「火魅子伝・奇縁良縁 第五話 馬群 (H:小説 M:九峪×藤那×閑也 J:シリアス)」(青色)
日時: 02/18 18:15
著者: 青色


 追いつくのはとても簡単だった。

「天の火矛っ!!」

 藤那の手から解き放たれた炎が、狗根国兵を四、五人、馬ごとまとめて吹き飛ばす。

 完全な不意打ちだった。

 後ろを振り返った狗根国兵の顔が、一瞬赤々と照らされ、仲間の惨状を見てギョッと驚愕に歪んでいる。

 馬の力が違うのはわかりきっていた。

 駒木の里は九洲でも有数の、大陸の血を引く馬の産地である。

 その辺の駄馬では先行する囮の馬群にも、とてもではないが追いつけはしない。

 それなのに目先の利益に眩んで、馬泥棒たちは獲物が手加減して走ってるなど、考えもせずに追っていた。

 形ばかりは組んでいた隊列も、いまや完全に長く長く伸びている。

(ふむ。初陣の策としてはなかなか)

「な、なんだ!?」

 あらかじめ埋伏していた藤那たちの存在を、狗根国兵はその方術による初撃で、やっと気づいたみたいだった。

 だが。

「わたしに続けっ!!」

 もう遅い。

 腰に佩いていた剣をスラリッと抜くと、藤那は猛然と敵意剥き出しで襲い掛かる。

 それは『どちらが捕食者か教えてやろう』そんな感じだった。

 口を開けたままの狗根兵の横に並ぶと、刀身を首筋へと深く突き刺し、馬の速度をそのままに駆け抜ける。

 数瞬遅れてあまりにも鮮明な血飛沫が舞った。

「うぁわあっ!?」

 藤那の後ろから緊張感のない声がする。

 頭から綾那がその血をモロに被っていた。

(勝った)

 結果は埋伏が成功した段階で見えてはいたが、そこは人相手のことだから、何があるかはわからない。

 なにせ練りに練った策でも、巧くいくわけなどないのが戦場だ。

 戦場。

 そこでは歴史に名を残しただろう人物が、詰まらない相手に詰まらない殺され方をすることも珍しくはない。

 しかし綾那の素っ頓狂な声を聞いて何故か確信した。

(ここでは死ななくてすみそうだな)

 藤那は逃げ惑う狗根国兵の背中を袈裟切りにし、自らも血を浴びながら、密かにほっと胸を撫で下ろす。

 まだこんなところでは、まだまだこんなところでは――死ねない。死んでたまるか。

 夢へと至る一歩もまだ自分は踏み出してはいないのだ。

 火魅子になる。

 その夢を夢として終わらせる気はない。人の夢と書いて儚いなどと九峪は言っていたが、自分は成ってみせる。

「残念だが生き残るには、運と器量が足りなすぎたな」

 少しは骨のある奴もいたのか、振り向き迎え撃とうとした狗根国兵。

 まだ若いその男の胸板を馬の前足で蹴倒した。

 骨を砕く感覚が藤那にも伝わってはくるが、それだけならば生きていられたかもしれない。

 だがすぐに馬蹄の音の中に、頭蓋が割れるときの不快な、グシャリッという、しつこく耳に残る音が混じった。

「…………」

 薄情ではあるだろうが男の顔は、おそらく明日には忘れてるだろう。

 でもこの音だけは、またしばらく、藤那という人間の中に、膿のように爛れ淀み残るはずだ。

(それでいい)

 綺麗なまま夢を掴もうとは思ってない。汚れてない王者などいるわけがないのだ。夢見ているのは聖者ではない。

「刃向かう者には容赦するなっ!!」

 咆哮のような叫びと同時に、藤那の剣が新たな血を吸った。





 その頃四里ほど後方では。




 邪魔になるからと、お留守番中の二人が、なにやら盛り上がってる

「こ、これはっ!?」

「ふふふっ。苦労したんだぜこれは」

 九峪が携帯の写メを、閑也に得意げに見せびらかしていた。

 最初は携帯自体に驚いていた閑也だが、その興味は、瞬く間に中身に移っている。

「九峪さん」

「何だね?」

「これの、……続きは?」

 画像では後姿の藤那が道士服を、色っぽくはらりと、いままさに脱ぎ落とそうとするところだった。

 背中が妙に艶かしい。

 巧い具合に尻を隠している湯気からして、風呂に入るところなのだろう。

「続きはないのですか?」

 九峪の手にある携帯を、食い入るように見る、いや、魅る閑也の眼は、ギラギラと滾り血走っていた。

 男の眼である。

「ない」

 しかしそれに答える九峪の返事は、非常にそっけなかった。

「何故ですかっ!!」

 だがそんな答えではもはや、男ではなく牡に目覚めつつある閑也は、やめられないとまらない。

 無意識に少年の手は九峪の肩を掴んでいる。

「ここまであるんなら、すけべぇな九峪さんのことです。本当は続きがあるんでしょ? ぼくにも見せ――」

「馬鹿野郎っ!!」

 事実ではあるけれども、さり気に失礼なことを言ってる閑也の頬を、九峪が結構本気で引っ叩いた。

 走る痛みにハッとした顔で眼を見開き、閑也が頬を押さえて九峪を見上げる。

 こういうのを馬が合うというのだろうか、二人の息は短い付き合いでも、気持ち悪いくらいにぴったりだった。

「九峪さん……」

「それじゃ盗撮だろ」

 客観的にはそこまででも盗撮だ。

「それにな、閑也。ホントに大事なものってのは、心のファインダーに納めておくものさ」

 ぐっと九峪は親指を立てる。

 もちろんその笑顔は、素晴らしく無意味なさわやか男前。

 不覚にも閑也はジ〜〜ンと感動してしまった。

 けれど。

「九た……、ん? あれ? んん? ……そういえば九峪さん、ちょっと待ってくださいよ? ってことは」

 それがすぐに若気の勘違いだと気づく。

「その『ふぁいんだ』っていうのはわかりませんけど、九峪さんはこの後も、藤那の裸を見てるんですか?」

「当然だろ? そこで帰ったら男じゃない」

 九峪が偉そうに胸を張った。

 その姿はいまは鏡の中で眠りについている、どこかの精霊の仕草とそっくりである。

「ズルいですよ。何でぼくを誘ってくれないんですかっ!!」

「うん。それは悪いけどに絶対やだ」

「何でですかっ!! 独り占めなんて絶対にズルいじゃないですかっ!! 九峪さんばっかり裸を見てっ!!」

 少年はの眼はうるうると涙ぐんでいた。

「ふうん」

 九峪はそれを見て『ちょっと可哀そうかな?』という顔はしたが、

「でもおまえってさ、絶対にポカしそうだもん。絶対にそういうキャラだし、絶対にそういう運命だし宿命だし」

 フォローする気はまるで微塵もない。

 まぁもっとも、

「ひ、ひどい。いくらなんでも、それはひどいです、九峪さん」

 そんなことを言いながらも、習ったばかりの携帯を操作をして、藤那フォルダをまた初めから見てる。

 生まれてからここまでの里での成果なのか。

 これで閑也は意外なほどに、打たれ強い人間なのかもしれなかった。

 踏まれても踏まれても立ち上がる。

 こういう一見弱くは見えても、何度も立ち上がる人間が、本当は一番したたかで厄介なのかもしれない。

 と。

 そんな閑也少年の手元を見ていた九峪だが、視界の端に奇妙なものを発見した。

「うん? なんだありゃ?」

 それは九峪たちから二里は離れてはいるが、その程度では誤魔化しようがないくらいに、圧倒的に目立ってる。

「…………」

 九峪は思わず眼をごしごしと何度も擦った。

「おかしいなぁ。昨日は一滴も酒呑んでねぇけどなぁ」

 頭もふるふると振ってみるが、その一団は消えてはくれない。

 どころかどんどん近づいてくる。

「あん?」

 簡易式なのだろうか? その一団の一人は小さな、ペナントみたいな旗を持っていた。

 もう一里にまで迫っているので(かなりの速度で接近中)、九峪にもそこに一体何が描いてあるかはもうわかる。

「なぁ閑也」

「何です?」

「訊きたいんだが」

「何です?」

 生返事。

 ただいま少年は熟睡しており、衣服の乱れた、しどけない姿の藤那に夢中。

「狗根国の神獣って鼠だったっけか?」

「そうですけど」

「……ああ。そうなんだ。なら早く藤那たちに知らせて来い」

「えっ!?」

 九峪の調子は変わらないがただならぬ雰囲気に、そこで閑也はやっとこさ気づいて顔を上げた。

「おまえの腕と馬なら、あいつらよりも早く着けるだろ?」

「できるとは思いますけど……」

「じゃあ早く行け。このままだと下手すりゃ、藤那たちが挟撃に晒されちまう。そもそも数が違うんだしな」

 とてもではないが正面から戦える兵力はない。

 だからこそ小手先の策を弄したのだ。

 現場の判断に任せるしかないが、九峪発案の作戦には、計算外の敵は考慮されてはいない。

 不意打ちを仕掛けた側は、逆に不意打ちを仕掛けられると弱いものだ。

 ドッキリ仕掛け人が逆ドッキリを掛けられたときを考えると、いくらかはわかりやすいかもしれない。

 混乱は五倍にも十倍にも膨れ上がる。

「九峪さんは?」

「伝説の勇者じゃないんだから、一人で滅茶苦茶な無茶はしないさ。安心しろ。ほどほどに長生きする予定だし」

 そう静かな声で言いつつ九峪は、ジッと一団を真剣な眼で見ている。

「早く行けって。おまえが追いつかれるとは思わんが、あいつらもふざけた格好で相当早いぞ」

「……本当に無茶はしないでくださいよ」

「おう」

 閑也から返してもらった携帯を、しっかりとポケットに戻しながらも、九峪の視線はまったく動かない。

 手を邪険にシッシッと、鬱陶しそうに振ってる。

「すぐに戻ってきますっ!!」

 背中を押されるようにして鞍に飛び乗った閑也は、おそらくは生涯の最高速度で馬を走らせた。

「…………」

 しかし何度も何度も後ろを振り返る。

(本当にやめてくださいよ)

 九峪のことを閑也は理屈ではなく信じているが、無茶はしないと言った言葉が、どうしても信じられなかった。