火魅子伝(二次)第十八話(H:小説+オリ M:九峪 他 J:シリアス)
日時: 01/07 00:20
著者: おすん



 グオオオオオオオ!!!

 片目に剣を刺したまま、疾走する九峪を爪で切り裂こうと、尻尾でうち砕こうと魔人が追いかける。

 九峪は狂ったように繰り出される魔人の攻撃をかわしにかわしながら上乃から離れて戦線の中央の方向、つまりは狗根国本隊のど真ん中に進んでいった。

 外れた魔人の攻撃に、巻き込まれた狗根国兵がふっとんでいく。

 魔人は怒りのあまり・・・いや、たとえ怒らなくても、味方の兵を手にかけても気にしなかったに違いない。

 まるで竜巻のように辺りをえぐっていく魔人に、狗根国兵達は慌てて離れていく。

「うわあああ!!」

「下がれっ、下がれっ!!」

「巻き込まれるぞっ!!!」

 いつしか、二人の周りはポッカリと空洞が出来上がり、兵士達がそれを遠巻きに見ているという戦場において、かなり奇怪な光景ができていた。

 九峪は、まるで舞踏を演じているかのようだった。

 魔人の攻撃を紙一重でかわしつづける見事な動きは、形式化された舞のようだった。

 魔人の攻撃がピタリと止む。

 九峪も動きを止めると魔人に正面から相対した。

 腕を組んでふんぞり返る、能面な無表情を浮かべたままだった。あまりの表情の欠落ぐあいに、その目は冷たく感じられた。

 睨み合う両者。

 魔人は鼻をヒクヒク動かすと、静かに舌の上に言の葉をのせた。

「ぎざま・・・・何者だ?」

 その声にはわずかながら、警戒の色があった。

「九峪だ。神の遣いってことになってる」

 つまらなそうに言った九峪の言葉に周囲の兵がざわついた。

「あれが神の遣い・・・」

「神の遣い九峪」

「復興軍最高指令の・・・」

「見ろ、あの紅の外套。丘にいた部隊を指揮していたやつだ」

 そんな兵士達のささやきなど無視して、両者は睨み合う。

 魔人は皮肉げに口元をあげた。

「神の遣い?戯れ言を・・・」

「なんか文句あるのか」

「あたりまえだ」

 魔人は不機嫌そうに息を荒く吐いた。

 この生気の匂いを嗅げばわかる。

 魔人である自分を怖れるどころか、まるで見下すように静かにたたずんでいるこの男は、人間ではない。

「このケタ外れの邪気!!!この邪悪な匂い!!!」

 どの程度の強さをもっているかは解らなかったが、その力の性質は解った。

 魔界でも感じたことのないような、ドス黒くて身が凍えるような、濃厚な悪の気配。

 まるで、奈落の底のように、計り知れなく不気味だ。

「余計なことは言わないでもらおうか」

 九峪は魔人を手で制すると、竹槍を地面につきさした。紅の外套も脱ぐ。

 魔人が冷笑した。

「ぎざまが何者がはわからないが、その程度の力でおでに勝てるとでも思っているのが?」

 たしかに、この男の邪気は人間が持てるものではなかった。

 しかし、脅威ではなかった。

 魂の力は底がわからないが、さきほどの攻撃は並の人間にも劣るほどであった。

 この魂の気配は気になるが、この男が自分に勝てないことは分かりきったことだった。

「舐めるなよ。お前こそ、オレに勝てるとでも思ってんのか?」

 魔人は吹き出した。

「ぶははははははははは!!!むりむりむりむり」

「お前が勝つのが?」

「ぎざまがだ!!」

 魔人は片目に突き刺さったままの剣を引き抜くと、荒々しく足下に捨てた。羅刹の形相で九峪を睨みつけてくる。

 それを見た九峪は思う。

(ちゃんと生き残れるかな・・・?)

 実のところ、九峪は必勝の策があるわけではなかった。

 九峪はやせ我慢が得意だった。

 現在の自分の能力は普通人並だから、先ほどの動きを見るかぎり魔人に勝つのは難しいと九峪は考えていた。

 デカイくせに速いし、力も強い。一撃であの世へ逝ける。

(さすがのオレも、あれ喰らったら充分に死ぬからな)

 ――年前の自分なら、このくらいで死ぬこともなかったし、目の前のコイツを歯牙にもかけなかったのに・・・・。

 まあ、何にせよ。とりあえず、ここは無理して戦う必要があると九峪は思っていた。

 このままでは復興軍は負ける。

 戦の流れを復興軍に戻し、味方の士気を上げ、敵の士気を下げるにはこれくらいのパフォーマンスとインパクトが必要だろう。

 指揮を放棄してしまい、総司令官としては失格だが、間違ってはいないと思う。

 そもそもここで総大将が死のうが生きようが、この戦に勝たねば復興軍に未来はないのだ。

「ころす!!!」

 魔人が吼えた。

 びりびりと空気が震えて、風など吹いてはいないのに、まるで暴風に押されたように周囲の兵は後ずさった。

 九峪は平然とたたずむ。

 魔人はますます不愉快になった。

 片目を潰された事といい、生気の邪悪さといい、水のごとく澄みきった様に自分の闘気を受け流すことといい。

 まったく、何なんだコイツは。本当に神の遣いなのか・・・。

 魔人は自身の心の靄を払うように右手を大きく振った。
























「もっと、早く!!このままでは、間に合いません!!」

 紅玉が部下の背を叩き続けるように言う。

 香蘭を先頭に制圧部隊四百は戦場に向けてすすんでいた。残り百は街の守護に残している。

 今まさに丘を駆け上がっているところだ。

「はあ、はあっ・・・・」

 兵士の息は上がりっぱなしだった。作戦行動中で休んだことなどない。

 紅玉は兵士達の様子を見て、少し考えた。

 このまま増援としておもむいてもこれでは戦えないかもしれない。少し休ませる必要がある。

「あの丘の頂上まで!!そこで小休止をとります!!」

 兵士達は体が軽くなったようだった。

 丘の頂上を選んだのには、兵士達の目標にしやすいだろうという事と、戦場を見渡せるという事からだ。

 力強く走る制圧部隊。行く途中では狗根国兵の死体や復興軍の兵の死体。うめき声をあげている置いていかれた負傷者達がいた。

 が、それに構っている暇はない。

 早く行かなければ作戦が破綻してしまう。

 しかし、当然のことながら、紅玉はすでに作戦が破綻していることを知らなかった。






















「伊雅様!!もうダメです!!これ以上は・・・・」

 副官が伊雅に報告する。が、その内容は報告とは呼べないものだった。

「愚か者!!ここで負けたら我らは終わりだ!!援軍はきっと来る!!」

 伊雅は必死に兵を激励した。

 その声は怒鳴りっぱなしで、すでに枯れきっていた。

 いかんせん正規兵と農民兵の実力の差は埋めがたく、じりじりと押されており今にも部隊が瓦解しそうだった。

 チラッと横で奮闘している星華隊を見る。

 方術攻撃がなければすでに終わっていただろう。

 その頼りの方術も巫女達の疲労がピークに達したのか、さっきから尻すぼみになっている。

 もう限界だった。

 兵達の士気は落ちに落ちている。

 疲労もひどい。

 殺し合いというものは恐ろしく緊張するのだ。

 いくら挟撃部隊の中で錬度が高い方だといっても、狗根国兵の前では素人兵と大差がない。

 現実は復興軍に敗北の二文字を刻みつけようとしていた。

(ぬう〜っ、ここまできて・・・・)

 伊雅がギュッと唇を噛んだ時。

 急に、兵士達が騒ぎ出した。

 何事だ?と伊雅が目を開ける。

「伊雅様!!援軍が来たもようです!!今、亜衣様から伝令が・・・!!」

「本当かっ!!」

 伊雅の声に張りが少しだけもどった。

「はいっ!敵部隊の後方を攻めているようです!!」

 副官もまるで地獄から生還したような声だった。

 援軍の存在の重要さを十二分に理解していた亜衣は、敵の渦中を突破させることを承知で伝令を送っていたのだ。

 なぜなら、間に敵がいるため援軍の部隊がよく見えないのは明白だったからだ。どうしても伝令で伝える必要がある。

 何人か送り出して、伊雅隊まで無事についたのはたった一人だった。

 まともに戦闘せず、逃げに逃げ、走りに走って山からまわりこんでやって来たこの男だけは、伝令の役目を果たせた。

「すぐに星華隊にも伝えよ!!」

「はいっ!!」

 副官は元気に返事をすると、決まり悪そうに「その・・・」とつけ加えた。

「それだけではなく・・・」

 副官の声が急に沈んだ。

「どうしたのだ?」

「その、九峪様、御自ら魔人と一騎打ちの決闘をしているようで・・・」

「なにぃっ!!!」

 伊雅は副官がのけぞるほど大声を張り上げた。目をまん丸に見開いている。

「本当かっ!!」

「は、はい。そのようで」

「一刻も早く敵を撃滅せよっ!!急ぎ、お助けに参上するのだっ!!」

 伊雅の声は先ほどより強くなり、その激烈な叱咤のためか、九峪を助けにいきたい一心か、援軍の存在のためか、兵達は勢いをほんの少しだけ盛り返した。






 


 
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