火魅子伝 〜月下貴族〜 序章 (H:小説? M:九峪・姫島教授・日魅子・オリ J:シリアス・クロス?) |
- 日時: 04/04 10:11
- 著者: 混沌騎士
- 序章
――20XX年2月13日――
――ヴァチカン市国、聖ペテロ大聖堂地下――
トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルルルル……、ガチャ
「――私だ。――――なんだ、ヴァロアか。貴様がわざわざここに連絡をよこすくらいだから何か大きな事でも起きたのか?言っておくがこっちは祖連中を相手するのに忙しい。手短に言ってくれ。」
「例の者が古巣へと帰った」
「――そうか。“サン・アンダウンテッダー日を恐れぬ者”が日本に帰ったか。……知らせてくれた事には礼を言おう。では」
ガチャ
(これでこちらとしても一安心だな。祖級ほどではないとはいえ、アレは千年を生きた大吸血鬼だからな。極東の島国に引っ込んでてくれれば、こちらとしても監視するのに余計な力を使わずにすむというものだ)
口から僅かに漏れたため息が、地下深くに作られたこの部屋に淀んでいた空気を僅かに振るわせた。
――同日――
――日本、九州、耶牟原遺跡――
バス停から少し離れた場所にポツン、と一人の青年が立っていた。
黒のズボンに黒い鞣革の長靴、黒のTシャツの上に黒のジャケット、さらに黒の手袋と外套を着込み。まさに上から下まで黒一色のその姿は、夜の暗さに紛れて、ともすれば見逃してしまうほどに周囲と一体化していた。
ふと、青年が身じろぎをした。
彼に近づいてくる人影があった。気軽げに片手を持ち上げて軽く振る。
「よお、久しぶりだな」
20年ぶりですか、と人影が答えた。しわがれているが、まだまだ声に張りがあることから、人影は初老程度の人物だと感じられる。
「中東はどうでしたか?」
御互いに近づきながら人影が言った。自分の息子ぐらい年が離れている青年にたいして敬語を使う様は不思議な感があったが、なぜか違和感は無かった。まるでそれが当然とでもあるかのように青年が答えた。
「ん、まあまあかな。治安はあんまり良いもんじゃなかったが、それを抜きにすれば特に過ごしにくいってことはなかったな」
それは良かった、と人影が頷いたように揺れた。青年が満足していることに喜んでる雰囲気があった。
三言交わすうちに二人は御互いの顔が確認できるほどまでに近づいていた。
青年の方は黒い髪に赤い瞳、肌は死人と見まごうほどに白かったが、浮かべている笑みには人を安心させる親しみがあり、決して見る人を不気味に思わせるほどのものではなかった。赤い瞳を除けば、少しばかり不健康そうで、人の良さそうな青年にしか見えない。
一方、もう一人の方はと言うと、こちらは灰色になりかけの髪に、同じ色の顎鬚と黒の瞳。顔に浮かべてる笑みは好々爺さを感じさせる。年は50代に達していそうだった。その割に真っ直ぐと伸びた姿勢や、声に張りがあるのは健康の証拠だろう。
「今は教授なんだってな。九州統合大学の考古学研究所所長でもあるそうじゃないか。夢がかなって良かったな」
「これも九峪さん、――あなたから教わったおかげですよ」
「謙遜するな。俺がいなくてもあんたなら十分になれたろうよ」
「ありがとうございます。ここで立ち話もなんですから、発掘場に行きましょう。今はそこで寝泊りしているんです。それに、先日面白いものが出てきたのでそれもお見せしましょう」
「ほう、面白いものとな。それは是非とも見なければ、それを聞いてはのんびりとしていられないな」
「まあ、そう急ぐことも無いでしょう。遺跡までには2kmほどありますが,最近は健康のために歩くことにしてるんですよ。何、物は逃げません。遺跡までの道すがらお互いにこの20年あったことを語り合おうじゃありませんか。どうでしたそっちは」
「ああ、最初は――」
「――そうそう、実は孫が出来ましてな」
「へぇ〜、それはめでたいな。名は何と名付けたんだ?」
「日魅子、姫島 日魅子と名付けたんですが、それが不思議な子でして……」
「――でな、いきなり盗賊めいた奴らに囲まれちまってよ」
「それは、災難でしたな。それで――」
「――で、発掘していて気付いたことなのですが――」
「――へぇ〜、不思議な事もあるもんだな。具体的には?」
「ええ、――」
「着きましたぞ。あそこが、発掘隊が寝泊りしているところです」
歩き始めてから20分もしただろうか。都心から離れた場所に遺跡はあった。
原っぱの片隅に設えられた宿泊施設は幾つかのプレハブ様式の簡易建築物と2、3台の大き目のワゴン車で構成されていた。深夜にもかかわらず、窓から漏れ出る光は煌煌とし、まだ人が起きていることを告げていた。研究員がまだ出土品の分析をしているのだろう。
「ヘぇー、なかなか本格的だな」
そう感想を漏らした九峪の視界に一人の少女の姿が映った。
「ん?――おい、あれ学生じゃないのか?」
「え?あれは――まさか、日魅子!?こんな時間に外で何を……」
「……ありゃ自分の意思、少なくても正気じゃあ、ないな」
「どういうことですか?」
「ああ、歩き方がまっすぐじゃあないし、なにより、存在が虚ろだ。普通じゃねぇ」
そう話している間に少女――日魅子――は一つの建物に入って行った。
「――あそこは、出土した品を入れてある倉庫……。日魅子の奴、こんな時間に倉庫に何の用じゃ?」
「とにかく、このままじゃまずいな。どうするにしてもまずは彼女に追い付いてからにしよう。少し、ヤな感じがする」
「そうですな」
二人は日魅子が入って行った倉庫に向って小走りに走り出した。
先に倉庫にたどり着いた九峪の目に映ったのは、1枚の銅鏡を手に持って佇んでいる日魅子の姿だった。
「日魅子ッ!?」
後ろから驚く声が聞こえた。
「いったい「待て!?」――九峪さん?」
腕を突き出し、倉庫内に入ろうとした姫島教授を止まらせた。
その瞬間、鏡から幾筋もの眩い緑色の光が漏れだし、真っ暗なプレハブを照らした。いきなり天井の電球が割れ、建物全体が地震にあったかのように揺れた。
「むっ」
「うわっ!?」
倒れない様に足を踏みしめ、よろけた姫島教授を片手で支える。
そして、揺れが収まったかと思うと、先ほどまで鏡から出ていた光が日魅子の体を包み始め、彼女の体が少しずつ消えかけていった。
「日魅子!おい日魅子っ!」
とりあえず大声で呼びかけてみるが、しかし彼女は何も聞こえないかのようだった。そしてますます彼女の体が消えかけ、光が鏡へと吸い込まれ始めた。
その時九峪は、鏡と彼女が首にかけてある鈴とが共鳴して震えていることに気づいた。
(銅鏡と鈴が原因か。なら――)
自体に呆然としている姫島教授から支えていた手を離し、一歩で日魅子まで詰め寄ると、銅鏡と鈴を奪って怪我をしないように軽く後ろに突き飛ばす。まだ意識がはっきりとしていないのか、日魅子はあっさりと後ろに向って倒れ込んだ。
「九峪っ!」
日魅子が倒れたから元に戻ったのか、姫島教授の自分を呼ぶ声が聞こえた。
それに答えようとして、声が出ない事に気が付いた。
(なっ!?)
なんと、今度は自分が消えて行くではないか。
既に銅鏡と鈴を持っていた手と胴体、足、頭の下半部が消えていた。
「――!―――!――っ、――!!」
姫島教授が何か叫んでいる様だが最早それも聞こえない。消え始めた視界に映る、呆然と目を大きく見開いてこちらを見つめてくる日魅子と呼ばれていた少女の姿がやけに印象に残った。
そして――
九峪 雅比古は世界から消えた――
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