡の精さ」

「ふうん」

 これが九洲の人間であれば平身低頭の名乗りだが、少年、九峪には何らの感銘もまるで与えなかったみたいだ。

「そりゃそうだよな」

 九峪は取り出した携帯電話を、またズボンの尻ポケットに戻す。

「アンテナが立ってるわきゃないか。なあキョウ、ここはもしかしてあれか? パラレルワールドって奴か?」

「あ、うん。そういうことだよ。この世界は九峪の知っている日本の三世紀に近いけど、所々が全然違ってる世界」

「オーケー。和風ファンタジーってわけだな」

 九峪が小さく『これはドッキリじゃなさそうだ』そう言ったのが聴こえた。

「ねえ九峪」

 キョウには実はあまり九峪に省いてやれる時間がない。

「なんだ?」

 だから状況に対する順応性が高いのは有難い。こうして話が早いのもやはり有難い。けれど、

「どうしてそんなに普通なの?」

 自分で連れて来ておいてなんだが、こんなシチュエーション、現代日本に生きている人間には異常事態なのだ。

 混乱。

 恐慌。

 狂気。

 気の弱い人間であれば、速やかにこの三つの手順を踏んでも、それは別段おかしくはない。

 なのに九峪はその三つの精神状態と無縁の様子だ。

 ひどく勝手なものだとは思う。勝手なものだとは思うが、それが九峪を残していくキョウを心配にさせていた。

「舐めるな」

「え?」

「異世界に飛ばされる高校生なんて、そんな使い古されたネタで、いまどきの若者が驚いたりするもんかよ」

 九峪が愛読してるのは富士見ファンタジア文庫。

「そ、そうなの?」

「ああ。でもまあ大丈夫だ。まだ実感が湧いてないだけで、明日んなったらちゃんとパニくってるさ。心配すんな」

 ぐっと九峪は親指を立てる。笑顔はさわやか男前。

「そ、それじゃ困るんだよっ!? パニックになるなら今なってよっ!!」

「あん?」

「時間がないから包み隠さず言うけど、計画ではこれから九峪には神の遣いとして、各地に六人いる火魅子候補、
その娘たちと一緒に狗根国と戦ってもらう予定なんだ」

「はあ?」

「オイラは九峪をこの世界に飛ばすのに、力をかなり使っちゃったから、明日にはまた眠りについちゃうんだよ?」

「マジ?」

 九峪の表情が少しだけだが慌てたものに変わった。

(やっと予想通りの反応をしてくれたね)

 それも違うような気がするが、その反応を見て、キョウは少しホッとしてしまう。

「……マジだよ。だから伊雅と合流する前に、この世界の基本設定だけでも、せめて抑えといてもらいたいんだ」

「ふむ」

 眼をそっと瞑って九峪は腕を組む。

 知らない土地でひとりぼっちになるという、わかりやすく実感のとてもしやすいピンチ。

 やっと九峪にも危機意識が発生してきたみたいだ。

「伊雅ってのは?」

「耶麻台国の副王だよ。神器の一つである蒼竜玉を持っていて、ここからすぐ近くに来ているみたいなんだ」

「そんなのわかるのか?」

「神器同士は共鳴してるからね。向こうもこっちに向かってるみたいだから、多分明日には合流できると思うよ」

「でもお前はそこまで保つか微妙ってわけか?」

「そういうこと。できれば伊雅には九峪のことを話してはおきたいけど…………、ごめんね」

「うん?」

 キョウの表情からはションボリ、といった音が聴こえてくるようだった。

「こんな風に強引に巻き込んでおいて、オイラは関係のない九峪を、この世界に残していかなきゃいけない」

 冷静に考えてみればひどい話もあったもんである。

 純粋に友達の付き添いで、興味もなかったろう遺跡発掘現場に遊びに来た高校生を、こうして問答無用で、
右も左もわけのわからない異世界に飛ばしてしまったのだ。

 それこそ今更ながらではあるが、キョウは重い責任を、取り返しもつかないのに、無責任にも感じてしまう。

「謝ったからって済むことじゃないけど」

「じゃ謝んなよ」

「……うん。でも、ごめんね」

「だから謝んなって。だいたいそんなに悪いことされたとも思ってねぇし」

「えっ!?」

「こんな夢見たら笑われるようなシチュはさ、だけど誰でも一度は、夢見たことがあるんじゃねぇかな?」

「九峪……」

「アポなしは勘弁して貰いたかったけどよ。正直、なんか俺、ちょっと胸の奥がワクワクしてきたりしてるぜ」

 言って九峪はニヤリと笑った。

 安心する。

 その力強く自信に満ちた微笑みには、何らの根拠も裏付けもありはしないはずだ。

 この世界へと連れて来たキョウこそが、それは誰よりも、それこそ九峪よりもよくわかってる。

 けれど、

「ありがとう九峪」

 けれどその笑顔を見てるだけで、自分の選択は間違ってはいなかったと、キョウは力強く自信を持って思えた。

「そしてようこそ九洲へ」