ひみこでん? 第三話(H:小説 M:九峪、キョウ、魔兎族 J:シリアス)
日時: 05/01 00:27
著者: nag

(ま、魔兎族……)

 かすれるようなキョウの声。初めて聞く名に俺は問い返す。

(魔兎族?)

(魔人だよ、それもかなり上位の)

 魔人……ネーミング的に予想がつくが。

(……もしかしてすっげー強くて人襲ったり)

(うん。よく分かったね)

 どうやらこの世界は嫌なところで俺の予想を裏切らないらしい。

「あら、てっきり左道師かと思ったのだけど違うようね」

 さらにもう一人、今更気付けなかったことなどなんとも思わないがそいつの外見には少し驚いた。どう見ても中学生にしかみえない……頭にうさぎの耳がついていなかったら。

「姉さま、何故ココに?」

 そういう縦ロールは二十歳ほど、対するうさ耳美少女はどう見ても中学生。……姉さま?

「いいじゃない。暇だしあなたたちだけ楽しむなんてずるいわ」

 その、姉さまと呼ばれた見た目中学生の少女は悠然と、外見の年齢にそぐわぬ微笑を浮かべた。

「そう言うことではなくて」

「えー、もういいじゃん。だったら3人で早くやっちゃおうよ〜」

「待ちなさい兎奈美、こういうものは順序と言う物があって」

 俺そっちのけで繰り広げられる緊張感の無い会話、しかしその内容はとても殺伐としたものだ。骸骨とは違う種類の恐怖を覚え俺は数歩後ろに下がった。

(九峪! 彼女たちに鏡を向けて!!)

(あ?)

(いいから早く!)

 切羽詰まった中にも自身ありげなキョウの声に俺は慌てて天魔鏡を三人に向ける。

「え?」

「ふぇえ?」

「何!?」

 3者3様の驚き方。3人のうさ耳女sはそろってぴたりと動きを止めた。

「これは……左道……とは違うみたいね」

「あれ〜?」

「……貴様」

 最後の一人がすごく怖い……訂正怖いのは3人全員だ。むしろ小さいのが一番性格悪そうだ。
 これはあくまで俺の直感であまり当てにならないかもしれないが……。

(これは?)

(天魔鏡は神器だからね。対となる魔界の力を封じることが出来るんだ)

(で、このまま逃げていいのか?)

(待って、これは天魔鏡に映っている相手の動きを封じてるだけだから……)

 いや、それって。

(すごいとは思うけど、この場合とってもお呼びじゃないスキルじゃないか?)

(え?)

 だって3人の誰かが鏡に映らなくなったら動けるようになるってことだろ? 一度逃がしたら次も引っかかってくれるとは思えない。鏡を向ける前に殺されるだろう。だからと言っていつまでのこのままの状態でいるわけにも行かない。

「どうやら、貴方もあまり動けないみたいね」

 相手の動きを止めておきながら何もしなけりゃバレルわな。

「ちびっこは家に返ればいのに……」

 よけいなことに気付かれたことも手伝って小声で毒づく、声量としては呟いた位のものだったはずだ、しかし……。

「貴方、殺すわ」

「ひぃ……」

 壮絶な笑みでもって返された。すげぇ怖い。さすがうさ耳は飾りじゃなかった、偉い人にもわかるのに失念していた。
 しかも殺す宣言まで受けてしまった、事態がもう一段階悪化したのは間違いない。
 キョウの言葉からするとこの鏡に映っている魔人は動きを封じられるらしい。つまり、一人でも鏡の効果範囲から外れれば俺の死が確定する。それだけは避けなくてはいけない。
 どうする、考えろ。今の俺にできる事はそれだけで、さもないと最悪死ぬ。

「私たちはこのままでも数年耐えられるけど?」

 腹立たしいほどに落ち着いた口調で小さいのが言う。
 つまり人間の俺には無理だろう、ということか。確かにその通りだ。

「ちなみにこれ解いたらどうする?」

「決まってるじゃない」

 決まってるのか。

「こう、グチャって」

 動けないのをもどかしく感じながら、それでも丁寧に説明しようとするうさ耳少女。そんなところに親切心を出さなくていいから見逃して欲しいのだが……無理だろうなぁ、さっきの骸骨といいなんでこうバイオレンスな奴らばっかりなんだ、ここは。

(おい、どうするキョウ?)

(どうしよう)

 さっきは自信満々だったくせに土壇場で頼りにならない。
 ならば今ココで頼れるのは自分しかいないことになる。何かあるだろ、さっきと違って考える時間はあるんだ。



 考え中。



 ややあって俺はおもむろに口を開いた。

「トイレ」

「え?」

「えーと用を足したくならないかな?」

「…………」

 お、少し反応があった。この線で言ってみよう。

「俺はもうココでしちゃってもいいんだよね、でも女の子はそう言うの良くないと思うなぁ」

 若干の恥など死ぬのに比べたら何てことは無い。しかし向こうは俺を殺さなくてもペナルティがあるわけではないのだ……何とか矛を収めてくれないか。

「それは規定違反だと思うのだけど?」

「死ぬよりはいいかなって」

 今までのやり取りからどうやら姉さまと言う言葉通り3人の意思決定権はこの少女にあることは明白だ。コイツさえYESと言えば何とかなるだろう。
 特定の宗教に入っているわけでは無いのでどこかにこの状況に対応できる神がいるはずだ、俺は神に祈った。
 ウサギの少女は瞳を細め耳を振るわせた。

「……わかったわ、貴方を殺すのは止めにする」

「本当に?」

 やけにあっさりと答えられかえって俺は疑心を募らせた。
 鏡をしまった瞬間ばっさりってことは無いのだろうか。よく考えたらそういうことは考慮に入れてなかった。

「ええ、魔兎族は約束を破ったりしないわ、人間と違ってね」

 含みを持たせたうさ耳の声。それを嘘かどうか判断するなど高校生に過ぎない俺に出来るはずもない。魔兎族というものが嘘つきならばこの言葉は嘘であって、そうするとこの少女は俺を騙したことにはなるが自分というものを偽ったことにはならず……考えすぎてこんがらがってきた。どの道これ以外の方法は思いつけないのだから俺にうつべき手段は一つしかない。

(キョウ、魔兎族って大物?)

(え? 大物って……まあかなり上位の魔人だからね、大物と言えば大物かなぁ)

 そうか、ここは大物は意外と嘘をつかないというささやか望みに託すほかは無い。
 俺は鏡をずた袋の中にしまった。
 次の瞬間。

「ぐえ……」

 5メートルほどの距離を一瞬でゼロにした少女の一撃で俺は地に伏した。

「ちょ……約束」

「ええ、分かってるわ。殺さないから安心して、利用法も思いついた事だし」

「え〜殺っちゃダメなのぉ?」

「兎奈美、約束は約束よ」

 声はとても静かだ。が、鼻の先の地面に穴が開くほどの勢いでおろされた足を見て俺は思う、きっと内心ではかなり怒ってる。
 そして少女は穏やかに続けた。

「殺さない範囲でなら構わないわよ」

 おい……。

「ま、待て落ち着け」

「でも、人間なんてちょっと殴っただけで死んじゃうからなぁ〜。死なないようにって難しいかも」

 頼むから止めてくれ、あんたらは間違えたですむのかもしれないが、俺の命は一度きりだ。
 隣では想像の中で俺を殴っているのであろう、縦ロールがシャドウを繰り返している。……が、分かってるとは思うけどそんな拳はおろか腕自体が見えない速度で殴られたら俺死ぬから。

「……かえってイライラするな」

 コイツの中で俺はばらばらになったに違いない。
 恐らくZ戦士達が日常生活で抱えている悩みと同じであろうその呟きに俺は生きていることのすばらしさを知った。

「う〜ん、殺したら姉さまに怒られるし〜」

「そう? なら止めておきなさい」

 ちびっ子が言った。今だけ彼女に後光が差して見える、きっと錯覚だ。だって、

「それで、貴方もいつまで寝ているの?」

 こんな理不尽なことを平然とのたまうのだから。
 倒したのは誰だと問いたい、小一時間問い詰めたい。しかしココまで上下関係がハッキリしていると少しの抵抗が命取りだ。だからと言って言うがままというのも癪に障ったのでささやかな反抗として俺は上半身だけ起こした。

「一つ質問いいか?」

 人差し指を立てて問う。

「何かしら?」

「ここドコ?」

「?」

 うさ耳少女は小さく首を傾げて、

「阿祖よ」

(九峪の世界で言う阿蘇山だね。結構遠くまで飛ばされたなぁ)

 阿蘇ってことは九州の真ん中辺り、当麻の街は宮崎県の真ん中ちょい下辺りらしいから……遠いな、現代人の感覚じゃ歩いていける距離じゃないぞ。

「阿祖ね……なるべく早くつきたいんだけどなー」

 早く落ち着ける場所でゆっくりしたい。これから向かう先で何をしているかを考えると少し不謹慎かも知れないが骨とか兎とかに殺されかけるよりはマシな扱いは期待していいだろう。
 ……いいんだよな?
 そうキョウに問おうとした矢先、

「何を言っているの?」

「あ?」

 うさ耳少女の不思議そうな声。俺は問い返す。

「何って……?」

「早く着くも何も貴方は私たちと来てもらうわよ」

「え?」

 働き手が欲しかった、少女は言う。しかし、その瞳から単純な働き手などというものに期待を持つほど俺は楽観的では無い。これは、獲物を見る目だ。

「行くトコあるんだけど」

「そろそろお昼だから返るわよ」

 聞いてねぇ。
 ちびっこは俺の脚を掴むとずるずると引きずっていく。
 いや、待って……ホント嫌なんだって。
 抗おうにもこの小さな体のドコに? というほどの力で捕まれていてビクともしない。

「姉さま、運ぶなら私が」

「いいえ、せっかくのお客様だから私が、ね」

「…………」

 縦ロールに哀れみの視線を向けられた。ちょっと待てそれって死ぬよりやばいってことか?

「いた、いたっ、痛い」

 舗装されていない山を引きづられているのだから当然いろんな物にぶつかる。むしろわざとぶつけている気がしてならないのは俺の被害妄想だろうか?

「もちろんワザとよ」

「…………」

 その後も死なない程度に痛めつけられた俺は兎たちの家に着いた時には意識を手放していた。