九洲炎舞 第三話「未知との遭遇」[改訂版] (H:ゲーム+小説 M:九峪・キョウ J:シリアス)
日時: 09/14 08:26
著者: 甚平



   ざっざっざっがさがさ

山深い森の中、九峪とキョウは延々と歩いていた。

太陽も斜めに傾き、昼間でさえ薄暗い森は、限りなく闇に近くなっていた。

夜の森というのは非常に危険だ。昼間は安全かといわれればその限りではないが、夜は夜で夜行性の獣が獲物を求めて彷徨う。

熊や狼がそれで、昼間活動して夜も活動している。

この時代では夜の移動に松明を使う。

夜目がきいて使わない者(主に山人)もごろごろいるが、普通の農民や都市内の職人など狩を仕事としない連中は松明がなければ夜の森は結構辛い。

獣除けにも使われるため、ただ通るためというにはかなり重宝する必須アイテムだ。

まあ、松明を使って森をわざわざ抜けるくらいなら火を焚いて野宿をしたほうがよっぽど危険がなくてよい。というか普通はそうする。

「だいぶ暗くなってきたね。今日はこの辺で野宿したほうがいいね」

周囲がほとんど見えなくなってきた頃、キョウが切り出した。

もう回りはほとんど見えない。これでは進むことができない。

キョウの言葉に九峪は腰を下ろす。

だいぶ疲れたのか顔には汗がうっすらと浮かんでいる。

「野宿すんのか、こんな森の中で?」

九峪が不満の声を漏らす。

野宿はしたことがないわけではないが、こんな森の中で野宿したことはなかった。

それにキョウの言っていた「熊や狼が出る」というのも気になる。

寝ている隙に美味しく頂かれたらもう目も当てられない。

したがって熊やら狼がいる森の中ではあまり野宿はしたくない。

「しかたないよ、こんな所なんだから。現代と違ってこの時代にはまだ宿場なんてないし、そもそもここは森だし」

「山小屋とか、そういうのはないのかよ。山人だって野宿くらいするだろ」

「山人は普通一人では活動しないんだ。見張りを立てて交代で寝るし、それによく移動するから小屋なんて作らないんだよ」

確かにと呟く。

こんなところに一人では来ないか。

狩にきて逆に狩られたんじゃあ笑い話にもならない。

「あ〜あ、しょうがねえ。野宿するなら火を焚かないとな、おいキョウ、お前薪もってこい」

「ええ!何でオイラが、九峪がとってきなよ」

「さてこの鏡は・・・」

「横暴だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

九峪が天魔鏡を破壊しようと持ち上げるのを見たキョウは血相を変えて飛び去っていった。

キョウが飛び去っていったほうを向いていた九峪。その顔はかなり真剣だ。

「・・・・・・・・・・・・食い物もってこいって言うの忘れてた」

――――――バカ認定。









「九峪、大事な話があるんだ」

薪を拾いにいって戻ってきたところを「なんか食えるもんもってこい」の一言に再び飛び立っていったキョウの戦利品を容赦なく食べていた九峪。

何とか腹も満たされたのか、表情にゆとりが見られたころキョウが切り出した。

「あん?なんだ、大事な話って」

「これから耶麻台国を復興させるために活動するわけだけど、オイラたちだけじゃあはっきり言って無理なんだ。それはわかるよね?」

「まあ、そうだろうな。いくら天魔鏡を持っているからってそれだけじゃあたいした求心力にはならないからな。大体にして俺が完璧な部外者だし」

九峪の言葉にキョウは満足げに頷いた。

やはりこの男は良く考えている。

九峪に協力を頼んだのは正解みたいだね。

心の中で自分を褒めながらキョウは話す。

「そう、いくらオイラが耶麻台国の神器でも求心力にはならない。人を集めるには、人でなければならないんだ。というわけでオイラからの提案。耶麻台国復興の足がかりとして、求心力を持つ人物を探そう」

「求心力を持つ人物、ねぇ。そうなると、王家の人間がいいよな、正当な耶麻台国人だし。そうなると・・・さっきお前が言ってた副王伊雅、後もう一つは二人の火魅子候補ってやつだな」

宙を見ながら思い出す。

キョウに聞かされた生き残った王家の人間。その中でも特に絶大な影響力を持つ人間。

「そうだね、人を集めるならそれくらい影響力を持つ人を見つけないと。でも、九峪もわかってると思うけど、火魅子候補はそろってまだ子供。存在は大きいけど求心力としてはやや心もとない」

「ってーと、なら担ぎ上げるんだったら副王の伊雅がいいってわけか。大体五十くらいなんだろ?中心におくにはちょうどいいな」

「そうだね、まずは伊雅を見つけて、その後に火魅子候補を迎えよう。幸い火魅子候補の居場所もわかってるし、最悪伊雅が見つからなかったら火魅子候補だけでやろう」

それからおおまかに今後の流れを検討する。

これで今後の流れは大体決まった。

伊雅を見つけて、火魅子候補を迎える。さらに神器もある。これで立たないわけがない。

だがしかし、九峪にはまだ気がかりなことがあった。

「伊雅を担ぎ上げるのはいいけどよ、どうやってその伊雅を動かすんだよ。相手は副王だろ?俺とお前だけじゃあきついんじゃないのか」

相手は腐っても副王、しかもかなりの堅物らしい。

神器だけでも人を集められないのに、その上副王なんてもっての外。

耶麻台国と縁もゆかりもない自分がいったところでついてきてくれるとは思えない。

自分に何ができるのか、九峪はそれがわからなかった。

右も左もわからない状態で、これから知り合いがだれもいない、自分の常識が通用しないこの「九洲」で生きていかなければならない。

外国で暮らしたほうがまだマシだ。

そして何より九峪には立場がない。農民ではないし、商人でもない。

九峪をこの世界で決定させるポジションがないのだ。

しかし九峪の懸念をキョウは平然と受け流した。

キョウとしてもそのことは考えていた。こちらも伊達に神器の精をやっているわけではない。

九峪にはできる限り高い地位にはいてほしい。そうすればいろいろとやりやすくなる。

「それなんだけど、伊雅を動かすには伊雅以上の地位が必要になる。けどそれができる国王はすでにこの世にいない。となれば国王以外で国王と同等、それ以上の地位を持つ存在を作ってしまえばいいんだ」

キョウはまるで決められた台本を読むように言葉をつむぐ。

キョウの言葉に九峪は少し感心した。

九峪は自分の頭の回転が速いと自覚している。そしてそれに少なからず自負もある。

しかしそんな自分が、この世界では知らないことばかりだとしても思いつかなかったことを、こいつは考えていた。

そのことに九峪はキョウへの認識を改め、そしてこの世界で生きていくのに使えそうだと考え直した。

「なるほど、いないのなら作るか・・・。確かに、この世界に個人情報なんてないだろうしな。作られた存在でもばれない・・・・・・ん?」

まてよ。

作るったって、誰にやらせるんだ?

伊雅・・・は無理だな、そもそもその伊雅を動かすために作るんだから。

なら火魅子候補・・・は作る以前にすでに存在している。

じゃあ誰が・・・・・・・・・!?

九峪の頭の中に人類の革新的な何かが奔った。

キョウを見る九峪。それを見返すキョウ。

キョウの口の端が僅かに上がっているのが見えた。

「九峪。君には「神の遣い」をやってもらうよ。君は耶麻台国八柱神が一人「天の火矛(あめのひほこ)」の呼びかけに応え異世界よりこの地へ降臨した「天の火矛の遣い」さ!」

両手を腰?にあて、胸を張って言い切るキョウ。

対する九峪はあいた口がふさがらない。

なんとも壮大なブラフ・ストーリー、嘘八百もいいところ。

俺がよりにもよって神の遣いとは。

日魅子、俺、すげえ出世だぜ。

話についていけず現実逃避をかます九峪。

脳裏に満面の笑みでクラッカーを鳴らす日魅子が見えた。







   ガササッ

あれからしばらくたち、結局九峪は神の遣いを引き受けていた。

そのことに関して、伊雅には自分が説明するとキョウに念押しされた九峪はキョウを見張りにたて就寝していた。

時間にして早朝五時。空は白んでいる。

   ガササッ

しかしいくら空が白んでもここは気に囲まれた森の中。まだまだ闇の中だ。

消えそうになる火に気を使いながらキョウは考えていた。

「は〜、何でオイラがこんな仕事を・・・」

・・・訂正、愚痴っていた。

  ガササッ

焚き火の中に薪を抛る。火花を散らして着地する。

パチッという音がしたのと同時に九峪が目を覚ます。

「なあ、キョウ。俺、なんか妙に嫌な予感がするんだが」

「奇遇だね。実はオイラもさっきからするんだ、嫌な予感」

時間にして早朝四時。森の中もやや明るくなってきた。

九峪は起き上がるとリュックを拾い上げる。

  ガササッ

九峪はファスナーをあけ、中から五センチほどの紅と白の珠を取り出した。

「九峪、何それ?」

「とりあえず役に立つもの」

キョウの問いに九峪は不明瞭な答えを返す。

納得いかなかったが、とりあえずは黙る。

(何か力を感じる・・・なんだろう、この珠は)

この二つの珠から発せられる不思議な力。それはここにきたときに、九峪から感じた何かに似ていた。

鋭い思考、洞察力。それ以外にも何かを隠し持っていると考えたが、それがこれとは。

(これは・・・・・・魔具かな?確かにそれっぽいけど・・・なんで九峪が?)

「魔術師」「錬金術師」と呼ばれる者たちが作り出した、世の理を超えた力を有する道具を「魔具」と呼ぶ。

魔具は基本的には魔術師にしか使えないもので、現存している物のほとんどはそれほど大きな力を有してはいないが、希少だが超絶的な力を発揮するものもある。

それを一介の高校生に過ぎない、過ぎないはずの九峪が所持している。

キョウにはそれがわからなかった。いや、可能性ならある。

九峪が魔術師の末裔ならば・・・説明がつく。

キョウのそんな疑念に気づかない九峪は、さらに巻かれた布を取り出す。

布の中には、長さ二十センチほどの細い金属―――刃物が八本収められていた。

先端が尖っており、反対側は持つために布が巻かれている。

刀身の中央には力の源である魔術文字が掘り込まれているそれは。

「・・・魔道兵装・・・」

戦闘を前提に開発された魔道具。何でこんなものまで・・・。

「!お前知ってんのか、これ?」

キョウの思わぬ呟きに九峪は驚く。

まさかこれを知っているとは思わなかったからだ。

九峪はこれが何かは知っている。もちろん使い方も・・・。

「それにしても、くそ!覚悟はしてたが、まさか『飛翔剣(ひしょうけん)』を使うことになるなんてな」

布の中から魔道兵装『魔剣・飛翔剣』を四本抜き取り指の間に挟む。投げナイフや手投げ手裏剣の要領だ。

九峪の切迫した言葉にキョウも顔を引き締める。

驚きの連続で今の状況を忘れかけていた。

  ガササッ  カサ

嫌な予感を掻き立てていた音が止む。次いで静寂。

葉が揺れる方向を凝視する。しかしそこには何もいないかのように変化はない。

だが気は抜けない。確実にそこには何かがいる。

九峪が距離を置こうと後方に僅か下がった瞬間。

  ガサササッ

「それ」はそこから飛び出してきた。

「うお!」

自分めがけて一直線に突っ込んできた「それ」を九峪は右に飛んでよける。

勢いでそのまま倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。

体勢を立て直し、「それ」を見る。

「それ」は獣だった。

四本の足に支えられた体からは禍々しいまでに黒い毛。

突き出た口、とがった耳、太い尾。

「それ」はさながら犬・・・というよりは、狼に見えた。

だが「それ」は狼というにはあまりに。

「・・・でけぇ」

そう、「それ」は狼というにはあまりに大きかった。一般に大型犬と呼ばれる種類の犬に比べて一回りは。

「それ」を前にどう対処するか考える九峪。

これがただの狼なら問題はない、だが「それ」は狼とはひどく違っていた。

「何で狼に目が三つもあるんだ?キメラかゴーレムの類か!?」

またもや常識外の出来事に「それ」に対して怒鳴る九峪。

しかしそんな九峪の問いに「それ」は答えない。

「・・・魔獣・・・そんな」

「魔獣?」

九峪のやや後ろで浮かんでいるキョウの呟きに九峪は首を傾げる。

「う、うん。この世界にはま「避けろ!」ふむぅぉ!?」

魔獣に関しての説明をしているところを九峪によって中断された。

九峪に突き飛ばされてそのまま転がるキョウ。まるでボールだ。

相手の攻撃を避けると九峪は指に挟んだ飛翔剣を「それ」・・・魔獣に向けて投げつけた。

飛んでくる刃を魔獣は飛び跳ねて避ける。

そのまま九峪に向かって襲い掛かる。

九峪に襲い掛かる魔獣。とても避けられる距離ではない。

あげられた爪が九峪に襲い―――

  キイィンッ

響くような音。その瞬間に魔獣の爪が九峪の目の前数センチで停止した。

「ち!どけよ!」

九峪の叫びと同時に魔獣は後方に飛ばされた。そのまま身体を地面に打ち付ける。







キョウには何がおきたのか理解できなかった。

魔獣が九峪に襲い掛かった。

だめだ、死んだ。そう思った。

復興もただの夢に終わるのか。

その一瞬で諦めかけた、その瞬間。

魔獣の爪が止まった。九峪の目の前で。

「ち!どけよ!」

九峪の叫び。その瞬間に魔獣は吹き飛ばされていた。

何故?

それは九峪がやったと見て間違いはない。だが―――

何故そんなことができる?

魔獣が弾き飛ばされた。まるで磁石が反発しあうように。

何故そんなことができるんだ?

そう思った次の瞬間。

それに気づいた。






  ドシャアア

吹き飛ばされた魔獣はすぐに起き上がり九峪を見据えた。

謎の一撃に警戒したかすぐには攻めて来ない。前傾姿勢で常に襲えるように構えている。

対する九峪は左手の指に握った四本の飛翔剣をいつでも投げられるよう構える。

「び、びびった・・・・・・ちびるかと思った」

言っていることは情けないが精神は結構ギリギリの状態。

なにせ目の前まで巨大な爪が迫ってきたのだ。

正直死を予感した。

しかし凶器が振るわれることはなかった。

九峪の周りには二つの珠。先ほどリュックから取り出した紅と白の珠だ。

それが重力を無視して九峪の前で浮かんでいる。

白い珠が僅かに光を発している。

「こいつが間に合わなかったら、俺、死んでたな」

「死んでたな」、の言葉に身震いする。

そう、この二つの珠がなければ俺は死んでいた。

目の前を「死」が通り過ぎた。当たり前のように。

やっぱり、ここは違うんだな。俺のいた世界と。

そう自覚させられた。否が応にも。

しばしの静寂。魔獣は動かず、九峪も動かない。

二分、三分、或いは一分か。それでさえ無限に思える時間。

命のやり取りに慣れていない九峪はひどくこの対峙が長く感じる。

しかしその静寂もやぶられる。初動は魔獣、九峪は後手にまわった。

決して気を緩めていたわけではない。ずっと相手を注視していた。

しかしそれでも反応は遅れた。相手のスピードが予想以上に速かったためだ。

回避不可。そう判断した九峪は白の珠を前面に押し出す。

瞬間。九峪の目の前の空間が陽炎のようにぶれた。

そのぶれの中に魔獣は突っ込み、

「ぐうううぅぅ!」

九峪は後方に押し飛ばされていた。

かろうじて着地をきめ、衝撃で立ち止まっている魔獣に向かって飛翔剣を投げる。

飛翔剣が魔獣の体に突き・・・刺さらなかった。

  ガキィン

「な、なにぃ!?んなばかな!?」

飛翔剣は魔獣に突き刺さることなく接触した瞬間に弾かれた。

「な、なんで・・・なんで刺さらないんだ?」

「魔獣は普通の獣とは違うんだ。その身を切ることは簡単にはいかないんだ」

衝撃から何とか立ち直ったキョウが解説する。

魔獣は普通の獣よりも遙かに硬い。肉体能力から大きさまでもが違いすぎる。

そのために魔獣に遭遇したら逃げるしかない。生き残れる可能性は低いが、運がよければ助かる。

したがって生半可なことでは魔獣に傷を負わせることすらままならない。

そんなことをキョウから聞かされた九峪は、

「魔獣・・・『魔なる存在』てとこか。たしかに、魔力みたいなものを感じる」

どこまでも非現実。常識の感覚が狂ってしまいそうな非現実。

しかし、目の前まで迫った「死」は紛れもない現実として認識されてしまった。

目の前まで迫った魔獣の爪が思い起こされる。

脳裏をよぎった「死」の予感。

それは確かな現実だった。

「こんなわけのわからんものに食われるなんざ・・・・・・ゴメンだ!!」

九峪は最初に投げた飛翔剣のところへ駆け出す。

魔獣もそれに刺激され九峪に向かって突進する。

後一メートル、その距離で魔獣と九峪は白い珠を挟んで互いに弾き飛ばされた。

地面を転がった九峪は痛みをこらえながら立ち上がり、飛翔剣を一本拾い上げる。

魔獣はすでに迫っている。

向かってくる魔獣に再び飛翔剣を投げつける。

しかし魔獣は避けようともしない。すでに飛翔剣を脅威とは感じていないようだ。

魔獣に向かう飛翔剣は、しかし今度は弾かれることはなかった。

『ルヴァアアアアァァァァ!』

飛翔剣は魔獣の目に深く突き刺さった。

バランスをとることができず、勢いもそのままに吹っ飛んできた。

それを九峪は横に避ける。咄嗟のことに体勢を保てずに地面を転がる。

体を起こして魔獣を見ると、激痛のあまりのた打ち回っている姿があった。

「これで・・・終わりだ!」

叫び、九峪は手を前に突き出す。その先には紅の珠が。

暴れまわる魔獣の口から湯気のような煙が出てくる。

浮かんでいる紅の珠を握る。その瞬間、魔獣に突き刺さった飛翔剣の魔術文字が赤く輝き。

  ヴォウ!

魔獣の体は炎に包まれた。

激痛とあまりの高熱に魔獣はいっそう激しく暴れる。

火を消そうと地面を転がるが消える様子はまったくせず、それどころかより激しく燃えている。

しばらくして魔獣は動きを止めた。体が徐々に崩れ。

跡形もなく燃え尽きた。
























「だあ!ちくしょう、死ぬかと思った」

魔獣との戦いが終わり、燃え尽きるのを確認した九峪はその場にドカッと腰を下ろした。

周りに浮かんでいた珠も力を失ったかのように近くに転がっている。

とりあえずは助かった。

人外の化け物と戦った経験がない九峪には刺激が強い経験だ。

本格的な命のやり取り。

二つの珠と飛翔剣がなければ確実に腹の中だった。

そのことを認識するにつれ、今まで押さえつけてきた恐怖が湧き上がってきた。

戦闘用の飛翔剣だが、実際に戦闘で使うのはこれが始めて。

昔野犬に襲われたこともあったが、あれは戦闘とは呼べず、すぐに終わった。

「九峪、大丈夫!?」

今まで草むらに隠れて見守っていたキョウが飛びよってきた。

それに気づいた九峪は戦闘の余韻が残る頭をたたき起こして応える。

「あ、ああ。なんとかな。流石に死ぬかと思ったが・・・まあ何とか生きてるよ」

九峪は素っ気無く応える。疲労のせいか、声にはりがない。

九峪の様子に心配ながらも安堵したキョウと多少回復した九峪はここを離れることにした。

さっきのように魔獣に襲われてはたまらないからだ。

この世界の危険性を身をもって体験した九峪はいざという時の為に珠を起動させた。

珠の常時起動は疲れるが命には代えられない。

「さて、また襲われる前にさっさと行くか。十分休んだからな、どこに行けばいい?」

「そうだね、まずは森を出よう。里か町か、とにかく人のいるところに行こう」

「わかった、じゃあ、道案内頼んだ」

そう言って立ち上がる九峪。焚き火は先ほどの戦闘ですでに消えている。

九峪の準備が完了したのを確認してキョウが進む。それに続く九峪。

しばらくは無言で進む二人だが、不意に沈黙は破られた。

「ねえ九峪、君がさっき使ってたあれ、魔道兵装だよね。何でそんなの持ってんの?」

キョウは先ほど感じた疑問を口にした。

普通の高校生にすぎないはずの九峪がどういう理由で魔道兵装など持っていたのか。

魔道具だけでも驚いたのにこれはもう反則としか思えない。

「そういやお前、これ知ってたんだよな」

「まあね、いくら千年以上もの間地面の中にいたとはいえ、世界は見てたから。それで、何で九峪は魔具もそうだけど、魔道兵装なんて持ってるのさ?あれは普通の高校生が持ってるものじゃないよ」

キョウの核心を突いた問い、しかし九峪は思案することなく答えた。

「お前、こっちの歴史知ってんなら錬金術も知ってるよな?俺の親父は錬金術士で、俺もいろいろ教わったんだよ。」

九峪の告白。それは本来驚愕すべきものだ。

しかしこのときのキョウの驚きはそれほどでもなかった。

もしやとは思っていた。そしてそれが的を得ていた、ただそれだけだ。

だからキョウの驚きは、確信のない予想が確信に変わった驚きでしかなかった。

そしてその確信にキョウは内心で小躍りした。

何せこの九洲には錬金術など存在しない。薬の調合や鍛冶がそれに近いがそれらは神秘を必要としない。

しかし錬金術ならばそれより高度なものが作れる。

霊薬とよばれるエリクサー、聖剣として名高いエクスカリバーなど。

そこまでは作れなくとも必ず復興の力になる。

そして何より錬金術が使えるのならば、魔術の力量もかなり高いはず。それなりの神秘の知識と技術がなければ錬金術は学べない。

この世界にも魔術と似て否なる「方術」や「左道」というものがある。

それらは魔術と似てはいるが、やはり魔術ではない。

そしてその魔術を行使できるのはこの九洲では九峪だけ。

そして極めつけは先ほどの戦闘。

普通は魔獣を一人で倒すということはできない。それができるのは余程の手練だ。

しかしその魔獣を九峪は一撃ももらわずに倒した。

止めに炎を使ったというのもポイントが高い。

耶麻台国を象徴するものは炎。どういう方法かはわからないが、九峪が炎を自在に扱えれば天の火矛の遣いとしては信憑性が高くなる。

これに伊雅、神器、火魅子候補がそろえば復興も決して夢ではない。

未来の展望が明るくなるのを、キョウは感じた。

「そっか、じゃあ九峪も一応錬金術士で魔術もできるってことだね」

「まあな、と言っても俺自身はそんなたいそうな物は作れねえ。この『霊珠』は俺が作ったけど、飛翔剣は親父のだからな」

そう言って九峪は二つの珠『霊珠』と飛翔剣を持って見せた。

いつでも取り出せるようにというキョウの忠告を聞いた九峪は、飛翔剣も霊珠もブレザーの外ポケットに入れている。

飛翔剣のこすれる音が耳障りだが、ここは気にしたが負け。

キョウの「へえー」という返事に飛翔剣と霊珠をポケットにもどす。霊珠は胸ポケット、飛翔剣はブレザーの両ポケットに四本ずつ。

「ま、何にしてもここがとてつもなく危険なところということはわかった。流石の親父も飛翔剣が本当の戦闘で使われるとは思ってなかっただろうな」

九峪は自身の言葉に苦笑しながら父親の困ったような顔を思い浮かべた。

「でも良いんじゃないかな、それは戦闘が目的で作られたものなんでしょ?九峪も自分の身は自分で守らなくちゃいけなくなるだろうから、使うにこしたことはないよ」

キョウの言葉に頷く。

何しろこれから自分がしようとしているのは戦争、人が死ぬ戦争だ。

それは自分も死ぬ可能性が大いにあるということ。

そんな中で自分の身も守れないようではこれから先、生き抜くことなど到底出来はしない。

その事実に九峪の気持ちは落ち込む。

そんな九峪をキョウは心配そうに眺める。

会話がなくなっても歩き続ける。

日が高くの昇り始めた頃。

「あっ九峪、見て!街が見えてきたよ」

森を抜けてキョウの先導で歩き続けること二時間。

九峪がいい加減歩きつかれてきたころ、キョウが叫んだ。

キョウの言葉を理解するのに暫し時間がかかったが、それを理解すると九峪の目に光が戻った。

「街!?・・・・・・本当だ!!」

これで休める〜と小躍りしそうな気分で街を見入る。

「あれは国分の街だね」

九峪とキョウは国分の街に向けて歩を進めた。