九洲炎舞 第四話「出会い、そして共に」[改訂版] (H:ゲーム+小説 M:九峪・キョウ・案埜津 J:シリアス)
日時: 09/14 08:31
著者: 甚平

「・・・・・・これが三世紀の九洲の街なのか?」

国分の街。その大通りを歩きながら九峪は驚きに眉を寄せていた。

国分の街を見つけた九峪とキョウはいったん街の中に入ることにした。

この時代の街は城郭都市だ。四角い街を十数メートルもある城壁がぐるりと囲んでいる。

出入りの門は計四つ。それぞれの面の中心に築かれている。

街そのものが城であり要塞であるため門には当然の如く門番がいる。

中へ入るためにはこの門番の審査を受け、許可が下りれば鑑札を受け取り中に入ることができるのだ。

そうすることでここを訪れた者の行動に制限をかけ敵の潜伏などをさせないようにする。

そのようなシステムを知っているキョウは予め九峪に助言をしていた。

「いい、九峪。この世界じゃ街は見ての通りの城郭都市で、しかも鑑札制で簡単には入れない。だからオイラの言うとおりにやってね」

頷き、門番のところまでいく。

近づく人影に気づいた門番が素性を聞いてきた。

「止まれ。お前は何者だ?見慣れない服装だが」

「俺は旅の者で、大陸(現在の中国)のずっと奥から来た。これはその国の服だ」

門番は「ふむ」と頷くと九峪の体を上から下まで見回した。

何から何まで怪しさ爆発だ。納得できる理由ではあったがそれで入れるにはあまりに浅慮というものだ。

なにせ耶麻台国が滅んで七年。いまだ散発的な反乱がいたるところで起きている。

目の前の男も敵の刺客である可能性がある。

そんな男の侵入を許したら事が事だ。自分の首が飛びかねない。

しかし今までこの国分の街の近くで反乱どころか、きな臭い出来事も話もない。

そのせいかこの門番の対応も少し緩みがあった。

「よし、いいだろう。日没までには鐘が鳴るから、それまでには戻ってこいよ。それと鑑札もなくしたら大変なことになるからな、気をつけるんだぞ」

「ああ、ありがとう」

そんなやりとりがあり、九峪は無事に国分の街に入ることができたのだが。

そこで待っていたものは、九峪を大いに驚かせた。

「これは・・・酷いな」

国分の街は、それはさながら死都のようだった。

しかし死んでいるのは人ではなく、そこに住む人たちの「心」が死んでいた。

彼ら彼女らの瞳の奥には、何も光がなかった。

活力がなかった。

今の生活に、絶望していた。

狗根国の圧政。搾取され、重税に苦しむ民。

九峪は、九洲の現状を思い知らされた。

(これが・・・今の九洲なんだ)

キョウの言葉に、しかし九峪は答えずに大通りを歩き続けた。
























「まいど」

九峪はこれからの生活に必要な食料を買うために店を探していた。

暫くして、一つの露店に目を留めた。

品物は他のところよりは若干多い程度。

しかし番の目はみんなと同じだった。

九峪はこの店で干肉と干飯を買うことにした。

この世界では何かを買うときは基本的には物々交換だ。

大陸で使われている大陸銭などもあるが、それは九洲の辺境ではあまり流通していない。

しかし交換するもののない九峪は仕方なく硬貨で支払いをした。

最初は嫌な顔をした番だが、それが粗悪な銅とかではなく鉄などの貴重な金属だと知ると硬貨を受け取り、九峪は食料をリュックの中に入れて店を後にした。

いく当てもなく街を徘徊する九峪。

市内はさほど複雑ではなく、壁に向かって歩いていけば問題はないため街を見物していた。

街の人間は一様に九峪を見ている。

やはり現代の服を着る九峪は注目を集めるようだ。

しかしその視線に当の九峪は気づかない。気づくそぶりも見せない。

九峪は物珍しそうに辺りを見回している。

自分がとてつもなく怪しいということに気づいているのだろうか。

「ふう」

日が傾き始めたころ、九峪は木の根元に腰を掛け先ほど買った干飯を取り出した。

干飯は霊珠の入っていた袋に入れてある。干肉は飛翔剣の収まっていた布だ。

袋をあけ、干飯を摘む。量が少ないため、ゆっくりと食んでいく。

「んん、結構硬いな」

この時代の米は現代で言う古代米だ。

赤米や黒米などの米が主流だが、それらは硬く食味も決して良くはない。

したがって現代のやわらかい白米に馴染んだ九峪にはこの米は違和感があった。

しかしそうは言っても食べなければ死んでしまう。

これからはこの米で生活しいてくのだから慣れなければならない。

九峪がこれからの生活にうんざりしていると。

「貴様!なんということをしてくれる!」

近くから男の怒鳴り声が聞こえてきた。

気になった九峪は袋をしまい口論をしているのを見つけた。

そこでは二人の兵士と、父と娘の親子らしき一組が口論をしている。

口論といっても兵士が一方的に怒鳴り、親子が必死に謝っているのだが。

いやな雰囲気を感じとり離れようと腰を上げた瞬間。

「ひ、やめ・・・っ」

  ザシュッ

赤い飛沫が散った。

兵士の一人が父親を切り殺したのだ。

父親はその場に崩れた。そこに血溜りができる。

動かなくなった男。それを少女は呆けたように眺めている。

「ふん、九洲人の分際で、狗根国兵に無礼を働くからこうなるのだ」

兵士はそういい、周りを見回した。

言外に「貴様らも気をつけろ」と周囲に語りながら。

少女はいまだ呆けていた。

兵士は剣についた血を振り飛ばすと少女の手を掴んだ。

手を掴まれて、少女はそこで気を取り戻したのか、ビクッと肩を振るわせた。

「さて、親の罪は子の罪でもあるからな。ついてきてもらおうか、お譲ちゃん」

男は下卑た笑いを浮かべながら少女を連れて行こうとする。

「い、いやああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

恐怖が遅れて追いついてきた。

目の前で父親が殺され、その圧倒的な暴力が今度は自分にむけられている。

そのことに、少女は狂ったような悲鳴を上げることで拒絶の意を示した。

しかしその悲鳴に男は怯むどころか、酷薄な笑みをいっそう深くした。

少女の拒絶の悲鳴でさえ、男には愉悦の嬌声にしか聞こえない。

(な!?あの変態やろう!!)

目の前で人が殺されたショックに自失していた九峪は、少女の悲鳴で気を取り直し、そして驚いた。

このまま連れて行かれれば、少女は確実に男共の慰み物にされるだろう。

そのような悲惨な未来は簡単に想像できる。

しかし目の前で少女の未来が潰えようとしているのに、周りの人間は何もしない。

それどころか「とばっちりが来る前に早く終わってくれ」と、そう目が語っていた。

その事実に、九峪は愕然とした。

その間にも兵士二人は少女を連れて行こうとする。

少女はすでに諦めたのか壊れた人形のようにひきつられていく。

―――引きつられていく?

・・・ふざけるな!

九峪は駆け出した。

ブレザーのポケットから飛翔剣を取り出し、それを少女の手を引く兵士に向かって投げる。

九峪と兵士の間の距離は二十メートルほど。届くかどうか微妙な距離だ。

「行け!」

叫び。飛翔剣の魔術文字に光が走る。

直後飛翔剣は速度を上げ、兵士の肩に深々と刺さった。

「ぐあああああああ!?」

「痛っ!」

堪らず少女の手を離す。乱暴に振り払ったため、少女は地面にしりもちをついてしまった。

もう一人の兵士は何がおきたのか理解できずにいたが、仲間の肩に刺さった剣と、こちらに向かってくる九峪にすぐさま抜刀した。

「貴様、何者だ!我らが狗根の兵と知っての狼藉か!」

言うや否や兵士は九峪に向かって切りかかった。

聞きはしたが答えを聞く気はない。殺す、それだけでことは済むのだから。

九峪は胸から白の霊珠を取り出すとそれを起動させる。

九峪の前に陽炎が現れた。その上に兵士の剣が振り下ろされる。

  ギイイン!

兵士の剣は空中で止まった。力が行き場を失い、刀身がカチカチと震えている。

「な!?ばかぬぅああ!」

兵士は最期まで言い切ることなく、霊珠の一撃に吹き飛ばされて気を失った。

仲間を吹き飛ばされて肩を刺された兵士は混乱した。

突然肩に激痛が走った。

よく見てみると小さな剣が刺さっているではないか。

そして絶叫。

振り向いてみれば、仲間が空を飛んでいた。

なんだ?

何が起こったんだ?

わからなかった。

唯一わかったことは。

この肩の痛みが。

こちらに向かって走ってくる。

男によって。

負わされたということだけだった。

「う、うわあああああぁぁぁぁぁ!!」

兵士は抜刀した。もう痛みなど関係ない。

恥も外聞も関係ない。

ただここでこの男を。

この「敵」を殺さなくては!

九峪が飛翔剣を飛ばす。向かってくる剣を兵士は何とか弾く。

無力化された飛翔剣。

しかし九峪の攻撃はまだ続いていた。

「突け!」

九峪の叫び。それに呼応するようにはじかれた飛翔剣の魔術文字が再び光る。

  ヒュン!

飛翔剣が再び空を舞う。

本来ではありえない動き。自然ではありえない軌道。

自然の理を、万物の原則を捻じ曲げ。

飛翔剣は空を舞った。

空中で方向転換し弧を描きながら兵士に向かって飛び掛る。

一度無効化した剣が再び襲い掛かってこようとは思わない兵士は背後に迫る飛翔剣に気がつかない。

鎧をつけていない生身の部分にそれは突き刺さった。

  ザシュッ

背中の鎧に包まれていない腰に、飛翔剣が突き刺さった。

「がはあぁ」

男は腰を刺され崩れ落ちる。剣を落とし、必死で痛みに耐える。

  ざしっ ざし

しかしそんな兵士に新たに二本の飛翔剣が襲い掛かった。

「ぐふっ」

口から血を吹き、兵士はついに絶命した。

「はあ・・はあ・・はあ・・」

九峪は肩で荒く呼吸している。

さすがに本日二度目の戦闘となると疲労も大きい。

ましてや今回は初の対人戦闘。

人間同士での殺し合い。命の取り合い。

そして自分は・・・

「っう・・」

のどの奥からすっぱいものがこみ上げてきた。

自分は今人を殺した。

生涯決してやらないだろうと思っていたことを、自分は今やった。

犯してはならないことを、自分は犯してしまった。

九峪の背に罪の意識が大きく圧し掛かる。

「うっげえええぇぇぇぇ・・・げっがは、ごほ」

堪らずに吐く。周りの目を気にする余裕は九峪にはなかった。

体が震えだす。恐怖にそのまま座り込みそうになったとき、

「おい!何事だ」

遠くから男の声が聞こえた。

どうやら騒ぎを聞きつけた兵士が来たようだ。

今この場で捕まれば、確実に殺されてしまう。

自分と、あの少女も。

少女も。

「はあ・・はあ・・くそっ」

俺は何のために駆け出した?

俺は何のために剣を握った?

俺は何のために人を殺した?

―――この少女のためだろうが!

「くそっ震えんな!動けよ!」

自身の情けなく震える両足を叱咤する。

何度も叩き、震えを無理やり押さえ込む。

少女を見やる。どこにも怪我はしていないようだ。

動くようになった足で少女の下へ駆け寄る。

「おい、大じょ・・」

  がぶっ

「!?」

「うぅーー」

九峪の目が驚愕に剥かれる。

差し出した九峪の手に、少女が噛み付いてきたのだ。

目に涙を溜めながら、決して大きくない口を精一杯に開けて、歯を突きたて。

少女は「抵抗」してきた。

少女は九峪に恐怖していた。

目の前で兵士を殺した九峪は、少女の目には父親を殺した兵士たちと同じに見えた。

九峪の見せた圧倒的な暴力に、少女は恐怖した。

少女の噛み付く力は決して強くはなかった。

しかし九峪には、それがとても痛かった。

九峪は残ったもう一方の腕で少女を抱きしめた。

それに少女は身を硬くする。

今度は自分が殺される。

その恐怖に目を瞑った。何もかもが怖かった。

―――

――――――

―――――――――?

何もおきない?

噛み付いたまま恐る恐る目を開ける。

まだ自分は生きていた。

何故?

次いで目を上げる。そこには男の顔。

先ほど兵士を殺した男の顔。

「大丈夫だ・・・大丈夫だから」

私の背中をさすりながら男は呟いた。

その声は落ち着いていた。そして、とても優しかった。

不思議と、安心する。

「こ、これは・・・貴様!貴様がこれをやったのか!?」

到着した兵士が惨状を見て大声を上げる。

この国分で狗根国兵が殺される。

それは兵士を十分に興奮させた。

九峪を犯人と見定めた兵士はすぐさま抜刀する。

問答をするつもりはない。目の前の男を切ることはもはや決定事項だった。

兵士の叫びに少女の安心は消し飛んだ。

頭の中を死が満たし始めた。

また身を硬くして怯える。そんな少女に九峪は腕の力を強めた。

体がまた震える。少女は不安そうに九峪を見上げた。

「く、ここにもいられないな。さっさと逃げるか・・・っと、君。名前は?」

九峪は少女に名を聞いた。怖がらせないようにできる限りの笑顔で。

九峪の問いに、少女はしばし沈黙を保つ。まだ体の中から恐怖が抜けきっていない。

そうする間にも兵士は近づいてくる。

流石にまずいかと九峪が焦り始めたとき、

「・・・・・・案埜津」

少女がぽつりと呟いた。

少女の発した呟き、それは自身の名前。他の誰にもない、自分だけの名前。

それに一瞬キョトンとしていた九峪だが、それが少女の名前だと理解すると、笑顔を見せ、頷く。

「俺は九峪。今から逃げるけど、いいな?」

九峪の言葉に数秒の後、少女―――案埜津はコクリと頷く。

それを確認した九峪は案埜津を抱きとめていた腕を放し兵士に向かってかざす。

九峪と兵士の距離はすでに二メートル程度。

しかし九峪はそこから退こうとはしなかった。

  ギイイィン

白の霊珠によって、兵士の剣は九峪を殺すことはなかった。

そのまま剣をはじかれ、兵士はしりもちをついてしまった。

その隙に九峪は案埜津を抱きかかえて逃げ出した。

























「案埜津は、他に家族はいるのか?」

あれからひたすら逃げ続けた九峪は最初にこの街に入った門の近くまで来ていた。

追っ手も何とか撒いて、逆に目立つということで案埜津はすでに下ろされている。

そのため今は互いに手をつないで歩いている。

こうすれば兄弟に見えるからだとは九峪の弁。

しかし麻の服に身を包んでいる案埜津と違い、現代の服を着ている九峪とではいかに年が近かろうと、はっきり言って家族には見えない。

なんとなく犯罪チックな光景だ。

それにそろそろ兵士たちが追いついてくる。そうすれば街から出られなくなる。

九峪としては早々にこの町を出る必要があった。

しかし気がかりが一つ。

案埜津だ。

そもそも自分が戦ったのは案埜津を助けるため。

その案埜津を置いていくのには躊躇いがある。

それに他にもし家族がいたら・・・。

その人たちも殺されてしまいかねない。

いや、殺されるだろう。

それは避けたかった。

どちらにしろこの街で案埜津が生きていくことはもうできなくなってしまった。

最悪、案埜津の家族総出で脱走するしかない。

そのことに、九峪は大いに不安を感じていた。

「ううん、家族はお父さんだけ。兄弟はいないし、お母さんはずっと昔に病で死んだ」

案埜津は九峪の問いに否定で返した。

父親が殺された以上、案埜津はすでに天涯孤独となっていた。

「そっか・・・悪りぃ、いやなことを聞いちまったな」

九峪はまずいことを聞いたかと軽く後悔しながらも考えた。

これからどうするか。自分は国分の街を出る。これは決まっているのだが、では案埜津は?この子はどうする?

このまま置いていくという選択肢は却下。それでは意味がない。

ならば連れて行くしかないのだが。

案埜津に視線を向ける。俯き、表情には影がさしている。

目の前で父親を殺され、自身も殺されそうになったのだから仕方もない。

案埜津にはもう頼れる人間がいなかった。

この街で生活できないことは、案埜津もわかっている。

それが余計に気分を暗くさせる。

繋ぐ手に力がこもる。

今はとにかく何かにすがりたかった。

今自分にあるものが、この手にかかる温もりなら。

今は、それに少しでも。

「さて、本当にどうにかしないと・・・」

きつく握られる手に、九峪も軽く力を込める。

それで案埜津が少しでも安心できるのなら、いくらでも握り返す。

それが今の九峪にできる唯一のことだった。

(マジでどうにかしないと、捕まって殺されちまうな)

九峪の内心の焦り。案埜津を心配させないようにあからさまには言わないし表情にも出さない。

しかし僅かなりとも九峪は焦っていた。

「九峪」

「ん?どうした案埜津?」

案埜津の問いに九峪は可能な限りの笑顔で返す。

「九峪はこの街の人じゃないよね。外から来たの?」

「ああ、俺は旅人だからな、もうすぐしたらここを出て行かなきゃなんねえんだ」

「ふ〜ん」

納得した案埜津はそのまま黙りこむ。

先ほどまで落ち込んでいただけに、先の質問は以外だった。

それでもそういう質問ができるくらいには回復したことに九峪は安心した。

黙ったまま歩く二人。

あの質問から案埜津は口を開いていない。九峪も九峪でこれからのことについて考えているために何も話さない。

しばらくそうした時間が続いたが、それは案埜津の言葉によって終わりを告げた。

「ねえ九峪。私たちこの街にいたら殺されるよね?」

「え?あ、ああ、まあ、そうだろうな。あれだけの事しちまったし(俺が)、それに案埜津も・・・あんまりいい目には合わないだろうな」

九峪の言葉はどこか歯切れが悪い。

小さな・・・おそらく十歳前後の少女が、「殺される」という言葉を使ったことに何とも言えない悲しみを感じ、面と向かって「慰みにされる」とは言えなかったからだ。

「せめて親父さんをちゃんと葬ってやりたかったけど・・・」

九峪の言葉に悲しみが宿る。

仕方なかったとはいえ、あのまま捨て置いた形だ。

狗根国兵が回収しただろうが、ちゃんと葬ってはくれないだろう。

そのことに九峪は申し訳なさを感じていた。

案埜津も悲しそうに視線を落とす。

唯一の肉親。手厚く弔いがしたかった。

それができない。とても悲しかった。

だが九峪が他人でしかない父親の死を悼んでくれる。

そのことは嬉しかった。

だから、そんな九峪ならと思う。

「九峪、手伝ってほしい。お父さんのお墓を作る」

誰も助けようとはしてくれなかった。

同じ街に住んでいるのに、同じように苦しんでいたのに。

誰も手を差し伸べてはくれなかった。

なのに、旅人で、何の関係もない九峪が助けてくれた。

話したこともないお父さんの、死を悼んでくれた。

九峪と一緒に立てた墓なら、お父さんも喜んでくれる。

何故かそう考えてしまった。

死者は何も語らない。だからお父さんの気持ちはわからない。

でも―――

「ああ、わかった。それくらいやんねえと、親父さん可哀想だもんな」

九峪は軽く言った。

ここは変にしんみりするよりも、軽く言ったほうが良い。

でなければ、この年頃の少女には重過ぎるだろう。

そんな九峪の様子に、案埜津はクスリと笑みをもらす。

九峪といると、悲しみが和らぐ。

悲しみが薄れるわけではない。重みが軽くなるわけでもない。

それでも、心の翳りはなくなっていく。

笑うことができる。

それは九峪と出会って数時間の間に案埜津が感じた、安心だった。

不思議と信じられる、安心だった。




















国分の街の外にある小高い丘。

そこには数本の木が生えている。

周りは草に覆われ、ところどころには岩もある。

「よっ・・と!・・ふう、こんなもんかな」

やや大きめの岩をよろめきながらも運んできた九峪は、それを一本の木の下に下ろした。

額に浮かんだ玉の汗を服の袖で拭いながら岩を見下ろす。

かなりデコボコしているが、形的には楕円に近い。上下に突き出る感じだ。

すでに日は沈んでいる。周りも暗いため、焚いた火を頼りに作業を進める。

九峪の手は擦り切れてかなり痛々しい。もう結構な時間作業をしていたことが伺える。

しかし九峪は作業をやめない。

今は一刻も早く墓を立てたかった。

九峪は少しの間休むと再び作業を始めた。

そんな様子を案埜津は黙って見守っていた。

自分も何かしたかった。

なんといっても今作っているのは他でもない、実の父親の墓なのだから。

しかし自分では力仕事はできない。

できることといえば、せいぜい拾った木の枝に火を灯し、九峪が作業しやすいように照らすことだけ。

「それでも十分力になっている」と九峪は言ってくれるが、やはり無力感は拭えない。

案埜津は泣きたい気分になった。

作業は佳境を迎えていた。

重い岩を持ってきたのはそれを墓石にするためだ。

この時代に現代のような立派な墓石などない。

木を立てるか、岩を置くか。ただ埋めるだけの場合もある。

九峪の現代の感覚と、案埜津のできるだけ立派にという考えのもと、墓標として墓石を選んだ。

木の手前の土に手をかざし、精神集中をする。

手と地面の間に浮かんでいる白の霊珠が軽く輝き、その能力を発揮する。

  ドン!

大きな音が空気を震わせ、地面に穴があいた。

「良し!これで岩を・・・って、うお!つ、土が!?」

舞い上げられた土が九峪の頭上に降り注ぐ。

中には石も混ざってかなり痛そうだ。

「九峪!大丈夫?」

大きな音にびっくりした案埜津も、土に襲われている九峪にはさらに驚いた。

離れていたため被害にはあわなかったが、九峪の姿に自分も土がかかったようなきがした。

「つつ、ひどい目に合ったが、何とか穴はできたな。さて、後はこの穴に岩をはめれば終わりだ」

九峪は岩を穴の近くまで押していく。

そのまま下の先端を穴に落とすと、今度は上の先端を持ち上げる。

そうすることで岩は穴に収まり立たせることができるのだ。

しかし今日一日動き回った九峪には厳しい仕事。まったく持ち上がらない。

「ぬぐおおおおおおお!!」

気合の叫び。しかし岩は持ち上がらない。

もうだめだと諦めかけたとき、

「私も手伝うから頑張って!」

岩の重みがほんの少しだけ軽くなるのを感じ、下から案埜津の声が聞こえた。

下を見てみると、案埜津がその小さな体で岩を押していた。

押しているというよりも、何とか支えているというような感じだが。

実際、案埜津の力と体格では岩を押すことはできない。どんなに頑張っても支える程度にしかならない。

それでも、案埜津はようやく自分も父の墓が作れると思い岩を押しにきた。

案埜津の気持ちは「支える」ではなく「押す」なのだ。

そんな案埜津の姿に九峪は自分を叱咤する。

こんな子供が頑張っているのに!

(俺が諦めてどうする!)

全身に力を入れる。踏ん張り、崩れそうな体を支える。

岩が持ち上がった。少しずつ穴の中に納まっていく。

「ぬううううううう!」

「うううんんん!」

  ズンッ

作業開始から約一時間。ついに墓は完成した。

「終わったーーーーー」

九峪は地面に寝転がる。全身で乳酸が盛大に祭りを開いたかのように体がだるい。

案埜津もその場にへたり込んだ。九歳の体ではかなりの重労働だ。額には玉の汗が浮かんでは滴となって顎から落ちる。

二人とも何も話さない。疲労で何も話せず、ただ荒い息遣いが聞こえるだけ。

「九峪、九峪が使ってたあの小さい刃物、ちょっと貸して」

どれくらいそうしたか、不意に案埜津が九峪に向き直って言った。

九峪は一瞬案埜津が何を言っているのかわからなかったが、小さな刃物というのが飛翔剣のことだとわかると、さらに首を傾げた。

「これか?いいけど、なんに使うんだ?」

九峪はポケットの中から飛翔剣を一本取ると案埜津に問い返した。

飛翔剣は武器だ。それを案埜津は何に使うのか。

(父親の後を追って自害、なんてのは御免だぜ)

訝しがりながらも飛翔剣を案埜津に渡す。

案埜津はそれを受け取ると自分の髪を少し掴み。

  ザシュ

そのまま切ってしまった。

「お、おい!?何してんだお前!?」

九峪は慌てて案埜津の手から飛翔剣を奪い取る。

もう用は済んだのか案埜津はすんなりと飛翔剣を手放す。

「たく、何考えてんだ、案埜津?」

九峪は案埜津が自害するのではないかと心配したが、対する案埜津は九峪の予想の斜め上をいっていた。

いかに九峪の知能が高かろうとも、案埜津のこの行動はさっぱりわからなかった。

そんな九峪にはお構いなしに、案埜津はじっと自身が切った髪を見つめている。

「・・・お父さんだけで逝かせるのは、いやだったから。それに、きっとお父さんはお母さんのところにいったんだと思う。でも・・・」

案埜津の独白を九峪は黙って聞いていた。

案埜津の不可解な行動にかなり驚いたが、今はその余韻すらない。

―――ああ、そうか。そういうことか。

静かに案埜津の言葉に耳を傾けていた九峪は、案埜津の言わんとしている事になんとなく気づいた。

(まったく、健気というかなんと言うか)

「でも、私はいけない。だから、せめて私の髪だけでも持っていってほしい。そうすれば、きっと寂しくないから」

語り終えると、案埜津は黙ってしまった。

その肩は僅かに震えている。

「ったく、しょうがねえな」

九峪は呟き、墓石の前に飛翔剣で穴を掘った。

本来はこんなことに使うものではないが、他に代用できる物がない。

「・・・?九峪、何してるの?」

気づいた案埜津が問う。

「何って、それを入れる穴を掘ってんだよ。じゃないと飛ばされるだろ?それともお前はどうするつもりだったんだ?」

ややぶっきらぼうに言う。照れ隠しでもある。

九峪の言葉に案埜津は思わず涙ぐむ。

ここまで父の死を悼んでくれる。案埜津にはそれがたまらなく嬉しかった。

「・・・ほら、できたぞ」

案埜津は九峪の掘った穴の中に自身の髪の毛を入れた。

それの上に土を被せる。これは案埜津だけで、九峪は手伝わなかった。

手伝うべきではない。そう思ったから。

これは、案埜津がこれからを歩いていくために必要なことだから。

穴を埋め終わると、案埜津は立ち上がり九峪を見上げた。

瞳の奥に決意が見えたような気がした。

「九峪。私には行く場所は無い。帰る場所ももうない。だから」

その瞳から九峪は目を逸らさない。

その視線を、決意を、静かに受け止める。

「だから、九峪についていこうと思う」

なんとなく予想していた言葉。

この現状をつくった原因は自分にもある。

だから案埜津の願いは聞き届けたい。

でも、それでいいのか。

九峪はそれを、

「助けたのなら、投げ出さないで最期まで責任とってほしい」

問うことができなかった。