九洲炎舞 第二話「流されて九洲」 (H:ゲーム+小説 M:九峪・キョウ J:シリアス)
日時: 07/20 12:24
著者: 甚平




「・・・・・・どこだ、ここは?」

九峪は頭の上に疑問符を浮かべながら首を傾げた。

俺が今いるところは薄暗い森の中。

周囲には木がところ狭しと生い茂り、そのせいで空は明るいにもかかわらず、周りは薄暗い。

「何で俺はこんなところにいるんだ?」

自分は先ほどまで保管庫にいたはず。

決してこんなどことも知れない林の中にはいなかった。

例え夢遊病者よろしく無意識のうちに俳諧していたのだとしても、保管室ないし遺跡の周りには森はない。

かつてはあったが調査のために周辺を伐採したらしい。

そのため周囲に森はなく、自分がここにいることは不自然極まりない。

だとしても。

「ここどこ?何でここにいんの、俺??」
 
堂々巡り。思考がまったく終わらない。

九峪の高い知能をもってしてもわからない。

大体にしてわけのわからないことばかりだ。

教授に呼ばれて不可解な銅鏡を調べて、日魅子が保管庫に入ってきて。

日魅子の持っていた鈴が鳴り出して、光の柱が現れて。
 
・・・・・・まて。

「あの時、俺は光の中にいて日魅子は外にいた・・・。あの光は銅鏡のおこしたもので、俺はその中にいて・・・・・・・・・」

結果、俺はこんなところにいる。

あの銅鏡は俺を・・・否、日魅子をここに連れてくるつもりだった。

俺はそれに巻き込まれてしまった。

そうなると、

「・・・・・・日魅子は・・銅鏡は、どうなったんだ・・・?」

結論に行き着き、そして新たな疑問。

九峪は一人と一つを捜して辺りを再度見渡した。

そこには相変わらずの木々のカーテン。草木は茂り、はっきりいって視界は悪い。

薄暗く、葉の間から漏れる光だけが周りを明るくする。

九峪は立ち上がり、捜す。

あの光の中にいたことが原因でここにいるのなら、光の外にいた日魅子はここにはいない可能性が高い。

しかしあんなわけのわからないことの直後にこのようなところに来ていれば、誰もが不安になるもの。

それは九峪も同じである。

心細い九峪は、必死で日魅子の姿を探した。

気配というものがわからない九峪は、漫画のキャラクターのように気配を探ることはできない。

ただひたすらに足と目を使って捜し続けた。









日魅子(+α)の捜索を始めて十数分。

俺の耳に音が聞こえた。

音自体はいろいろと聞こえている。草を掻き分ける音。野鳥の鳴き声、まるで狼のような野犬の遠吠え。

  だが今。それらとは別の、異質な音。

りいぃぃん
 
―――鈴の音。

そう。あの時、保管庫の中でおきた奇怪な現象。自分がここにいることになった原因の一つ。

日魅子が持っていた、あの鈴。

そして俺が握っていた、あの鈴。

目を血走らせて周囲を見回す。

IQ百八十以上の頭脳を高速回転させて、目に映る映像を解析する。

木。草。光。土。虫。銅鏡。

――――――見つけた!!

俺の視線の先。木々に囲まれ、草に埋もれ。

銅鏡はそこにあった。

九峪は銅鏡に駆け寄った。足場も視界も悪く、つんのめりながら、それでも九峪は銅鏡のあるところに駆けた。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ぅ、・・み、見つけた・・・」

銅鏡のところまでくると、九峪はかがんで銅鏡を拾った。

「鈴は・・・あった」

銅鏡のすぐ横に、鈴は落ちていた。草陰に隠れていたそれを九峪は一緒に拾った。

「・・・どこも壊れていないな、鈴のほうも特になんともないみたいだし」

九峪は銅鏡と鈴の無事を確認した。

鈴のほうはわからないが、この銅鏡はとても価値のある出土品。

わけのわからないことだらけとはいえそこはそこ、やはり気になる。

「ん?何だ?」

安堵した九峪は、銅鏡の鏡面に波を打ったような波紋が広がるのを見た。

九峪がそれに気がついたと同時に銅鏡は鏡面から軽い光を発した。

「んな!?何だぁぁぁぁぁ!?」

「ふ〜、やぁっとそとぅわああああぁぁぁぁぁぁ!!?」

軽めとはいえいきなり目の前で瞬いた光りに驚いた九峪は手に持っていた銅鏡を放り投げてしまった。

光と共に銅鏡の中から出てきかけていた物体Xは放り投げられた拍子に悲鳴を上げながら一緒に飛ばされた。

草の上に不時着した銅鏡。地面の上をゴム鞠の如く跳ねる物体X。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・な、な、何だありゃぁ・・・銅鏡が光って、変な声が聞こえて・・・」

しりもちをついた九峪は両手を地面について体重を支えながら途切れ途切れに呟いた。

混乱の極みに立たされた九峪はかなり泣きが入っており、今まで目まぐるしく動いていた思考は見事に停止していた。

地面に転がっているゴム鞠を観察しながら動かない九峪。







数分後。

混乱から立ち直り銅鏡と物体Xを拾った九峪は地面にそれらと鈴を並べてしげしげと眺めた。

「本当に・・・・・・何なんだ、これ・・・?青いし、丸いし・・・。小人族にしちゃ小っこすぎるし・・・」

物体Xを眺めながらわけのわからないことを口走る九峪。まだ混乱しているのかもしれない。

「う〜〜ん、生き物だよなこれは」

ふにふに。

物体]をつつく九峪。別に意味はないし、端から見ていると怪しさ万点の光景なのだが、落ち着いたとはいえまともに頭が働いていない状態の九峪にはあまり気にならないらしい。

「これって銅鏡の中から出てきたんだよな・・・。ゴーレムか?」

ぷにぷに。

「なかなか弾力があるな・・・」

ぐりぐり

「そういやこいつ生きてんのか?」

ぐりゅぐりゅ

「さてそろ「やああぁぁぁめええぇぇぇてええぇぇぇ!!」のわぁ!?」

九峪の生存確認方法?がぐりゅぐりゅからごりごりに変わろうと(どんなものかはご想像にお任せ)していたとき、突然奇声を上げる物体]。

驚いた拍子に手を離してしまいその隙に物体]は起き上がり。

   ひょい

浮いた。

「・・・・・・」

「うううぅぅ、何するんだよぉ君は、痛いじゃないか!オイラの体をすり潰す気!?」

宙に浮いた物体]を阿呆のように眺める俺。中々にシュールだ。

そんな九峪の様子に気づかず、物体]は文句を言い続ける。

「――――――いくらオイラが精霊だからって・・・って、聞いてるの!?」

「(ビク!)ん?お、おう。もちろんだ・・・」

明らかに聞いていなかった九峪に呆れてまだ何か言おうとしたが、次の瞬間には毒気を抜かれたように大きくため息をついた。
 
そんな物体]の態度にムカッとしたが、何もわからない状況でことを荒げるのは得策ではないと判断し、九峪はぐっと堪えた。

「まぁ、今はそんなことはどうでも良いや。それよりも、君!君はいったい誰さ。確かオイラ日魅子を連れてきたはずなんだけど」

物体]の問いに目の色を変える九峪。

九峪は物体]の首?を両手で掴むとそのまま強く握る。

「てめぇ!人様こんなとこまで連れてきて言うことはそれかああぁぁーーーー!!」

「ぐ、ぐるじいいぃぃぃーーー!やめでぇぇぇぇぇ!」

九峪に首?を握り締められてもがく物体]。

自制していた九峪もここにきてキレた。

九峪の手の中で短い手足をばたつかせる。

手で九峪の腕をペシペシと叩くが弱まる気配は一向にない。

「うええええぇぇぇぇ・・・・むぎゃ!」

青い体がさらに真っ青になりかけて白目をむいて唸っている物体]の首にかけていた手が外される。

すでに自力で浮くことができないのか、そのまま地面に落ちた。

「はぁ、はぁ・・・・・ふぅ。くそ、このちんちくりんめ。おい、起きろゴム鞠」

「ゴム鞠じゃなーーーーーい!!」

九峪のちんちくりん&ゴム鞠発言に物体]は九峪の目と同じ高さまで飛び上がって講義する。

おそらくは憤怒の形相で睨んでいるのだろうか、見た目が見た目なだけにいまいち怖くない。

てゆうか怖くない。まったく。

「おい、ゴム鞠」

「だから違う!ゴム鞠じゃないって言ってるじゃないか!」

「じゃあなんて呼べばいいんだよ、ちんちくりんか?」

冷たいまなざしで言い放つ九峪。

そんな九峪に怒りマークをくっつけながら物体]は再度講義する。

「ちがーーう!キョウ!オイラの名前はキョウさ」

「キョウ?」

胸を張って高らかに名乗る物体]改めキョウ。

九峪はキョウの名前を聞き返した。

「そうさ。オイラは耶麻台国の神器が一つ、天魔鏡の精・キョウ。で、こっちは名乗ったんだから今度はそっちが名乗ってよね」

「俺は九峪、九峪雅比古。年は十七」

キョウの紹介に俺も紹介で返す。ややそっけないが、目の前のやつが怪しい上に言っていることがいまいちわからないためつい警戒してしまう。

キョウの言ったことがいまいちわからなかったが、頭の中で整理していくうちに一つの単語が九峪の思考に引っかかった。

「邪馬台国?邪馬台国ってーと・・・・・・あの卑弥呼の邪馬台国か!?」

九峪が驚きのあまり叫ぶ。

邪馬台国といえば中国の歴史的書物「魏志倭人伝」に載っている、和国における強大な国である。

魏志倭人伝には載っているのにその遺跡がいまだに発見されないことから、「幻の王国」とされている、歴史好きの九峪もそれなりに関心を寄せる有名な国だ。
 
目の前のちんち・・・キョウはそんな邪馬台国の神器の精だという。

それが本当なら自分は今凄まじい体験をしているということだ。

(おいおいおいおい、俺今あの邪馬台国の神器と話してるよ)

と感動しつつも、

(でもこいつ本物か?神器の精ってのはこんなにちんちくりんなものなのか?)

と密かに疑っていたりもする。

「うん、まぁそうだけど、九峪の考えてる邪馬台国とは少し違うかな」

「は?違うって、何が?」

キョウの言葉が理解できない九峪。

今回は本当に理解できないことばかりだ。

俺の問いには答えず、キョウは落ちている石を掴む。

体格が小さいため両手で抱える形になる。

キョウはそのまま地面に石を走らせる。

「多分、九峪の考えている邪馬台国はこっちだね」

そう言い地面に文字を書いていく。地面には

『邪馬台国』

と書き、

「でもオイラが言っているのは・・・こっちなんだ」

『邪馬台国』のすぐ横に

『耶麻台国』

そう書いた。

その少し角ばってやや歪な文字を見ながら九峪は考えていた。

(『邪馬台国』・『耶麻台国』・・・、何だ、何で字が違うんだ?字が違うだけなのか?でもあいつは少し違うといった。あいつの『耶麻台国』とこっちの『邪馬台国』で二つあって、『やまたいこく』は一つだけで・・・)

黙考。しかし答えは出てこない。答えにたどり着くには情報が少なすぎる。

今のままではどうにもならないと考えた九峪はひとまずキョウに話を聞くことにした。

「おい、キョウだったな。俺とお前の言う『やまたいこく』は違うっていうのはわかった。だけど何で違うんだ?確かに『邪馬台国』は諸説いろいろあって詳しいことはわかっていないが、じゃあお前の言う『耶麻台国』てのは何なんだ?」

九峪のもっともな問いにキョウはあるかわからない首で頷いて話した。

「そうだね。そのことを話すには、まずこちらの世界のことを話す必要があるよね」

「こちらの世界?」

キョウの言葉に九峪の頭の上では疑問符が乱舞する。

「うん、まあ、なんて言うか。ここはね、君のいたところとは違う世界、簡単に言えば『異世界』てやつさ」

「・・・・・・・・・」

「でね・・・・・・・て、何、九峪?」

キョウが話している途中にもかかわらず九峪は天魔鏡を待ちあげた。

九峪の突然の行動に疑問を持ったが、いったい何をする気なのか。

九峪は天魔鏡をそのまますぐ近くにある岩のところまで持って行き、

「これ、どんな音を立てて割れるんだろうな?」

天魔鏡を天高く上げて叩き割ろうとする。

「うわわわわあああぁぁ!く、九峪、何してんのさ!ちょっやめてーーーーー!!」

あまりの出来事に慌てて九峪の腕にしがみつき、大声で抗議する。

なんとか天魔鏡破壊はふせいだものの、九峪はいまだ憤怒の形相。

「キョウ、てめえじゃあ何か?おまえは俺をわざわざこんな異世界なんぞに連れてきたってのか!?ふざけんのも大概にしろーーーーーー!!」

キョウに向かって怒鳴る。あんなわけのわからん体験させられた上に今度は異世界。

人生で一生トップを飾れそうな珍事が今起きている。

普通で考えられない出来事に直面した俺は。

・・・まてよ。

(異世界・・・・・・んなもんあるわけがねえ。てことは・・・これは夢!!)

自分の理解の及ばないことに直面したとき、大抵は自分に都合のいい考えをする。

人それを、現実逃避という!

「何だ・・・これは夢か・・そりゃそうだ。異世界なんてあるわけねえもんな。あ〜あ、焦って損した、アホらし。夢ってことは、もう一回寝ればいいんだよな。おやすみ」

きれいに自己完結させた俺はそのまま横になり眠った。

「あ、ここら辺は熊とか狼がいるから」

    ガバァ

「そういうことは早く言え!」

拘束から逃れたキョウは、再び九峪によって捕らえられた。

「ぎえええええ!くるぴーーーー!」

「いくら夢とはいえ、食われたくないぞーーーー!」

九峪が怒鳴る。しかしキョウは聞いて、否、聞こえていない。

九峪が落ち着いた頃には、キョウはすでに虫の息だった。













「・・・で?」

「・・・何?」

あれから十数分。

気を取り直した九峪と、気を取り戻したキョウは互いに向かい合って、話していた。

「つまり、日魅子は本来こっちの、三世紀九洲の人間で、耶麻台国の王女様。しかし耶麻台国は滅んでしまったために、お前が俺のいた世界、つまり現代に逃がしたと。そういうことか?」

「うん、まあ、そういうこと。本当は日魅子だけ連れてくるつもりだったんだけど・・・どうしてか日魅子でなく君がきたってわけ」

キョウがのんびりという。そんなキョウの態度に九峪の額に青筋が浮かぶ。

「・・・ずいぶんとのん気に言ってくれるじゃねえか・・・いったい誰のせいでこんなことになってると思ってんだ!あぁ!?」

「誰のせいって、君のせいじゃないか。君があんな勝手なことしなければ君はここに来ることはなかったし、オイラの目的も叶ったんだよ」

「にしたって他に言いようはあるだろ、少しは誠意を見せろ、誠意を。だいたいお前、日魅子を連れてくるったって、日魅子はそのこと知らないんだろう?それじゃあただの誘拐じゃねえか」

九峪のもっともな意見に押し黙るキョウ。

確かに九峪の言うことは正しい。いくらこちら側の生まれだとしても、何も知らない人間を無理やり連れてこようとすればそれはただの誘拐だ。

キョウもそのことがわかっているのか、何も言い返さない。

バツが悪そうに俯いている。

そんなキョウの様子に九峪は幾分気持ちを落ち着け、キョウに訊ねた。

「お前、日魅子を連れてくるつもりだったんだよな。連れ戻す必要があったのか?耶麻台国ってのは七年前に滅んでんだろ?だったら必要ないじゃないか」

七年前に滅んだ王国の王女を連れ戻す。

しかしその必要性を九峪はまったく感じなかった。

そもそもこの世界に日魅子の居場所はない。

耶麻台国がいまだ健在ならば王女としての居場所があるが、大体にして国そのものがない。

日魅子はどこにもいられない。

どころか、滅ぼした国の王族をわざわざ生かしているわけがない。

たいていは処刑されているはず。

そんな状況の中で、かつての王女があらわれる。

喜び勇んで殺しにくることは想像に難くない。

そんな中であの日魅子が生きていけるか。

――――――まず無理だな。

九峪は冷静にそう判断した。

そんな世界で日魅子が生きていけるはずがない。

そんなこともわからないのか、とキョウに言おうとする。

「でも、そうしなければいけないんだ・・・」

キョウの言葉にあけた口を再び閉じる。

少し落ち込んでいるキョウ。そのキョウを見つめる九峪。

「・・・なんでだよ?何で日魅子を連れてくる?もう国はないのに、いったい・・・・・・っ」

言いかけて、九峪は考える。

「九峪?どうしたの?」

突然黙った九峪にキョウは訝しがる。しかしキョウの問いに九峪は答えない。

(王国はすでに滅んでいる。だがその状況で王女の日魅子が必要。・・・王女ってことは王族、だよな。でも国はない。滅んだ国、生き残った王族・・・・・・っ)

俯いていた九峪は突然顔を上げた。九峪の突然の挙動に驚いたキョウは固まる。

(すでに滅んだ王国。そこで必要とされる王家の生き残り。それの意味するところは)

「お前・・・・・・もしかして、滅んだ耶麻台国を・・・復興させるつもりなのか?日魅子を使って」

九峪が熟考の末にたどり着いた答え。それは耶麻台国の復興。

国を一つ復興させる。口で言うは簡単だが実際やるとなると洒落にもならない大事だ。

そんなことが容易くやれるはずがない。

普通ならば誇大妄想者の狂言程度にしか思われないだろう。

そういう意味において九峪は正にそれだ。

しかしその言葉にキョウは大きく目を見開いている。

戯言にしか聞こえない九峪の言葉。

しかしそれはキョウに十分な衝撃を与えた。

(う、嘘・・・・・・あれだけの会話で、そんなことが考え付くなんて。オイラの考えてることがわかるなんて)

確かに、キョウの目的は、今は無き耶麻台国の復興。

そのために王族である日魅子を連れてこようとした。

しかしそれはあくまで求心力としてのお飾りの存在程度でしかない。

キョウが求めたのは王族の日魅子であり、日魅子そのものを必要とはしていなかった。

それ以外は優秀な家臣たちに任せればいい。

別に日魅子は何もしなくてもいいのだ。

ただ、そこにいるだけで。それだけで意味がある。

しかし、今キョウの目の前にいるこの男は。

(頭の回転が速いね。洞察力も鋭い・・・・・・これは使える!)

この男は。目の前のこの男は。

もしかしたら日魅子と同じくらいに使えるかもしれない。

キレの良い頭脳。鋭い洞察力。

そしてそれ以外にも何かを隠し持っている。

そうキョウは感じていた。

それが何かはわからない。

それは何かの厄災を招くものかもしれない。

しかし日魅子が来ていないとわかった時点で追い詰められたキョウ。

藁にもすがりたい気持ちだ。

そこへ九峪。

こうなったらもう九峪を使うしかない。

しかし同時に問題もある。

(でも九峪には求心力がない。日魅子が使えない以上、同等の影響力を持った存在が必要だね。でも・・・そうだ!)

閃く。これなら何とかなるかもしれない。

先行きはわからない。しかしそんなこと今はどうでも良い。

必要なのは、きっかけ。

キョウから何も反応がないのに痺れを切らし何かを言おうとした九峪だったが。

  「九峪」

九峪の言葉をさえぎるキョウ。

それに驚いた九峪は一瞬固まる。

しかしそんな九峪にお構いなしにキョウは話す。

「大体において九峪の言ったとおりだよ。オイラの目的は日魅子の王族としての立場を求心力にして耶麻台国を復興させること」

キョウは自分の考えが九峪の考えたことと同じことを言った。

自分の考えがあたっていたことに驚く九峪。

まさか本当にそのつもりだったとは。

ああ言った九峪だったが、自信がなかった。

それしか思い浮かばなかったが、話があまりに大きすぎる。

確証がもてなかったのだ。

しかし確証が持てた今、九峪の中に新たな疑問が浮かんできた。
 
「ちょっと待て、耶麻台国は狗根国って国に滅ぼされたんだよな?で、耶麻台国を復興させるってことは、その狗根国と、戦争やるってことだよな?」

九峪の疑問。それは復興させるための手段

国が滅ぶというのは外から攻められるか、もしくは内側からの反乱や謀反などが原因だが、そのほとんどにおいて戦争が起こる。

王朝の滅亡然り、幕府然り。

ならば、その逆もまた。

「うん、そうなるね。耶麻台国を復興させるには狗根国を九洲の地から追い出す必要があるんだ。そのためには九洲で狗根国を相手に大規模な反乱を起こさなくちゃならない。日魅子はそのための旗印だったってわけ」

まるでそれが当然といわんばかりに語るキョウ。

九峪もこれでだいたいの謎が解けた。

しかし九峪の顔は苦い。

どころかキョウを睨んでさえいる。

「キョウ、じゃあなんだ。お前は日魅子に戦争をやらせようってのか!?」

九峪の怒声にビクッと震えるキョウ。

それほどまでに九峪の放つ怒気は半端なものではなかった。

今の九峪ならば、簡単にすり潰すかもしれない(キョウを)。

そう考えてしまったキョウは幾分しおれて。

「そうだけど、でもさっきの九峪の言葉を聞いて、日魅子には無理かなって気がしてきたよ・・・(そんなことしたら君に殺されかねないし)」

「当たり前だ。あいつに戦争なんて、兎が耳だけで歩く位に無理な話だ」

「うん、日魅子は無理って言うのはオイラにもわかった。まあどっちにしてももう連れてくることはできないけど」

ピク

キョウの最期の言葉に九峪は反応した。

「なんでもう連れてこれないんだ、こっちにこれたんならもう一回呼べるんじゃないのか?」

疑問を口にする九峪。確かにもっともな話だ。

「えっと、九峪はわかんないかもしれないけど、世界を移動するのってかなりの力を使うんだよ。今回だって人一人連れてくるのに千年以上蓄えた力を全部使い切ったんだからね」

キョウの言葉に九峪は文字通りあいた口がふさがらなかった。

なぜなら、もう一度日魅子を呼ぶには、有に千年以上の時間をかけなければならない、とキョウはそう言っているのだ。

そんなに待っていられるわけがない。

九峪はかなり焦った

「おいおいまじかよ?そんなに待てれるわけないだろ。ミイラになる前にさっさと俺をもといた世界に帰してくれ」

「あっごめん、それ無理」

「は?なんで?」

即答したキョウに九峪は阿呆のように聞き返した。

「こっちにつれてくるのに千年以上かかるって言ったでしょ?それは逆も同じで、君を元の世界へ送り返すにはそれこそ千年以上かかるんだよ」

キョウのとんでも発言に固まる九峪。

千年。それでは本当にミイラになってしまう。

「てめえ、じゃあ何か!?くるのに千年、戻るのに千年ってことは、俺はもう戻れねぇってことか!?」

「う、うん、もともと日魅こおおおおぉぉぉぉぉーーー!!??」

九峪によって盛大にシェイクされるキョウ。

九峪はキョウを両手で掴んで上下に振る。

「ギ、フィブ!ギブギブブブ!!」

必死に九峪の手を叩くキョウ。すでに白目をむいている。

「んなこと納得できるかーーーーーーーーーい!!」

   ぽーーーーん  べちっ

振る勢いをそのままにキョウを投げた。

投げ飛ばされた先には木があり、直撃した。

そのままは跳ね返り、地面にバウンドする。

「ぜぇ、ぜぇ、こっこのだるまがぁ・・・」

荒い息を吐く九峪。呼吸を落ち着けるとその場に腰を下ろした。

そのまま顔を俯けて沈む。

今までいろんなことが起こりすぎて、さすがに疲れていた。

復活したキョウは九峪の元まできてどうするか考えた。

(何とか九峪を引き込みたいけど、どうしようか。このままじゃ話も聞いてもらえない可能性があるけど・・・・・・ま、何とかするしかないよね)

途方もない現状に考えあぐねたキョウは一つ開きなおることにした。

実際日魅子がいない時点でやけくそになっていたくらいだ。

このまま流れに任せるのもいいかもしれない。

さて、それじゃあ・・・。
 
「おい、キョウ。俺が戻る方法は本当にないのか?」

これからのことを考えていたキョウは、九峪の呼びかけに顔を上げた。

「うん。さっきも言ったけど何より力が足らなさ過ぎるんだ。だから空間を渡ることができないし、それと鈴がここにある以上無理なんだ」

「鈴?」

「そう、鈴。これは『退魔の鈴』といってね、耶麻台国女王・火魅子の素質を持つ者が火魅子として目覚めるために必要な補助具なんだよ」
 
退魔の鈴を持ちキョウは説明する。

「火魅子の素質?なんだそりゃ」

「火魅子は最初から火魅子というわけではないんだ。王族の中に火魅子になるための素質を持った火魅子候補がいて、その中から火魅子に相応しい者を選出するんだ」

「ふーん、てことは、日魅子もその火魅子候補ってやつの一人なのか?」

「そう、それも傍系の生まれでない、直系の火魅子候補なんだ。いや、直系だから候補どころか火魅子そのものさ。すぐに火魅子になれるよ。でも・・・」

キョウが声を落とし俯く。

何事かと思った九峪だが、ある考えに行き着きキョウの態度の理由がわかった。

「そっか、日魅子は今・・・」

「日魅子は今現代にいる。そして連れてくることはもうできない。火魅子をたてることができないんだ」

キョウの言葉に九峪の顔も曇る。

理由はどうであれ、結局はキョウの悲願を潰した形だ。

気に入らないことも多かったが、同情の余地はある。

少しだが、罪悪感も。
 
二人の間に沈黙が下りる。周りは虫などの鳴き声だけがする。

「・・・まてよ。今の話し振りだと、傍系、つまり日魅子以外にも火魅子候補はいるんだよな?」

沈黙を破ったのは九峪。その言葉にキョウはうなずく。

「うん、傍系にも火魅子候補はいるよ。オイラが知るかぎりには二人、確かにいる。日魅子が生まれるまではこの二人のどちらかを火魅子にしようと考えてたんだ」

「ということは、そいつらを火魅子に立てれば問題はないんじゃないのか?それとも、今まで傍系は火魅子になれなかったのか?」

「いや、そんなことはないよ。ここ百年ほどは直系に火魅子は生まれなかったからね。だからずっと火魅子は傍系からだったんだ」

キョウの言葉に九峪は考える。

(なるほど、傍系の火魅子はいるのか。しかし直系が生まれないってのは)

「直系がいないって、日魅子がいるじゃねえか」

「確かに百年間直系の日魅子は生まれてない。でも七年前、百年ぶりに生まれたんだよ。それが日魅子さ」

その言葉に再び九峪は黙る。今までのやり取りを吟味しているのだ。

キョウもキョウで考えるところはある。

(これは、もしかして協力してくれるのかな?)

今まで険悪だった関係が和らいできたのを感じたキョウは先行きが明るくなるのを感じた。

「なあ、今までの火魅子が傍系だってことを九洲の民は知っているのか?」

「知ってるよ。といっても、50年ほど前から傍系にも生まれてないんだけどね。火魅子候補」

「じゃあ直系で生まれたことは?」

「いや、それは知らないはずだよ。なにせ生まれたのが耶牟原城陥落の数日前だからね。それを知っているのは当時の国王と副王、生んだ本人とわずか数人の人間だけだからね」

「そうか・・・」

そう言って九峪は考えに沈む。話の途中で黙るのにも慣れたキョウも黙る。

どれくらいの時間が流れたか、九峪が顔を上げた。

その顔は今までとは違う、決意を湛えた顔だった。

「キョウ、お前は耶麻台国を復興させたいのか?」

九峪のいまさらな質問に怪訝ながらもキョウは答える。

「当たり前じゃないか、そのためにここにきたんだから」

「九洲の民はそれを望んでいるのか?」

「自分の国を滅ぼされて笑っていられる人間がいると思う?」

再び黙る九峪。しかし今度は俯かない。

「ねえ、九峪。君はいったい何が言いたいの?」

九峪の今までと少し違う様子に困惑したキョウは、堪らず九峪に問うた。

しかし九峪は何も応えない。かわりにすっと瞳を閉じた。

(日魅子が拾われた子供だっていうのは教授に聞かされてたが、まさかあいつの生まれた・・・・・・世界に来るとはな・・・)

九峪は思い出していた。教授に日魅子が捨て子だと聞かされたときを。姫島の本当の人間でないと知ったときの日魅子の涙を。

そんな日魅子が改めて姫島家に迎えられ祝福されたあの笑顔を。

日魅子、お前ならどうする?

思う。あいつならどうするか。

暗闇の中に佇む少女は、どこか怒っているようで。

    そんなの決まってんじゃん!

(・・・・・・そうだな)

九峪は静かに瞳を開いた。

「キョウ。俺はもう元の世界には戻れない。ここで生きていくしかない。正直、納得はできない」

九峪の語りを静かに聴くキョウ。九峪が何を言いたいのかわからず、首を傾げる。

「だが、ここは日魅子の生まれた場所で、しかも今は占領中」

まるで確認するかのように九峪は喋る。

「しかしここにはあいつと同じ火魅子候補、つまり親戚がいて、耶麻台国の復興を願っている。そしてそのためには狗根国相手に戦争を仕掛けなきゃならねえ」

九峪の言葉に知らず知らずのうちに引き込まれるキョウ。

さきほどまで慌てふためき、怒り狂っていた人間の言葉とは思えないほどに、その言葉には聞き手を惹きつける何かがあった。

「あいつは、日魅子はな、太陽みたいなやつなんだ。しょっちゅう怒って、それ以上に良く笑って。意地っ張りで、口ではなんだかんだ言っても結局は相手のことを先に考える。そういうやつなんだよ、日魅子って女は」

九峪は思い出す。さきほどまで一緒にいた女性のことを。同い年の、兄妹のような幼馴染のことを。

あいつは優しいから。どこまでも純粋だから。

だから、あいつなら―――。

「日魅子なら、『たとえ知らない人でも助ける。それが人情ってものよ』、て言うんだろうな」

懐かしむような呟き。

「それに、俺は実際に世界を渡った。だったら帰る方法はいくらでもあるはずだ」

そして一言。

キョウはそれを聞き逃さなかった。

「協力してやるよ。耶麻台国復興」

それは九峪がこの世界で歩むことを選んだ、一歩だった。