火魅子伝 〜月下貴族〜 第三話 (H:小説+オリ M:九峪・キョウ Jシリアス)
日時: 04/24 19:07
著者: 混沌騎士

 第三話 魔獣

 太陽も西方の山間にちょこんと顔を覗かせる程度となり、九峪がこの世界に召喚されての第一日目も終わりをむかえようとしていた。

召喚されたのが森の中だったこともあり、始めは、まだ日が明るいとしか分からなかったが、一時間ほどかけて森を抜けた時はまだ日が高かった。

一言に森と言っても、この時代の九州だと人が居住している付近以外では正確に森かそうでないかなんて簡単に見分けられない(なんせ、見渡す限り山で、森はその上を絨毯のように覆っているのだから)。つまり、九峪は一時間ほどでそれだけの距離を移動したと言うことだ。

 それから四時間ほどして、普通ならばそろそろ寝取り出きる場所を探さないとまずい時間帯となったが、吸血鬼である九峪はこれからが活動時間。むしろ、真昼間に動いてたのは人で言う夜間活動にも等しかった。

 既に九峪は200km近くを移動していた。5時間と言う短時間と決して平坦とは言えない地形とを考えると凄まじい速さである。人の気配がするところは出来るだけ避けるように移動したから、直線的には150km前後と言ったところだが、南北の直系が300km程度の九州では、夜には征西都督府とやらに着くだろう、と九州の地図を退屈紛れに頭にインプットしといた九峪は、そう考えていた。





 感じたことのない気配を感じたのは、もう幾つ目になるのかも分からない森の真中を突っ切ろうとしていた最中の時のことだった。



日の光も弱々しくなり始め、森の中はいっそう薄暗かったが、吸血鬼である九峪の目はたとえ一寸の光がなくても、遮蔽物さえなければ20km先の林檎の木になる林檎の数をかぞえることさえできる。その上、他の五感、第六感も視覚同様に優れている。闇の中から自分を伺う気配を見つけるのは大して難しいことではなく、簡単なことだった。

「キョウ、起きろ。……キョウ!」

 できるだけ相手を刺激しないように、ゆっくりと迎撃態勢をとりながら小さくキョウを呼ぶ。

 九峪が全速力で走り始めてすぐ気絶したキョウはすぐに落ちそうになったが、それに気づいた九峪が速度を落として、さらに天魔鏡に押し込んどいていたのだ。

「う、う〜ん。九峪なフガッ、モガモガ」

 今の状況に気づいてないキョウの口をとりあえずふさぐ。

「むー!むー!「シッ、静かにしろ。何かいる」・・・・・」

「――ぷはっ、何がいるのさ」

 九峪が手を離したのでキョウは声を小さくして尋ねた。

「それがわかっていたら、おまえを呼びやしない」

「え〜〜〜〜?」

「うるさい」

「はい」

 一言でキョウを黙らせてから、気配が発せられているだいたいの位置を口にした。

「右斜め前方100mくらいのところを見てみろ」

「ごめん、何も見えない」

 つかえないと思った。

「ちっ、―――頭が三つの狼だ。て言うかありゃケルベロスだろ。大きさは大体普通の3〜4倍くらい……俺の背丈ぐらいあるな。この世界の狼はみんなああなのか?」

「ち、ちちちちち違うよ。そ、そそそそんなわけないじゃん。た、たぶん、そそそそそ、それま、ま、ま、ま魔魔獣だよ。く、九峪、ど、ど、どうする?」

「そんなどもるなよ。あれが魔獣か・・・・・。あれ?でもなんでそんなのが人間界(ここ)にいるんだ?世界同士の交流はもうないんだろう?」

「――え?ああ、それは狗根国が耶麻台国との戦争の時に左道で魔獣界や魔人界から召喚したからなんだよ。召喚された者は召喚した術者が死んでしまうともとに戻れないんだ。だから、多分あれもそうだと思う」

「なるほど、肩慣らしと俺のこの世界での実力を測るにはもってこいの相手と言うことだな」
 
えっ、とキョウが止める間もなく九峪は行動を開始していた。

前傾姿勢となり、右足を持ち上げる。

ズダンッ、と地面を思いっきり踏みつけ、一気に最高速へと突入する。

踏み抜かれた地面は大気中に埃を舞い上がらせるが、それでも九峪は相手の姿を見失うことなく、一直線にケルベロスもどきへと向かっていった。もし、第三者が見ていたら黒い稲妻が地面と平行に走って行ったように見えたかもしれない。


「フッ!」

 一瞬でケルベロスもどきとの距離を縮め、手刀による攻撃を繰り出す。

 ケルベロスもどきの左右の首が胴体分離をするかに見えたが、さすがに100メートルの距離を一瞬で移動するのは無理なことで、それは一瞬の差によって両の首の毛をわずかにかするだけに終わった。

 後ろに跳んで攻撃をかわしていた魔獣が、今度は九峪に噛み付かんと向かってきた。

「グルルアァァアアァァア!!」

「よっと」

 九峪としてもそれは予測していたことなので、横に跳んで簡単に避けることが出来た。摺り抜きざまに無防備となった横腹に蹴りを入れることも忘れない。

 ドグシュっ

 つま先がいっそう見事と言ってよいほどに脇腹に突き刺さり、飛び掛る態勢のまま空中にいた魔獣が慣性の法則を無視して直角に横へと進路を変えて、盛大に吹っ飛んでいった。そのまま木を何本か薙ぎ倒して止まり、ピクリとも動かなくなる。

(スピードが速い上に、毛で覆われた表皮も硬い。・・・・・なるほど、確かにこれじゃあ並の人間では手におえんわな)

 そのスピードがのった突進をかわし、あまつさえ硬いと評した体に足の半分ぐらいがめり込むほどの凄まじい蹴りを入れた本人は。しれっと、そんな風に思っていた。

 と、置いてかれる形となっていたキョウがやっとここまで飛んできた。本人としては精一杯の速さで飛んできたのだろうが、九峪にとっては遅すぎると言っても良かった。ひとこと言っておく。

「遅いぞ」

「ゼェゼェ、ハアハア・・・・・ゲホッ、ゴッホゴッ、むっヴェッホエホエホ。―――む、無茶言わないでよ~。これで、限界だって。・・・・・ところで、あの魔獣、九峪がやっつけたの?」

「蹴りを一発入れといたが、あれで死んだとは思えないな。大方死んだ振りかなんかだろうな」

 キョウの視線の先には、倒れた木々の下から半身を見せて全く動かない魔獣の姿があった。半開きに開いた三つの口々からは赤紫色をした肉感たっぷりの舌と一緒に血も流れ出ており、涎と共に触れたくない水溜りを作っていた。

 蹴り一発であそこまでのダメージを与えられる九峪にも驚くが、キョウにはあれでまだ死んでいないという方がよっぽど信じられなかった。確かめたかったが、九峪が死んだ振りをしている、と言っているのもあり迂闊に近寄れない。万が一本当で、魔獣が飛び掛ってきてもしたら自分じゃ対処できずに死んでしまうことをキョウは知っていた。

 と、キョウの考えがわかったのでもないだろうが、今まで死んだ振りをしていた魔獣がのそりと起き上がった。体を何度かゆすり、束縛から抜け出す。

「やっぱりな。死んだ振りか。さすがは魔獣、知能はそんじょそこらの動物よりはるかに高いってことか」

 落ち着き払って魔獣の動きを観察する九峪を横目で見ながら、キョウは自分も落ち着いていることに不思議と違和感を感じなかった。

(周りにいるものを自然と落ち着かせる力。・・・・・九峪、君には将としての器があるみたいだね。召還は失敗だったかもしれないけど、結果的にはこれで正しかったのかもしれない)

 その時、魔獣の姿が突然ブレた。空中に身を躍らせ、体にひねりをいれて木を足場としながら、先よりも速く、そしてジグザグに向かってきた。――九峪の隣でぼんやりと浮かんでいるキョウへと。

 常人――いや、未熟なら吸血鬼でさえも捉えきれないスピードだったが、九峪はしっかりと目を離さずにいた。そのおかげで九峪からキョウへと攻撃対象を変更させた魔獣の牙から、キョウを守ることが出来た。

 牙が届く一瞬前にキョウを掴んで魔獣の攻撃範囲外――空中高くへと放り投げる。

「えっ、う――――わああああぁぁあぁぁあああぁあぁぁぁああぁあぁあぁぁぁぁ・・・・・あぁぁぁぁぁ・・・・・・・ぁぁぁ」

放り上げられたキョウは何がなんだかもわからないうちに、悲鳴を残して木々の葉っぱの間をすり抜けて姿を消した。

 ザシュッ

 キョウに死なれては困る九峪がほっとした安心した時、横から伸びてきた爪に脇腹を裂かれた。



「くっ・・・」

 馬鹿か、俺はっ・・・・・。

 命を奪い合う行為にルールなぞ存在しない。

 一瞬の油断が生の終着点に結びつく。その行為に必要なのはどこまで冷徹にかつ効率よく相手の命を奪えるか、という思考だけだ。

 今までは己のためだけに力を振るえばよかった。誰かを守り、戦う。その戦い方を久しく忘れていた九峪は、キョウを守り傷つくことでその難しさを思い出した。

「ちいぃっ」

 吸血鬼にも痛覚は存在する。たとえそれが小さな棘に刺された程度の痛みでしかなく、一瞬後に治っているとしても、傷ついた瞬間と傷を治す時は動きが鈍る。

 その一瞬に体勢を立て直した魔獣は九峪に体当たりをし、倒れた九峪の上にのしかかってきた。生臭い息を吐き出す三つの口が真上と左右から九峪に襲い掛かる。

「んの調子に、乗ってんじゃねぇ!!」

 腕を伸ばし左右の頭を掴み、それを力づくで真上に持ってくる、ぐしゃ、と音がして真ん中の頭がひしゃげた。左右の頭もそれぞれ左と右の目が潰れる。今まで感じたことがないほどの痛みに魔獣の動きが止まった。すかさず蹴りを叩き込み、魔獣を横に蹴り飛ばした。

 上から魔獣がどいた(というか無理やりどかした)ので、立ち上がる。

 横に目を向けると腹を上にして自分の血でてきた水溜りに沈んでいる魔獣の姿があった。真ん中の頭は原形をとどめておらず、左右の頭もぶつけたの形に頭蓋骨が変形していた。時折ヒクヒクと痙攣する姿は死んでいなくとも、虫の息なのは瞭然としたことである。

 吸血鬼並みの回復力がある可能性も否めなくもないが、あるのならキョウが自分の不死性に驚くことはなかったはずだと思い、それを頭からはずした。――――だが、油断はしない。

 拳大の石を探して拾い、握りつぶさない程度に強く握る。

それを魔獣の胴に狙いを定め、全力で投げた。

 ギュルルルルルルルルルルルルッ・・・ドン!!ズボ グシャッ 

 大砲の弾のように飛んだ石が魔獣に命中し、石と同じ大きさの穴を作り、体を突き破って内臓を破壊して反対側に抜けていった。

 石が当たった時、魔獣がピックンと一回跳ねたが、その後はただただ血の池に横たわるのみとなった。

 最早、ピクリとも動かない魔獣にゆっくりと近づいていく。その時、葉の向こうに消えたキョウがやっと戻ってきた。

「うう〜〜〜、酷いよ九峪ぃ〜〜・・・・・」

 枝にあっちこっち引っかかられた後と頭にのっている葉っぱが痛々しい。

「仕方ないだろ。お前がぼうっとしてるのが悪い」

「そうだけどさ~、もう少し別のやり方もあると思うけど」

「うるさい!こっちはお前を守って傷までつけられたんですけどねぇ(もう治ったけど)」

「ええぇーー?どこが?」

「バカやろう!傷ならもう治ってるよ。でも心は痛むな〜。あ〜あ、助けたのに礼の一つもされない。助けがいのない奴を助けてしまったな〜。これじゃあ耶麻台国復興する気もなくなっちゃうな〜」

「うっ・・・・・・」

 わざとらしくも傷ついたふうを装って、復興の話しを持ち出す九峪にキョウは何も言えなくなった。


「さて、こいつをどうするか・・・・・」

 死んだ魔獣を見下ろしながら、九峪がこの後の処置をキョウに問う。

「別に放置していてもいいと思うよ。いくら魔獣でも死んだら普通の獣と同じだからね」

「他の獣が食べたらそいつが魔獣になるって言うことはないのか?」

 吸血鬼の血が体内に入ったものは吸血鬼になると言うこともある。

「う〜ん、今までそんな話は聞いたことがないから、多分ないと思うよ」

「わかった。じゃあ、もう行くか。こいつのおかげで全くとは言えないが無駄な時間を過ごさせてもらったしな」

 爪で切られたことを思い出して、腹立たしげに魔獣の死骸を2、3回蹴り付けた。蹴る度に魔獣の体に凸凹ができあがっていく。

「そう言えば、征西都督府って後どのくらいだ?」

 九峪は後何時間もしないとあたりをつけていたが、正確なことはキョウに聞かないことにはわからない。大体の位置しか分かっていない場所を簡単に探し出せるものではない。千年生きた吸血鬼と言っても、出切ることと出来ないことがあるのだ。

「もうそんなにないよ。精々数十キロかな」

 思っていたよりも近かった。

「なら1時間だな。ちょっととばすから、キョウ、お前は鏡に戻ってろ。・・・・・と、その前に魔獣の血ってのがどんな味がするのか見ておこう「え!?」」

 キョウが驚いている側で、屈み込んで魔獣の体から流れ出る血をペロッと舐めて見た。

 それは、何と言うか。―――な味をしていた。例えるなら無茶苦茶苦いブラックコーヒーに色々な調味料を入れた後に、二倍の蜂蜜に入れて掻き混ぜた後のような味。ようするに――――

「うっ!!??」

「く、九峪。大丈夫!?」

 心配そうなキョウの声が酷く遠く聞こえる。ちょっと舐める程度だったからよかったものの、もし、一口分飲んでいたらしばらく動くことができなかったかもしれない。

「・・・・・・・ま、不味い・・・・・・」

(ま、魔力は人間並みにあるが、味は獣以下だ)

 戦闘と傷の治癒で使った魔力は回復したが、魔獣の血は二度と飲むまいと心に固く誓う九峪であった。








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