Lovers Ver上乃  (H:小説 M:九峪×上乃 ・その他大勢 J:ほのぼの)
日時: 04/05 15:55
著者:
URL : http://shrine-of-miya.hp.infoseek.co.jp/



視界一杯に広がる桜。

無数に枝分かれした先で咲いている小さな花がまるで星の様に色づいている。

九峪は一本の桜の木に背を預けてぼうっと前方に広がる光景を眺めていた。


「春だよなぁ・・・」


暖かい日差しと程好い心地よさの風に包まれて九峪は思わず目を細めた。

一口に桜と言えどもその種類は多い。

一番有名な桜といえばソメイヨシノであるが、今九峪がのいる九洲豊後の湯布院ではいくつもの種類の山桜が群生していた。

一体どれほどの種類があるのだろうか。

それぞれが違った薄紅で色づいていてそれらが濃淡の差によって生み出す光景は美しかった。

この時代だから誰かが桜の木を植えたということはないのだろう。

ということはこれは偶然の産物のはずだ。

ここ湯布院は先の狗根国との大戦でも戦場になった土地だ。

よくここまで木々が残ったものだと九峪は感嘆した。

同時に幹部の誰もが欠けずに戦争が終えることができたことに喜びを覚えた。

背後のざわめきに耳を傾ける。

にぎやかな声が少し離れた所に座っている九峪の元まで届いてきた。


「ふふふ・・・飲んでくださいねぇええ」

「ひぇえええ!!」

「閑谷ぁあ、逃げられると思っているのかっ!」

「うううぅ・・・私なんか、私なんかぁあああ」

「ちょ、ちょっと待ってよ、泣かないでったら」

「ささ、亜衣さんもどうぞ」

「いえいえ、紅玉さんこそ」

「すぅ・・・zzz」

「お〜い、酒なくなったぞぉ〜」


相変わらず、か・・・

思わず笑みがこぼれた。

九峪が九洲に来てから多くの現代の知識を根付かせていったが花見もその一つであった。

しかしこうも現代風である必要ないような気がひしひしと感じられてならない。

本来花を愛でる会のはずじゃあ・・・

九峪自身こういった会は嫌いではない。

むしろ珍しく幹部達が勢ぞろいしたのだから大騒ぎになる事ぐらい予想はついていたしにぎやかな事はいいことだ。

どこから聞きつけてきたのか天目や兎華乃達までいるのはやや疑問に思わなくもないが・・・

だがおかげでこうしてこっそりと避難していられるのだから彼女達には感謝すべきだろう。

毎回宴会のたびに酒を飲ませられまくって二日酔いになるのは勘弁してもらいたい。


ふと視線を膝元に落とす。

飛び込んでくるのは青みがかった艶やかな長い髪。

九峪の膝を枕に幸せそうに眠っている上乃。

無防備な寝顔を見ていると胸に暖かいものが込み上げてくる。

上乃はそれほど酒に弱いということはなかったはずだ。

たしかに宴会でははしゃいでいた様子も見受けられたが開始早々にダウンするとは予想だにしていなかった。


「疲れてるんだろうな・・・」


毎回宴会は各地で持ち回りでやっている。

今回は豊後の番であり、会場のセッティングや警備、酒や食事の用意など仕事は非常に多かったはずだ。

それを平常の業務と並行してやるのだから疲労もたまらないわけがない。

溢れてくる愛おしさをこめてそっと最愛の相手の頭を撫でる。

普段九峪は耶牟原城にいる。

神の遣いという称号は国都にいるからこそ意味があるのであり、さらに言えば九峪が他の県に居座ってしまえば火魅子の栄光に影が射しかねない。

なにしろ火魅子よりも神の遣いの方が実際の権力は強いという奇妙な現象が起きているのだ。

これも九峪の人望によるものであるのだが・・・

よってこうしてたまに会う機会を設けなければ上乃とは会うことはできなかった。

離れて暮らしている事に不満はあった。

それはお互いが感じている事であったため会う努力を欠かした事はなかった。


「頑張って会おうね」






























告白は上乃の方からであった。

そのセリフはシンプルでありながら最もよくその感情をよく表している言葉。


「好きですっ!」


っと、ただその一言。

しかしその一言で九峪は完全に思考を停止させてしまった。


「えっと・・・」


返す言葉は出てこなくて、それでも何かを言いたくて口はただパクパクと動くばかり。

目の前に立っている上乃の目は期待と不安に彩られていて、じっと九峪を見つめていた。

顔がどんどん熱を帯びていくのが自分でも感じられた。

情けないと自分自身を叱咤する。

思えばこうしてストレートに思いをぶつけられたのは九峪にとっては初めてのことだった。

それそうと匂わせたやり取りや遠まわしな言葉をかけられたことは何度もあった。

しかしそれは九峪にとっては特定の、唯一の相手を決めるべきものにはなりえなかったのだ。

だからこそ、たった一言で心は揺り動かされた。


「ああ・・・、んと・・・うん、ありがとう。俺もだ」


ぱっと笑顔が輝いた。

ふわっと長い髪がなびいて、気づいた時には腕の中に彼女を抱きしめていた。






























上乃のことが好きだと意識した時から上乃は大きく変わった。

本当に輝いていて、恥ずかしくて面と向かっては言えないが、綺麗になったと思う。

会うたびに心臓が跳ね上がるような思いにとらわれて幸せだと感じる。


「・・・ん・・・」


もぞっと上乃の頭が動く。

うっすらと開かれた瞼の奥で焦点の合わない瞳がきょろきょろと彷徨っていた。


「あ、あれ?」

「おはよ」


上乃が上体を起こすと九峪は覗き込むように目を合わせた。

ぱちっと瞬きを数回。

途端に視線が合う。


「九峪様・・・?あれ?私なんで・・・」

「ん、覚えてない?」


きょとんした表情で見つめ返してくる上乃。

その頬はまだ紅く染まっていて目も心なしか潤んでいるように見えた。

しばし戸惑ったような様子を隠せないでいたが、突然上乃はふにゃっとやわらかい笑みを浮かべた。


「九峪様ぁ〜」

「なっ!?お、おい!?」


首に両手を回されて抱きつかれ、首元に顔を埋められる。

そのくすぐったさと恥ずかしさに九峪は思わず声を上げた。

だがしっかりと両手を上乃の背にまわして抱きとめることは忘れない。


「二人っきりなんだからちょっとぐらい甘えてもいいじゃないですか!」

「お前、酔ってるだろっ!」

「どうせ酔っ払ってますよ〜だ」


九峪は触れた肌から伝わってくる暖かさと柔らかさに鼓動が大きくなっていくのが感じられた。

ゆっくりと時間が流れていく。


「ねぇ、九峪様」

「ん?何」


腕の中で埋めていた顔を上げて上乃がささやくように言った。


「大好きです」

「・・・俺もだよ」


さらに赤くなった九峪の顔を見て上乃はくすっと笑う。

本当にこの人と一緒にいられて良かった。

その想いが胸を熱くする。

やがてどちらともなく目を閉じてそっと近づいていく。

優しく、ありったけの想いをのせて触れ合う唇。

甘いくちづけに酔いしれて二人だけの時間が流れていった。



「愛してる」「愛してます」