前書き。

 

 これは『矛盾の刃』シリーズの第五幕・裏の後編、その本文中に恭也が少しだけ言っていた、

『守れなかった人』がメインのif的なおまけシナリオ(笑)です。内容はシリアスですけど。

 

 時期としては、終幕の前編あたりからです。

 

 本編を読んでいない方は、まず本編から読むことをお勧めします。

 

 では、始まり始まり〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 マタシテモ、マモレナカッタ。

 ………アノヒノヨウニ。

 

 ――――――あの日。赤く照らされた闇。肌にあたる熱気と、嗚咽が響く中で。俺は、

何も出来ずに、燃え落ちる屋敷を見ていただけだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 矛盾の刃、外伝―――『Please give me tears』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ―――――――エーディリヒ205437・カスタム。

            ―――――――登録名『ノエル・K・エーアリヒカイト』

                   ―――――――再起動します。セルフチェック・スタート。

 

 

 

 

 

 ……………問題あり。記憶領域の破損、その修復行動による回路の混乱、及び、それに

連動する行動領域の半数がフリーズしています。

 

 ……………回路の混乱は自己修復機能により修復可能と判断。機能回復・行動可能まで

の予想時間は―――――60時間と59分59秒です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私』は『私』が起動する音を聞いた。

 

 

 

 …………私が目覚めたとき、機能を停止した日から実に1年以上が経過していた。

 

 今すぐにでも動きたかったが、あと二日と半日は動けないようだ。

 

 

 

 

 

 ……………動けない私が出来るのは、思考すること。

 

 そして、考えるのは――――――――恭也様のこと。

 

 ………………私が真っ先に考えるべきなのは、忍お嬢様でなければいけないのに。

 

 …………何故、だろう?

 

 

 

 

――――――これが、貴方が言っていた、『人間』ということなのでしょうか?恭也様―――――

 

 

 

 

(人間、か?そうだな…………難しいな)

 

 ……………恭也様。

 

(そういうものさ。あまり、理屈には当てはまらないんだ)

 

 ………………………恭也、様―――――

 

(…………そうか?………本当にそうか?)

 

 

 

 

 

 

 私は、エーディリヒの205437です。

 登録名はノエル・綺堂・エーアリヒカイトと申します。

 

 

 

 …………『夜の一族』の方に、オマエはなんだ?と聞かれたとき、私はそう答えてきました。

 

 ………………ずっと、そう答えてきました。

 

 …………………………………ですが。

 

 

 

(…………本当に、そう思うか?)

 

 

 

―――――――ですが――――――――

 

 

 

(………私は、機械ですから)

(…………そうか?………本当にそうか?…………本当に、そう思うのか?)

(…………どういう意味ですか?)

(……そのままの意味だ。…………お前はまだ、自分が機械だなんて『信じて』いるのか?)

(…………え?)

 

 

 

 ――――ですが。

 

 ――――――――今度からは。

 

 私は――――――人間です、と。

 言おうと思います。恭也様。

 

 

 

 私は――――――人間なのですから。

 

 

 

 

 

(お前は立派に人間だよ。ノエル―――――)

 

 貴方がそう言ってくださるのなら。貴方さえ言ってくださるのなら。

 

(お前からは『気配』を感じる。確かな意思の存在を感じる)

 

 貴方がそう言ってくださる限り――――――

 

(お前は人間だ。ノエル――――)

 

 ――――――はい。私は、人間です―――――

 

 

 

 

 矛盾していますね。機械の癖に。でも―――――――

 

(矛盾を持たない人間はいない)

 

 私はそれを恐れません。

 矛盾した命令をコンピュータに入力すると、フリーズしてしまうように。

 

 私が持つ矛盾は、私が人間である証拠なのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

(………ノエル)

 

 恭也様。あなたが私に言ってくださる、言葉の一つ一つが、宝物のように思えます。

 

 

(…………そうですね……単なる振動として受け止めるのはもったいない、と感じる音は

存在しますね。…………ひとの声は、特にそう感じます)

 

 貴方の声を、音声データとしては扱いたくない。

 貴方の姿を、映像データとしては扱いたくない。

 

 貴方の声の『記憶』を。

 貴方の姿の『記憶』を。

 

 私は宝物のように抱えて、貴方に会えるまでの60時間を待つ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――60時間後。九台桜隅――――――――――

 

 

 

 

 

 

 …………見えた。

 

 200メートルと――――いえ。正確なデータなど無粋ですね。『ぐらい』のところで、恭也様が寝転んでいる。

 

 私は歩き出した。恭也様の元へと。

 

 

 

 

 

 貴方は本当にたくさんのものを私に教えてくださいました。

 

 

 

 

 

 

(…………あれは、卑怯だ……………)

(…………まだ少し、涙が……………)

 

(…………あのロケットパンチは…………)

(………私の、憧れ)

 

(………ノエルー?ちょっと来て―?)

(うわ、ま、待て、忍!)

 

 …………………たくさんの、感情……………

 

 

 そして、泣くことを忘れてしまった私に―――――――――涙を。

 

 

 貴方が私にして下さったことに対して、私が貴方にしてさし上げられることはあまりにも少なく、また小さすぎます。ですが。

 

 それでも、私は。

 

 貴方の傍に、もっと居たい。

 もっと、貴方の近くに居たい。

 

 

 

 

 

 

――――――恭也様。この『感情』が何なのかも、教えてくださいますか?――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………守れた。

 

 父さんの想いを。

 母さんの心を。

 

 嬉しかった。

 

 真伝継承の事よりも。

 父さんを超えたことよりも。

 

 守れた事が。

 俺の剣は、何かを守れるのだという事が。

 

 嬉しかった。

 本当に、嬉しかった。

 

 俺は寝転んで、月を見る。

 綺麗な満月。静かな夜。

 俺は酒が飲めないけれど、今飲んだなら、きっと上手いだろう。

 

 目を閉じる。

 このまま寝てしまおうかと、何となく思ったとき――――――

 

「…………恭也様…………」

 

 もう寝ているのかと、思った。

 聞こえてきた声は、一番聞きたくて、でも聞けなかった声だったから。

 夢だと思った。

 目を開けて、そこに見えたのは、一番会いたくて、でも会えなかった人だったから。

 

「…………恭也様…………」

 

 

 …………守りきれなくて。

 …………でも、一番、守りたかった人だったから。

 

 

 …………ああ。そうか。

 俺は、彼女が好きなんだ。

 愛しくて、守りたいんだ。

 

 

――――――俺は静かに、彼女の名を呼んだ――――――

 

 

 

――――――「おかえり、ノエル……泣けるように、なったか」――――――