ひみこでん? 第二話(H:小説 M:九峪、キョウ、蛇渇 J:シリアス)
日時: 04/28 09:43
著者: nag

 セカイが変わった。少なくとも俺はそう感じた。
 先ほどまで疲労から来る不満を神器の精にぶつけていた俺だが今現在、声が出ない。それほどに世界が変わった。そしてその中心にいるのは、一人の男だ。
 ……何だコイツは? 浮かんでくる言葉はその一つに尽きる。
 何かをされたわけでは無い、しかしどうしようもないくらいに冷や汗が出る。唇が震えて息すら上手く出来ない状況で、俺は目の前に立つ一人の男を眺めていた。
 一言で言えば骸骨。いや、二言も無いだろうそいつは骸骨そのものなのだから。実際のところ骸骨と言うものは理科準備室の模型くらいでしか見たことがないのだが、やはりコイツを表すとき適切な言葉としてはそれを使うしかない。
 見かけからして気味が悪い、理科準備室においてあるアレと仲良くなりたい人などそうはいないだろう。しかし、そう言う生理的な嫌悪感ではなくもっと根本的な生存本能がしきりに警告してくる。曰く「逃げろ」と。

(く、九峪)

 キョウの方も異変を察したようで、先ほどから鏡に隠れて出てこない。会話も心の中を使う徹底ぶりだがどの道鏡を失えば生存できないという不思議で難儀な生態をもつ生物なので隠れたところで意味は無いけどな。
 俺の方も隠れはしていないが事態は全く理解できないし何でこの骸骨は俺の行く手を阻んでいるのかも分からない。しかし今の状況がとてつもなく不味いことは直感で察した。そんな時だ。


 リィーン、リィーン……。


「え?」

 何だ? 鈴の音?

(九峪? どうかした!?)

「いや、どうかって……聞こえるだろ?」

 鈴が……。
 リーン…………。

「あれ?」

 やがて鈴の音は遠ざかっていった。何かのイベントが起こりそうな予感がしたのだが……なんだったんだ?

 ちなみに後で聞いた事だがちょうどこの時田吾作さんがパワーアップを果たし耕作能力が大幅に上がったらしい。まぁ今は関係のない話だ。

「…………」

「…………」

 そして現在、見つめあう俺と骸骨。行数は稼げたが状況は全く変化ない。

「そろそろ殺しても構わんかな?」

 そう、まるで散歩に誘うかのような気楽さで骸骨は言った。

「いや、出来ればこのまま帰ってくれればうれしいんだけど」

「かっかっか……それは無理と言うものじゃ、そうすることによって儂に何の得がある?」

「えーと、善行重ねると天国に行けるかも?」

 まあ、無理っぽいけど。

「かか……本当に面白い男じゃ、ますます殺しがいのある」

 よけいに殺るきにさせてしまった。どうやらこの男の中で俺を殺すという選択は決定済みのようで、

「これ以上の話も無用じゃろう。儂の方も時間が押して折るのでのう」

 言葉などソコに入り込む余地はないらしい。俺の命がかかっていると言うのに気楽に、骸骨男は枝のような指をこちらに向けた。
 ヤバイ、状況は考えるまでも無い。解決方法として頭に浮かぶは逃走の2文字のみ。ひらがなだと全く別の意味になりえるのでしっかりと漢字で思い浮かべたのだが。

(体動かねー)

 蛇ににらまれた蛙、マングースに睨まれたハブ。最近のマングースはどちらかと言うと鳥とか襲ってるようだが今ここにいる骸骨が襲うものと言えば俺以外にないだろうから全く使えないトリビアだ。

「なに、苦しませるようなことはせん。安心して逝ってくれ」

 そもそも逝くのが嫌だと何故思い至らないのだろうか? いやまあ実際分かってていってるんだろうけど。
 動かないからだの分まで頭を動かしているのだが、そう都合よく起死回生の手段など思いつくわけも無く、そうこうしているうちに骸骨の男の口が動いた。
 俺には何を言ったのか分からない、理解する余裕などあるはずがない。ただ、「魔法のようなもの」と言うキョウの言葉がフィードバックした。
 そして結果は現象として発生する。骸骨の指先が黒く光ったかと思うとあまり体に良さそうでは無い光が急速に近づいて……。

(九峪っ!!)

 最後に聞いたのがキョウの声と言うのことに大いに不満を感じつつ、俺は瞳をきつく閉じた。

「む……」

 届いたのは驚きを含んだ骸骨の声。意外な声の主の意外な口調に俺は自分がまだ生きているのを知った。

「……あれ?」

 なんとも無い。恐る恐るとまぶたを開ける。そこには相変わらずの骸骨面があって、視線を下へと向けると穴があるわけでもない俺の体が見えた。

「えーと?」

「お主……外法の者か」

 外法?

(そ、そうか外の世界から来た九峪にはこの世の理が働かない……逃げるよ! 相手が左道師なら逃げ切れるかもしれない)

 キョウは納得したようだ。当然俺にはチンプンカンプン。
 しかし、今は理由も説明も必要ないただあの骸骨の魔法モドキは俺に通じなかったという事実があればいい。まぁ、効かなかったといっても現役高校生の俺に戦う手段などあるわけも無いのだから出来ることといったら一つしかない。

「逃げるか……じゃが外法の者とわかればなおのこと生かしておくわけにはいかん」

 今思ったが、どうにもこの男は骸骨らしく友達がいないようだ。きっとあまりにも一人でいる時間が長すぎて独り言無しには生きていけない体に進化、いや退化したのだろう。きっとそうだ。

「お主を葬る方法など幾らでもあるが……左道士監として左道で殺すと決めた以上やはり他の手段はとらぬ」

 なおも独り言を続ける骸骨。そんなさびしがり屋の自己主張など聞いてやる義理は無く、それが自分の命をかけてならなおさらだ。俺は限界までスピードを上げた。
 恐らく100mの自己ベスト更新確実と言えるほどの限界ぎりぎりの走りを披露した俺だったが。

「ぐえ!?」

(九峪!?)

 壁にぶつかったような衝撃を受け仰向けに倒れこんだ。しかし俺の目の前に壁などは無く今来た道があるだけなのだが……もちろん、こんな状況でもパントマイムを披露する芸人根性など持ち合わせてはいない。
 となると消去法で実際に壁があるということになるのだが。
 俺はゆっくりと、震える手を前に突き出す。

「……冗談だろ」

 見えない壁が、あった。殴ってもびくともしないくらいの強度はある様で少なくともココを突破する方法は思い浮かばない。

「ふむ、お主自身への左道は効果を発揮せぬが場へかけた影響は受けるようじゃの」

 実験結果を考察するかのように 男はゆったりとした足取りで俺に近づいてきた。

「あ……あ…………」

「海の藻屑となるがよい」

 瞳と言う器官があるのかすら怪しい、むしろ窪みと言っていいソコから怪しい光をたたえ……。

 キシっと音といえない音を耳では無いどこかで聞いた。

(世界が切り離された! 九峪!!)

「うわああぁぁぁああ!?」

 フリーホールのような落下に抗う術などは無く。

「あああ……あ?」

 悲鳴はやがて疑問へと変わった。
 キョウの言葉は正しかったのだろう、周りの世界が変わった。
 変わったのだが……。

「海の藻屑……?」

 俺は首を傾げる。
 あの人体模型モドキは何がしたかったのだろうか? てっきり殺されるのかと思ったのだが。

(転移の左道だね。おそらく外海に飛ばそうとしたんだけど……)

 疑問符を量産する俺にキョウが答えを提示する。

「ってことはまた上手く働かなかってことか?」

(多分)

 俺は立ち上がるとあたりを見渡した。

「森、か?」

(森だね)

 海ではなく森へ飛ばされたらしい。遠海に飛ばされるよりは良かったのかもしれないがこれはこれで不味い。遭難の危険がある。

「ココどこか分かるか?」

(うーん……せめて何か目印があればわかるんだけど)

 つまり分からないのか。

(でも、当麻の街からはかなり離れちゃったみたいだね)

「ああ、せっかくく2時間歩き続けたのにな」

 あの骸骨もどうせ来るならすぐに来いよ。距離が0じゃなくてマイナスになってるであろう分ゴール直前のふりだしへ戻るより酷い。
 どうしたものか。どちらに行くべきかも分からず途方にくれていた俺だったが、そんな必要は全く無かったようだ。

「あ〜、やっぱり人間だぁ」

 唐突にかけられた声。気配はおろかそいつは木々に囲まれていたにもかかわらず何の音も立てなかった。

「しかし急に気配が沸いたな……左道師か?」

 逆の方向にもう一人、こちらも同様伊賀の者を思わせるスキルを持っているらしい。
 二人は俺を挟む形で行く手を阻んでいる。
 只者ではない。
 俺は戦慄した。
 すでに見た目からして只者では無い。
 俺を挟む形で凄まじい美人が二人、彼女たちの頭にはバニーガールに通じる耳が生えていた。



追記
 4/28 少し修正。