「折れた心、逃げた心」 前編  [改訂版] (H:ゲーム+小説 M:九峪・志野・珠洲 J:シリアス)
日時: 10/29 00:18
著者: 甚平



復興戦争。

それは、九洲の民の記憶にはまだ新しいものとして残っていた。

十五年間与えられ続けてきた屈辱。それから開放されるきっかけとなったのだから。

約二年にも及ぶ激闘。希望の薄かった反乱が成功し、失われた耶麻台国、否、新たなる祖国『耶麻台共和国』が興ってから、九洲は変わった。

『女王・火魅子』

五十年ぶりに出現した女王主導の下、耶麻台共和国は繁栄の道を登り始めていた。

『神の遣い』

四人の女王候補を率いて戦場を駆けた九洲、復興戦争総じて最高の英雄。

しかしその輝かしい現在を作った英雄の名を口にするものは、もうあまりいない。

神の遣いが失踪して、早半年が経とうとしていた。





















「折れた心、逃げた心」

           前編



























「はい、じゃあ今日の授業はここまで。みんな気をつけて帰れよ」

「「「「はーい!」」」」

小さな里にある一軒の平屋。

その中から男の声といく人もの子供たちの声が響いてきた。

ドタドタと子供たちの慌しい足音がする中青年、九峪雅比古はそんな光景を、目を細めながら眺めていた。

「さよーならー」

「先生、また明日!」

などなど、別れの挨拶をしてくる教え子たちに九峪も笑顔で挨拶をする。

戸を開け子供たちがそれぞれの家へ帰るのを見送りながら、九峪は一人静かに佇んでいた。


















九峪はかつて「神の遣い」と呼ばれ、耶麻台共和国最高司令官として先の大戦『復興戦争』を勝利に導いた英雄である。

本来ならばこのような都市から外れた里でのんびりしていられるような立場の人間ではないのだが、現在九峪はこの里にいる。

九峪がこの里に来たのはおよそ半年前。

女王火魅子が立ったことにより共和国内部で『火魅子派』『神の遣い派』の、二つに勢力が分裂しつつあった。

耶麻台共和国の正当な後継者である女王という身分の「火魅子」。

ある意味合いにおいて共和国の祖であり、現在の政治の仕組みを作り上げた「神の遣い」。

このように分裂してしまうのは仕方のないことではあったが、それは九峪の望むことではなかった。

九峪は後悔した。何故帰らなかったのかと。

現代に帰りさえすればこんなことにはならなかったと。

そして、事件は起きた。

己を責め続けるあまりに、とうとう九峪は倒れてしまったのだ。

この事件に、共和国上層部は不安に揺れた。

そうして慌しくなった世界で、九峪は床に伏したままぼんやりと考えた。

『なぜこうなったのか』

そして一つの結論に至った。

『神の遣いをやめればいいんだ』

ある日、九峪に食事を持ってきた給仕が寝室に入ったとき、そこに九峪はいなかった。

唯一つ。

『国を頼む』

そう書かれた小さな布が、折りたたまれていた。




九峪は耶牟原城を出て当てもなく彷徨っていた。

途中事故に合い川縁で倒れていたところを山人に助け出されこの里にやってきた。

このとき九峪は学校の制服ではなく、麻の服に身を包んでいたために怪しまれることもなかった。

里で治療を受ける中で九峪は持ち前の人懐っこさで里の人間、特に子供や女性、老人など、とにかく里のほとんどの人間に好意的に受け入れられてしまった。

いく当てがなく体力もない九峪は里で『学校』を開いて生活し始めた。

この時代における九峪の学力は相当に高く、十分に教師としてやっていけたのだ。

子供だけではなく、大人にも読み書きを教え、この世界にとっては摩訶不思議な話を語って聞かせる。

そうして里人から『先生』と呼ばれるなど、賢人としての居場所を確立した。

食べ物は里の人が少しずつ恵んでくれるので、それで生活している。

重責、責務、使命。

そういったものを投げ出し、『神の遣い・九峪』ではなく『教師・雅比古』としての生活は、九峪の心を癒していった。

ここでの生活を、九峪は気に入っていた。














子供たちは畑の手伝いなどでこられない日がある。

九峪の授業は別にカリキュラムがあるわけではなく、単純な算数・読み書きを教えるだけである。

したがってこられなくても問題はない。

その日もそんな風に生徒が何人か来ない日であった。

この時期になると野菜の収穫が始まるために登校できない日がある。

それでも今日は二人の生徒が来ている。

「今日は特に少ないな。まあ家の手伝いがあるからなぁ、仕方ないかな」

人のつかない机を見回しながら九峪は言った。

「じゃあ始めるか」

「「はーい」」

「今日は算数をしよう。問題は『五たす七』だ」

九峪は手前にある砂の入った大きめの枠付きの砂板に『五+七』と書いた。

生徒たちも九峪の板を小さくしたような物に式を書いてうんうん唸っている。

しばらくして、生徒の一人が砂板に筆代わりの棒を走らせた。

「せんせー、できたー」

「ん?できたのか?どれどれ・・・あ〜、おしいなぁ。ちょっと足りないなぁ。いいか、わからなかったら指を折って数えていいんだからな?」

言われ少女は指折りで数えだした。

「先生、できたよ」

「おう、さてこっちは・・・うん、正解だ。よくやったな!」

九峪は少年の頭をグシグシと撫で回す。

それを少年は嬉しそうに笑いながら受けた。

「む〜」

そんな光景を見ていた少女は途端にほほを膨らませて九峪を呼んだ。

「せんせー、わたしもできたー」

「今度はどうだ・・・よし、正解!」

そう言い九峪は少女の髪を、少年にしたよりは幾分優しめに撫でた。

「えへへ」

それに少女は気持ちよさそうに目を細めた。

「さて、じゃ次は・・・」

九峪は再び砂板に軌跡を描き始めた。













昼時。

生徒たちは畑の手伝いがあるためにすでに帰ってしまっていた。

静かになった勉強部屋をあとにして九峪は居間で昼食をとっていた。

米と野菜、狼の肉を一緒に煮込んで味付けした、現代に比べれば貧相な食事にも九峪はもう慣れてしまっている。

それどころか最近ではそれなりに知恵を出して美味しい料理を作っているくらいである。

人は逞しいというが、まったくそうだと九峪は苦笑することがある。

「ふぅ、ごちそうさん」

水で一息ついた九峪は午後はやることもないので高台へ行くことにした。

高台は里を一望することができる場所で、本来は見張り台であるが今ではほとんどそんなことをする人間はいなく、専ら九峪の憩いの場と化している。

「んー、ここは風が吹いて気持ちいいよなぁ」

高台に上った九峪は大きく伸びをした。

眼下には里。住み始めて半年は経つ、活気ある里。

九峪はその場に寝転んだ。

ここで、こうして寝転んでいるとあの駆け抜けた日々がまるで嘘のように感じられる。

戦い、謀り、民を導く日々。

眠れぬ夜が何度も続いた日々。

テスト前日の一夜漬けなどなんと言うことは無いと言えるほどに忙しい日々。

徐々に疲弊し、精神が磨耗していく自分を自覚しながらそれでも働く日々。

戦争が終わってからは、内分抗争が起きた。

戦いの果てにあったものは、更なる争いであった。

それも、自分が原因で起きた争い。

滑稽だと、思う。

戦争終結に一躍かったと自負している自分が、新たな戦いの火種になったのだから。

無様だと、思う。

己の選択に後悔して、全てを投げ出してここまで逃げてきてしまった愚かな自分を。

「はは、まったく・・・どうしようもねえ奴だな、俺は」

己の埒もない考えに九峪は自虐的な笑みを漏らした。

そうだ、自分はこんなにもバカな人間だ。

どうしようもない、大バカ野郎だ。

「はは・・・」

擦れたような声は、果たして笑い声なのか。

九峪の意識は、襲い来る睡魔にかき消されてしまった。























「ん・・・んん」

肌寒さに九峪が目を覚ましたとき、辺りはもう薄暗くなっていた。

「寝すぎちまったな。寒い寒い・・・ん?何だ?」

流石に寝過ごしたと思いながら家へと戻る道を歩いていると、里の開けた場所が妙に騒がしいことに気づいた。

そこは人の壁ができていて何が起きているのかはわからないが、笑い声がひびいていたり、はやし立てる声が聞こえていたりととにかく賑々しい。

ワケがわからない九峪は、壁を作っている男に声をかけた。

「どうしたんだ、こんなに騒いで」

「あ、先生。いやぁ、なんか旅芸人がここに来なさって、俺らに芸を見せてくれとんのですわ」

「もちろんとる物とられてるけど」と男は豪快に笑いながら芸人の催しに視線を戻した。

「旅芸人・・・」

旅芸人という言葉に、九峪はふとある人たちを思い出した。

(あいつら、元気でやってるかな)

敵討ちに生き、活き活きと芸をしていた彼女たち。

自分たちと一緒に戦ってくれた戦友達。

「・・・やることもないし、ちょっとくらい見ていくか」

「そういえば、志野たちの芸って結局見てないな」そう思いながら壁の薄そうなところに回ってようやく芸が見える場所まで来たときに。

「―――!?」

愕然とした。

自然とできた舞台。その上で。

二組の操り人形が、踊っていた。

その奥に、一人の少女。

「す、珠洲・・・?」

珠洲がいた。

まさか。

そんなはずはないと、自分に言い聞かせた。

だって彼女たちは、いま耶牟原城にいるのだから。

戦いが終わっても、志野たちは共和国に残ることを決めた。

志野が、戦争が終わったら芸人家業を再会するという話は聞いていた。

しかし彼女たちは残った。

理由はわからない。しかし志野は将軍として今も働いているはず。他の皆も。

だからここにはいないはずないのだ。

九峪が呆然としている間にも、人形の踊りは続いていく。

否。それは、踊りというよりは劇であった。

男と女の情事を表した、劇であった。

十四そこらの少女にやらせるようなものではなかったが、珠洲は淡々と、無表情に繰っている。

  わああああぁぁぁぁぁ

歓声が上がった。

劇の終了を告げる大声に、九峪はハッと気を取り直す。

逃げ出した自分が彼女たちの目の前にいるということに後ろめたさを感じた九峪はそこから離れようとした瞬間。

「・・・あ」

珠洲が呟くのが、この騒がしい中でも聞こえた。

思わず振り向くと、珠洲と目が合った。

(ヤバイ!)

九峪は、逃げるようにその場を離れた。



















  バン!

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

家の戸を閉めて、九峪はその場にへたり込んだ。

静かにその場を離れるつもりが、珠洲と目が合った瞬間に逃げるように走ってきてしまった。

まるで、罪を犯した罪人のように。

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

ばれた。

終に。

珠洲一人でここに来たとはとてもではないが思えない。

必ず志野たちがいるはず。

おそらくは珠洲の口から俺の存在が伝わる。

まさか、こんな所で見つかるとは。

なぜ志野たちがここにいるのかはわからない。

共和国幹部を辞めてしまったのかもしれない。

それならばまだいい。だが。

もしも。

もしも、自分を探しに来たのであれば。

『神の遣い』として、連れ戻されてしまうのであれば。

「・・・それだけは・・・絶対にダメだ」

ようやく国内が安定してきたのだ。

一民としてみてきたからわかる。

それを、自分が戻ることで再び崩してしまうという事態は、なんとしても防がなくてはならない。

この国には、新しい英雄がいる。

古い英雄は、もう必要ないのだ。

だから。

「・・・どうする・・・・・・どうすればいい」

逃げ出すか。

それもありだろう。しかし自分をここまで慕ってくれる里人、何より生徒たちに黙って出て行くのか。

―――できない。できるはずがない。

自分は先生だ。教え子を放って逃げることなどできない。

あのころほどではないにしろ、いまの自分には先生としての責任がある。

最後まで、面倒は見たい。

国か、教え子か。

こんなとき、損得勘定で動けない自分を恨めしく思いながら、九峪は途方にくれた。





















「よう、珠洲。お疲・・・」

道具置き場で休んでいた織部は、戻ってきた珠洲に声をかけて、最後まで言うのを躊躇した。

いつになく焦った様子で首を巡らしていた珠洲は、織部の姿を見つけて駆け寄ってきた。

「織部!志野は!?志野どこ!?」

「え?あ・・・座長?座長なら水飲みに井戸いったけど・・・どうしたんだ、珠洲?そんなに慌てて」

一瞬呆気にとられた織部も、珠洲の様子にただならぬものを感じて、問いただしてきた。

珠洲はそれに一瞬言うか言わないか迷ったが。

「・・・・・・なんでもない。とにかく、私は志野に話があるから」

「あ!珠洲!」

踵を返して走り去る珠洲の背中を見送りながら、織部は頬を掻いた。

「何だって言うんだ?珠洲のやつ・・・」

織部は困惑したまま、その場に立ち尽くした。










「志野!」

水を飲んでいた志野は、珠洲が自分の名前を呼んでいるのに気づいて顔を上げた。

目を向けた先にはこっちに向かって珠洲が走ってくるのが見えるのだが。

その表情に、志野は困惑した。

いつも冷静な珠洲が、慌てた顔で走っているのだ。

何事かと思った志野も、何か緊急事態でも起きたのかと緊張が背筋を駆けた。

「珠洲。どうしたの?そんなに慌てて」

「はぁ・・はぁ・・し、志野・・・」

「ちょっと、落ち着いて。深呼吸して」

志野に諭されて深呼吸をして呼吸を整えた珠洲は緊張の面持ちをしている志野に話した。

「さっき、私の演目のとき・・・・・・客の中に、九峪様がいた」

「え!?」

珠洲の言葉に、志野は驚きの声を上げた。

約半年前に耶牟原城から姿を消し、行方のわからなかった九峪が、こんな里にいるのと珠洲は言う。

信じられないという思いも僅かにあったが、珠洲は自分に対して嘘はつかない。

まして、それが九峪様のことであれば尚のこと。

「それは、見間違い「じゃない」・・・そう」

志野はもう一度「そう」と呟いてから黙り込んだ。

考えに沈んだ志野を、珠洲は黙って見上げている。

しかし、その間もどこかそわそわとして落ち着きがない。

しばらくして。

「・・・・・・わかったわ。このことは皆知っているの?」

「誰も知らないと思う」

「・・・・・・そう。もし、ここに九峪様がいるのであれば・・・」

「志野」

「・・・わかっているわ、珠洲。・・・・・・探しましょう、九峪様を」

そう。そのために私は、私たちは旅芸人に戻ったのだから。

「さて、それじゃあ皆には別行動をとるって言っておかないとね」

志野と珠洲は道具置き場に向かって歩いて行った。
















九洲が未だ戦火の渦中にあったころ、志野はあることに気づいた。

周知の事実として皆に知られていた珠洲の『九峪嫌い』が、あるときを境にまったくと言っていいほどになくなったのだ。

と言っても珠洲の毒舌がなくなったわけではない。皆には問答無用に切りまくっていた。

九峪にも罵声を浴びせてはいたが、数もキレも、格段に落ちていた。

それは間違いなくあの日。

あの戦闘があったとき。その日から珠洲の九峪に対する態度が変わった。

狗根国遠征軍との戦い。決戦が間近に迫ったときにあったこの戦いで、九峪は七支刀を片手に奮戦していた。

自ら囮部隊の指揮を執っていた九峪は、配下に志野・珠洲を従えて篭城をした。

自分たちが敵を引き付けている間に別部隊が目標を攻略するという作戦であったからだ。

この戦いは順調に進んでいたが、一つ問題が発生してしまった。












『くっ!なんて激しい攻めなんだ!』

篭城軍の旗色が悪くなるのを感じていた九峪は、狗根国兵を倒す手を止めずに毒づく。

本隊の攻略予定日までまだあったが、こちらが予想以上に苦戦している。

このままでは持たない!

九峪は焦っていた。

九峪のすぐ近くでは志野と珠洲が戦っていた。

この部隊には他に伊雅・音羽などがいて、それぞれ別の場所を守備している。

襲いくる敵を志野は竜刃剣を回転させながら、まるで『踊るが如し』と言わんばかりに敵を屠っていく。

珠洲は自分よりも二周りも三周りも大きい巨躯をしている人形を操って戦っていた。

『あ!?』

それは油断だったのか。

珠洲と人形を繋ぐ糸が、狗根国兵の剣によって切られてしまった。

人形の動きに合わせて自身も動いていた珠洲はその瞬間にバランスを崩してしまう。

『珠洲!?』

『きええええ!』

狗根国兵が不快な声を上げながら剣を珠洲に振り下ろす。

志野はそれを追うが到底間に合う距離ではない。

目をつぶる間もなかった。

死んだ。

そう考えることができたか。わからない。

ただその瞬間終わるはずだった珠洲の命は、まだ終わらなかった。

『ぐうぅ!!』

赤いナニカが、散って。

珠洲の顔を、濡らした。

最初、珠洲は何が起きたのかわからなかった。

ただ、しばらくしてそれが何なのか、理解した。

目の前には、男の背。

『・・・・九峪、様・・・?』

それは後姿だったが、それでも独特の服装はそれ以外の答を珠洲に与えなかった。

だが、その後姿は、あまりに歪だった。

背中から、鋭いナニカが生えている。

―――刃。

その先から、ナニカが滴り落ちている。

―――血。

それに珠洲が気づいたときには、九峪は七支刀を振るっていた。

『うおおおお!』

  ザシュッ

今度は、狗根国兵の血が吹いた。

崩れ落ちる敵兵。

少し遅れて、九峪も。

  ドシャ

落ちた。

『っ九峪様!?』

志野が駆け寄る。その間も珠洲は動かなかった。

『九峪様、九峪様!!しっかりしてください!衛生兵!忌瀬さん!!』

矢継ぎ早に指示を飛ばす志野の肩を抑えて、九峪は立ち上がろうとした。

『志野・・・指、示・・・』

『九峪様!』

『大・・・丈夫・・・だから・・・・がふっ』

担架に乗せられながら九峪はそう言い、珠洲の方を向いた。

目が、合った。

『だい・・・・・・じょう・・ぶ・・・か・・・?・・・珠・・洲』

『!!』

珠洲は驚いた。

自分を庇って大怪我をした。死ぬかもしれないほどの重症を。

それなのに、この男は尚自分の身を案じた。

こんな自分の、命を。

身を挺して、守った。







この戦いは、予定よりも早くに攻略して戻ってきた本隊との挟撃によって勝利した。

  オオオオオオオォォォォォ!

皆が喜ぶ中、志野と珠洲は九峪の眠る部屋にいた。

『なんで・・・』

自分を助けたのか。

ひどいことをたくさん言った。

憎まれても、おかしくないのに。

『どうして・・・』

殺してやりたいと、何度も思った。

なのに。

今は、死んでほしくないと、思っている自分がいる。

自分の中の整理しきれない感情の奔流に、珠洲は涙を流した。

『珠洲・・・』

志野は、珠洲をそっと抱きしめる。

今の自分には、それしかできない。

何を言っても、今の珠洲では受け止められないだろう。

だから抱きしめた。

珠洲がすすり泣く部屋の中で、九峪はとうとう勝利の勝どきを聞くことはなかった。











その戦闘を境に、珠洲は変わった。劇的に。

九峪は一命を取り留めた。死んでもおかしくないほどの重症だったが、それでも復活した。

それはまるで、黄泉の国から帰ってくるようで。

そして再び軍事・内政にと動き出した。

慌しい日々が、始まった。

そんな中にあって、珠洲は合いも変わらず毒をまく。

その標的には当然九峪もまざっていて。

珠洲に対して『知らぬ存ぜぬ』『触らぬ珠洲に毒舌なし』といわんばかりに嫌煙しているものだから、皆は気づかなかった。

だが、それに気づいた人もいた。

それが、志野である。

志野は、珠洲のことが好きである。大切な妹として、絶対に守り通すと誓った。

だがそれと同じくらいに、九峪のことも好きである。もちろん一人の男性として。

だから、二人のことはよく見ていたし、険悪な関係も心配していた。

とはいえ、嫌っているのは珠洲の方だけで、九峪はむしろ珠洲とのやり取りを楽しんでいる節があった。

そういう意味では、九峪が本気で珠洲のことを嫌いにならないだろうかと、そちらの方が心配でしょうがなかった。

だから、珠洲の九峪に対する対応が柔らかくなったのは、正直嬉しい。

それに伴い九峪を見つめる眼差しが暖かいものになったのも、まあいい。

しかし、その変化の裏に隠されたものに気づいたときに、志野は冷や汗を流した。

(いくらなんでもこんなことになるなんて・・・)

志野はその日で一番大きなため息をついた。

志野のライバルが、一人増えた日であったのだから。























・あとがき・



短編書きました。二部構成です。

「長編書かねぇで何書いてんだゴルァ」という方。

スイマセン。マジスイマセン。

でも言い分けさせてください。

こう何かが「ピ―――ン」と来たんです。

ニュー○イプ的な何かが、まぁそんな感じで。



今回のお話、といっても初めての短編(長いけど)なんですが、カップリングは結構曖昧。

強いて言うなら

「九峪×志野+珠洲」



「九峪×志野or珠洲」

てな感じです。(ちょいネタバレ)

私、志野大好きなんです。おねえさんが好きなもので。

珠洲も好きなんです。ツンデレが好きなもので。

原作ではツンだけですけど。

この話、「ピ―――ン」と来たのはだいぶ前。

唐突に神(天の火矛)からのお告げがきて「九峪先生を書きたまへ」と啓示を受けたんです。

で、

ちょい前に「ヘタレな九峪くんを書きたまへ」という啓示を授かりまして。

・・・・・・・書いちゃいました。

力作です。

でも駄文臭がかなりします。

「くせええええぇぇぇぇぇんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

見たいな感じです。

でも[後編]は駄文臭があまりしないはず!

だって力作ですから。

四時間かけて書いたのですが、誤字・脱字があったときは是非ご報告ください。感想とかで。超特急で直しますんで。

まぁそんなわけで!

この「折れた心、逃げた心」 前編 を読んでくださった皆さん。

是非「折れた心、逃げた心」 後編 もご愛読くださいませ。

ありがとうございました!