九洲炎舞 第十七話「決意」 (H:ゲーム+小説 M:九峪・案埜津・志都呂・伊雅・キョウ・オリ J:シリアス)
日時: 03/21 13:23
著者: 甚平




四日目の朝は、快晴だった。

温かい日差しが戸津浦の里を照らし出し、落ち込んでいる人々を励ますように太陽は光り輝いている。

そんな朝気持ちの良い朝だった。伊雅が志都呂と秦野を供にして、九峪の部屋を訪れたのは。

九峪が寝ている部屋の前。閉じられたとの前で、男三人が立っている。

「・・・今一度、聞こう。本当なんだな?」

そう言ったのは伊雅。向けられたのは後ろに控えている志都呂に向かってだ。

伊雅の言葉に、志都呂は頷く。

「たしかに、間違いありません。いま先生が診察していますし、私もこの目で確認しましたので」

「そうか・・・」

伊雅はそう短く呟いて、戸に手をかけた。

すっと静かに、戸を開く。

そこには里で唯一の医師である壮年の男と、布団に横たわっている九峪が居た。

「先生、どうでしょうか?」

先生と呼ばれた医師は、九峪の腕をそっと置いて伊雅たちに向き直った。

伊雅が居るために、すぐさま一礼する。

「これは伊雅様、おはようございます」

「挨拶はよい。それよりも九峪殿の様態はどうなのだ?」

威風堂々とした伊雅の様子に、医師は神妙な顔つきになる。

それに、伊雅たちも表情を引き締める。

「以前お話ししましたように、命に別状はございませぬ。ただ・・・」

「・・・申してみよ」

「は。命に別状はございませぬし、後遺症もおそらくないだろうとは思うのですが・・・・・・体についた火傷の痕が、消えないかもしれないのです」

心底申し訳なさそうに、医師は言葉を吐いた。

この部屋に運ばれてきたとき、九峪の火傷は全身に広がっていた。

体も足も手も、もちろん顔も・・・。

寧ろ火傷で済めばいいほうだろう。所々は、炭化すらしていたのだ。

発見がもう少し遅れていれば、確実に死んでいた・・・四日前、医師はそう言っていた。

「痕ですか・・・あれだけの、傷でしたからね」

横たわる九峪を見て、秦野は呟いた。

治療の結果、九峪は全身を包帯で巻かれている。

それだけで、九峪がどれほど危険かがわかった。

生きて帰ってこれたのは、まさに奇跡だったのだろう。

「・・・九峪さんの意識が戻ったと聞きましたが?」

医師に向かって、秦野は一番気になっていることを聞いた。

ほんの少し前に、話し合っている最中だった伊雅と秦野の元に、志都呂が駆け込んできたのだ。

理由を聞いてきると、九峪が目を覚ましたからだというではないか。

伊雅達は急いで九峪の部屋まで来たのだ。

「はい。あまり長い間お話になることは出来ませんが・・・」

「今は、どうですか?」

「大丈夫でございます」

医師の了承を取って、秦野と伊雅は頷いた。

三人は布団の横に正座で腰を下ろした。

「・・・九峪さん、私がわかりますか?」

秦野のゆっくりとした言葉に、閉じられていた九峪の目がすーっと開かれる。

そして顔を横に僅かに傾けて、視界に伊雅たちを収めた。

数秒して、九峪の口元が笑みを浮かべた。

ささやかな、笑みだった。

「・・・・・・はた・・の・・・み・・んあ・・・」

呂律が回っていないが、それでも確かな言葉と意思に、伊雅達は安堵の息を漏らした。

「よかった・・・」

志都呂の心からの言葉に、伊雅と秦野も頷いた。

ここで九峪を失うことがどれだけの損失か。真実を知る二人にしてみれば、九峪の生死はまさに死活問題だったのだ。

それが、なんとか無事なのだ。

三人は、心底安堵した。

「九峪!!」

大きな声とともに、今度は案埜津が部屋に入ってきた。おそらく九峪が目を覚ましたという情報を何らかのルートで入手してきて、ここまで走ってきたのだろう。

その証拠に、肩で荒く息をしている。

「九峪さん!!」

その後ろからは今度は成果が現れた。

星華もこれまた肩で息をしており、案埜津と同じように走ってきたのだろう。

「星華様、案埜津さん。女性がなんとはし「九峪!!!!」」

「はしたない」と言おうとした秦野の言葉は、案埜津の声によって掻き消えた。

案埜津と星華はすぐさま布団の横に腰を下ろして、九峪に声をかける。

「九峪、九峪!!大丈夫!?」

「九峪さん、大丈夫ですか!?私がわかりますか!?」

「お、お二方共、落ち着いてください」

大声で叫ぶ案埜津と星華に、秦野が慌てて止めに入る。

秦野だけでなく、志都呂に医師、伊雅まで導入して、少女二人の混乱は何とか収まった。

「いいですか、二人とも。九峪さんは病人なんですから、静かにしないと駄目です」

「「ごめんなさい・・・」」

秦野の説教を受ける案埜津と星華。

案埜津はともかく、王女である星華が説教を受けるのはどこか不思議な光景である。

そうして一段落ついた頃。

「九峪さん!!」

今度は亜衣を初めとした宗像三姉妹が、大声を上げながら駆け込んできた。


ブチ


「――――――あなたたちはあああああああ!!!!」

立ち上がって叫びだした秦野。

それに、亜衣たちはビクッと身をすくませて黙り込んだ。

それを、呆然としながら見つめる伊雅と志都呂。

「・・・は、秦野・・・・・・」

「父上が・・・キレた・・・・・・初めて見ました」

「・・・あ、あの〜・・・」

そんなことを言った男二人の横で、医師が困惑顔で秦野に声をかけた。

「何ですか!!??」

凄まじい形相で振り向いた秦野に気圧された医師だが、勇気を振り絞って言葉を吐いた。

「く、九峪殿が・・・・・・白目を剥いていますが・・・」

「何を言って・・・・・・なんですって?」

最初、全員が何を言っているのか理解できなかった。

ただ時間が経つにつれて、少しずつ理解していき―――

「「「「「「「「―――ええ!?」」」」」」」」

全員が一斉に、九峪の方を向いた。

そこでは確かに、九峪が白目を剥いて『向こう側』へと『逝って』いた。

「く、九峪様〜〜〜〜!!??」

秦野の声が、外まで響いた。


















「―――では、そういうことで」

恭しく一礼して、秦野は退室した。静かに閉められた戸を見つめていた九峪は、顔を天井に向ける。

九峪が意識を取り戻してから、今日で五日目。戸津浦に来てから、早九日が過ぎていた。

まともに喋ることの出来なかった九峪は、大分話せるまでに回復した。

とは言っても、布団から出ることはおろか寝返りを打つのさえ一苦労なのが実情だ。

星華達を連れ帰ってきたときよりも遙かに、酷かった。

「―――ふぅ」

ため息を一つ。

「お疲れだね、九峪。やっぱりまだ本調子じゃないのかな?」

ふわふわ浮かんでいるキョウが、九峪の顔を見ながら言った。

今日の言うとおり、九峪はまだ調子が完璧ではない。話が出来るほどに回復はしたが、長話は流石に応える。

そして先ほどまでは、その長話をしていたのだ。

疲れて当然だ。

「まぁな、はっきり言ってつれえよ。体は動かせないし、そのくせむず痒いしさ・・・」

「火傷している上に、風呂にも入ってないからね。ばっちいんだぁ」

「うるせえ。お前はガキか」

冷やかすキョウに、殺意の篭った視線を向ける九峪。

だがそれだけで、軽い眩暈がしてきた。

九峪はそっと目を瞑った。

「ああ、くそっ。ちょっと話すと直ぐこれだ・・・」

苛立ちを隠さずに、九峪は吐き捨てる。

こうもすぐに眩暈が起きると、何かを考えることさえ億劫になってくる。

ようやく落ち着けるようになったのに、これでは素直に喜べない。

「・・・・・・・・・」

そう、確かにこれでは喜べない。

九峪は瞳を閉じたまま思い出す。

九峪の記憶は、魔人と戦っているところから突然途切れている。

どうして自分がここにいるのか、魔人はどうなったのか、あの骸骨の男―――蛇蝎は、どうなったのか。

何一つわからない。

あの時。

目の前まで迫った魔人の斧が、最後の記憶。それからのことは、何も覚えていない。

記憶が、ごっそりとなくなっている。

―――否、一つだけ覚えている。

ただしそれは、明確な記憶ではない。寧ろ感覚的なものだ。

体の奥から湧き上がってくる、燃え盛るような何か。そして、鈴の音。

それだけ―――それだけしか、覚えていない。

「・・・何だったんだ、あれは・・・?」

「うん?何が?」

九峪の独り言を自分に向けられてのもの勘違いしたキョウが、九峪に聞き返してきた。

「・・・なんでもない、気にすんな」

実際聞いたわけでもないので、簡単にあしらう。

キョウは怪訝そうな顔をしていたが「ふぅん・・・?」と、それだけ言って関心をなくしたのかまた無駄に宙に浮かんでいる。

キョウが黙ってからも、九峪は考える。今度は先ほどとは違い、秦野と話していたことだ。

九峪が意識を失っている間に、伊雅とキョウ、秦野の間で今後の方針を大まかに決めていたらしい。

それを九峪が目を覚ましたことで、九峪の意見を取り入れることになった。

(ま、仕方ないよな・・・)

伊雅達のとった選択は、九峪も反対はしなかった。する理由がなかったからだ。

伊雅達の考え、それは何と言うことはないものだ。

ボロボロに崩れた組織を、もう一度立て直す。ようはそう言うことだ。兵力の増強から武具の買い付けなど、今まで築き上げてきたものを破壊されてしまったものを一から積み上げなおすのだ。

七年かかって、武川はあの状態になっていった。それをまた一からやり直すのだ。

それは、途方もないことだ。

それでも、秦野は力強い瞳で言った。

『確かに振り出しに戻りましたが、ただ戻ったわけではありません。七年前は星華様もキョウ様も居りませんでしたし、何より九峪様が居ませんでした。あの頃に比べれば、下地が違います』

たしかにそうだろうとは、九峪も思う。

火魅子と天魔鏡、この二つは大きな求心力となる。これからは少しずつ『神の遣い』の名も流していくことになるだろう。

だが、それは九峪にとってむず痒いものでもある。

(俺は・・・『ニセモノ』なのにな・・・・・・)

秦野や伊雅に対して、すまないという気持ちはある。そのために、自分はこの二人とあと一人以外にはこのことを黙っているのだから。

(それに・・・)

気になることはもう一つだけある。そう・・・これこそが、一番の気がかりだった。

いや、それはもう気掛かりではない。

もう諦めてしまってるのだから。

(――――――日魅子)

心の中で思い浮かべるのは、一人の少女。

太陽のように明るい、少女。

(やっぱり・・・俺は・・・・・・)

気持ちが、落ち込んでいく。

考えたくないことだが、認めないわけにもいかないのだ。

「―――九峪」

不意に聞こえてきた声に、九峪は瞼を上げた。

そして声のした方向に、顔を向ける。

「・・・案埜津」

そこには、盆を持った案埜津が居た。

案埜津は九峪の側まで近づいて、すっと腰を下ろした。

「ご飯の時間だよ」

そう言って、盆の上に乗せれた器を手に持った。中は水粥だった。

それを木で出来たれんげで掬う。

「あーん」

「なぁ・・・それどうにかならんか?」

気恥ずかしくて、九峪はそんなことを言った。

「あーん」

だが案埜津は華麗にスルーした。

「なあ。その・・・」

「あーん」

「・・・・・・」

「あーん」

「・・・はぁ。んっ・・と・・・あーん」

折れた九峪は首だけ起こして、案埜津が掬った粥を口に運んでいく。

温かい砕けた米が、食道を通っていくのがわかる。

「美味しい?」

「・・・ああ、美味いぞ」

九峪がそう応えると、案埜津は嬉しそうに微笑んで、またれんげを近づける。

それを同じように、口に入れる。

静かな食事が、進んでいった。




「ねぇ、九峪・・・」

「ん、なんだ?」

食事が終わって暫くした頃。

空腹が満たされてまどろみかけていた九峪に、案埜津が声をかけた。

「私、兵士になろうと思う」

「・・・・・・え?」

案埜津の言った言葉が理解できなくて、九峪は間抜けにも聞き返した。

―――案埜津は、今何て言った?

「それ、どういう―――」

九峪の戸惑い気味の言葉を、案埜津は真正面から受け止める。

九峪のこういう反応は、予想していた。

それに、自分はもう決めたのだ。

「星華様が言ってた。これからのために、強くならなくちゃいけないって。それに・・・」

区切って、九峪を見つめなおす。

それは決意の眼差し。あの丘で、九峪についていくと言ったときのような―――あの時以上の。

「九峪、戦うんでしょ?こんな体になったのに・・・だから、私も戦うの。強くなって・・・・・・今度は、私が九峪を守る」

「!!!」

その言葉は、衝撃となって九峪の体を駆け巡った。

案埜津の決意の眼差し。それを見ただけで、九峪は案埜津が冗談や軽い気持ちで言ったのではないと痛烈に理解した。

そして、同時に情けなくなる。

九峪の行いが、結果として案埜津を戦場に導く結果となったのだから。

情けないことこの上ない。

「・・・案埜津」

九峪はもう案埜津の名を呼ぶことしか出来なかった。

自分の馬鹿さ加減が、ほとほと嫌になる。

落ち込んだ九峪を見て、案埜津はその理由を察していた。

短い間だが、案埜津は九峪という人間を理解していたのだ。

だから、言わなければならない。

「―――九峪のせいじゃないよ。これは私が選んだことだから」

「・・・だけど」

なおも言い募ろうとする九峪。

だが不意に、視界が黒に覆われた。

「案埜津?」

案埜津が手で九峪の目を覆ったのだ。そしてそのまま頬へとスライドさせていく。

包帯で巻かれた顔。それを触るたびに、案埜津の心は悲しくなっていく。

「今度は、私が九峪を守る・・・・・・守りたいの。他でもない、私の意志で」

九峪の顔を覗きこみながら、案埜津は言葉を紡ぐ。

九峪と初めて出会ったとき。必死に戦う九峪を、腰を抜かしたまま呆然と見ていた。

森の中で伊雅に会ったとき。自分は九峪の背に隠れることしか出来なかった。

九峪たちが宗像神社へ行ったとき。自分は涙を流すことしか出来ず、九峪は大怪我をして帰って来た。

そして今回の魔獣の襲撃。手負いの九峪を、自分は見送った。

そして九峪は、瀕死の重体に陥ったのだ。

案埜津はいつも、守られてばかりだった。そして九峪は戦うたびに、傷ついていった。

それが、案埜津は許せなかった。九峪が傷つくことも・・・・・・何もせずに、何も出来ずに守られるだけの自分も。

だから決めたのだ。戦うと。強くなって―――自分が、九峪を守ると。

それは間違いなく他でもない、案埜津の意思だった。

案埜津の決意に、九峪はもう何も言えない。

ここまでの決意を案埜津が抱いていたなど、思いもしなかった。

だがその原因は―――やはり自分にある。

自分が不甲斐ないばかりに、目の前の少女は戦うことを決意したのだ。

―――やはり、情けない。

そしてそれと同時に、嬉しく思う自分がいた。

ここまで自分のことを想ってくれる人がいる。それが、どうしようもなく嬉しかった。

だから。だからこそ。

「・・・俺も、強くならないとな」

九峪もこのとき、決意した。

―――戦場に立つこの少女を、守り通せるほどに強くなると。

「九峪は強いよ」

「いいや・・・・・・案埜津に心配かけさせるようじゃあ、まだまだだ」

苦笑しながら、九峪は言った。

そう、強くなどない。強いはずがない。

―――あの魔人の前で、蛇蝎の前で、自分は絶望した。

心で、力で既に負けていた。

あんな化け物どもに勝てる日が来るなど、永遠に来ないだろう。

それでも、案埜津を守り抜けるように。

(わりい、日魅子・・・・・・俺、そっちに戻れそうにねえわ)

今はもう時空の遙か彼方にいる幼馴染に向かって、九峪は心の中で頭を下げた。

日魅子が、怒ったような気がした。

「俺は・・・案埜津を守る。だから案埜津も、俺を守ってくれ」

九峪の言葉は、決意に溢れていた。

案埜津の決意を認めて、受け入れて、そして自身も決意して。

そしてここに、誓いを立てた。

「・・・うん。私が九峪を守る。だから・・・・・・私を守って、九峪」

少女もまた、誓いを立てた。

守られるだけの自分から脱するために。

大切な家族を、守るために。
























 「「一緒に、強くなろう」」