火魅子伝 出面炎戦記 第01話 「ここどこ?」 (H:小説 M:オリ J:シリアス)
日時: 05/16 18:55
著者: エレク   <endlesskey@hotmail.co.jp>

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目を開けると暗い部屋の中で見知らぬ大人たちに囲まれていました。

「なんでさ?」

そんな状況で俺がそう呟いてしまったのも仕方がないはずだ。

むしろパニックにならなかった自分を褒めてやりたい。

というかマジでここどこ?



とりあえず落ち着け俺、まわりにいる大人たちが
「天界人?」「いや、どう見ても人間だろ」「もしかしたら九州に舞い降りたのと同じ神の使い様かもしれないぞ」
とか意味不明なことを言いまくっているが、それも無視してこんな謎状況になるまで俺は一体何をしていたかを思い出すんだ。

確か俺は…そうだ、いい加減に家にこもって勉強するのに飽きてきたんだよな。
それで夏休みの最後を利用して島根県の農村に住んでいる祖父の家に行って自然に囲まれながら受験勉強しようとしたんだ。

そんでもって、祖父の家に行く途中に小さな神社を見つけて、どうせならお参りしていこうと中に入って、そしたら突然、周りが明るくなって……。

気が付けばこの状況って訳か。

思い出してみても訳がわからん。

周りにいる大人たちは相変らず訳わかんないことを喋っているし、何か家の作りとかが明らかに現代的じゃないし、
そもそも大人たちの中には顔に堂々と刺青を入れている人もいるし、なんかものすごくやばげなんですが……。

まさか北の拉致とかじゃないよな。

そんな洒落にならないことを考えてしまう。

「あの、失礼ですがここはどこですか?」

しかしこのままでは何も進展しないので、なけなしの勇気を振り絞って近くにいた人に声をかける。

だが、ここで声をかけられた人物は俺の全く想像していなかった行動に出た。

なんと驚いて飛び退いたかと思うと突然土下座をはじめたのだ。

しかも体が微妙に震えていて傍から見ても緊張しているのがわかる。

え〜と、なにこの状態?

何か気が付けば他の人たちまで頭を下げ始めているし。

いや、マジでどうしろと?

少なくとも拉致とかそういうことではなさそうだけど。

「いや急に頭を下げられても訳がわからないから。
ここがどこで、これはどういうことなのか誰か教えてくれない?」

仕方がないので、もう一度尋ねる

すると今度は大人たちの中から一人の男が顔を上げてここがどこでどういうことなのかを教えてくれた。

もっともその内容はありえないくらいにファンタジーで信じがいことだった上に、
話の流れから俺のことや俺がいた世界のことも話すことになってしまい大変驚かれることにもなったが。

ちなみに俺は天城 優、受験という名の戦争に巻き込まれまくっていた高校三年生(十八歳)だ。

男の話を整理すると、何でも『天界の扉を開く鍵となると噂されている神剣』を狗根国というこの地を支配している国から奪い取ったものの使い方解らず
(そもそも狗根国とやらも使い方が解らず放置しておいたからこそ彼らが奪い取ることができたようだが)、
方術をぶつけたり(ところで方術ってなんだ?)火の中に入れたりといろいろ試していたら突然周囲が輝きだし、気が付くと俺が大きな荷物をもって倒れていたらしい。
それで俺のことを天空人(だから天空人って何だよ?)とか神の使い(あり得ね〜)とかだと思って騒いでいたようだ。

ちなみにここは出面(このときは口で「いずも」と聞いただけだから漢字が違っているとは知らなかったが)で
十数年前までは出面国が支配していて現在は狗根国が支配しているらしい。
そんでもって彼らは出面国復興をめざす反狗根国抵抗組織の実働部隊(実働部隊以外にも出面の巫女達とかいう宗教勢力や乱破集団などもあるらしい)だそうだ。

いくらならんでも有り得んだろ、おい!

「え〜と、勘違いしているようで悪いんだけど俺は極々普通の平凡な人間ですよ。」

とりあえず最大の間違いは俺を天空人とか神の使いとかだと思っていることだろう。

そう考えてとりあえず自分は普通の人間であることを伝える。

というか、俺、単なる高校生ですよ。

国相手のレジスタンスなんてできる訳がないじゃないですか。

ちなみ、この状況がドッキリとかそういうことでないのは窓から外の景色を見た段階で理解した。

何しろ家の形が明らかに現代日本じゃないのだ。

どちらかと言うと弥生時代とかその頃の住居にちかい。

いやファンタジー系の小説はたまに読むけどさ。

まさか自分が異世界もしくは過去に行くことになるとは。

ああいうのは想像するのが楽しいのであって実際にファンタジー物の王道的展開になったら俺たぶん生きていけないよ。

現在進行形でそんな状況になりつつあるけど。

そんなことを考えながら俺の言ったことに対する反応を待つ。

「何を言われる、ただの人間がいきなり現れるはずがないではありませんか。」

うわ〜、俺が言ったことを全く信じてくれないわけね。

まあ、そりゃ神剣を弄くって突然人が現れたりしたら、そう思いたくなるのも無理はないけど、でも俺正真正銘唯の人間なんですよ。

「そう言われても、神社を歩いていたら突然辺りが光って気が付いたらここにいただけだしな。」

思わず呟く。

「それはきっと神が私たちに協力させるために貴方をつれてきたのでしょう。」

それに対して先程色々と説明してくれた男−この組織の頭で葎というらしい−が真面目顔でそう言うのだ。

おい!そう突っ込みたいのは何とか我慢したが……。

何が何でも俺を神の使いとか言うわけわからんものにするつもりですか。

「いや、それはおかしいから、俺のまわりには俺より優秀な人間がいっぱいいるし、神が連れてくるなら彼らにするはずだ。」

例えば全国模試で毎回十位以内に入っている学問と嫌味の天才とか、やたらと身体能力が高い化け物とか、喧嘩売ってきたやつを十人単位で社会的に抹殺した腹黒大王とか。

「そうですか、でも、きっと貴方がここに現れたことには意味があるはずです。それこそ神の導きといってもいいような。」

少し残念そうな顔をしつつ、それでもなお、俺と神を関連付けようとする葎。

ふと思う。この世界ってそれほどまでに神への信仰が強いのだろうか。

確かに卑弥呼(予言者)や初期の大和王朝(神々の子孫であると自称)みたいに
宗教関係者もしくはそれに類するものが国を取り仕切っている時代なら考えられないこともないが。

だとすると非常に厄介だ。

そういう時代では奇跡や理解不能なことはすべて神の行ないとされてしまう。

そして俺は突然彼らの前に現れるという本来ならありえない方法で出現してしまったようだ。

そうである以上、何を言っても俺は神の使いとされてしまう可能性が高い。

どうすべきかと悩んでいると何を勘違いしたか葎が「お疲れのようですし、とりあえず今日はこちらでお休みになられたらどうでしょう」と提案してきた。

とりあえず、この大人たちに囲まれる状況から逃れたかった俺はその提案を受け入れ、
漣という俺と同じぐらいの年齢で関西弁らしきものを喋る青年に寝室へと案内してもらうことにする。

あるいはこのとき俺がもっと長い時間ここに居れば歴史は違う流れになったのかもしれないが、そんなことをこのときの俺が知るはずもない。





「さて、皆はどう思う?」

優が退出し、しばらくした後、先程まで優と会話していた葎がこの組織を束ねる頭として皆に尋ねた。

何しろ、神剣を弄っていたら突然優が現れた訳で、碌に皆の意見を聞いていないのだ。

ちなみに今この里にいるのは抵抗組織の中で狗根国から神剣を強奪した実働部隊の者たちだけであり、
ここに居ない出面の巫女達やその他の実働部隊には明日、日が昇ってから伝令を走らせ意見を聞くことになっている。

「どう思うっていわれてもな、神の使い様じゃないのかい。
そうでもなければあんな現れ方はしないと思うが。」

それに対して別の男が口を開く。

声にこそ出さないが、他のものたちも皆そう思っているようだった。

いきなり、光と共に現れたのだから当然といえば当然だろう。

「だが、本人は否定していたぞ、使わされるのならもっと適当な人物がいたと言ってな。
それに平和な世界にいたから抵抗運動などできないとも。」

「だがな、葎。
九洲に神の使い様が降りて、耶麻台国、いや耶麻台共和国だったか、それを再興してから一月も経たないうちに現れたんだ。
関係があると考えるのが普通だろう。

それに平和な世界というが、それは神がいたからこそ平和な世界であったのではないか
そう考えればその世界からあの方が使わされてきたのも納得がいく。」

そう言われると葎も反論できない

その考えは葎のなかにもあったからだ

「まぁ、とりあえず明日もう一度聞いてみよう、もしかしたら何かわかるかもしれないし、
運がよければ俺たちに協力してくれるかもしれないからな。」

願望も込めて葎がそう言ったことで話し合いは終息し、大人たちはそれぞれの家へと帰っていった。

その中の一人が静かに村から出て行ったことに気付かないまま。








大人たちがそんな会話をしている頃、俺は漣に案内された部屋で、生き物というには奇妙すぎる物体と無言で対峙していた。

とりあえず自分の頬を抓る。

うん、痛い。

どうやら夢じゃなさそうだ。

再び謎な物体を見る。

真っ白な色をした丸い顔に漫画っぽい大きな目(しかも真紅)がついており、その下に鼻らしきものと口がついている。

そして何より謎なのが、胴体がなく手と思われる丸い物体と足と思われる楕円形の物体が顔に直接ついていることであり、
でっかい耳(だと思われるがもしかすると羽かもしれない)が頭の上から横に伸びていてパタパタと
まるでそれによって浮力を維持しているかのごとく動いていることである。

マジですか、マジでこの世界はファンタジー満載の世界なんですか。

そう心の中で絶叫を上げてしまうほどありえない物体だ。

まだドラゴンとかの方が、蜥蜴が進化したなどとして信じられる。

しばらく無言で見詰め合っていると痺れを切らしたのかその謎な物体が抗議してきた。

「もう、せっかく出てきたのにその態度はないんじゃない?
もっと驚くとか、私に問い詰めるとかそういう反応があってもいいでしょう。」

「え、いやその、日本語喋れたんだ。」

謎の物体がいきなり喋りだしたことに驚いて、我ながら意味不明なことを言う。

というか、色々なことが起こりすぎて流石に脳の処理が限界です。

このまま行くとマジで脳がオーバーヒートするかも。

「当然でしょ。私は世界を開き閉じる剣である矩叉薙(クサナギ)の剣の精よ。舐めないでくれる。」

威厳のある声で宣言する。

もっとも可愛らしいというか変な外見のせいで威厳も何もあったものではなく、単に偉ぶっているように見えるだけだが。

ただそんな中で気になる言葉があった。

「草薙の剣の精?」

もしそうならすごいものと話していることとなる。

何しろ草薙の剣は源平合戦の最後に海に消えた三種の神器の一つなのだから。

「たぶん貴方が考えている『クサナギ』とは違うわよ、まあ同じ存在ではあるのだろうけど。」

「どういうことだ?」

「私の『クサナギ』は漢字で書くと矩・叉・薙、意味としては
(2つの≪叉≫)(世界の)法則≪矩≫(を)交わらせ≪叉≫(邪魔なものを)切り払う≪薙≫
といったところかしらね。ナギにはそれ以外に蛇の意味も込められているけど。」

自称矩叉薙の剣の精が地面に書きつつ説明をはじめる。

「簡単に言えば二つの世界を繋いでその間を移動するのに邪魔になるものを取っ払うってことよ。
どこの世界と繋がるかは完全にランダムだし、繋いでいられるのは一瞬だけどね。
そのうえ一度使うと十年ぐらい回復期間が必要なのよね〜。
しかもあのババァのせいで天界の扉の鍵になるなんて噂されるし、そんなことができたら苦労しないわよって感じ。」

なんてことないように矩叉薙の剣の精がのたまった。

「ちょっとまて、てことは俺をここに連れてきたのはまさか…。」

「ちょっと違うわね、あくまで私はこの世界と貴方の世界を繋げただけよ。
貴方がこちらに来たのはそのとき繋がった場所にたまたま貴方がいただけの偶然。」

まるで自分は無関係であると言わんばかりに話す自称矩叉薙の剣の精。

「もっとたちが悪いじゃねえか、元の世界には帰れるんだろうな。」

なんとなくファンタジー物の王道的展開として答えが判ってしまう、判ってしまうが僅かな望みをかけて尋ねる。

「不可能とは言わないけど、限りなくそれに近いわよ。さっきも言ったとおり私が繋げられる世界は完全にランダムだもの。
無限にある世界の、無限にある時間の中で貴方のいた世界の貴方が消えた時間に繋がる確立なんてほとんどゼロだってことぐらいわかるでしょ。
それにさっき繋げたばっかりだからあと十年は待たないと他の世界とつなぐことはできないし、諦めたら?」

普通に言われても怒りが湧いてくるような内容なのに、偉ぶった言い方をするものだから余計それに拍車がかかる。

「お前だけ海の底に沈んだ理由がわかった気がする。
ものすごい勢いでお前に対して殺意が芽生えているんだけど。」

今ならコイツを海に捨てた平家に惜しみない賞賛をおくれる。

本気でそう思った。

「私だって貴方には悪かったと思っているのよ
ここの人達ったら、いきなり本体に方術をぶつけるわ、火の中に突っ込むわ、思いっきり叩くわ、
いい加減我慢の限界だったから異世界と繋いで驚かしてやろうとしたんだけど、そのときにあなたのことを巻き込んでしまったのだから。
だから滅多に外に出ることがない私がこの世界のことを何も知らないあなたのためにわざわざ出てきてあげたの。」

感謝しなさい、とやたらと偉ぶる自称矩叉薙の剣の精。

もちろんそんな事言われても俺としてはさらに怒りが沸々と湧いてくるだけである。

感謝などするわけが無い。

「つまりアレか、俺はあの人たちの矩叉薙の剣に対する行いを止めるためだけにこちらに来させられたと。」

渾身の怒りを籠めてそう確認する。

「まぁ、原因と結果だけ言えばそうなるわね。」

さすがに俺の様子にやばいと感じたのか微妙に後ろに引きつつ、しかし更に怒りを助長させるようなことをのたまう自称矩叉薙の剣の精。

「本気でお前を殺したくなってきたなぁ。
何かもう、草薙の剣とかに対する幻想が一気に壊れた気がする。
明日、朝一番で矩叉薙の剣をあの人たちに壊してもらおう。
うんそれがいい。」

そうすれば、この世界に偶然来させられて、しかも帰ることができないとかいう理不尽な状況に対する怒りも少しは収まるだろう

そう考え、今までで一番輝いているんじゃないかという笑顔をしつつ、コイツが言うところの矩叉薙の剣を壊してもらうことを決定する

どうやって壊してもらおうか?

神器ってくらいだから簡単には壊れてくれないだろうし…。

いっその事、俺の世界の草薙の剣みたいに海の底に消えてもらおうか。

いや、それだと海流の流れによってはどこかの浜とかに打ち上げられる可能性があるな。

ここは、完全に俺の目の前で壊してもらいたいところだ。

う〜ん、何かいい方法はないものか。

暗い笑いを顔に浮かべつつそんなことを考えていると、自称矩叉薙の精が慌てたように騒ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。
そんなことしたらあなたはあの人たちに勝手に神の使いとやらにされてしまうのよ。
私なら、それを否定してあげられるのにそんなことしていいの。」

その声に空想の世界(ちなみにその世界では矩叉薙の剣が粉々に砕け散ったり、この自称矩叉薙の剣の精が潰されたりしていた)
から呼び戻された俺は現在の俺が抱えている二番目に最悪な出来事を言い当てられ、かなりのダメージを受ける。

「ぐ………、そうだった。」

天城優、一生の不覚とばかりよろめく俺。

それに気を良くしたのか、また前のような無駄に偉ぶった態度に戻る自称矩叉薙の剣の精。

「でしょう、私の安全を保障してくれるっていうのなら、あなたが神の使いであるということを否定してあげてもいいわよ。
何しろ私は精霊だもんね。この三世紀じゃ天空人と同じぐらい敬われているし。」

ムカつく。

マジでムカつく。

何よりムカつくのが、二番目に最悪な出来事を解決するためには、一番目に最悪な出来事を認めなければならないというその事実である。

これで神の使いになれば元の世界に帰れるとかだったらまた違ったんだろうが、現実はその真逆なのである。

元の世界に帰れないからこの世界で神の使いにならないようにしなければならない。

まさしく、ふ・ざ・け・る・な(怖挫袈流無でも可)といった感じである。

理性はどうせ帰れないのなら彼女に協力してもらうべきだと主張するが、
感情は怒りに支配されたまま俺のような悲劇を二度と起さないよう彼女を破壊すべきだと主張する。

「もういい、寝る」

全てのことが脳の処理速度を超え、結局、理性と感情に挟まれた俺に出来たことは現実逃避しつつ不貞寝することであった。

「え、ちょっと、ここは
『そうだね、僕がこの世界に来てしまったのは事故だもの、今までのことは忘れてこれからのことを考えよう』
とか言って私に協力を頼むところじゃないの?」

寝る直前に変な声が聞こえてきた気もするがたぶん疲れが感じさせた幻聴だろう。

仮にも神器の精霊ともあろう者がそんな戯言をほざくなどありえないだろうし。

やはり疲れていたのだろう。俺は寝慣れない藁のベッドであるにも関わらず簡単に眠りへと落ちることができた。

目が覚めたら元の世界であることを祈りつつ。







「はぁ〜、全く、せっかくこの私が出てきてあげたというのに、寝ちゃうなんて失礼にも程があるわよ。」

完全に寝入ってしまった優を見て矩叉薙の剣の精が呟く。

(でも、確かに彼には悪いことをしたわね。
荷物を見る限りかなり文明が発達した世界にいたようだし。
突然、こんな世界に来させられて怒るのも無理はないか。)

無駄に偉ぶったような口調のせいで優はそう思わなかったようだが、矩叉薙の剣の精とて彼を連れて来てしまったことは悪かったと思っているのである。

まぁ、外の世界に出たのが数百年ぶりだったので柄にもなくはしゃいでいたということもあるかも知れないが。

(さて、どうしましょうね。
彼を起こすのは簡単なんだけど、起こしてもまた怒るだけだろうし、
下手すると、ほんとに本体を壊されかねないのよね。)

「とりあえず、こちらに連れてきてしまったお詫びにここの人たちの誤解を解いてあげるとしますか。」

気を取り直すようにそう言い、矩叉薙の剣の精は部屋の外へと向かって行った。







自室で異世界から来た青年のことを考えていた葎は飛び上がらんばかりに驚いた。

何しろ目を開けたら、目の前で白い物体がふわふわと浮んでいたのだから。

冗談抜きで心臓が止まるかとおもったほどだ。

しかも、その謎の物体が開口一番に言った言葉が、

「貴方たちが神の使いだと思っている人のことで話があるから皆を集めてくれない?」

である。

訳が解らなかった

そして、戸惑っている葎に対して一言。

「私は貴方たちが散々弄繰り回してくれた矩叉薙の剣に宿る精霊よ」

葎は咄嗟に頭を下げて平伏する

『矩叉薙の剣』

それは姫神子によって封印され、今となっては伝説上の存在とされていた天空人の遺産にして、高い格を持つ耶麻台国の神器。

『姫神子にその力を恐れられて封印された』とまで言われる存在である。

かつて出面国の軍人であり、現在でもその心を忘れていなかった葎にとって、それは敬意の対象であり、そしてある種の畏怖の対象ですらあった。

相変らず訳が解らなかったが、耶麻台国と深い繋がりを持つ出面の武人として矩叉薙の剣の精の言うことを聞かないわけにはいかない。

葎はすぐさま先程帰っていった者たちを呼び戻すための伝令を走らせた。

「それで、矩叉薙の剣の精霊様が一体どのようなご用件でお越しになられたのでしょうか?」

皆が集まるのには時間がかかる。

それまでの間、とりあえず自分だけでも話を聞いていたほうが良いだろう。

そう判断して尋ねた。

「そうね、簡単に言うと、異世界から来てしまったあの青年、天城優は神の使いではないわ。」

「ど、どういうことでしょうか?」

葎自身、絶対に彼が神の使いであると信じていた訳ではないが、はっきりと違うと言われるとやはり動揺してしまう。

「彼がこっちの世界に来たのは事故なのよ。」

「事故?でございますか。」

「そう事故、貴方たち私の本体に方術をぶつけたり、思いっきり叩いたりしたでしょ。」

「そ、それは……。」

神器の精に睨まれながらそう言われては、葎としては何も言えない。

確かに、もしあの剣が矩叉薙の剣だと知っていたらあんな暴挙はせず、もっと丁寧に扱っただろう。

噂だけを頼りにして、正体を確かめようとしなかった葎たちの完全な落ち度である。

「まぁ、今となってはそれはどうでもいいんだけど。」

その言葉にあからさまにホッとした表情をする葎。

伝説が伝説であるだけによっぽど何か仕返しされることが怖かったのだろう。

「その貴方たちの行いを止めるために、異世界との扉を開いたのよ。
いい加減、我慢の限界だったし、ずっと眠っていた影響のせいか、すぐには外に出られそうになかったから。

そのときに異世界にいた彼を巻き込んでしまったというわけ。

だから彼は異世界の人間であっても神の使いではないわ。」

再び矩叉薙の精が断言する。

流石に二度目の今度は動揺するようなことはない。

そしてそれを聞いた葎には聞いておきたいことがあった。

「貴方様はあの異世界の青年のことをどう思われますか。」

少なくとも先程話した限りにおいてはあの青年はかなりの知性を持っているように感じられたのだ。

自分の世界のことを客観的にわかりやすく説明してくれたこともそうだし、こちらの言ったこともすぐに理解し逆に鋭い質問で聞き返してくることさえあったのだから。

しかもあの『姫神子にその力を恐れられて封印された』とされる矩叉薙の剣が彼のためにわざわざ話に来たのである。

相当の大物ではないか、そう葎には思われたのだ。

「まぁ、悪くはないと思うわよ。
高い文明を築いている世界から来たみたいだし、この世界の人たちよりは高い水準の知識も持っているようだしね。」

矩叉薙の剣の精の返答に自分の考えが間違っていないことを確信する。

そこで葎は単刀直入にこの精霊に聞いてみることにした。

「では、彼は我々に協力してくれるでしょうか。」

もし、そんな人物が協力してくれれば例え神の使いでなくとも狗根国に勝てるかもしれない。

そんな願望を込めての質問である。

「それは微妙なところね。何か切っ掛けでもあれば別だけど、そうじゃなければ難しいんじゃないかなぁ。
彼はたぶん抵抗組織がどういうものなのか知識として知っているから、協力したいとは思わないような気がするわ。」

葎にはその言葉の意味がわからなかった

どうして知識として知っているから協力したいと思わなくなるのだ?

「それはどういうことでしょうか。」

「ある程度まで、文明が進むと大抵の場合において戦争は悪もしくは必要悪として考えられるようになるのよ。
あまり殺し合いをする必要がなくなるからね。
例えば天空人とかも、魔人が攻めてきたときとかそうする必要があるときは戦うけど、それ以外の時は戦いを避けようとするでしょ。
それと同じことよ。
さっきの貴方たちとの会話を見る限り、たぶん彼は戦争や争いを悪、極力関わりたくないことと考えているわよ。
その上で国に対する抵抗運動が、一種の戦争、悪であると知識として知っている。
だから、たとえ自らが悪になっても協力してもいいって彼が思うような切っ掛けでもない限り難しいんじゃないかな。」

矩叉薙の精が言葉を選びつつ説明する

根底にあるのが価値観の相違だけあって説明しづらいのだ

「なぜ狗根国から出面を解放することが悪になるのです!」

案の定、それを聞いた葎は怒りを滲ませて言う。

いかに神器の精といえども、今までの十数年の行いを悪と言われては武人として黙っているわけにはいかなかった。

「それはあくまで、貴方たちから見た場合でしょうに。
出面解放のための戦いが起これば多くの人が傷つく、確実にね。
解る?彼らにとってみれば出面を解放することが悪じゃなくて、そのために戦いが起こって多くの人が傷つくことが悪なの。
ある意味においてこの時代の武人とは対極的な思想よね。
そういう価値観を持つことで無益な戦いを起こさないようにしているのよ。」

「しかし、そのようなこと言ったら狗根国など悪の権化ではありませんか。
それに抵抗して何がいけないのです。」

狗根国はここ数十年戦争を行ない続け、多くの人間を傷つけているのだ。

戦うことが悪だと言うのなら彼らはどうなるとばかり叫ぶ。

「そうね、確かにその価値観で言えば狗根国は悪の権化ということになるわ。
でもね、悪を倒すために自ら悪になる人っていうのは少ないのよ。

例え話をしましょう。

100人が住む村で病気が流行りだし、既に30人ほどが病気に罹ったわ。
このままでは村人全員が病気に罹ってしまう。
病気を治す手立ては無く、残りの村人を救おうとしたら病気が完治して生き残る可能性もある病人たちを殺さなければならない。

貴方なら残り七十人を救うために、生き残る可能性のある三十人を殺せますか。

どう? 

病気という悪を倒すために、生き残る可能性のある30人を自らが殺すという悪を犯さなければならない。

この決断ができる人がどれだけいると思う?

つまりはそういうことなのよ。

狗根国という悪を倒すためには、仲間や敵、更に無関係な人間を巻き込み殺すという悪を犯さなければならない。

彼らはそういう価値観の元で育っているのよ。

だから協力して欲しいのなら、自らが悪になってもいいと思うような切っ掛けがないといけない。

わかったかしら?」

場に沈黙が流れる。

葎にとってやはり狗根国と戦うことが悪であるということは理解しがたかった。

しかし、あの異世界の者が自らと違う価値観で動いているのはなんとなく解った。

そして、彼に協力してもらうにはこの精霊が言うように何か切っ掛けが必要だということも。

「その切っ掛けを作ることはできるでしょうか?」

「そこまでは解らないし、解ったとしても言うつもりはないわ。
私は彼をこの世界に連れてきてしまったお詫びに誤解を解いてあげようとしただけだもの。
後は、貴方たちが判断すべきことでしょ。」

再び沈黙が流れる中、その沈黙を破ったのは葎でも、矩叉薙の剣の精でもなく第三者の足音だった。

「葎、大変だ、皆が集まったはいいが、盛衛がいねぇ。
念のため村の中を探し回ったんだがどこにも。」

息を切らせながら走りこんできた男が葎に伝えた。

ふわふわと漂っている矩叉薙の剣の精に気が付かないほど焦っているようである。

「なんだと、おい、まさか…。」

ある可能性を考え愕然とした表情をつくる葎。

「判らん、たまたま小便をしに外に行ったきり道に迷った可能性もあるが。」

そうは言うものの、男も葎もその可能性をほとんど考えていない。

神の使いが現れた(たった今、違うと判ったが)直後に、消えた人物。

導き出される答えは一つしかなかった。

「あの野郎、狗根国と内通してやがったか。」




火魅子伝 出面炎戦記 第二話 「敵襲&撤退」へ進む
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こんにちは、エレクです。

天城優、三世紀の出面に来る&矩叉薙の剣の精登場の『火魅子伝 出面炎戦記 第一話「ここどこ?」』はどうだったでしょうか。
(はたして火魅子候補や久峪のまったく出て来ないこの話のタイトルに火魅子伝とつけていいのかどうかは果てしなく疑問ですが)


はい、自分でも矩・叉・薙の説明は無理がありすぎたと反省しています。

普通に訳したら、基準≪矩≫(を)2つ≪叉≫薙ぐ≪薙≫ですからね。

≪矩≫に『法則』、≪叉≫に『二つのものを交わらせる』、≪薙≫に『切り払う』という意味があるのは事実ですが、
どう考えても、(2つの≪叉≫)(世界の)法則≪矩≫(を)交わらせ≪叉≫(邪魔なものを)切り払う≪薙≫というのは無理があります。

しかも≪矩≫は広辞苑には法則という意味が載っているのに、漢字源にはそれが載っていないのでかなり微妙ですし。


そう解ってはいても、これ以外に世界を移動できることを示唆するような漢字が当てはまる有名な神器が思いつかなかったんです。

何方かがこれよりもぴったりな漢字と神器の組み合わせを見つけてくださったら、全面的に変換するということでご容赦ください。

ちなみに広辞苑によれば本当の草薙剣の原意は作中でもあるように蛇の剣というのが現在では通説らしいです。

何でもクサは臭、ナギは蛇の意だとか。


あと、主人公の設定がわざわざ現役受験生となっている理由は久峪と同じ高校生にしたかったというのもありますがそれよりも
私の持っている物理及び化学に関する資料(特に化学)で最も普遍的に内容が載っているのが高校の時使った受験参考書だったからという理由が大きいです。

大学のだと特定の分野のみ細かくなりすぎて、たぶん三世紀に持って行ってもあまり応用ができないか、
もしくは膨大な量を持っていくことが必要になりそうだったもので。

要するにやっぱり未来から過去に行く以上、何か過去に無いものを作り出して、
現地人を驚かせてみたいという俺の願望が歪んだ形で現れただけです。


続きが読みたい人は感想・批評をお願いします
そういったものがあったほうがやる気がでるので、投稿するのが早くなりますから……たぶん。
感想掲示板へ→http://spk.s22.xrea.com/bbs/cbbs.cgi?no=1

それと、これからは最後にその話の中で新しく登場したオリキャラの簡単な紹介を載せておこうと思います。





登場人物紹介


天城 優

この話の主人公。

漫画や小説を読むことが大好きな極々平凡な高校生だったが、矩叉薙の剣の精が世界を繋いだときにそれに巻き込まれてしまう。

やがて見知らぬ人がどうなろうとかまわないというやや冷酷な一面も見せるようになるが、基本的には優しい。

反狗根国組織、出面・吉尾解放戦線のリーダーとなり狗根国相手に、さまざまな攻撃や謀略を仕掛けることとなる。

なお、個人的には直接攻撃を仕掛けて敵を倒すよりも、計略によって敵を内部から崩壊させるほうが好きなようだ。

その為、乱破の瀬古とはよく話が合うようである。

あの山都攻撃さえも敵の内部分裂を促進させるための布石としている。






矩叉薙の剣およびその精霊(通称:矩叉)

旧耶麻台国の神器(といってもずっと封印されていただけだが)で十年に一回、自らがいる世界と他の世界をランダムで一瞬だけつなぐことができる。
元々は異世界を調べようとした天空人が調査用に作り出した物のようだ。

耶麻台国が建国されて暫くした後、ある事故を惹き起こして姫神子に封印され、その後葎たち反狗根国組織に方術をぶつけられたり、
火に入れられたりとさまざまなことをされて目を覚ますまで、眠り続ける。
(なぜか封印されていた間の世界情勢のことなども知っている。本人曰く「記憶することと知覚することは別」ということらしい。)

『姫神子にその力を恐れられて封印された』『天界の扉を開けるための鍵である』等、
長い間封印されて伝説化していたため噂だけは立派だが実際にはそんなことはなく普段はただ綺麗なだけの剣である。

ただ、後に三種の神器の一つとなるだけあって基本的な性能は天魔鏡などの神器よりも高く、自分だけでも本体を移動させることが可能。

独特の喋り方をするために非常に偉ぶった印象を聞き手に対して与えることが多い。






関西弁らしきものを話す明るい青年。

幼いころに葎に預けられてから(両親のことを葎は語ろうとはしなかった)政治・軍事・経済などを狗根国に対する抵抗活動の合間に学び
様々な分野でその才能を発揮させる。

優が出面・吉尾解放戦線を結成してからは彼の右腕的存在となった。






旧出面国の武人。王家からの信頼も厚かった。

また耶麻台共和国の伊雅とは旧知の仲であり、伊雅が火魅子候補を探すために全国を旅していた時にも彼と会っている。

かつての戦争で彼が指揮する出面国第三軍は狗根国相手に獅子奮迅の活躍を遂げ、半年と持たないといわれた出面を四年間持ちこたえさせた。

現在は出面を中心とした狗根国の支配に抵抗する組織の頭を務めている。



火魅子伝 出面炎戦記 第二話 「敵襲&撤退」へ進む
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