火魅子伝 〜月下貴族〜 第四話 (H:小説 M:九峪 Jシリアス)
日時: 05/08 20:06
著者: 混沌騎士

 第四話 征西都督府

 征西都督府――――狗根国の九州統治のための出先機関であり、九州方面における根拠地。耶麻台国を滅ぼした狗根国四天王の一人、帖佐は、耶牟原城近くを流れる筑後川の支流から水を引き入れ、街を水浸しにした。それは、陰陽の五行では水が狗根国にとっての象徴であり、耶麻台国の象徴である火を鎮めることが出来ると信じられているためである。

街を取り囲むように築かれた堤防にせき止められた水が、街の周囲に大きな人工の池を作っている。耶牟原城は池の中にぽつんと浮かぶことになり、その様は遠くから見ると、まるで海に浮かぶ巨大な船のようである。帖佐は、街の城壁を補強して堤防代わりにした耶牟原城の中に水を汲み上げ、街の中も水で満たした。城内の水面は周囲の池の水面よりもはるかに高いところにあった。

かつての街並みや王宮は、今では望楼や宮殿などの背の高い建造物を除いて、全て水底に沈んでいる。

耶牟原城の住人は、水面のすぐ下にある、以前の建物の屋根部分に土台を築き、あるいは水底に支柱を立て、さらに横組みの柱や板を渡し、粗末な水上都市を造って暮らしていた。城内の行き来は、もっぱら小船に頼っており、街の外へ出る場合も、小船に乗っていったん城壁まで行き、そこから外に下ろされた梯子を降りてもう一度小船に乗り、池の岸まで漕ぐといった不便な生活が続いていた。しかし、いくら不便で惨めでも街を捨てるわけにはいかない。生活の基盤が街の中やその周辺にあるうえ、外には熊や狼などの凶暴な獣やそれ以上に危険な魔獣もいるのである。

もちろん、水上に建物を建てていたのは、住民たちだけではない。狗根国も、都督府の建物を水面上に建造していた。

都督府は政務殿と宮殿に分かれている。

 政務殿は、征西都督の地位にある狗根国の王族の一人、紫香楽と彼に率いられた役人たちが通常の政務を司るためのもので、玄武殿、朱雀殿、青龍殿、白虎殿がある。一方、宮殿は祭司担当者が祭司を執り行う場所で、北斗宮と南斗宮から成っていた。

街の住民や周辺の町や村の住民を狩り集め、人海戦術による突貫工事で建設されたそれらの外観は壮麗だった。

 その偉容は、筑後平野を行き交う者の目を釘付けにした。







宮殿の壮麗さに目を引かれたのではなかったが、九峪も例外ではなかった。

「―――キョウ」

「何?」

 返ってきたキョウの声は硬い。それも仕方がないかもしれない。なんせ耶麻台国の神器であるキョウにとってここは魔の巣窟にも等しい場所だ。多少は声が硬くなってしまってもしかたがないかもしれない。

「―――俺は……、今……自分の目を信じることが出来ない。だから、キョウお前が答えてくれ。あれは……何都市なんだ?」

 九峪の目に映っているのは城郭都市でありながら、その内に水を並々と満たす巨大な人工池の体を擁するものであった。

「あれが狗根国の征西都督府。耶麻台国の首都・耶牟原城を水に沈めたその上に建設された狗根国の統治出先機関だよ」

「く・・・・・この時代にこれだけの建築技術があるなんて、にわかには信じられないな。―――あれじゃあ、まるでイタリアの水上都市の陸上版じゃねぇか(街の規模が時代離れしてやがる。と言うかあれ城郭都市じゃんよ。三世紀の日本て言ったらまだ弥生時代が終わるか終わらないかの頃だろ)。これが、異世界・・・・・か。本当に俺の世界の歴史とは違うんだな。やっぱ他の種族との交流のおかげで進歩の速度が速いのか」

「たぶん、ね。・・・・・ところで九峪は何で最初にここに来たかったの?」

「あれ?教えてないっけ?」

「聞いてないよ~。ゴタゴタして聞けなかったもん」

「そっか、まだ言ってなかったか。じゃあ、教えてやろう。言(つ)っても、たいした理由じゃーない。唯、これから俺が相手にすべき相手がどんな奴かってのを知っておこうと思ってね。復興軍起こしたら警戒が厳しくなってしまうだろ?だから、その前にその人となりの情報を得ようかと思ったんだよ」

「………わかった。九峪なら何かあっても大丈夫だろうしね。じゃ、オイラは鏡に戻ってるから終わったら起こしてね」

「ああ。バッチリと掴んで来てやるから楽しみにしてろ」

「うん」

 返事をして鏡の中に入って言ったキョウから目を征西都督府へと向ける。城壁の所々に篝火が灯り、歩哨の姿がちらほらと見えているが、大して問題ではない。一番の問題は水にどっぷりとつかっている事だ。

 九峪は水を苦手としないが、得手というわけでもない。吸血鬼の力を使って水の中を素早く移動することは出来るが、それだと大きな音を立ててしまうから今回の隠密行動にそれは出来ない。呼吸を必要としないから水の中に潜ったままで行く事は出来るが、それは気分が乗らないしかっこよくないから却下。と、なると残るは――――

「―――多少発見される危険性はあるが、屋根の上を行くしかないか。うんやっぱお忍びの常道は屋根だな」

 そう言うと、九峪は一陣の風となって闇の中に浮かび上がる征西都督府へと走り出した。




 一飛びで城壁を超え、歩哨の目の前を高速でやり過ごした九峪は、僅かな音も立てずに藁葺きの掘っ立て小屋の上を街の中心に向かって直進する。道路代わりの水路を飛び越えながら、街の様子を観察した。

(街の高度な建築技術に半比例するかのような貧相な家々。あれだけ立派な宮殿を造れる支配者である狗根国が家だけこんなに貧相なはずもない。おそらくここは旧耶麻台国の住民が住むスラム――奴婢――街かなんかだろうな。――――やっぱり支配者と被支配者とをはっきりと区別してるな。両者の間にはやはり大きな差が存在するか。思想は時代相応だな。時代不相応の技術と時代相応の思想……。なんとも奇妙なもんだな。っと家の様式が変わった。少なくとも中堅層は存在するんだな)

 藁葺き屋根は同じでも、今度の家々のつくりはしっかりとしているようだった。一軒一軒の規模も先ほどのよりは大きい。と、その向こう側に今のよりもさらに立派なつくりをした家群が出現した。

九峪の目には、宮殿付近に広がるこの時代の高級住宅とおぼしき区域もしっかりと映し出していた。なんとこれらの家々は煉瓦から出来ており、その上、屋根に瓦が敷かれているのもあった。

大陸様式の――しかも、大都市波の――街並みである。

(邪馬台国て言ったら弥生時代の末期だよなぁ……。まったく、こっちに来てから驚きの連続だ。天界とやらとは数百年前に交流が途絶えた、ってキョウが言ってたが、百年単位で時が経ってもこれとは侮れんなぁ。いつか天界とやらに行って見たいぜ。いや、俺の場合は魔界か……)

 と、九峪がそんなことを思っていると、いつの間にか住宅の姿は消え、代わりに都督府がその巨大な姿を水上に現した。

 敵の接近を事前に察するためというよりも、街を隅々まで監視するために作られたような物見櫓を除いた建物の高さの平均は五,六メートルほどだろうか。さすがにまだ階層を積み重ねることは出来ないのか全ての建築物は一階建てである。だがその様式はすでに平安時代か、鎌倉時代並みのものがあった。

 さらに、九峪の目を引いたのが篝火に照らし出された建物の壁に、無数に刻まれている牙の鋭い小さな黒い生き物の姿だった。

「・・・・・鼠、か」

 牙の鋭い小さな黒い生き物――――その姿の正体は鼠だった。

「――――なるほど、木・火・土・金・水――――陰陽五行の考え方か。キョウは狗根国の命は水気とかいってたな。水気は黒を表し、水気方局を形成するのは亥・子・丑の三支。その中央に位置し、水気方局の正位に位置するのが子だから“黒い鼠”か。この分だと耶麻台国のは赤い蛇か、龍ってとこか。ははは……、まさかな〜」

 一時期凝っていた占いの知識を引っ張り出して、黒い鼠の由来を言い当てた九峪は、自分が耶麻台国のまでも正確に言い当てているとはつゆ知らずに、どうやって潜入するかを考えていた。

 と言うのも都督府と一般の住宅区域の間には五十メートルもの幅が在り、都督府を囲う水上に浮かぶ柵以外には何もなかったからである。しかも、四〜五メートル間隔に篝火が灯されていて、夜の空を明るく照らし出しているから、今までのように闇に紛れることが難しいのだ。運がよければ、見つからずに都督府までたどり着くことも出来るかもしれないが、あいにくと九峪は面白くて退屈しないことは好きだが、そんな掛け率の悪い勝負をする気はさらさらなかった。と、いうわけでこの際気分がどうのこうのと言っている場合ではなく、九峪は水中から潜って行く事を決心した。

その時、僅かに風が吹いて都督府から九峪が知る中で最も素晴らしい香りを届けてきた。

「こ、この芳しくも危険な香りは………」

たちまち頭が真っ白になり、恍惚とした気分に陥りそうになってしまうが、何とか耐える。

「いかんいかん」

匂いから逃れるように身を翻して建物の間に身を滑り込ませ、音を立てずに水の中に潜り込んだ。






夜の闇に紛れて、屋根上を凄まじい速度でこちらに向かってくる影を都督府から見つめる者がいた。

極小の鎧―――体の九割方が露出し、防御力が全く期待できない上に既に服としても成り立っていなかったが―――を身につけ、鋭い視線を九峪が消えた家の屋根に向けていた。驚くことに、篝火の範囲外である闇の中で九峪の姿を捉えるその視力の持ち主はまだ二十歳前後の若い女性だった。

「へぇ〜〜……」

「虎桃様」

と、こちらも正気を疑いたくなるような極小の鎧―――虎桃と呼ばれた女性のよりも体を覆う面積は大きかったが、それでも八割以上露出していた―――をつけた若い女性が問いかけてきた。

「あ〜〜、弥都香〜。夜の見回り?ごくろ〜さんだね〜」

「いえ、それほどでは……。ところで虎桃様こそこのような時間にどうかなさいましたか?」

弥都香が空を見上げて言う。虎桃もつられて空を見ると、もうすぐ月が真上に差し掛かかろうとしていた。

「ん〜、寝付けなくてね〜。ちょっと散歩してたんだ〜」

「はあ、そうでございましたか。今宵はいささか冷えますので、風邪を引かぬようご用心くださいませ」

「あはは〜、確かにこの格好じゃ少し寒いかな〜。でも、着替えるわけにもいかないしね〜。ま、気をつけるよ。弥都香もみまわりしっかりね〜」

「はっ」

弥都香の姿が角を曲がって見えなくなるまで見つめて、再び闇の中に視線を投じる。

(いない………。やっぱ怪しいよね〜。これは天目様に報告したほうがいいかな?)

 前に向けられていた視線は、いつの間にか水の上に落ちていた。











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あとがき

 短っ!!?