前書き

 

 ええと、まず設定です。

 

 基本的に矛盾の刃シリーズの設定を引き継ぎます。つまり――――

 

 1.美沙斗は現在高町家に滞在中。説得は恭也がしました。

 

 2.恭也は警防隊に入隊しました。現在は研修期間を海鳴ですごしています。(美沙斗が指導しています)

 

 3.久遠、忍、ノエルの秘密は、美沙斗含む高町家全員と、フィリス、リスティ等の関係者は知っています。

 

 4.ノエルは昏睡から覚めてます。

 

 5.美由希は『閃』を使えません。恭也は使えます。

 

 6.恭也は誰ともくっついてません。一番重要(笑。

 

 7.カップリングは世にも珍しい『恭也&弓華』。

 

 設定を引き継ぐっつーか、矛盾の刃シリーズで恭也が誰とも結ばれなかった場合の続き、と考えるとわかりやすいです。

 

 さわりの部分だけ下に書きました。よろしければどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例えば、こんな出会いがあったとしよう。

 

 剣士と敵。

 暗殺者と標的。

 

――――――――例えば、そんな出会いがあったとしよう―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『選んでください』

 

 そう言った。

 

 恭也さんはそう言った。

 

「…………エ?」

 

「…………まず、選んでください。―――――『御神の剣士を、敵に回すか否か』を」

 

 恭也さんの、その眼を見て。その言葉を聞いて。

 

 …………背筋が、凍った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――我が名は不破――――

 

――――御神に敵する(ことごと)くを打ち滅ぼし――――

 

――――その生存を赦さない――――

 

――――心得よ。我らに敵したその悉く――――

 

――――(すべか)らく無へと帰し、その例外、一つとして無し――――

 

――――我らの不破(なまえ)を信じぬならば――――

 

――――よかろう。我らに刃を向けてみよ――――

 

――――その魂の奥底に、我らの名を刻んで見せようぞ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………選んでください」

 

 

 

 巨大な組織、『龍』

 

 ただ三人しかいない、『御神の剣士』

 

 

 

 三人しかいない、と弓華の理性は告げる。

 三人もいる、と弓華の本能は告げる。

 

 たかが三人で何が出来る、と弓華の理性は告げる。

 三人もいれば充分だ、と弓華の本能は告げる。

 

 理性は本能を罵る。『なにを怯える?』

 本能は理性を罵る。『わからないのか』

 

 『アレは人じゃない。断じて人じゃない』

 『アレは、『死』そのものが人の形をしているだけだ』

 

 『お前はわからないのか。あの男の強さを』

 『本当にわからないのか。あの男の怖さを』

 

 

 

 

        『…………わからないはずは無いだろう?あのひとは…………』

 

 

 

 

 

 

 

「………………………選んでください」

 

 そう言った恭也さんの眼には、普段の静かな夜を思わせる、優しげで淡い光は無く。

 

 変わりに、光を拒む、どこまでも暗く深い闇を映していた。

 

 

 ……………どちらの眼も、彼の本質。

 ……………どちらの眼も、とても魅力的。

 

 

 

「………………………選んでください」

 

 

 

 ………………………どうすればいい?

 

 ………………………どうすればいい?

 

 

 

 

 

 

 

 例えば、こんな出会いがあったとしよう。

 

 剣士と敵。

 暗殺者と標的。

 

 例えば、そんな出会いがあったとしよう。

 

 出会った二人は、どんな選択をするだろう?

 

 互いは、互いにとって殺すべき敵。…………そのはずだ。

 

 出会った二人は、どんな選択をするだろう?

 

 誰を敵に、誰を味方にして、どんな未来を選ぶのだろう?

 

 

 

 

     

 

 

―――――――――出会ってしまった二人は、どんな未来を望むのだろう?―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――『My name is……』01―――――――――

   

 

―――――――――『The name of the person is……』―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どういうことです?」

「……質問の意味がわからんが?」

 

 高価そうなデスクにまだ若い男が手をつき、彼の上司と思われる壮年の男に抗議している。

 壮年の男はクリスタルガラスの灰皿に煙草を押し付け、優秀だが少し感情的に過ぎる副官を見た。

 

「とぼけないでください! 伯龍は優秀な駒なんですよ!ただでさえ『ブレイド』が逃亡して人材が乏しい時に、何でわざわざウミナリなんかに行かせるんですか!」

 

「――――――――『御神美沙斗』がいるところなんかに!」

 

 

 

 

 ――――『御神美沙斗』。

 

 巨大組織『龍』の敵、恐怖の代名詞。

 彼女が『龍』にいた頃におこなった、ほとんど伝説と化している『仕事』の内容―――――

 まさしく鬼のような強さを誇った彼女は、ただ一人で、龍の精鋭部隊『牙』の隊員に勝る働きをするという驚異的な能力を示す。

 しかし彼女は、ティオレ・クリステラのチャリティコンサートを中止させるという至極簡単なはずの任務になぜか失敗した。

 その際に、『龍』にとって危険すぎる彼女を始末しようとしたのだが、そのエージェントが返り討ちにあってしまい、現在彼女は、龍の不倶戴天の敵である『香港国際警防隊』の特別遊撃部隊の隊長を務めている。

 

 

 

 

「見つかった瞬間に殺されますよ!奴に対抗できる『ブレード』は逃亡して」

「落ち着け。………お前の言うことはもっともだ。しかしな、優秀な駒を一つ失う危険を冒して

も、確認しなければならないことがあるのだ」

 

 副官の男は怪訝な顔をした。

 

「確認しなければならないこと、ですか?」

「そうだ」

 

 男はデスクの上のワークステーションの液晶ディスプレイを副官の方に向けた。

 

「この、三日前の日付のメールだ。警防隊になんとかもぐりこませた諜報員からなのだが」

「………可能なんですか!?」

「……六年越しでさんざん苦労して、しかもただの平だがな。…………報告内容を要約すると、最近警防隊内に動きがあるらしい。なんでも、強力な戦闘要員のスカウトに成功したんだそうだ」

 

 副官はますます怪訝な顔をした。

 

「それがどうかしましたか?大したこととは思えませんが……」

「それだけならな。だが―――スカウトした人間のことを、御神美沙斗が『自分より強い』と断言したなら話は別だ」

「なんですって!?」

「………『裏付け』があるから信じざるをえん」

「…………裏付け、ですか?」

「………そうだ。逃亡した『ブレイド』は、『そいつ』に倒された」

「なっ!?」

「事実だ。……『ブレイド』本人がそう言っているらしい。偽者が騙っている可能性も低いそうだ。」

「……………そんな。……あの『ブレイド』が………倒された?……あの、『不破夏織』が………?」

 

 

 男はディスプレイを戻し、キーボードを操作した。

 

 

「………伯龍のデータは見た。この程度の駒と引き換えならこの情報は安い。何せ『そいつ』についてはほとんど何も解っていないのだ。国籍も、人種も、年齢も、性別も」

「………………………確かに。安い買い物ですね。」

「ああ。現在『そいつ』は研修をウミナリでしていると聞いた。少しでも多く情報を持ち帰ってもらわねばな………」

 

 話はここまでだ、と男は副官に退室を命じた。

 副官は命じられたとおり退室しようとしたが、ふと、

 

「………あの、『ほとんど』とおっしゃいましたが、何か少しでも解っている事はあるのですか?」

「………ああ。ほんの些細なことだが。個人識別用の暗号だけだ」

「…………なんと、いうのです?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 副官は自分のオフィスへと廊下を戻りながら、ずっと考え込んでいた。

 

 

 

(………『Edge of contradiction』………矛盾の刃?一体何のことだ…………)

 

 

 

 副官は自分のオフィスへと廊下を戻りながら、ずっと考え込んでいた。

 

 オフィスのドアが見えても、その答えはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――同時刻、日本―――――――――

 

 

 

 

 

 

 翠屋のカウンター席で、夏織と美沙斗が話している。

 

「………大分噂になってるみたいだな。……恭也の奴、何もしないうちから有名になってやがる」

「警防隊内も大騒ぎですよ。陣内なんて小躍りしていました」

「……あたしの配属、決まったか?」

「はい。………でも、夏織さんは『龍』にいましたから………とりあえず監視下に置く、ということで、『龍』を潰すまで私の部下ということになります。よろしいですか?」

「ああ。どうせあたしにゃ指揮能力は無いしな。なあに、あたしと美沙斗と恭也がいりゃ、『龍』なんて二年もしないうちに潰せるさ………恭也もそこ、配属なんだろ?」

「ええ。個人能力と機動力に優れた少数精鋭の部隊です。当然恭也もそこに配属されます」

 

 そのとき、厨房から桃子がやってきた。

 

「お二人とも、何の話?」

「えっと、その…………恭也、そう、恭也の話です」

「そういや、その恭也はどうした?昼から捜してンだけど……」

「恭也なら、久遠ちゃんとなのはにせがまれて遊園地に行きましたよ?」

 

 夏織がぷっと吹き出した。

 

「……どうかしました?」

「いや、あいつがメリーゴーランドに乗ってるトコ想像しちまって……」

「あははははははは!」

「……………っ………」

 

 桃子は即座に笑い出し、美沙斗もツボにはまったのか、顔を真っ赤にして笑いをこらえている。

 

「いやー、考えてみると世にも面白い光景だな。仏頂面の恭也が腕組みして、白馬にまたがって、こう、くるくる………」

「あはははは!……おっ………おなか痛い………っ……」

「…………くっ……くくっ……苦し…っ…………」

 

 

 

 

 

 …………ランチタイムが終わったばかりの翠屋に、実に楽しげな笑い声が響いた。

 

 …………美女三人が朗らかに談笑していると、それはもう人目を引く。男性女性分け隔てなく、店内の人間が皆、三人を見詰めて(見惚れて)いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やれやれ。なんだかえらく疲れたな。

 

 駅のホームで俺はため息をついた。

 まあ、遊園地につれてってと言われたときに、覚悟していたことではあったが。

 

「楽しかったねー、くーちゃん」

「………うん♪……」

 

 ちなみに久遠は子供版だ。遊園地ならその方が楽しいだろう。いや、決して通行費や入場料が安くなるからというわけではない。

 

「……おにーちゃんも乗ればよかったのに。メリーゴーランド」

「……………勘弁してくれ」

 

 一緒に乗ろうよ、と。

 なのはに泣きそうな声で頼まれたときも、根性で拒否した。

 久遠に涙目で見上げられたときも、気合で拒否した。

 仏頂面の自分が腕組みして白馬にまたがって、くるくる回っている姿など考えただけで嫌になる。

 滑稽を通り越して醜悪。トラウマになること間違いなしだ。

 

 しかし、嘘泣きだとわかっていても結構効くものだな。

 

 そんなどうでもよいことを考えていると、

 

 がしゃん!

 

 と、大きな音がして、そちらを見ると、久遠と見知らぬ女性が倒れていた。どうやらぶつかってしまったようだ。

 

 俺は少し小走りに二人に近づく。俺が助け起こすまでもなく、久遠のほうは即座に立ち上がり、ごめんなさい、と、人見知りをしつつも謝っていた。久遠は大丈夫そうなので、俺はその見知らぬ女性に声をかけた。

 

「大丈夫ですか?」

「……エ?……あ……ハイ!……大丈夫でス」

 

 ん……少し発音が変だ。日本の人ではないのかもしれない。見た感じ二十代前半ぐらいの人で眼鏡をかけていて、整った顔立ちをしている。

 

 俺はその人の大きな荷物を拾い上げながら――――――

 

 

 

 

 

 

その人に手を差し伸べた。

その意味を考えたりはせず。

   

 

 

 

ただ、自然に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………アあ、驚いタ…………」

 

 私は海鳴ベイシティホテルの一室で呟いた。

 

 ………驚いた。

 ……………本当に、驚いた。

 

 殴られたことはある。

 刃物を向けられたこともある

 銃を向けられたこともある。

 

 手は、武器だから。

 私が、暗器の数々を握るための。

 

 手は、武器だから。

 敵が、凶器の数々を握るための。

 

 

 

 でも、手を握ってもらったことなど無かった。

 誰かの手が私の手を握り、その手に助け起こされたことなんて、無かった。

 

 

 

 だから、驚いた。

 本当に、驚いた。

 

 空港で会ったその人は、おそらくは何も考えず、ただの善意で、手を差し伸べてくれた。

 

 まるで、それが当然だと言わんばかりに。

 

 いや、おそらく当然なのだろう。私以外の、ここの人にとっては。

 

 ………………私が、『当然』でないだけだ。

 

 

 

 

(アの人………名前……ナンていうノかナ…………)

 

 ……………ベッドに寝転んだまま、ぼんやりと考え込んでいるうちに、私はそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、剣士と暗殺者は出会った。

 出会いだけを見れば、平穏で、普通なものだ。

 

 出会った二人が、平穏でも、普通でもなかっただけだ。

 

 『普通』なことも、その二人にとっては特別なことだっただけだ。

 

 

 夢にも思わなかったはずだ。

 何気なく助け起こしたその女性が、実は自分の事を調べに来た暗殺者だとは。

 

 夢にも思わなかったはずだ。

 自分に手を差し伸べ助け起こしてくれたその男性が、実は調査の対象だとは。

 

 

 

 夢にも思わなかったに違いない。

 

 

 

 二人はまだ何も知らないのだから。

 

 

 

 何気なく助け起こしたその女性のことを、恭也はなぜずっと考えているのか。

 自分に手を差し伸べ助け起こしてくれたその男性のことを、なぜずっと考えているのか。

 

 

 

 

 二人はまだ何も知らないのだから。

 ………自分のことすら、把握できていないのだから。

 

 全てはまだこれから。

 

 ここはまだ、物語の最初の一話。

 

『The name of the person is……』    (その人物の名前は……)

 

 今はまだ、意味の無い物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今は、まだ。