九洲炎舞 第八話「諦めない」 (H:ゲーム+小説 M:九峪・志都呂・星華・亜衣・衣緒・羽江 J:シリアス)
日時: 11/29 15:00
著者: 甚平




宗像神社がある集団によって襲撃された。

集団の名は狗根国。七年前、九洲から耶麻台国を滅ぼした、憎き狗根国。

十一歳になったばかりの私が乳姉妹の亜衣に手を引かれ炎上する神社から義妹の衣緒と羽江の三人と共に逃げ出したのが三ヶ月前。

逃亡の途中で他の宗像系列の巫女と合流し、火前にある廃神社に落ち延びたのが二ヶ月と少し前。

そこを狗根国に見つかり巫女たちが身代わりとなって私たち姉妹を再び逃したのが二ヶ月前。

護衛してくれた最期の巫女が命を落とし三人の姉妹とだけ逃げ続けたのが一ヶ月前。

そして今ではどことも知れない廃神社、そこの地下に隠された「炎(かぎろい)の間」に隠れいつ来るともわからない助けと、いつ来てもおかしくない狗根国に怯えながら眠る毎日。

いつも怖い亜衣は今もとても怖い顔をして天井にある境内へと続く扉を見ている。

とても泣き虫な衣緒は今にも泣きそうな顔で震えながら私の手を強く握っている。

すごくうるさい羽江は今日も相変わらずうるさかったけど、それが空元気だということが私の子供心にもわかってしまいとても悲しかった。

一昨日に最後の木の実がなくなり、今朝から水を一口たりとも飲んでいない。

とてもお腹が減った。

湯浴みもしていないから身体が少し臭う。

お風呂に入りたい。

たくさんいた宗像のみんなも散り散りになってしまった。

みんな逃げれたかな。

常盤のお婆さまは逃げれたかな。

「羽江、静かにしろ」

私が埒もないことを考えていると突然亜衣が羽江を黙らせた。

いつもは反論する羽江も亜衣の声にただならぬものを感じたのだろう、大人しく従う。

「亜衣、どうしたの?」

気になった私は亜衣に尋ねた。

亜衣は目線を扉に向けたまま静かに呟く。

「何者かがこの境内に入ったようです。狗根国かもしれません、気配が消えるまで静かにしていてください」

「わ、わかったわ」

私は思わず身震いする。

ここが見つかった。・・・まだ狗根国と決まったわけではないと自分に言い聞かせるけど怖いものは怖い。

恐怖の中、自分の腕にかかる力にふと気がつく。

衣緒が目を瞑って震えながら私の服を掴んでいる。

反対側では羽江までもが私の服の袖を握って離さない。

怖がっている。私の大事な妹たちが怖がって、私を頼っている。

・・・そうだ、怖がっている暇なんてない。

私はこの子達の義姉。

そして耶麻台国の、火魅子の素質を受け継ぐこの私が。

この星華が怖がってどうするの!

「衣緒、羽江、大丈夫。怖くなんかない、怖くなんかないよ。私がいるんだから。亜衣もいるんだから。だから怖いことなんか何もないのよ?」

震える義妹たちを私はなだめる。

服を離さして両手いっぱいに二人を抱きしめる。

少しだけ落ち着いたみたい、羽江が「えへへ」って笑っている。

衣緒も、まだ泣いているけどもう目は閉じてない。

亜衣と目が合う。少しだけ微笑んでくれた。

少しの沈黙。

耳を澄ましてみると上の人たちの話が聞こえてくる。



「どうですか、いましたか?」

「いや、どこにもいない。確かに最近人が立ち入った形跡があるんだが・・・」

「そうですか・・・宗像神社の方々も行方知れず、神社本堂も焼かれ、ここまで捜して見つからない。やはり星華様は・・・」

「・・・もう少し探そう、何か手がかりがあるかもしれない。諦めるのはまだ早いぞ?」

「・・・そうですね、諦めるのはまだ、ですね。待っていてください星華様!必ずお見つけ致します!」

「その意気だぜ、さあ、もうちっと捜そう。もしかしたら俺たちを狗根国と間違えてるのかもしれないだろ?」



「亜衣、これって!?」

「「助け!?」」

あ、衣緒と羽江の声が重なったわ。








































武川の里を出発して二日、宗像神社に着いた俺たちを待っていたのは全焼した大きな神社だった。

「宗像神社が・・・・・・そんな・・・」

志都呂は呆然としている。無理もない。

九峪は焼け跡に近づいた。

音信不通になったのは三ヶ月前。ならばこれも三ヶ月前にはすでにこうなっていたということ。

(思った以上に最悪なケースだな・・・)

宗像は逃げた。そう聞いてもこれを見れば星華はすでにと考えてしまう。

馬鹿馬鹿しい、そんなんじゃあ日魅子に怒られちまう。

九峪は頭を振る。

この周りに狗根国兵はいない。すでに陥落したのだから当然か。

九峪は焼け跡を見てまだ呆然としている志都呂に声をかける。

「志都呂、ここを少し調べよう。案外誰か隠れてるかもしれない」




















「貴様ら、何者だ!!」

再起動した志都呂と一時間ほど捜索して出てきたのは生き残りではなく狗根国兵だった。

残党の捜索に出ていた部隊のようだ。いままで会わなかったのは、単にすれ違っていただけらしい。

数は五人。森の中で戦った人数とほぼ互角。

あの時は奇襲で勝てたが今回は真っ向勝負。かなり不利。

「く!この急いでいるときに!」

志都呂が抜刀する。

正眼に構え腰を落とす。

九峪も右手に飛翔剣を構える。振りかぶっていつでも投げられるようにする。

霊珠も起動し残った左手を腰にかけた剣に重ねる。

剣など使ったことはない(飛翔剣は含まれない)。

せいぜい体育の授業での剣道くらいか。それでも付け焼刃、動作も忘れてしまった。

・・・剣使えねえ。

結局左手も飛翔剣を握るということにした。

戦闘準備が完了したところで狗根国兵が先陣を切ってきた。

狗根国兵はまず見た限り貧弱な武装しかしていない九峪をターゲットにした。

走りよってくる狗根国兵に右手の飛翔剣を投げつける。

「こんなもので!」

しかし狗根国兵はそれを僅かに横にずれることでかわす。

後ろにいる男たちもそれぞれの獲物で弾く。

「飛べ!」

叫び。飛翔剣に彫られた文字に光が走る。

「う、うわあ!?」

「な、何だぁ、こりゃあ!?」

空中で方向転換し、一本がそれぞれ一人を牽制する。

不可思議な軌道を描く飛翔剣に狗根国兵は浮き足立った。

宙を縦横無尽に飛翔する小さな刃は気を抜けばいつでも自分を切り刻むことができる。

男たちは何が起きているのか理解できずにただ慌てるばかり。

「落ち着け!このようなもの、所詮は方術の類!一人になるな、密集しろ!」

志都呂と切り結んでいた男が大声を張り上げる。

おそらくはここにいる者たちの隊長か、技の錬度が他の者よりも高い。

男の指示に従い狗根国兵が一箇所に固まる。

襲い掛かる飛翔剣を互いに庇いあいながら何とか凌ぐ。

流石に精強で知られる狗根国兵、落ち着いて剣を振るうと飛翔剣では中々に厳しい相手だ。

「たく、しつこいんだよ、お前ら!!」

九峪はもう一方の飛翔剣を投げる。すでに起動させており、それぞれが指向性を持って空を翔る。

八本になった飛翔剣に狗根国はなす術がない。

「せえええい!」

「ぐうううう!」

隙だらけの狗根国兵に志都呂が切りかかった。

変幻自在に飛び回る飛翔剣に苦戦していた狗根国兵は、高い技量という圧倒的なアドヴァンテージを失い二、三切り結んだだけで地面に崩れ落ちた。

仲間がやられたことで密集隊形に穴が開き、他の狗根国兵も飛翔剣と志都呂の猛攻に押されていく。

「ぐ、この!っ貴様がああああああ!!!」

飛翔剣に肩を刺された男が九峪に向かって切りかかってきた。

そうだ、この男が。

この男が面妖な技さえ使わなければ。

この男が!

「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

咆哮と共に男が凄まじい速さで迫ってくる。

凶悪なまでのプレッシャーが九峪を襲う。

「くっ!こんなところで、死ぬわけには・・・・・・いかないんだよ!」

九峪の前に浮かぶ紅の霊珠が光る。

珠の周囲に陽炎が現れ。

  ゴォオウ

炎が現れた。

炎はそのまま男を包む込み細胞を焼失させようと猛り狂っている。

「ぐぅぅぅぅぅあああアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!」

しかし男は止まらない。

その身を業火で焼かれ黄泉の国へと向かいながらなお九峪を殺そうとする。

それは執念か、それともただの狂気か。

男にとっては些末なこと。

紅蓮の世界、その向こうに敵がいる。

男は九峪を見ている。

その瞳に狂気を光らせて。

目が合う。

      コロシテヤル!

      死んでたまるか!

男の渾身の突き。それは九峪の胴へと。

九峪は手をかざし、白の霊珠を輝かせる。

  ギイイン!

男の炎を纏った突きは、しかしとうとうこの九峪に届くことはなかった。

  シュラッ

九峪は右手で剣を抜く。

使ったことなど、一度も無い。

自分に使えるのかという疑問を、だが九峪は考えなかった。

考える暇も、またなかった。

「っらああああああああ!!」

  ザシュ

白刃が、炎で脆くなった鎧を突き破り、男を貫いた。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!!」

断末魔、男の今生への別れの叫び。

炎は男を崩し叫びをも崩した。

崩れ落ちる男。もう二度と立つことはない。

足元で燃え盛る炎。九峪はそれを見下ろし、次いで自身の握る剣を見る。

鎧を破り、骨を砕き、臓腑を傷つけ肉を貫いた。

絶対的なリアリティ。手に残る感触。切っ先から落ちる鮮血。

・・・ああ、俺は本当に人を殺しちまったんだな。

生き物の焼ける臭い。

タンパク質が四散して唇がべたつく。

―――不快だ。

だが逃げられない。俺はもう人殺しだ。

あの街で案埜津を助けたときから、俺はもう人殺し。

逃げるなんて、許されない。

酷い嘔吐感。吐いてしまいそうだ。

自分という存在が異質なものに変わっていくのを、九峪は感じていた。

「九峪さん、どうしました?」

他の狗根国兵を片付けた志都呂が様子のおかしい九峪に声をかけてきた。

九峪はやや俯き気味に答える。

「・・・いや、なんでもない。俺の使う技は体力の消耗が激しくてさ、さすがに疲れた」

嘘ではない。

八本の飛翔剣、二つの霊珠。

これら一つ一つに独立した志向性を与えて稼動させ、その上自身も戦う。

体力、集中力の消費量は生半可なものではない。

戦闘訓練を受けていない九峪には些か酷だろう。

「そうですか、しかし休んでいる暇はありません。一刻も早く星華様を見つけ保護しなくてはならないのですから」

「・・・そうだな、ここにはもう何もない。他のところに行こう」

そうだ、休んでいる暇などない。

今は、やれること、やらねばならぬことをしなくては。

九峪は顔を上げる。その顔にもう悲壮はない。

これが、俺の責任だ。

九峪と志都呂は宗像神社を後にした。

















「ここは・・・廃神社か」

火前の地に古い廃神社が建っているのを発見したのは宗像神社を出発してから三日後のことだった。

道中狗根国兵との戦闘があったがそれも何とか切り抜け、火前に入ったのが一昨日。

日も落ち山の中での捜索は無理と判断。

野宿しようかという運びになったが偶然にも廃神社を発見し、ここで泊まろうかと思い立ったのがつい先ほどのこと。

廃神社は荒らされており、境内の姫御子の像は無残にも砕かれている。

おそらくは狗根国の仕業だろうが見事なまでの宗教弾圧だ。廃仏毀釈も目ではない。

「最近まで誰かがいたみたいだな。足跡が新しい」

九峪は床に着いた土を摘み、臭いをかぐ。錬金術を扱える九峪にはこの土がいつごろのものなのかが容易にわかる。

境内を見回してみると特に隠れそうな場所はない。

狭くはないが、宗像神社ほどには大きくもない。

「人が・・・・・・もしや星華様が」

「可能性はあると思うな、少し調べてみるか?」

「そうですね、まずは捜しましょう。いなければここで夜明けを待ちます」

「そうだな、しかしこう暗いと・・・な」

九峪はそういうと懐から紅の霊珠を取り出し起動する。

霊珠は僅かな焔を出し境内を照らした。

「九峪さん。気になっていたのですが、それはなんですか?」

志都呂は疑問に思っていたことを口にする。

戦闘中はそれどころではなかったが、こうやって落ち着くと気になる。

何せ見たことのない物ばかりだ。

「ああ、これは魔道具ってんだ。まあ、俺の国にある特殊な力を持った道具であり武器だな」

「ほう、そうなのですか。ではあの空飛ぶ剣も?」

「ああ、あれもそう」

「あれは方術ですか?」

「方術?なにそれ?」

「へ?」

九峪の予想外な返答に志都呂は素っ頓狂な声を上げる。

「いや、方術は方術ですよ。・・・・・・知らないんですか?」

「ああ、うん、えっと、まあ・・・・・・知りません」

九峪の言葉尻が小さくなる。その様に九峪は本当に知らないのだと志都呂は思い知らされた。

「ええっと、私も詳しいことはわからないのですが、方術というのは、この世の理に則って行使する力、だったと思います」

志都呂の解説に九峪は「ああ」と呟く。

「ようは魔術みたいなものか」

「魔術?」

今度は志都呂が首を傾げる。

「魔術は俺のせ・・・国にある、方術みたいなもの、だと思う。多分、概念的には同じだと思う」

なるほど。志都呂はその説明で納得した。

「ま、そういうわけで質問終わり。さっさと捜そうぜ」

「っと、そうですね。これで中も見やすくなりましたし」

九峪と志都呂は内部の捜索を開始した。




















さして広くなく、また隠れるところがほとんどない境内では捜査が長引くはずもなく。

開始十数分で二人はあらかた捜し終えてしまった。

「どうですか、いましたか?」

「いや、どこにもいない。確かに最近人が立ち入った形跡があるんだが・・・」

この境内に、少なくとも数日の間に人が立ち入ったのはたしか。

しかし人が隠れているということはなかった。

万に賭けていた志都呂は落胆の色を隠せない。

「そうですか・・・宗像神社の方々も行方知れず、神社本堂も焼かれ、ここまで捜して見つからない。やはり星華様は・・・」

「・・・もう少し探そう、何か手がかりがあるかもしれない。諦めるのはまだ早いぞ?」

諦め気味の志都呂とは対に九峪はまだ諦めていない。

諦観をするとは何と愚かなことか。

この程度の時間の間で何かをしたと思うほうが傲慢。

言葉に含まれる言外の意味。

それに気づいた志都呂は己を奮い立たせる。

「・・・そうですね、諦めるのはまだ、ですね。待っていてください星華様!必ずお見つけ致します!」

「その意気だぜ、さあ、もうちっと捜そう。もしかしたら俺たちを狗根国と勘違いして隠れてるのかもしれないだろう?」

「はい、ではあ「がこっ」!!?」

この場にありえない音。

九峪と志都呂は音の発生源・・・姫御子の像の成れの果て、その背後を注視した。

  がこ  がこっ

  ぎいいぃぃ  バタンッ

何かが開き、何かが倒れる音。

九峪と志都呂はそこから目を離さない。

九峪は四本の剣を。

志都呂は腰の剣を。

誰だ?

狗根国か?

それとも・・・。

像の後ろ、そこから人影が現れた。

短く切られた黒髪で、鋭く、理知的な歳不相応な印象の中学生くらいの少女。

次いで現れたのは栗色の長髪を腰まで流した、どこか威厳と気品を感じる、先に出てきた少女よりもやや幼い少女。

その栗色の少女の手に掴まり、黒髪で長髪のどこか気弱そうな少女と、肩まで伸ばした栗色の髪をした幼女。

床から開け放たれた扉の中から、四人の少女が姿を現した。

相手が子供だとわかり、九峪と志都呂は構えを解く。

長髪栗色の少女が涙目の笑顔で九峪たちに駆け寄・・・

ろうとしたところを短髪黒髪の少女によって制止させられた。

「え、亜衣?」

亜衣と呼ばれた少女は長髪栗色の少女の前に腕をだし、鋭い眼差しで九峪と志都呂を射抜く。

その迫力ある雰囲気に、横にいた三人の少女はおろか、九峪と志都呂までも汗を流した。

沈黙。

それを破ったのは亜衣と呼ばれた少女の一言。

「あなた方は、何者ですか?狗根国ですか?」

その言葉に三人の少女ははっと息を飲んだ。

亜衣と長髪栗色の少女を中心に身を寄せる。

その言葉と少女たちの態度に志都呂は九峪と目配せする。

うなずく九峪。

「我々は、耶麻台国副王・伊雅様の使いの者です。宗像神社の一件の調査と、王女・星華様を捜しております。・・・・・・あなたは、宗像の者ですか?」

志都呂の言葉に三人の表情に光がさした。

亜衣と呼ばれた少女からも険がとれ、安堵の色が浮かぶ。

「はい、私は宗像の亜衣と申します。後ろにいるのは妹の衣緒と羽江。そしてこちらが」

亜衣は言葉を切る。隣にいる少女を一瞥し九峪と志都呂に向かって高らかに宣言する。

「こちらが、耶麻台国王女・星華さまです」

紹介された星華は先ほどまでの弱弱しい雰囲気など微塵もない、凛とした態度で半歩前へ出る。

「はじめまして。私は耶麻台国王女の星華と申します」

「お初にお目にかかります。私は武川の里の志都呂と申します。三ヶ月前から宗像神社と連絡が取れず、調査に参り、星華様の危機と知り馳せ参じてきました」

志都呂は深々と頭を下げる。

その様を見ていた九峪は志都呂の横に並んだ。

「俺は九峪雅比古といいます。志都呂と共に星華様の姿を捜していましたが、無事で何よりです」

志都呂を真似て頭を下げる。

礼儀正しくなどとは無縁の人生を歩んできた九峪には敬語は難しく、少々砕けた感じになってしまった。

「なんだその態度は、無礼だぞ」

九峪の慣れない礼儀作法はどうやら亜衣は気に入らなかったようだ。

子供とは思えない威圧感に九峪は押される。

(お前ほんとに子供か?)

などと心中でぼやく。

「あ、いや、申し訳ありません。九峪は九洲の生まれではないためこちらの礼儀作法はまだ完璧ではないのです。なにとぞお許しのほどを」

志都呂が慌てて九峪の弁護をする。

九峪が実際どこまでの礼儀作法を覚えているのかはわからないが、とりあえず適当なことを言う。

「亜衣、かまわないわ。この人たちのおかげで私たちは助かったのだもの。それに礼儀作法なら、これから覚えればいいじゃない」

「・・・星華さまがそういうなら」

予期せぬ仲裁に亜衣は気勢をそがれたのか黙り込む。

九峪は感心していた。

というのも、最初見たときの、涙目になりながらこちらに駆けようとしていた星華を、威厳や気品は感じても所詮は子供と侮っていた。

しかし今の少女はどうか。

まだ無垢な印象はあるがそれでも「王族」としての顔をすでに持っている。

そして自分が王族の人間であることを鼻にかけない。

それは王女としての余裕か、それでも彼女の宗像の姉妹への接し方からは確かな優しさを感じ取れた。

九峪の星華への第一印象は良好だった。

(これからの成長しだいでは大物になるかもな)

そして亜衣。

大人気ない話、亜衣の物言いには腹が立った。

しかしあの凛とした態度、何よりも逸る星華を押し止め繰り出した質問。

『あなた方は、何者ですか?狗根国ですか?』

星華は自分たちを救援と信じて疑わなかった。

衣緒、羽江とよばれた二人の少女も同じだろう。

ただ一人、亜衣だけが疑った。

狗根国兵ではないかと。

初見で、彼女は、彼女だけが疑った。

亜衣は幼い。

しかし彼女はすでに鋭い洞察力、観察眼。そして高い知性を持っている。

ともすれば、九峪は星華以上に亜衣を評価していた。

・・・これでもう少しフランクだったら。

九峪はげんなりした。表には出さないが。

「それで、九峪さん、志都呂さん。私たちを助けに来てくれたのですよね?」

星華は希望に瞳を輝かせ聞いてきた。

何日も、何十日も待ち続けた。

毎日が恐怖だった。

日の出はすなわち、長い恐怖を報せる存在となっていた。

常に震えていた。

それが終わった。

助かったのだ。

ようやく、あの恐怖から開放されたのだ。

星華は心中で小躍りした。

プライドがなければ九峪と志都呂に抱きついていたかもしれない。

「はい、私たちはこれから星華様方を武川の里へお送りいたします。ご存知の通り里には伊雅様や、耶麻台国縁の者が多くいます。そこまで行けばもう安全でございます」

衣緒と羽江が笑顔になる。

亜衣もあからさまではないが嬉しそうだ。

「盛り上がり中のところ悪いが」

温かくなる雰囲気の中で、九峪が声をかける。

閉められた戸、その隙間から外を伺いながら。

その声質には、どこか緊張した感がある。

「どうしました、九峪さん?」

志都呂が近寄る。

九峪は何も言わず、親指で隙間を指す。

九峪が僅かにずれ、志都呂が隙間から外を覗く。

「・・・・・・狗根国」

この廃神社に近づく炎の明かり。

それに浮かび上がるのは、黒く塗り固められた男たち。

狗根国兵が、ここ廃神社に近づいてきていた。

「どうやら、連中気づいたようだな」

九峪は小さく舌打ちする。

時間的にはもう夜といっていい。

おそらく霊珠の明かりが外に漏れ、それに気づいたのだろう。

だが、こんな時間まで動いているとは。

(お仕事がんばりすぎだっての)

溜息一つ。だが見つかったものはどうしようもない。

それよりも今は、この状況をどう切り抜けるか。

少女たちを見やる。

衣緒と羽江は星華に抱きついている。

震えながら服を握る姉妹を、自身も震える手で抱きしめている。

亜衣もどこか心配そうだ。その表情には悲壮感さえ感じられる。

もしかしたら泣き出したいのかもしれない。

いくら鋭利な刃物を思わせる理知的な雰囲気を纏おうと、彼女はまだ十を越えた少女に過ぎない。

それでも後ろの少女たちの手前、心配をかけないよう厳然としなければならない。

冷たい、他者を突き刺す言葉も姉妹たちを思えばこその、それはたしかな親愛の表れ。

九峪は、目の前の少女が見た目とは裏腹に優しい少女に思えた。

星華も、亜衣も、衣緒も羽江も。ずっと一緒だったのだろう。

目の前の少女たちが、幼いあのころ、共に遊んだ日魅子と重なって見えた。

「そんな心配そうにしなくていい。お前たちは、絶対に守る。そのために俺たちがいるんだからな、そうだろ、志都呂?」

九峪の励ましに少女たちは唖然とする。

王女である星華にこのような話し方をする人間はいなかった。

老若男女問わず、あらゆる人間が星華を高く持ち上げた。

ある意味で、唯一対等の立場にいたのは宗像三姉妹だけ。

九峪の態度は、本来であれば決して許されるものではない。

それでも、衣緒も羽江も、一番に突っかかってきそうな亜衣も。

それどころか当の本人である星華は、何も言わなかった。

その理由は笑顔。

人好きのする笑顔に、四人の少女は不思議な安心感に包まれた。

それは、あのとき天涯孤独となった案埜津の心を救った、孤独から守った、笑顔。

恐怖に彩られた現実の中で、安心を覚える現実。

安心する少女たちに、志都呂も微笑みかける。

九峪と同じ、人好きのする笑みで。

「もちろん。貴女方は必ず、里までお送りいたします。いたしますとも!」

決意を露に、志都呂はうなずく。

その笑顔に、そして九峪の笑顔に。

二人の言葉に四人は小さく、だがしっかりと頷いた。

「よし!じゃあ危ないから、俺らが呼ぶまで隠れてろ。なあに、すぐ終わるから心配すんな」

九峪は四人の頭をポンポンと叩きながら言った。

大概に失礼な行為だが、四人とも気にならない。

「さて、そろそろ行くか。準備はいいか、志都呂?」

立ち上がり九峪は問う。すでに起動させている紅の精霊珠のほかに、白の精霊珠も起動させる。

両手に飛翔剣を握る。

今回は守りながらの戦闘。九峪の後ろには四人の少女がいる。

そのことが九峪にわずかな緊張となる。

だが、それがどうした。

負ける気など毛頭ない。必ず勝つ。

出し惜しみなど一切しない。端から全力。

志都呂も剣を抜く。

九峪ほど多彩な武器を持たない志都呂は敵から奪った鉄剣一本。

それでも負ける気はしない。

自分の後ろには九峪がいる。

そして何より、守らねばならぬ者たちもいる。

そのことが、志都呂に力をみなぎらせる。

深呼吸。覚悟はできた、準備は万端整った。

敵は近い。もうすぐそこまできている。

距離的には五メートル弱。

九峪と目を合わせる。うなずく九峪。

思えばわずか数日の間だけで、よくもこの男を信じられたものだ。

志都呂は取り留めのないことを考え、人知れず唇の端を吊り上げた。

九峪は中々に愉快だ。見ていて面白い。

それは志都呂の素直な感想。

だが、ここで負ければ全てが終わる。

(そういう訳にもいきませんね)

星華たちが境内の奥からこちらを見ている。

これであとは敵を倒すだけ。

人数は大体五、六人。どうも捜索隊の平均人数がその程度のようだ。

「志都呂、行くぜ・・・三」

九峪の合図が始まった。

「二」

取り落とさないよう剣の握りを強くする。

「一」

いつでも飛び出せるように足の指先まで力を込める。

「今だ!!」

  バアン!!

戸を蹴破り九峪が外へ躍り出た。

それと同時に志都呂も飛び出す。

九峪と共に、白刃を閃かせながら志都呂は駆けた。