火魅子伝・九峪の幸せ(H:小説 M:九峪・日魅子・キョウ J:シリアス)
日時: 08/24 10:17
著者: 北野
URL : http://www.geocities.jp/kitanos60/




九州の福岡県、この場所から佐賀県まで運行する電車に乗り込む、二人組の姿があった。

週末だったが電車の向かう先が行楽地とは無縁の場であったためか、乗客はまばらだった。

数少ない乗客の中、二人の男女がボックス席に向かい合って座っている。

高校生なのだろう、二人の服装はそれぞれ学生服にブレザーだった。

どこかに遠出するつもりなのか、それぞれ席の隣には学生が学校に持って通学するには少し大きめの鞄が置かれていた。

学生服の少年の方が向かいの少女に話しかける。

「日魅子、頼みがあるんだけどいいか?」

「何、九峪?」

「遺跡に着いたら向こうにいる間だけでいいから、その鈴貸してくれないか?」

「鈴? いいけど・・・、でもどうして?」

ブレザーの少女は視線を落とし、首から下げていた鈴を左手で弄ぶ。

その鈴は壊れているのか、動かしても音が鳴りはしなかった。

「理由は訊かないでくれると助かる」

「う〜ん、わかった。気になるけど聞かないでおくっ!」

日魅子と呼ばれた少女の顔が綻ぶ。

理由を聞かずとも了承する辺り、九峪と呼んだ少年の事を信用しているようだ。

「悪いな、必ず返すからさ」

「うん、約束ねっ」

そんな少女の様子に少年は苦笑を返す。

電車にはさほど乗っていたわけでもない、ものの数十分で二人は最寄り駅に到着する。

もっとも付近の交通網が整備されていないため、駅で降りてから目的地まで更に歩く羽目になったわけだが。

辿り着いた先は耶牟原遺跡の発掘現場だった。

ここでは日魅子の祖父で、考古学の権威である姫島教授が総指揮を執っている。

二人は週末を利用してここを見学に来たのだった。

その実、発掘に掛かりきりでろくに家に帰らない教授に、日魅子が会いに来ただけだったりするのだが。

二人はまず教授に会う為に、発掘スタッフ達の居るだろう詰め所を探した。

この手の遺跡は発掘が長期に渡って行われるのが定例で、必ずスタッフの寝泊りする場所が用意されている。

通いで来る者もいるが大抵はプレハブ等が用意され、そこに寝泊りする事になる。

「あっ、あそこじゃない?」

早速それらしい建物を見つけた日魅子は、小走りに駆けていく

「おいおい、慌てて走ると転ぶぞ」

九峪の言葉を他所に、未だ歩いている九峪より一足先に建物に辿り着いた日魅子は、勢い良く戸を開けた。

「すいませ〜ん」

中に居たスタッフらしき人は書類を書いていたのかその手を止め、日魅子に視線を向ける。

「はい、何でしょう?」

「あの、私姫島教授の孫で姫島日魅子っていいます。発掘現場の見学に

来たんですけど、おじいちゃんどこに居るか教えてもらえますか?」

「あっ、そうなんですか。教授だったら今は丘の上の方で調査してると思いますよ」

「わかりました、どうもありがとうございます」

「いえいえ、ゆっくり見学していってください」

人当たりの良さそうなスタッフに軽くお辞儀をして日魅子は建物を後にする。

するとちょうど九峪が遅れてやって来たところだった。

「どうだった?」

「おじいちゃん、丘の上の方にいるって」

「よし、行ってみるか」

「うんっ」

二人が言われた通りに進もうとすると先の方からざわめきが聞こえてくる。

「なんだろ? 何かあったのかな?」

「行ってみようぜ」

ざわめきが聞こえてきた場所に近づくと、スタッフらしい人達が数人集まっており、何やら騒ぎになっている。

「あの〜、どうかしたんですか?」

そんな雰囲気に気押されたのか、多少遠慮気味に九峪が尋ねる。

「ん、君達は? アルバイトの子達じゃないよね? そんな格好だし・・・」

九峪に話しかけられたスタッフは質問に質問を返してくる。

二人の格好は学生服にブレザー、確かに発掘調査をするのに適しているとは言えない。

スタッフの疑問はもっともだ。

「私姫島教授の孫です。見学に来ました」

二度目だった事もあり、日魅子は簡単に説明してみせる。

「そうか、ちょうど良かった、悪いけど教授を呼んで来てくれないか。大発見かもしれないんだ」

「大発見?」

「見た事のない銅鏡が見つかったんだよ」

「銅鏡・・・」

九峪は遺跡に着いた時に日魅子から借りた鈴を握り締めながら呟いた。







「禍し餓鬼!」

俺に向けて放たれた左道。

それより前にも一度だけ左道で狙われた事があった。

もっともその時は命中する前に消滅したようだったが。

この世界は俺が居た二十世紀の九州とは根本的に違うらしい。

それ故に異質な存在である俺には左道の効果は及ばないらしい事を後になって識った。

日魅子もその事は識っていたはずだった。

だけどそんな頭で考えての行動じゃあなかったのかもしれない。

避ける必要すらなかった俺を庇って左道を受けてしまった。

日魅子は元々はこの世界の生まれで二十世紀に飛ばされた身、当然左道の及ぼす効果は有効。

古代三世紀・九洲

耶麻台国の復興は成った。

だけど皆で描いた耶麻台国という名の絵には、彼女の姿だけがなかった。







「九峪こんな時間にどこ行くの?」

昼間銅鏡が発見された後早速教授を見つけ、挨拶もそこそこにあてがわれた部屋に引っ込んでしまっていた。

夜から始める計画で万全を期する為に休息を取っていたのだ。

そして頃合を見て彼としてはこっそり抜け出たつもりだったのだろうが、すかさず日魅子に見咎められてしまう。

「ん、ちょっとな・・・」

「また言えないわけ?」

「・・・ああ」

「じゃああたしも行くっ!」

「駄目だっ!!」

それまでの口調とは一変し、強い言葉が浴びせられる。

それだけは出来ないとでも言うかの様に。

「何か隠してない?」

理由はわからずとも九峪の剣幕に何かを感じ取ったのだろう。

訳を聞くまでは引き下がらないと言わんばかりに九峪に詰め寄る。

「いや・・・」

それに対して九峪は否定の言葉もろくに紡げない。

「どうしてウソつくの?」

「嘘ってわけじゃ・・・」

「ウソ!だって九峪昼間から様子が変だもん!!」

「!」

そう言った日魅子の瞳には大粒の涙が溜まっていた。

(俺には隠し事は向かないみたいだな・・・。特に日魅子の前では・・・)

九峪は今にも泣き崩れそうな日魅子をそっと抱きしめた。

それと同時に我慢していた涙が日魅子の頬を伝う。

「訳は言えないけど心配はいらない。少しの間だけ待っててくれ」

「帰って・・・来るよね?」

「ああ、絶対帰ってくる!」

それは日魅子への、そして九峪自身への言葉。

力強いそれは決意の証。







詳しい説明は理解できなかったが、どうなるかだけはわかった。

九洲に来る前の俺に存在を"上書き"するらしい。

つまりは事が起こる前でありながら知識と経験は今の俺そのままに。

何よりもその時点では未だ何も事が起きていない事が重要だ。

もちろん日魅子は健在、戦いなど知らず、自分の過去も知らずに。

今度こそ守ってみせる。

「本当にいいのか?」

キョウに確認をしてみる。

もう何度も訊いた事ではあったが。

「うん」

「少なくとも耶麻台国復興は出来てるんだ、俺の言う事を無視した方がお前にとっては確実だろ」

「九峪をまきこんだのはボクだからね、断る権利は無いと思う。それに・・・」

「それに?」

「九峪を信じてるから。一度間違えたんだから次は間違えない、九峪ならきっと大丈夫!」

「またね」

「またな」

必ずしも目の前にいるのと同じキョウに会えるわけではないけれど。

それは必ずもう一度この九洲でキョウに会い、今度こそ完全にやり遂げるという誓いの儀式。



気がついた時には学校にいた。

前までは通い慣れていたはずの場所が堪らなく懐かしい。

何よりも隣には日魅子がいた。

それだけで十分に幸せだった。

だけどその幸せを噛み締める前にまだやるべき事がある。







「ふぅ、着いて来られなくてよかった」

昼間に発掘された銅鏡の保管されているプレハブに着いた。

日魅子を守るには日魅子を九洲に行かせないのが一番手っ取り早い。



「ヤットミツケタ」

声が聞こえた。



問題は耶麻台国を復興させて無事俺が帰って来れるかどうかだ。

これで俺が死んだら意味がない。

それでも日魅子が死なないなら前よりはいいけどな。



「サアイコウ、キミノアルベキセカイヘ」

大して時間が経ったわけでもないのに懐かしく感じる声が。



いや、けど約束しちまったっけなぁ、さっき。

「九峪ーー!!」

日魅子の声が聞こえる気がする。

怒られちまう、これじゃあ死ぬわけにはいかねえな。

ハッピーエンドのシナリオだって別におかしくはないだろう?







あとがき




どうも、北野です。

予定が変わって今回もシリアスと相成りました。

今回はヒロイン日魅子でした。

はい、コレ基本。

初めての逆行ものに挑戦しました。

まあもちろん短編ですけど。

今回はいろいろ端折ってる部分ありますので脳内補完してください。

良かったら感想ください。