九峪の女難――決断したとき―― 後編  (H:ゲーム・コミック・小説・オリジナル複合 M:ALL J:シリアス・ギャグ)
日時: 01/05 04:36
著者: からくり

九峪が蓮と話していて朝が明けてしまった事件から数日経った。今日は九峪にとって重要
な日だった。いよいよ時の御柱を開く準備が整ったのだ。

九峪は自室にいた。傍らには天魔鏡の精・キョウもいる。すでに還るための用意も出来て
いる。もとより、着の身着のまま何も持たないでこちらの世界に来たのだから持ち物は無
い。あるとすれば、今着ている制服だろうか。そんなことを考えながら九峪はキョウを見
た。相変わらず変な姿でふよふよと浮いている。あの夜からキョウとは何も話していない。
自分から話しかけようとも思ったがやめた。今話しても別れがつらくなるだけだ。それに
キョウも自分自身で決着を付けているだろう。

「そろそろ行こうか? 九峪」

「そうだな、行くか」

そう話し合ってから九峪たちはみんなが待っている場所へと向かった。その途中、キョウ
が九峪に話しかけた。

「ねぇ、九峪」

「ん、なんだ?」

キョウの言葉に立ち止まり、振り返る。

「九峪は楽しかった? この世界に来て良かった? それが聞きたいんだ」

「ばーか、何変な質問してんだよ。そりゃ、こっちの世界に呼ばれて苦労はあったよ。気
がついたら森の中でいきなし耶麻台国を復興させろなんて言われてさ、その後戦争をする
ことになって何回も死にかけたし、ほんとものすごい苦労したぜ。だけどな、みんなに会
えた。あいつらと話して、笑って、酒飲んで……それがすごく楽しかった。だから、俺は
この世界に来て良かったと思ってるぜ」

「……そっか、九峪のその言葉が聞けてオイラ嬉しいよ。元々はオイラが間違って呼んじ
ゃったから、後悔しているのかと思ってた。ごめんね、変なこと聞いちゃって。さ、行こ
うか」

九峪の横をキョウは通り抜けてゆく。

「キョウ、ありがとな。今までやってこられたのはお前の力があったからだ。感謝してる
よ」

「な、何言ってんのさ。九峪らしくないなぁ」

「俺もそう思う。そして――――サヨナラだ――――」

その『さよなら』の意味を理解したとき、キョウの心は悲しみで満たされた。別に変わっ
た意味は無い。意味は至ってシンプル。そう、シンプルなのだ。別れるときに使う挨拶、
それが『さよなら』。それは九峪とこの世界の別れを意味していた。

「く、九峪……九峪ぃ、九峪ぃ……うぅ、ぐす、九峪ぃ」

キョウは九峪に顔を涙で濡らして抱き付いていた。制服にしわが付くぐらいぎゅっと強く。
九峪は何もしなかった。いや、何も出来なかったのだ。キョウを悲しませているのは自分
なのだ。だから、動けなかった。

「……みんなが待ってる。行こうぜ」

「……ぐしゅ、ぐしゅ、うん……わかったよ……」

鼻水をすすりながら、キョウはうなずいた。キョウは九峪の肩に乗り、それを見てから九
峪は歩いていった。


目的地にはすごい数の人がいた。ここには復興軍の全ての人間がいるのだ。その数はおよ
そ二万。全て九峪を見送るためにいるのだ。狗根国から九洲を取り戻し、耶麻台国を復興
させた英雄・九峪を。

九峪が歩いている両側を武装した兵士が取り囲み、正面には幹部たちがいた。

『耶麻台国、万歳!九峪様、万歳!』

兵士たちの間からは九峪を褒め称える言葉が叫ばれている。その怒号の中、九峪は颯爽と
歩いていく。キョウはまだ泣いているのか、鼻水をすする音がまだ聞こえる。しばらく歩
くと幹部たちのところに着いた。幹部たちも兵士たちと同じ様に左右に分かれ、九峪の直
線上には火魅子である藤那がいる。

「おつかれさん。さっそくだけど、儀式を始めようか」

その言葉を聞いて幹部たちが悲壮な顔をするが、九峪はわざと気がつかないようにした。
気がついてしまうと辛いから。九峪は藤那のやや後ろまで歩いた。藤那とすれ違うとき、
藤那の目が悲しそうに見えたのは気のせいか。首をぶんぶんと振ってその考えを打ち消し
た。

「よし、儀式を始めよう。キョウ、離れろ。藤那、頼む」

九峪の肩に乗っていたキョウは幹部たちのほうへ飛んでいった。藤那は印を組んで、呪文
を唱え始める。すると、九峪の前の空間がだんだんと歪み始めた。歪みの中心に白い円が
でき、白い円が徐々に大きくなり始めている。白い円は吸収するかのように歪みよりも大
きくなり、ついには巨大な門の形になった。巨大な白い門、それが時の御柱だと気づくの
に時間はいらなかった。

「……これが、時の御柱か……」

心の呟きが無意識のうちに口に出ていた。意識せずにこの後のことを思い言葉となってし
まったのかもしれない。自分がこの門を通り元の世界に還るということを。九峪が時の御
柱を見ているとキョウが遠くから大声で話しかけてきた。

「九峪! 時の御柱はあんまり長い間は存在していられないんだ!……だから、早くしないといけない……それから、今までありがとう九峪! 九峪がいなくてもきちんとやっていくから九峪は安心して還って!」

キョウは泣きそうになりながらもそのことを伝えた。目は涙眼だし、鼻からは鼻水が溢れ
出ている。だが、九峪とはこれでもう会えないのだ。どんなにみっともなくても自分の気
持ちを九峪にぶつけなくては後悔してしまう。キョウはそう思った。兵士達からはさきほ
どの声がまた出ている。

キョウと兵士達の声を背中越しに聴きながら、九峪は徐々にだが小さくなっている時の御
柱を無心に見ていた。あまりにも大きな時の御柱だが確実に少しずつ少しずつにだけれど
小さくなっている。大して速いスピードではない。だが、九峪には恐ろしく早く感じられ
た。

九峪の頭の中には今までのことが思い出されていた。日魅子と姫島教授の待つ耶牟原遺跡
に行って、日魅子の代わりにこの世界に来てしまったこと。鬱蒼と茂った森の中でみょう
ちくりんな天魔鏡の精・キョウに耶麻台国を復興させろと言われたこと。神社で亜衣、夷
緒、羽江、宗像三姉妹と伊万里、上乃、仁清の山人三人組と伊雅、清瑞の乱波組との共闘。
初めての戦で足が震えたこと。兵士の墓を作り、墓参りをしたこと。家族を亡くしたとい
う親子に泣きながら縋られたこと。初めて人を殺したときのこと。数多の激戦。


そして――――多くの仲間に出会ったこと。

伊万里。志野。星華。藤那。香蘭。只深。清瑞。天目。亜衣。夷緒。羽江。上乃。音羽。
織部。愛宕。珠洲。紅玉さん。伊雅。閑谷。重然。忌瀬。兎華乃。兎奈美。兎音。寝太郎。
虎桃。案埜津。伊部。永閃。永楽。遠州。仁清。嵩虎。土岐。砥部。真姉胡。魅土。

みんな――――ありがとう。


いつの間にか時の御柱はかなり小さくなっていた。大体1メートルほどの門になってしま
っていた。もう少しで九峪が入れるのも限界な大きさになる。だが、九峪は動く気配がな
い。周りは驚くほど静かで誰も喋らない。だれもが九峪を見つめている。ただ荘厳な空気
だけがこの場所を支配していた。


俺は――本当に還っていいのか?何もせず、ただ戦だけしてそれで勝って復興したからお
しまい、……それでいいのか?未来のことは?何も考えないのか?将来、この国にはまた
狗根国が攻め込んでくるかもしれない。いや、攻め込んでくるだろう。狗根国本国はまだ
滅んじゃいないんだ。俺達が取り戻したのは九洲だけだ。狗根国の脅威はまだ去っちゃ居
ない。また耶麻台国は滅んでしまうかもしれない。そして、また戦争が起こり、民が泣き、
土地が荒れるのか。そんなことはさせたくない。また人が死ぬ。誰かが悲しむのは嫌なん
だよ。仲間も……国も……みんな悲しませたくない。それに、俺にはここを安心して住め
るようなところにしないといけないんじゃないか?戦争を起こしたのは俺達だし……その
責任が俺達にはあるんだ。仲間にだけその苦労をさせるってのも嫌だしな。俺がここに残
れば解決できる。そうなんだよ。……でも、日魅子は?元々あいつの元に還りたくて俺は
がんばったんだろ?それでも……いいのか?


その時九峪の頭に蓮との会話がよぎった。蓮は本当に嬉しそうだった。国が復興して、家
族とともにまた住めることになって、軍に参加できて。九峪はそのときの蓮の心は幸せで
いっぱいだと分かった。蓮だけではない。今までかかわってきた兵士、農民、全ての人間
との関わり、会話、顔を思い出した。


なんだ、そうか。俺は……本当に――――


時の御柱はもうかなり小さい。縦は九峪の背丈ほど、横も九峪の横幅ぐらいだろう。これ
がもう限界だろう。この機会を逃すともう後はない。だが、九峪に動く気配はやはりない。
周囲は動かない九峪に注目している。この時間がずっと続くかのように感じられたその時、
九峪が動いた。ズボンのポケットから討魔の鈴を取り出し、手に握った。

「ごめんな、日魅子。ほんとにごめん。謝ったって許してくれないだろうけど、心の底か
ら謝る。俺は……そっちの世界には還れねえ。俺は……本当に――こっちの世界が好きに
なっちまった。土地も、人も、国も全部。それに俺にはこの国を平和にする義務がある。
俺のせいで数え切れないほどの人間が死んだ。俺を信じてだ。こんな俺が狗根国を倒して
耶麻台国を復興させてこの九洲を平和にしてくれるってよ。結婚したばっかりの奴、子供
が生まれたって喜んでた奴、好きな子に告白したって奴……いろんな奴がいたよ。あいつ
らの想いを無駄にしないためにも俺は死んじまったやつらの希望を叶えなんなきゃなんね
え。だから、さよならだ」

時の御柱はもう縦横5センチくらいの小ささになっている。その5センチ目掛けて九峪は
下から討魔の鈴を放り投げた。

「サヨナラ――――日魅子」

討魔の鈴は見事に時の御柱の中に入り、それとほぼ同時に時の御柱は点となり消滅した。
しばらく時の御柱があったところを見ていた九峪だったが、

「く、九峪ぃぃぃ!」

の声で後ろを振り向いた。振り向いた九峪が見たものは幹部達のさまざまな顔だった。驚
いている顔、信じられないといいたげな顔、泣きそうな顔、実際泣いている顔もある。実
にさまざまだ。言葉も出ないのか、呆然としている。

「こんな派手にやってもらったけど還らないことになっちまった。悪ぃ。またよろしくな、
みんな」

そう言って幹部達に向かって手を上げ歩いていく。すると、九峪に向かって幹部達が走っ
てくる。それもかなりの速さでだ。全員が今なら陸上の世界記録を塗り替えられんばかり
のスピードだ。その中でも先頭に立って走っているのがキョウだ。キョウの場合、走って
いないが。全員が走ってくるというあまりの迫力に歩みを止めていた九峪の元にキョウは
一番早く着き、その胸に抱きついた。

「九峪ぃぃぃぃ!? なんで!? いいの!? もう元の世界には一生還れなくなっちゃったんだよ!? 討魔の鈴も時の御柱に入れちゃうし!?」

「ああ、いいんだよ。俺はもうあっちの世界には還らないって決めたんだからな。こっち
の世界で生きる。理由は聞くな、恥ずかしいから」

「う、うん。わかった、九峪がそういうんなら聞かないけど。とりあえず、よかった。九
峪とまた一緒に暮らせるんだね! 九峪ぃぃぃ――――でべろっぱ!?」

九峪に再び抱き着こうとしたキョウをいつのまにか来ていた兎華乃が掴む。そして、ポイ
ッと後ろに放り投げた。ポイッといっても魔人の力、ものすごい勢いで吹っ飛んでいく。
周りを見渡して見るといつのまにか幹部達が取り囲んでいる。九峪に近い中央部分は女性
陣が、その周りを男性陣が、といった感じだ。自分が吹っ飛ばしたキョウには目もくれず
正面にいる魔兎族三姉妹は話しかけてきた。

「九峪さん、時の御柱に入らなかったということはもうあちらの世界には還らないという
ことですわよね?」

「ああ、そうだ。俺はこの世界で生きることにしたよ。これからもよろしくな、みんな」

「そうですか、それは良かった。私達もとても嬉しいですわ。九峪さんのいない世界なん
てつまらなくて」

「そうだねぇ、姉さま。わたしも、また九峪様と話せるなんてうれしいな〜」

「そうだな、九峪様に再び仕えることができてうれしいかぎりだ」

魔兎族三姉妹も嬉しそうだ。この三人は九峪と戦い、負けたので九峪自身に仕えている。
そんな三人なので九峪があちらの世界に還るときいて、かなりショックだったのだ。それ
が九峪は還らないことになったので嬉しさも一入だろう。

「九峪様! やった、還らないんだね! これでまた一緒にすごせるね!」

上乃がニコニコと笑っている。その隣には伊万里がいる。

「あの……九峪様、嬉しいです。ほんとうに、嬉しいです」

「あれ〜、伊万里。なんか目が赤いよ〜。もしかして泣いちゃった〜?」

「こ、こら! 上乃! からかうな……泣いてなんかない……」

上乃の言うとおり目が赤い伊万里は上乃に対して怒っている。伊万里の怒りにふれながら
も上乃のにやけ面は治らない。これはこの二人のおなじみの会話だ。

「九峪様、おめでとうございます……というべきなのかは分かりませんが再び一緒にすご
せるようで嬉しいです」

「私も嬉しい」

「そうだな、よかったぜ。九峪が還るなんてことにならなくてよ。今日はまた宴だな、こりゃ」

相変わらずの志野と珠洲と織部だ。笑顔の志野と変わらず無表情の珠洲。それに加え、豪快に笑っている織部。だが、珠洲は当初九峪とあったときと対応が全く違う。珠洲も九峪に惚れてしまっていた。九峪自身も知らないうちに。

「九峪様と別れるのは辛い。たくさん我慢した」

「ん、そうか。ありがとな、珠洲」

九峪も珠洲の変貌振りには最初は戸惑ったが、もう慣れたらしい。志野と織部は二人を見ながら笑っている。

「九峪、このばかたれが! お前と酒が飲めんのではつまらんではないか! だが……戻ってきたので許してやろう」

「悪い、悪い。その分は今度夜に酒付き合うからさ、許してくれ」

「……むぅ、そこまでいうのならばしょうがないな。私がもういいと言うまで飲ませるからな、覚悟しておけ」

藤那も喜びを素直に表すのが恥ずかしいのだろう、怒りながらも嬉しそうだ。

「九峪様、よかたのこと。九峪様行かないで、香蘭とてもうれしい。母様も嬉しい」

「ええ、そうですね香蘭。ほんとうに九峪様が行かないで良かったですわ。九峪様は私達
にとって大事なお方ですからね」

香蘭もニコニコしていて体から嬉しいというようなオーラが溢れ出している。そんな香蘭
を見ながら紅玉も魅力的な笑みを浮かべている。

「いやー、ほんまに行かへんのやろ。あんだけ驚かしたくせに、九峪はんもなかなかやり
まんなぁ。うちもびっくりですわ」

「こんだけ派手にやってもらって、結局これで悪いって思ってるよ。それに、驚かしちま
ったしな。ほんと悪かった」

「え、あ、いやいや。そういうわけやないです。驚いたことは事実ですけど、九峪はんがここに残るんはうちもめっちゃ嬉しいさかい」

九峪の言葉にあわてながら只深は言葉を返す。只深も九峪が残ることを喜んでいるのだ。

「九峪様、まーくんとるーくんも喜んでいますよ。まーくんとるーくんは九峪様に懐いていますから。もちろん、私も」

「るーくん?」

「ああ、九峪様は知りませんでしたね。九峪様が助けた飛竜の子供ですよ、まーくんの子供なんです」

「へぇ、るーくんっていうのか、あいつ」

そう言って九峪は自分達の上空を飛んでいるまーくんとるーくんを見た。まーくんとみーくんは嬉しそうに鳴き声をあげながら飛んでいる。

「九峪さま〜、やったね。えへへ、ボクすごく嬉しいな。また九峪様と一緒なんて。ねぇ、ミー君?」

愛宕は首に巻き着いているミー君と目を合わせて笑った。ミー君は人語を理解しているかのように首をくねっと曲げた。

「九峪様、ふふ、やはり残ってくれると思っていましたわ。九峪様なら私の魅力に気づいて、結局私達の元へ帰ってきてくれると信じていました」

「九峪様が時の御柱に近づいた時、泣きそうな顔をしていたのはどこのだれだったかな〜」

「そうですね、あのときの天目様の顔からはそんな自信はかけらも読み取れませんでした」

「あの時の顔は長年付き合っている私でも見たことないなぁ」

「忌瀬! 案埜津! 真姉胡!」

天目の言葉を否定する忌瀬、案埜津、真姉胡達に天目はあわてて戒める。その声に忌瀬達三人は揃って明後日の方向を向く。天目の顔は珍しく赤かった。

「九峪様」

九峪は名を呼ばれて振り向くと音羽がいた。音羽はいつもの鎧を着て、手には父から譲り受けたという槍をもっていた。いつもの格好だ。

「音羽……悪いな。還るって言ったり還らないって言ったり、どっちつかずな中途半端で」

「いえ、九峪様がここにいるだけで私達は嬉しいです。九峪様は私達にとって必要な人ですから。これからも誠心誠意仕えるつもりです」

音羽は優しい笑顔を浮かべた。とても女性らしい笑顔だった。

「九峪様ぁぁぁ」

今度は何やら叫び声が聞こえる。九峪はその声のした方へ振り向く。そこには号泣している星華と宗像三姉妹がいた。

「九峪様ぁぁぁ〜、私嬉しくて、嬉しくて、涙が止まりません〜。ほんと〜に嬉しいです〜」

号泣している星華を周りの三人が必死で宥めている。亜衣はやれやれといった感じで、夷緒はよしよしと言った感じに、羽江は……むしろ楽しんでいる。

「ごめんな星華、心配かけて。俺はもうあっちの世界には還らないから安心してくれ。ほら、泣くな」

そう言って九峪は星華の頭を撫でてやった。星華が落ち着くまでずっと。すると次第に星華は落ち着きを取り戻し始めた。

「……もう大丈夫です、九峪様。見苦しいところをお見せして申し訳ありません」

顔を赤くしながら星華は九峪から離れた。

「改めまして、九峪様。この世界に残ってくれて私は大変嬉しいです。私達には九峪様が必要です」

「そうですね。九峪様はこの国にとっても私達にとっても必要なお方です」

「ええ、九峪様がいない耶麻台など考えられませんね、もう」

「九峪様がいないと実験ができないよ〜。それに九峪様に発明品試してもらうんだから〜。九峪様行かなくってよかったね〜」

星華の発言に加えて、宗像三姉妹も喋る。羽江の発言でこれからも実験に付き合わされることになった九峪は心の中で泣いたが、表には出さなかった。

「……九峪様……」

「……清瑞……」

九峪は清瑞と真正面に向かい合った。清瑞は表面は何も変わったところはない。泣いたりも、驚いたりも、喜んだりもしていない。だが、九峪には分かった。清瑞が喜んでいるということを。清瑞とはかなり長い付き合いだ。この世界に来て間もない頃から警護されてきた。どんなときも一緒にいた。数多の激戦も数多の死も九峪は清瑞と共にいたので、分かる。

「九峪様……よく……よくぞお戻りになってくださいました」

「あぁ、ごめん、清瑞。心配かけた。心の底から謝るよ」

清瑞に九峪は頭を下げて謝る。

「このとおりだ。ごめん、清瑞」

「そんな! やめてください、九峪様! 九峪様が謝ることなどありません! どうかお顔をあげてください!」

頭を下げて謝る九峪に清瑞はあわてて顔を上げるよう懇願する。だが、九峪は頭をあげようとしない。

「でも、みんなに心配かけたのは事実だし」

「九峪様が気にすることではありません! 私が勝手に九峪様を想っていただけのこと!頼みますからお顔をおあげください! 私のことを思うなら、どうか!」

清瑞の必死の懇願に仕方なく九峪は顔を上げた。それを見て清瑞はほっとして顔を和らげた。

「九峪様が神の国に還ると言った時、私の心は絶望に包まれました。私の仕えるべきお人は九峪様だけと心に決めていましたから。その仕えるべき主君が自分の前から消えてしまうなんて私には耐えられませんでした。ですから、九峪様がこの世界から……私の前から消えてしまった時自ら命を絶とうと思っていました」

清瑞の言葉を聞いて九峪は驚きを隠せなかった。まさか、そこまで想われているとは思いもしなかったのだ。

「ですが、九峪様はこの世界に残ってくれました。再びあなたに仕えることができる、それだけで私は幸せです」

そして、清瑞は笑った。美しく優しい笑みだった。

「清瑞、ありがとな。俺のことそこまで想ってくれていたなんて知らなかった。本当にありがとう」

九峪と清瑞は見つめ合った。なぜか周りに人がいるなんてことは気にならなかった。目と目を合わせているとお互いの全てが分かるような気がした。

「あぁ〜、なんか九峪様と清瑞さんがなんかいい感じになってる〜」

上乃が声を上げた。すると、女性陣がギロッと二人を睨みつける。あっという間にいい雰囲気は壊されてしまった。

「ねぇねぇ、九峪様。なんで、こっちに残ったの?」

「ん、ああ、別に言わなくてもいいじゃんか。言うのも恥ずかしいし」

上乃が九峪に近づいて質問をする。積極的な上乃らしい行動だ。上乃の質問を九峪ははぐらかす。わざわざ理由を言うのもなにやら恥ずかしい。

「あ〜、もしかして、もしかして」

「なんだよ、そのもしかしてってのは」

そんな九峪の態度に上乃はなにやら思うところがあるらしい。対して九峪は上乃の態度に訝しげだ。九峪の経験上こんな態度の上乃にはあまり良い思い出がない。

「九峪様、こっちの世界に好きな人がいるんでしょ」

「ぶっ!?……な、何言ってんだ、お前!?」

いきなりそんなことを言われた九峪はあわてる。

「え〜、せっかく元の国に還れるのに還らなかったってことは、よっぽど大事な理由があったんでしょ? だったら、好きな人がいるからってのが一番自然じゃない?」

「全然自然じゃねぇ! なぁ、みんなもそう思うだろ?」

九峪は周りのみんなに同意を求めようとするが既にまわりはそんなこと聞いちゃいなかった。

「九峪さん、それは本当ですか?」

「この国に好きな女がいるのか?」

兎華乃と藤那が尋ねてくる。

「え、え、え、……あれ、みんなどうしちゃったんだ?」

いつのまにか周囲の雰囲気が豹変していることに気づく九峪。

「九峪様、はっきりとお答えください」

「はい、か、いいえ、どっち?」

「男だったらはっきりと言わねぇとな、九峪」

志野、珠洲、織部も問い詰めてくる。

「え、え〜と、その、あのですね……」

あまりの迫力に九峪がしどろもどろになっている。すると、助け舟が出された。

「お待ちなさい! 九峪様がお困りになっているじゃありませんか!」

一際、大きな声が響き渡る。元狗根国四天王の一人、日輪将軍天目だ。九峪は内心ナイス、天目と褒めていた。更に大きな声で続ける。九峪にとってはこれまた爆弾発言を。

「九峪様が好きなのはこの私ですわ! この私の美貌に九峪様も惚れになったのでしょう」

九峪は内心さっき天目を褒めた自分を殴ってやろうかと思った。九峪にとっては助け舟ではなく、地獄へつれて行ってくれる死神の船だったようだ。

「な、なんですってぇぇぇぇ! 違います、九峪様が好きなのは私です!」

天目の発言に怒り心頭の星華はこれまた過激な発言を。

「星華様と言えどその発言は許せません。九峪様は私のものです」

「あら、お姉さまこそ。その言葉は九峪様が可哀想では?」

「しゅらば〜、しゅらば〜、しゅらばだよ〜。胸無し〜胸無し〜対決だ〜」

星華の発言に今度は宗像三姉妹が反応する。亜衣は明確に敵意を表し、夷緒は牽制、羽江は自分の姉達の喧嘩をちゃかしている。

「亜衣、夷緒、私に対抗するつもり?」

「いえ、そんなつもりはありません。ですが、先程の発言はちょっと気に障ったものですから。あと、羽江。後でおしおき」

「星華様もお姉さまも九峪様を勘違いしていらっしゃいませんか? 九峪様は物ではないのですから。それと、羽江。あとで、おしおきね」

「えぇ〜、そんなひどいよ〜。ちょっと胸のこと言っただけなのに〜。うぅ〜」

三人の間でバチバチと火花が散る。羽江はおしおきに対して不満を漏らしている。星華は亜衣と夷緒の胸をちらりと見、勝ち誇った顔をした。

「亜衣、夷緒、しょせん貴方達の胸では私には勝てないわ」

「……星華様。胸など年月とともに老いてゆくもの、重要なのは殿方を喜ばせる知識です」

「……お姉さまの言うとおりです。胸など飾りです。女性にとって一番大事なのは料理や裁縫などの技術です。お胸の大きい方にはそれが分からないのです」

「ふっ、私には胸の小ささを嘆いているようにしか聞こえないわね」

三人の争いを見ていた上乃が伊万里に話しかける。

「ねぇねぇ、伊万里。いいの? 九峪様誰かに取られちゃうよ?」

「それは嫌だけど……私なんかが九峪様に……」

うじうじしている伊万里の背中を上乃は叩いた。バシッといういい音がした。

「痛っ! なにするんだ! 上乃!」

「そーゆーのって伊万里には似合わないなぁ。うじうじしてる伊万里は伊万里らしくないよ。伊万里はもっと行動力があったでしょ? 考えるより行動! しゃんとしないと、しゃんと!」

上乃の言葉に伊万里は笑顔を見せた。

「上乃……ありがとう」

「そうそう、そっちのほうが伊万里らしいや。でもね伊万里、私も九峪様のことが好きなんだよ? 知ってた?」

「えっ!?」

驚いた顔をする伊万里に上乃は笑って見せた。更に続ける。

「やっぱり知らなかったよね。ごめんね、隠してて。でも、やっぱりこの気持ちは隠せないよ。伊万里が九峪様を好きなことを知ってたから言い出せなかったんだ」

「……上乃……そうだったのか……」

「でもね、九峪様も好きだけど……伊万里もやっぱり大切なんだ。だから、私、私も伊万里も九峪様もみんな幸せになれる方法考えたんだ。二人で九峪様のこと愛せばいいんだって。それじゃ、ダメかな?」

三人で幸せになろうという上乃の提案を伊万里は首を縦に振って答えた。伊万里とて親友である上乃と争いたくはない。

「ああ、私も賛成だ。私も上乃と争うなんてことはしたくないからな」

「よかった……後は九峪様だけだね。九峪様を私たちの虜にしちゃうんだから! ねっ、伊万里?」

「う、うん、がんばろう」

意思は固まったがやはりそういうのは苦手な伊万里。上乃は逆に意欲満々だ。実に対極的な二人である。

「よーし、そうと決まったら……あれ?九峪様は?」

さっそく九峪を魅了しようと九峪を捜す上乃だったが、肝心の九峪がいない。円の中心にいたはずの九峪が忽然と消えてしまっていた。上乃の言葉につられて周囲の面々が九峪を捜す。すると、いつのまにか円を抜け出して一目散に駆け抜けている九峪を発見した。女性陣は急いで九峪の後を追いかけていく。女性陣が行った後の儀式場所は驚くほどに静かになった。後には結局九峪とは一度も話せずだった男性陣+ブラコンの永楽だけ残った。


「くぅ〜、この伊雅。真に、真に幸せだ。九峪様が残ってくださり、清瑞があそこまで九峪様のことを想っているとは……くっ、涙で前が見えん。御前よ、清瑞は立派に育っておるぞ」

相変わらず熱血で親馬鹿の伊雅。

「うぅ〜、藤那ぁ。九峪様はそりゃいい人だけど……僕だって、僕だってぇ〜」

「まま、閑谷ちゃん。今夜は私と一緒にすごさない?そんな悲しみ、私が忘れさせてあげるわよ」

藤那が好きな閑谷は涙し、そんな少年を狙っているオカマの寝太郎。閑谷ピンチ。

「がっはっは、こりゃめでてぇ。今夜は宴だ、酒をうんと用意しないとな」

「そりゃいいなぁ。お嬢もいつのまにか強ぅなられてわいも嬉しいわ」

「今夜は宴。みな飲む。大量に酒。必要。俺も飲む」

豪快に笑う重然と只深のことをみてちょっとしんみりしている伊部と相変わらず片言の砥部の筋肉トリオ。

「永楽、良かったな。九峪様が残って。お前は九峪様を追いかけなくていいのか?」

「ええ、九峪様が残ったのは良かったわ。でも、私には兄さんがいるから」

「……永楽……」

「……兄さん……」

見詰め合ってラブラブモード全開の永閃・永楽兄妹。天界にはきっと兄妹で愛し合ってはいけないという法律はないのだろう。

「仁清殿、良かったのですか?あなたは伊万里様のことが……好きだったのでしょう?」

「まあ……伊万里が幸せならそれだけで僕は……。遠州さん、あなただって上乃のこと好きだったんでしょ?いいんですか?」

「ええ、ですが上乃殿には九峪様が必要ですから。……今日、私の部屋で飲みませんか?」

「……そうですね、たまにはいいですね。積もる話もありますしね……」

哀愁漂う失恋コンビ。伊万里が好きだった仁清と上乃が好きだった遠州。妙な関係にならないか心配である。

「いやはや、土岐殿。ここまでの騒動を起こすとは、さすが九峪様といったところでしょうかな?」

「そうですな、嵩虎殿。さすがは神の遣い九峪様。このような騒動を自然に起こし、なおかつ周囲を盛り上げる……天性の才能ですかな。あまり感心したくはない才能ですが」

「まあ、その才能を持つからこそ九峪様と言えるのでしょう。ほっほっほっ、やはり九峪様は我らに必要なお方ですね」

「ええ、九峪様の周囲はいつも騒動で溢れている。それに加え、女性の方々の行動。これからも楽しめそうですな、嵩虎殿。九峪様を見るのは真におもしろい。ふふふ、これだからやめられませんな」

おもしろがっている嵩虎と土岐。この二人には九峪も勝てなさそうだ。



九峪は未だ城の中を爆走していた。後ろを見ると女性陣が地響きを立てて走ってくる。すぐに前に向き直し、走るスピードを落とさないようにする。九峪はなぜ、こんなことになっているか考えてみた。一分、二分、三分。考えてみるが原因が思いつかない。とりあえず、次はこの状況をどうやって切り抜けるか考えた。一分、二分、三分。またもや答えは出ず。足を動かしながら九峪は心の底から叫んだ。

「誰かなんとかしてくれぇぇぇ!」

                           終




後書き

初めまして。からくりと申します。この度は私からくりの小説を読んでくださり、まことにありがとうございます。この小説は私の初めての作品でございます。なお、これは最初前編、後編には別れていませんでした。書き終わり、文字数を見て見ると2万文字を超えてしまっていました。なので、やや区切りが不自然に感じるかもしれませんが許してください。関西弁もよく知らないので、只深と伊部の言葉も許してください。
突然ですが、作中には時の御柱がでてきますが私はゲームの火魅子伝を最後までクリアしていません。作中の時の御柱の描写等は私の想像です。オリジナルな部分も入っています。キャラ設定もいろいろ混ざっています。それなのに小説を書くだなんて、とお思いになられる人もでてくると思います。ですが、火魅子伝はキャラが面白く私自身とても書きたいと思っていました。なので、どうかお許し願いたい。この想いは本気です。
初めての作品なのでいろいろと拙いところもありますが、誤字・脱字等ございましたら連絡くださいませ。その他、感想等もございましたらよろしくお願い申し上げます。感想掲示板にてお待ちしております。