火魅子伝(二次)第二十話(H:小説+オリ M:九峪 他 J:シリアス)
日時: 01/05 15:18
著者: おすん



「隊長殿!!」

 狗根国の伝令兵が走り寄ってきた。

「一体何事だ!!後方の兵が騒いでおるが・・・」

 伊雅隊と星華隊の真ん前で指揮をふるっている隊長は、後方の部隊が襲われている正体がよく判らなかった。

「はっ、逃走したはずの反乱軍たちが、我が軍の後方を襲っております」

「まことか!」

 隊長の目が信じられないと見開かれる。

 おかしい。

 あの様子では復帰など出来ないと思っていたのだが・・・。

「はい、しかも先の戦で追い散らした連中も先遣隊をうち破ったのか、増援にやって来ました。前方だけではなく、後方にも兵を裂かなければならないかと」

 やはり、先遣隊はやられたか。

 それにしても、おかしい。

「魔人は何をしている?」

 三メートル近くある魔人は目立つ。その魔人は何故か味方の方まで戻ってきていた。

 魔人がいるのなら、大した障害にもならないだろう。

 反乱軍の兵達は魔人の強さと凶暴さと残忍さに、心底おびえていた。

 魔人がつっ立っているだけで、攻めることなど出来ないはずなのに・・・。

「あ・・・、そ、それでしたら、反乱軍の戦士と交戦中だとか・・・。魔人の爪に巻き込まれてしまうので、近くに寄ることすらできません」

 ちっ、味方の兵などお構いなしか。これだから魔人は・・・・・・。

「戦士というのは何人だ?」

 伝令の兵はこんな事があっていいのか、というように、しぼりだすように言った。

「はっ、そ、それが・・・一人だとか・・・」

「何だとっ!!」

 魔人をひとりで惹きつけていると言うのか!?

「じ、実は・・・これは確実な情報ではないのですが、その者は神の遣いだとか・・・」

「神の遣いがっ!!」

 信じられない。敵は阿呆か。

 総司令官が自ら突出して戦うなどと・・・・・。

 いや、阿呆であるはずがない。此度の用兵を見ればわかる。

 では、神の遣いは超人的な人物なのか?

 それもないだろう。

 魔人ほどの強さがあるのなら、我々は逃走した反乱軍と同じ目にあっている。

 どうも、わからないなと隊長が考え込む。

「いかがなさいましょう?」

「・・・・軍を二手に分ける。本隊のみで前方の敵を、残りの部隊で後方を抑えろ。急げ!」

 隊長はきっぱりとした口調で答えた。

 わからないことは考えないことにした。

 何にせよ、こうするしかないのだから。

「ははっ!」

 伝令が後方の部隊に走っていく。

(神の遣い、か)

 この言葉を聞いた隊長は、何だか嫌な予感がしてきた。




















 星華は眉を寄せた。

(敵の密度が薄まった・・・?)

 狗根国兵の三分の一ほどが、後方に引いていった。

 何故?答えは決まってる。

(亜衣!!)

 きっと後方に食らいついてる復興軍の部隊を迎撃しに向かったのだろう。

 これでずいぶん楽になる。星華の部隊はすでに半数ほどしかマトモに戦えないのだ。

 敵の密度が減ったので、敵部隊の奥の様子がよく見える。

 狗根国兵が二つに割れたそこにポツンと真ん中に魔人がつっ立ていた。

(魔人は九峪さまがくい止めているとの事だけど・・・・)

 まさか・・・ね。

 いくらなんでも・・・ね。

 星華はジッと敵の陣容を見つめた。

 思いとは裏腹に、そこには紛れもなく復興軍総司令官にして神の遣いである、九峪雅比古が魔人と戦っていた。






















 魔人の攻撃をかわし続けながら、九峪は気づく。

(兵がわかれていく・・・)

 自分達の周りにいた兵もいなくなり、今は魔人と九峪だけが正真正銘ぽつんと取り残された。

 目立つ。

 さぞかし味方の部隊にも敵の部隊にも、自分達の様子がよく分かるだろう。魔人がデカイからなおのことだ。

 敵の矢玉が尽きてなかったら狙い撃ちにされている所だな、とふと思う。

(亜衣達は間に合ったかな・・・?)

 自分が引き連れた部隊だけならば、蹴散らされているだろう。だが、亜衣達が加われば、まだ戦える。

 魔人の爪が九峪の右肩をかする。

 一応は革鎧をつけているので大丈夫だが、問題もある。鎧は重かった。

 どうせ魔人の前には鎧など意味がないのだから、足かせ以外の何物でもなかった。

 かと言って、いまさら脱げるわけがない。

 魔人に向かって、待って!タンマタンマ!と言っている自分を想像して、心の中でちょっと笑う九峪。

 案外、頼みを聞いてくれるかもしれない。

 そんなことを考えながら九峪は魔人に突きをいれた。













「ぐっ」

 魔人は小さくうなった。

 九峪の突きが腹に打ち込まれたためだ。

(こ、こいつ・・・同じところを)

 九峪は最初に突いたところを様々な角度から、それでいて正確に打ってくるのだ。

 さしもの魔人も何度も何度も同じところに打撃をもらい、ダメージを負っていた。

(くぞっ・・・)

 これでは動きが鈍っているのは自分のほうではないか!

(そ、それにコイツ・・・)

 魔人が爪をふるう。かわされる。

 九峪がまた間合いを詰めて、突きを放った。

 つぶされた片目。その死角から踏み込んできたのだ。

(戦い方が・・・)

 魔人は戸惑っていた。

 九峪は様々な手を駆使して、自分に隙を作ってきた。

 転がって避けつつも雑草を引き抜き、草を勢いよく振って根についた土を飛ばして目をつぶし。

 または巧に移動して兵士の死体で足を封じ。

 または、マントを握るとそれを投げ広げ、自分の視界いっぱいを覆い、目を殺す。

 九峪はその隙をついて拳を打つ。あちこち動きまわって、回り込んでくる。

 少々のダメージが蓄積し、魔人は動きが鈍ってきていた。






















「伊雅様!!後ろより、敵の部隊が!!」

 副官が叫ぶ。

「そんなものは判っておるわっ!!」

 苛ついた伊雅は、副官にそう怒鳴り返した。

 そう、判っているのだがどうすることもできない。

 このまま挟み撃ちにされれば瞬く間の内に、部隊は全滅させられるだろう。

 敵の部隊が二つに割れたところを見ると、亜衣達は頭を押さえられているのだろう。

 とてもじゃないが・・・。

(間に合わん!!)

 伊雅は自分の戦意がくじけそうなのを人ごとのように感じていた。何もかもあきらめて投げだそうとしているのがわかった。

 その時、伊雅の目に九峪と魔人の戦いが映った。いいのか悪いのか、復興軍の人数も減っているので良く見えた。

 どう見ても絶望的な無謀な戦いのはずだが、九峪は魔人と互角に渡り合っていた。

「・・・・・」

 一瞬の間だが、伊雅は呆とそれを見た。

 華麗な戦舞を踊りに踊っている九峪。時たま、どうしようもなく不様に地面を這い、なりふり構わない闘争をする九峪。魔人と総司令官の対決という出鱈目な状況。

 それを見ている内に、伊雅の胸にぽっと火が灯った。

 何故だが判らないが、苛つきがおさまってくる。

「伊雅様!!」

 副官が叫ぶ。

 後ろからドドドドド!!!と凄まじい足音が響いてくるのだ。

 伊雅は副官に顔を向ける。

「部隊を半分にわける!!」

「しかし!!前方の敵が押し寄せて来ます!!」

 むしろ増援を必要とする状況だと言うのに・・・。副官の顔はそう語っていた。

「それしかあるまい!!少しでも持ちこたえれば、きっと援軍が来る!!あきらめるな!!」

 伊雅はそう言うと後方から響く足音に対峙した。

 敵の姿がよく見える。

 もう、すぐそこまで迫っている。

 伊雅は、何の慈悲もなく絶望をもたらすために来る悪鬼のような狗根国兵を睨みつけながら、あることに気づいた。

(大きい・・・?)

 足音も、雄叫びも、先頭から続く後ろにいる影も。

 何もかもが。

 歴戦の兵(つわもの)である伊雅だからこそ、わかることだ。

(敵の数が合わない・・・?)

 伊雅はすぐにその答えを知る。

 伊雅隊と星華隊に迫っていた敵部隊が急に足を止めたことによって。




















「急げ急げ!!」

 当麻の街駐留軍第五番隊の隊長は、部下の背中を押しに押した。

 本体から離れて、後方から進軍していた五番隊は目の前の本体が襲われているのに気づいた時、度肝を抜かれた。

 急いで駆けつけようとしたのだが、反乱軍から別働隊がやって来てそれが邪魔をしてきた。

 激戦だった。

 こちらの兵は浮き足だってしまい、反乱軍の連中は実力以上の力を発揮した。

 敵を掃討している暇などない。

 急ぎ、救援に向かわねばならない。

 敵の陣形を崩すのに努め、散らした。

 この部隊の隊長は優秀とはいかなったようだ。

 いや、反乱軍にしてはやる方だったか。

 ともあれ、疲れている兵の尻を叩き、剣についた血をぬぐわせて進軍させた。

 急がなければ!!

 ここで反乱軍を襲えば間違いなく、勝てる。

 敵が・・・・・・見えてきた!!

 隊長は叫ぶ。

「急げ!!急げ!!」

 兵達の走る速度が上がった。

 こうして五番隊の隊長が部下を引き連れて、今まさに伊雅隊と星華隊に食らいつこうとした時。

 五番隊は総崩れした。