「火魅子伝・奇縁良縁 第十話 勇者なお仕事 (H:小説 M:九峪×一座 J:シリアス?)」
日時: 03/15 17:51
著者: 青色


 古典のロールプレイング・ゲームでありがちのシチュエーションとはなにか?

 そう。

 もちろんモンスター退治ですね。

 旅の芸人一座が立ち寄れば、娯楽の足りない村落では歓迎されるものの、それだけでは村人の財布は緩まない。

 そりゃ出ることは出るが悲しいほど雀の涙。

 そもそもが通貨自体が、あまり村落では使われてないので、もっぱら現物支給だが、それだって簡単じゃない。

 こうした過激なアフター・サービスが、気前よくお支払いしてもらうのに必要なのである。

 最近ここらに出没するという魔獣の群れ(三匹だが)。

 そんなわけで、ともに楽しく一夜を明かした仲ではあるのだが、しかし財布の紐がなかなかに固い村人の依頼で、

一座は魔獣が襲いやすいよう少数精鋭で、森の中を朝からえっちらおっちら歩いてるわけだった。

「疲れた。猛烈に疲れた」

 まぁ、若干一名ほど、精鋭と呼ぶには語弊のあるのがいるけれど。

 噂だけは耳にする魔獣を、一度自分の目で見ておこうと、強引に連いてきたのだが、結果はご覧のとおりである。

「一本イッとく?」

 立ちどまって膝に手をついてしまった九峪の目の前に、

「これを飲んだらお目々はパッチリ身体はポカポカ、乙女の口では言えないところはギュンギュンだよ?」

 忌瀬は『はい』と笑顔で小瓶を差し出した。

「……まず誰が乙女なのかが気になるが、なんなんだよそりゃ?」

 疲労の極みもあってか、あからさまに露骨に、九峪は差し出されたそれと製作者を怪しんでる。

 いや、むしろ後者に向ける眼の方が百倍怪しい。

「わたしが愛情を込めに込めた、お手製の疲労回復薬さ。これを飲んだら三日は元気溌剌寝られないね」

「四日目は?」

「うふっ。永遠に起きられないかも?」

「てめぇが飲め」

 このやり取りで確実に九峪の心は、ポキリと小気味よく軽やかに折れた。

「も〜〜う駄目だっ!! 限界だっ!! 臨界点突破だっ!! 今日は絶対これ以上は歩けませんっ!!」

 情けないことを雄雄しく言いつつ、ドカリとその場に座り込む。

 梃子でも動かん。

 その表情からもそんな強い意思表示が感じられた。――内容は非常にあれだが。

 少し前を歩いていた志野は頬に手を当てると、

「そうですね。それじゃ今日はここまでにしておきましょうか」

 仕方がないと言うように、やれやれとそんな感じで、志野は木々の間からわずかに覗く空を見上げる。

「いくらか早いですが、日が落ちてしまう前に、野営の準備をしちゃいましょう」

「おう」

 ちなみにいくらかではなく、太陽光がまだ眩しいくらいに相当早い。

 だから、

「志野はそいつに甘すぎる」

 珠洲が小さな声だが、妙に通りの良い声でそう言ったのは、幼い嫉妬心ばかりではなかったろう。

「それを飲めば歩けるっていうんなら、無理やりでも飲ませればいい。四日目に死んでもしったことじゃない」

 おそらく。

「珠洲っ!! そんな言い方をしては駄目っ!!」

「違う言い方ならいいの?」

「そ、それは」

 これで座長は結構な正直者だった。

「いや、いいんだ志野。俺決めたからさ。薬飲むよ。そして死んだら毎夜、珠洲の枕元に立つのを誓うぜっ!!」

 ぐっと九峪は親指を立てる。

 もちろんその笑顔は、素晴らしく無意味なさわやか男前。

「志野、今日は早いけど野営にしよう。すぐしよう。やれしよう。とっととしようしよう」

 珍しく早口で捲くし立てる珠洲の表情は、物凄く悔しそうに、そしてそれ以上にかなり嫌そうだった。

「テレることないのに」

「わたしにはとっても素直なお子さんに思えるけど?」

 楽しそうににやにやと珠洲を見やる九峪と、小瓶をチャポチャポさせながら、やはりにやにやと相槌打つ忌瀬。

 いたいけな子供をからかって玩具にする駄目大人の図だった。

「おい。珠洲弄りはその辺にして、野営にするなら野営にするで、奴らが出てくる前に準備しちゃおうぜ」

 そしてこちらは志野と並んで面倒見のいい大人。

 斥候のように離れて前を歩いていた織部が、鉄製の棍棒を肩に担いで、ゆっくり周りを警戒しつつ戻ってくる。

「あんまり村から離れてもなんだし、歩き回ったからって、見つかるわけでもないしな」

 口調こそは厳しいが彼女も、気に入った人間には甘かった。

 放り投げられてた荷物をひょいっと背負うと、親指で自分の歩ってきた先を、九峪にチョイチョイと指し示す。

「ちょっと行ったら開けたとこがある。水場も近いから、そこまでは文句言わず頑張れよ」

「オーケー」

 さらに出会ったときみたいに、手を取って引き起こされれば、九峪とてさすがにこれ以上の駄々はこねられない。

 話をしてて大分楽になったのもある。

「もう一踏ん張りしますか。今日の夜は滅茶苦茶よく寝られそうだ」

「志野、あいつ何しにきたんだろうね」

「だから珠洲、そういうことを人に聞こえるような、大きな声で言っては駄目でしょ」
 
「小さな声ならいいの?」

 などと。

 会話が堂々巡りしそうになったそのとき、そいつらはいきなり襲ってきた。

「うわっと!?」

 忌瀬の横合いの草叢から、見かけこそ同じだが、狼にしては大きすぎる巨体が、牙を剥き出し飛びかかって来る。

 咄嗟に志野が引き倒さなければ、忌瀬の肩の辺りは、バクリと喰い千切られていたはずだ。

「大丈、――くっ!?」

 心配の声をかけた織部のその背後からも、やはり狼のような魔獣の巨体が襲いかかってくる。

 そして忌瀬の状況を見ていたので、すでに臨戦態勢には入っており、背後の気配には即座に気づいたが甘かった。

 魔獣の動きが予想してたより速いのもある。

 しかしなにより、彼女がそこで甘いと感じたのは、織部という自分自身だった。

 棍を回して迎え撃とうとしたが、背負ってやっていた九峪の荷物が、巧いこと引っかかって邪魔をしている。

「!?」

 これまた志野が電光石火で反応して、足払いを掛けていなければ、忌瀬のみならず、織部もここで終わっていた。

「助かったぜ座長っ!!」

 地面をごろごろと転がって、織部は棍を構えながら素早く立ち上がる。

 その志野は左右の手に自分の得物である双龍剣を握って、油断なく珠洲と背中合わせになって周囲を睨んでいた。

 いや、珠洲とでは身長差があるので、うなじとお尻が合わさってるのだが。

 それはともかく。

「これはどうやら完全に、囲まれてるようですね」

「仲良く三匹ともいるみたいだぜ」

「どうにかして一纏めにしてくれれば、一発で決めるお薬があるんだけど?」

「志野はわたしが守る」

「……ああっと。俺はどうすりゃいいのかな?」

 一座の精鋭がみんな格好宜しく、それぞれびしっと構えて、役立たずの九峪を中心にして円陣を組んでいる。

 その九峪も見た目だけなら指揮官みたいに見えないこともない。

「織部姐さんの前にいる、一匹だけ色が違うのが、やはり親玉なのでしょうね」

「だろうな」

 他の魔獣の色は黒かったが、織部の前にいるのだけは赤い、それも血みたいに赤い、とっても嫌な色をしていた。

 身体も心なしか一回り大きい。

「みんな聞いてくれ。ちょっと気づいたことがある」

「なんです九峪さん?」

「その赤いのきっと、他の三倍で動くぜ」

「…………」

「…………」

「…………」

「あれれ? 緊張感をほぐそうと思ったんですけど? もしかして失敗しちゃったんで、せうか?」

 茶々すら入れられずに無視された。

 彼女たちには絶対に意味なんて、これっぽっちもわかってるわけもないのに、満場一致の問答無用で無視された。

 もちろん指揮官になんてほんの少しだけ見えるだけである。

「くる」

 志野の声。

 その赤い魔獣がまたしてもいきなり動いた。

 予備動作なしで志野の前へと跳躍すると、半瞬遅れてそこにいた魔獣が、織部の前に移動し飛びかかって来る。

「チッ!?」

 完全に引っかけられた。

 赤い魔獣の動きに釣られて視線を、自分の目の前から、織部はそちらに持っていってしまった。

 慌てて戻した視線に映るのは、ぽっかりと空いた暗闇の中に、ぎらりと光る、丈夫で獰猛で残酷な牙の群れと、

「織部、しゃがめっ!!」

 後ろからのその声に従うよりも速く、顔のすぐ横を、掠めるように通り抜けた石ころである。

「アゥゴッ!?」

 サザエさんを観たことがあったら、思い出すのは来週もまた観てねのあのシーン。

 喉の奥にダイレクトに当たったみたいで、魔獣は眼を見開いて動きを止めた。――その姿はなんだかコミカル。

 ごろごろと巨体が転がる。

 それでも素早く織部から魔獣は距離を取った。

 できたその隙を見逃さず、志野が追撃を掛けようとはしていたが、赤い魔獣に巧いこと牽制をされている。

 ちなみに珠洲や忌瀬はこの一連の流れに、反応すらできてはいなかった。

 もっともこれは仕方ない。

 自分の身の危険ならば、防衛本能もあってまだしもだが、他人まで心配してやる余裕がふたりにはなかった。

 とはいえ。

 珠洲にとって志野は他人ではない。自分よりも大切な存在だ。

 追撃しようと動いた志野を、その小さな小さな身体で、守るようにして、赤い魔獣の前に立ちはだかってる。

 こんなときだがその姿はどこか微笑ましい。

 まぁ、それはそれとして、だ。

「九峪なのか? いまの石投げたのは? かははははっ。まさかおまえにあたしが助けられるとはな」

 そしてこっちも。

 こんなときではあるがとても嬉しそうな織部。

「うん? お……おお。いや、そんなのは全然まったくいいってことよ。織部には日頃から世話になってるし」

 誰しもが予想外の活躍をしたのに首を傾げてる九峪。

 それもそのはずで九峪自身の感覚では、赤い魔獣に向かって投げたはずなのだ。

 志野との差は雲泥としても、織部や珠洲や忌瀬と比べても、九峪は動体視力も反射神経も飛び抜けて低い。

 フェイクがフェイクにならない。

 どころか掛けられたことにすら本人は気づかない。

 逆に魔獣の立場からすれば、九峪の存在こそフェイクだった。

 百六十キロの剛速球の後の超スローボール。

 そんな感じである。

 圧倒的なまでに弱いということが、いまこの場での、唯一九峪にしか持ち得ない武器だった。

 と、言っても。

 ここにいる全員が全員その特性を持っていたら、それはそれで、確実に全滅以外の道はないのだが。

「忌瀬から薬貰っときゃよかったなぁ」

「なに? やっぱりあの薬死ぬ前に飲んで、座長を襲っとく? わたしは止めないし珠洲は止めてあげるけど?」

「それは魅力的な提案だが、そうじゃなくて、いま俺が奇跡の大活躍をしたんだよ」

「はぁ……」

 こんな状況だからあえてなにも言わないが、志野の顔が厳しい表情を作りつつも、うっすらと赤くなっている。

「志野はわたしが守る」

 珠洲は珠洲で止められるもんなら止めてみろという、視線こそ九峪にも忌瀬にも向けないがそんな眼をしていた。

 なんだかなぁ。

「うっそだぁ〜〜〜〜」

 後ろを見れない忌瀬ではあるが、否定の言葉にはまるで迷いがない。

「俺だって信じられないけどホントなのっ!! 絶妙な制球で投げられた石が魔獣の喉の奥にヒットしたのっ!!」

 絶妙な制球。

 でかい声で織部にしゃがめと言ったことはすでに、九峪の中ではなかったことになっている。

「ふ〜〜ん。でもさ、さっき言ってた一発で決める薬ってのは、この状況じゃちょっともう使うことはできないな」

「それはそんなにヤバいのか?」

「空気に触れたら約一秒で無害になるけど、まともに浴びたらそれが魔人でも悶絶するね。忌瀬さんの自信作だよ」

「死ぬのか?」

「死なないけど死にたくなるくらい痒くなる。瘡蓋を剥くんじゃなくて、優しく撫でてる感じの百倍くらいは痒い」

「地味にわかりやすい」

「聞いてるこっちまで痒くなってきたぜ」

「…………」

「…………」

 イラッとした顔でそう言う織部だけではなく、よく見れば志野や珠洲も、微かに身体をむずむずと動かしていた。

 と。

「ああ、まだ大丈夫だな」

 そんな志野の姿が色っぽいなぁ、と感じられる自分は、まだまだ冷静だと九峪は確認する。

 これならば自分の考えを、何とか自信を持って言えそうだった。

「みんな聞いてくれ。ちょっと気づいたことがある」

 少し前に言ったのと同じ台詞。

「なんです九峪さん?」

「どうやら赤い奴が親玉で間違いない」

「…………」

「…………」

「…………」

 大丈夫。

 沈黙の意味がさっきとは違うのもちゃんとわかる。

「動きも三倍かどうかはわからないが、あきらかに他の奴より速い気がするんだけど、…………どうだ志野?」

「そうですね。ええ、速いです」

「忌瀬も織部もあいつが襲ってたら終わってたろう。だけどあいつは牽制しかしてこない。そうだよな織部?」

「ああ、確かにそうだ。あの野郎は奥ででんっと構えてやがる」

「う〜〜ん。そうじゃなくてだなぁ。なんて言うのかこいつらさぁ、いくら魔獣でも連携があまりに良すぎる」

 後ろからだとそれがよく見えた。

 肉弾戦には加わらないから、加われないから、相手の指揮官の考えがよくわかる。

 指示してできる動きじゃない。

 それは野生だからで納得できる動きじゃとてもない。

 魔獣だからで片付けられない。

 弱いのを自覚しているから、訓練を積む人間ならともかく、こいつらがそんなことをしているわけがない。

 魔獣は強い。

 だからあれは弱い人間だけに許された動きだ。

「こいつら俺が思うに一匹なんだよ。赤いのが頭脳担当で、残りの二匹が手足担当に特化してるんだ」

 左ジャブを打って右ストレートを打つのは別に難しくはない。

 自分の手足なら。

「そうやって考えると三匹を集める方法は簡単だ。どんな動物だってそりゃ顔面を殴られそうになれば――」

「なるほど」

「手足で庇うわなぁ」

「ふんっ。偉そうに言わなくても、その程度は馬鹿だってわかる」

「さっきまでのあたしらは馬鹿ってこと?」

 すすっと九峪を中心に組んでいた円陣を狭めると、それに合わせて魔獣の包囲も狭まってきた。

 人間の脚力であっても間を詰めるのが難しくないくらいに、両手を使えば防御が間に合うくらいに狭まる。

「俺のタイミングでいいか?」

「どうぞ。あなたの指示に従います」

 カタカナ言葉で九峪は普通にしゃべっていたが、意味はそれで全員に十二分に通じていた。

「……オーケー」

 そして志野の言葉にその場にいる誰一人として逆らわない。

「ありがとよ、みんな」

 素直に照れるくらい九峪は嬉しかった。

 円の中心で良かったと思う。

 顔は見られない。

 異世界から無理やり召喚されてきた変な男の頬は、鏡があったらぶち破りたいほど真っ赤になっていた。

 胸に仕舞ってる鏡は特定の人物しか映らないし、いまはなにもそこに映さない。

「それじゃ、いくぜ? 一、二、三、そらいけっ!!」

 九峪の合図で全員が一塊になって、赤い魔獣に向かって突進した。

「ギャゥ!?」

 これには赤い魔獣が慌てたのがはっきりとわかる。常識で考えれば左右の攻撃にはあまりにもあまりで無防備。

 突進というより特攻。

 魔獣はなまじこの世界の動物より知能が高いものだから、それが理解できてしまったみたいだ。

 馬鹿げた行動に一瞬ではあるが迷い、それから急いで自分の手足を呼び戻す。

「忌瀬っ!!」

「あらよっと」

 前衛の志野と珠洲と織部がさ〜〜っと左右に散って、その間をするりと小瓶が通り抜けて地面にぶつかり割れた。

 粉末がぶわっと広がる。

 魔の薬の効果はすぐに現れた。

「グギョォオオオオォオオオオオオォオ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」

 トムとジェリーのトムみたいに、見た目は狼っぽいのに三匹は、漫画の猫みたいに総毛立てて飛び跳ねた。

「仕留め――」

 ろ。

 などという指示までは必要ない。

 織部の鉄棍が頭を潰し。

 珠洲の鋼糸が切り刻み。

 志野のきらりと煌く双龍剣が、赤い魔獣の首を、高く鮮やかに斬り飛ばした。

 お見事。

 そして彼女たちはやはり芸人である。

 どんっと赤い首の落ちた音を合図にして、くるりと九峪に振り返り、びしっとそれぞれ決めの構えを取っていた。

「イヨッ!! 越後屋っ!!」

 観客は九峪と忌瀬のたったふたりしかいないが、拍手の嵐はなかなかに鳴り止まなかったりそうでなかったり。

 と。

 まぁ九峪の初めての魔獣退治は、概ねでこんな感じだった。