火魅子伝・奇縁良縁 第三話 酒は天の美禄(H:ゲーム M:九峪×藤那×閑也 J:コメディ)
日時: 02/11 17:38
著者: 青色

 九峪がまた馬上から振り落とされた。

 だが何度も何度も落ちてるうちに、受身の取り方を覚えたみたいで、腰を押さえてはいるがすぐに立ち上がる。

 あっちこっち擦りむいてはいるものの、特に目立った怪我という怪我はない。

「上体をちゃんと起こせ。まだ乗ってるんじゃなく乗せられてるぞ。首にしがみついてたらどうにもならん」

 この変な男を拾って来てからもうすでに十日。

 それは果たしてどちらの気質によるものなのか。

 九峪の自然と滲む気安さというか人懐っこさというか、余所者であっても拒まない里の大らかさかはわからない。

 しかし九峪があっという間に、里に馴染んだ事実だけは、動かしようがなかった。

 意外にも学はあるみたいで、昼は子供を中心に先生の真似事。

 夜はといえば、かなり呑めるみたいで、欠かせない宴会要員。

 口の巧さも手伝ってか、どちらでも引っ張りだこで、毎日をそれなりに忙しくしている。

 まぁ、

「わかった。今度は気ぃつけて乗ってみる」

 とは言っても、村人には子供に至るまで仕事があって、ぽっかり空いてしまう時間はやはりある。

「おしゃっ。それじゃいく――」

 だから九峪はその時間を利用して、藤那に乗馬を教えて欲しいと頼み込んだ。

「馬に舐められるな。どっちが主人かを示せ」

 九峪が身体を起こすと同時に、馬の尻を持っていた鞭で、藤那は勢いよくパァンッと叩く。

「うぉおお!?」

 暢気に草をはむはむしていた馬が、驚きの声を九峪に代弁してもらって、弾かれたようにして駆け出した。

「これは疾やすぎねぇかぁああああ〜〜〜〜っ!!」

 木霊する声。

 律儀に九峪は藤那の指摘を守ってる。

 無意識に丸まろうとする身体を、何とか堪えようとしているのが、遠目からでもよくわかった。

 それを見て『よしよし』と頷きながら、

「九峪っ!! 約束の方も忘れてくれるなよっ!!」

 藤那は大声で叫ぶ。

 乗馬を教えるその代わりに、藤那が九峪に出した条件は、政治・経済・軍事・に至るまでの個人授業だった。

 子供たちの授業を少し覗いただけだが、九峪の考え方は実に興味深くて面白い。

 根本的な思想がどう考えても頭抜けて異質だった。

 そのうえに試す意味もあって、藤那が高度な、政治・経済・軍事・の質問をしても打てば響くで返ってくる。

 独学するしかなかった藤那には、九峪は得難く貴重な先生に成りえる存在だった。

 しかも。

 それこそ来るべき時には、強力な手駒になるかもしれない。

 などと考えていた藤那の思考を、

「なかなか筋がいいよね、……九峪さんは」

 中性的な声が遮る。

 まだまだ男性と呼ぶには、確実に二年も三年も足りない少年が、小さくなっていく九峪を見ながら呟いた。

 名は閑也。

 少年は自他ともに認める藤那の弟分であり玩具であり奴隷である。

 後ろ二つには些か引っかかってはいるものの、あまりいまの自分の立場に閑也は不満はない。

 が。

 しかし九峪を見る表情はそれなりに複雑である。

 九峪が里に訪れてからの十日間で、仲の悪い村人はいないが、最も仲の良い村人は、確実に閑也で間違いない。

 ――藤那以外なら。





 出会ったその日の晩に、宴会の場で行われた、ちょっとした遊戯。

 野球拳。

 話によると九峪の住んでいた土地では、それは親睦を深めるための神聖で崇高な儀式、…………らしい。

 ジャンケンをやって負けた者は服を脱ぐ。

 至極単純明快でありながら、これは異様に盛り上がった。

 なにせ九峪は滅茶苦茶強くて、姉の綾那を初めとして、里の主だった女衆を次々に撫で斬りで脱がしていく。

 この一事だけで九峪は、里の男衆の心を、ガッチリと鷲づかみだった。

『待たせたな』

『待っとらん』

 そして残ったのは藤那のみ。

 九峪が皆の(男女ともに)視線と期待を一心に集めながら、にやりと笑って大きく拳を振りかぶる。

『ジャンケ――』

『待ったぁ!!』

 が。

 藤那は九峪の顔のまん前に手を翳すと、閑也の肩を優しく(こういうときだけ)抱いて、前へと押し出した。

『わたしとやりたいなら、まずは閑也を倒してからにしてもらおうか』

『えっ!?』

『ふっ。いいだろう。勝負だ閑也』

『えっ!?』

 不敵な笑みもそのままに、九峪が閑也へと拳を振り上げる。

『えっ!?』





 これはまぁ閑也の回想なので、経過は省いて結果だけを言ってしまえば、九峪は素っ裸になっていた。

『空気読めっ!!』

『でも九峪の裸見れちゃった、でへっ』

『これだから閑也は』

『構うことねぇ。このガキ引ん剥いて池にほっぽり投げろ』

 はっきりいってその動きは手馴れてる。

 悲鳴を上げさせる暇も与えずに、ポイッポイッポポイッ、とあれよあれよと舞い上がる閑也の衣服。

 襲い掛かる無数の手。

 閑也がナウシカを観たことがあれば、きっとあのシーンを思い出していたろう。

 最後には小さな身体が宙を舞い、池にと勢いよく飛び込んだ。

『ひ、ひどい……』

 ザバリと上げた顔。

 少年の頬が濡れてるのは、確実に池の水によるものだけではないが、誰も気にした風もなく奥に帰っていく。

 心なしかみんなスッキリした顔をしてた。

『そりゃいつものことだけど』

『いつものことなんだ。おまえもホント大変だな』

 ポンッと肩に力強く置かれた手。

『九峪さん……』

 さわやかに微笑んでるのは藤那が拾ってきた変な男。酔いも手伝ってかスッポンポンを恥ずかしがりもしない。

『面白かったぞ閑也。でも次は負けねぇぜ』

 少年を褒め称えるように、ぐっと男は親指を立てる。

『あ……』

 そして言うだけ言ってしまうと九峪も、閑也に興味を失ったのか、とっとと宴会場に戻っていった。

『勝負だ藤那ぁ!!』

『おまえは脱ぐもんないだろっ!! それよりも早く前を隠せ前をっ!!』

『…………』

 楽しそうである。

 前述したがこの里の人間は大らかで、酔えば脱ぐ者もたくさんいるから、藤那だって男の裸は初めてじゃない。

 なのに顔は耳まで真っ赤になっている。

 しかも顔をそっぽに向けつつも、その視線はチラチラと、本人的にはこっそり九峪の股間を見たりしていた。

『…………』

 自分には見れない見られない乙女の反応。

『はぁ……』

 閑也は一人ずぶ濡れのまま、誰にも聞こえない切ないため息を洩らした。





「閑也」

「…………」

「閑也」

「…………」

「おいっ!!」

「わぁ!? な、なに藤那?」

 ぼ〜〜っと自分の世界に入っていた閑也は、耳をぐいっと引っ張られて、やっと大声で呼ばれてるのに気づく。

 藤那の顔が息が触れるほど近くに、見慣れてるはずだが、突然にあったのでドキッとした。

 馬上からズルッと思わず落ちそうになる。

「ふうん?」

 そんな弟分の様子に、藤那は『どうした?』という顔はするが、それだけで特には何も言わない。

 これもいつものことだからだ。

「さっきから言ってるじゃないか。馬を売りに行くときにだが、九峪も一緒に街へと連れて行こうと思う」

「九峪さんを?」

「ああ。美禰はそこそこ大きな街だから、あいつの知り合いがいるかもしれないし…………」

「しれないし?」

「机上だけではなくて、実践で九峪にどんなことができるのかも、ここらで一度試してみるのも悪くない」

「……そうだね」

「ふふっ。楽しみだ」

(本当に楽しそうだね、藤那)

 笑みの形にニッと細めた藤那の視線の先を、閑也が無意識に追うと、九峪の乗った馬が棹立ちになっていた。