火魅子伝・奇縁良縁 第二十三話 水面に咲く花 (H:小説 M:九峪・亜衣・紅玉・香蘭・衣緒 J:シリアス?)」(青色) |
- 日時: 05/19 04:04
- 著者: 青色
その道の人間の磨かれた勘というか、経験則というのは、やはり素人には計れない凄いものだ。
「きっちり二時間だな」
携帯を懐に仕舞いながら、九峪は殊更に、感心したみたいな呟きを洩らしつつ、大きく流麗な船体を仰ぎ見る。
こちらはこちらで、もちろん、あまりにも凄まじい。
鳳凰丸。
この最新鋭の船の快速もあって、大海原ではありえないほどの時間で、早々に九峪たちは合流を果たしていた。
まあ、そうはいっても、
「ホントに世の中ままならないもんだねぇ。こういう状況を絵に描いた餅っていうのかなぁ?」
乗艦をいますぐには、とても変えられそうにはない。
すっかりと船酔いの気持ち悪さを克服した九峪は、達観したようなような仕草で、ひょいっと大仰に肩を竦める。
真似するように鳳凰丸の甲板では、魏服を着た女の子が、にこにこ笑顔で、ひょいっと肩を竦めていた。
その少女の隣りでは、やはり魏服を着ている妙齢の女性が、さっきからちらちらと、さり気に視線を送っている。
「やっぱお前にじゃねぇの?」
「……わかっている。だから黙っていろ」
亜衣は視線を水面に向けたままで、そこで動いている物体に向けたままで、何やら神妙な顔で考え込んでいた。
そして。
視線を彼女にと送っているのは、何も魏服の女性だけではない。
さすがに復活している伊雅も、亜衣の妹である衣緒も、この集団の軍師であるだろう人物の動向を見つめている。
「…………」
「…………」
一方はその力量を測るかのように、一方は偽りなく心配するように、亜衣をただ黙ってじっと見つめていた。
そして。
「…………」
一際目立つ彼女もやはり、いらいらしたように亜衣を何度も何度も窺うが、一応ひたすらに黙って見つめている。
艶やかで煌びやかな白地に赤の巫女装束。
凄い凄いと今回は連発しているが、彼女は周りに対するアピール度が、とにもかくにも滅茶苦茶に過ぎて凄い。
ざっくりとその胸元は、これ見よがしに割れている。
柔らかそうなふくらみは、思わず天晴れと言いたくなるほどに、山は雄大に大きくて谷間はどこまでも深かった。
九峪的にはその我侭な育ちぶりは、物凄く文句なくで好みのおっぱいである。
いや、大きさだけを問題にするならば、にこにこしている魏服の少女の方が明らかに大きいのだ。
しかし、これはぱっと見だが、甘く匂い立つとでもいうのか、女性と少女では、身体のまろやかさが歴然である。
ぶっちゃけるとエロさのレベルが違っていた。
確かに少女のふくらみは、魏服を押し上げるほど大きいが、それがまだまだセックスアピールには繋がってない。
腰つきとかを見ても、将来の有望さは保証されているが、その体型は未完成の子供のものだったりした。
うん。
「…………」
その辺がまたくせものである。
じろじろと性的な視線を這わせるのは、罪悪感やら背徳感、その種の禁忌の感情を呼び起こしたりもするのだ。
女性は巫女さんなので、そこには感じないのかといえば感じるが、そこはそれで完全に別腹なのである。
御高くつんと澄ました長い黒髪の巫女さん。
あれをこうしてそうしてやりたいとか考えるだけで、萌えで燃えて燃えて萌え上がれってな、語呂も良い感じだ。
牡の征服欲をずどんとぶつけても、そのボディになら全然いい気がする。
けれども。
胸は成長してもそれだけで、身体の他のパーツ同様に、発育段階の少女にそういうことを致すというのは……。
「う〜〜ん」
それはそれでありかもしれんね。
なんてことをちらっとでも思ってしまった自分が、ちょっとだけ誇らしくも九峪は嫌いになった。
結論。
どんな方角でもどんなジャンルでも、来るもの拒まず、なんでもかんでもドンッと故意のかかって恋である。
ちなみにだが、
「どっちを選ぶかなんて俺にはできないぜ」
これを評した場合に世の中では優柔不断であるとは言わない。
しっかりと選んでいるから。
「それぞれがそれぞれに、異なる良さがあるんだから、やっぱし仲間外れとかはいかんよな」
だから、そう、一般にこういったのは、
「みんなで仲良くすりゃいいんだよ。うんうん。それで万事めでたしめでたしだぜ」
最低男というのだ。
「なあ? これで全てが丸く収まると思わないか、亜衣?」
「毎度のことだがどうもわたしには、……即断力がないのが欠点のようだな」
「あん? お前一体なに言ってんだよ?」
それはお前だ。
と。
いうのはとりあえず、話もいい加減に進まないので、強引にでも無理やりにでも隅っこにと置いておくとして。
「考えなくてもいいことまで、意味もなく考え込んでしまう」
策を練っていたと思われていた亜衣だが、どうやら脳内反省会を開催していただけらしい。
ため息を一つ吐いて顔を上げると、
「どうせ失敗をしたところで、大口叩いてくれた女が死ぬだけじゃないか」
軍師は怖いことをぼそっとさらっと言いやがった。
満面の素敵な笑顔で。
「紅玉さんとおしゃいましたね。よろしい。できるものならば是非ともやっていただきましょう」
「承知しました」
手にする扇で口元を隠しながら、紅玉と呼ばれた魏服のその女性は、これを妖艶というのだろう顔で微笑む。
ここにいる誰もが敵わない大人の女性である。
まあ、とはいっても。
「…………」
自己紹介を受けたときは、嘘だろ、えっ? ギャグ? とまで九峪は思ったもんだ。
にこにこ顔の魏服巨乳少女、香蘭とはこれでも親娘だという。
これでも。
亜衣の主君であり火魅子候補でもある星華の隣りに立つ、やはり火魅子候補である香蘭の実の母だという。
女性に年齢を尋ねるなどという行為は、九峪にはとてもじゃないができない。
それは野暮や無粋などを通り越して、もはや笑止千万の、失礼という以外のなにものでもないからだ。
だから、紅玉の本当の年齢は、九峪にはわかりようがない。
けれども娘である香蘭を見れば、その歳の差は、百歩譲ってみても十歳どころではさすがに利かないだろう。
それなのに。
「…………」
それなのにその女性は、他を圧するほど、周りにいる小娘どもなど相手にならぬほど、眩くほど美しかった。
可憐さと妖艶さがともに生きている魅惑の身体。
紅玉の肢体は年齢を重ねることが、決して醜い老いではなく、豊穣への熟成なのだとガキどもに教えてくれる。
見蕩れる効果音は間違いなくうっとり。
胸の大きさや肌の張りでこそ、若さという、期間限定の武器を持つ女たちに譲るが、それがハンデにもならない。
見た目だけではなく、中身のちゃんと詰まった、大人の女性の味があるというやつだった。
「それでは衣緒さん。早速ですがお願いいたしますね」
「はい」
声も母のように安心感を与え、娘のように保護欲をくすぐってくる。
この人を抱きしめられるのなら、人生を踏み外してもいいなぁと、九峪は半場以上本気で考えさせられた。
未亡人の魔力恐るべし。
「ああ、でもなぁ、ガキは相手にされないよなぁ」
などと。
九峪が本人的には本気で悩んでいる最中に、鳳凰丸の後方から衣緒が飛空艇で、空へ勢いよく飛び出した。
「お? 格好いいじゃん」
それとそういえば。
これは取ってつけたような感じで悪いが、衣緒のスポーツ少女みたいな筋肉質の身体もかなり好きである。
お尻からふくらはぎにかけてのラインが実にいい。
性格とはまるでまったくの真反対で、躍動感があって野性味に溢れている。
「ああいう娘が意外に乱れたりすんだよなぁ」
主人公としての品格を疑われるようなことを呟きながら、九峪はにやにやしながら一人で悦に入っていた。
すけべぇ顔。
喩え地位を剥奪されたとしても、これは文句なんぞ言えた義理じゃないだろう。
それとそういえば。
それとそういえばついでに明記しておくと、今回ここまで台詞のなかった人物には出番もない。
無理してはっちゃけた伊万里と上乃のみならず、清瑞にしても仁清しても、依然棺桶に片足を突っ込んだままだ。
いまのところ復活の気配はない。
ああそれから。
断じてこれは作者の力量によるご都合というわけではないです。
多分。
「……おお? おおっ!? なんだ? 花、びらか?」
見上げれば旋回する衣緒の飛空挺の軌道を追うようにして、ひらひらとはらはらと、花びらが儚くも舞っていた。
ぐるりと九峪たちの乗る小船を囲むようにして、一面が真っ赤な花びらで美しく囲まれる。
「ありがとうございます衣緒さん。そのくらいでもういいですよ」
ふわり。
衣緒に気軽に礼を言うとそんな軽やかさで、紅玉の身体は鳳凰丸の船縁を飛び越えて、水面へと舞い降りた。
花びらの上。
そのまま何でもないように自然な動作で立っている。
「!?」
香蘭を除いたこの超巧絶技の目撃者の、それは伊雅までをも含んだ者全員の、わかりやす過ぎる心象描写だった。
真っ赤な花びらに降り立つ美女を見て完全に真っ白である。
「……漫画みてぇ」
こんな漫画の世界でしかありえなかった異世界に飛ばされておいて、それなのに九峪の第一声はこれだった。
達人という言葉が嫌じゃないが、嫌でも頭の中に浮かび上がってくる。
さてさて。
ならばその達人の対戦相手はというと、それは待ってましたと、水面に浮かび上がってきた彼だ。
「ずおっ!?」
さっきから主人公は間抜けな叫び声ばっかり。
と。
それはそれとして、皆さんはシャチというあの生き物を、実際に自分の生の眼で見たことがあるだろうか?
図体の大きさはおよそではあるがあれくらい。
美味そうな獲物の匂いに惹かれたのか、水面をざばりと割って、花びらを巻き上げ、巨体を嬉しそうに躍らせた。
姿形は一応は魚である。
ただその表面を覆っているのは、堅い鱗などではなく、幼子のように柔らかそうな肌だった。
いたるところに青い血管が這っているのが、なんとも形容し難く、そして堪らなく醜悪でいて残酷なほどグロい。
「何度見てもキツいっす」
眼はない代わりに、牙をずらりと生やした口は、にやりと笑ってるかのようで、気味悪く異常なほどに深かった。
この世界で摂理がどうとかいうのはいまさら馬鹿らしい。
しかし。
少なくとも目の前のこの生物は、真っ当な生き物ではありえないだろ。
「やっぱこれってば?」
「魔獣だな」
「そうですか。やっぱりそうですか」
どうもこの魔獣という存在は、九洲ではそれほどには、具体的にはツチノコほど珍しいものではないらしい。
絶対の確実に気のせいではなく年がら年中で遭遇している。
こうなったら早く魔人というものにも、お目にかかってみたいものだと、九峪は思ったり思わなかったりした。
まあ、そうなったらそうなったで、どうせ後悔するに決まっているのだろうけど。
それについては後になってから、そんな余裕があればだけど、またゆっくりと考えるとしようか。
「……いったぞ」
いまはそれどころじゃないわけだし。
狂喜乱舞して魔獣は紅玉へと、涎を垂らさんばかりの大口を開けて、猛然とまっしぐらの一直線に襲い掛かる。
が。
「あぶな――!?」
見ればわかる危険を知らせようとした九峪を、可愛らしく首を傾げた紅玉が、妖しい微笑で流し見た気がした。
派手にどばん〜〜っと、大きな水飛沫が上がる。
だがそこはもちろん、下品な顎なんぞよりも一瞬早く、紅玉の身体は霞のように消えていた。
ほとんどそれは瞬間移動。
傍観者として遠くから見ているからこそ、それはなんとかかんとかで辛うじてわかる。
花びらから花びらへ。
まるでダンスのようにして、紅玉は優雅に軽やかに、魅了せずにはいられない、小粋なステップを踏んでいた。
「……Shall we ダンス?」
「はぁ?」
「すいませんでした。ごめんなさい。なんでもありません」
外野はお気楽極楽でなんとも気楽なもんである。
そんな間にも紅玉は、ふわりふんわりと、これが見切りというやつなのか、ほとんどミリ単位でかわしていく。
いや、それがセンチかミリかなんて、当然ではあるが九峪にはわかりはしない。
けれども常人には当たっているようにしか見えないのだから、それはもうミリ単位ということでもいいだろう。
とにかく魔獣の突進はちっとも当たらない。
前も後ろも右も左も上も下も、あらゆる方角もあらゆる距離も、すべからく達人には死角というものがなかった。
こうなってしまうと魔獣も、マタドールを引き立たせる、哀れな生贄の牛でしかない。
「チッ」
亜衣が忌々しげにそっぽを向いて舌打ちした。
そこそこはそこはやるだろうと思っていた紅玉だが、ここまでやるのは亜衣には些か計算外だったらしい。
軍師殿は相当にこの紅玉オンステージが面白くないらしかった。
全員の視線が吸い寄せられるように紅玉に、それも主君である星華までもが、例外なくで魅了されまくっている。
とうの亜衣にしたところで、引っぺがすのに、何だかかなりの苦労をしたみたいだった。
「くっそぅ。いくらなんでも目立ちすぎだろあの女」
「お前が頼んだんじゃんかよ。紅玉さんにやってくれってさ」
「あそこまで目立てとは言ってないぞ」
「んな無茶な」
誰にだってこれはわかってしまうだろう。
すでに勝負ありなのが。
九峪でも。
こんな会話ができるてしまうくらいに、もうこれは全然まったく、完璧で余裕で磐石の展開なのがわかる。
後はいつ決めるのか、いつ終わらせるのか、それを外野はただ待つだけだった。
その紅玉はちらっと鳳凰丸の甲板を見上げる。
「香蘭」
「はいね母様」
「これくらいで見取りはできましたか?」
「ばっちりあるよ」
どうやら勝負が長引いていたのは、目立ちたいからではなくて、娘へと見せるためのお手本だったかららしい。
「余裕だな」
「余裕だろ」
九峪と亜衣の会話にも、最早とっくに、緊張感なぞなくなっていた。
「悪いがそろそろ仕舞いにしてくれないか?」
不愉快なのを隠そうともしない苛立った亜衣の声。
紅玉はそれに薄く笑って応えると、手に持っていただけの扇を、ここにきて初めて大きく格好よく広げた。
心底から惚れ惚れとするほどに、この女性は最強最高にイカしている。
「承知しました」
と。
言った刹那である。
動きを止めた紅玉に水面から飛び上がり、襲い掛かるのとほぼ同時に、冗談みたいに笑える輪切りになっていた。
食欲をそそらない新鮮な刺身の出来上がりだった。
そして、
「ブラボ〜〜!!」
間髪入れずに九峪は叫ぶ。
拍手。
パチパチとそれはまるで小さな子供がするみたいな、力任せに両の手を叩くだけの下手くそな拍手。
だがそれがいい。
「母様っ!! 凄い凄い凄いのことっ!!」
それに触発され興奮したのか香蘭が、そんな九峪に倣ってすぐに続く。
その歓喜の拍手の輪が、見ている全員に伝染し広がって、割れんばかりのものになるのに、時間はいらなかった。
「…………」
むすっとした顔はしているし、非常におざなりではあるものの、亜衣までもが拍手をしている。
悔しいが認めないわけにはいかなかった。
紅玉の力を。
「……これはなんとも、……なかなかに照れるものですね」
とうの本人である紅玉はというと、印象付けようとは思っていたが、予想以上の盛り上がりに戸惑い困っていた。
しかし。
とりあえずしなければいけないことはわかっている。
「ありがとうございます」
慇懃に丁寧に優美に、最初に喝采を上げてくれた少年に、心からの礼をすることだった。
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