―――――――――『My name is……』03――――――――――

―――――――――『Double night ・ One side』―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………暗殺者………弓華さんが…………」

「………そうだ。確か、泊龍とかいう奴だ。結構腕は立つ。………本物だ」

「…………………」

 

 ………そんな。

 

「………その証拠に、なのはちゃんはここにいなくて、変わりにこんなモンがあるわけだ」

 

 そう言って、母さんは手投弾――――閃光手榴弾の残骸を差した。

 

 ………そう。状況の全てが彼女が暗殺者であることを、その標的が俺であったことを示している。

 ………解ってはいる。疑う余地が無いことなど。

 

 ………………………解っては、いるのだ。

 

「………とにかく早急にここを離れるぞ。ここのことはもう龍にばれた。いつ襲われるか解らない………」

「そうですね。と言っても……どこに行けばいいのか」

「…………心当たりはあります」

 

 ……ともあれ、対処が先だ。躊躇していては全てを失う。躊躇も後悔も、後でやればいい。

 

「…………忍の所に行ってて下さい。携帯で話はつけておきます。場所は、美由希に聞けばわかりますから」

「ちょっと待て」

「………あそこなら大丈夫ですよ。きっとノエルも力に―――――」

「待てっつってんだろ!」

「………………………」

「…………お前……どこに行くつもりだ?」

 

 …………そんな事決まっている。

 

「……………弓華さん……いや、泊龍を追います」

「………お前、自分がなに言ってんのか解ってんだろうな」

「……………………」

 

 解っている。もうこの近辺に居るわけが無い。それぐらい解る。

 ――――――普通なら。

 

「………なのはを助けます。………皆を、頼みます」

 

 俺はそれだけを呟いて、静止の声を振り切って外へ飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯に入っていたメール。

 差出人は――――――弓華。

 

 

 

 

 

 

『なのはちゃんにあずかっいますひとりでがっこうまでってください』

 

 

 

 

 

 

 漢字の解らない弓華さんのメールが、今俺の走っている理由だ。

 母さんと美沙斗さんには知らせない。そう―――――皆が襲われないとも限らない。

 これは、半ば以上俺のわがままだ。そうとも。彼女は暗殺者だ。常識から言っても襲われるに決まってる。俺は――――――それが、そのことが信じられない。俺はほとんどそれだけで、今走っている。

 

 

 

(……エ?……あ……ハイ!……大丈夫でス)

(………後で、手合わセしてくださイね♪)

(…………♪)

 

 

 

 ………俺にはどうしても信じることができない。

 

 

 

 

 

 

(………だッテ、そのヒトを見つけたラ、私は帰らナくッちゃいけナイ………)

 

 

 

(…………嫌デス。そんナの……)

 

 

 

 

 信じられない。あの言葉は、きっと嘘じゃない。

 

 信じたくない。あの言葉は、きっと嘘じゃない。

 

 

 

 

 

 …………雨が、降り始めた。私立風芽丘は、もう目の前だ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校庭の真中あたりまで来た時、風校の昇降口の近くにそのひとが立っているのが見えた。

 

  じゃりっ、じゃりっ、と、足音を響かせ、俺はその人に近づく。

 

 このまま傍までいければいい。母さんの話が、嘘であればいい。

 

 …………だが、弓華さんは片手をあげて俺を制止した。

 

 ………歩みを止める。

 

「……………………………」

「……………………………」

 

 雨の中、睨みあう―――――見詰め合う。

 

 しばらくして、不意にそのひとは口を開いた。

 

「…………なのハちゃンは、今は無事デス………でモ、早ク助けナイと危なイデスよ」

 

 ………その言葉は、彼女が暗殺者であることの証明。

 

「…………………何故………………」

 

 思わず零れ落ちた呟きに、そのひとは答えなかった。

 答えたのは、別のこと。

 

「…………そンなコト言ッテる時間があルのデスか?」

「………………………そうですね」

 

 そう――――そんな時間はない。

 躊躇するな。………俺のやることは一つ。大事な人を、守る。

 

 ―――――本気を出す。

 

「……………選んでください」

 

 その言葉は、宣告。

 

「………………エ?」

 

 それは、選択肢。

 

「…………まず、選んでください。―――――『御神の剣士を、敵に回すか否か』を」

 

 それは、御神の剣士と戦う時、まず考えねばならないこと。

 ――――――『その覚悟があるか』。

 

「…………………選んでください」

 

 どちらを選ぶかは、彼女の自由。どちらを選ぶかも、大体想像はつく。

 だが、できることならば―――――

 

「…………………………………」

「…………選んでください」

 

 ざあざあと、雨が降っている。そのせいなのだろうか。彼女が泣いているように見えたのは。

 

「でモ――――でモ私は、コんなコトしか思いツかナい!」

 

 そう叫んで、弓華さんは短刀をこちらに向かって投げた。

 …………………………悲しい。だが…………やはり、仕方の無いことなのだろう。

 

 キィン!

 

 澄んだ音が響く。

 

 そして“泊龍”は踵を返し、校舎の中へと走っていった。

 俺はその後を追い、昇降口を駆け抜ける――――が。

 

 ――――――ヒュン!

 

 鋭い音と共に、矢が飛んできた。顔めがけて飛んできたそれを首を捻ってかわし、さらに前進。

 三歩も行かないうちに黒い極細の糸に引っかかり、天井から煮えたぎった油が降ってきた。それも前に走って回避すると、足元がいきなり爆発する――――前に神速を発動し、跳ぶ。その行動がまた次の罠を起動させる。

 

「ち……!待ち構えられていた、か!」

 

 俺は常人よりはるかに眼がいいが、それでも夜の闇の中で黒く細い糸を見ることなど出来ない。

 電気をつければ見えるのだろうが、それもやばい。こちらの位置が解ってしまい、しかもそのスイッチにも当然罠があるだろう。

 

「……………見事だ」

 

 御神流に対抗できない人間が取る戦法ではこれが最良だ。無敵の御神の剣士も人間。かわし続ければいつかは疲れ、そこが致命的な隙となる。

 

「……………………」

 

 泊龍は気配を消さない。それ自身が囮だ。遠距離の攻撃手段が無く、援護も頼めず、また退却するわけにもいかない俺は、どうあがいても罠を食い破って泊龍に近づくしかない。

 

「………………………見事、だ」

 

 …………ぐうの音もでない。生きて帰ったら罠の研究でもしよう。

 

 俺は走り出す。距離が開けば開くほど、俺は不利になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階から二階へ。二階から三階へ。三階から二階へ。二階から海中校舎へ―――――

 

 泊龍は次々と移動しつつ罠を仕掛け、俺はそれを突破する。だが、圧倒的に状況は悪い。

 罠をかわすことは出来る。だが俺には罠が仕掛けられていることを見抜けない。そのため常時集中力を維持しなければならない。

 

「……………くそっ」

 

 飛んできた刃物を叩き落しながら、思わず呟く。

 

 ――――――ぞくっ。

 

 不意に首の後ろがあわ立つ感覚。咄嗟に身を捻ると――――

 

 ――――――びしっ。

 

 という音がして、横の壁に穴があいた。

 

(――――――狙撃!?)

 

 弾痕から射角を判別。見ると屋上にライフルらしきものを構えた泊龍がいた。

 

 ――――びしっ。びしっびしっびしっ!

 

「……く!」

 

 慌てて走り出した俺の背後から、着弾の間抜けな音が追いかけてくる。

 

 階段のところまでたどり着き、弾丸の届かない角度に身を隠す。

 同時に泊龍の気配が消える。

 

「…………くっ………!」

 

 ―――――強い。地形の使い方が圧倒的に上手い。

 このままでは千日手―――――いや、俺が先に死ぬ。

 …………どうする?どうすれば反撃できる?考えろ―――――――

 

 ……………いや。………そうか。遠距離とはいかなくても、攻撃手段はある。

 

「………………………狙撃……………せめて隣の建物から撃ってくれれば」

 

 泊龍はここの地形を正確に把握している。それを――――逆手に取る。

 

 俺は再び走り出す。二階、海中と風校を繋ぐ渡り廊下へ。

 

 

 

 海中―風校への北側渡り廊下。ここは遮蔽物が一切無く、狙撃には絶好の狙点だ。匍匐前進で

もすれば別だが、床に罠を仕掛けることで逃げ場を無くせる。そしてこの廊下は角度的に、もう

片方の連絡通路、南側の渡り廊下からでしか狙撃できない。狙撃自体は出来ても、その場合は俺

が逃げる道は出来る。

 

 俺が泊龍ならばここで仕掛ける。

 

(さあ、来い……!)

 

 俺は見失った泊龍を捜すフリをしながら、渡り廊下を駆ける。半ばまで来たところで、罠を踏

んだ。同時に南側の通路で誰かが立ち上がり、銃撃をしてくる。

 

 ―――――びしびしびしびしびしっ!!

 

 今度は拳銃のようだ。その連射に窓ガラスが砕け散り、雨の音が大きくなる。

 

 ―――――神速!

 

 モノクロになった世界で俺はさらに集中し、泊龍の持つ二丁の拳銃の銃口を睨みつける。

 銃口から着弾地点を判断し、連射のリズムから撃つタイミングを計る。

 

 ―――――ぱしゅっ。

 

 消音器のついた拳銃の発射音が聞こえた気がした。

 肩のあたりに当たるはずの弾丸を独楽のように回ってかわし、その反動をつけた飛針を三本、

思い切り投げつける。

 いつもより数段勢いのある飛針は、重力にとらわれることなく直進し―――――

 

 ―――――泊龍の顔に当たるはずのそれは、かわされた。

 

 泊龍は素早く踵を返して走り出す。予想外の事態には引く――――やはり強い。

 

 ―――――だが逃さない。

 

 泊龍は気付かなかった。飛針は囮だ。本命は飛針と一緒に投げた十番鋼糸。

 それをガラスの割れた、二つの窓枠中央に括り、素早くこちら側の中央部にも括る。そして

俺は、虚空に張った鋼糸の道の上を走り、反対側へたどり着く。

 

 ―――――同時に神速を解く。

 

 長い間―――神速の中の体感時間で10秒の間入っていたため、少し頭痛がしたが、それは無視する。

 

「………俺の勝ちだ。泊龍――――」

 

 十メートルほど先を走っていた泊龍は、弾かれたように振り向き、右手の銃で俺を撃つ。が、

咄嗟の行動だったからか、それとも拳銃に慣れていないのか、それはあらぬ方向へ当たった。

 振り向いた泊龍の顔には驚愕の色が見える。おそらく、瞬間移動でもしたように見えたのだろう。

 

「…………HGS…………」

「いや、違う」

 

 泊龍は再び無表情に戻り、殺気を放つ。

 

「…………無駄な真似はよせ。この距離ではもう無理だ」

「………………………」

 

 泊龍の殺気は揺らがない。

 

 …………空気がぎりぎりとねじられ、一本の糸になるような、決闘にも似た一瞬。

 

「………………!!」

 

 泊龍は両手の拳銃を乱射しながら突っ込んでくる。

 俺は二発目までを見切り、神速に入って以降をかわし、同じく疾走する。

 そして一足刀の間合いで神速を解き、斬りつける。泊龍は拳銃を投げ出して腰から二本ナイフ

を抜き、それを受け止める。悪くない。だが、まだまだ甘い――――

 もう一撃繰り出し、左手のナイフを弾き飛ばす。

 

(このまま右手のナイフも弾いて、決着をつける!大切な人を守る―――なのはと、あなたを!)

 

 右手のナイフを弾き飛ばそうと、俺は渾身の斬撃を放つ。

 

 …………なっ!?

 

「………ぐッ………!」

 

 泊龍―――いや、弓華さんは左手で右手のナイフをかばった。

 あっけなく――――弓華さんの左手は切り飛ばされる。

 

「な!?弓華さ―――」

 

 驚愕に一瞬体が硬直した、その時―――

 

 弓華さんが、笑った。

 

 少し嬉しそうに、とても悲しそうに。

 

「貴方ハ、本当に優しイでスね―――」

 

 その言葉と共に、彼女は右手のナイフを――――――

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――俺の腹に突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 剣士はこう思っていた。

 彼女には、なのはを害する気も、俺を殺す気もないのだと。

 剣士はこう思っていた。

 なぜなら、彼女はなのはを人質にして、俺を殺そうとしていないから。その方が、楽で確実なのにと。

 

 それは、ある意味では正解。ある意味では不正解。

 

 剣士は気付いていない。

 彼女がここで剣士と戦っている、その意味を。

 剣士は気付いていない。

 彼女の任務は、剣士を殺すことではなく、剣士のことを調べることだった、そのことに。

 

 傍目から見れば、彼女は、剣士と戦う理由などない。

 

 剣士は、そのことを知らない――――――

 

 

 

「でモ――――でモ私は、コんなコトしか思いツかナい!」

 

 暗殺者が搾り出すようにいった台詞は、いったい何を意味するのか――――――

 

 

 

 これは、物語の要たる三話。

 悲しく虚しく馬鹿馬鹿しい、滑稽な滑稽な戦いの物語。

 もう戻れない物語。

 

『Double night ・ One side』     (剣士の夜)

 

 これは剣士の夜の物語。

 もう片側の夜の物語は、次なる四話で語られる。

 

 いまだ未完成な物語。

 もう戻れない物語。

 悲しく虚しい物語。

 

                

 

 

 

 

 

いまだ、星の見えない物語。