矛盾の刃――――終幕後編・桃子―――

 

――――「桜花狂咲(チェリーブロッサム)」――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『泣いて』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は、彼女が好きなんだ。

 愛しくて、守りたいんだ。

 

 

 ――――――俺は静かに、彼女の名を呼んだ――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………桃子…かーさん」

 

 

 

 

 

 少し、私は驚いた。

 

「…………なつかしいわね。その呼び方……どうしたの?いきなり………」

「…………いや。…………思い出していただけだ」

 

 そ、と短く返事をした。

 

「……何故ここに?」

「…………私がいちゃいけないの?」

「………答えになってない」

 

 ………………………。

 

「心配だったのよ。いつもと様子が違ったから」

「…………え?」

「隠しきれたとでも思った?おあいにくさま。私はね………桃子さんなのよ」

「…………………………理由になっていないのに、何故か納得してしまうな………………」

 

 ………あはは。

 

「………しかし、よく解ったな………わりと、自信あったのだが」

「そりゃわかるわよ」

 

 …………貴方のことだから。

 

「あんたのことぐらい」

 

 …………ずっと見てたから。

 

「私は」

 

 …………貴方が好きだから

 

「あんたの母親だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そうか」

 

 …………?恭也は少し寂しそうな顔をした。どうかしたのかな?

 …………………寂しいのは、私だよ。

 

 恭也は、す、と立ち上がり、ほこりを払うしぐさをした。

 

「…………行こう」

「………うん」

 

 私達は並んで歩き出す。

 私は頭一つぶん高い位置にある恭也の顔を見あげた。

 

「背、伸びたね」

「…………は?」

「だから、身長。私より高くなったの、いつだったっけ?」

「…………たしか、14ぐらいのときに並んで、15か6で今の身長になったんだと思う」

「…………そっか」

 

「ね、恭也。お願いがあるんだけど」

「…………なに」

「泣いて、くれない?」

「……………え?」

 

 恭也が足を止めて、こっちを見た。

 

「昔、言ったよね。『俺は泣かないから、か―さんが泣きなよ』って」

「…………忘れたな」

 

 ………嘘が下手ねえ。

 

「………私は大丈夫よ」

「……………………」

「あんたのおかげで、私はもう大丈夫よ」

 

 だから、今度は。

 

「………泣いて、みない?………恭也………………」

 

「……………………………」

「私、あんたが泣いたり、泣きゴト言ってるところ、みたことない」

「………俺は」

「大丈夫って?でしょうね」

 

 でも。

 だから。

 

「だからこれは『お願い』。泣いてみてよ。恭也」

 

 私は、どう頑張っても貴方にとって母親でしかないのなら。

 

「あんたが八年前に漏らすはずだった、泣きゴトを聞かせてよ」

 

 せめて、それぐらいはさせて。

 

「それだけでも、救われるわよ」

 

 八年前、私がそうだったように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………………………………………………」

 

 恭也は俯いて、じっと考え込んでいたが、しばらくして顔を上げ、呟いた。

 

「……………辛かった」

 

 …………その言葉と共に、ただ一滴だけの涙が、恭也の頬を伝う――――――

 

 

 

 

 

 

 

 …………そして恭也は前を向き、歩き出した。

 

「…………ほんと、不器用ねえ」

「………………」

 

「………………………………………………恭也」

「………………今度はなに」

「大したことじゃないわ。……………ただ単に、私はずいぶん前からあんたの事が好きだったってだけ」

「…………!?」

「ひとりの…………男性として」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さすがに、これは知らなかったでしょ」

 

 私は努めて冗談っぽく言った。………泣いてしまいそうだったから。

 

 

 

「………片思いで終わらずにすみそうだな」

 

 …………え?

 

「親子、か。まあ、双方の気持ち次第だろう。特に問題ない」

「……………恭也?」

 

「気付いたのは本当についさっきだったが、多分ずっと前からだったんだろうな」

「恭也!?それって」

 

 どういうこと、と続けようとした言葉は、結局出なかった。

 …………恭也が、私の手を握ったから。

 

「…………帰ろう」

「………………………………………………………うん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私達は、手をつないで歩き出した。

 八年前のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

八年前から、やり直すように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――数年後・翠屋―――――――――

 

 

 

 

 

「チーフ♪」

「…………………何だ店長」

 

 恭也は相変わらず無愛想だ。

 

「あんまり邪険にすると給料払わないわよ♪」

「かまわんぞ。来月の誰かの誕生日にプレゼントを買えないだけだ」

 

 ………………う………

 

「…………………うー、いじわる………」

「………で、結局何か用事でもあるのか?」

 

 ああ、そうだった。

 

「…………良かったの?…………ここに就職して」

「……………どういう意味だ?」

 

「警防隊とか、警察とか、父さんみたいにSPとか、色々あったでしょ」

「………………………………………………………約束は、守らないといけない」

 

 ……え?

 

「一緒にいるさ。桃子が飽きるまで」

 

 ………………!

 

「うん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絶対、飽きないだろうけど♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき。(このあとがきは他のと全く同じです)

 

矛盾の刃完結・桃子編、どーだったでしょうか?

今、一幕を読み返してみて、この頃よりは多少マシなSS書けるようになったんではないかなとか、思ってます。

久しぶりに一幕から読み返すと、覚えてるつもりだった文にもはっとしたりして、なかなか面白いですね。

次は何書こうかな〜

                            浜口一矢でした〜♪