九洲炎舞 第十話「束の間の休息、そして」 (H:ゲーム+小説 M:九峪・案埜津・志都呂・星華・宗像三姉妹・オリ J:シリアス) |
- 日時: 01/10 17:14
- 著者: 甚平
その日。里長の屋敷で、盛大な宴が催された。
なんといっても火魅子候補である星華と、王家の末席に名を連ねる宗像の娘を無事に救出し、この武川の里まで来ることができたのだ。
このようなめでたい日に、浮かれるなというほうが無理な話である。
上座に星華と伊雅。そこから下座へと順に宗像三姉妹、秦野、志都呂といった者が並ばれている膳の前に座っている。
流石に火魅子候補参加ということもあり、出されている料理は中々に豪奢だった。
普段出されるような一膳一汁一菜が基本の質素なものではなく、野菜から肉までふんだんに使った料理である。
「こうして星華様と宗像を迎え入れたことは大変喜ばしいことですな」
伊雅の喜色の浮かぶ言葉に、秦野や志都呂は微笑みながら頷いた。
共に武川の里で意気揚々と同胞達を探しに出ては意気消沈の面持ちで帰ってくる伊雅を見てきた秦野と志都呂は伊雅の喜ぶ気持ちが痛いほどにわかった。
「そうですな。しかし残念です。功労者の一人である九峪さんが出席できないというのは」
「む、むう。そうだのう。星華様や宗像の娘たち、志都呂の話を聞くところによるとかなりの活躍をなされた様子だからな」
「自分も見てみたかった」そう言い、伊雅は沈痛な面持ちで呟いた。
伊雅の思いは、秦野も同然に感じた。今この場で、九峪の正体を知っているのは伊雅、キョウ、そして自分だけなのだから。
星華や宗像、志都呂。特に星華たちがやや興奮しながら語った九峪の「不思議な力」。
天翔ける短剣。輝く珠。そして炎。
それこそがおそらく九峪の「神の遣いの力」。
それらを一目見たかったと、秦野は痛烈に思った。
(まあ、まだ機会はあるのです。楽しみは取っておきましょうか)
高ぶる気持ちを静かに隠し、秦野は薄く息を吐く。
今は、この時を楽しもう。
「しかし、最近はいいこと尽くめだ。今までの苦労が、まるで報われたように」
「伊雅様、まだ早いですぞ。この九洲の地に耶麻台国が再び興らなければ、まだまだ報われませぬ」
「む。そのとおりだ、秦野。いかんな、少し逸っているようだ」
そう言いつつも、伊雅はどこか嬉しそうだ。
表情にいまいちしまりがない。
「ところで伊雅様、父上。星華様を迎えることができましたが、これからどうなさるのですか?」
下座の志都呂の発言に伊雅や秦野ならず、みんなが目を向ける。
一斉に飛んできた視線に志都呂は少し後悔した。
何せ自分は下座の者。それがこれからの方針を聞くなど、出すぎた真似だっただろうか。
「あ、いや、何でもありません」
志都呂は即座に平伏した。
「いや、面を上げよ、志都呂。お主も功労者だからな、気になるのは仕方がないだろう」
「は、恐れ入ります」
伊雅の言葉に志都呂は頭を上げる。
「それで、これからの方針でしたか、志都呂?」
伊雅の代わりに秦野が口を開いた。
「はい」
「それについてはまだ何とも言えませんよ。昨日の今日ですからね」
「そうですか」
秦野の言葉に志都呂はたしかにという顔で応えた。
「まぁこれからの行動は、『神のみぞ知る』ということですね」
そう言って、秦野は薄く笑みを浮かべる。
(神、というよりもその『遣い』なのですがね)
「さぁ、今後の話はこのくらいにして、今は楽しみましょう」
宴の再会の言葉と共に、部屋は賑やかになった。
「ああ、ちくしょう・・・・・・俺も宴会がしたい」
別室で寝かされている九峪は、風に乗って聞こえてくる宴の賑やかな音を聞きながら、悪態をついた。
負傷していた九峪は、帰還後すぐに治療を受けて、現在は宛がわれた自室で療養中である。
傷の痛みと極度の疲労でまだ起き上がることは出来ず、布団から出ることが出来ない。というか出ること自体が許されない。
「だめ。九峪は寝てなきゃだめ」
布団の横で座っている案埜津が心配そうな表情で言い放つ。
九峪が宴会に出席できないのは、他でもない案埜津の禁止令が下ったためである。
九峪たちが武川の里に帰ってきたとき、案埜津は卒倒しかけた。
何せ唯一心を許している九峪が、重症になって帰ってきたのだ。真っ赤に染まった胸元を見た案埜津の顔が蒼白になった。
泣きじゃくりながら九峪に寄り添い、何度も声をかけた。治療中も、ずっと戸の前で座っていたし、そして今なお九峪の看病をしている。
九峪を失うかもしれないという喪失感を感じた案埜津は、過保護に九峪の看病をしている。
そのため宴にも参加させずに、こうして部屋で寝かせているのだ。
「でもさぁ・・・」
しかしただ寝ているだけというのも暇だ。身体は動かないが、頭は嫌に冴えている。
ずっと寝っぱなしだから、眠くも無い。
「退屈なら、何かお話しよう?」
九峪にとって退屈でも、しばらく離れていた案埜津にしたら今はとても楽しい時間だ。
少しでも長く一緒にいたいがために看病を引き受けたのだし、九峪の話は正直言って面白い。
「話って言われてもなぁ」
「何でもいい。九峪の世界のこととか」
そう言われて、九峪はどうしようかと考え込む。
別に九峪は話し好きというわけではない。非凡に分類される人間ではあるが、感性はあくまでも普通の高校生だ。
だが案埜津は九峪の話を真剣になって聞く。その様子があまりに真剣そのものだから、九峪はまるで学校の先生になったような気分で話すことがある。
それは決して不快なものではない。寧ろ楽しいとさえ言える。
それに実際今は暇だ。だからついつい頭の中で話題を掘り起こそうとする。
「そうだな・・・・・・自動車とかはもう話したから、今度は・・・昔話でも話すか」
「昔話?」
考えた末、神話について話す事にした。
「そ、昔話。俺の世界にある話でな。遠い昔の、神々の時代の話だ」
九峪の語る昔話。それは遙か古より語られてきた『神話』についてだった。
「神々・・・神様ってこと?」
「そうだ。沢山の神様や人間、精霊とかの話さ」
神様の話。それはこの時代の人間にとっても親しい類の話だ。
それでも、神の遣いが話す神話というのに案埜津は胸を膨らませる。
そんな様子の案埜津に微笑みながら、九峪は言葉を紡いでいく。
「それは遠い昔の話・・・」
「・・・・・ん?・・・朝か」
隙間からの漏れ日によって、九峪は目を覚ました。
頭をボリボリと掻きながら、布団を捲って起き上がろうとする。
「っ〜〜〜〜〜」
しかし胸に鈍い痛みを感じて、またすぐに布団に倒れこんでしまう。
しばらくそうして悶絶していたが、徐々に痛みが引いてきた。
「まったく。なんて様だよ・・・・・・」
そうぼやきながら、九峪は大きくため息を吐いた。そんなすぐに治ると思ってはいなかったが、流石に鬱屈としてくる。
まぁ元はといえば自分に戦闘経験が無さ過ぎるのが原因なのだが、現代の高校生である九峪にそんな経験があるというのはいろいろとまずい。というかあったら逆におかしい。
今度はゆっくりと身体を起こす。そうすればあまり痛まないというのは昨日の段階ですでに学習している。
「無理に動かなけりゃ大丈夫かな?」
そう言って、体調を調べる。さっきは急に起き上がろうとしたために痛んだが、気遣いながら動くとさほど痛くも無い。
目覚めも良いほうだろう、眠気は無い。身体もだるいというわけではないし、体力も大分回復したらしい。
だが無理が出来ない以上は、布団から出ることは無理だ。案埜津も許可しないだろう。
「ていうか、何か主導権を案埜津に握られているのは気のせいか?」
なんとも複雑な表情で、九峪は呟いた。年上の威厳というかそういうのが、ここ数日でなくなってしまったような気がする。
『頼れる兄貴』から『手のかかる兄』みたいな感じで。
「・・・・・・んぅ」
そんな九峪の危惧を他所に、隣の案埜津は寝入っている。
怪我人と同じ布団で寝るのは如何なものかと思わなくはないが、案埜津の見る悪夢も一種の精神病だ。放り出すわけにもいかない。
「そういや昨日はずっと話通しだったからな」
そう呟いて、乱れた布団を直してやる。
昨日の夜、九峪は結局三時間にわたって昔話をした。
日本神話から桃太郎の鬼退治。果てはどういう経緯をたどったのか、ドラマ『水戸黄門』まで語る始末。話している九峪も途中からわけがわからなくなっていた。
どういうわけか案埜津には「この紋所が目に入らぬかぁ!」という台詞が受けた。何故?
まぁそれはさておき、そんなこんなで聞いている案埜津は疲れて寝てしまい、以外に熱中していた九峪も流石に疲れてそのまま就寝となった。
「ま、たしかに退屈はしなかったかな」
そう呟く九峪の表情は、とても穏やかだった。
「九峪さん、起きてますか?」
戸の向こうからそんな言葉が聞こえてきたのは、目を覚ましてそんなに時間が経たないうちだった。
最近になって何度も聞いたこの声を間違えるはずも無く、「ああ、いいぜ」と応えた。
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、志都呂と星華、亜衣、衣緒、羽江の五人だった。
五人は静かに部屋に入り(羽江は除く)九峪の元まで近づいて正座で座った。
「おはようございます。気分はどうですか、九峪さん?」
「おはよう、もう大丈夫だ。まだ少し痛いけど、すぐに良くなるさ」
「そうですか」
九峪の言葉と様子に、志都呂はほっと胸を撫で下ろした。死ぬというようなものではなかったが、それでもずっと心配だったのだ。
「九峪さん、おはようございます」
二人の会話が終わると、今度は星華が挨拶をしてきた。
「おはようございます、星華様」
失礼かとも思ったが起き上がることが出来ないため、寝たままで挨拶をする。
星華や他の皆も事情はわかっているので、それを咎めたりはしない。
ましてや、自分達の救出のために九峪は怪我を負った。
本来ならば家臣が主君に仕えるのは当たり前で、死んでも文句は言えないのだが、九峪の人となりを知った星華や亜衣は、九峪に対して寛大だった。
「昨日は宴のために見舞いにこられずに、申し訳ありません」
そう言って頭を下げる星華。病床に付す九峪を放って宴に出て、見舞いに行けなかったことを悔やんでいるのだ。
「せ、星華さま。そのように頭を下げる必要は・・・」
星華の行動を慌てて諌める亜衣。
いくら好感を持っているとはいえ九峪はあくまで一家臣に過ぎず、星華は火魅子の血筋。
星華の姉として、そしてお目付け役として、主君が家臣に頭を下げるという行動を容認することは出来ない。
「何を言うの亜衣。助けられた恩に礼を述べずに、主君だなんて言えないわ」
しかし星華は亜衣に向かって言い放つ。
王族として、主君として、そして一人の人間として。
受けた恩を忘れるようなことは、絶対に出来ない。
星華の思いを理解した亜衣は星華と九峪に「申し訳ありません」と謝罪し、自分の不精を恥じた。
「いやぁ、気にしないでくださいよ。皆を助けるのは当たり前だし、こうして無事に戻ってこられたんですから」
真正面から礼を言われることがまったく無かった九峪は、少し照れながら言った。
別にロリコンというわけではないが、整った容姿に大人びた雰囲気の星華に心からの礼を言われて悪い気はしない。
亜衣の言葉にしても「ああ、そういうもんなんだな」程度にしか考えていない。この世界のことは、それなりに理解しているつもりだ。
だから最初のときのような反感はもう感じない。大人気ないという気持ちもあるのかもしれない。
「でも、九峪さんには本当に感謝しています。貴方と志都呂さんが助けに来てくれなければ、今頃どうなっていたか・・・」
落ち込んだ様子で星華は言う。狗根国兵の残忍さを目の当たりにした者として、最悪も考えたほどだ。
「そうそう。だから九峪にはかんしゃしてるんだよぉ?」
シリアスな雰囲気ぶち壊しで羽江が九峪に言った。幼いからまだいいが、本当に感謝しているのか疑わしい。というか感謝の意味を知っているのかも怪しい。
「そうです。私、すごく心配したんですよ?」
衣緒も微笑みながら言った。四人の中で一番優しい衣緒は、宴に出ている間もずっと九峪の心配をしていたのだ。
そのため安心した反面、九峪の出席していない宴を素直に楽しめなかった。まぁそれは星華と亜衣も同様なのだが。(羽江は幼いのでそこら辺はよくわかっていない)
三者三様の思いを言う星華たちに九峪は「ありがとう」と礼を言った。心配をかけるのはあまり好きではないが、心配されるのはやはり嬉しいものだ。
「でも、本当にもう大丈夫だから。後ニ、三日もすれば良くなるよ」
「そうで・・・っ」
『そうですね』と言おうとしていた星華の言葉が途中で遮られた。視線を九峪の方―――というか九峪のすぐ隣に向けている。
「? 星華さま、どうしました・・・っ」
何事だろうと思い九峪の隣に目を向けた亜衣と衣緒、志都呂も同様に言葉を失う。
どうしたのかと九峪が思っていると、
「・・・・・・むぅ」
布団の中から案埜津が顔を出していたのだ。まだ半寝ぼけの状態だが、意識は覚醒しているようだ。
九峪は星華たちが案埜津を見ていることに気づいた。そういえば紹介もしていないことを思い出して、紹介をする。
「ああ、そういえばまだ紹介していませんでしたね。この娘は案埜津・・・ひっ!?」
言い切ることなく、九峪は代わりに小さい悲鳴を上げた。
目の前にある星華、亜衣、衣緒の表情を見てしまったのだ。特に星華の形相はまさに阿修羅。睨まれただけで戦闘以上の恐怖感が九峪を襲った。
「あ、あの・・・皆さん?如何なされたのでしょうか?」
恐る恐る声をかける九峪。しかし星華に一睨みされて、
「いえなんでもありません」
一瞬で降伏した。
(怖えー。星華マジ怖えー)
内心で震え上がる九峪。そんな九峪の様子を尻目に、星華達は案埜津を睨みつける。
「・・・・・・九峪、おはよう」
ようやく目が覚めたのか、挨拶をする案埜津。
しかしいつもならそれに対して「ああ、おはよう」と帰ってくる九峪の言葉が無い。
頭に「?」を浮かべながら案埜津は視線をやや上に上げて―――視界に星華を捉えた。そして眼光がどんどん鋭くなる。
「九峪。この人たち、誰?」
案埜津の質問に、フリーズしていた九峪は正気に戻った。
「あ、ああ。この人は星華様だ。後ろのは宗像のお嬢さんたち」
「星華・・・・・・火魅子候補?」
「そう、火魅子候補」
案埜津の言葉に同意する九峪。
「・・・・・・・・・」
無言で星華を睨みつける案埜津。
「おい、お前!星華さまに対して無礼だぞ!」
亜衣が怒鳴る。九峪ならまだしも、どこの馬の骨とも知れない少女が王族である星華に対して無礼を働くというのは、見過ごせることではない。
しかもそれが九峪の布団から出てきたとなれば怒り三倍である。
三つ巴、というか一対ニの視線がぶつかり合って火花を散らす。
「・・・え、えーと」
話題からいてかれた志都呂は、困惑の表情で九峪に視線を向ける。案埜津の出現には多少驚いたが、二人の関係を考えれば納得できないことも無い。
九峪のことを変態だと思ってしまったのも否めないが。
未だ睨みあう案埜津と星華、亜衣。
しかしこのままでいるわけにもいかず、志都呂は固まっている九峪に助け舟を出すことにした。
「とりあえず九峪さん。その娘の紹介などしてはどうでしょうか?」
「そ、そうだな!し、初対面だとお、驚くよな!」
星華と亜衣の形相にビビリながら、盛大に顔を引きつって九峪が叫ぶ。
(サンキュー志都呂!いや志都呂様!!)
助け舟を出した志都呂は、もはや九峪の中で神格化されつつある。どうでもいいことだけど。
閑話休題。
「コホン。えーっと・・・この子は案埜津と言いまして、俺の妹、です。はい」
俯きながら九峪は紹介した。正面を向かないのは星華と亜衣が怖いからだ。
「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」
沈黙。ひたすら沈黙。
誰も彼もが口を開かない。
九峪は視線を衣緒と羽江の方に向ける。衣緒、羽江は表情を見る限りでは納得したようだが、星華と亜衣はどうだろう。
ちらっと視線を横にずらす。
星華と亜衣の表情から怒りの色は大分落ちている。そのことに九峪は内心で安堵した。
「そうですか、妹ですか。それならばいいでしょう」
と亜衣。その表情はすでに落ち着いている。
「妹なら仕方ありませんね。ええ、私は信じていましたから。九峪さんは幼子に欲情するような変態ではないと。私はちゃんと信じてましたから」
と星華は朗らかに言った。しかし彼女は、自分がその幼子だと理解しているのだろうか。
「へ、へんたい・・・・・・」
激しく凹む九峪。ロリコン扱いされたのがかなり堪えたようだ。
それに同情の眼差しを向ける志都呂。それが余計に九峪を凹ませる。
何はともあれ、場の雰囲気が大分落ち着いた。
かに見えた。
「・・・・・・・・・」
案埜津は一人面白くなさそうに頬を膨らましている。
それに気が付いた九峪が声をかけようとした瞬間。
「でも血は繋がってない」
それよりも早く案埜津の唇が動いた。そして九峪の体に抱きつく。
「「「「「「・・・・・・・・・・・・・」」」」」」
場が再び凍りついた。皆の顔も凍りついている。
ただ一人、案埜津だけが口の端を吊り上げて、余裕の表情で星華を見ている。
「・・・本当ですの、九峪さん?」
静かな声。囁くような、それでいてはっきりと感じられる怒気を含んだ言葉に、九峪は声を発することなくブンブンと首を縦に振って首肯する。
それが自分の首を絞める行為だとも気づかずに。
九峪の肯定を見た星華の目が、一瞬にして吊り上る。
余りの怖さに衣緒や羽江のみならず、亜衣や志都呂も身が竦んでしまう。それほどまでに今の星華は怖かった。
そんなものを真正面から見ている九峪は気が気でない。無意識のうちに身体が震えていた。
優越に浸っていた案埜津も、僅かに顔が青くなっている。
「・・・私、信じておりました。九峪さんはそんな幼子に欲情するような変態ではないと」
低い調子の言葉に、しかし誰もが反応できない。
そんなことはお構いなしに、星華は言葉を続ける。
「貴方がその・・・案埜津さん、と言いましたか?その人と御兄妹だということも存じ上げたところです」
いくら王族としての教育を受けているとはいえ、今の星華はとてもではないが子供には見えない。
それどころか、亜衣以上に大人に見える。
「ですが・・・。ですが・・・!」
そして視線が案埜津に向けられる。その先には怯えた様子の案埜津がいる。
しかし顔を蒼白にしつつも、それでも気丈に星華を睨みつける。もちろん九峪に抱きついたままで。
ギュッ
どころか、余計に力を込めて抱きついた。
ブチ
星華の中で、ナニかが、音を立てて、千切れた。
見る見るうちに星華の腕に方力が集中していく。
「せ、星華様!?ま、まずは落ち着いてくださいっ!!」
志都呂が星華を止めに入る。衣緒と羽江は部屋の隅っこでうずくまっている。
「い、衣緒ねえちゃん。星華さまこわい〜」
「ひっ・・・ひく・・・」
衣緒などはすでに半泣きである。
「星華さま!お気を確かに!」
亜衣も止めに入る。案埜津の発言は聞き流せないものだったが、今の状況は洒落にならないと判断したからだ。
だが。
世界は余りにも、無情だった。
「貴方達はくっつきすぎですっ!!!!!!!」
両手を大きく振りかざす。
「天の・・・」
「火矛!」そう叫ぼうとした星華の詠唱は、最後まで言い終わることが出来なかった。
バン
「九峪様!!」
突然、秦野が戸を思い切り開けて、大声で九峪の名を叫んだ。
かなり動揺しているらしく、人前だと言うのに『様』付けで呼んでしまうほど、焦っている。
いきなり現れた秦野に流石の星華も面食らい、途中まで完成していた方術が『ボヒュッ』という情けない音と共に消滅する。
「どうしたんですか、秦野さん?」
呼び方を注意しようかと思った九峪だが、何か並ならぬ様子に用件を聞くことにした。
「さ、里に・・・」
顔面を蒼白にして、秦野は突っかかりながらも言葉を紡ごうとする。
しかし焦っているためか、らしくない様子で言葉が出てこない。
「父上、落ち着いてください。いったい何があったのですか?」
普段は見られない父の様子に面食らいつつも、志都呂は用件を促す。父がここまで取り乱すのだ、よほどのことがあったに違いない。
「里に、魔人と、魔獣の群れがっ」
「!? 何だって?本当か!?」
「ま、間違いありません。今伊雅様が、戦える者を引き連れて応戦しています!」
まさかの報告に、九峪のみならずその場の皆が息を飲む。
九峪は『魔人』についてはよく分からないが、魔獣については知っている。何せ戦ったのだから。
その魔獣が群れで来ていると言う事は、この世界に関しては疎い九峪にも十分な脅威として認識させられる。
「民は皆逃げ出しましたが、敵の数が多すぎて・・・」
落ち込んだ様子の秦野。すでに死人が出ているものだと、それだけでわかる態度だ。
「・・・おかしいですね。魔獣が群れで行動するのはわかるとして、魔人までが一緒というのは」
志都呂が疑問を口にする。魔人は基本的には単独で行動する。今回の襲撃の全貌は知らないが、魔獣を引き連れて来るなどどう考えてもおかしい。
偶然か、或いは―――
「・・・とにかく、何時までもここにいるわけにはいきません。魔獣だけならまだしも、魔人を相手になどしていられません」
そう言うと、志都呂は立ち上がった。
「まずは星華様方を、安全な場所へ避難させましょう」
「・・・そうだな。ここにいても襲われるだけだし、今星華様を失うわけには行かない」
九峪も立ち上がる。痛みで顔をしかめるが、そうも言っていられない。
「九峪・・・。大丈夫?」
案埜津が九峪を支えながら気遣う。
それに九峪はぎこちないながら笑顔で返す。
「ああ、大丈夫」
「九峪さん」
呼ばれ、九峪は振り向く。
志都呂は九峪に向かって大きな袋を手渡した。
「これ・・・」
それは九峪が現代から持ってきた貴重な私物であるバッグだった。
中には霊珠と飛翔剣、それと学校の制服が入っている。
「大事なものでしょう?」
「・・・ああ」
呟き、それを背負う。
「さぁ、行きますよ」
そう言うと、九峪たちは志都呂を先頭に部屋を出て行った。
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