「火魅子伝・奇縁良縁 第七話 目指す先 (H:小説 M:九峪×虎桃 J:シリアス)」(青色)」
日時: 02/25 23:06
著者: 青色


 あれから五日目。




「雉も鳴かずば撃たれまい」

 などと。

 虎桃はへらへらと笑顔でのたまいつつ、その必要もないだろうに、九峪に見せるためだけに狙いをつける。

「あれって鷹じゃねぇの?」

「鷹も鳴かずば撃たれまい」

「そもそも鳴いてねぇしさ」

「鷹も飛ばねば撃たれまい」

「それじゃしょうがないな」

 という。

 どうでもいいやり取りを経て、哀れな雉だか鷹だかが、美味そうな匂いをさせて、焚き火の炎で炙られていた。

 他にも山菜だの茸だのが所狭しと、野営にしては結構豪勢に並んでいる。

 人気のない河原。

 街からは北であっても南であっても離れているので、魔獣などを警戒して、見張りを立てないわけにはいかない。

 だから全員が一度に参加とはいかないが、女の子ばかりなので、わいわいとかなりの賑やかさだ。

 囲まれてる九峪はある意味で、男の夢というのか天国にいる気分である。
 
「うん? この茸って、さ。誰が取ってきたんだよ?」

「右真だよ? 九峪さんはそれがどうかしたのかな?」

「ああ、っとだ。まぁ、わかんないならいいや、うん」

 黄色の斑点がえらく鮮やかに美しい。

 誰も口にはしてないが、その味がジューシーでスパイシーでポイズンなのは、想像するのに難しくはないだろう。

 これを食したらいろいろと、さっきの感想とは違う意味で、天国にとイケること請け合いだった。

「ねぇ真那満」

「なんです?」

「右真の採ってきた茸、親友のあんたからマズ、じゃなくて、まずバクバクと食べてみなさい」

「え゛っ!?」

 自分は絶対に食べないくせに、へらへらと虎桃はデンジャラス茸の刺さった串を、はい、っと真那満に手渡す。

 面白半分。

 残りの半分はなんなのかは、誰も、本人である虎桃すらも知らない。

 皆の視線が哀れむように真那満に集まった。

 でも目が合うとささっと、街でヤクザに遭遇してしまったときのように、慣れた動きで素早く全員顔を伏せてる。

 この奇妙な集団の心得その一。

 慌てず騒がず。

 みんなホントに慣れたもんである。

 しかし、そんなことも言ってられない真那満は、藁にもすがりまくる思いで、

「うぐっ!?」

 助けを求めるように、九峪へと視線を向けるが、虎桃の連れて来た男は、にやにやとしているだけだったりした。

 掴んだ藁が根っ子から、あっさりスポンッと抜け落ちる。

「……ううっ」

 駄目だ。

 この変な男は当てにならない。

 虎桃を見る。

 冗談よと笑うのを期待して、虎桃を切実に見る。

「わたしの矢とその茸。どっちの方が生き残れると真那満は思う? その意見を尊重するから好きな方を選んでね」

「…………」

 ちょっとでも期待した自分が、大いに馬鹿だったと、真那満はがっくりと肩を落とした。

 ちなみに右真はというと、

「まだまだオカワリ一杯あるからね」

 わくわくしている。

「あんたはもう黙ってるだわっ!!」

 真那満が眼を血走らせて、やけくそで大口を開けたのと、九峪が眼を閉じて手を合わせるのは同時だった。





 二時間後。




「こういうときに忌瀬がいないと、たま〜〜になんだけど不便に感じるよね」

 のたまう虎桃。

 端っこで真那満がうんうん唸って転がってる。背中を『ごめんねごめんね』言いながら右真が擦っていた。

 仲良きことは美しき哉。

「でも軍人としては草だろうが虫だろうが、平気で食べられるようにならないとね」

「ああ、なるほど。さっきのはそういう意図があったのかぁ」

 それで納得と九峪は頷いた。

 人が生と死を賭けた戦場に赴けば、いつもいつも、まともな物が食べられるとは限らない。

 敵の補給線を断つのは常道中の常道だ。

 軍人には胃袋の繊細さなんていらないわけで、日頃からある程度は、やはり悪食で鍛えた方がいいのだろう。

 あの茸は限度を超えてる気もしないではないが。

「なるほど」

 と。

 九峪はどこか『おかしいなぁ?』などとは思いつつも、それで自分なりに納得しかけた。――無理やり

 でも、

「あははははっ。そんなのないよ」

 即座に虎桃は大笑いしながら否定する。

「嘘よ嘘。みんな嘘」

「……そうだよなぁ」

 今度はしみじみと九峪は頷く。

 野営でするにはとても豪勢な食事ではあったが、虎桃はこの山菜嫌いだの、肉の焼きが足らないだの文句ばかり。

 子供かと突っ込んだのは数知れずである。

 確実に戦場では討ち死によりも餓死を選びそうな女だった。

「…………」

「うん?」

「…………」

「なに? 惚れ直しちゃった?」

「そういうことにしといてくれ」

「じゃあそうしとくね。くふっ」

 またいつも通りにへらへらと笑ってる。

「…………」

 不思議な女だった。

 淡い栗色の髪の毛は短く肩で揃えられており、着けてる鎧が通常の物なら、あまり凹凸のある身体ではないので、

してる格好が格好なら、少年と間違う者もいるかもしれない。

 もちろん。

 己が眼でその肌をじっくり見てる九峪には間違えようがなかった。

 そして実際の年齢はわからないが、見た目から判断するならば、九峪よりも年上ということもないのだろう。

 顔には幾分あどけなさも残っていて、美しいというよりは可愛いという部類。

 惜しむらくはその表情。

 彼女をちゃんと観ていれば、見ているのではなく、観ていればわかるが、それが虎桃の隠し方なのかもしれない。

 いつもへらへらとして、他人から本当の表情を隠してる。

 確かにそれは効果的なのだが、それが彼女を、必要以上にちゃらんぽらんな人間に見せていた。

 まあ、虎桃はどう弁護しようとも、とても勤勉とはいえないだろう。

 だが手を抜いているかというとそうではなく、誤解されるほど絶妙な具合で、力を抜いているだけだ。

 それは例えば理に適った野営の場所一つを取ってもわかるし、さすがに尊敬はされてないにしても、部下たちから

嫌われてはいないし、ましてや嘗められてもいない。

 このへらへらとした女は奇妙な一団を見事に統率していた。

「…………」

「虎桃ちゃん可愛い?」

「ああ、可愛い可愛い」

 もっともそれも九峪が勝手に思ってるだけなのかもしれないが。

「ところでここまで訊かなかったんだけどさ、虎桃たちは一体どこに向かってるんだ?」

「当麻だよ」

「……ふ〜〜ん。当麻、ね」

 駒木の里では一応の情報は仕入れているので、九峪にももう街の名前だけで、大雑把な場所ならなんとかわかる。

 そして街の周辺事情も、藤那が調べていたので、細かくわかっていた。

 当麻から錦江湾の辺りまでを含めた東・南火向一帯は、今の九洲での反狗根国最大の激戦区である。

 噂では火魅子候補も反抗勢力の一つに加わってるらしい。

 とはいえ。

「チマチマと小さい役所襲ったりとか、チマチマと小さい屯所襲ったりとか、チマチマと輸送隊を襲ったりとか」

 そのくらいの微々たる抵抗しか出来ていなかった。

「嫌がらせだよね。大軍率いていけばさっさと逃げちゃうし、いちいちいちいちあいつらの相手は面倒なんだよ」

 そして狗根国の認識も、民衆の期待度も、大体こんなものである。

 藤那は狗根国を賊と評していたが、狗根国からすると、彼ら彼女ら反抗勢力こそがそうらしい。

 その程度の存在らしい。

「どっかに集めて一気にプチッといきたいんだけど。副王の伊雅でも現れて、あいつら糾合してくんないかな?」

「火魅子候補じゃ駄目なのか」

「それもちょっと鮮度がねぇ」

「鮮度?」

 九峪はこの会話からは場違いに思えた単語と、覚えのあった単語に、少し上ずった素っ頓狂な声で首を傾げる。

 そういえば藤那から得た情報でも、伊雅についてはほとんどなかった。

 信憑性には疑問だが、死亡説までが流れている。

「十二年前に耶麻台国はサクッと滅ぼされたんだけど、そこからも往生際が悪いというか頑張り屋さんというか、

あっちでこっちで小さくセコセコと反乱してくれてるんだけど、その際に火魅子って名前を利用したんだね」

「……ああ。騙りか」

「そういうこと。火魅子の名前を出せば九洲人は、砂糖に群がる蟻みたいに集まってくるからさ。――でも」

 言葉をそこで切ると、虎桃は『わかる?』というように九峪を見た。

「贋物の味に飽きちゃったってわけだ」

 ひょいっと肩をすくめる九峪に、虎桃はへらへらではなくにっこりと微笑む。

「そういうこと。狗根国も困ったちゃんたちを炙り出すために、結構その名前は頻繁に使わせてもらったからね」

「ああ、なるほどな」

 煩雑に乱発された粗悪品の山の中に、本物がすっかりと埋もれてしまった状態のようだ。

 火魅子の価値の下落。

 目先の短期的な利益でも効果はあるが、この策のさらに辛辣な部分は、火魅子を貶めることにある気がした。

 誰であっても火魅子と名乗れるということを、このことによって証明して見せたのである。

 もし本当にそこまでの意図があるのなら、この策の考案者はかなりのエグい性格なのが窺えた。

 そいつとは友だちに、とてもじゃないがなれそうもない。

「だから火魅子っていっても、いまはそんなに人が集まんないんだってさ」

「ふうん。そこで伊雅の登場か」

「そういうこと。って言いたいけど、伊雅は十二年前、最前線で大活躍してくれたから、顔が売れてるんだよね」

「炙り出しは使えない」

「そういうこと。伊雅が前線に出てくるのが、もう少し早かったら、負けはしないが違う結果になってたってさ」

「誰が言ってんだよ?」

「わたしの上司だよン」

 虎桃の上官。

 伊雅という人物を九峪は知らないので、その評価が正しいかどうかは置いておくが、敵であっても主観を交えず、

客観的に見られるなかなか大した人物らしい。

 藤那も大変だなと九峪は思った。

 いまのところ敵にばかり良い人材がいる気がする。

 味方で匹敵するのは伊雅くらいのようだが、その伊雅もどこにいるのかわからない状況だ。

「あいつの道も前途多難だな」

 いまはまだ九峪にとっては完全に人事である。――いまはまだ。

「ってわけで、当麻でふんぞり返ってる阿呆の相馬の仕事振り、その途中経過を探って来いって言われたんだけど」

 ちらっと虎桃は残ってる茸を見る。

「わたしもこれでも食べちゃって、お腹痛いって言って帰っちゃおうかな。あいつの下品な顔見るよりはマシだよ」

 滅茶苦茶本気で嫌そうな顔をしている虎桃。

 へらへら笑いもいつの間にかどこかに吹っ飛んでいた。

「……まぁ、とりあえず、行くだけは行っとこうぜ。……イケるとこまでは、さ」

 言いつつ九峪はぽりぽりと頭を掻く。

 俺はどこにイクのかなっと、詰まらなそうな渋い表情で、そんなことを思ったり思わなかったりしていた。