矛盾の刃――――終幕後編・リスティver―――

 

――――「桜花狂咲(チェリーブロッサム)」――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                  『幸せだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、彼女が好きなんだ。

 愛しくて、守りたいんだ。

 

 

 ――――――俺は静かに、彼女の名を呼んだ――――――

 

 

 

「…………リスティさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………や」

 

 珍しく、涼しい今夜。満月の下で、恭也がこちらを向いた。

 恭也は立ち上がり、ぱんぱんと服をはたく。

 

「…………見てたよ。………と言っても、ほとんど見えなかったけどさ」

「…………そうですか」

 

 恭也はほんの少し笑った。それだけで鼓動が跳ね上がる。

 

「行かせちゃったけど、良かったの?」

「ええ。あの人は俺の母親です」

「………………ええ!?」

「…… 少々複雑でして………また今度ゆっくり話しますよ」

 

 …………驚いた。

 あ、いやいや。そうじゃない。話があるんだってば。

 

「…………ね、恭也。………ちょっとだけ、ボクの話も聞いてくれるかな?」

「………はい。なんでしょう?」

「………『LCシリーズ』のこと、フィリスから聞いた?」

「………はい」

 

 …………そう。まずはボクのことを正しく理解してほしい。

 

 ボクはピアスをはずし、フィンを展開する。

 

「ボクはね、この力が嫌いだった。この妖精の羽が嫌いだった。こんな、何かを壊すことにしか

使えない力なんて、ボクは要らなかった」

「……………」

 

 恭也は何も言わない。それでいい。何か言って欲しいわけじゃないから。

 何も言わないのが恭也の優しさだと、ボクは知っているから。

 

「でも、最近は、悪くないかなって、思う」

 

「どこかの誰かさんが、綺麗だって言ってくれたから」

「…………え?」

 

 ありがとう。

 

「嬉しかったよ。本当に」

 

 キミは、ボクの羽を『綺麗だ』と言って。

 

 病室でキミは、笑ってくれた。

 本当に、嬉しそうに。

 ………『ありがとう』って。

 お礼を言いたいのは、ボクのほうだ。

 

 ありがとう。

 ボクは、初めて破壊以外にこの羽の力を使えた。

 ボクは、初めてキミを喜ばせてあげられた。

 

 キミが教えてくれたんだ。

 ボクの力は、癒すことも出来るんだって。

 

 キミが教えてくれたんだ。

 ボクの羽は、綺麗だって。

 

「…………………ボクは、ね……………」

 

 ……………………

 

「キミの事が、好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………怖い。

 

 拒絶されたりはしないだろうか。ボクは兵器として作られた。それは事実なんだ。

 理不尽な暴力を何より憎む恭也は、ボクを拒むのではないだろうか。

 

 …………………怖い。

 

 恭也の顔を見れない。

 

 でも、言わずにいるのは嫌だった。

 言わずにいることが、言わないまま終わってしまうことが、拒まれるのと同じくらい怖かった。

 

 …………………恭也………………

 

「俺は」

 

 恭也のその言葉に、びくっと震える。

 

「俺は、自分が嫌いでした。中途半端で、誰も守れない自分が」

 

 …………………え?

 

「でも、最近は悪くないと思っています。…………こんな俺を、好いてくれる人を見つけましたから」

 

 ………………………恭也。

 

「……………俺も、その人が好きだと気付いたから」

 

 ………………………恭也!

 

 恭也の大きな手が優しくボクの頬に触れ、そのまま進んで髪を梳いてくれる。

 その感触に、泣きそうになる。

 

 

 

 ………………でも………………

 ………………ボクは………………… 

 

 

 

 

「…………兵器として作られたボク達には、人を愛したり、人に愛されることは特別な意味を持つんだ…………」

 

「………ボクは、自分は人間だって信じてる。笑ったり、悲しんだり出来る、人間だって。でも……でもね」

 

 …………怖いんだ。

 

 ボクはやっぱり、兵器にすぎないんじゃないかって。

 

 どうしても思ってしまうんだ。

 

 髪を撫でてくれるその手に、不安を覚えてしまうんだ。

 

 こんなボクを、キミは本当に―――――――

 

「愛しています」

 

 …………え?

 

「…………剣を見て育った俺は、不幸を退ける事が出来ます。他の人より、大きな不幸と戦えます。でも……」

「剣しか見ずに育った俺は、逆に、誰かを幸せにすることは出来ないだろうって、思っていました…………」

 

 ………ああ。そうだったんだ。

 

 決して、同じではないけれど、よく似ている悩みを、ボク達は抱えていたんだ。

 

 ……………それならば。

 

「ボクは今、とっても、幸せだよ…………」

 

 ボクがキミの答えになるよ。

 キミがボクの答えになってくれたように。

 ボク達は互いの答えになれる。

 

 恭也が、笑う。あの日の病室で見た、ボクの一番好きな笑顔で。

 

「愛しています。リスティさん…………」

「うん…………幸せだよ。恭也…………」

 

 

 

 

 …………ボクは恭也を見上げ、そっと背伸びをした…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………こんなところかな。手順はいつもどおり。ボクが精神波で、恭也が気配で怪しい

奴を定期的に探す。見つけたら互いに連絡。基本的には恭也が戦闘。戦闘終了までは

ボクが全開で精神波探索をして、周辺の警戒にあたる。………質問は?」

 

「いえ、ありません」

 

 …………海鳴ベイシティホテル。

 ボク達は今、いつかのようにここで警備の仕事をしている。

 なんというか、このホテルには不思議と縁があるような気がする。

 

「そう。…………ところで、敬語、治らないね」

「…………すいません………」

「……ま、さん付けを止めてくれただけでも御の字か。敬語は………今すぐじゃなくていい

けど、いつかは治してね」

「……はい」

 

 その会話の後、恭也はいくつか必要事項を確認して、警備室を出ようとする。

 ボクはそれを引き止めた。

 

「待った。…………いつかみたく、ヘンな女と上のバーに行ったりしないでよ」

「しません…………というか、前も行っていませんし」

 

「どうせならさ、ボクと…………」

「はい。どうせなら一緒に行きましょう」

 

 ………からかおうとして、先手を打たれた。予期せぬ反撃に思わず顔が熱くなる。

 恭也はそんなボクを見て、くすっと笑い、警備室を出て行った。

 

「……………………ちぇっ♪」

 

 …………お仕事、お仕事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警備室で、銀髪の女性が穏やかに笑いながらモニターを見つめている。

 彼女が見つめるモニターの中には、彼女に負けないくらい穏やかな微笑をした凛々しい青年が歩いていた。

 

 

 

 

 青年の穏やかな微笑みに魅了された、警備対象の女性達が一悶着起こすのだが、それはまあ、別の話。

 

 

 

 

 

 

 

「こらぁッ! 恭也〜!」