マイナーカップリング推進SSシリーズ1 <珠洲編> 『悲哀』 (H:ALL M:九峪・珠洲 J:シリアス)
日時: 01/30 23:31
著者: 神帝院示現   <mmmyk.kawasaki@r9.dion.ne.jp>
URL : http://blogs.dion.ne.jp/zigen/


   マイナーカップリング推進SSシリーズ1 <珠洲編> 『悲哀』




 耶麻台国の復興のための戦争が始まって一年程経った頃の夜。
 九峪は自分の執務室兼私室で、幾つもの資料に囲まれながら、政略や政策、戦略を考えていた。
 近くに置いてあった、湯飲みを持ち、一口啜った。
 戦や会議での疲れが溜まってきている九峪を気遣って、忌瀬が入れてくれたものだ。
 苦いが、体が温まる。
 湯飲みを置いた時、部屋の戸を誰かだ叩いた。

「どうぞ〜」

 九峪は、軽い口調で告げる。
 すると、ゆっくりと戸が開き、一人の少女が部屋に入って来た。
 黒を基調にした服を着た少女。
 珠洲だった。
 九峪は、振り向いて、珠洲の姿を認めた。

「珠洲か、今日は随分と来るのが遅いな。もう深夜だ」

「……志野がなかなか寝てくれなくて」

 九峪の言葉に、珠洲が少し不機嫌そうな顔で答えた。

「最近、何か感付き掛けてるみたいだから、夜になると凄く警戒するの」

「志野は勘が鋭いからなぁ」

 九峪は、頬を軽く膨らませた珠洲に、苦笑しつつ言った。

「で、誰にも見つからなかったか?」

「その点は大丈夫だと思うけど……清瑞さんは?」

「今日は、敵情視察でいないよ。いたら、合図を出したりしないしな」

「あの人も厄介……」

 珠洲が険しい表情になる。
 どうやら、清瑞に、そんなに良い感情を持っていないようだ。

「違いない」

 九峪は軽く笑った。

「さて、いつまでも立たせておくのもなんだしな、好きなところに座ってくれ。今飲み物出すから」

 そう言って九峪は立ち上がると、薬湯の入った薬缶と二つの湯飲みを持って、床に敷いてある敷物の上に座り、持っていた薬缶と湯飲みを床に置いた。
 九峪が座ったのを確認してから、珠洲は、胡坐をかいている九峪の足の上に座った。

「そこに座るの好きだな。すわり心地良いのか?」

「九峪様の体温を感じられる場所だから。座ってて気持ちいい」

「そうか。俺も、珠洲の体温感じられて、気持ち良いぞ」

 九峪が、珠洲をそっと抱きしめる。

「……ねぇ、九峪様」

「ん?」

「あと、どれだけ、こうしていられる、かな……」

「そうだな、夜明け前までだな」

「そうじゃなくて……あと何年……何ヶ月……何日……一緒にいられるかな、って……」

「…………」

 改めて訊いてきた珠洲の言葉に、九峪は考え込むように沈黙してしまった。

「……九峪様?」

 不安げに珠洲が九峪のほうに顔を向け、九峪を視界の端に収めながら、九峪の名を呼ぶ。

「……早ければ、あと一年もあれば、決着がつく」

「一年……」

「それで決着がついたら……」

「言わないで!」

 九峪の言葉を遮って、叫ぶように言った。

「言わないで……わかってるから、その先は……」

「珠洲……」

「聞いたら、悲しくなるから……怖くなるから……耐えられなくなるから……」

 珠洲は、座る向きを変え、九峪に抱きついた。
 九峪は、抱きついてきた珠洲を、改めて、優しく抱きしめる。
 珠洲は、震えていた。

「……九峪様……」

「なんだ?」

「……愛してます……」

「俺もだよ……」

「でも……だからこそ、辛い……辛いよ……」

 珠洲の目に涙が浮かぶ。
 言葉も涙声になっている。

「結ばれないって……一緒にいられないって……わかってるから……」

「すまない……珠洲……」

「謝らないでよ!」

 謝る九峪に、珠洲は怒鳴るように言った。

「謝ら、ないでよ……悪いのは、私だって……同じ、だから……」

「珠洲は悪く無い……悪いのは、全部俺だ……」

 九峪は、珠洲を強く強く抱きしめた。

「神様は、残酷すぎるよ……なんで私達を、出会わせたの……こんなに、辛くなるのに……」

「そうだな……残酷、だよな……こんな気持ちに、させるなんてよ……」

 九峪は、奥歯を噛み締め、泣くのを何とか堪えた。

「九峪様……九峪様が帰るまで……それまでで良いから……一緒にいさせて……お願い……」

「それは……俺の方が頼むことだよ……」

 九峪は、珠洲を抱きしめる力を弱め、珠洲の肩に手を置くと、少しだけ珠洲を自分から離し、珠洲の顔を見た。
 珠洲の瞳から涙が零れ、頬を伝う。
 涙は零れる珠洲の瞳は、少しだけ赤くなっていた。

「俺がここにいられる間、その間だけでいい……一緒にいてくれ……」

「九峪様……」

 九峪は、珠洲の後頭部に手を当て、自分の顔に近づけた。
 珠洲は、それに逆らわず、目を瞑った。
 二人の唇が重なり合い、二人の目から、涙が流れた。
 長く、優しく、そして、悲しい、口付けだった……。





 九峪を上座に、復興軍幹部一同が集まり、軍議が行なわれていた。
 会議は順調に進み、会議そのものも和やかに進んでいる。

「ところで九峪様、お暇な時に、水軍を視察に来ていただけませんか? 勿論女性は全員、胸覆いと下帯だけですから」

 一通りの議題を片付けた星華が、九峪にそう提案した。

「そうだな〜……。わかった、暇な時に行くよ」

「ありがとうございます!」

 九峪の言葉に、星華は嬉しそうな声を上げた。
 その様子に微笑む九峪が、珠洲のほうを見ると、九峪に睨むような視線を送る珠洲がいた。

「……なんだ? 珠洲?」

「……顔がにやけてる……やっぱり九峪様は、すけべぇだ」

「これ、珠洲! 失礼でしょ!!」

 志野が慌てて、珠洲を叱った。

「鼻のを下伸ばして、にやけてる方が悪い。すけべぇ」

「伸ばしてねぇし、にやけてもいねぇ!」

 九峪は、珠洲に怒鳴るように言い返した。

「ふんっ。どうだか」

 そう言って、顔をそらす。
 九峪は、その珠洲の顔に、いや、珠洲の目に、悲しみが浮かんでいることに気付いた。
 いや、わかっていた。
 わかっていてなお、言い合いを続ける。
 それは、九峪だけでなく、珠洲も同じだった。
 言い合いを続ける、珠洲と九峪は、お互いにわかっていて、相手も判っているということを知りながらも、続ける。
 誰にも、ばれないようにするために。
 誰にも知られてはいけない想いを抱いた二人の、暗黙の了解。
 打ち合わせも、語り合うことも無く行われる、二人の演戯。
 いつか、本当にしなくてはならない嘘。
 二人だけが知っている、隠されなくてはならない本当の想い。
 二人は秘め続ける。
 消せない、自分の中にある、愛しいという気持ちを……。





    <了>