九洲炎舞 第十一話「襲撃」 (H:ゲーム+小説 M:九峪・案埜津・星華・宗像三姉妹・伊雅・オリ J:シリアス)
日時: 01/29 14:28
著者: 甚平


「ぬぅ・・・・・・。よもや魔獣共がここを嗅ぎつけてくるとはな」

険しい表情をして、伊雅はそう呟いた。たった今魔獣を切り殺したばかりで、握る剣には赤黒い血が付着している。

それだけではなく、身体のあちこちにも血がついている。それは自分の血であり、魔獣の血でもある。

武川の里は戦争に敗れた旧耶麻台国兵と一部の民が再起のために造った隠れ里だ。外部との接触も専ら秘密裏に行われており、征西都督府はもちろんのこと、他の街にもその存在を知られていない。

秘密的な場所だから周囲の警備もかなり堅い。普段ならば魔獣も近くを通り過ぎるだけに留まるのだ。

それが、里の内部まで侵入してきた。それも群れを組んで。

伊雅が魔獣襲撃の報を聞いたのは、鍛錬の最中だった。

鍛錬中は基本的に鎧を着けることは無い。魔獣と戦う時は鎧に装着は必須なのだが、余りに突発的だったためにそのときの服装で戦闘に参加した。

それは何も伊雅だけに限る話ではなかった。現に、戦闘に参加している戦士のほとんどは着の身着のままで血刃を振るっている。

「ぐぎゃああああっ」

若い戦士が、右肩を魔獣に食われた。ごっそりと無くなった肩口から、大量の鮮血が大きな弧を描いて散っている。

あの傷は、とてもではないが助けられないだろうとわかる。明らかな致命傷だ。

見るに耐えないが、捨て置くしかない。その証拠に先ほどまで悶え苦しんでいたのに、今ではピクリとも動かなくなった。

「っく」

若者の死体に魔獣がたかって肉を啄ばむ。引き裂き、噛み切りぐちゃぐちゃとする音とスプラッタな光景に、伊雅は顔を背けた。

「伊雅様!」

壮年の戦士数名が伊雅の元に駆け寄ってきた。侵略戦争の折、伊雅の親衛隊に所属していた部下だ。

「おお、無事だったか!」

男たちは魔獣をそれぞれの得物で牽制しながら、伊雅の周りに円陣形を広げた。

「この模様。まるで国都防衛の時と同じですな」

「ああ、確かに。あの時も魔獣や魔人が大挙して襲ってきた」

沈痛を通り越して、もはや憎憎しい表情で伊雅は言った。

戦争当時、耶麻台国の王都であった耶牟原城には、防衛に必要な戦力は十分に揃っていた。

それどころか、軍全体の戦力も十分にあったのだ。

だが結果は敗北。僅か一年の間に、九洲は蹂躙された。

その最大の理由が魔獣と魔人、そして左道士にあった。強力な力を持った魔獣。人の身では一体倒すことさえ困難な魔人。そしてそれを呼び寄せる左道士の存在。

九洲は、実質この三つの存在に敗北したと言っても過言ではない。

伊雅自身、目の前で幾人もの部下を殺され、妻さえも失った。

「・・・だが、あの時のようには行かせん、行かせんぞ!」

そう叫び、伊雅は魔獣の首を叩き切った。

噴出す返り血に、伊雅の服はいっそう赤くなる。

「皆の者、良く聞け!我らの後ろには、戦えぬ者が多くいる!里人が逃げ切るまで、何としても持ちこたえるぞ!!」

  オオオオオォォォォ!!

伊雅の叫びに、叫びで返す戦士達。彼らとて、元からそのつもりだ。

戦力はすでに三分の二にまで減っている。魔獣だけならまだしも、ここには魔人がいるのだ。

万一にも勝ち目など無いだろう。しかし引くことは出来ない。

兵だけでなく、里人にも被害が出ている。十分な被害だ。今だって、視界の隅に事切れた老人の屍が無造作に転がっているではないか。

だからこそ、これ以上の被害を出してはいけないのだ。

「我らの戦い様、見せてやれ!!」

『おおおおおおおお!!!』

伊雅と戦士たちは、雄叫びを上げながら魔獣の群れに駆けて行った。
























数人の兵士の先導の下、里人たちは武川の里を脱出して森の中を突き進んでいた。

老人子供も多くいるために決して速い歩みではないが、互いに励ましあいながら歩く。

秦野は先頭組と一緒に、一列にまとまって行動する。列の背後からは殿を勤める兵士達と魔獣の戦闘音が聞こえてくる。

今はまだ持つだろうが、次期に魔獣が突破してくるだろう。

魔獣一体に戦士が数人がかりで戦うのに、追ってきている魔獣の数は四匹。対してこちらの殿は八人だ。

内三人は熟達された戦士だが、彼らだけでは辛い。

普通の剣では一、二体倒すだけで刀身が刃毀れを起こしてしまう。

だから、一刻も早くどこかの里に逃げ込まなければならない。このままでは明らかにジリ貧である。

祖国復興という志を同じくする里は武川以外にも存在し、その一つである戸津浦(とつうら)の里という隠れ里に向かっているところだ。

すでに足の速い若者を二人、戸津浦に向かわせている。現状を伝えれば、受け入れてもらえるはず。

それまでは、何としても逃げ切らなければならない。兵士達が生きている間に。

「秦野さん。戸津浦にはどれくらいで着くんです?」

里の若い男に支えられながら小走りに駆けていた九峪は、同じく小走りに前を進む秦野に声をかけた。

「戸津浦はそう遠くありません。この調子ですと半日もあれば着きます。・・・休まなければ、ですが」

「休息なしで半日・・・」

思わしくない表情で言われた言葉に、九峪も硬い表情で返す。

殿と最後尾の距離差はほとんど無い。いつ追いつかれてもおかしくは無いこの状況で、半日と言うのは長すぎる。

ましてや老人子供、自分にいたっては怪我人で貧弱な現代人である自分が一緒に逃げていて休息なしというのは堪える。はっきり言って逃げ切れるか大いに怪しい。

「九峪・・・」

握っていた手が僅かに引かれて、九峪は隣を向く。

そこには一緒に走っている案埜津が、不安そうに九峪を見上げていた。九峪の難しい表情を見て不安になったのだろう。

首をめぐらせば星華や衣緒、あの羽江でさえも不安そうに九峪を見ていた。亜衣も表情にこそ出さないが、それでも勝気な印象を受ける吊り目にも、どことなく力が無い。

向けられる五つの視線に少し困った九峪は、安心させるために笑顔を浮かべた。油断のならないこの状況で、意図的に作った笑顔はやや堅いものだったが、不安に駆られる少女達には効果があったようだ。瞳から不安の色が薄くなった。

(まったく。どうしようもねぇな、俺は)

九峪は声に出さずに己を叱咤した。彼女達を助けたときから、自分は頼られている。自惚れなどではなく、そう感じる。

その自分が、不安に駆られて彼女達を不安にさせているなど。

(それじゃただの大馬鹿野郎だ!)

叱責と共に、気を張りなおす。今やるべきことは、自分に出来ることを考えること。

怪我が完治していない自分では足手まといだ。

 九峪がこの世界に来てからの戦闘は魔術を使った、奇術や、さもすれば大道芸といえるようなものが多かった。

 確固とした戦闘術をもたない身としてはそれも仕方のないことではあるが、それでは限界がある。

それを、廃神社での戦闘で文字通り、痛感したばかりだ。

魔術師本来の戦い方をすればその限りではないにしろ、いろいろと勝手の違うこの世界でその手を使うわけにもいかない。どうしても魔術と戦闘術を混合したもにになってしまうのだ。

だからこそ、自分に残されたのは一つ。

「考えろ。この状況で生き抜く方法を、考えろ。雅比古・・・!」

己に言い聞かせるように、九峪は小さく呟く。

このあまりに不自然な襲撃の、その裏にある意味。

それこそが、この襲撃の正体だとくたには考えている。

(まずは今の状況の整理を・・・)

走りながら、九峪は思考を展開する。そのせいで時々足が縺れるが、そこは支えてくれている若者に頑張ってもらうことにした。

(襲撃しているのは魔獣と魔人。魔人がどういうものかはわからないけど・・・鬼、みたいなものか?志都呂や秦野の口振りからすると魔獣以上に厄介なものみたいだし)

魔獣との戦闘経験は一回しかないが、それでも一度は勝っている。結構な化け物だったアレが、群れで襲って来ているのが気に掛かる。

魔獣は本来群れを成さないものらしい。決してないことではないが、今回のような規模で滅多に近寄ることの無い里を襲うのは有り得ない。

そして魔人。一体で魔獣数匹分に匹敵する正真正銘の化け物。

魔人には僅かなりとも知性があるらしいことを志都呂から聞いた。粗末なものだが、一応は人の言葉を話すことができる。だからと言って意思の疎通が出来るかと言えば、それは絶望的だとも言っていた。

純粋な殺戮本能に従って行動する魔人は、人間の言葉を理解はしても共感はしない。その絶対的な戦闘能力でもって、己の思うがままに人を殺す。それが魔人。

その魔人も、集団で行動することは滅多にない。ある意味己こそが至上と考えているような連中だ、徒党を組むはずが無い。

例外として、召喚者―――基本的には左道士―――に使役されている時だけ、魔人はお粗末ながらも組織的に行動できる。本当にお粗末だが。

(だけど、ここがポイントだ)

左道士が使役している時だけ魔人は組織的に行動できる。それはスタンドアローンが基本の連中が集団で行動する場合がそれで、更に言えば現状がまさにそれだったりする。

大規模な魔獣の群れ。それに付随する魔人の集団。

そしてその行動から、目的も多少は判断できる。

人間の天敵であるやつらが、徒党を組んで耶麻台国残党が潜伏する武川の里を襲撃した事実は、明確な意思を持ってそれを壊滅させることだとわかる。

それは、本来ならば一定の目的意識を持たない魔人が徒党を組み、本能で行動する魔獣が狩り以外で人里を襲う影に、それらを動かす存在がいることを暗示している。

魔人と魔獣の組織的行動。武川の里を壊滅させる意思。

そしてそれを可能にさせる存在。

志都呂から聞いた話の中に、それを可能にする存在が一つだけある。

それはつまり。

「―――どこかに、奴らを操っている左道士がいる!」

知らず、九峪は大きな声で考えを口にしていきなり立ち止まった。

驚いた案埜津や秦野、若者が振り向き足を止める。後ろの里人も追い越していくがそんなことは気にならない。それどころではない。

「秦野さん、里の近くに左道士がいる。魔獣も魔人も、そいつが操っているんだ!」

「左道士、ですか?」

一瞬唖然とした秦野も、その意味するところをすぐに理解する。伊達に戦乱を生き抜いたわけではない。左道士がどのような存在か、多少なりとも知っている。

まして、前提知識は九峪以上にあるのだ。その後の推測も早い。

「では、その左道士を叩けば?」

「ああ、詳しいことはわからないけど、魔獣や魔人も本来ならコントロール・・・操ることが出来ないんだでしょう?それがああやって集団的に動いてんだ・・・どこかに、操っている術者がいるはずです」

九峪の説明に、秦野はふむと頷く。確かに、九峪の言い分は筋が通っている。

そうであるなら、その後の行動にも幅が出てくる。

(流石は神の遣い、ですかな)

「このままじゃあ逃げ切れないでしょう。だったら何処かで賭けに出ないといけない。伊雅様たちも気になるし、何にしろこのままじゃあ全滅です」

「・・・・・・」

九峪の言葉を、秦野は反芻する。いずれは全滅するだろうことは、秦野も感じていた。

逃げ切るのであれば、何処か出かけに出る必要はあるだろう。

しかし問題もある。

「九峪さんの言うことは最もです。ですが左道士を探すとして、いったい誰を向かわせましょう?戦えるものは皆魔獣と戦っています。手が空いている者はおりませんぞ」

「そう、たしかに向かわせることは出来ない。そんな人間もいない。だけど戦うことが出来る人間ならいる。ここにね」

そう言い、自身を指差す九峪。

「・・・・・・な、何を言っているのですか!無理です!」

一瞬呆けていた秦野は、その意味を理解すると思いっきり駄目だしする。

神の遣いである九峪にそんな危険な真似はさせられない。

星華救出でさえ悩み、それでも送り出した。結果としては吉と出たが、その代償が目の前の包帯男だ。

それなのに今度は更に危険度の高い、文字通りの賭けに、切り札であり至上の存在である神の遣いを向かわせるわけにはいかない。

そんなことをすれば、伊雅に首を刎ねられかねない。

「でも、もう動ける人間はいないんでしょう?」

「むむ・・・。で、ですが、貴方の身に何かあれば・・・」

状況は理解できるが、それでも容認はできない。事情を知っている秦野にしてみれば、九峪は火魅子と同等の存在。女王なき今において、使えるべき君主だ。

たとえ、今は一構成員という立場であっても、真実は変わらない。

それをわざわざ死地に送るなど、できるはずもない。

「だけど、このままじゃいずれは終わりだ。誰かがやらなくちゃいけないし、それが出来るのは、『普通の人間』じゃない俺だけです。そうでしょう?」

「うむむ・・・」

唸る秦野。理解できるために、反論の勢いはどんどん萎んでいく。

確かに、文官でしかない自分では戦うことは出来ない。それは後ろを一緒に走っている里人にも言えることだ。

だが九峪は違う。この中で唯一、九峪には力がある。神の遣いとしての力―――魔術が。

その詳しい在り方を秦野は知らないが、方術とも左道とも異なるそれは、唯一奴らに対抗できる力だ。

それを持つ九峪が向かうと言うのも、理性ではわかる。

しかし感情はそういかない。

「で、ですが・・・」

なおも言い募ろうとする秦野。

「ぎゃああああああ!?」

「うわぁ、ま、魔獣だぁ!!!」

しかし後ろから聞こえてきた悲鳴交じりの叫びに、秦野は固まる。

「くそ、もう来たのか!?」

思った以上に早く魔獣が突破したようだ。殿は全滅したわけではないようだが、最後尾で里人を巻き込んでの戦闘が起きている。

最早、猶予は無くなった。

「秦野!考えている暇はもう無いんだ、俺を信じろ!!」

繕う様子もなしに叫ぶ九峪。敬語でないことから、余裕はすでにないと感じる。

「・・・・・・」

俯き黙る秦野を、九峪は険しい表情で見つめる。九峪の目には、家臣としての感情と生きる者としての理性の間で葛藤しているように見えた。

だがしばらくして。

「・・・・・・わかりました」

静かに、そう呟くのが聞こえた。

「ですが、無茶はしないでください。我々には、貴方の力が必要なのです」

顔を上げて、秦野は少し力の無くなった声で言った。譲歩に譲歩したらしい。

それに九峪は苦笑で返す。保障は出来ないが、「ああ」とだけ応える。

「九峪・・・いっちゃうの?」

二人のやり取りを黙って見ていた案埜津は、握る手の力を強めて静かに、そして不安そうに呟く。

星華の救出で九峪は負傷して帰ってきた。今でも胸元から覗く包帯の後が痛々しい。

案埜津は聡い娘だ。今がどれほどに困難かつ危険な状況かは、漠然とではあるが理解している。

だから、九峪が何をしようとしているのかもわかっている。わかってしまった。

「ああ。そろそろ、俺の出番だ」

「だめ。九峪は怪我してるんだから、あぶない」

不安そうな表情でありながら、案埜津の顔は怒っていた。

唯でさえ重症の九峪が、絶望的な賭けの中で、一人で戦おうと言う。一時は九峪を失うかもしれないという恐怖と喪失感に襲われた案埜津にとって、これは許容できない。

九峪を失いたくない、あんな思いはしたくない。案埜津の心はそれで一杯になっていた。

睨んでくる案埜津を見て、九峪はどう説き伏せようかと思案する。秦野との問答で時間が掛かってしまったために、すぐにでも行きたいというのが本音だ。

だがここでいい加減なことは言えないだろう。そんなことは、他でもない案埜津が許さない。

しかもそれだけならばいい。

(・・・勘弁してくれよ)

見上げる四つの視線。星華や亜衣が向ける眼差しは、そのどれもが案埜津と似たような色の視線だ。

今までことの推移を静観していた(というか入り込めなかった)四人も、心中は案埜津と同じ思いだった。知己に富んだ亜衣でさえも、感情を理性で抑えるには些か幼かった。

さてどうしようか。いい加減なことは言えないし、その末に付いて行くなどと言われても困る。

「・・・あのな、みんな。今が危険な時だって言うのは、わかるよな?誰かが行かないとならないし、今それが出来るのは俺しかいないんだ」

ゆっくりとした語調で、九峪は言葉を吐く。諭すような響きの言葉を、案埜津たちは黙って聞いている。

「俺のことを心配いてくれるのは嬉しいさ、すごくね。でも、だからこそ俺は行かないとだめなんだ。俺のことを心配してくれるお前たちを、俺は守りたいんだ」

それは、偽らざる本心だ。自分に懐いてくれる案埜津や、命をとして助けた星華たちを守りたい。守り抜きたい。

「それに、俺はこの里の人たちも助けたい。出会ってまだ日は浅いけど、こうして会えたのは何かの縁だしさ。みんなこれから一緒に戦っていく仲間だ」

そして、言葉を区切って

「みんな仲間なんだ。星華様も、亜衣に衣緒に羽江も、案埜津に志都呂に秦野さんに伊雅様も。みんな仲間だ。なのに、その仲間が死ぬなんて、俺は嫌だ。絶対に嫌だ」

九峪の言葉を、案埜津たちは俯いて聞く。

その言葉が紛れもない九峪の心そのものだと、幼いなりに理解できた。自分達が九峪を大切に思っているように、九峪も自分達を大切に思っていると知った。

「・・・・・・九峪は、怖くないの?」

「ん?」

俯いたままで、九峪に怖くないのかと問う案埜津。

その問いに九峪真剣な表情で答える。

「・・・怖くない、って言えばそりゃ嘘だ。俺だって死ぬのは怖いし、絶対に嫌だ。・・・でもさ、じゃあここで縮こまって震えて怯えて、目の前でみんな殺されて、そして最後には自分が死ぬなんて、それは嫌だ、それこそ嫌だ。そんなの、絶対に認めない」

案埜津の問いに、九峪の心は一瞬揺れた。これから絶望的な死地に向かうといういのに、現代で育った九峪に怖くないはずが無い。

この世界に来て、本当の殺し合いも経験した。二つの世界での経験のギャップの激しさは、死への恐怖を人一倍九峪に与えていた。

できるものなら、逃げ出したい。少し前の自分ならば、日魅子に泣き付いてもおかしくはないだろう。

だが、今はそうじゃない。どんなに怖くても、やらなければならないことがある。

「皆が死んで、俺が死ぬ世界なんか認めない。俺が認めるのは皆が生きて、俺が生きている現実だ。だから、戦う。どんなに怖くても、どんなに傷を負ってもな。それに」

「く、九峪!?」

微笑み、案埜津の頭に手を載せる。そのままやや乱暴に撫で回されて、案埜津は驚いて顔を上げる。

「案埜津を助けたとき、あの時初めて人を殺した。・・・すげぇ怖かった。殺すのも、殺し合いをするのも。俺のいた国じゃあ、どんな理由があろうと人を殺しちゃいけないっていう法律があってさ。もしも人を殺したら、重い罰が掛かるんだ。だから、俺は人を殺したとき、怖かった。余りの怖さに、吐いちまったくらいだからな」

頬を掻きながら、九峪は苦笑いする。よく考えれば、自分の恥ずかしい話しをしているようなものだと思う。

でも、そのことを恥ずかしいとは思わない。その恐怖の壁が、現代人である自分とこの世界の人間との違いだともわかるから。

そして、それを超えた自分が、今までの自分と変わってきていることも。

「星華様たちを助けに行った時だってそうさ。大怪我して、死にそうな目に合って。でもみんな死ぬかもしれないと思ったときに、どんなに苦しくても、戦うことが出来た。人を殺すことに、迷いは無かった」

この言葉も、また真実。狗根国兵に刃を向けることと殺すことに多少の恐怖はあったものの、それ自体に迷いは無かった。

何よりも怖かったのは自身の死と、仲間の死と、少女達の死。それを回避するためならば、殺人さえも迷わなかった。

守るための迷い無き殺人。現代人としては、それは異常なものだった。

しかしそうさせるほどのものを、九峪は今もっている。

「怖くて怖くて仕方ないけど、戦わないと守れないなら、俺は戦う」

『守るための戦い』。

今の自分にとり、恐怖を押しのけて戦う理由などこれで十分。

「だからさ、わかってくれよ」

流れに完全においてかれた若者の支えを解いて、九峪は自由になった方の手で星華たちの頭を順々に撫でていく。

それに一瞬ビクリとした星華たちも、次第に涙目になっていく。あの亜衣でさえ、涙を堪えている。

思えばおかしなものだ。案埜津と出会って大体十日ほどが経つ。星華たちとは五日ほどか。

その間に良くもまぁここまで懐かれたものだ。彼女達が幼いというのもあるし、知り合った経緯が何かとデンジャーだったのも理由だろう。

それでも、彼女達にとって自分が涙を流すほどに大切な存在になり、そして自分の中でもこの少女達が大切な存在になっている。

それはまるで、日魅子に対する想いに似ていた。

守らなければならないと、そう思わせる。

「俺は死ぬために行くわけじゃない。言ったろ?皆が生きて、俺が生きてないとだめだって」

そう言って、九峪は笑う。大らかに。

恐怖も何も押しのけて、唯守るために。

「・・・・・絶対、死にませんか?」

そう問うてきたのは、星華だった。

今まで発言しなかった星華が言った言葉は呼び止めるものではなく、確認だった。

「もちろんですよ、星華様。廃神社の時だって、大丈夫だったでしょう?」

「・・・・・・・・・わかりました。・・・あなたを、信じます」

「星華さま!?」

亜衣と衣緒が驚きの声を上げる。

それに星華は目じりの涙を指ですくって

「亜衣、衣緒。今は九峪さんを信じましょう?廃神社のときも大丈夫だったんですもの。それに、九峪さんは約束をやぶったりはしないわ」

「・・・」

表情を引き締めて諭す星華。しかしその表情から不安の色を見て取った亜衣と衣緒は、その言葉に押し黙る。

「・・・・・・せったい、戻ってきてね?」

見上げながらそう言った案埜津の顔も、悲しそうではあったが悲壮な感じはもうなかった。こちらも、九峪を信じることにしたようだ。

「ああ、もちろんだ」

少女達を安心させるように、九峪は笑顔を浮かべる。それに案埜津や星華たちも、ぎこちないなりに笑みを浮かべようとする。

「秦野さん」

九峪はことの推移を見守っていた秦野に向き直る。

「わかっています。星華様方のことは、私にお任せください」

覚悟を決めた表情で、秦野は凛と言い放つ。それに無言で頷く九峪。

「じゃあ、行ってくるから。・・・後で合おうぜ、みんな」

そう言って、九峪は最後尾に向かって走っていく。それを見送る案埜津たち。

しばらくして九峪の姿が消えた。人と草木に覆われた森の中では、消えるのもあっという間だ。

「・・・行きましょう、皆さん。ここで立ち止まっては九峪さんに申し訳ない」

「・・・・・・はい」

小さく呟き、星華は亜衣の手を握る。今はとにかく、誰かの手が握りたかった。

亜衣も握る手に力を込める。亜衣も自分とおなじ気持ちなのかもしれないと、不意にそんなことを思った。

歩き出す秦野たちの後で激しい戦闘が起こったのは、それから少しのことだった。


























逃げる里人達が作る列を逆走しながら九峪はリュックから一つの丸薬を取り出した。廃神社戦で使った痛み止めだ。

あの戦闘で負傷した胸の傷は、今でもまだ痛いままだ。血こそ派手に出ないが、無理をすればその限りではない。

九峪が錬金術で作る薬は薬局などで販売されている薬などよりも効果は高い。普通のものならば服用して数分で効果が現れるし、即効性(廃神社で使ったようなもの)ならば、嚥下して直ぐに効果が現れるものもある。

しかし何を言っても所詮は神秘の関わらない薬。激しい運動をしながらでは効果は余り長持ちしない。

それこそが、九峪が殿に参加していない理由でもある。

胸の激しい痛みは次第に鈍痛に変わり、程なくして痛みそのものが無くなった。この薬は身体の感覚を麻痺させるような科学薬とは違うために、速力が落ちることも無い。

人と木の間を走り抜けながら、リュックから霊珠と飛翔剣を取り出す。

霊珠をすぐさま起動させ、飛翔剣を両手に構える。これだけで戦闘準備は整った。

「大分時間食っちまったからな」

秦野や案埜津たちとの問答に時間を使いすぎた。最後尾からの叫びが今でも聞こえてくる。

殿の中には志都呂もいる。彼は強いし、それに負けず劣らずの戦士も何人かは殿を勤めているらしい事を聞いている。

だがそれでも心配なものは心配だ。人と魔獣の能力差は身をもって体験したし、何よりも多勢に無勢だ。

最後尾から上がってきている悲鳴を聞くに、突破した魔獣は未だ倒されていないようだ。

「というよりも手一杯だから突破されたんだよな」

そう考えるとゾッとする。それはいよいよ余裕がなくなってきたということでもある。

「まずは最後尾をどうにかしないと。俺一人でアレを全滅させるなんて・・・・・・魔術を使えば出来ないことは無いと思うけど。伊雅のおっさんも気になるし、そっちもどうにかしないと」

走りながらも目まぐるしく考える。この状況を打破するためには、まずは魔獣をおびき寄せなければならない。

最後尾を襲っている魔獣どもはどうにでも出来るだろう。何せ今はそこに向かっているのだ。標的をこちらに変えることができれば、引き離すことも出来る。

「問題は―――!見えたぞ!」

人の壁が薄くなってきた頃、ようやく魔獣と兵士達の戦闘が見えてきた。

「!―――っち」

無造作に転がっている人だったものを見て舌打ちをする。覚悟はしていたが直接見ると遣る瀬無い。

だがそこで思考を切り替える。今はそれよりも生きている人間を守ることが先決だ。

戦っている人間は一人だった。どうやら突破してきた魔獣を追ってきたようで、逃げ惑う人々を魔獣から守るように戦っている。

体中は傷だらけの血だらけで、握っている剣も刃がボロボロに欠けている。そんな状態で致命傷が一つも無いのが、この男が強者であることを暗に語っている。

「ぐ、この!化け物がっ」

男は魔獣の猛攻を切れなくなった刃で技巧みに捌いていく。受け止めるには魔獣の力が強いのだろうか、相手の力のベクトルを逸らすような防御だ。

守るというよりも必要最小限の回避行動、という感じの戦いぶりだった。

魔獣も周りの有象無象よりもこの男を優先して狙っているようだ。彼を現段階での脅威と認識したのだろう。

「飛べ!!」

右手に持つ飛翔剣を魔獣に向かって投げつける。手から離れてしばらくは慣性に従い直進していたが、魔術文字に光が入った瞬間に軌道修正して魔獣に向かって飛んでいく。

飛翔剣の接近に魔獣は直ぐに気づいたが回避するよりも早く飛翔剣が魔獣に刺さる。

この魔獣は九峪が戦ったやつよりも強度は低いようで、深くは無かったが確実に魔獣の体皮を突き破った。

しかし流石は魔獣。それだけではよろめくことも無い。体を勢いよく捻って刺さった四本の飛翔剣をはじき出す。

「マジかよ・・・」

その光景を九峪はやや呆然としながら見る。こうしてみると魔獣と言うのはただの獣では終わらないのだと痛感する。

「お前、助太刀してくれるか!?」

魔獣をはさんで反対側にいる男が、ボロボロの剣を構えて叫んだ。目は魔獣に向けられたままだが、九峪の行動にも注意を払っている。

それに九峪は「そうだ!」と、こちらもできるだけ大きめに叫ぶ。

状況は二対一。丁度二人の間に魔獣が挟まれるような形になっている。

九峪がこの世界に来て最初に戦ったのは、人間ではなく魔獣だった。それも一対一の状況で、負った怪我はかすり傷程度の、慌てるほどの怪我ではなかった。

そう考えると、この状況はあのときに比べて随分楽と言える。武器はほとんど使い物にならないとはいえ、熟練の戦士が一人いるのだ。打撃力は望めないにしろ、先ほどの捌きを見ると魔獣の気を引く役を十二分に務められそうだ。

だが自分達の周りには数人程度だが、人が残っている。中には怪我をして動けないものもいる。

彼らを守りながらの戦闘となると、そうそう時間はかけていられない。

「でああああ!」

男が気勢を上げて魔獣に突っ込む。刃が欠けた剣を上段に構えたその走りには、決して荒さが無い。

走り寄ってくる男に反応して、魔獣も走り出した。男の踏み込みの早さもさることながら、魔獣の動きはそれ以上だった。

男と魔獣の距離は大体三メートル程はあった。しかしその間も、コンマの世界でゼロになる。

「危ない!」

思わず叫ぶ九峪。援護しようと飛翔剣を振りかぶるが、到底間に合いそうに無い。

それほどまでに男と、そして魔獣の動きが早かった。

距離差がほとんどなくなった頃には、男の剣は振り下ろされかけていた。互いの速さを考えるとドンピシャのタイミング。

だがその動きに魔獣は怯むことなく直進する。爪も牙も使わずに、ただ純粋な体当たりを与えるつもりだ。

しかし魔獣の体当たりを、唯の体当たりと侮る無かれ。地を蹴った瞬間にはもうトップスピードに上っている魔獣の突進は、それだけで必殺足りえる打撃力を有している。

直撃は即ち死を意味する。

その一撃を疲弊しきった剣で防ぐことはかなわないだろう。縦しんば防げたとしても、刀身が折れるなり砕けるなりするのは必死だ。

死んだ。そう九峪は思った。以下に男の技量をもってしても、これは避けられない。

だが。

「ぬぅおおおおお!!」

刃が魔獣の頭部に勢いよく振るわれた。本来ならばそれで倒すことも出来るが、刃の欠けた剣では薄皮一枚切ることも出来ない。魔獣は止まらず、尚も駆けている。

男の体が宙を飛んだ。

「!!!」

余りのことに、九峪は声にならない叫びを上げる。

空に体が飛ぶ男。九峪にはそれが体当たりによって飛んだように見えた。

―――一瞬だけ。

しかし現実は奇妙だった。

魔獣に吹き飛ばされたのなら、男の体は後方に飛ばされなければおかしい。

そして男の体は今、正に、宙を舞っている所だ。

そこまではいい。

しかしその進行方向がおかしかった。

「おいおい、マジかよ・・・」

魔獣が体に刺さった飛翔剣を抜いたのにも驚いたが、今回ばかりはそれ以上に驚いた。

男が飛んだのは自身の後方ではなく、魔獣の後ろ。男にとっては前方の空中に向かって飛んだのだ。

刃こぼれした刃で魔獣を切ることは出来ない。

男はそこを利用した。剣を魔獣に当てた瞬間に地面を思い切り蹴り、走る勢いを使って側転の要領で魔獣の後ろへと飛んで回避したのだ。

力のベクトルを完全に無視したその動きに、九峪は目を丸くする。

そんな九峪の様子など露知らず、男は受身を取って勢いよく地面を転がる。

「っつぅ!」

強すぎる衝撃に苦悶の声を上げるが、直ぐに体を起こす。

魔獣は急に止まることが出来ずにしばらく直進していたが、直ぐに体制を整えて男と九峪のいるほうを向いた。

「くそ、剣が折れたか」

油断無く構える男は、刀身が丁度真ん中辺りで折れている剣を一瞥して吐き捨てるように言った。

もともと攻撃には期待していなかったが、防御としてはまだ使えるだろう。それ以前に手持ちの武器がこれだけなので、簡単に投げ捨てることも出来ない。

「お前さん、剣は持っていないか?」

振り返らずに、男は九峪に剣が無いかを聞いた。

聞かれた九峪は申し訳なさそうな顔をしながら「持っていない」と、簡潔に答える。

男もそれに対して「そうか」と、短く呟いた。

沈黙が降りる。魔獣は警戒しているのか、動く気配が無い。しかし男にも攻撃する手段が無いために、これまた動けない。

しばらくの間睨み合いが続いた。

「攻撃は出来ないのか?」

九峪のその問いに、男は顔をしかめる。

「見ての通りだ。こいつでアレを殺せるなら一人で狗根国を倒しているよ」

「となると、止めは俺がさすことになるか」

「やれるか?」

男は魔獣の動きを注視しながらそう九峪に問う。

自分に魔獣を倒す手段が無いことは理解している。この場合は九峪が止めをさすのが理にかなっている。

男の問いに九峪は口元だけで笑う。

「やれるやれないじゃなくて、やんなきゃ駄目だろ?ここでこいつを倒さないと、沢山の人が死ぬし、俺達も死ぬ」

九峪の真剣な言葉に、男も口元を歪める。小さく「それはそうだ」と呟いて。

「なら、やることは決まっているが・・・どうする?あれは早いぞ。俺も腕に自信はあるが、それが今ではこの様だ」

そう言って手にもつ剣を軽く揺らす。

「・・・正直な話をすれば、俺一人でもアレを倒すことは出来る。ただし、周りを気にしなければ、だけどね」

九峪はそう言い、目だけを回りに向ける。動ける人はほとんどいなくなったが、怪我をして逃げられない者が数人はいる。

飛翔剣と平行して魔術を行使した戦闘を行えば、魔獣を倒すことは出来るだろう。

しかし魔術を使った戦闘の経験が少ない九峪には、それによる体力の消耗が大きい。

加えて、周りの人間を巻き込む可能性もある。それでは本末転倒だ。

「そいつは大変だ。そうなると・・・」

「おっさんが敵を引き付けている間に、俺が仕留める。どうかな?」

九峪の提案を、男は慎重に吟味する。いつ魔獣が動くかわからない現状では、考えている時間も長くは無い。

結論は、直ぐに出た。

「仕方がないか・・・。お前さんが奴を仕留める絶好の機会を作ろう、必ず仕留めろ。それから・・・」

「なんだ?」

前を向いたままで、男は言う。厳しい表情で。

「おっさんじゃなくて、お兄さんと呼べ。青年」

「はぁ?」

思わず聞き返す九峪を無視して、男は駆け出した。九峪も慌てて飛翔剣を構えなおす。

男に触発されて、魔獣も動いた。思慮が無いところは、やはり獣だ。

折れた剣一本で生み出されるチャンスは一瞬の、一回きりだろう。それを逃せば、男は死ぬ。

回りを無視した戦闘にすれば、怪我を負った者も死ぬ。他ならぬ自分のせいで。

勝負は、一撃で決める!

男と魔獣が走る中、九峪も駆け出した。持てる力の限りを出して、男の後を追う。

魔獣の攻撃は、今度は体当たりではなく爪だった。ジャンプして男に向かって飛び上がる。

振り下ろされる爪を、男は走りながら踏み込んだ左足を軸にして回転するという神がかり的な技でもって避ける。

「うらあ!!」

折れた剣を逆手に持ち替える。回転する勢いを利用して魔獣の振り下ろされる前足に突き立てる。

折れたことで僅かに鋭さの上がった刀身と、それに回転によるエネルギーを乗せた一撃。高速で動く前足に当てる男の技量が成せる業だ。

  『!!!!』

衝撃と激痛に魔獣は空中でバランスを崩した。何とか着地はしたものの、その身は隙だらけだ。

  ヒュンッ

九峪の放った飛翔剣が、動けない魔獣の両目に深々と突き刺さる。

「終わりだ!」

九峪の周りに浮かんでいる霊珠。その一つが白い光を放つ。

その瞬間に、魔獣の目に刺さっている飛翔剣の魔術文字に光が走り、次いで刀身が震えだした。

刃から発せられる振動は、一瞬のうちに魔獣の頭部を駆け巡る。頭の怪我一斉に逆立ち、次の瞬間には。

  バアアアアアンッ

頭部が、跡形も無く砕け散った。

頭部を失った魔獣はそのまま絶命した。頭が無くなった魔獣の死体はゆっくりと横に倒れて、首からは血が噴出している。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・ふぅ」

膝に手を付きながら、男は魔獣の亡骸を見つめる。

止めを刺すと入っていたが、まさかこんな方法で仕留めるとは思ってもいなかった。

どういう原理なのか、まったくわからない。唯一近いものがあるとすれば、方術だろうか。

しかしいくら考えても埒が無いしそんな余裕も無い。

「はぁ、はぁ・・・ふう。・・・・・・青年。すまんな、助かった」

「いや、気にしなくていいさ。こういうのはお互い様だ」

「はは、そうだな」

それきり、会話が途切れた。男はもちろんのこと、病み上がりの九峪も疲労している。

だがここでのんびりしている暇も、九峪には無かった。突破した魔獣を倒した今、本来の役目に戻らなければならない。

「さて、俺は行くけど。・・・おっさ、じゃなかった、お兄さんはどうする?」

思わず『おっさん』と言いそうになってしまい、睨まれて九峪は言い直す。

九峪の問いに男は「ふむ」と考え。

「―――これじゃあ戦いようが無い。里人たちに合流するさ」

剣が折れた今となってはどうしようもない。相手が人間ならば素手でも戦えるが、魔獣や魔人相手だと自殺行為でしかない。

仲間のところに戻っても、足手まといでしかないだろう。

「そうだな、向こうのほうでも戦える奴がいれば心強いだろうしな」

「戦えるって素手だが、まあいい。じゃあ俺は行くが・・・・・・お前さんはどうするんだ?何処かに行くみたいだが」

男の問いに飛翔剣を拾いながら「ちょっとね」と答える。

「それじゃあ俺も行くよ。お兄さんも気をつけて」

「ああ、お前さんもな」

そう言って、男は右手を上げた。

それが意味するところを理解できない九峪は、キョトンとした顔で手を見る。

「お前も出せよ」

「え?出すって?」

男の言っている意味が理解できない九峪は、素直に聞き返す。

「何だ青年、知らないのか?」

呆れ顔の男。どうやらこの世界においては常識的なものらしいが、異世界から来た九峪には知る由も無い。

「俺は外の国から来たばっかりだからさ」

困り顔で言う九峪に男は僅かに驚く。

外から来た人間が他国の戦争に参加しているなどとは思わなかったからだ。

「また酔狂なもんだな。・・・・・・こいつはここいらでの挨拶みたいなもんさ。まぁ今回は助けられた礼ってことで」

「ああ、そういうことか」

納得したとばかりに、九峪は男とは反対の左手を上げる。

  パン

男の手の右手が、九峪の左手を叩いた。

「助かったぜ、青年」

「どういたしまして」

そう言って、九峪は里の方向に向かって走っていく。その口元には笑みが浮かんでいた。

「さて、こっちはこっちで大変だ」

周りに倒れている怪我人を見回して、男は小さくため息を付いた。








「―――そういや、青年の名前聞いてなかったな」

男がそのことを思い出したのは、怪我人を連れて列に向かっている最中だった。