最初に。

 このSSのなかでは、弓華はとらハ1の時、海鳴に来ていないことになっています。

 とーぜん『1』の人々との面識はありません。

 

 ………え?メチャクチャだ、って?まあまあ。笑って許してくださいな♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――『My name is……』02――――――――――

―――――――――『Collapse of peaceful days』――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――海鳴市・藤見町、臨海公園。午後1時12分――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――ふウ――――――――」

 

 私はベンチに倒れこむように座り、ため息をついた。

 まだ少し肌寒い四月の日本は、それでも午後の日差しで多少は暖かかった。

 

(…………疲れタ…………)

 

『海鳴』―――見れば見るほど、知れば知るほど、変な土地だ。

 

(………ナンでこウも武術の達人バかりなノ?)

 

 駅前で『ナンパ』とやらをされていた綺麗な女の人は、相手の男を投げ飛ばしていたし。

 一緒にいた、彼女によく似た(妹と思われる)どちらかといえば『可愛い』女の子も、別の男を殴り飛ばしていたし。

 商店街で見かけた中学生くらいの女の子と男の子は、やたらレベルの高い喧嘩をしていたし。

 ここ、臨海公園までの道を尋ねた背の高い大きな男の人と、その横にいた眼鏡の女の人も、かなりの使い手だったし。

 

「――――――――ふウ――――――――」

 

 とにかく、疲れた…………

 『龍』でも1、2を争う実力の持ち主『ブレード』。

 それを倒したとされる謎の人物についての調査が私の仕事だ。

 だが、

 

(………慎重にやラナいと。私ゴときジャ龍の所属だッてバレた時点で瞬殺………)

 

 慎重に、慎重に、ことを進めなければならない。しかし――――――

 

(コうまデ達人が多イところデ、一体何をどウしろっテ…………)

 

 まさか一人一人に手合わせしてください、と頼むわけにもいかないし。

 

「――――――――ふウ――――――――」

 

 私は何度目かの溜息を吐き出した。

 

(…………ア、そうダ………達人とイえば…………)

 

 駅で出会った、あのひと。私を助け起こしてくれたあのひとも、只者ではなかった。

 あのひとは、今ごろどこで何をしているだろうか――――――

 

「――――――――ふウ――――――――」

 

 いったい、私はどうしてしまったのだろう。

 私と同じくらいか、少し下程度に見えた彼のこと。その手の感触を思い出すたびに、

 悲しさと、寂しさと、喜びと――――――

 

 ―――――――ほんの僅かな、甘い痛みを覚える。

 

 ―――――――私は、本当に、どうしてしまったのだろうか―――――――

 

「――――――――ふウ――――――――」

 

 …………………………はあ。ため息ばかりついていても仕方ない。お昼ごはんを食べたら、もう少し歩いてみよう。進展があるとは思えないけれど、何もしないよりマシだろう。

 

 私はすぐそこの屋台で買った、『タイヤキ』なる食べ物を包みから取り出す。

 魚の形をしたパンのようなこの食べ物は、中身に色々なものを詰めて食べるらしい。

『あんこ』という聞いたことの無いものと、それだけでは不安だったので、『チーズ』のものも買った。

 

 ……………さすがに『あんこ』から食べる気にはなれなかったので、チーズから食べることにする。

 

「………………ウ」

 

 ………私は一口目から挫折した。やけに柔らかく少し甘いパンと、チーズのミスマッチが、なんというか、こう…………

 

 ……………………に、日本の食文化って、一体………?

 

 私は毒物でも見るような気持ちで、もう片方の『あんこ』を見つめた。

 知ってるチーズでさえこれなのだから、日本独自の『あんこ』は…………

 

「…………うー…………」

 

 ―――――――食べようか食べまいか訓練でもっとまずいものを食べたことはあるがこれは訓練ではないのだし残してもいいんじゃなかろうかいやでもしかし捨てるのも何だか気が引けるしかといって正直食べたくないしでもでもああどうしよう―――――――

 

 ―――――と、思考が暴れ出したそのとき、

 

「…………あ!?」

 

 進退窮まった私の耳に、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「……………エ?」

 

 顔をあげてみると、そこには『彼』がいた。

 

「………あアっ!貴方ハ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………思わぬ再会だ。たまたま会った晶に甘味でもおごってやろうと臨海公園に来たら、先日久遠がぶつかってしまった女性を見かけ、思わず声をあげてしまった。

 向こうも俺のことを覚えていてくれたらしく、「先日はどうも」といった趣旨の挨拶を、少し拙い言葉で返してくれた。

 

 『いえ』、と挨拶を返す俺と女性を、晶が交互に見て、

 

「………師匠、こちらの方、お知り合いですか?」

「………あー……いや、知り合いって程でもないのだが………」

 

 ………なんと説明したものか。

 いや、そもそも説明するほど関係らしい関係はないような………

 

「こノ間、少し助けテもらッたんデス」

「あ、そうなんですか。さすがは師匠」

 

 ………さすが?

 

「………あ、そういえバ、オ名前聞いてイマせンでシた……私は、兎・弓華といいマス」

「……ああ、えーと……高町、恭也です」

「城島晶です」

 

 とりあえず、互いに自己紹介をする。

 

「…………あれ?弓華さん、それ…………」

 

 女性……もとい弓華さんの持っているたいやきを指して、晶が怪訝そうに言う。

 

「ああ………コレですカ……お昼ご飯のつモリだッタんですケド……」

 

 弓華さんは少し苦笑して、「私はちょっと、日本の食べ物は舌にあわないみたいです」と言った。

 

「……………………………あの、弓華さん?日本食を初めて食べたのって、いつですか?」

「…………ええト………ホテルではズッと洋食でしたカラ……コレが初めてでス」

 

 …………晶が俯き、小さく震え出した。そして、

 

「弓華さん!!」

「ハ、はイ!?」

 

 と、大声を出した。弓華さんがちょっとびっくりして返事を返す。

 

「和食はもっと素晴らしいものです!そんな俺と師匠ぐらいしか食べる人のいないモノは和食じゃありません!!」

 

 そういって、晶はたいやきを取り上げ、ごみ箱に投げ捨てた。……ナイスシュート。

 

 ………あ………向こうの方で屋台のおじさんが寂しそうにしている………

 

「そ、ソウなんでスか?」

「はい!俺が真っ当な日本食をご馳走してあげます!そんなゲテモノ一歩手前――――」

 

 俺は晶の口をふさいだ。これ以上は屋台からチーズが消えかねない。それはちょっと寂しい。

 というか、さすがにゲテモノ一歩手前は言いすぎだろう。晶もなんだかんだで食べているし、俺もアレはアレで美味いと思うのだが……今は晶、血が上ってるからな。

 

「もごもがー!?」

「………あー………弓華さん。よければ晶の言うとおり、お昼ご飯、ご馳走されてやってくれませんか」

「………は、はア。私ハ別にいイデスけド…………」

 

 そんなわけで―――――――当事者達にもよくわからない成り行きで、高町家に客人が来ることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………晶が作った、気合の入った和定食はずいぶんと好評だった。

 

「晶さン、美味しかッたデス♪」

「えへへ………」

 

 …………どうやら日本の食文化への誤解は晴れたようだ。

 

「さて………晶、俺は道場で鍛錬しているから…………」

「あ、はい」

 

 弓華さんが首をかしげる。

 

「タンレン?」

「あー、ええと……んーなんていったらいいのかなぁ……練習とか修行とかで解ります?」

「あア、はいはイ……恭也さンはシショウ……老師なンですヨね?」

「ええ……まだまだ未熟ではありますが」

 

 じゃあ、といい、弓華さんは笑った。

 

「………後で、手合わセしてくださイね♪」

 

 ………それはまあ、願っても無いことだ。見たところ相当な使い手のようだし……

 母さんと美沙斗さんは手続き云々があるとかで、今日の朝一番で香港へ行ってしまったしな。

 

「あ、弓華さん、俺ともいいですか?」

「ハイ♪」

 

 ふむ。なかなかに…………楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――高町家庭、午後5時08分―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はー…はー…」

「ハッ…ハッ…」

 

 私とかーさんが帰宅すると、庭に荒い息の恭ちゃんがいて、その足元に見知らぬ女性がひっくり返っていた。

 

「……い、一体何事?……ていうか、誰?」

「………恭也?………このひとは?」

 

 私とか―さんが同じタイミングで同じような質問をすると、

 

「…………ああ………はー………お帰り…………」

「ハッ……ハッ……どうモ………はー…ハジめましテ………ハッ……」

「あ、はじめまして………じゃなくて。恭ちゃん?」

「…晶に聞け……ふー」

 

 と言ったので、とりあえず台所へ向かい、晶に聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、あの人はですね――――」

 

 晶の説明によると、あの女性は恭ちゃんに手助けしてもらったことがあるらしい。

 その人が何で、庭でひっくり返ってるのかと聞くと、

 

「まあ、いろいろありまして…………」

 

 何でもあの人は、無謀にも公園でチーズたいやきを頼んで食べていたそうだ。当然のごとく日本の食文化について誤解した彼女を、晶が家に連れてきてちゃんとした和食(まあ、アレと比べれば大抵まともだろうけど……)をご馳走し、日本食の汚名を晴らしたそうだ。

 

「まがりなりにも和食を得意料理とする俺としては、黙ってるわけにはいかなかったんですよー……」

「うんうん。偉いぞ晶ちゃん」

「あ…えへへ」

「………で、何で恭ちゃんと倒れてるの?」

「あ、そうでした。弓華さん、実はかなり強くて……」

「ああ。解った。納得。もういいよ」

 

 まあ、剣士の性ってやつかな。

 私も、相手してもらいたかったなー………。

 

 そこでちょっと気がついた。

 

「………晶、恭ちゃんの息が切れてたけど、そんなにその、ユンファさん?強いの?」

 

 母さんや夏織さんと戦ったりしない限り滅多に息切れしないはずだけど……

 

「あ、いいえ。確かに弓華さん俺なんかより強いですけど、師匠、俺と弓華さんをずっと相手

にしてて自分は休憩とってないんですよ。『いい修行になる』とか言って……」

 

 ………ちょっと目を離すとすぐ無茶するんだから。これはフィリス先生に報告しとこう。

 

「……それで、夕飯も食べていってもらおうと思うんですけど………」

「ああ、全然かまわないわよ。お話も聞きたいし」

 

 

 

 

 

 

 

「………人探し?」

「はイ…………」

 

 夕食の席で、日本へは観光で?とか―さんが聞いて、帰ってきた答えがそれだった。

 

「ぱスぽーとは一応、就労ビザですけド、半年以内に探し出さナイとまズいんデス……」

「はー……大変ですねぇ。どんな人なんですか?その探してる人……」

「それガ、ホトんど何モ手がカりナイんデス……」

「………え?」

「……この海鳴市内にイるッてこトと、武術ノ達人だッてこトだけシカわかッてなくテ。

……でモ、ソれならスグ見つかルなッて思ッたんデス……」

 

 弓華さんはそう言って苦笑した。…………なるほど。

 

「………えーと?」

「ああ……かーさん。俺達武術家にとって、ある程度以上の実力の持ち主は簡単に見分けられるんだ」

 

 武術、武道を極めようとしている人間は、日常生活においてもその流派の歩法、もしくは呼吸

法を実践している。実際、そのぐらい徹底しないと極められはしないのだ。

 

 確かにそれならすぐに見つかっただろう……ここでさえなければ。

 

「それは災難でした……ここは海鳴ですから」

 

 やたらと達人の多いこの土地では、さぞかし難航することだろう。

 

 弓華さんも少し苦笑して、

 

「…………仕方なイのデ、アルバいトでも捜シてゆックり捜しまス」

「………そうですか」

 

 早く見つかると良いのだが。

 

「……………そうだ!」

 

 ………いきなり、美由希が声をあげた。

 

「…………どしたの?美由希……」

「……かーさん。フィアッセの後釜、まだ決まってないよね?」

「…あ、まさか………」

「うん。どうかな?翠屋ならついでに人探しもできると思うし」

「そうね。いいかも」

 

 …………何の話だ?と聞くと、

 

「弓華さん。私、喫茶店を経営してるんですけど、よければそこで働いてみませんか?」

「…………エ?」

「うちは結構人来るから仕事しながらでも人捜し、出来ますよ」

「………でも、あノ、えット…………」

 

 弓華さんは少しうろたえて、

 

「……………いイんデスか?」

「はい♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………つーことで、暗殺者は標的の手を借りて、まだ見ぬ『標的』を捜すという、なんとも皮肉な状況になったわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらッしゃイまセー♪」

「………今度のバイトさん、なかなかやりますね」

「うん♪優秀優秀♪」

 

 

 

「……『鬼ごッこ』?なんデス、そレ?」

「ルールは追々……とりあえず、くーちゃんに捕まらないように逃げてください♪」

「はア………」

「いきますよー……ごー!」

 

 

 

「破ァ!」

「……てっ!」

「…………ふむ。ああいう投げ方もあるのか……勉強になる」

 

 

 

「………料理……大したこトなイデスけド………」

「いえいえ、才能ありますよー。和食の真髄、伝授します!」

「あハハ……おネがいしまス♪」

 

 

 

 

 

 …………とまあ、こんな感じで弓華は高町家にとけこんでった。

 

 当然『龍』としては、『そいつ』の情報が一刻も早く欲しかったんだが、LCシリーズや

チャリティコンサートの一件で海鳴という土地の特殊性はよーく理解していたし、弓華(この場合は泊龍)も御神の剣士と比べたりしない限り優秀な暗殺者であり、それ以上に優秀な諜報員であったから、人手不足の『龍』としては、あまり強硬には催促できねー状態だった。あんまり急かして殺されちまっては向こうも困るってわけだ。

 

………状況はあんまりにも不透明で中途半端。それでも暗殺者自身はかなり幸せだった。

その暗殺者の人生の中で、二ヶ月も平穏だったことなんてなかったからな。しかも、その、

なんだ。暗殺者はちょっと気になる人ができて………まあぶっちゃけ、弓華は恭也に惚れ始めたわけだ。恭也のほうは………自分でも良くわかってねえ。なにぶん鈍感だからな。この辺は仕方ねえっちゃ仕方ね―か。

 

 しかしまあ、運命ってのはサドのケがあんのか、この平穏な日々をそのままにはしておかなかった。そうだな、平穏の崩壊が始まったのは………あたしの電話のあたりからか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………もしもし……ああ、母さん。どうかしたんですか?」

 

『母さんって呼ぶな。お前の母さんは桃子さんだけだっつーのに………』

 

「………まあ、あれです………そう呼ぶたびに“嬉しそうな”顔をされれば」

 

『うるせえ黙れ。気のせいだ。とにかく呼ぶな』

 

「はいはい……それで夏織母さん、帰国がかなり遅れてるようですが」

 

『ちっ…帰ったら決着つけてやるからな。…………帰国が遅れてんのはな、あたしが………

ブレイドが警防隊に協力してんのがばれる前に、あたしの知ってる限りのセーフハウスとか支部とか活動拠点とかを抑えちまおうってことでな。そんで遅れてる』

 

「なるほど……俺は行かなくてもいいんですか?」

 

『お前は研修中で、部隊運用とかに関しちゃまだ素人だし……陣内はお前の存在をまだはっきり

させたくないみたいだぞ。龍の上層部、大分ビビってるみたいだったからな』

 

「そうですか……帰りはいつ頃に?」

 

『……そーだな……こ―いうのは同時攻撃でないと意味ないし……二週間ってトコかな』

 

 

 

 

 …………あははは…………

 

 

 

 

『……………?なんか後ろがにぎやかだな?なんかあったのか?』

「ああ。ちょっとした縁で、翠屋に新しいバイトさんが入りまして。詳しい話は帰国してからにでも話しますよ」

『そーか。んじゃな。帰国したら覚えてろよ』

「…………ええ。よく覚えておきます」

『……………………………………………………………………………生意気な』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が短期契約で住んでいる仮の住居までの帰り道。恭也さんはいつものように途中まで私を送っていってくれる。

 

「………すみマせン……いつモいつモ」

「いえ。好きでやってることですし……お気になさらず」

「…………♪」

 

 ………少し、顔が熱くなる。

 

「…………もう、二ヶ月もたつんですね」

「………はイ。時間がたツの、ハやいデス………」

「……早く見つかると良いのですが……やはりうまくいきませんか?」

 

 ………私は足を止めた。恭也さんは怪訝な顔をして振り返る。

 

「……実はデスね………最近、ドウでもヨくなッてきタんデス」

「…………………え?」

「………だッテ、そのヒトを見つけたラ、私は帰らナくッちゃいけナイ………」

 

 私は、『私』に戻らなくてはいけなくなる。

 

「…………嫌デス。そんナの……」

 

 …………嫌です。そんなの……

 

「解ッてマス。どうセ、半年したら戻ルことにナる。でモ………嫌デス」

「…………弓華さん…………」

 

 …………好きな人が出来た。……暖かい、場所も。

 

 …………ずっと、一緒にいたい人が出来た。

 …………出来ることならば、一緒にいたい人が。

 …………許されることならば、ずっと一緒にいたい人が。

 

 …………でも。

 

「…………でモ、ソれはわがままデスね。」

 

 …………龍の操り人形が、人に恋をしてどうする。

 一緒にいるだけで、私は彼を不幸にするだろう。

 

「…………早ク、見ツけナイと…………」

 

 …………早く、見つけないと…………

 …………私はきっと、別れを惜しんでしまう。

 …………愛しい人と、笑顔で別れられるほど、きっと私は強くない。

 

「…………………………」

 

 恭也さんは何も言わない。私は多分、彼のそんなところに惹かれたのだろう。

 心地よい沈黙。私は彼の沈黙に甘えて、何も語らず、ただ寄り添うように。

 

「…………行きマしょウ…………恭也さン」

 

 そして、歩き出した。今私の横にいる人の存在を確かに感じながら。

 それを、ずっと記憶に残しておけるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――二週間後、高町家リビング――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………今日、母さんと叔母が帰ってくるんです」

「ソウなんデスか……桃子さンは、義理ノ母親なンでしタね」

「はい。………それで、その二人なら、きっと人探しに協力してくれると思います」

「……………恭也さン…………」

「………早く、見つかると良いですね…………」

「………………………………ハイ……………」

 

 少し、嬉しかった。そして――――やっぱり、寂しかった。

 

『ただいまー。おーい恭也、帰ったぞー』

『ただいま………』

「噂をすれば影、ですね。ちょっと待ってください」

 

 恭也さんはそう言ってリビングを出て行った。

 しばし玄関の方で話をしている声がして、

 

「んー?どれどれ」

「……………」

 

 その二人が、リビングに現れた。そしてその二人の顔を見た瞬間、

 

「―――――――――――!」

「―――――――――――!」

「―――――――――――!」

 

 三人分の驚愕。私の目の前にいるのは――――

 

 ――――――不破夏織と、御神美沙斗。

 

 そして思考が暴れ出す。

 

 ――ブレイド――御神美沙斗――義理の母親――高町恭也――戦闘力――叔母――実の母――不破――御神――『そいつ』

 

 ――――――全てを理解し、驚愕している私の思考とは別に、肉体は最善の方策を判断し、実行する。

 

 『私』は特殊な腕の捻りとともに、腕を振り上げる。

 即座に『私』の正体をする二人は反応したが、振り上げた腕の袖口から出たものを見て追撃の

中止を余儀なくされる。

 

 ――――――手投弾。

 

 『私』は踵を返し、台所へと走る。そこには晶ちゃんとレンちゃん、なのはちゃんがいた。

 一番近くにいたなのはちゃんをすり抜けざまに掠め攫い、状況の把握ができていない二人の間

を抜け、窓を蹴って外へ飛び出した。

 

 

 

 ―――――次の瞬間、高町家のリビングから閃光が疾り、『私』はそれを見ずに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ようやく物語は始まる。

 

 壊すものと守るもの。

 暗殺者と剣士。

 

 どんなに否定しても、どんなに拒絶しても、やはりこの二人は敵同士でしかない。

 どんなに否定しても、どんなに拒絶しても、やはりこの二人は殺し合うしかない。

 

 もはや剣士に躊躇は許されない。彼は守るものだから。

 もはや暗殺者に躊躇は許されない。彼女は壊すものだから。

 

 この戦いは、お互い望んでなどいない。二人とも、戦いたくなんてない。

 

 それでも剣士は止まれない。彼には守りたいものがあるから。

 それでも暗殺者は止まれない。彼女には壊さなければならないものがあるから。

 

 もはや躊躇は許されない。この瞬間に、互いは互いにとって殺すべき存在となったのだ。

 もはや躊躇は許されない。躊躇すれば失うだけだ。躊躇せず――――殺さなければならない。

 

 

 ここは、物語の次なる二話。

 

 『Collapse of peaceful days』    (平穏な日々の崩壊)

 

 

 

 今、ようやく意味を持った物語。

 今、ようやく始まった物語。

 

 誰も望まない戦いが。

 ただ悲しいだけの戦いが。

 ただ虚しいだけの戦いが。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――今、始まる―――――