九洲炎舞 第九話「守られた笑顔」 (H:ゲーム+小説 M:九峪・志都呂・星華・宗像三姉妹 J:シリアス)
日時: 12/28 14:08
著者: 甚平




深夜。

林の中に佇む廃神社。

その手前で数人の男による激しい殺し合いが行われていた。

方や六人。方や二人。

圧倒的な戦力差はすでに勝敗を決めてしまっているようでさえある。

狗根国兵にとって、この戦いもさして苦になるものではないはずだった。

戦闘ともなれば真剣に、全力で、緊張の糸を張り詰めて対する。

それでも長い月日の中で練磨された技術にはそれなりの自身もある。

負けない。

負けるはずがない。

負けることなどありえない。

それは絶対の自信。

費やした時間に裏打ちされた、揺ぎ無い己への信頼。

「でああああ!」

血刃が振り下ろされる。

迫る刃を受け止めるも、天翔ける小さな刃が俺を翻弄する。

否が応にも隙ができる。

積み上げてきた時間が、目の前にいる二人の男によって崩されていく。

飛翔する短剣が男の肩に刺さった。

激痛と焼けるような熱さに腕の力が弱る。

駄目だ、抑えられない!

そう思うのも束の間のこと。

「うおおおお!」

「ぐぅああ!!」

  グシュ

激痛。吐血。嘔吐。痙攣。そして暗転。

男はその後起き上がることはなかった。

















  どさっ

狗根国兵が一人倒れた。

討ったのは志都呂。

九峪の操る飛翔剣で牽制して、隙ができた瞬間に切り殺したのだ。

これで二対五。まだ油断はできない。

九峪の援護で志都呂は新たな標的へと矛先を変える。

九峪の飛翔剣を弾いていた男たちも志都呂の接近に色めき立つ。

いま起動している飛翔剣は四本。

残りの四本は星華たちの護衛につけている。

九峪自身が前に出て戦うということはあまりない。

そもそもまともな訓練を受けていない九峪では志都呂の邪魔にしかならない。

今まではそう言っていられなかったが、志都呂という強力な味方ができた以上無理をすることはない。

それに飛翔剣は遠隔操作による無人戦闘機のようなもの。

近接戦闘には向かない。

ナイフとして使うこともできるが、リーチが違いすぎる。

振るわれる斬撃を掻い潜り切りかかるほどの戦闘技術を九峪は持っていない。

接近してきた敵には使い慣れない鉄剣と、二つの霊珠で対応するしかないのだ。

そのため九峪の役目は自然と志都呂の援護となる。

兵士の一人が志都呂を迎撃してきた。

九峪は飛翔剣で牽制しようとするも、他の兵士に邪魔をされ結局志都呂と兵士の一騎打ちとなった。

飛翔剣は四本あるが、敵も四人。

一本一人で相手をすれば、一人多い狗根国兵は何とか持ちこたえることはできる。

現状は拮抗しているが、このパワーバランスはどこかで崩れる。

その楔の一撃を有するのがこちらか、それとも狗根国か。

九峪はそれを慎重に捜す。

  ギイィン

「しまっ!」

志都呂の叫び。

敵と一騎打ちをしていた志都呂の剣が宙をまっているのが見えた。

胴に完全な、且つ致命的な隙が生まれた。

「もらったああ!」

そこを逃さず狗根国兵が上段に構えた剣を一気に振り下ろす。

楔の一撃。

それは狗根国兵によって放たれた。

「志都呂!」

九峪の叫び、それに呼応するように一本の飛翔剣が志都呂のもとへと翔る。

もてる性能の全てを出し切り最大速で男の脇腹に突き刺さった。

志都呂に気を向けていた兵士は飛翔剣の存在に気づかず突然のことに一瞬唖然となる。

振り下ろされる剣から力がなくなり、その瞬間志都呂は横に転がって剣をかわす。

「ぐぎゃあああああああ!!?」

絶叫。

膝を突き苦痛と苦悶の表情で男は倒れる。

まだ僅かに息がある。しかしそれも長くはない。

剣を拾った志都呂は残りの四人に目を向け。

「!!九峪さん、後ろ!」

九峪のもとへと駆け出した。

九峪は志都呂の言葉に後ろを向く。

そこには剣を振りかざし走りよってくる一人の男。

三本になった飛翔剣をかいくぐり背後まで接近してきたのだ。

志都呂に気をとられていた九峪はその存在に気づけず、行動が遅れてしまう。

「死ねえええぇぇ!」

  ヒュンッ  

サシュ

九峪は敵の斬撃を後ろに飛んでかわす。

しかし僅かに間に合わず、胸の辺りを切られてしまった。

「があああ!」

胸から鮮血が吹き出る。

深くはないが、決して浅くもない傷。

いままで味わったことのない激痛に九峪は戦慄した。

兵士は九峪に止めを刺すために剣を横薙ぎにはらう。

死んだ。

九峪の脳裏にこの一言が浮かんだ。

避けられない。

死にたくない!

強く思う。死にたくないと。

まだ自分は何もしていない。

復興もせずに。元の世界にも戻れずに。

死んで、たまるか!

  どおおおおん!

「があああああああ!?」

「おわあああああああ!?」

轟音。

突然の衝撃に九峪は後方に吹き飛ばされてしまった。

轟音の中心にいた狗根国兵は手足を吹き飛ばされ炎上しながら絶命した。

志都呂は何が起きたのか理解できずに呆然と立ちつくす。

他の狗根国兵も同じようだ。

飛ばされた九峪は気を失い、飛翔剣も制御を失い地面に落ちる。

男が突然爆発した。

否、そう見えるのは確かだが、それだけではない。

人がいきなり爆発するなどありえない。

ならば何故?

志都呂は一つの可能性を考えた。

境内を見る。

九峪によって開け放たれた戸、その開かれた空間に。

(やはり、方術か)

そこには、星華が立っていた。

顔面を蒼白にし、体は震え、それでも涙は流すまいと気丈にも歯を食いしばって。

両手を前にかざして、星華が立っていた。

志都呂は星華のもとへと駆けた。

九峪の怪我の様子を見たかったが、今はそれどころではない。

星華が出てきた。先ほどの爆発の原因、おそらくは敵も気づいているはず。

となれば、次に狙われるのは星華ということに。

志都呂の行動に触発されたか狗根国兵も動き出す。

「ひっ!」

迫る狗根国兵に星華が小さな悲鳴を漏らす。

身を硬くして後じさり、怯えた様子で狗根国兵を見つめる。

間に合うか、いや、間に合わせる!

志都呂が速度を上げる。

決して長くない距離。それでもどこか遠く感じる境内。

気ばかりが急いて、焦りが心をかき乱す。

狗根国兵が階段に足をかけた。

けたたましい足音を立てて狗根国兵の振りかざす剣に星華は完全に怯えきっている。

狗根国兵は剣を星華に向けて振り落とす。

「星華さま!」

振り下ろされる剣が、星華を両断する

ことなく、木製の床に深々と突き刺さった。

亜衣が星華をとっさに後ろへ引き倒していたために星華は難を逃れることができたのだ。

「天の火矛!」

左手で星華を抱きしめたまま開いた右手を前に突き出し、方術の術式を編む。

手の平でバスケットボール大の大きさの火球が形成され、それが放たれた。

地面に突き刺した剣を引き抜いた兵士は迫り来る火球を視認したと同時に爆散した。

目の前で爆散した味方に一瞬怯むも、すぐに動き出す。

しかしその僅かな停滞、志都呂にはそれで十分だった。

「覚悟!」

追いついた志都呂は階段を一気に蹴り、狗根国兵に切りかかった。

  キイイン!

志都呂の接近に気づいた兵士が志都呂の剣を受け止める。

力と力がぶつかる。

刃をカチカチならし、一進一退の鍔迫り合いが行われる。

拮抗している志都呂と兵士の鍔迫り合いは、下から支える兵士と違って上から押す形の志都呂が僅かに有利。

次第に剣の高さが低くなっていく。

二人が争っている中、もう一人の兵士は星華たちと対峙していた。

亜衣に抱かれる星華。

その顔は怯えきっている。

星華を抱きしめる亜衣。

その顔は僅かな恐怖と、そして溢れんばかりの憎悪をたたえている。

兵士は黙って二人を見下ろす。

後ろで刃を押し合う音が聞こえる。

そう長い時間があるわけではない。

任務は迅速且つ的確に済まさなければならない。

いずれは背後の戦いにも決着がつくだろう。

兵士は剣を握る手に力を込めた。

暗闇の中で繰り広げられた戦いも、もうすぐ終わる。

剣の切っ先が、高く持ち上げられた。































どれ位そうしていたのか。

妙なだるさと吐き気に起こされたとき、周りにはだれもいなかった。

しばらくの間ボーっとするも、徐々に覚醒した意識と記憶が現在の状況を思い出させた。

慌てて起き上がったが、胸の辺りに激痛が走り再び意識が遠のく。

歯を食いしばって意識をつなぎとめ、不規則で粗い呼吸を何とか落ち着かせる。

今この状況で何をしなければならないかと考え、狗根国兵がいないことを確認し、取りあえずは止血をすることにした。

といってもこれだけの傷、死にはしないだろうが我慢するには痛すぎることこの上ない。

取りあえずいつも持ち歩いている鎮痛剤(九峪特製)を飲む。

錬金術で作られたこの鎮痛剤は即効性で、数分で効果が現れる。

本当は出血も止めたかったが、これだけ大きい傷ともなると手持ちの止血剤(九峪特製)だけでは効果は期待できない。

それにあんまりぼやぼやとしていられないようだ。

先ほどから境内の中から音がする。

おそらくは戦場が境内の中に移ったのだろうが、あそこには星華たちがいる。

敵の数が多い以上、志都呂一人では庇いきれないだろう。

痛みが治まるのをまっている余裕は九峪には無かった。

「ぐうぅぅ!」

何とか立ち上がるも激痛に眉をしかめ口からは苦痛の呻き声が漏れる。

それでも止まるわけにはいかない。

飛翔剣を拾い上げるとよろめきながら境内に駆けていった。

九峪が境内の中で見たもの。

それは、志都呂が敵を切り殺した瞬間だった。

ずっと拮抗していた戦いも、最終的には志都呂の力押しで勝敗が決まった。

その奥、最期の兵士が星華と亜衣を前に剣を振りかざしているのが見えた。

星華と亜衣の戦闘手段は方術、それも初歩的なものだ。

方術は一般的な魔法のイメージと同じで、術式を編むための呪文の詠唱が必要である。

しかしその結果、詠唱中は完全な無防備。

そのため単独での戦闘にはあまり向いていないのだ。

今目の前にいる男は、二人が呪文を編む前に殺すことができるだろう。

星華と亜衣には、どうすることもできない。

二人は今座り込んでいる。星華は亜衣に抱きしめられて身動きがとれず、亜衣もまた星華をおいて逃げることもできず動けない。

志都呂は何とか反応しているものの、その動きはあまりに緩慢だ。

この位置から飛翔剣を投げても間に合わない。九峪は瞬時にそう判断した。

(やれるか?)

自問。しかしそれは愚問。

(いや、やらなきゃここで終わりだ!)

九峪は意識を集中させる。

すでに敵は一人。九峪の邪魔をする者はいない。

今まで一度もやったことのないこと。やれるかもわからないこと。

今までに無い集中力が九峪の思考を活発にする。

必要なのはイメージ。

飛翔剣が空を舞うイメージ。

刀身に彫られた魔術文字に光が走るイメージ。

骨の隋まで魔力が通るイメージ。

自身が、飛翔剣そのものになるイメージ。

研ぎ澄まされた集中力が、九峪の意識を拡大させる。

体の中に存在する魔術と錬成を司る回路が繋がり、無限とも思える数の回路が形成、構築せれていく。

阿弥陀のように繋がれたその回路を通って、九峪の体内で循環する魔力が遠くはなれた・・・星華たちの足元に落ちている飛翔剣へと注がれる。

  カタタ

僅かに揺れる飛翔剣。

しかし見せた反応はそれだけ。それは九峪以外気づいていない。

九峪がやろうとしていること、それは一度制御から外れた飛翔剣を遠隔で再起動させるというもの。

本来飛翔剣は手から直接回路を通してリンクさせ、起動させる。

しかし今の飛翔剣は九峪が気を失ったことで回路が閉じられリンクが切れた状態だ。

そうなった場合は手から再び回路を繋ぎなおし、再起動させなければならない。

それを今回は、遠くはなれた魔道兵装に遠隔で繋ぐのだ。

九峪自身は一度もやったことは無い。それだけに不安でもある。

今は回路が寸断されている状態だが、空気を媒介に飛翔剣との回路を繋げ、魔力を送り込んだ。

起動させることはできた。しかし反応が弱すぎる。

本来、遠くにある何かとリンクするためには、それに見合った大規模回路(魔方陣のようなもの)が必要となる。

だが、通常規格の回路でそれを行おうとすると、魔力が流れづらくなる。

結果、起動させることはできても動かすことができない。

九峪は歯噛みした。

そうこうする間にも兵士の剣が二人の少女を殺すために振り下ろされようとしている。

迷っている暇など無い。

止まっている暇も無い。

イメージング。必要なのは明確なイメージ。

己の中にあるあらゆる力が、飛翔剣に注がれるイメージ。

体中の回路がいっそうざわめいた。

「っがああああああああああああああああ!!!!」

九峪の頭に凄まじい激痛が走った。

回路の中を魔力が過剰に流れていく。

後から後から流れていこうとする魔力は九峪の体の中を暴れ、蹂躙し、掻き乱す。

圧倒的で暴力的な魔力の奔流は九峪の脳に焦がさんばかりの負荷をかける。

狂いそうな激流に、それでも九峪は耐える。

飛翔剣の魔術文字が輝きを放った。

回路を通って流れる魔力に、飛翔剣はついに動き出した。

そして、最期のイメージ。

飛翔剣が、敵に刺さるイメージ。

起動した飛翔剣は一つ。

もともと無理を押し通したのだから、残り三つにまで回路を繋げる余裕は九峪には無かった。

だが、それで十分だ。

突然跳ね飛んだ飛翔剣は、兵士が反応する間も無く鎧に突き刺さった。

鎧を抜けた切っ先が僅かに体に刺さった程度、ダメージはほとんどない。

それでも今まで沈黙していた短剣が突然自分の胸めがけて飛んできた。

そのことに兵士は驚き、そして一瞬動きを止めた。

それは紛れも無い隙だった。

それで十分だ。

そうだろ、志都呂。

男の生んだ隙、九峪が作り出したチャンス。

志都呂は疲弊した体に鞭打って兵士の背後に刃を突き立てた。

「でやああああああああ!」

志都呂の剣が兵士の体を貫いた。

鎧を砕き、胸から剣が突き出る。

飛び散る血、くず折れる兵士。

  ドズ

兵士の振り上げられた剣は兵士の後ろ、志都呂のすぐ横に落ち、床に突き刺さった。

  ずしゅ

志都呂が剣を兵士から引き抜く。

膝から落ちた兵士は自身の血でできた血溜りに沈んだ。

「はあ、はあ、はあ」

肩で荒い呼吸をする志都呂。

目の前で起きた出来事に思考が完全に停止してしまった星華と亜衣。

境内の奥でひたすら震え上がっている衣緒、羽江。

狗根国兵の全滅と全員の無事を確認した九峪は激痛に抗うのを止め、必死に繋ぎとめていた意識を手放した。































「・・・・・・んぅ・・?っつぅ」

九峪が目を覚ましたときにはすでに日が昇っていた。

時間的には朝の七時くらいだろうか、時計の無いこの時代において正確な時間を知ることは九峪にはできなかったが、まあその辺だろうと九峪は考えた。

頭はまだ痛い。絶えられないほどではないがクリーンでない状態は非常に不快でしかない。

「九峪さん、起きましたか。どうです、体の調子は?まだ、どこか痛みますか?」

かけられた声に振り向く。

開け放たれた入り口には志都呂と星華たちがすでに荷造りを終えて九峪が目覚めるのを待っていた。

九峪は上半身を起こし、体の調子を調べる。

胸の辺りに違和感を覚える。鎮痛剤でも痛みを抑え切れなかったのか、それとも単純に時間がたったせいなのか九峪にはわからない。

「傷は痛くないが・・・頭痛がする。それ以外は特に何も」

九峪の回答に志都呂は安心する。

戦いが終わった直後に九峪は意識を失った。

志都呂が死体の処理をする一方、星華たちは九峪の介抱を行った。

狗根国兵が着ていた服の布を引き裂き、それで止血をしたが結局朝まで九峪の意識が戻ることは無かった。

「九峪さん、大丈夫ですか・・・?」

九峪と志都呂のやり取りを見ていた星華がおずおずと尋ねてきた。

星華のどこか弱弱しい態度に九峪は苦笑する。

すでに王女としての風格を見につけている星華も、まだ染まってはいないようだ。

年相応の星華に九峪は心配をかけないように答える。

「ええ、大丈夫ですよ、星華様。これくらいの傷ならすぐに治りますよ・・・・・・多分」

「そうですか・・・良かった」

志都呂同様に星華も安堵する。

まだ子供、しかも純粋培養で育ったお嬢様の星華は、すでに九峪のことを信用していた。

そのために九峪のことをずっと心配していたのだ。

「星華さま、ずっと九峪のよこで座ってしんぱいしてたもんね〜」

「う、羽江!」

羽江が星華をからかう。

一晩たって恐怖から抜け出た羽江は、持ち前のやかましさを発揮して騒いでいた。

突然なことをいう羽江に星華は口から火を噴かんばかりに怒る。

しかし星華の怒りも羽江には届かない。

今まで(まだ数時間だが)話したことのない九峪は衣緒と一緒に震えている羽江しか知らなかったため、面食らっていた。

「あの・・だいじょうぶですか・・・?」

星華と羽江の攻防?をキョトン顔で眺めていた九峪に今度は控えめな印象の言葉がかけられる。

ちょっとあっち(どっちだ?)の世界に片足を突っ込んでいた九峪は何とか引き返し、声の主に向き直る。

「えっと、衣緒・・だっけ?」

「あ、はい。私は宗像の衣緒です。星華さまと亜衣お姉さまの妹です」

九峪の問いに衣緒は丁寧に答える。

衣緒の対応に九峪は羽江のときほど驚きはしなかった。

衣緒のことを「気の弱い少女」と認識していた九峪は羽江の意外な姿に唖然とし、衣緒の対応が至極まともなものに感じたことが理由であるのだが。

まあ、そんなことは抜きにして衣緒の対応は普通のものだ。

単に羽江が異常なだけで。

「すみません、私たちのために、こんな大怪我を・・・」

「いや、まあ、そんな気にしないで。元々君たちを助けるのが目的だからさ。それにこのくらいならすぐに直るから(多分)」

最期に何か不安な言葉が出てしまったような気がしたが九峪は気にしない。気にしないことにした。

九峪の言葉にホッと胸を下ろす衣緒。やはり気にしていたのだろう。

ついと首をめぐらし亜衣の姿を視界に納める。

視線はずっと感じていた。

だがその視線の中に今までのような剣呑な要素は含まれていない。

どころか、どことなく温かい。

「星華さま共々助けていただき、ありがとうございます。九峪さん」

「ああ、亜衣もありがとう、亜衣がいなかったら星華様は死んでた」

その言葉に亜衣と羽江を追い回していた星華の顔が青ざめる。先ほどの先頭を思い出したのかもしれない。

「でも、みんなこうして助かった。・・・さて、ここにも長居は無用だな、早く戻ろう」

「そうですね、狗根国の追撃がある前に里に戻りましょう。星華様、それに亜衣様方も準備はできていますよ」

「なら、俺が最後だな・・・っとと」

起き上がった九峪はしかし不意に目眩を感じ斜めに体が傾く。

ああ、倒れる、と思ったが脇から誰かに支えられ床に激突するのは避けられた。

「わ、悪りぃ・・・」

「いえ。本当は休ませてあげたいのですが猶予がありません。辛いかもしれませんがこのまま強行軍でいきます」

「ああ、わかってる・・・」

志都呂に肩を支えられながら、九峪は外に出る。九峪の荷物は衣緒が持ってくれている。

「さて、敵に会わないことを炎の神に祈りましょう」