火魅子伝 出面炎戦記 第02話 「敵襲&撤退」 (H:小説 M:オリ J:シリアス)
日時: 05/16 19:08
著者: エレク   <endlesskey@hotmail.co.jp>

火魅子伝 出面炎戦記 第一話 「ここどこ?」へ戻る
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ゴーン、ゴーン、ゴーン。

突然、静かな朝の村に鐘の音が響き渡る。

そしてしばらく後に聞こえてきた。

「狗根国兵が町から出撃した、後二刻(四時間)程でこちらに来るぞ。」

という叫び声。

この里が反狗根国組織の拠点の一つであるということを考えれば、何が起こったのか。

その答えは一つしかなかった。

「マジかよ。」

寝床から身を起しつつ呟く。

いくらなんでも異世界に来て次の日に敵襲はお約束が過ぎる。

せめてあのうたわれた仮面の人みたいに来て暫くの間ぐらいは平穏であってもいいだろうに。

そうこの状況を毒づかずにはいられない。

身を起こし、さてどうするべきかと迷っているとそこへ漣が走りこんできた。

後ろには昨日の自称矩叉薙の剣の精もいる。

「天城様、無事やったか。」

息を切らしながら漣が言う。

その様子からやはり事態が切迫していることがうかがえる。

「狗根国が攻めてきたのか?」

「ああ、そうや、町に潜り込ませておった者が狗根国兵士約千名が出てくるのを確認しおった。やはり内通者がおったんや。」

最悪だ。

つまり狗根国は………。

「俺が目的ってことか。」

「それ以外考えられないでしょうね。」

俺の最悪の想像を矩叉薙の剣の精が肯定した。

「だが、俺は神の使いとやらじゃないぞ。」

「貴方がどう考えとるかっちゅうことは関係あらへん。
確かにこの里の者はあの後、そこの神器の精様にどうして貴方があそこに現れたんか説明してもらっておる。
せやけど、それでも貴方のことを信じとる者も大勢いるんや。
それに盛衛がいないのに気が付いたのは神器の精様が話があるっちゅうもんでもう一度皆に集まってもらった時や。
せやから盛衛が狗根国に密告したんやとしたら狗根国は貴方が神の使いやと思っとる。」

俺の言葉に漣が反論する。

それにしても異世界に来てすぐに軍隊を差し向けられるほどのお尋ね者になるとは。

ファンタジー物の王道といえば王道だが自分が体験する分には最悪である。

矩叉薙の剣の精が俺のことを説明してくれたということに驚く余裕もなかった。

しかもこれでは俺が来たせいでここが攻められることになったに等しい。

そう漣に言うと、しかし彼は苦笑しながらそれを否定した。

「まぁ、気にすんなや。
内通しとるものがおった以上、どうせ近いうちにこの部隊は壊滅しておった。
それが少しばかり早まっただけやさかい。」

それを聞いてふと気付く。漣がここの部隊が壊滅することを前提として話していることに。

少なくとも先程聞いた限りでは、まだこちらに近づいてくる狗根国兵を確認しただけのはずだ。

逃げようと思えば、逃げることは可能なはず。

それなのに壊滅することを前提として話しているということは………。

「壊滅って……、ちょっと待て、まさか逃げずに国の正規軍相手に交戦するつもりなのか。」

自殺行為だ。

そう叫びそうになるのだけは何とか堪えた。

抵抗組織は不正規戦であればこそ、その真価を発揮する。それが常識だ。

国の正規軍に正面からぶつかったらどうなるかなど、解りきっていることではないのか。

「ほう、話しとらんのにようわかったな。さすが異世界から来ただけのことはあるで。
そうや、葎は迎え撃つことで敵の注意を引き付け、その隙に貴方をわいら若手が別の拠点まで連れ出すことを決めた。

「なぜ皆で逃げないんだ。」

俺の声には怒りすら籠もっていたと思う。

皆で逃げると決めなかった葎と、葎がそう決めた原因の一つを思いついてしまった自分に対する怒りが。

「貴方を無事に逃がすためや。
異世界から来た者であり、伝説の矩叉薙の剣に認められた者であるあんたを確実に逃がすためや。
確かに皆でばらばらに逃げれば全滅だけは避けられるやろ。
せやけど、狗根国の目的が貴方である以上、それでは貴方の無事を保障できないんや。」

そして俺の想像は当たっていた。

敵の目的は間違いなく俺の捕獲もしくは殺害。

皆で逃れた場合、その後に行なわれる山狩りをこの辺りの地理になれていない俺が生き延びられる可能性は五分五分だ。

確実に俺を逃がそうとした場合、どこかで狗根国の足を止めなければならない。

そして狗根国の足を止めるために葎たちは敵を迎え撃つというわけか。

「俺はただの人間だ。
そんなの犬死とかわらないじゃないか。」

「先程も言うたがな、重要なのは周りがどう思うかっちゅうことと、それを貴方がどう思うかや。
皆、たとえ神の使いでなくとも、異世界から降臨した貴方を逃がすためなら自分たちが犠牲になってもかまわないと判断したんや。」

「ふざけるな!」

俺のその声は悲鳴に近かったと思う。

昨日少し会っただけの自分を逃がすために、皆が犠牲になるなど理解できる訳がなかった。

何より、自分を生き延びさせるために他の人が死ぬというのは、平和な世界を生きてきた俺にとって耐えられることではない。

叫んだ後、俺は立ち上がり外に出ようとする。

「どこへ行く気や。」

慌てて俺の前に立ちふさがりつつそう言う漣。

「決まっている。葎の所だ。
今からでも遅くはない。皆で撤退するように説得してくる。」

「そんなことをしとる時間はない。
こちらに向かっている狗根国兵が確認された以上、できるかぎり早く逃げなきゃあかんのや。」

「なら、なおさら早く葎を説得しないと。
そこを退け、漣。」

漣が言っていることは事実だろう。

だが俺は自分のために人が死ぬなど耐えられない。

そう考え強引に漣を避けて外に出ようとした瞬間、突然意識が遠くなる。

「――――――。」

矩叉薙の剣の精が何かを言ったのを聞きつつ、俺は意識を失った。






「天城様は漣様ら若手に連れられて無事に脱出したようです。」

仲間の報告に葎は頷く。

これで出面国復興への芽は守られる。

出面国滅亡から十数年、できれば彼らが作る未来を見てみたかったが、もう頃合だろう。

自らの死で出面国復興の幕開けとなるなら武人としての本望というものだ。

誰にも話してはいないが葎は自分たちの死を天城優が反狗根国組織に協力する切っ掛けにするつもりであった。

彼の説得は漣に任せている。

天城優が自らの後を継いで反狗根国組織の頭になってくれれば、
そこまでいかなくても協力してくれるようになれば、
それは例え自らの命と引き換えにしてでも行なう価値がある。そう考えていた。

そしてそこにあの漣がいるのだ。

出面国は必ず復興する。

そう信じることができた。


前方には既に狗根国の黒い兵士が見え始めている。

「弓隊、射撃用意。」

声を張り上げ、命令を出す。

見れば皆、不敵な表情で狗根国兵を狙っていた。

もちろん生還を望めない戦いであるにも関わらず皆が不敵な表情をしているのには理由がある。

矩叉薙の剣の精がおこなった天城優が神の使いでないという説明は確かに成功した、いや、成功し過ぎていたのだ。

彼等は矩叉薙の剣の精が天城優を庇うように説明をしたために、
天城優のことを伝説の矩叉薙の剣の精に認められる程の人物だと認識してしまったのである。

その為、それが良いか悪いは別として、
天城優は伝説の神器の精が認めた異世界から来た人物として認識されることになってしまったのだ。

そういう意味においては矩叉薙の剣の精が行った説明は優の立場をただ強固にしただけとも言える。

だから彼等は異世界から来た人間である天城優になら自分達の後を托せると考え、自らの命をかけて彼を確実に逃がそうとしているのだ。

そんな皆の様子に葎は笑いを堪えることができなかった。

もちろんそれは彼等を馬鹿にしているという意味ではない。

そもそも葎とてあの青年と漣になら後を托せると考えたからこそ、ここで敵を迎え撃つことにしたのだから。

葎が笑い出した理由は仲間達の様子に、嘗てまだこの地を出面国が支配していた時代の戦いやその時の仲間を思い出したからだ。

そうだ、この馬鹿さ加減こそ、
一度決めたことを成し遂げるためなら、誰かを守るためなら自らの命さえ惜しまないその精神こそ
かつての戦争で戦において最強とまで呼ばれ狗根国に最後まで抵抗した旧出面国第三軍の生き残りの証だ。

ならば嘗ての勢いのまま、狗根国の奴らを蹴散らしてやろうじゃないか。

そんな思いが脳裏にうかぶ。


「放て―――――!」

そしてついに今まさに戦場となろうとしている空間に葎の号令が響き渡った。

何重にも張られた柵を越えることに途惑っている狗根国兵目掛けて矢避け板の陰から一斉に数十本の矢が放たれ、
そしてほとんど間を置かず、第二射、第三射、第四射と弓隊が弓を放ち続ける。

弓やその使用方法の改良が進んでいない三世紀という時代においては異様なほどのこの射撃速度こそ、
嘗て出面国第三軍が戦において最強と呼ばれた理由の一つであり、
そして狗根国に対する抵抗活動の中で十九年間生き延びてこられた一因であった。

だが、さすがに第十数射目になると狗根国兵はもう至近距離まで迫っている。

「槍隊突撃!」

葎の命令で十名ほどの槍を持った男たちが、柵を乗り越えてきた狗根国兵に向かって突撃を行なう。

その突撃に耐え切れず前衛にいる狗根国兵の進撃速度が一時的にとはいえ停止した。

そして後衛の狗根国兵士が前進してくる以上、それは狗根国兵の密度が跳ね上がることを意味する。

その機会を見逃す葎ではなかった。

「投石隊、炸裂岩発射!」

その命令に従い、炸裂岩が密集した狗根国兵の上に降り注いだ。

突然自分たちの中心で起こった爆発により、狗根国兵は混乱状態に陥る。

また、これまでの弓兵による攻撃と今の炸裂岩による攻撃で部隊長クラスの人間が多数戦死していたのもその混乱に拍車をかけた。

混乱の中、弓兵と槍兵に攻撃され続けた狗根国兵で無事に本陣まで帰還できたものは第一陣二百名のうち四十三名。

未だ、その数倍の兵力を第二陣以降に保持しているとは言え、この惨敗は狗根国兵に再度の攻撃を躊躇わせるものがあった。

「「「「「うお〜〜〜〜」」」」」

狗根国兵に対する威圧の意味も含めて仲間たちが勝利の雄叫びを上げ始める。

だがその中に喜んでいるものはいても浮かれている者はいない。

皆わかっているのだ。

今勝ったのはあくまで狗根国兵の一部でしかないことを、そしてこれから更に多くの敵が来るであろうことを。

そして葎は破壊された防御施設の再構築を命令した。








この三世紀という時代、道を整備し人や物が通り易くするという概念がほとんどない。

精々人が通るのに邪魔なものを退かすというだけだ。

ましてそれが田舎の山奥なら尚更である。

しかし、いや、整備されておらず山人でさえも山の中では曇り空の時一歩間違えれば迷ってしまえるような環境だからこそ、
人々が移動目的のために使う道は自然と限定されることになる。

だからこの状況もある意味では必然だったのだ。

別の拠点へ気を失った優を連れて撤退しようとした漣達と、
主力部隊とは別の町から裏街道を進軍してきた狗根国の遭遇戦が始まってしまったことは。

葎が犯したミスと漣が犯したミスはそれぞれ一つずつ。

斥候が発見した正面から進軍してきた約千名の狗根国兵が敵の全軍だと判断してしまったことと
退却を急ぐあまり進行方向に対して碌に斥候を放たなかったこと。

まぁ、それも仕方のないことだろう。

正面の敵だけでも千名に近いのだ。

僅か百名にも満たない抵抗組織相手にして、その上別働隊まで用意するなど普通は考えない。

その上、盛衛が裏切ってから一日と経っていないのだ。

半日で千名以上を掻き集めすぐさま進軍するなど軍事的に不可能に近い。

その上別働隊まで用意するなど奇跡と言ってもいい出来事だ。

そんなことを敵が行えるなどと考えられない以上、正面の千名を敵の全軍だと判断してしまった葎を責めることは誰にもできないはずだ。

そもそも、狗根国が僅か半日で千名もの主力部隊と五百名の別働隊を掻き集められたのとて
偶々泗国から撤退してきた幾つかの部隊が近くに駐留していたという偶然があったからである。

帖佐が天目側へと裏切り指揮官がいなくなった為に泗国から遠征軍が撤退せざるおえなくなったということを考えればある意味皮肉的な状況だ。

しかし、そのミスの結果、漣達は目的適わず狗根国兵相手に全滅の危機に瀕していることは事実だった。

「くそ!」

毒づかずにはいられない。

二十三名いた仲間達はもはや十数名にまで数を減らしている。

それに対して狗根国の損害は全体の一分、いやもしかすると一厘にも満たないかもしれない。

弓矢で敵を牽制しつつ退却するのはいかに漣といえども困難を極めた。

しかし、どうにかしてここを退かなければならない。

そうでなければ、葎が囮になったことがまったくの無駄になってしまうのだ。

育て親である葎を無駄死にさせることだけはなんとしても避けたかった。

幸いなことにこの戦闘は敵にとっても全くの予想外だったようでまだ包囲網は形成されていない。

優と彼が持っていた荷物を背負っているため、直接戦闘に関わるわけにはいけない自分をもどかしく思いつつ
さらなる撤退を仲間達に指示する。

しかし優などを背負っている以上、いかに健脚が自慢の漣といえどもそれほどの速度は出せないのだ。

そしてその漣を守るように味方が布陣している以上、味方の撤退速度は敵の進軍速度よりも僅かに遅い。

弓で牽制しつつ走り出した直後こそ数名の仲間の命の引き換えに敵を一時的に引き離したが、あくまで一時的にだ。

当然、何か対策を考えないとやがて追いつかれてしまう。

「ほんま、どうするべきなんやろな。」

「逃げるしかないでしょ。
このあたりで敵を撒けるような地形はないの?」

漣のぼやきに答えたのは矩叉薙の剣の精だった。

ちなみに本体の矩叉薙の剣は漣が優の荷物と一緒に背負っている。

「残念ながら心当たりはあらへん。
方術士か巫女でもいれば敵をかく乱してその隙に逃げられるんやが。
神器の精様は方術を使えへんのか?」

優を簡単に眠らせたことを覚えていた漣が尋ねる。

しかし、その答えはある程度予想していたとはいえ否定的なものだった。

「彼を眠らすのに使った催眠術とか、そういった簡単なもの以外は使えないわ。
とてもじゃないけどこんな大軍の足止めをするのは無理ね。」

「はぁ、このまま逃げ続けるしかないっちゅうことか。」

やれやれ、といった様子でため息を吐く漣。

「まぁね、ただもしかしたら貴方が背負っている天城優はこの状況を打開する方法を知っているかも知れないわよ。
何しろ異世界の人間だもの、私達とは違う考えを持っているかもしれないでしょ。
どうする、一か八か彼を起こしてみる?」

無理矢理気絶させて連れて来たことを怒るかもしれないけどね、そう矩叉薙の剣の精が呟く。

「それは……」

一瞬言いよどむ。

何しろ全員で撤退するよう葎に説得しに行こうとしたところを気絶させて連れて来たのだ。

その上、この現状においては彼が提案した皆で撤退するという作戦の方が正しかったと認めざるおえない。
(もちろん優が皆で撤退するように言ったのは自分のために誰かが死ぬのを嫌がっただけであり、
その作戦の方が良かったというのは結果論に過ぎないのだがそんなことを漣が知るはずもない。)

気絶させたのは矩叉薙の剣の精とはいえ、流石に気まずいものがある。

しかし、このままでは矩根国兵から逃げ切れないことも事実。

そして、異世界から来た彼なら何かこの状況を打開するものを持っているかもしれないというのもまた事実だった。

「けどそうやな、どうせこのまま逃げたところで全滅するのは目に見えておる。
なら彼を起こしてみたほうがいいかもしれへんな。」

気まずさを振り払って矩叉薙の剣の精にそう言う。

「判ったわ、それじゃ起こすわよ。」

それに対して矩叉薙の剣の精の返答は簡単なものだった。

どうやら彼女は自分が無理矢理気絶させたことを何とも思っていなかったようである。

そのことを理不尽に思いつつ漣は走りながら矩叉薙の剣の精が術を唱えるのを走りながら見守った。






ふと目が覚めると周りには過ぎ去っていく木、木、草、木、木、草…………。

どう見ても森の中である。

「はい?」

思わずそんな声が出てしまう。

いや、落ち着け俺。

葎を説得するために部屋を出ようとしたところから見事に記憶が途切れている。

そしておそらく漣であるだろうと思われる人物に背負われ、周りにいる人間が時偶後ろを向きながら矢を放っているこの状況。

「おい、一体何がどうなっている。」

なんとなく何が起こったのか嫌な想像がつくがとりあえず俺を背負っている人物に尋ねる。

「目が覚めおったか。
撤退している最中に狗根国兵と鉢合わせてもうてな。
この状況ちゅうわけや。」

「ん?結局全員で撤退することになったのか?」

その疑問にはそうであってくれという願望も込められている。

だが現実は冷酷だった。

「いや、葎達はあそこに残って狗根国兵を作戦通り食い止めているはず。
わいらは正面から来た部隊とは別の部隊と遭遇してもうたんや。」

漣が悔しそうにそう言う。

「な……。
最悪じゃないか。」

つまり敵の主力は葎達が食い止めているが、別働隊に捕捉されてしまったということか。

軍事においては素人の俺でさえもわかるほど最悪な状況である。

敵味方の作戦目標を考えれば味方の主力である葎達が戦略的に無力化されたに等しいのだから。

そして例えその行動が無意味になってしまったとはいえ、自分を逃がす為に誰かが死ぬという事実は俺を精神的に責めたてるのだ。

「それよりいい加減降ろしてくれ。
男に運ばれる趣味はないんでね。」

少しでもそんな心を和ませようと冗談をいいながら降ろしてもらう。

尤も冗談を言ったところで罪悪感は全く消えてはくれなかったが。

「ああ、すまん。
それより、どうにかしてこの状況を打開できないか。」

俺を降ろしながらとんでもないことを聞いてくる漣。

「は?」

一瞬、漣が何を言っているのか理解できなかった。

そして、数秒遅れて脳がその意味を理解すると怒りが込み上げてくる。

人のことを無理やり眠らせて連れて来た上で、この状況を何とかできないかだと。

ふざけているにも程があるぞ。

そんな怒りを籠めて否定する。

「無茶を言うな。
俺はただの人間だぞ。
こんな状況をどうにかできるわけがないだろ。」

「本当にどうにもできないの?
このままだと貴方、彼らに捕まって殺される可能性が高いわよ。」

それに対して脅すような口調でそんなことを言う矩叉薙の剣の精。

そして次の瞬間、まるでその言葉を肯定するが如く流れ矢が俺の目の前を通り過ぎた。

「ひ!」

思わず短い悲鳴を上げてしまう。

それは運の無い偶然であろう。

だが例え偶然であっても矩叉薙の剣の精に「殺される」と言われた直後に矢が飛んでくるという事態は最悪であった。

俺はその矢を見て初めて死という存在を身近に感じた、否応無しに感じてしまったのだ。

止めようもなく矩叉薙の剣の精が言った「彼らに殺される」という言葉が脳裏を蹂躙する。

殺される、死ぬ、死ぬのは嫌だ、殺されてたまるか、でもこのままでは死ぬ、殺される、それは嫌だ、死にたくない、でも殺される。

頭の中がパニックに陥っていく。

「うわぁぁぁぁ」

気が付けば足を止め、頭を抱えて叫んでいた。

体が震えだす。

止まらない、恐怖も叫びも震えも。

「おい!しっかりしろ、いきなりどうした。」

「拙いわ、さっき飛んできた矢で極度の混乱状態に…。」

「どうすりゃいい。」

「知らないわよ。」

「ちっ、こうなったら………。」

耳からは漣や矩叉薙の剣の精の心配そうな声が入ってくる。

だが、そんなことを認識する余裕は俺にはない。

ただ死の恐怖に怯えるだけ。

他に何もできなくなる。

そんな俺を現実に引き戻したのは漣だった。

ドガ、突然そんな音を耳が認識すると同時に頬を中心に鈍い痛みが広がっていく。

気が付けば蹲っていた体は地面に投げ出されていた。

「いい加減にせや、何をこんな状況で蹲っているんや。
皆が貴方を守るために命を賭けているんやで。」

それが顔を殴られたためということに気が付いたのは漣に胸を?まれながらそう言われてからだった。

それでも未だにパニックから抜け出せない俺は呆然と漣を見上げるだけ。

「蹲っても死ぬだけやぞ。
そんないに死にたいんか。
そんないに葎達を無駄死にさせたいんか、貴方は。」

違う。

俺は……。

「死にたい訳がない。」

混乱状況の中、辛うじてそう声に出す。

そしてそれを合図にしたかのようにパニックも徐々に収まってきた。

「なら、起きて走るんや。
もうすぐそこまで敵は来ているんやで。
このままやと本当に逃げ切れなくなる」

その言葉に導かれるようにふらふらと立ち上がる。

そして、パニックが収まってきた頭脳は徐々にだがこれまでの遅れを取り戻すかのように働き始めた。

あるいはそれはパニックの余韻による一種の暴走状態だったのかもしれない。

なにしろその思考の中には敵に対する容赦などといった現代社会で培った倫理観が全く欠如していたのだから。

殺されたくない。

なら逃げればいい。

このままでは逃げ切れない。

ならば敵を倒しその足を止めればいい。

どうやって。

それは………。

暴走する脳は延々と自問自答に近い思考演算を繰り返す。

もちろんその間に俺の体は漣に引きずられるように走り始めている。

暫くした後、思考は一つの解決策を見出した。

そしてそれが生み出した希望は俺を表面上はパニック状態から解放する。

「漣、小さくてもいいから火をつけることはできるか。」

先程叫んだ影響で微妙に枯れた声でそう尋ねた。

突然そんなことを尋ねだした俺を漣と矩叉薙の剣の精が驚いた表情で見る。

だが、俺はそれを無視してもう一度「火をつけることはできるのか」と尋ねた。

「できるわよ。」

俺の質問に答えたのは漣ではなく矩叉薙の剣の精だった。

それを聞いた俺は即座に策を実行することに決める。

これを実行すれば敵兵が死ぬ?

そんなことは知ったことか!

未だ恐怖で暴走する思考に敵に対する容赦という言葉は存在しなかった。

「ちょっとバックを借りるぞ。」

漣が肩にかけているバックを開けそこから大き目の袋を取り出す。

「何する気や?」

漣が俺の突然の行動に尋ねてくる。

矩叉薙の剣の精も興味津々といった様子でこちらを見ていた。

家で確認した時と同じく袋の中には従兄弟たちと遊ぶためにバックに入れてきた花火セットが何の問題もなく入っている。

ちなみに花火セット内訳は小型の打ち上げ花火×3、ドラゴン(噴出し)花火×4、手持ち花火×約80。

余ったら持って帰ればいいと思い、家にあった花火を根こそぎ持ってきたことが今となっては幸いだった。

とりあえず考えた策が実行できそうなことに安堵する。

「あった、打ち上げ花火にドラゴン花火、それに手持ち花火、これなら…。
とりあえず走りながら説明するぞ。」

そう言いつつまずは袋の中から一本の手持ち花火を取り出す。

「この先端の紙の部分に火をつけてみてくれ。
ああ、先端は人がいる方向には向けないようにしてくれ、危ないから。
説明するよりも実際にやったほうが早いだろ。」

そしてそれを矩叉薙の剣の精へ預けそう言った。

「これに火をつければいいのね。判ったわ。」

俺の説明にそう返答した後、矩叉薙の剣の精は俺の知らない言語を呟き始める。

すると突然矩叉薙の剣の精の前に火が灯った。

見事なまでにファンタジーな世界である。

矩叉薙の剣の精のような謎な生き物がいるだけでなく魔法(このときは方術のことを知らなかった)まであるのだから。

俺がそんなことを考えながら驚いていると矩叉薙の剣の精はその火に手持ち花火の先端を近づけ着火する。

シュワァ、そんな効果音と共に昼間とはいえ木々に明りを遮られ暗くなっている森に光が広がった。

発光源はもちろん手持ち花火である。

この異世界でも俺の世界と同じ物理・化学法則が成り立っているのか心配だったがどうやら大丈夫なようだ。

問題は今の光で思いっきり狗根国兵に自分達の場所がばれたことだが、元々既に見える範囲まで接近されていたので構わないだろう。

「うわ、なんや綺麗な炎やな。」「へぇ、面白いわね。」

その様子を見て漣と矩叉薙の剣の精が呟く。

「見て判ったと思うがこれは花火といって火をつけると激しく燃え出すものだ。
これを使って山火事を起こせば敵はこちらを追撃するどころじゃなくなるだろ。」

手持ち花火が消えたのを見計らってそう提案する。

見た所、ここ数日は雨も降っていないようで地面も乾いている。

夏でやや湿気が多いというのがマイナス要因だが山火事を起こそうと思えば起こせる筈だ。

「山火事を無理矢理起こすつもりか。
せやけどそれは………。」

しかし漣はその策を実行することを躊躇う。

やはり自然を敬う意識が強かった古代日本では意図的に山火事を起こすというのは抵抗が強いようだ。

だが少し前に中国で起こった赤壁の戦いを見るまでも無く少数が多数を倒す時に最も有効な攻撃が火計であることも確かである。

傍からみてもその二つの狭間で漣が悩んでいるのが判った。

しかしその様子に怒りを覚えてしまうのは俺もまだ子供ということなのだろうか。

「でも、山火事を起こせたとしても敵が追撃を諦めるとは限らないわよ。」

漣が悩んでいる中、矩叉薙の剣の精がそう言ってきた。

「そのときはこれを使えばいい。」

そう言って俺が見せたのはドラゴン(噴出し)花火と打ち上げ花火である。

「この太いのはさっき見せたやつをより強力にした物。
これをもって空を飛べるお前が敵に突撃すれば相当な混乱を引き起こせるんじゃないか。」

ニヤリと嫌味な笑いを口にうかべる。

「ちょっと、私に一人で敵の中に突っ込んで行けって言うの。」

焦ったように矩叉薙の剣の精が文句を言う。

「でも、それが一番有効だろ。
地面においた状態で火をつけて時限式の地雷にしてもいいけど、それじゃあ確実に敵に当たるかどうか判らないし。
投げたって噴出す炎が敵に当たる可能性は低いんだから。
それに飛べるんだから簡単に俺達に追いつけるだろ。」

正論を吐いて矩叉薙の剣の精の反論を封じる。

というか、俺をこの世界に無理矢理連れてきたのだ。

少しぐらい嫌な目にあってもらわないと俺の気がすまない。

未だ半暴走状態にある俺の思考は見事までに自分本位だった。

「だからって……。
そっちの細長いのは何なの?」

反論しようとして、俺が持っている別のタイプの花火に気が付いたのだろう、そう尋ねてくる。

「これは打ち上げ花火って言って、爆発する玉を上に打ち上げるものだ。
まぁ、玩具の安物だから小さな爆発しか起こせないけど
敵が近づいてきた時の威嚇用にはなるだろ。」

まぁ今時百円ショップでも売っているものである。

対人兵器としての威力は期待できないだろうがそれでも敵を驚かせることぐらいできるはずだ。

「ふ〜ん、変わった物もあるのね。」

魔法を使ったお前には言われたくない、そう心の中で突込みつつ未だ決めかねている漣をみる。

「時間はない、もう後ろに狗根国兵が見え始めているんだ。
このままじゃ追いつかれるぞ。」

漣の様子に怒りを覚え、やや口調がきついものになってしまったが、まぁ仕方がないだろう。

「……判った、それを使って山火事を引き起こしてくれ。」

俺の言葉で決断を促された漣は苦虫を噛み潰したような険しい表情をしつつ作戦を行うことを決める。

それを聞いた俺は説明を始める。

まぁ、作戦自体は大したものではない。

空を飛べる矩叉薙の剣の精が俺達の進行方向にある可燃物(枯れ木や木など)に火をつけた手持ち花火をばら撒いて行くのである。

後はその火が大きくならないうちに俺達がその燃え始めた地帯を突破すれば、
狗根国兵が来るころには立派な山火事になっているというわけだ。

仮に火の勢いが遅く狗根国兵も山火事を起こした地帯を突破しそうになったとしても
ドラゴン花火を持った矩叉薙の剣の精を突撃させ敵を混乱させて足を止めればいい。

それらのことを走りながら説明し終えた俺は手持ち花火を矩叉薙の剣の精に渡す。

それを受け取った矩叉薙の剣の精は「それじゃ、行ってくるわよ」と言ってかなりの速さで前に向かって飛んで行った。

「やっぱり、森を燃やすというのは抵抗が大きいか?」

その様子を見つつ、なるべく怒りを押し殺して、悔しげな表情をしている漣にそう尋ねる。

歴史的に見ても日本で大規模な火計を使った例は中国などと比べるとかなり少ない。

精々が村を燃やして自分達の兵力を多く見せたり、城に敵を閉じ込めた後火をつけて全滅させたりといった程度なのである。

この漣の様子を考えれば、そうなった原因は日本人が無意識の内に自然を火計などという無粋なもので破壊することを嫌ったからなのであろう。

そう考えると漣にはかなり辛い決断をさせたことになる。

だが理屈ではそうは解っていても漣の様子を見ていて沸々と湧き上がってくる怒りを抑えることは難しかった。

まぁ、だからこそ本来ならお互いにとって訪ねるべきでないようなことを尋ねてしまったのだが。

やはり先程の恐怖の余韻で冷静な常態ではなかったのだろう。

「まぁな、出面を狗根国から解放するためとはいえ、恩恵を与えてくれる自然を破壊するのは流石に辛いものがあるわ。
これが有効であることがわかっているだけ余計にな。」

自分が汚い存在に思える、そう自虐的に笑う漣。

だが不安定だった俺はその言葉に完全にキレた。

怒りが限界点を超えた俺は漣に怒りを声に乗せてぶつける。

「いい加減にしたらどうだ、漣。
いいか、俺の価値観から言わせればな。同属殺しである人間が人間を殺すことほど罪深いものはないんだ。
誰かが死ねばそれを悲しむ者が必ず生まれるからな。
これが異種属間でのことならまだいい、異種属でありお互いに理解できない以上争いが起こるのはある意味必然なのだから。
だが、同属である人間と人間が殺しあうというのは話が別だ。
お互いに理解する余地があるにも拘らず、それを無視して殺人を行うというのは無駄に悲しみを広げるだけの害悪でしかない。
そう考えていた俺に生き延びるためとはいえ、人殺しの手伝いをさせようとしている奴がこの状況に辛いものがあるだと。
ふざけるなよ!
俺がこの策で人が死ぬことを何とも思っていないとでも思ったか。
俺を人殺しの手伝いをさせざるおえない状況に追い込んだお前にそんなことを言う資格があると思っているのか。
他人にそんなことをさせておいて、いまさら何を言っていやがるんだ」

爆発した怒りに突き動かされたまま漣を責めたてる。

俺に自分の考えに背くことをさせた、そうせざるおえない環境をつくったお前にそんなことを後悔する資格はないと。

お前以上にこの状況を辛く思っている奴をお前が作り出したのだと。

多分、これが走っている最中でなければ掴み掛かっていただろう。

あるいは殴っていたかもしれない。

それほどまでに俺の怒りは大きかった。

この世界に来てから感じていた理不尽に対する怒りが漣という捌け口を見つけて爆発したと言ってもいい。

俺が口を閉じると空間を皆が走る音だけが支配する。

その気まずい沈黙は手持ち花火をばら撒き終わった矩叉薙の剣の精が戻ってきた後も続いた。










こんにちは、エレクです。

第二話はどうだったでしょうか。

なんだかオリジナル小説を書いている気分になってきた今日この頃です。

2話連続(今書いている第三話もたぶんオリキャラだけになるので実質三話連続)で、
火魅子候補も久峪も登場しないって火魅子伝の二次創作としてどうよ。

まぁ出面の反狗根国組織なんていうものを書こうとした俺が悪いだけなのですがね。

というか火魅子伝同盟投稿掲示板規程の中に

>火魅子伝のキャラが出てくる作品ならば、舞台が現代だろうが構いません。
>ただし、全員が転生後、など元のキャラが1人も出てこない作品はNGです。

とあるのですが、この『作品』って始まりから終わりまで『作品』全体を通じてってことで良いんですよね。
もし一話ごとの投稿『作品』って意味だと、投稿しちゃいけないことになるんですが………
大丈夫ですよね?

四話からはちゃんと原作キャラも出てくるはずですから。

それとメールをもらって気が付いたのですが
火魅子伝シリーズの中で出雲って『出面』と『出喪』の二つの当て字があるんですね。

具体的には小説版火魅子伝とゲームの恋解は『出面』で火魅子炎戦記は『出喪』。

雑談掲示板にどちらにするべきかという質問を書き込んであるので皆さんの意見を聞かせてください。お願いします。
ちなみに意見がない場合はこのまま『出面』で書くことになると思われます。
雑談掲示板へ→http://spk.s22.xrea.com/cbbs/index.cgi

メールを送ってくれた羅絵様、書き込んでくれた甚平様貴重な意見をありがとうございました


感想・批評もよろしくお願いします。
どういった話を書いていくべきか自分でもよくわからないところがあるので皆さんの意見を教えてもらえるとありがたいです。




登場人物紹介


盛衛(偽名)

葎の反狗根国組織を裏切り、狗根国に神の使いが再び降りた(勘違い)という情報をもたらした。

実は出面の反狗根国組織の行動を見張るために送られてきた鉄鼠(狗根国王家直属の乱破)。

ある意味で、優がこの世界で反狗根国組織に参加しなければならない状況を作った張本人である。