九峪の女難――決断したとき―― 前編  (H:ゲーム・コミック・小説・オリジナル複合 M:ALL J:シリアス・ギャグ) 
日時: 01/05 04:25
著者: からくり

九峪の女難――決断したとき――

                    作者 からくり


耶牟原城を狗根国の手から取り戻し、今再び耶牟原城は耶麻台国の居城となった。狗根国
大王の息子の一人であり、九洲統治機関・征西都督府長官紫香楽を倒し、狗根国四天王を
倒し、上将軍二人を倒し、左道士総監を倒した。これは狗根国側にとっては大きな損失で
あり、人的被害はかなり大きい。狗根国本国の中枢機関を占める人材が散ってしまったの
だから。

その強大な狗根国の九洲方面軍を倒した耶麻台国軍は今勝利の宴を開いていた。二週間前、
征西都督府を制圧し、簡単な処理を済ませてからのことだった。宴には兵士にも酒と食料
が振舞われ、誰もが笑い楽しんでいた。九峪たちも例外ではない。

耶牟原城の大広間で復興軍の幹部による宴会が開かれていた。重然と愛宕が中央で踊り、
それを九峪たちが囲っているという感じだ。周りからは踊りへの拍手や喝采であふれてい
た。皆、喜色満面で酒と食料を食べている。あのいつもは冷静な亜衣も笑顔を見せている。
だれもが幸せそうだった。
長い間、狗根国軍と戦い傷つきながら戦ってきたのは今このときのためだったのかもしれ
ないと九峪は思った。元々は戦いになど参加したくは無かった。しぶしぶでの参加だった
のだ。キョウにこの世界に呼ばれ、強引に神の遣いを名乗らされた。そして、復興軍の頭
として指揮をとり数多の激戦をくぐってきた。まぁ、最初は嫌々だったが、だんだん楽し
くなってきて、結局ここにいる仲間は自分にとってかけがえのない人になった。

「九峪様、どうしたのですか?」

九峪の右隣に居る星華がしゃべりかけてきた。

「いや、ちょっと考え事をな。今までのことを思い出してたんだ」

そう返すと、星華は穏やかな表情になった。そして、九峪に言葉を返してくる。

「そうですか。私も昔のことは思い出します。どのようなことを思い出されていたのです
か?」

「ん、そうだな……この世界にきたときのこととか。あと、復興軍がこんなに大所帯じゃ
なかったころのこととか。昔は今と違って兵も弱かったし、食料も装備も全然無かったか
らな、当然だけど。俺たちってかなり強くなったんだなぁ、って思う」

「えぇ、そうですね。あのころは本当に手探り状態でしたからね、何もかもが」

九峪は手元にある酒をちびちび飲みながら言葉を返した。その言葉には望郷の思いのよう
なものが込められているかのように感じられた。

「あぁ。俺もあの頃は狗根国を倒すだなんて本当に出来るか自信なかったもんなぁ。それ
が、今は耶牟原城で宴会開いてんだから、すげぇもんだと思うよ」

「……いまの復興軍があるのは、九峪様のおかげですよ」

急に星華がそんなことを言い出した。その言葉を聞いた九峪は恥ずかしそうに顔を赤らめ
た。

「や、やめてくれよ。今の復興軍があるのは俺の力じゃない。今ここにいる人間、集まっ
てくれた兵士、助けてくれた農民がいるからこそだろ」

「確かにみんなの力が集まったのだと思います。ですが、それをしたのは九峪様なのです。
九峪様の下に集まり、九峪様の下で働き、そして、九峪様の力で皆を纏め上げたのです」

照れながらいう九峪に対して、星華は熱弁する。すると、九峪の左隣に座っている志野が
会話に入ってきた。

「私もそう思います。九峪様に私は救われました。復讐に心を奪われていた私の心を九峪
様は救ってくださいました。確かに志都呂さんの仇はとれました。ですが、私の心には何
も残ってはいませんでした。そんな私を九峪様は救ってくださったのです。だから、私は
九峪様に付いていくことに決めたのです」

「し、志野まで……。お、俺ちょっと酔ったみたいだから夜風にあたってくるわ」

更に赤くなった顔を隠しながら、九峪はそそくさと廊下のほうに駆けていく。九峪はこの
手の言葉に弱かった。別に、お世辞に弱いというわけではない。星華と志野は本気の目だ
った。本気で自分はそういう人間なのだと思っているのだ。だから、照れる。自分はそん
な人間ではないというのに。

頬を冷たい夜風が撫でていく。夜風は気持ちよかった。二人から逃げるために夜風に当た
ってくるなどと言ったが、どうやら酒も結構回っていたようでちょうど良かったようだ。
大広間からは笑い声が聞こえている。まだまだ宴会は終わりそうに無いようだ。九峪とし
てもまだ飲み足りないので嬉しいが。
と、胸ポケットが妙に震えていた。天魔鏡をいれているポケットだ。震えている天魔鏡を
取り出し、胸の前に出した。すると、振動が収まり天魔鏡からキョウが飛び出してきた。

「ぷっふぁ〜、やっと出てこられた」

キョウは外に出てくると、大きく息を吸った。しばらく深呼吸すると九峪をキッと睨んで
きた。

「九峪ぃ〜、ひどいじゃないか。胸ポケットなんかにつっこんで。そのせいで、オイラも
のすごく苦しかったんだからね」

「ん、悪い悪い。だけど、しゃーねぇだろ。いま、宴会してたんだから」

「だったらオイラを出してよね。出して宴会すればよかったじゃないか。これでもオイラ
耶麻台国の神器、天魔鏡の精なんだからね」

キョウのその言葉に九峪はポリポリと頭をかき、

「んなことわかってるよ、役立たずのキョウくんだろ」

笑いながら、キョウの額にデコピンをくらわした。デコピンをくらったキョウは目に涙を
浮かべて宙に浮いている。

「痛いじゃないか、九峪〜。もうっ、なにすんだよう〜」

そんなキョウを見ながら九峪は笑っている。

「お前はあんまり役に立たなかったからな。その罰だ」

「なに言ってんだよぅ、オイラたくさん働いたよ。耶麻台国復興のために日夜身を削る思
いで働いたよ」

九峪は、はいはいとでもいいたげな顔でうなずいた。もちろん九峪の言葉は冗談である。
九峪とてキョウの働きは知っている。本当ならば、自分はここにいるべき人間ではない。
キョウが呼ぼうとした人は自分の腐れ縁の幼馴染である日魅子なのだから。彼女が真に呼
ばれるべき人間だったのだ。だが、あの日、キョウに呼ばれていた彼女の手から討魔の鈴
を強引に奪ったことで自分がここにいる。その間違って呼ばれた人間が耶麻台国を復興さ
せてしまったというのも変な話だと九峪は思った。

「さて、酔いも醒めてきたでしょ。そろそろ、みんなのところへ帰ろうよ」

「……あぁ……」

キョウはそう話しかけてきた。もう、酔いは醒めてしまったのでその提案には同意だ。だ
が、九峪にはキョウに話さなければならないことがあった。

「……キョウ……」

九峪は自分の前方をふよふよ浮きながら大広間へとむかうキョウに声を掛けた。言わなけ
ればならない重要なことがあったから。

「んんー、なに?」

キョウは振り向いた。何も考えていなさそうな顔で。その顔を見て九峪は用件を言おうか
言わまいか悩んだ。今から自分が言おうとしていることは確実にキョウを動揺させると分
かっていたから。だから、言いづらかった。だけど、これは言わなければならないこと。
どんなに先延ばしにしても、絶対に後から付いてくるのだ。言うしかないのだ。

「……キョウ、俺は――――」

そこで思いっきり息を吸った。そうしないと言えない気がしたから。

「――――いつ、現代に還れる」

時が止まった気がした。キョウの顔は困惑していた。こんなことを聞かされれば誰だって
困惑すると思う。たぶん、このことを他の奴らにも話したとしたら同じ反応が返ってくる
だろう。

「……え、え、え……何、何言ってんの?……何言ってんの? 九峪。は、はは……なに新しい冗談? だめだなー、九峪。ぜんぜんつまんないよ、九峪とあろうものがスベっちゃったね」

「……キョウ、俺は本気だ。俺は――――現代に還る」

キョウも九峪の声で分かったのだろう。九峪が本気で言っていると言うことを。

「なっ、なななななんでっ?」

「……最初から、そういう約束だったはずだぞ、キョウ。約束したはずだ――――耶麻台
国を復興させ、火魅子を立て、時の御柱を起動させる――――と」

キョウの狼狽振りを見ている俺は冷静になっていく。自分以上に慌てている人を見ると逆
に冷静になっていくというものらしい人間は。

「そ、それはそうだけど……だ、だってだって……今、九峪がいなくなったらみんな悲し
むよ、オイラだって……折角ここまでやってきたんじゃないか! みんなで! みんな、仲間でしょ! 九峪にとって大事な人たちなんでしょ!……前にオイラに話してくれたじゃないか……なんでだよぅ……」

キョウは最初口調を荒くして話していたが、だんだんと泣きそうになりながら必死に言葉
を紡いでいる。

「……それは……あいつらは俺にとってかけがえの無い存在だ。それは絶対に変わらない。
今の俺がいるのも、耶麻台国を復興できたのも、みんな仲間に支えられてきたから出来た
ことだと思う。……だけど、あっちには日魅子がいるんだ。あいつは、短気で意地っ張り
で泣き虫で……きっと俺がいなくなったことで泣いている。そういう奴なんだ、あいつは。
俺はあいつを泣かせたくない。……だから、この世界にはいられない」

「そ、そんな……九峪は悲しくないの? 寂しくないの? みんながいないあっちの世界に還っても」

キョウの言葉に九峪は思わずかっとなった。怒り心頭という風に次々とキョウに言葉を叩
きつける。

「そんなわけないだろっ! 俺だってみんなと別れるのは悲しいし、寂しいに決まってんだろ! 今まで一緒に戦ってきた仲間なんだぞっ! みんな俺にとって大事な人なんだよ!」

「だったら、還らなければいいじゃないかっ! あっちの世界にはみんないないんだから、
こっちの世界で暮らしたほうが絶対いいよ! オイラたちみんなそれを望んでいる!」

激昂した九峪に対してキョウも言葉を返してくる。その言葉には切実な思いが込められて
いた。九峪に還って欲しくないという思いが。

「……悪い、怒鳴ったりして。わかってる、わかってるんだ……お前もみんなも俺が還っ
たりしたら悲しむってのは。だけど……すまん」

そう言うと九峪は自分の部屋へと歩いていく。と、振り返らずに

「……悪いがもう楽しめる気分じゃない。俺は酔いが回って部屋で寝たって言っておいて
くれ」

九峪は足取り重く廊下を歩いて行った。キョウは歩く九峪の背中を見つめていた。その目
は悲しげで、とても寂しそうに見えた。


昨日の夜、キョウと話した後俺はすぐ寝た。やはり、気分が悪い。肉体的なものではなく、
精神的なものだ。決めたといえ俺はこの世界に未練がある。あっちの世界では味わえない
経験、こちらの世界で出会った仲間。それは俺にとって大事なものだ。それを捨ててまで
現代に還るのだから。昨日のキョウの言葉が心に残っている。『ボクたちみんなそれを望ん
でいる』……か。俺は還らないほうがいいんだろうか……わからない。いや、俺は還らな
ければならないんだ。日魅子のために。


キョウと話した翌日、九峪は昨日と同じ面子を大広間に再び呼び出した。二日酔いなのか
頭を抑えている者、眠そうにあくびをかいている者、真面目に正座している者などさまざ
まな者がいる。が、九峪が大広間に入ってくるとその雰囲気は霧散し、皆精悍な顔になる。
静粛な空気の中、九峪は上座に立つ。その両隣には火魅子である藤那と参謀の亜衣、乱波
の清瑞と真姉胡がひかえている。上座に立つ九峪は復興軍の総大将の威厳を持っており、戦争が始まった当初とはくらべものにならないほど成長している。その空気の中、九峪は口を開いた。

「みんな、集まってくれてありがとう。今日みんなを集めたのは重要な話があったからな
んだ。これから話す話は俺にとってもみんなにとっても大事な話になると思う。驚かない
で聞いて欲しい」

そこで九峪は息を吸った。昨日キョウに話したときと同じように。

「……俺は――――元の世界に還ろうと思う」

その時、ここに居る人間の時間は確実に止まった。誰もが動かない、いや、動けないのだ。
『今九峪様は何を言った?自分の聞き間違いか?』それがここにいる人間の思いだろう。

「く、九峪様……今、なんとおっしゃりました?」

最初に動いたのは、参謀の亜衣だった。さしもの彼女でも頭が止まってしまったようだ。

「もう一度言う、俺は元の世界に還ろうと思う」

たんたんと何の感情も込めず九峪はもういちど繰り返す。ここにいる人間にとっては爆弾
発言を。

亜衣が、

「なっ、なっ、なっ、なぜですかっ!? 九峪様っ!?」

伊雅が、

「なななななな、なにをおっしゃっているのです!? 九峪様っ!?」

藤那が、

「ふむ、やはりそういうつもりだったのか。お前は」

他の人もそれぞれ動揺している。当たり前だろう、仲間として今までともに過ごしてきた
人間がいきなり元の世界に還るというのだから。例外として、藤那だけは冷静だったが。
その時、上座に立っていた九峪が言葉を発した。

「みんな、静かにしてくれ!」

ピタッと喧騒が静まり、九峪の方に顔を向ける。総大将としての能力が発揮しているよう
だ。続けて、話す。

「……ごめん、いきなりこんなことを話したのはまずかったな。理由を話すよ。……俺は
元いた世界に子供の頃からの付き合いの幼馴染がいたんだ。俺がこっちに来たことで、た
ぶんあいつは泣いてる。強がっているけど内面は弱いから、あいつは。俺はあいつを泣か
せたくない。だから……俺は元の世界に還ろうと思う」

九峪が話を終えたとき、話す者は誰もいなかった。皆、九峪が元々こちらの世界の住人で
はないことは知っている。神の世界からきた神の遣いなのだ。だから、耶麻台国を復興さ
せた今九峪が神の世界に還ってしまうことは不思議なことではない。が、どこかで思って
いたのだ。九峪は神の世界になど還らず、この世界に残ってくれると。しかし、今九峪の
口から出てきた言葉は自分たちの思いを裏切るものだった。もちろん、元の世界になど還
って欲しくは無い。だが、九峪の言葉は真剣だった。その言葉の思いが反論を出来なくさ
せていた。

誰もしゃべらず、沈黙が流れていく。すると、重苦しい雰囲気に耐えられなくなったのか
九峪が再び言葉を発する。

「……儀式は出来るだけ早く行おうと思う。儀式の準備は一週間以内に終わらせるつもり
だ。あと、いろいろすることがあるからその期間俺の部屋には立ち入らないでくれ。清瑞
も真姉胡も俺の警護は必要ないから。用件はそれだけ。後は各自解散」

『……………………』

九峪はそれだけ言うと皆のことも見ずにすたすたと廊下へ向かって歩く。幹部たちは無言
で九峪を見つめていた。


自分の部屋に戻った九峪は朝起きてからそのままにしていた布団にうつぶせに倒れこむ。ボフッという音がした。しばらくそのままの状態でいたが、ぐるりと体を回して仰向けにする。大きく息を吸い込んで、ふぅと吐き出す。

(あいつらやっぱり驚いていたな。まぁ、当たり前か。……あいつらの目が悲しそうに見
えたのは俺の……所為だよな、やっぱ。くそっ、悲しい顔させんのは嫌なのに、寂しい顔
させんのは嫌なのに……俺はあいつらの喜ぶ顔が好きなのに。俺が……その俺があいつら
を悲しくさせているだなんて皮肉なもんだな……)

さきほどの大広間での出来事が頭をよぎる。やはり、自分が思っていたような反応が返っ
てきた。悲しい目をしていた皆、中には目に涙をためている者さえいた。九峪は皆の顔を
出来るだけ見ないようにしていた。見てしまうと決心が鈍ってしまう、そう考えたからだ。
胸が痛かった。自分の所為でみんなを悲しませている、そのことが九峪にとって苦痛だっ
た。胸の痛みから逃げるかのように布団に入り、目を瞑る。すぐに睡魔はやってきた。昨
日の夜はいろいろなことを考えていたのであまり眠れなかったのだ。


夜になって九峪は目を覚ました。立ち上がり、廊下に出て空を見上げる。辺りはもう暗い。
太陽は身を潜め、月が地上を照らしている。廊下には兵士が一人立っていた。鎧は着けて
いるが、兜はしていない。歳は自分と同じくらいかやや下といったところか、顔立ちは幼
い。眠いのか、ふらふらしながらかろうじて立っているという感じだ。

「おーい、こんなところで寝てんな。風邪引いちまうぞ」

九峪はその寝ている兵士に近づいて声を掛けた。辺りはまだ肌寒い、外で寝たりしたら体
調を崩すだろう。

「……ん……ん、んんん……交代の時間ですかぁ、せんぱ…………い…………」

兵士は九峪の顔を見ると見事に硬直した。当然の反応といえた。九峪は九洲においては狗
根国からこの地を取り戻した英雄なのだ。その英雄が起きたら自分の目の前にいた、なん
てこと瞬時に理解することなど出来ないだろう。

九峪は兵士の顔の前で二、三度手を振って見たが何の反応も無かった。そのままで三分ほ
ど時間が経過した。九峪がそろそろ正気に戻そうかと考えたとき、兵士が動いた。

「くっくっくっくっ、くくくくくく九峪様!? えっ、あっ、うぇっ、なななな何で!?」

兵士は混乱して呂律が回っていないようだった。左右とうろつき、おろおろと動き回るば
かり。九峪は兵士に近づき、腰に差してある七支刀の鞘で頭を叩いた。ゴンッという音が
響く。兵士はその一撃で頭を抑えてうずくまった。

「いいから、少し落ち着け。話はそれからだ」

「う、うぅ……痛い……はい、分かりました九峪様……」

頭を抑えながら涙ぐむ兵士。そんな兵士を見つつ傍に立っていた九峪は兵士へ声を掛ける。

「ほら、立てって。夜中だし廊下で話すのもなんだからな、場所を移して話そうぜ」

そう言って九峪は目的地へと歩いていく。なにがなんだか分からないが九峪の背を見なが
ら兵士はついていく。


「……ここは? すごい、なんて大きいんだ。それにいろいろある……」

「ここはな俺も見つけたばっかりのとこなんだが、狗根国の奴らが国中のありとあらゆる
花を集めて作った植物園みたいなんだ」

口を開きキョロキョロと辺りを見回している兵士を見ながら、九峪は適当なところに座っ
た。それを見た兵士は周囲を見回すのをやめ、九峪の側に直立不動で立つ。

「ほら、お前も座れよ」

と言って、九峪は自分の隣をポンポンと叩いた。

「えっ!? そんな、九峪様の隣に座るなんて……そんな恐れ多いこと出来ません」

兵士は驚き、首を思いっきり振って拒否を示す。兵士の反応を見た九峪は不満顔だ。この
ような反応は九峪にとっては何度も体験したことがある。だが、九峪は自分が特別視され
ることが好きではなかった。神の遣いという立場上仕方の無いことだとはわかってはいた
が。

「いいから座れって。立ったままじゃ話しにくいだろ」

「ですが……」

なおも座らない兵士に対して九峪は強引な行動に出る。兵士の両肩を掴み、力任せに座ら
せる。兵士は九峪よりも小柄だったので思いのほか楽に出来た。そして、自分も再び横に
座る。

「俺がいいって言ってんだから、んなこと気にすんな。んじゃ、とりあえず聞くけど名前
は?」

「は、はい。蓮といいます」

九峪の強気な態度に押されながらも兵士――蓮――は自分の名前を告げる。

「そっか、蓮だな。蓮って呼ぶな」

そう言って九峪は笑った。いつも九峪が自分たちに見せてくれる人懐っこい笑みを。立て
続けに九峪は質問をしてくる。

「蓮、なんであんなところにいたんだ? 俺の部屋にはしばらく近寄らないでいいっていう連絡が行ってるはずだけど」

九峪の質問に蓮は黙ってしまった。顔を伏せてちらちらと九峪を見ている。

「……えっと、その……九峪様になにかあったら大変だから……警護していました……」

「警護? 連絡は行っていたのか?」

「はい、連絡はちゃんと来ていました。だけど、もし狗根国の暗殺者とかが来たら大変だ
から部隊内で自主的に警護しようっていう話が出て……すみませんでした」

そう言って蓮は九峪に向かって頭を下げた。

「何、謝ってんだよ」

対して九峪は謝られたことに疑問を感じているようだった。不思議そうな顔で蓮を見つめ
る。顔を上げた蓮はおずおずと口を開く。

「……怒ってないんですか? 僕たちは命令無視して勝手な行動をとっていたのに」

蓮の不思議そうな顔を見つめながら、九峪はふっと笑って蓮の髪を撫で回した。

「別に怒ってなんかねぇよ。確かに命令違反は軍隊ではやっちゃいけないことだけどな、
お前らは俺のことを考えて行動したわけだろ、その行動を咎める気にはならねぇよ。俺の
ことを思ってやってくれたことを咎めるのも嫌だしな」

「……九峪様……」

言い終わってからはずかしいのか頬を少し赤く染め、九峪は頭を掻いている。そんな九峪
を蓮はじっと見つめている。その目は潤んでいる。

「……九峪様、僕、僕……九峪様と一緒に戦えて幸せでした。九峪様と耶麻台国を復興で
きたことは僕の誇りです。これからの人生でも絶対絶対絶対忘れません」

「そっか、ありがとな。俺はもうすぐ元の世界に還るからな、覚えていてくれるのは嬉し
いよ」

「……還っちゃうんですよね……」

蓮の顔は一転暗くなった。さっきまでの元気はどこにいったのか。九峪の『元の世界に還
る』という言葉が効いたようだ。兵士たちの間にも九峪が神の世界に還るという噂が流れ
ていた。人の噂というものはあっというまに流れる。しかも、その噂が神の遣い・九峪の
ことだとすれば尚更だ。九峪もそのような噂が流れていることは承知していた。

「そんな顔すんな。……よしっ、今日はおもいっきり話し合おうぜ。俺の世界のこととか、
蓮のこととか、いろいろ。俺はいなくなっちまうけどな、おまえは俺のことを覚えていて
くれよ。俺も蓮のこと忘れないようにしとくから。そのためにも、たくさん喋って記憶に
焼き付けよう」

「は、はいっ! 記憶に焼き付けときます」

「よし、その意気だぞ。そうだな、何から話すか……俺にはな日魅子っていう幼馴染がい
ていな」

その後二人はさまざまなことを話し合った。家族のこと、村のこと、自分のこと。九峪は
元の世界にいる日魅子のことや幹部たちのことを話した。蓮は家族のこと、自分がなぜ復
興軍に参加したことなどを話した。いつのまにか日は昇っていて朝になっていたがかまわ
ず喋り続けた。その後、九峪がいないということで耶牟原城内を探し回っていた清瑞によ
って熟睡している九峪と蓮の姿が見つかったとか。