火魅子伝 DOD (改訂版)第08話 (H:小説+α M:九峪・弥都香・深川・鳴壬 J:シリアス)
日時: 05/14 23:43
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月だけが唯一の明かり。

漆黒に包まれた世界をうっすらと照らし出している。

風が木々の葉を揺らし、虫の鳴く音が静かに虚空に吸い込まれていく。

その調和に満ちた世界を一つの影が切り裂いていった。

薄暗い闇に包まれた木々の間を影が走っていく。

まるで捕食者のように鋭い視線で周囲を窺う。


「見つけた。」


そうつぶやいた唇の端が少しだけ持ち上がる。

その視線の先にいるのは数人の黒衣を纏った者達。

その全員が明らかに訓練された動きを見せていた。

無駄の少ない動き。

ほとんど足音をたてない歩き方。

それは間違えなく彼が求めていた者達。

影は見つけた獲物に忍び寄り始める。

その牙たる白刃がゆっくりと抜き放たれた。






























筑後最大の都市、筑護。

この都市は那の津と火後をつなぐ陸上の交通の要所として昔から発達してきた。

そして今、この都市は静かな緊張に包まれていた。

城内を鎧を纏った兵が歩き回り、次々に食料などの物資が集められている。

住民の間に広がる戦の気配。

筑護城から活気が薄れていた。





まだ薄暗く、朝日も山の陰に隠れている時間帯。

うっすらと筑護城を覆う霧の冷たさが城門の見張り達の眠気をかき消していく。

普段ならこの時間の見張りなど何の意味もなく、ただぼおっと突っ立っていればよかった。

しかし兵達の顔には緊張が漂い、油断なく周囲に視線をめぐらしている。

そして時折まだいくつか星が見える空を見ては顔を背ける。

彼らの表情に、心の奥に潜む恐怖が瞬間浮き上がる。

そう、怖いのだ。

本当は空を見上げたくないのだ。

何かが飛んでいるのかもしれないから。


「・・・ぅぁ・・・・・・」


その時突然どこからかうめき声があがった。


「な、なんだっ!?」

「うわっ!?」


ぎょっとした様子でうわずった声をあげ、兵達は顔を見合わせる。

そして急いで周囲を隈なく見渡した。

霧の中からゆっくりと何かの影が現れる。

兵達は手に持った武器を影に向かって構えた。


「おいっ!!何者だ!!」

「ぁ・・ぁあ・・・・」


ようやく霧から影が抜け出し、その姿があらわになった。


「お、おい!?」


頭から血をかぶったように全身が真っ赤に染まっていた。

一体どこに傷があるのか、いや、一体どこに傷がないのか。

元から黒かった衣が一層どす黒く染まっていた。


バタッ!!


「だ、大丈夫か!!」

「い、急げっ!!運ぶんだ!!」


地に倒れ伏した者に兵達が集まる。

影は自分達の同僚だったのだ。

ひゅうひゅうと息が口元から漏れる。

見ると喉に大きな傷跡が残されていた。

抱き起こす手に伝わる血。

もはや助かるほどの傷ではなかった。

思わず視線をそむける。

その時ふと懐からこぼれた布が目についた。

それだけはこの惨たらしい情景とは明らかに違う、汚れの少ない布だった。

何気なく手に取ったそれに書かれた文字を見て、兵達は驚愕を顔に貼り付ける。

それは川辺から送られてきた物。

自分達末端のものが軽々しく目を通してはいけないものだった。

すぐさま動き始める兵達。



こうして、川辺からの密書と思われるものは城内の将兵の手元に渡った。

豊後にいる耶麻台国復興軍の殲滅計画の決行は『五日後』。

そう、筑護には伝えられたのだった。





























「さてさて、この城を残り三日で落とすのか・・・どうしたものかね。」


筑護城を一望できる丘。

一本の木の上に腰掛けた九峪は筑護城を眺めながらつぶやく。

時間は限られている。

もうすでに最初の一手は打ったのだが、それは単なる時間稼ぎの手に過ぎなかった。

使える手は限られている。

アンヘルは動かす事はできない。

龍という存在が圧倒的に不利な状況をごまかしているのだ。

今豊後にとって大切なのは希望だ。

それがたとえまやかしの様なものであったとしても、それが士気の上昇に役立てばそれでいい。

いっそのこと真正面から攻撃するか・・・

そんな考えが九峪の脳裏をよぎる。

しかし瞬時にその考えを打ち消し、九峪は頭を振る。

それは最後の手段だった。

どうしようもなくなった時に使えばいい。

実際、九峪一人で落とせないことはないのだが、多くの兵が逃げ延びてしまうだろう。

そうなれば余計に面倒だ。

はあ、とため息をつく。

いっそ何もかも破壊すれば全てが解決するのならどれほどいいだろうか。

そんな危険な考えに沈む九峪の下から声がかけられた。


「あの、九峪様。」

「なんだ?」


木から飛び降りた九峪の前にいるのは五人の女。

そのうちの一人が進み出た。

彼女の名は弥都香といった。


「これから城内に潜入してこようと思うのですが・・・九峪様はどうなさいますか?」

「勝手にやるさ。だから気にせず自分達の役目を果たしてくれ。」

「勝手にって・・・」

「お前達の邪魔はしない。」

「はぁ・・・そうですか。」


弥都香は少々あっけにとられたような表情を見せる。


「天目から言い付かった用事を済ませてから少し俺の手伝いをしてくれればいい。」


九峪は彼女達、天目親衛隊員に言う。

そもそも彼女達は天目から物見として派遣されたのだった。

そんな彼女達が九峪とであったのはほんの数時間ほど前の事だった。

九峪が狗根国兵を城門付近に捨ててきた帰り、偶然出くわしたのだった。


「数日は動くつもりはない。情報を集めてきてくれ。」

「はい。」


九峪はそれを聞くと歩き出し始める。


「さて、行くか。」

「はっ!?行くかって・・・」

「ついていくって言ってるんだよ。どうせ潜入するつもりだったしな。」


にっと笑う九峪に彼女達は肩を落とす。


「最初からそう言ってください。」

「中に入ったら勝手にする、そういうつもりで言ったんだがな。」

「分かりませんでした。」

「そうか。」





























「くそっ!!」


深川は小声で吐き捨てた。

彼女は苛立っていた。

それというのもつい最近捕まえてきた捕虜達を尋問する機会を奪われてしまったためだった。

全ての原因は目の前にいる男だった。

病的に白い肌と銀色の髪の男。

ほっそりと線の細い体に豪華な白い衣を纏っている。

中に着込んだ紫色の薄手の服の上にぶら下がっている飾り。

それは高位の左道士を示すものだった。


「何か言ったかな?深川。」

「いえ。」


男はふっと笑みを浮かべる。

それは笑みというよりもただ人を馬鹿にするだけの表情だった。

深川はわきあがる殺意を強引に押さえ込む。


「それよりも鳴壬様、儀式を急いだ方がよいのでは?」

「当然。」


鳴壬は前に向き直ると再び詠唱を始める。

その声にしたがって周りの左道士達も一斉に呪言をつむぎ始めた。

彼らの前にある円。

それは複雑な文字が多数書き込まれていた。

そしてその中心に置かれていたものは、数人の生贄の血肉。

もはやそれらは原型をとどめてはいなかった。

それらを囲むように黒い霧が渦巻いていた。

徐々にその霧は濃くなっていき、やがて血肉から黒い液体が吹き出る。

黒い液体はゆっくりと円を形作る文字をなぞるように流れ、光沢を放ち始めた。


「まあこんなものか。」


鳴壬が詠唱をやめる。


「だいぶ魔界の泉も定着し始めた。これなら数日のうちに魔獣、魔人を呼び出せるだろう。」


ざわめきが左道士達から起きた。

鳴壬がふと、深川を見る。


「お前が捕らえた者達だが・・・尋問にかけて傷物にするのはやめてもらおうか。彼女達は餌になってもらわねば。」

「・・・はい。」


ぎりっと歯を食いしばり、瞼の裏で鳴壬を睨みつける。


「分かればいい。」


それだけを言うと鳴壬は踵を返し部屋から去っていった。

深川にできることはただその背を睨みつけることだけだった。









続く




【あとがき】


なんかマイナーキャラが・・・

そんなの出すなら香蘭、紅玉、只深を出せっ!ていう声が聞こえそうだw
もうちょい待ってください。
彼女達ももうじき出番が来ますので。

それにしてもあまり進んでませんな。
どんどん場面が変わってまとまりがない気がしますが・・・
勘弁してください。
どうしても今回はこうなってしまうので。

次回は九峪が行動を開始しますのでたぶんこんな文にならないかと。

とにかく時間がないので次の投稿はいつになるか・・・
楽しみに待ってくださっている方、申し訳ないです。

ではまた!
次の第09話で!