火魅子伝・奇縁良縁 第二十一話 優しいは易しくない (H:小説 M:九峪・亜衣・伊雅・清瑞・伊万里・上乃 J:シリアス?)
日時: 05/12 17:52
著者: 青色


 最悪の出会いと再会から五日。

 山はもう見えない。

 七人と割かし大所帯になった九峪たち一行は、街道沿いをひたすら南に向かって歩いていた。

 特に順番は決めていたわけではない。

 が。

 錦江湾。

 そこを目指す一同の隊列、と呼ぶほどには、仰々しいものではないが、歩く列は自然とこうなっていた。

 先頭を斥候役の清瑞。

 その少し後ろを道案内の亜衣。

 並んで伊雅と九峪。

 後ろに伊万里と上乃。

 最後に仁清である。

「…………」

 本当に決めたわけではないのだが、この順番はなかなかによくできていた。

 緩衝材。

 口であれ手であれ、派手な大立ち回りはしないだろうが、亜衣と伊万里(上乃)は離して置いた方がいいだろう。

 仲良き事は美しき哉。

 名言だ。

 しかし人間はそんな簡単には、なれる者もいるが、なかなか仲良くはなれない。

 時間という偉大な力の助けが必要だ。

 ましてやそれが、仲良くなりかけていた間柄ならば尚更だ。

 友愛の情。

 初めからのまっさらなままでそれを作るのと、壊れかけを持ち直すのとでは、果たしてどちらが難しいのだろう。

 おそらく。

 後者の方が中途半端な分だけ、また築くのはより困難なはずだ。

「やれやれだ」

 こうなった原因はどちらにあるのかは、誰であっても丸わかりなのだが、――なんとも面倒くさい奴である。

 極端から極端。

 応でなければ否であり、味方でなければ敵でしかない。

 それが亜衣の基本理念であり生き方だ。

 伊万里が火魅子候補であるからには、話にだけは聞く星華、彼女とは形として女王位を競り合う立場になる。

 亜衣にとって星華を火魅子にするのは、彼女の全てであり切に想う悲願みたいだ。

 最早信仰といってもいい。

 その盲目ぶりは恋する乙女もびっくりだ。

 まだまだ九峪は亜衣と、短い付き合いではあるし、浅い付き合いではあるが、それは似たもの同士でよくわかる。

 伊万里。

 耶麻台国の復興にとっては心強い味方だが、火魅子の座争奪戦には面白くない存在。

 立場上その考え方もわからなくもないのだが。

「やれやれだ」

 これだけでこれから先が、何ともかんとも思いやられる。

 まあ、とりあえず、伊万里はそれほど、他人に対して主張する方じゃないから、そうすぐには問題にはなるまい。

 もちろん。

 個人個人の付き合いとして、仲が悪くなるとかどうとかは、当たり前だが完全に別問題ではある。

 そっちについては九峪は口を挟むつもりはない。

 小学校の仲良し学級作りじゃあるまいし、多少の努力はあっていいが、無理して友だちになる必要はないだろう。

 そもそも私的な女同士の問題に、のこのこしゃしゃり出るほど、さすがに九峪も間が抜けてはいない。

 そんなことをしたところで、どうせ、薮蛇にしかならないに決まっているのだ。

 我関せず。

 この手の問題は寡黙な仁清くんを見習って、知らぬ存ぜぬを徹底的に決め込むに限る。

 男には自分の世界があるが、それは女にだってあるのだから。

「……ルパンルパ〜〜ン、っと」

 歩き歩かされ五日。

 先頭を仁清と違って優しさゼロで歩いている女と、その後ろにいる、眼鏡の奥の瞳をやたらと光らせる女が怖い。

 だから。

 ここまでなかなか言い出せなかったのだが、許容範囲はとうに超えて、限界値はぶんぶんと振り切れている。

 九峪は頭も身体も、いよいよ持って、相当にヤバく疲れていたりなんかした。

 キテる。

 かなりびんびんと、脳天から爪先までキテる。

 そりゃあもう恐怖という名の、本能に深く深く刷り込まれた、原初の感情を徹底的に壊滅的に無視できるくらい。

「ざけんじゃねぇ〜〜〜〜っ!!」

 キレた。

 雄雄しく魂の叫びをあげて、ごろりと、地面にそのままの勢いで豪快に大の字。

「頭の中で何度ドナドナがかかったと思ってんだっ!! 売られて行く子牛の気分でいつまでも歩けっかぁ!!」

 空は澄み切っていて素晴らしく素敵に青い。

 もう九峪はこのまま弁当でも広げて、女の子たちと和気藹々、それで今日一日を終了したかった。

 今風の若者。

 その根性のなさを甘く見るなと、亜衣なり清瑞には猛烈に言ってやりたい。――怖いから言わないけどさ。

「やれやれ、だな」

「こうなったら梃子でも動かないからね」

 共に里で一年を過ごしている伊万里と上乃は、九峪のこんな様子には飽きるほど慣れている。

 どころかこの速いペースでかなり頑張った方だ。

 それがわかっているだけに、困ったような顔はするが、呆れたり特に文句を言ったりはしなかった。

 ふたりの表情にはどこか、遠くなってしまった、懐かしいものを見ているような、そんな温かい雰囲気すらある。

 しかし、

「……貴様。ちんたらと歩っておきながら」

「何なら鞭でも打ってみるか九峪? そうすれば随分と気分が出て、お前でも黙々とごねずもせず歩けるだろうよ」

 乱破と眼鏡。

 これが初体験のふたりには、まるでまったく、凍えるような冷たい感情しか返っては来ない。

 代わりにふたりに返してくれたのは、

「そんな言い方ないでしょっ!!」

「すいません。今日はこの人、これでも頑張っている方なんです」

 噛みつく機会を窺っていたっぽい上乃と、台詞と口調は控えめだが、向ける目つきはそうじゃない伊万里。

「ときには厳しく言うことも必要です」

「問題は頑張って歩いているという、その経過ではなく、目的地に早く辿り着くという、結果ではないですか?」

 九峪という脆い壁があっさり消えて、危惧していた事態が早くも起こった。

 それも清瑞まで巻き込んで。

 しかも、きっかけは完全に九峪が作った形だったから、何とも皮肉でありこれは目も当てられない。

「早く辿り着くって言うけどさぁ、そんなに切羽詰まってるわけじゃないんでしょっ!!」

「事態はいつどう転ぶかわからない。今日と明日の時間が、同じ価値とは思わないことだ」

「それにしたって、今日倒れてしまったら、明日なんてものはないのでは?」

「首に縄でも掛ければいい。わたしで良かったら、喜びは微塵もありませんが引きますよ」

 間に挟まれて女が自分の為に言い争う。

「…………」

 すでに古典ではあるが、映画でもドラマでもアニメでも漫画でも、そして小説でも、廃れないありがちな展開。

 九峪だって男だからこのシチュエーションを、夢想したことがなかったわけじゃない。

「歩くのが大体速過ぎるんだよ。仁清だったら、もっと九峪を見るよっ!!」

「我々は優雅な旅をしているわけじゃないんですよ?」

「それにしたって、落伍者を出してまで、するような旅でもないはずだろ?」

「そもそも旅と呼べてしまうほどに、ここまで時間が掛かっている段階で、どうなのだろうとは愚考しますがね」

「…………」

 行き交う会話は思っていたより全然甘さが足りないが。

 まあ、それはいい。

 それはどうでもいいのだ。どうでも良くないのは、これが九峪が思い描いていたものより、

「もう放っておいたらどうですか? 死んだらそれまでです」

「甘く見ないでよっ!! 九峪の軟弱ぶりは半端ないんだからねっ!! 冗談抜きの本気で死んじゃうよっ!!」

「そういえば里に居たときも、空腹だというからどうしたのかと思えば、料理するのが面倒くさかったからとか」

「……度し難い駄目人間ですね」

 ずっとずっと恥を晒し身を削る割りに楽しくないことだった。

「とりあえずだ」

 青い空を巌のような厳つい顔が遮る。

 この元耶麻台国の副王という男を、九峪は決して嫌いではなかったが、確実に青い空に映える顔ではなかった。

「…………」

 失礼だとは思うが、さりげなく、女性陣を見て眼の保養。

「確か近くに村落があったな、亜衣」

「ええ」

 すっと差し出された手に仕方なく掴まって、ぐいっと強い力に引っ張られて仕方なく身体を起こす。

「歳の所為かな。今日は儂も些か疲れた。そこでしばしの休息を取るとしよう」

 伊雅がそう言ってしまえば、議論はそれまでで、結論は出たとばかり、もう誰であっても口にする異論はない。

 従うだけだった。

 まだ会って数日しか経ってないが、その統率力は、見せてるのは片鱗だけとはいえ、噂どおり大したものである。

 もっとも。

「清瑞。先に行って村人に話を通してきてくれ」

 その本当の力を見せてもらうのは、こんなオリエンテーリングではなく、戦場でこそ期待されてるわけだが。

「すまぬな」

「あん?」

 影をも踏ませぬというほどの、常識を疑うような速度で、あっという間もなく村へと駆けて行く清瑞。

 なんとなくその姿を眺めていた九峪に、伊雅が何故だか小さく詫びを入れる。

「あれでも歩く速度は加減していたのだが、あれは集団行動をすることが兎角苦手でな」

「いいさ。悪いのは、俺なんだし」

 見えなくなった清瑞の姿を《見る》限り、その台詞にはまるでまったくこれっぽっちも嘘がない。

「とりあえず、村までは頑張るかな」

 よっこらしょ。

 と。

 伊雅よりも余程若さに欠ける掛け声で立ち上がった九峪は、手を翳して見通しの良くない道の先を見る。

「どのくらいなんだい?」

 九峪は伊雅に訊いたつもりだった。

 でも答えが返ってきたのは、

「二里だ」

 腕を組んでいかにも面白くなさそうな、憮然としたぶっちょう面をしている亜衣からだった。

「そうなんだ」

「そうなんだ」

 言ってくるりと背を向けると亜衣は、また道をすたすたと、清瑞を追うようにして無言で歩き始める。

「…………」

 なんとなくだが九峪は、亜衣は初めから、その村で休息を取るつもりだったんじゃないかと、ふと考えたりした。

 人それぞれ。

 それが好意であれ悪意であれ、他人への感情の見せ方は千差万別。

 場合にもよるがなんでもかんでも、

「額面どおりに受け取っちゃいかんよなぁ」

 九峪はちょっとだけだが、本当にちょっとだけだが、反省なんかをしてみたりした。

 乱破と眼鏡。

 そんな風にして考えてみると、いや、果たしてこの考えが、合っているかの保証もないが、じんわりじんわりと、

「可愛いじゃん」

 ふたりをそう思えてきてしまった。

 ギャップ恐るべし。

「ああ、でも、ホントに足が、マジでパンパンだなぁ」

 下手に止まってしまったからかもしれない。

 こんなときだけ反応のいい足が、具体的に言うとふくらはぎが、調子に乗りまくりで暴動を起こしていた。

 ってか、いまにも攣りそうである。

 ズボンの上から見ただけでも、びくびくんと、筋肉が嫌な動き方をしているのがわかる。

「おんぶ、しましょうか?」

「わたしもしてあげるよ?」

「いや、いい。とっても嬉しいんだけど、ふたりの気持ちだけ受け取っておく」

 男が女に背負われてる姿は、やはり美しくはないだろう。

 ここで見栄が張れるくらいには、九峪もこの世界に召還されて一年以上、そこそこは知らずに鍛えられている。

 それに何故だか背に身体を預ける相手は、別にいるような気が、なんとなくではあるが九峪はした。

「仁清、……って、あれ? 仁清は?」

 こんなときこそカプセル怪獣仁清の出番だと、セブン九峪は振り返ったが、振り返っても奴はどこにもいない。

「うん? ああ、仁清ならもう先に行きましたよ」

「……逃げられたか」

 本当に要領のいい奴。

「う〜〜ん。これは仕方ねぇな」

 それこそ気持ち程度に揉み解して、びっこを引きながら、涙ちょちょ切れ状態でこれは歩くしかない。

 もっと身体を鍛えていけば良かったと、いまさらだが九峪は後悔する。

 でも、

「後で悔しがるから後悔」

 言って仕方なく一歩を踏み出そうとした身体が、

「!?」

 ふわりと刹那だけ浮いて無重力を楽しむと、鍛えられた筋肉によって、がっしりとした広い背中に収まった。

 汗は掻いてないがむわっと、男ではなく漢の臭いがする。

 だが加齢臭の疑いも捨てきれない。……まあ、心底どうでもいいことではあるのだが。

「明日も歩くからな」

「アニ、……じゃなくて、おっさん」

「伊雅様」

「わぉ!?」

 九峪だけではなく、伊万里も上乃も、伊雅のこの行動には驚いた。

 伝え聞いた数々の武勇伝。

 しかし。

 そんな人物とはとても思えないほどに、気さくな人物だとは感じていたが、正直ここまでしてくれるとは……。

「おいおい」

「…………」

「…………」

 驚いているのは一緒でも、おぶられてびっくりの九峪とでは、伊万里と上乃の驚愕は比べられなかった。

「そっとな。そっとゆっくり歩いてくれよ」

「本当に文句の多い奴だなぁ」

 速攻でこの展開を受け入れた九峪とでは、伊万里と上乃の驚愕は比べられなかった。

 この後すぐに。

 九峪は悠々と悪びれもせず、副王の背中に負ぶさって村に入場するという、ある意味での伝説と黒歴史を作る。

 快挙。

 でも態度が調子乗りの本領発揮で、どこかエラそうだったのが、やはりというか当然でマズかった。

「うむ。よきにはからえ。苦しゅうない苦しゅうない」

「……なら、苦しくしてやろうか」

「何も感じなくさせるという選択肢もあるな」

 この事実は乱破と眼鏡の力によって、耶麻台国のどの公式記録からも、完全無欠の徹底的に消されることになる。