九洲炎舞 〜残された少女〜 (H:ゲーム+小説 M:日魅子・九峪 J:シリアス) |
- 日時: 05/06 11:06
- 著者: 甚平
人が恐怖する時、それはどんな時か。
それを明確に提示することは、ひどく難しいことだ。
拳を振り上げられたとき、確かに怖いだろう。
凶器を突きつけられたとき、これも怖いだろう。
では別の見方をしてみては。
例えば、お化け屋敷。ホラー映画。ミステリ小説。
あり得ないとわかっていても、人は恐怖を感じるものだ。
そんなことはないあり得ない―――でも、もし、振り向いたそのときに。
そう考えてしまう。
ではなぜ恐れる?悪霊に取り付かれたわけでもないのに、何故それらを『恐怖』と認識する?
答えは簡単だ。あり得ないからだ。
人間は、自己の持つ五感で知覚出来るものしか、現実として認めようとはしない。
しかし、『もしかしたら存在するかもしれない』と思わせるものや、その五感を持ってすら『認識できない何かに遭遇した』とき、それは人にとって正しく未知となる。
未知とは、即ちあり得ないこと。あり得ないこと、それは人間の常識を逸脱した事象。
だからこそ、それらに対する手段も講ずることが出来ず、それ以前に想像することすら出来ない。
見えないから、怖い。
知り得ないから、怯える。
どうすることも出来ないから―――恐怖する。
それは、人間の性。
体の、心の、人間を人間とする根源の奥底に眠る、それは時に『本能』と呼ばれる、人間の心理現象。
そして理性では如何ともし難い、圧倒的な強制力を帯びたソレに抗う術を。
その少女に求めることは、あまりに残酷なことかもしれない―――
九洲炎舞
〜残された少女〜
日常の日常たる所以は、変わらない生活が、日々続いていくことにある。
ある者にとっての日常は、朝起き、朝食を食べ、出勤し、働き、仕事が終われば同僚と酒を飲み、そして自宅に帰り眠ることかもしれない。
ある者にとっての日常は、学び舎でいつもと変わらない講義を受け、友と語らい、夜の街に繰り出すことかもしれない。
日々は常に同じく、変わることはない。変わらない日常は、人の常識になっていく。
だからこそ、人の常識(日常)で推し量れないことがあれば、それはあっと言う間に非日常へと姿を変える。
何とも簡単に、いとも容易く。
日魅子の世界は、そんな風に変わってしまった。
変わらない日常は、いつまでも続いていくからこその日常なのだ。
母親の声に起こされることも、階段を下りれば温かな朝食が食卓に並んでいるのも、身だしなみを整えて家を出ることも、手を振って幼馴染の少年に駆け寄るのも。
それは変わらないことだと、ずっと思っていた。
なのに。
あの日あの時あの瞬間に。
それらは唐突な終わりを迎えた。
空が茜色に染まるころ、日魅子はいつもの制服姿で、一人道路を歩いていた。
そこは都市部から少し離れた住宅地で、日魅子と九峪の自宅がある地区である。
時間的には五時と四、五十分と言ったところで、時たま子供たちが笑い声を上げながら日魅子の横を通り過ぎていく。
主婦たちの噂話も、駆けていく子供たちも、いつもなら気にならないそんな小さな日常が、しかし今の日魅子には煩わしいものでしかなかった。
本来日魅子は、そんな神経質な性格をしていない。寧ろ非常に図太い神経の持ち主でさえある。
それに日魅子は元気娘を地で行く少女だ、普通ならこのささやかな喧騒の中にも、日魅子の声が混ざっていてもおかしくは無いはずなのだ。
いや、それが普通なのだ。
何も喋らず、俯いたままでトボトボと歩く日魅子など、滅多に見られるものではない。
何か失敗して落ち込んでも、彼女は割りとすぐに立ち直るからだ。
引きずると言うことをほとんどしない。それは自身の前向きさと、彼女の幼馴染である九峪の力による所が大きかった。
九峪と日魅子の関係は、九峪言うところ『腐れ縁の幼馴染』である。
だが日魅子に言わせれば、『恋人』になるらしい。
第三者から見れば、二人の関係は大きく二分される。
『友達以上恋人未満の幼馴染』と『兄妹のような幼馴染』だ。
前者は、客観的にみた感想と、日魅子の九峪に向ける想いがすでに周知の事実となっているからなのだが、それを九峪に言うとやや慌てながら否定するものだから、友人たちは日々生暖かい目で二人を見守っていたりする。
後者は、これも客観的に見た感想だ。
日魅子という少女を表すに、非情に適した言葉がある。
『トラブル・メーカー』
祖父は時に『破壊の化身』とも呼ぶが、つまりそれだけ何かしらの問題を引き起こすのだ。
それも日常的に、神がかり的な頻度で。
日魅子が引き起こした問題は数多い、というか多すぎるほどだ。中には伝説級の逸話まであり、その舞台裏には常に九峪の走り回る姿がある。
早い話が、九峪の役目は日魅子の引き起こすトラブルの尻拭い・・もとい、後始末だ。
あっちへ行ったりこっちへ来たり、東走西走の果てに疲労困憊になり、授業中にいい感じに腐臭を放つ九峪は、もはや日常の光景となっていた。
そんな九峪に日魅子が申し訳なさそうに近づいていくのもいつも通りなら、そんな日魅子に何だかんだと言いながらも付き合い、
「次からは気をつけろよな、日魅子」
そう言って、結局はやれやれと言った風に苦笑する九峪も、またいつも通りの光景だった。
そんな事が続いていくと、九峪が日魅子の保護者的な立場になるのは、ある意味自然な流れであったかもしれない。
そして九峪の一言に、日魅子と九峪、二人の絆の深さも感じられる。
日魅子は意地っ張りな少女だが、同時に寂しがり屋でもある。和気藹々とした空間を好み、孤独を好まない。
そして九峪もまた、そんな日魅子に甘い部分があった。九峪にとって日魅子は妹分であり、どうしても甘くなるのだ。
それに級友には否定していても、九峪とて日魅子を嫌っているわけではない。むしろそれなりに好意を抱いてさえいる。
だから、つまりはそういうことだった。
日魅子の九峪へ抱く想いも、九峪の日魅子へ抱く想いも。
それらは未成熟であるが、だからこそ何より真っ直ぐであり、だからこそ深いものだった。
そう、過ぎる日々が、どうしようもなく当たり前の日常となり、日魅子の隣に九峪がいることも、普遍のものになることも―――
ふと気がついて、日魅子は俯けていた顔を上げた。
力のない瞳が映すのは、見慣れた、見飽きた自分の家だった。白い壁に、赤い屋根。ガレージには父の愛車が収められている。
変わらない家だ。変わるはずのない家だ。
ちらと、目を横に向けた。
その視線の先にあるのは、幼馴染である九峪の自宅。
今では無人となってしまった、変わってはいけない家だ。
「・・・・・・」
日魅子は、足を隣の家に向けた。
ゆっくりと歩を進め、なのにすぐに目的の場所まで来てしまった。
すぐ隣なのに、こんなに近いのに。
なのに。
日魅子は隣の家―――九峪の家のインターホンを押した。
扉越しにホンの鳴る小さな音が聞こえたが、それ以外は何も聞こえない。
期待したことは何も起きず、日魅子は僅かにため息を吐いて、踵を返した。
(・・・やっぱり、帰ってないよね・・・・・・)
心の中でそう思いながら。
バタン
家に入った日魅子は、冷蔵庫に入っているお茶を飲んで、そのまま自室に入った。
直後に手にしていた鞄を部屋の隅に放り投げた。
ブレザーを脱ぎタイを緩め、体をそのままベッドの上に放り出す。
最近の日魅子は疲れていた。学校では友人たちがみな心配している。
九峪が行方不明になって、もう半年が経った。つまり六ヶ月の間、九峪は行方不明のままなのだ。
最初は行方不明態度で冷やかしていた友人たちも、一月経つころにはざわめきだし、今となっては九峪の話を日魅子の前ですることは完全になくなった。
それでも気遣わしげにするのは、それだけ日魅子が落ち込んでいたからなのだろう。
これじゃいけない。
そう思った日魅子は、学校で再び元気に振舞うようになった。
友達とよく喋り、出かけ、なんら変わらない・・・九峪がいるころと変わらない生活を送るようになった。
それでも気づいた者はいただろう、それが空元気だということに。
日魅子もそれは自覚していたが、さりとてやめることなど出来るはずも無かった。
気づいていない者が要ることも理由だったが、それ以前に、そうでもして明るくしなければ、他ならぬ自分が押しつぶされそうだったのだ。
だから無理をしてでも、元気に振舞わなければならなかった。
だがそれも最近、疲れてきた。
心の喪失感は、とても大きかった。
どんなに明るく笑おうとも、その隣には常に九峪がいたのだ。
いつも九峪が、一緒に笑っていてくれたのだ。
それがいきなりなくなった。
九峪のいない生活が、こんなに辛いものだとは、思いもしなかった。
というよりも、九峪のいない生活を考えたことが無かった。
九峪が隣にいることは、当たり前だった。変わることなど考えなかったし、終わる事などなおさらだ。
有体に言って、日魅子は寂しかった。ずっと昔から、兄弟のように一緒に育った日魅子にとって、九峪は大事な家族であり、また恋人なのだ。
だからこそ、こんなにも辛い。
「・・・九峪の・・バカ」
帰ってこない男を想って、日魅子はゆっくりと瞳を閉じた。
「―――ぉぃ・・・おいってば!!」
「え?」
大きな声がして、日魅子は閉じていた目を開けた。
目を上げて、驚いた。
部屋にいたはずの自分だが、どういうわけか今いるところは商店街だった。
しかも自分の姿が、これまた何故か脱いだはずの制服ではないか。着る用事など無いのに、どうしてだろう。
などとつらつら考えていると、
「っ!?」
いきなり脳天に激痛が走った。
「った〜〜・・・もう!いきなりな・・・に・・・」
頭を抑えて呻いていた日魅子は、まなじりを吊り上げて顔を上げた。
いきなり殴るなんて、なんなわけ!?
そう思って、とりあえずぶん殴ろうと心に決めて、勢いよく顔を上げれば・・・
「や〜っと気がついたか、このお転婆は」
そんな男の声など耳に入っていないように、日魅子は目を見開いて、ただ男を見つめた。
そこにいた男を、日魅子は知っていた。いやと言うほどに知っている。
つい半年前にいなくなった男、自分の幼馴染で、恋人。
「・・・なんだよ。おい、本当に大丈夫か?」
少し心配そうにしながら、男が顔を覗き込んできた。
目の前まで男の顔が近づいて、そこでようやく日魅子は我を取り戻した。
「・・・九・・峪・・・?」
そこにいたのは。
「よう、日魅子」
紛れも無く。
「・・・・・・っ九峪!!」
「おわぁ!?」
感極まって、日魅子は九峪に抱きついた。
いきなり飛び込んできた日魅子に僅かによろめくも、なんとか踏みとどまる。
「九峪・・・九峪っ!!」
困惑している九峪を余所に、日魅子は涙を流しながら九峪の名を叫ぶ。
九峪が困惑しているのは、日魅子にもわかった。
だが、だからどうしたというのだ?
人をあれだけ心配させておいて。
なら、これくらいはいいだろう。
心の片隅でそんなことを思いながら、日魅子はなお九峪に抱きついている。
「あんた・・・今まで、どこ行ってたのよ!?私がどれだけ心配したか、わかってんの!?」
今度は、思い切り怒鳴りつける。
心配したのは本当であるし、それ以上に無事そうな九峪を見て、ふつふつと怒りがこみ上げてきたのだ。
怒髪天を突くと言う勢いの日魅子を前に、九峪は困った顔でポリポリと頬をかいている。
それがまた、日魅子を怒らせた。
「ちょっと聞いて―――!」
「まあまて日魅子」
「なによ!?」
いきなりストップをかけられて、日魅子は怒鳴った。
人が喋っているのを遮られては、怒りもするだろう。
しかも今の日魅子のテンションは、すでに頂点に達している。
だから、気づかなかった。
「あーっとな・・・周り、見ろよ」
九峪にそう言われて、日魅子は顔を横にずらして
「奥さん、あれあれ」
「若いっていいですねぇ」
「ままー、あのおねえちゃんたち、なにしてるのー?」
「大きくなればわかるわ」
「・・・ちょっ」
周囲が自分たちを遠巻きに見ていることに気づいて、日魅子は固まった。
そんな日魅子に九峪はまた困ったような顔をして、ふぅとため息を吐いて、日魅子に向かって言った。
「俺としては、そろそろここを離れたいんだけどよ・・・」
そう言った瞬間、日魅子の顔が真っ赤になった。
興奮しすぎて気づかなかった。まさか自分たちの今までのやり取り―――抱きついたところとか―――が見られていたなんて!
「は、早く言いなさいよっ!」
「それ以前に気づけよ」
げんなりした様子で言う九峪に、日魅子はまた何か言おうとして、周りに人がいることを思い出した。
「と、とにかく!どこかいきましょ!」
言って、日魅子は九峪の手を握って、小走りに走り出した。
それに素直に従う九峪。小さくため息を吐くのがわかった。
(ああもう、こいつはっ!)
そう思いながら、日魅子は走っていった。
「ほら、お茶」
ベンチに座っている日魅子は、九峪から缶のお茶を受け取って、それを飲んだ。
ここまで走ってきたから体は火照り、ちょうど冷たい飲み物が飲みたいと思っていたところだ。
体を冷やす感覚が、とても心地よい。
そんな日魅子に微笑みながら、九峪は隣に腰を下ろして、コーヒーを口に含む。
何故か複雑な顔をしたが、日魅子はあえて気にしなかった。
「・・・で?あんた今までどこに行ってたのよ?もう半年よ、半年!おじいちゃんや皆や・・・・・・私が、どれだけ心配したか・・・わかってんの?」
そう言う日魅子の言葉には、怒りを感じられる。だがそれと同じくらい、いやそれ以上に、嬉しさが含まれている。
一時は死んだなどと言われていたこともあるのだ。
だからこうして無事に戻ってきてくれたことは、掛け値なしに嬉しかった。
「・・・そう、だよな・・・・・・心配、したよな」
そういう九峪は、苦笑しながら日魅子を見て、次いで空を見上げた。
その九峪の横顔に、日魅子は違和感を覚えた。
だがそれが何かが、日魅子はわからなかった。
だがそんなことは今はいい、本当にそう思う。
「そうよ・・・心配、したんだから」
そう言って、日魅子はまた九峪に抱きつこうとして。
「え・・・?」
その直前に、九峪は立ち上がった。
明らかに故意としたタイミングで。
「九峪?」
日魅子は呆然と、九峪を見上げた。
九峪の真意はわからないが、日魅子は九峪に手を伸ばした。
それは九峪の服を掴むために伸ばしたのだが、またしても空を切ることとなった。
九峪が、半歩引いたからだ。
どういうつもりかはわからない。
唯一つわかることは、九峪が自分を何故か『避けている』ということだった。
それがわかったと同時に、日魅子の中に嫌な予感が広がっていった。
悲しそうな顔をした日魅子を、九峪も悲しそうに見つめ返す。
その表情は、何かを決意した者の顔だった。
そうして暫く見詰め合う。
そんな中で、最初に口を開いたのは、九峪だった。
「なぁ、日魅子。空って広いよな」
「え?」
九峪の言葉を、日魅子は理解できなかった。
この場では完璧に関係ない話だ。少なくとも日魅子にとっては。
だが九峪の話す顔は。
どこか悲しそうで。
どこか寂しそうで。
どこか暖かそうで。
どこか、心強くて。
そんな九峪の表情を、日魅子は見たこと無かった。
どこか、九峪に似ている誰かを見ているような、そんな錯覚がする。
「・・・っくた」
『九峪』と呼ぼうとして、声が出なかった。
喉が詰まる感覚。頬を一滴が流れていった。
そんな静かに涙を流す日魅子を見ながら、九峪は再び口を開く。
「空だけじゃないよな。海も大地も・・・きっとどこまでも繋がっていて・・・・・・何時までも、繋がっている」
その瞳は自分に向けられているのに、まるで自分を見ていない。
九峪の瞳は、別の何かを見つめている。
嫌な予感が、余計に膨らんでいく。
それでも、押し潰されてはいけないと、一心に思う。
ここで折れては、きっと二度と元には戻らない。
だから今、言わなければならない。
それが例え、どれほど弱弱しいものであったとしても。
「・・・いっちゃ、だめ・・・・・・九峪!!」
最後は、振り絞って叫んだ。
それが、今の日魅子に出来ることだから。
だが日魅子の言葉に、九峪は―――
悲しく、寂しく、微笑んだ。
「・・・悪い、日魅子。俺、そっちには行けない」
帰ってきた言葉は、無常な言葉。
聞きたくない、言葉。
「・・く・・・た・・に」
流れる涙を抑えることなど出来ない。
そして声を出すことさえ。
九峪の元に歩み寄ろうとして・・・驚愕した。
「・・・そんな」
目の前には、見慣れない男がいた。
年齢は二十歳半ば。知らない男だ。
だがとても、とても九峪に似ている男だった。
そしてその容姿も、また異様だった。
見たこともない服を着ている。形容するなら、大昔の服としか言いようがない、そんな服だ。
愕然としている日魅子に、九峪は苦笑した。
「・・・はは、驚いたろ、日魅子」
乾いた笑みだ。
だが、それで日魅子には、十分だった。
この、目の前にいる男は。
紛れもない。
「・・・九・峪」
九 峪 な の だ か ら
呼ばれて、九峪はそれでも日魅子から顔を離さなかった。
まるで、日魅子の姿を脳裏に焼き付けようとしているかのように。
「俺は、こんなに変わっちまった。だから、さ。・・・・・・日魅子、ごめんな?」
本当に申しわけなさそうに、九峪は言う。
「あいつら、まだまだ手がかかるんだ。俺一人でどうにかできるなんて思わないけど・・・・・・力に、なりたい。もう投げ出せないほどに・・・長く、過ごしちまったから。でも・・・」
そこで区切って、九峪は一呼吸おいて。
「空も、大地も、海も・・・どこまでだって繋がってんだからさ。だから」
その先は聞きたくない。
そう思っても、日魅子にはどうにも出来なかった。
まるで、自分が自分でないような、そんな気さえしてくる。
立っているのか、倒れているのか。
起きているのか、寝ているのか。
それすらも分からず、ただ九峪の声だけが聞こえてくる。
そして、九峪は最後の言葉を紡ぐ。
それは、紛れもない。
「じゃあな・・・日魅子。
いい男、見つけろよ?」
「―――っ!?」
日魅子は思い切り跳ね起きた。
肩を激しく上下させて、額からは汗が流れている。
シャツは汗を大量に吸って気持ち悪い。
「・・・ゆ・め・・?」
そう呟いて、日魅子は息を吐いた。
とても、嫌な夢だった。
とても、怖い夢だった。
見ていた夢は、鮮烈に思い出せる。
いっそ忘れてしまいたい、そんな夢。
まごうこと無き、悪夢だった。
「・・・いや、やだよぉ」
思い出して、日魅子は涙を流した。
さめざめと、さめざめと。
「会いたいよ・・・九峪」
少女の切な言葉は、静寂な部屋に解けていった。
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