火魅子伝・伊万里の迷い(H:小説 M:伊万里・上乃・仁清・九峪 J:シリアス)
日時: 07/28 05:44
著者: 北野   <hirosi77@zpost.plala.or.jp>
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「ねぇ、伊万里。きみ、王族でしょ? しかも、火魅子の資質を持ってる・・・・・・」


初めは何を言われているのかわからなかった、突然の事に理解がついていかないでいたのだろう。


(一体何を言ってるんだ? この浮遊物は)


そんなことしか頭には浮ばずにいた。


だが霧が晴れていくように次第に思考が戻ってくる。


ようやっと理解が追い付き、それと同時に衝撃が襲い掛かってきた。


不意打ちに思わず倒れそうになってしまう。


いや、いっそ倒れてしまった方が良かったのかもしれない。


そうすれば少なくとも火魅子がどうとかいう面倒事からは逃げられた。


私はただの山人だ、それ以上でもそれ以下でもない。


耶麻台国の復興だって一兵士として参加して復興に協力出来ればいいと漠然と考えていただけ。


いきなり王族で、しかも火魅子の血筋だなんて言われてもどうしていいかわからない。


自分が兵達に指示する側に立つ事なんて考えた事もなかったんだ・・・。


私は火魅子の資質を持った女王候補としての立場を受け入れるべきなんだろうか? それとも・・・。








わからない、自分の事なのに。




何だか急に自分が浮いているような気がして場違いに思えてきた。


周りの誰もが自分の事を見透かしているような錯覚に陥る。


気付いたらその場から逃げ出していた。


どこに向かっているかなんてしらない。


とにかくここに居たくないっ!




わからない、自分の事さえも。








そうだ、上乃と仁清に訊いてみよう。


小さい頃から兄弟同然に育った二人。


今居る周りの他人達の中において唯一無条件に心許せる相手。


二人なら私がどうしたらいいのか教えてくれるかもしれない。


それでなくともとにかく二人に会いたい衝動が心の奥底から湧き上がってきていた。


どうやら考え付く前から足はそこに向かって動いていたようだった。








走り始めてから大して時間も掛からずに二人の所に行き着く。


二人を見つけた伊万里は声をあげようとしたが、それは寸前で遮られた。


「伊万里の事だけど・・・」


自分以外の口から出た、自分の名前によって。


伊万里は反射的に二人から距離をとって隠れてしまう。


普段山人として生活している彼女は、常人よりも身体的に優れていた。


それは単純に力というものだけではなく、五感の一つの聴覚もそれにあたる。


距離にすればそれは二、三丈程度。


余程でなければこの距離で聴き漏らす事はないだろう。


もっとも三世紀のこの時代にはまだそんな単位は存在していないのだが。


それは余談である。


(何をしているんだ、私は? 立ち聞きなんて・・・)


だがその意に反して、身体は気配を殺し、耳は続く言葉を聴き漏らすまいとしている。


伊万里はそんな自分に嫌気がさしていた。


「王族ってどういう事?」


「あたしにもわかんないよ、そんなの・・・。親父からも何も聞いてないし・・・」


「そう・・・」


続く言葉を持たない二人の周りには静寂が訪れる。


長い沈黙を破ったのは上乃だった。


「どうすればいいんだろうね、あたし達・・・」


顔を上げ、自分自身に問いかけるように上乃は呟く。


その表情は、普段の常に明るさを絶やさない彼女からは、想像出来ない程の沈痛に満ちていた。


「・・・・・・」


仁清は答えない。


元々口数が少ない少年ではあったが、今は心的要因によっていつも以上に口数が減っている。


それでもさすがにこの話題について何も口にしないわけにはいかなかったのだろう。


初め話を切り出したのは彼の方からだった。


もっとも上乃に訊いたところで何もわからないだろう事は、上乃も自分同様に憔悴していた事から見て取れて、予想してはいたのだろうが。


「伊万里にどんな顔して会えばいいのかわかんないよ」


先程の言葉はやはり仁清に向けて放ち、返答を求めたものではなかったのだろう。


仁清の沈黙も気にせずに更に上乃は呟いた。


ようやく絞り出した様なその声で。


更に訪れる静寂、今度それを破ったのは仁清だった。


ずっと沈黙を守っていた仁清はようやく口を開く。


「とりあえずしばらく様子をみようか・・・。伊万里がどうするのかもわからないし」


「そう・・・・・・だ、ね・・・」


上乃は呟き、反論はしなかった。


異論がなかったわけではないが、仁清も自分も考えは同じだと確信していたのだろう。


どう接していいかわからない


数瞬後、そこに既に伊万里の姿はなかった。








もう誰も頼れない・・・。


気がついたら望楼の上に来ていた。


どうやら無意識に独りになれる所を探していたらしい。


これからどうしよう・・・。


ギッ・・・ギシギシ


梯子を登っている音? 誰か来る?


せっかく独りでいれる所だったのに・・・。








伊万里が梯子を登ってくる者に目を向けると、一人の男と目が合った。


耶麻台国を復興させる為に遣わされた神の遣い・九峪雅比古。


「なんでぇ、一人なのか?」


(独りでいたいからここに居たのに・・・)


痛いところをつかれ、一瞬むっとしたが相手は神の遣い、口答えしたり無視するわけにもいかない。


伊万里はうなづく事でそれに答え、続き理由を口にする。


「私が王族だっていうんで、上乃も仁清も恐れ多くて近づいてこないみたい」


(こんな事この人に話したって仕方ないのに・・・)


そんな事を思いながらも伊万里の顔は笑っていた。


会ってから日が浅い、というよりも会ったばかりの九峪から見てもその表情は普通ではなかった。


「あ、ああ、そりゃ・・・・・・」


九峪はろくに返す言葉が思いつかず言葉に詰まる。


「九峪様は・・・・・・」


伊万里は「神の遣いとして不安はないんですか」と続けようとしてやめる。


(やめよう、神の遣いに普通の人間の悩みなんかわかるわけない・・・)


「あ? なんだい?」


九峪は聞き返すが伊万里は黙り、俯いてしまう。途中で途切れた言葉に違和感を覚え、九峪は自分から話を振る事にする。


「あんた、孤児だったんだってな?」


伊万里は下に向けた顔を再び九峪の方に戻し答える。


「・・・・・・ええ。上乃の両親に上乃といっしょに育てられたんです。ほんとうの親のことは何も知りませんでした」


「それが、いきなり王族に格上げか。気分はどうだい?」


「最悪です」


(本当にそう)


九峪としてはごく自然に口にした言葉だったのだが、その受け答えによって伊万里の表情は歪む。


「最悪?」


九峪はさも意外そうな顔を伊万里に向ける。


そう答えが返ってくるとは微塵も思っていなかったようだ。


「ええ、最悪」


「どうして?」


「だって、つい昨日まで孤児だったんですよ。そして、ただの山人。山の中をかけずって、獣を追って、しとめて・・・・・・


そういう毎日だったんです。それがいきなり王族だなどと言われて、はいそうですか、と割り切れるものですか」


「そんなもんかな」


(やっぱりこの人には私の悩みなんかわからない)


九峪も元々一般人で突然神の遣いを名乗る事になってしまっている。


実際状況的には九峪も似ていたのだが、二人の性格的な違いもあってか九峪は伊万里程悩んではいなかった。


「そんなものです」








気が付いたら次々不満をぶちまけていた。


目の前のこの人に話したところでどうなるわけでもないのに。


でも少しは気が楽になったかもしれない。


無理をせず自然体でいけばいいと言う九峪様は、とても神の遣いには見えなかった。


まるで私達と同じような感じで、とても身近な存在のように思える不思議な人だった。




ずっと話していた、嫌な現実から逃避するかのように。


ずっと聴いていた、想像もつかない様な世界の話しを。


ずっと考えていた、これからどうしていけばいいのか。




正直今でもわからない、どうするべきなのか。


正直今でもわからない、私がどうしたいのか。


でも、とりあえず身近な事からやっていこうと思う。


私の身近な事、私の身近な存在。


考え付いたらもうじっとしてはいられなかった。








伊万里が向かったのは上乃に与えられた部屋だった。


余程急いで来たのか伊万里の息は弾んでいる。


だが伊万里は息を整える間も惜しんで上乃に声をかける。


上乃としては仁清と話していた通り、今伊万里と会いたくはなかったのだろうが、向こうから来た以上会わないわけにもいかない。


伊万里の呼びかけに応じ、すぐに部屋から出てきた。


「どうしたの? こんな時間に・・・」


つい先程まで忙しそうに動き回っていた者達も、今はもうそれぞれ与えられた部屋で休んでいるのだろう。


辺りには人の影はまばらだった。


「私は伊万里だ」


「え? それは知ってるけど・・・」


「そしてお前は上乃」


そんな当たり前の事を言い出してどうしたというのか。


上乃には伊万里の言いたい事がまるで掴めないでいた。


伊万里の次の言葉を聞くまでは。


「それは変わらない、これまでも、そしてこれからも。私の生まれがどうだって関係ないんだ!」


伊万里のその言葉は上乃に、そして自分に向けたものだった。


自身の迷いを断ち切るかのように吐き出したその言葉は力強く響く。


目の前にいる者の心にも。


「それとも上乃は私の事が嫌になった?」


「ううん、そんな事ないよ」


上乃の顔に笑顔が戻る、伊万里の言葉を聞くまでの表情がまるで嘘のように。


「そうだよね、伊万里は伊万里だもん。あははっ、何だか悩んで損しちゃった」


「そうそう、無い頭使う必要ないんだから」


「あ〜、なによそれぇ、あたしはねぇ・・・」


「わかったわかった」


ほんの少し前まで二人を包んでいた陰鬱な雰囲気は霧散してしまったらしい。


二人は顔を見合わせ、途端に笑い出した。


「よ〜し、仁清も呼んで来て3人で飲もうよ♪」


「おいおい、程々にしろよ?」


そう言いつつも伊万里も止める気はないらしい。








私が火魅子に相応しかったら火魅子の座がついてくるはずだ。


無理して火魅子候補を演じる必要なんてない。


何にしても今の私に出来る事なんて限られている。


火魅子候補でも山人の娘でもなく、私は私として出来る事からやっていこう。


その結果がどうなろうとも悔いのないように。


伊万里の表情は何かふっきれたような、そんな晴れやかな顔だった。








あとがき




どうも、北野です。


今回は伊万里でした。


最初は伊万里が眠ってる時の話にしようと思ったんですけど・・・。


主役が寝てて面白いか? というツッコミにより変更。


ありきたりですけどこの場面になりました。


伊万里といえばここだろう、と。


出番少ないから・・・。




次回作はおそらくコメディテイストのを書くかも。


最近シリアスしか書いてませんからねぇ。


キャラは未定ですけど。




もし良かったら感想ください。