九洲炎舞 第七話「目指すは宗像」 (H:ゲーム+小説 M:九峪・志都呂・案埜津・伊雅・オリ J:シリアス)
日時: 11/20 08:21
著者: 甚平



この時代の都市は城郭都市だ。

江戸時代などと違って兵は平気で民を傷つけ、またこの時代・・・否、世界にはさらに厄介なものまでいるからだ。

魔獣、そして魔人。

この二つの存在がこの三世紀の九洲において城郭都市を形作った理由でもある。

それは何も城郭都市にだけ当てはまるものではない。

この時代の里も、周囲を木で作った塀で囲んでいる。

この場合は敵兵の侵入を防ぐためというよりも、むしろ魔獣対策のためといって良い。

いかに凶悪な魔獣といえ、所詮は獣。

目の前に聳え立つ壁を前にしては如何ともし難い。

そのためこの時代の里には里を守る壁と櫓がある。

里と外界を繋ぐ門の前に数人の人が集まっている。

「それでは、伊雅さん、秦野さん。俺はこれから星華様の元へ行きます」

「はい・・・うむ。道中気を付けて下され、九峪さ・・・・・・く、九峪殿」

「・・・おっさん、ホントにそんなで大丈夫かよ」

しどろもどろになる伊雅に呆れる九峪。

その様を横で見ている秦野は頬が僅かに引きつっている。

格式を重んじる伊雅としては神の遣いを上から見るのは恐れ多いのだ。

そのことが特別必要かと問われればその限りではないが、これからの行動には何かと都合がいいのも確か。

そのことを理解している伊雅としては復興のためという思いと、恐れ多いという思いにどうしても挟まれてしまう。

王族としての人生を歩み、また生粋の軍人である伊雅には中々に酷だろう。

しかしそこは割り切ってもらわねば。

伊雅のように極端な立場にいない、いわゆる中間管理職の秦野はこのことに早く順応できた。

秦野はいわゆるエリートサラリーマンだ。交渉なんかはお手の物。

頭の固い伊雅とは違い、秦野の頭は中々に柔軟だった。

伊雅の性格を剛とすれば、秦野は柔である。

秦野の性質は、九峪に近いものがある。

「似すぎたもの同士憎み合う」というが、九峪と秦野は仲がいい。馬が合うというのだろう。

「類は友を呼ぶ」とも呼べるかもしれない。何の類かはしらないが。

そんな似たもの同士の二人としては、伊雅の順応の遅れには些か不安だったりする。

(だが、伊雅様も無駄に生きているわけではありませんしな)

秦野は思考を切り替える。

相手がただの農民山人ならばなんとも無いが、相手は神の遣い。

伊雅は大きい体を小さくしている。

やはり落ち込んでいますな。

「伊雅様、お気を強く。まだまだ時間はあります。このようなこと、ようは慣れでございます。これから少しずつ慣れていけば良いのです」

「・・・そうだな、まだ時間はある。儂は儂のできることをせねばな」

少し元気が出たようだ。

秦野は伊雅の様子に微笑み、九峪に向き直る。

「九峪さん、途中に狗根国兵がいるかもしれませんので、くれぐれも無理はしないで下さい」

「わかってるって、そう心配しなくても大丈夫だ。伊達に神の遣い(偽者)をやってるわけじゃないし、それに一人で行くわけじゃないだろ」

九峪の軽い様子に苦笑する秦野。やはりこの人は変わっている。

ここまで神の遣いらしくない神の遣いというのも、この人くらいのものだろう。

この非常識極まりない男が、復興の切り札となる。

秦野はそのことを愉快に感じた。

「お待たせしました、準備が整いましたのでいつでも行けます」

男が声をかけてきた。

歳は二十歳といったところ。身長は九峪よりやや高い程度だろうか、特別逞しいわけではないが、農民よりは鍛えている。

非常に短く切られた髪に、温かみのある笑顔が印象的な、どこにでもいそうな男が九峪たちのもとに来ていた。

「お、ようやく来ましたか。九峪さん、こちらが今回貴方の水先案内となる者です」

「はじめまして。私は「志都呂(しとろ)」といいます。貴方が九峪さんですね、道中よろしくお願いします」

「あ、ども。俺は九峪雅比古。これからよろしく」

志都呂の挨拶に九峪も返す。

志都呂の柔らかい笑みに九峪は安堵する。

堅苦しいのがあまり好きじゃない九峪としては、伊雅のような人よりも秦野のような人がよかった。

志都呂はどこか雰囲気が秦野に似ている。

九峪はそう感じた。

「志都呂は私の息子でして。いろいろ至らぬところもあるでしょうが、どうかよろしくお願いします」

そう言い、秦野は九峪に頭を下げる。

その様に志都呂はやや恥ずかしげに苦笑している。

「父上、私ももう子供ではありません。何も心配せず、この志都呂にお任せください」

志都呂の言葉に秦野は誇らしげに微笑む。

それを見ていた九峪は「親子だったのか、どうりで」と呟いた。

「・・・・・・九峪」

不意に少女の声がしたので九峪は下を向く。

九峪の前には案埜津が俯いていた。

散歩から帰ってきた案埜津は九峪がしばらくの間里を離れると聞き、大慌てで九峪を問いただしにきた。





































「九峪、里を出るってホント!?」

「出るっていうか、しばらく離れるんだな。ちょいと事情ができて、それが済んだら帰ってくるよ」

戸を開けて、旅のための荷造りをしていた九峪に案埜津はいきなり問うた。

一瞬呆気にとられた九峪も案埜津が今回の宗像の一件のことを言っていると理解すると九峪は簡潔に応えた。

後で何か言われないように予防線もさり気にはる。

九峪の応えに、しかし案埜津は納得しなかった。

「なんで、どうして九峪がいくの?」

「なんでって、まあ行けるのが俺くらいだからかな」

「九峪以外にも人はいる」

「いや、まあそうなんだが・・・」

九峪は困った。

案埜津がまさかここまで問いただすとは九峪も思っていなかった。

さてどう答えようか・・・・・・・・ま、案埜津ならいいか。

どうするか悩んだ九峪は、結局わけを話すことにした。

「俺が行くのにはわけがあるんだ。俺は神の遣いだけど、表向きには伊雅の私兵という扱いになる。だけどそれだけじゃあ俺個人があまり大っぴらに行動できない。だからいろんなところで顔が利くようにしとかなきゃならないんだ」

九峪の応えに案埜津は納得する。それでもやはり割り切れない。

九峪をある意味家族と思い始めている案埜津は九峪と離れることに抵抗感を持っている。

ましてや案埜津は実の父親を目の前で殺されているのだ。

自分の知らないところで九峪が殺されるかもしれない。

それはある種の強迫観念となって案埜津を締め付けていた。

九峪は黙り込んだ案埜津に困ったように苦笑した。

いつもは澄ましている案埜津がここまで慌てるのはそうそう無いが、それを楽しむつもりも無い。

九峪にとっても案埜津は家族だ。悲しませたくは無い。

しかし今回はそうも言っていられない。

星華といえば火魅子候補。大きく視れば日魅子の親戚だ。

案埜津にはパイプ作りという意味で言ったが、純粋に星華を助けたいという思いと、直接会ってみたいという好奇心もあった。

「案埜津、俺は耶麻台国を復興させなきゃなんねえんだ。その為には色々とやることがあるんだ。わかるよな?」

案埜津の顔を覗きこみながら九峪は諭す。

事情が事情とはいえ、案埜津は自分に依存している。

自分と離れたくないという気持ちもわからなくは無い。

しかし自分がこれから行くところは、ともすれば危険なところかもしれない。

何も無いかもしれないが、あるとすればそれは国分以上に厳しい。

案埜津を連れて行くわけにはいかない。

九峪はわかっている。

そのような環境で、案埜津を守るだけの力が自分には無いことを。

これは、九峪にとってもある意味試練なのだ。

案埜津は俯いたまましゃべらない。

ただじっとしているだけ。

沈黙が重く圧し掛かる。

「案埜津」

九峪が案埜津の頭を撫でる。

長い黒髪が僅かに揺れる。

案埜津はそれを黙って受ける。

自然と手が九峪の服を掴む。

その手を僅かに震わせながら。

「別にこれが今生の別れってわけじゃないんだ。ただ少し俺が出かけて、案埜津が留守番するだけだ」

九峪の言葉を黙って聴く案埜津。

顔は俯いたままだが、手の震えはすでに止まっている。

「ちゃんと帰ってくるから、安心しろ」

九峪は案埜津の背をポンポンと軽く叩いた。

痛くも無いそれは案埜津の心を少しずつ落ち着かせる。

「・・・・・・・・・・・わかった」

一瞬の後、案埜津は小さく頷いた。




































というようなことがあったのがつい三時間前。

案埜津の了承を得た九峪はそのまま荷造りを手伝ってもらい、この門の前に来ていた。

そして現在に至る。

案埜津は俯いたまま何も言葉を発さない。

荷造りの間も終始無言、そのため九峪は気が気ではなかった。

ここにきてからも何も話さない。

「それじゃ案埜津、いってくるから」

九峪は案埜津の頭に手を置きながら言った。

「・・・いってらっしゃい」

案埜津はそれだけ言い、秦野の家のある方へ走っていってしまった。

案埜津の後姿を眺めていた九峪は僅かに苦笑し、志都呂のほうを向いた。

「それじゃ志都呂、行こうぜ」

そういう九峪の顔には苦笑の笑みはすでに無く、代わりに真剣な面持ちがあった。

その顔に志都呂の顔も引き締まる。。

「ええ、それではいきましょう」

武川の里から二人の男が出発した。

目指すは九洲北部、宗像神社。























九峪と志都呂は道と呼ぶのもおこがましいほどの獣道を歩いていた。

歩くといってもかなり急いでいる。

この先何があるかわからない、もしかすれば完全に敵の勢力下に落ちている可能性もある。

できるだけ体力は温存しておきたい。

そのため走るのではなく、早歩きで進んでいる。

「なあ、志都呂。宗像神社まではどれくらいでつくんだ?」

武川の里を出発して五時間ほどたった頃、九峪が唐突に問うてきた。

志都呂は歩を止めずに答える。

「この調子ですと大体二日くらいです。今はこのような道ですが、街道に出れば十分二日でつきますよ」

志都呂の答えに九峪は「そっか」と返事をし、黙り込む。

先ほどからあまり会話が無い。せいぜい確認くらいのものである。

いくらお互いに気さくな性格をしていようと、ほとんど面識の無い者同士が数日を旅するというのだから二人は困る。

何を話せばいいんだか。

それが二人の心境だった。

二人は黙々と歩き続ける。

九峪にしても志都呂にしてもここまで沈黙が続くと流石にむず痒くなってくる。

「あの、九峪さん」

ややあと、志都呂が突然切り出した。

幾分遠慮がちな声だが、それでも九峪は救われた。

「ん、なんだ?」

「九峪さんは旅の方なんですよね。見たこともない服装ですし、どこの生まれなのですか?」

志都呂は九峪の素性について聞いてきた。

武川の里では九峪は異国からの旅人ということになっている。

志都呂も人間、やはり気になるのだろう。

九峪はどう答えようか考え、しばし黙る。

「あ、いや、話したくないのであれば無理にとは・・・」

九峪の黙考を拒絶ととった志都呂はすまなさそうにした。

旅を続けるにはそれなりのわけがあるのだろう。

志都呂は己の迂闊さを恨んだ。

「いや、別にそういうわけじゃないんだけど、ちょっと昔を思い出して」

志都呂が肩を落とす様に九峪は慌てて弁護する。

話し方や態度からもわかるが、志都呂は真面目である。

それも堅苦しいものではなく、生真面目というような感じだ。

九峪は志都呂がとてもいいやつに思えていた。

「俺は・・・東の海を越えたずっと遠くから来たんだ。日本って国なんだけど、志都呂は知らないだろ?」

九峪の言葉に志都呂は少しの間考える。

「にほん・・・聞いたことありませんね。それに西ならともかく、東に国どころか島などあるのですか?」

志都呂は思った疑問をそのまま口にする。

西には大陸がある。詳しいことはわからないが、その奥にも国はあるらしい。しかし東に島があるというのは聞いたこともない。

太平洋の向こうにはアメリカ大陸があるが、この時代にはまだ発見されてはいない。

東の最果てはここ倭国なのだ。

九峪のいう故郷もアメリカではないため嘘であるが、極東という意味においては間違いでもない。

嘘と真実がない交ぜになり嘘を証明することができなければそれが作り話でも真実となる。

「ああ、ある。とても大きな・・・大陸と同じくらい大きい島がね。まあ俺がいたのはその西側にある小さな島国だけど」

志都呂は驚いた。

九峪の言う大陸は、この倭国において誰も知らない。

誰も知らない異国から、幾人もの船乗りが挑みことごとく敗れたあの広大な大海原を九峪は渡ってきたというのだ。

それはこの時代の倭国人、ひいては大陸人でさえも驚愕するに十分な事実だ。

志都呂の中に、この男をもっと知りたいという好奇心が芽生えた。

「九峪さん、にほんとはどういう国なのですか?」

「どういう国、か。そうだな・・・・・・とても裕福な国かな。でも」

「でも?」

「それと同じくらいに、貧しい国でもあった」

「豊かなのに、貧しいのですか?それは、土地は豊かだが王が圧政を敷いているということですか?」

九峪の言葉が、志都呂は理解できない。

豊かさと貧しさは対極の関係だ。一方が存在すればもう一方は消えてしまう。

だが九峪の言葉はその反する関係を両立させたような物言いだ。

悩む志都呂に九峪は苦笑する。

「そういうわけじゃないな。たしかに暮らしは裕福さ、だけど、そうだな・・・・・心が貧しいんだ」

「心が貧しい?」

「そう、俺の国は便利なものが多くてね、自動車とか飛行機とか、便利な物がとにかく多い」

「じどうしゃ?ひこう・・・?」

聞いたことのない単語に志都呂は首を傾げる。

「ああ、いや、自動車って言うのは、なんて言うか・・・地面を高速で走る鉄の箱で、飛行機は、そうだな・・・空を飛ぶ鉄の船のことかな」

「ええ!?九峪さんの国にはそんなものがあるんですか!?」

またも志都呂の目が剥かれる。

上手くイメージはできなかったが、志都呂の頭の中には地面を走りぬける鉄の箱や空を飛び交う鋼鉄の大陸船が浮かんでいた。

(な、なんて怖い国なんだ・・・・・・!)

志都呂は一人戦慄した。

だがそんなものがあれば確かに便利そうだとも思ってしまう。

「はああ、すごいところなんですねぇ、にほんという国は。機会があれば是非行ってみたいものです」

「便利であるが故に、人を思いやる心が失われつつあるんだよ、日本って国は」

「そうなんですか」

志都呂の素直な感想、しかし九峪の顔は冴えない。

(機会があれば、か)

踏ん切りはつけたつもりだった。

だがやはり心の片隅で思ってしまう。帰りたいと。

それがいつ叶うかわからない願いだとしても。

諦めたわけではない。いつかは帰るつもりだ。

それでも、未練だな。

俺はもっと淡白な性格だと思ってたんだけど。

九峪は思わず苦笑する。自分の女々しさに。

(俺も結構バカだな)

「九峪さん?どうしました?」

何も言わない九峪に志都呂は心配げに訊ねた。

自虐的な思考を打ち切り、なんでもないように答える。

「いや、なんでもない。それより、ここはどこら辺だ?」

「もう筑後に入っていますよ。暗くなってきたので野宿をしたいところですが急いでいますし、多少危険でもこのまま街道に出ましょう」

「そうだな、少しでも早く宗像神社に行かないとな」






















「九峪さん、止まってください」

森を抜け街道が目の前に迫っているとき、不意に志都呂は止まった。

何事かと聞こうとした九峪のその理由に気づく。

「・・・人の声?」

「みたいです。それも一人や二人じゃない、五、六人はいますね」

「五、六人・・・」

九峪が呟く。

九峪は狗根国兵とは三回戦った。

だがそのどれもがほとんど一対一の状況だった。

相手がもし狗根国兵ならば戦力はこちらの約三倍。

九峪が飛翔剣と霊珠を全力で使ったら何とかなるかもしれないが、疲労でしばらく動けなくなるだろう。

そうなっては意味がない。

「狗根国ならば放っておくのは危険です。もしかしたら宗像神社のことも何か知っているかもしれません」

「確かに、この辺に狗根国兵が五、六人でいるというのもおかしい。どうもきな臭いな。ちょっと行ってみよう」




気づかれないように(九峪は怪しかったが)二人は、木陰に隠れて近づいてくる一団を注視した。

暗がりでわかりにくかったが、一団は皆一様に黒の鎧に身を包み、槍や剣をもっている。

それは正に狗根国兵の標準装備だった。

「やはり狗根国・・・しかし何故ここに」

「どうする、襲うか?俺としては賛成しかねるが」

近づく狗根国兵に見つからないように密談する。

この数を相手に立ち回るのは九峪としては避けたい。勝てるには勝てるだろうがこの後すぐに宗像へ行かなければならないのだ。

ましてや九峪は現代人。いくら狗根国兵と戦い殺してさえいるとはいえやはり殺したくはない。

志都呂は別に殺すことに躊躇しないが戦うのは良策ではないと考えている。

しかしこの兵士たちの目的も知っておきたい。

「情報は欲しいが・・・どうする志都呂?」

志都呂に答えを仰ぐ。

振られた志都呂は少し考え。

「確かに情報は欲しいですね。しかし数が多い・・・・・・どうすればいいでしょう?」

逆に聞き変えされ九峪は考える。

「襲うなら・・・やはり奇襲だろ。敵はこっちに気づいてないわけだし、俺の武器は敵の不意を突くのに適している」

「では、決まりですね。貴方の武器が奇襲に適しているのであれば初撃は貴方が。その後に私が切りかかります」

「わかった、じゃあ志都呂は敵の進行方向に先回りしてくれ。敵が騒ぎ出したら合図だ」

「見つかるなよ」という言葉と共に志都呂を見送る。

「さて、上手くいくかな・・・」

体が震える。鼓動が大きく聞こえる。

頬を汗が伝い、荒くなる呼吸を何とか殺す。

目の前を狗根国兵が通り過ぎる。

霊珠を起動させ両手に飛翔剣を握る。

まだか、まだか!






狗根国兵が前から来る。

誰も抜刀していない。襲われることを考慮していない。

奇襲を成功させる要素は揃っていた。

九峪の持つ武器がどのようなものかはわからないが、九峪は信じられる。

出会って僅か半日しか経っていないが、志都呂は九峪のことを信用していた。

秦野の紹介というのもあるが、実際に話して九峪の人となりを知り、共感することができた。

まだ友とは呼べないが。

鞘から剣を抜く。

青銅で作られた銅剣。

狗根国は鉄剣を使用するので心もとないがこればかりはどうしようもない。

握る手に汗が吹き出る。

緊張している。自分でも分かる。

狗根国兵はもう近い。もしかしたら気づかれているのでは。

不安は大きくなる。

九峪さん、まだですか!?

焦りが生まれる。

  ヒュッ ドス ドシュッ

「ぐあああああああぁぁぁぁぁぁ!?」

「ぎゃあああああぁぁぁぁ!!」

男たちの悲鳴。

九峪の合図。

今だ!

「わあああああがはぁあ!」

草陰から剣を持って躍り出た志都呂に先頭の男は驚き、何もできぬまま切り伏せられた。





(行け!)

目の前を通り過ぎる男たちに九峪は呟き飛翔剣を飛ばす。

闇の中から現れた四本の小さな剣に狗根国兵は気づかず足や腕、腰を深々と刺され絶叫を上げた。

「わあああああがはぁあ!」

集団の先頭で鎧を着た男が崩れた。

代わりに剣を構え集団に襲い掛かる志都呂がいた。

一人、また一人と志都呂が切り屠っていく。

「・・・・・・志都呂強ええ〜〜」

気がつけばもう二人だけ。

何が起きたのかわからず哀れにも狼狽している。

精強で通る狗根国兵もこうなっては形無しである。

狗根国兵が志都呂に向かって切りかかる。

それを志都呂は横に交わすが、狗根国は振り下ろした剣を今度は横薙ぎにはらった。

流石は狗根国兵。個人の技術はそれなりにある。

横薙ぎの剣を銅剣で受け止めると僅かな鍔迫り合い。

「死ねえええ!」

志都呂の後ろから別の狗根国兵が切りかかる。

前門の虎後門の狼。

回避すれば避けられるが前の男に真っ二つ。

しかしこのままでは!

志都呂は死を覚悟した。

「ぐぬああ!」

しかし一向に剣は下ろされることなく、悲鳴が聞こえてきただけだった。

目の前の男も勝利を確信していただけにこれには驚く。

(敵はこいつ一人ではないのか!?)

九峪が放った正体不明の攻撃も志都呂の仕業と考えていた男は仲間がいるとは考えていなかった。

そのために生じた油断。それを見逃すほど志都呂は馬鹿ではない。

ヒュウン

「なああああああ!?」

驚愕に力を緩めてしまった男の腕は志都呂によって無常にも切り落とされてしまった。

手は剣を握ったまま地に落ち、切り口からは盛大に地が噴出している。

「腕、俺の、腕があ!!」

男は地面の上を転げ回りながら呻いている。

近寄ってきた九峪はそんな男を一瞥すると嫌そうに顔をしかめた。

「志都呂、早く情報聞き出そうぜ?」

「そうですね・・・あなたに二、三聞きたいことがあります。まず、あなた方はここで何をしているんですか?」

「そ、そんなこと、言える、ものかぁ!」

男は強情にも反抗してきた。痛がっても軍人ということか。

しかしここではあまり意味はない行為だった。

「志都呂、俺自白剤持ってるぜ?」

そう言い九峪はリュックの中から袋を取り出した。

「九峪さん、いい物持っていますね。ではそれを使いましょう」

志都呂は九峪の袋から小さな丸薬を取り出すとそれを男の口の中に無理やり放り込んだ。

男は吐き出そうとするが志都呂の手が口を塞いだためにそれも叶わず。

「ふ、ふぬうううううぅぅぅ、ん、んんん・・・んぐっ」

男は結局丸薬を飲み込んでしまった。

「う、ぷはっはあはあ、き、きさ、ま、ら・・・?」

男の目が徐々に虚ろになっていく。

「もういいぜ、こうなりゃ何でも聞き出せる」

「そうですか、では質問です。あなたたちはここで何をしていたんですか?」

志都呂の問いに男は焦点の合っていない虚ろな目でボソボソと語りだした。

「お、俺たち、は・・・宗、像神社の連中、を捜してい、た・・・」

男の言葉に九峪と志都呂は顔を見合わせる。

「もしやとは思ったが、最悪の展開だな・・・」

「音信不通の理由はこれですか。・・・あなたたちが宗像神社を襲ったのはいつのことですか?」

「三ヶ、月前・・・」

「この辺りに宗像の連中がいるのか?」

「宗像は逃げ、た。だから、捜し、て、る・・・・・・」

この言葉を最期に男は息絶えた。

志都呂は何かを考えていたが立ち上がり九峪に向き直る。

「九峪さん、事態は思った以上に切迫しています。狗根国が宗像神社からここまできているのならば、宗像衆はまだ全滅していないでしょう。ならば奴らより先に星華様方を見つけなくてはなりません」

「ああ、最初は調査が目的だったが、そうも言っていられないな。どこを捜せばいい?」

「・・・とにかく、宗像神社へ向かいましょう。危険ではありますが、手がかりはそこにしかありません。それと」

志都呂は事切れた兵士たちの抜刀すらされていない剣を拾うと一つを腰につけ、もう一つを九峪に渡す。

「悔しいですが、装備は狗根国のほうが上です。このような銅剣ではいつまでも持ちません。九峪さんの得物が何かは知りませんが、もっていた方がいいでしょう」

「そう、だな・・・」

「さ、行きましょう」

走り出す志都呂に九峪は慌てて剣を腰に引っさげて追いかけた。