火魅子伝(二次)第十九話(H:小説+オリ M:九峪 他 J:シリアス)
日時: 01/07 00:21
著者: おすん


 ジッ、ジッ、ジッ、ジッ。

 擦った音だけとブン!と空気をうなる音だけが、九峪と魔人の間にあった。

 魔人の猛攻を九峪は避けに避けていた。かするだけで、一発も当たらない。

 魔人の烈火のごとき勢いの攻撃を、全て避けながら九峪は考える。

(刃もつうじない化け物だからな・・・)

 上乃が魔人に斬りつけたところを見た九峪はビックリしたものだ。魔人は刃で傷ついた様子がなかったからだ。

 本当にタンパク質で出来てんのかっ?が九峪の素直な感想だった。

(でも、眼球はつぶせた・・・)

 目などのデリケートな部分は通用するようだった。上乃が襲われているのを見て、とっさに剣を投げたが、それが通じなかったらどうしようかと思ったものだ。

 これが唯一の攻略法かな?

 そう思いながら九峪は、尻尾の一撃をかわす。

(もう一つ試してみるか・・・)

 これが通じないと困るし、自分の沽券にかかわる。

 魔人が腕を振り上げて、その鋭い爪できりつけてくる。

「おおっ!!」

 九峪が吼えた。

 九峪は爪を避けつつ、大地が震えるほど足を打ちつけ、踏みこんだ。

 ズシン!

 一気に超接近戦まで間合いを詰めた九峪は、踏み込んだ勢いのまま必殺の拳を魔人の腹に叩き込む。

「な・・・」

 魔人の声に驚きの響きがあった。

 魔人の体がぐらつく。

 九峪は続けてラッシュを同じところに打ちつづける。

「くぞっ!!」

 魔人はひざ蹴りを九峪に放つ。

 九峪は咄嗟にバックステップで避けながら、距離をとった。

 軽々と避けた九峪の目が見開かれる。

 なんと!ひざを放ったバランスの悪い状態で左手から突きが繰り出されているではないか!

 九峪は咄嗟に地面に身を投げ出すと、かろうじてこの一撃をかわした。

 そして続けてくる連続の攻撃を芋虫のようにゴロゴロと転げ回って避け、体操選手のように地面に手をついてバッと飛び上がる。低空でクルッと一回転すれば、すでに立った状態で戦闘態勢にはいる。

 魔人の前では、起きあがる時のひざ立ちですら危険だった。魔人の攻撃を受けることなどできないからだ。

 寝ころんだ状態から跳ね起きた九峪を、魔人は追撃しなかった。

「きざま・・・なにをした?」

 魔人は先ほどの九峪の一撃に、多少とはいえ、驚きを感じていた。

 竹槍で突いてきた時とは比べものにもならない衝撃が自分に叩きこまれた。本当に同じ人間が放った一撃とは思えなかった。

「ひ・み・つ」

 無表情のまま、九峪はふざけた口調で答えた。

 今のは「裏当て」または「通背」とも呼ばれるもので、九峪が放てば体の内部に直接、つまり内蔵を直に殴りつけるのと同じ効果があった。

 そして大地が震えるほどの踏み込みは「震脚」と呼ばれるものだ。

 九峪は八極拳の技法で踏み込み、攻撃したのだ。

 八極拳の最大の売りは一撃必殺のその破壊力である。

 希代の達人、李書文という人のクンフーは凄まじく、いかなる相手も一撃で倒したという。

 「李書文に二の打ちいらず、一つ打てば事足りる」という歌まで残っているほどなのだ。

 なのだが・・・・・・。

(あんま、効いてねぇし)

 九峪は舌打ちした。

 あの攻撃は今の自分のなかで最大級の威力を持つ。

 最大の攻撃に、しかも裏当てを組み合わせたものだ。

(これが通じないとなるとね〜・・・)

 ちょっと、マズイかなっと九峪は構えなおす。

 事態が気に入らないのは魔人もいっしょだった。

 向こうの攻撃は効かないが、こちらの攻撃は一発たりとも当たっていないのだった。

 まるでこちらの攻撃がどこにくるのかわかるかのごとく、先読みして避けるのだ。

 さらに言わせれば、超接近戦に持ち込んでくるのも困りものだった。

 密着するようにひっついてくる九峪に攻撃するとなると、図体の大きい自分は自身の体も傷つけないようにするしかなく、思いっきり攻撃できない。リーチが合わないのだ。

(それに、この男)

 力は強くないが・・・・・速い。

 九峪の力は自分が殺してきた農民兵より弱かったが、俊敏さで言えば魔人の目から見ても悪くないものだった。

(だが、勝ちはおでのもんだ)

 このまま長期戦になれば、疲労して動きが鈍った九峪は必ずミスをするだろう。

 そこを噛み殺してやればいい。

 魔人は思わず、ほくそ笑んだ。











(うわっ、気色わりぃ〜。なんか、笑ってるよ)

 魔人のにやついた笑いを見ながら、九峪はどうすっかな〜とチラッと場を見渡してみる。

 地面には雑草が生い茂っていて、敵味方の兵、合わせて五人ほどが死んでいるのか気絶しているのか知らないが、転がっている。その者たちの物だろう剣もその辺に落ちている。

 あと、さきほど地面に突き刺した竹槍に、自慢の赤マントが竹槍の下に落ちている。

 そして、狗根国兵が遠巻きにして見ている。

(こんな所か・・・。もう、亜衣や紅玉が来ると思うんだけどな〜・・・)

 魔人を倒すために。特に紅玉達に来て欲しかった。

 視線を飛ばし、耳を澄ますが、そんな気配はまだしない。

 まあ、亜衣達が来ても、魔人が居る限りまた兵達は戦えなくなるだろう。やっぱり、その前にコイツを始末しなければならない。

 ここでコイツを殺さなきゃダメだ!と気合いを入れ直した九峪は、グッと拳をにぎった。



















「星華さま、敵です!!後続部隊を牽制していた我が軍が破られたようです!!」

「何ですって!?」

 星華は方術を放ちながら、後方を振り向いた。

 そこには、伊雅隊の牽制隊五十を粉砕した狗根国兵が、こっちに走って来る姿があった。

 まだ、影は小さいが、段々と大きくなってきている。

「もうダメです!!これ以上は持ちません!!」

 副官が悲鳴をあげる。

 ただでさえ、前から押されているのに、後ろからも挟まれたら今度こそ部隊は崩壊する。

 亜衣達の存在でかろうじて士気を保っているのだ。もう、兵たちは心意気だけで戦っている。挟まれたら、それも保たないだろう。

 おまけに魔人がこちらに来たら保たないどころの話ではない、全滅だ。

 副官はもうダメだと絶望しかかっていた。

 そんな副官の頬から、パンッと乾いた音が鳴る。

 副官が驚き、目を見開く。

「せ、星華さま・・?」

 平手打ちを決めた星華の目には涙がにじんでいた。

 兵の前で、気丈にも泣かないのが彼女らしかった。

「そんなこと、思っても口にしないでちょうだいっ!!きっと亜衣達が、今にも敵をうち破って来てくれる!!きっと制圧部隊が今にも駆けつけてくれる!!」

 星華は凛と顔をあげた。

 まっすぐな瞳。

 副官は呆然とした顔をしていたが、やがて「・・・・・・はい」と短く答えた。

 












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