火魅子伝・奇縁良縁 第十三話 ある日の山の中で (H:小説 M:九峪×伊万里×上乃×忌瀬×仁清 J:コメデイ)
日時: 03/29 17:25
著者: 青色


 はらりはらりと舞っている。

 紙一重。

 否。

 髪一重。

 頭を掠めるようにして振るわれた爪が、髪の毛を数本削ぎ落としていった。

「くぁっ!?」

 その脇をごろごろと転がって、嫌な汗を掻きながらも難を逃れる。

「や、役に立たねぇ」

 自信はないがこの物語の、おそらく、主人公である九峪は、今回は初っ端からピンチだった。

 迫る脅威。

 如かしてその正体は、THE・月の輪熊。

 哺乳類食肉目クマ科ヒマラヤグマ属。

 日本にしか生息してない熊で、九州ではすでに全滅したとかしないとかいう、絶滅を危惧されている希少な動物。

 なのだが。

 どうも三世紀のこの九洲では、未だ現役であり、元気に生を謳歌しているみたいだった。

 動きの素早さもタイヤと戯れるパンダとは大違い。

 対比。

 例え一度であっても魔獣の動きを、己の経験としていなければ、とてもではないが避けられなかったはずだ。

 あれに比べれば全然遅い。

「き、きき、忌〜〜〜〜瀬〜〜〜〜さ〜〜〜〜んっ!! ど、ど、どこにイッちゃたんですかぁ〜〜〜〜っ!!」

 しかし。

 九峪はそれに輪を二重に掛けても、どれと比べても圧倒的に動きが遅いのだ。

 これはさっきと違って自信を持って言える。

 だから。

 なんとか初撃を避けられたのは、実際は経験よりも、運の要素の方が高かっただろう。

 だから。

 いくら目の前にいるのが、《あれ》より遅いといっても、《これ》をもう一度避けられるとは思えない。

 そして。

 そんな九峪が命に対して優しくない、いや、甘くない九洲の地で、一人でのこのこ山に分け入るわけがないのだ。

 まして群生してる草や花が、薬か毒かなんて、どうせわかりはしないのだし。

 忌瀬が行こうと言わなければ、絶対確実に来なかったはずで、少なくともこんな奥の奥で一泊しなかっただろう。

 この三世紀の九洲の山の中で九峪がひとりでいる。

 鴨ネギ。

 マリー・アントワネットがヴェルサイユ宮殿ではなく、退廃した九龍城を揚々と闊歩しているようなものだった。

 案内人兼護衛がいなければ、身包みどころか、命だって取られるのは請け合いだろう。

「馬鹿馬鹿っ!! 俺の馬鹿っ!!」

 だがそれを忌瀬なんかに期待したのが、そもそもがもっともで馬鹿だった。

 腕は信用している。

 しかし。

 咲き乱れる薬草だか毒草だかに、まさに狂喜乱舞でもしたのか、ちょっとよそ見したらすでに消えてやがった。

 海外で迷子になった観光客の気持ちがよくわかる。

 忌瀬がいまひょっこりと現れたなら、ぎゅっと抱きしめてやりたい。そして、思いっきりぶん殴ってやりたい。

 九峪は愛の告白と魂の罵倒を、なんだか同時にできそうな気分だった。

 まあ。

「死んだふりは、……駄目だろうな……、やっぱり」

 このままだと、そのどちらも、できそうにはないが。

 思っていたよりは、ちょこまかと動けるみたいな獲物に(珠洲に感謝)、熊はゆっくりと慎重に間を詰めてくる。

 野生で会得したものなのだろうか。

 逃げ場を塞ぎ退路を断つようなその動きは、熊にしておくのが勿体ないくらい絶妙である。

 目の前にいるこの熊こそが熊の中の熊だろう。

 いや、まぁ、もちろん、この際というよりこの場合は、そんなの、どうでもいいことではあるわけなんだが。

 ついでだから言っておくが、熊カレーは結構美味いと思う。

「くっそう。俺は百五十歳までさらっと生きて、ご長寿記録を塗り替える予定なんだぞ」

 子供はじゃんじゃん生めよ増やせよで、野球チームができるほど欲しい。

 最後は揺り椅子にゆらゆらと座りながら、たくさんの嫁さんや子供や孫に囲まれつつ死ぬ予定なのだ。

 こんなところで、志野風に言うなら九峪は、舞台から退場する予定などない。

 とはいえ。

 予定は未定が人生だ。

「…………」

 それは決意表明をしただけでは、どうにもならないわけで、どうにかする為に、九峪は辺りをそれとなく見回す。

 懐も何か使えないかと探ってみた。

「お?」

 鏡。

 一瞬だけだが九峪は思って、しかし、すぐに頭からその考えを消し去る。

『こいつが俺の身代わりになってくれた』

 なんてな感じに、ありがちの展開が浮かんだが、天魔鏡と一緒に仲良く、九峪もぶち割れるだろう。

 期待してどうするという話だった。

 燃える友情はともかくとしても、萌える愛情はそこにないので、キョウと心中はいくらなんでもしたくはない。

「む?」

 唸りつつ次に九峪の手に触れたのは携帯電話。

 ああ、そういえば、こっちの世界に来てからというもの、お気に入りフォルダも随分と増えていた。

 藤那フォルダ。

 虎桃フォルダ。

 織部フォルダ。

 只深フォルダ。

 志野フォルダ。

 その他にも色々とそれなりに、人に胸張って自慢できるものから、人に絶対(特に男)見られたくない画像まで。

「…………」

 この九峪コレクションを完成させるまでは死ねない。

 あと五、六年もすれば、珠洲だって立派に守備範囲の美人さんになるはずなのに、こんなところで死ねない。

「生きるっ!!」

 九峪の内なる力はゴゴゴゴゴッと、只今絶賛暴走中で膨れ上がっていた。

 いや、まあ、だからって、別に何が起こるわけでもないが。

 そんなわけで、九峪はさらに強く強く、生きたいと渇望しながら、自分探しと懐探しを続行する。

「あ、……れ、……?」

 だけどもう何もなかった。

「えっ!? ええっ!! ちょ、おいおいっ!! これだけかっ!! 俺の持ち物はこれだけですかっ!?」

 パタパタと喝上げにでもあったように、ポケットに手を入れて振ってみる。

 もちろん。

 何も出てきたりはしなかった。

 その九峪の慌てた様子から、熊もこの獲物には何もないと悟ったようで、さっきまでより大胆に間を詰めてくる。

 十分に飛び掛かれる間合いなのに、飛び掛かっては来ないのがなかなかにニクい。

 舌なめずり。

 慌ててる獲物を見て慌てる必要はないと思ったんだろう。

 熊はガツガツせずに確実に仕留めに来ていた。

「………ッ」

 顔にかかる生臭い息。

 生まれてから一度も歯磨きしたことのない口が、それなのにえらく丈夫そうな牙が、ぎらりと闇夜に光っている。

 右に避ければ左の爪が。

 左に避ければ右の爪が。

 九峪の身体をあっさりと話を盛り上げもせずに引き裂くはずだ。

 本当にこの熊は魔獣のように頭が良い。

「ん?」

 待てよ。

 突如襲ってくる既視感。

 九峪は息を荒げながら牙を近づける熊を、刺激しないようにしてゆっくりと、自分の顔を庇うように腕を上げる。

 予想通りに熊はそれを、意味のない抵抗と取り、いきなり噛み付いてくることはなかった。

 もしかしたら、こいつは、魔獣なのかもしれないなぁ。

 この熊(?)はどうやら確実に、本能よりも知性で動いているっぽい。

 ってかそうだろう。

「ああ、俺ってばマジでラッキーな男だぜ。考えなしにガブりといかれたらヤバかった。こいつが賢くて良かった」

 逃げられる公算がおかげで少しだが高くなった。

 過ぎた計算は大胆さを欠き。

 過ぎた慎重さは機会を失う。

「とりあえず」

 これでなんとか二十秒は稼げるか?

「九峪フラッシュっ!!」

「ギャウンッ!?」

 現代の日本のように、人工の灯によって明るい夜とは違って、この三世紀の世界の夜は真の闇が支配していた。

 ぼんやりと朧な月明かりのみ。

 そこへ至近で喰らった不意打ちの光の暴力に、熊(?)は立ち上がって目を人間のように押さえる。

「やっぱしな」

 即座に股の間をくぐりながら、振り向くと魔獣が眼を、必死にごしごししていた。

 そのこげ茶色だった体毛が、ざぁ〜〜っと、あっという間に青く染まる。人間界に青い体毛の熊はいない。

 擬態。

 妙なほどに月明かりに映えて気持ちの悪い色だ。

 熊とは違うのだよ熊とは、と、言ったところだろうか。これは。

「っても」

 正体がわかったからといっても、とりあえず、九峪ができそうなことは一つしかない。

 次の策を考えるまでは、ひたすら逃げ回り機会を待――

「伏せてっ!!」

 つ、までもなかったみたいだ。

「ギャヒッ!!」

 予想の半分の十秒ほどで回復して、すでに九峪の背後に迫っていた魔獣は、突然の矢に胸を刺され悲鳴を上げる。

 二本。

 深く深く綺麗に胸板に突き刺さっていた。

 そしてそれを追いかけるように、

「!?」

 不意の声に従って伏せたのではなく、ただ足がもつれてスッコロんだだけの九峪の横を、二つの影が駆け抜ける。

 速い。

 迅い。

 疾い。

 まるで狩る者の動きで、ふたりは刹那で距離を詰めると、左右から、迷いなく淀みなく躊躇いなくで襲い掛かる。

「はっ!!」

 ふたりの声が一拍もずれずに重なった。

 事態についていけず、オロオロという音が聴こえそうな仕草をしていた魔獣の腕は、左右ともに斬り飛ばされる。

 いや。

 正確には右はまだ皮一枚で、ぷらんぷらんしても、くっついてはいるのだが、左は肩口から綺麗でグロい断面図。

 まあ。

 それは人間相手であったならば、どちらにせよ致命傷なので瑣末な差。

 だが。

 事にそれが魔獣となると大きな差だった。

 初撃の勢いもそのまま一気呵成に、連続攻撃に移ろうとしたふたりだったが、

「待てっ!? いくな上乃っ!!」

 左が自らも距離を取りながら鋭い声を掛けると、右も即座に反応してその場から一足飛びで離れる。

 なんで?

 と。

 九峪はうつ伏せのまま思ったりしたが、その理由は説明なしですぐにわかった。

「おいおい」

 くっついてる。

 ぴたっと。

 高価な花瓶を割っちゃったけど、合わせれば亀裂は見えないさ、接着剤を塗っとけば誰にもバレないさ。

 そのぐらいにぴたっと、魔獣の右腕はくっついてる。

「おいおい」

 しかし。

 もはや傍観者でしかなくなった九峪ですら、ぼやきたくなる問題はそっちじゃない。

 左腕。

「ピッコロ大魔王かおまえは」

 生えてる。

 ズリュズリュヌチャ、なんってな不快な音をさせながら、生まれたての腕が、ぬらぬら滑って生えている。

 裏技。

 反則。

 卑怯。

 魔獣の動きは九峪でも避けられたほどだから、魔獣としてはおそらくそれほど速くはない。

 だけど。

 こういうふざけてる能力があると、やはり迂闊には踏み込めないだろう。

 腕を犠牲にしてガブリ、という方法を取れれば、圧倒的に速度で勝るふたりを捉えるのも難しくはない。

 常識的。

 こういう場合は定番で王道でお約束通りであれば、大概が頭を潰すか首を斬り飛ばすかすれば解決のはずだ。

 ピッコロにだってそこまでの能力はきっとなかったろう。

 インスタントな存在は腕か精々は足まで。

 非常識。

 首を斬ったらそこから、にょっきりと胴体が、胴体からはひょっこりと首が、珍しい双子の熊の完成である。

 そこからさらに発展して四つ子、さらにさらに八つ子、さらにさらにさらにと、そうなるとこれはきりがない。

「ま、そりゃないか」

 自然界もそこまで不条理な生き物を創造しないと九峪は信じている。

 よく考えてみればそれだと、ごろごろわさわさと、世界が気味の悪い青い熊で満ちてしまうし。

「上乃」

「わかった」

 軽く目配せだけをするとふたりがまた、魔獣も言葉はわからないだろうに、打ち合わせもなしに動き始めた。

 そんなものなど必要ない。

 お互いの考えてることなどわかりきってる。――わかり合えてる。

 目配せだって合図というよりは、なんとなくで、そうすると緊張が解れるからしただけだ。

 それ以上の意味などない。

 それ以上の意味など必要としていない。

「…………」

 そんな風に九峪には感じられて『……ああ、いいなぁ、このふたり』場違いではあるが益々好感度が増した。

「はっ!!」

 そして再び襲い掛かる。

 ただし今度は。

 上乃と呼ばれた右の娘だけだ。

 左の娘は柄の長い剣を両手で持って、腰だめにして構えてるだけで動かない。

 その狙いは当然あの太い首なのだろう。

 そう思って見てみれば、上乃の攻撃は先ほどよりも、素人の九峪の眼にも軽く感じられる。

 役割は牽制。

 右ジャブをしつこく散らせての、一発逆転幻の左といったところか。

 魔獣の顔や眼、そして治癒はしてるとはいっても、切断面の敏感な辺りに、嫌らしく上乃は剣を走らせる。

 なんだかその表情はとても楽しそうだ。

「…………」

 この青い魔獣は本当に、以前遭遇した赤い魔獣と比べても、かなり頭が良いのだろう。

 すげぇ鬱陶しそうな人間臭い顔をしていた。

 その頭の良い魔獣からすれば、これは牽制でしかなく、でかい一撃がクルことも、チラチラと見ていることだし、

わかってはいるんだろうが、いまいち左の娘には集中し切れてない。

 さてさて、こうなってくると、段々とジリ貧になっていく。

 ならばどうするか。

「!?」

 魔獣が上乃の剣を受け止めたが大きく、そして、九峪の眼から見るとわざとらしく体勢を崩した。

 だがそれにも一切合切躊躇せずに、すかさずそこへ左の娘が飛び込む。

「ばっ!? ま、待てっ!!」

 その九峪の制止の声を嘲笑うようにして、魔獣がはっきりとわかりやすく、口をにやりといった感じに裂いた。

 ドンピシャ。

 崩れたはずの体勢から、足をしっかりと踏ん張って、渾身の一撃を左の娘に叩き込む。

 こんなの説明するまでもないが、完全に魔獣に攻撃を誘われたのだ。

 もういまさら左の娘の攻撃は止まらないし、もういまさら左の娘は爪を避けることもできない。

 先により速く当たった者勝ち。

 ただ魔獣はそれこそを待っていたわけで、より万全に迎え撃っている分だけ、左の娘より有利に思えた。

 そして九峪から見れば、さらに分が悪く見えたのは、左の娘は胴を薙ぎにいっている。

 首だって冗談みたいにぶっ太いのに、その胴回りなど、九峪を真ん中にして、三人が肩を組んでも幅が足りない。

 意図してはいないはずだが、運のないことに、ちょうど剣筋との間に、腕までしっかりと入ってる。

 分の悪い勝負だ。

 いや、もはやそれは賭けである。

 しかし。

 ここで九峪も魔獣も、ちょっとばかり考え違いをしていた。というよりも、完全に計算違いをしていた。

 そもそもが二対一ではなかったのである。

 最初に飛来した二本の矢。

 駆けて来たふたりの狩人。

 これで相手の数を都合よく勝手に決めてしまった。

「ギャゴッ!?」

 どこからかの闇の中から射られた矢が、魔獣の左眼にまたしても深く突き刺さる。

 一瞬その動きが止まった。

 それで十二分。

「イヤァアアアッ!!」

 腕をあっさりと斬り飛ばして、一瞬だけ胴の肉に喰い込んで止まった剣は、気合とともに振り抜かれる。

 噴火したような血飛沫。

 もう再生はいくらなんでもできない。

 青い魔獣の身体は、首ではなく、冗談にもならない太い胴体を、腕ごとまとめて真っ二つだった。

「……すげぇ」

 言葉がないとはこういうことなのだろう。

 いや、実際にはあったわけだが、考えての台詞では絶対にない。

 とにかく。

 これしか九峪の口からはでてこなかった。

「あ?」

 眼が合った。

 顔をしかめながら被った返り血を拭う左の娘と、被害を被ることなく、ほっとした顔をしてる上乃。

 ふたりと眼が合った。

「やっほぉ〜〜、大丈夫だった、九峪さん」

 言いつつ珍奇な動物でも見るように、好奇心一杯で九峪に手をわきわきする上乃。

 それとは対照的に、

「…………」

 無愛想どころか露骨に警戒感をその表情に示している左の娘。

「お、おお。平気、だぜ」

「そりゃ良かった良かった」

 と。

 そんな風に実にお気楽に答えたのは、上乃でもなければ、もちろん左の娘でもなかった。

「木霊する悲鳴を聞いたときには、これで今生の別れかと思ちゃったよ」

「…………」

 ゆっくりと心にある何かを、抑えるようにしながら首を元に戻せば、そこには、へらへらと暢気に笑ってる忌瀬。

 その隣りには弓矢を持った大人しそうな少年が立っている。

「……手」

「うん?」

「手を貸してくれねぇか」

「ああ、お安い御用さ」

 安心した所為か少し抜け気味の腰を庇いつつ、九峪は忌瀬に助けられながら立ち上がった。

「ありがとう。あのふたりも、おまえが連れて来てくれたんだろ?」

「やだなぁそんな水臭い。わたしと九峪の仲じゃないか」

「そうかい。そんじゃ歯を喰い縛れ」

「あん? ぁ痛ッ!? って、な、殴ったっ!? 女を結構な加減なしでグーで殴った。ごつんって音がした」

 涙目になって忌瀬は頭を押さえる。

 ちなみに。

 いくら相手が忌瀬であっても一応女性なので、九峪はちゃんとそこは加減はしていた。

「うるせぇい馬鹿っ!! そして――」

 振り返りこちらを見ているふたりの姿を再度確認。

 左の娘はじっと計るように九峪を見ている。

 その厳しい視線はお世辞にも、あまり好意的とはいえない。

 だが瞳の光は強いものの、奥には本人も気づかない弱さも秘めているようで、睨まれても悪い気はしなかった。

 黒目勝ちでとっても綺麗である。

 着ている服は粗末と言っていい野良着ではあるが、そんなものはまるで彼女の魅力の邪魔にはならない。

 やはりそれも警戒感の表れなのか、腕を組んではいるが、それが返って、その対象である九峪の眼を楽しませた。

 慎みのない胸がより盛り上がっており、男なら持っている心の眼に、深くて柔らかい谷間を想像させてしまう。

 腰もきゅっと細くて、毎度俗な例えではあるが、抱いたら折れてしまいそうだ。

 そこからにょっきりと生えている足も、嘘みたいに長くて、それを高い身長と長い髪の毛が際立たせてる。

 そして隣りの上乃もじっとこっちを見ていた。

 左の娘とは違ってにこにこと、心底楽しそうに九峪を見ている。

 覗いてくる瞳の光の色が、猫みたいにくるくると変わって、なんだかくすぐったさも感じて面白い。

 視線をすすっと下ろしていくと、奔放さでは上乃も、左の娘に負けてはいなかった。

 九峪の心眼は作動しっぱなしである。

 見比べるとふたりの身体というか雰囲気は、姉妹みたいでよく似ていた。

 全体的な身体の線がふたりとも、少女の部分を残しつつ大人の女性で、眺める九峪をひどく高揚させる。

「ナイスッ!! ナイスよ忌瀬ちゃ〜〜んっ!! おまえのそういうとこ好きっ!! 愛してるぜっ!!」

 九峪はぎゅっとぎゅっと強く強く、まだすりすりと頭を擦ってる忌瀬を抱きしめた。

「…………」

「…………」

「…………」

 それを三人がそれぞれの色んな想いで、色んな気持ちで眺めている。

 こうして。

「やっぱ山はいいよなぁ。そこになくても登っちゃうくらい良い。山にはガンガンと奥の奥まで分け入らなきゃな」

 九峪は新しい縁と出合った。